【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら 作:ルピーの指輪
『お待たせしました! 秋の選抜本戦、ただいまより第一試合を開始いたしま~す!』
『まず登場したのは予選Aブロック首位タイで通過した幸平創愛選手!』
秋の選抜本戦が開始され、わたくしは緊張しながら1番最初に入場致しました。
何という観客の数でしょう。し、失敗はできませんわね……。
『そしてその対戦相手はBブロックをダントツの首位で通過した薙切アリス選手! 1回戦から予選の首位同士の対決となりました!』
続けて対戦相手である。アリスさんが入場します。
昨日、榊さんから聞いた話によると、アリスさんはあらゆる国際コンクールの賞を総嘗めにしてきた分子ガストロノミーの申し子と呼ばれる天才だそうです。
分子ガストロノミーというのは、調理を物理的、化学的に解析した科学的な学問らしいのですが、ピンと来ません。要するに凄く頭の良い方ということなのでしょう。
「幸平さん。今日はとろけさせてあげるね。私の料理で」
「は、はい。わたくしもアリスさんに勝ってお友達になれるように頑張りますわ」
「ああ、そんな約束してたわね。でも、それは無理だと思うの。職人芸とちょっと才能があるだけでは美食の英知は超えられない」
アリスさんは相変わらず自信たっぷりで不敵に微笑んでいます。
勝利を既に確信しているのでしょう。わたくしもこの自信を見習いたいものです。
「そ、そうですか。ええーっと……」
「あら? 緊張をされているのかしら?」
「それはもう。こ、これだけの人が集まる中で調理するのですから」
わたくしは言わずもがな、ちょっと戻しそうになるくらいガチガチになっていました。人という字を飲んでもどうしようもなかったです。
「そう。でも、本来の力が出せなくて負けたなんて、言い訳はしないでもらえると助かるわ」
「――心配には及びません。舌の肥えたお客さん。ぴかぴかに研いだ包丁。一揃いの食材がここにあります。そして対面には素晴らしい料理人も……。こんな状況を楽しまずに帰るわけにはいきませんの」
しかし、わたくしは緊張以上に今日という日を楽しみにもしていました。
いつものように髪を結ぶとスーッと頭が冷えて来て、周囲の視線も気にならなくなります。
「髪を結んだ瞬間にさっきまでの怯えた表情が消えた? 私、こんな子知らない……。なるほど、リョウくんと同じタイプみたいね……」
『第一試合! お題は弁当! 制限時間は2時間! 調理開始!』
総帥の一声で試合が開始されます。さぁ、これから皆さんに楽しんでもらえる――そんな弁当を作らせて頂きます。
「う~ん。私の中の日本人のDNAが喜んでいるわ」
「まぁ! 見事な手際ですね。さすがです」
アリスさんはわたくしの技巧を職人芸だと仰ってましたが、包丁捌きは早くそして美しい――思わず感嘆の声が上がってしまうほどでした。
やはり、知識だけではなく高い技術も持ち合わせているみたいです。
「このくらい、当然よ! 私を誰だと思っているの? 人の事をジッと見たりしないでよ」
「す、すみません。アリスさんがとてもキレイに調理されてるので、見惚れてしまいましたの」
「――っ!? も、もう。しょうがない子ね〜」
こうしてお互いに持てる技術と知識を十全に発揮して、各々は自らの弁当を仕上げていきます。
わたくしもかなりスピードには自信があったのですが――。
『先に完成させたのは薙切アリス選手です!』
ひと足早く、アリスさんが弁当を完成させました。
「手毬寿司か」
「はい。私の持つ技術の粋を詰め込んだ手毬弁当です」
「霧の正体は液体窒素。冷気によって寿司の鮮度を維持する意図もあったか」
「よろしければこのお弁当は左上から順番に食べていただきたいのです」
アリスさんが作った弁当は手毬寿司の弁当でした。
彼女によれば食べる順番が大事みたいです。
「まずは海の幸・アワビの上にエスプーマ」
「そのエスプーマは昆布の出汁を泡にしたものです。ネタの方も昆布締めにしてあります」
「そして、そのお寿司には2日かけて低温熟成したカツオを使っています」
「こ、この旨味――カツオだけのものでは!」
「カツオのイノシン酸と先程の昆布に含まれるグルタミン酸。それらの旨味成分で相乗効果が生まれているのです。これは順を追って食べ進めることで口の中で次々完成していくお弁当なのです」
何ということでしょう。アリスさんの手毬寿司は前に食べた品と次の品が組み合わさることで、さらなる旨味を生み出す驚きのメニューでした。
「続いて2段目。野菜を用いたケーキ寿司などと呼ばれているものです。海苔は一切使わず野菜を薄くペーパー状にして包んでいます。このお弁当に重い色は相応しくありませんから」
そして、2段目はキレイに彩られたケーキ寿司と呼ばれるものでした。それは宝石のように美しいとすら思える品です。
見た目でも楽しめるようになっていますね……。
「そしていよいよ3段目……、メンディッシュと言わんばかりに――」
「牛ヒレによる低温熟成肉寿司です」
「また来おった! 二つの旨味成分が口の中で広がっておる!」
「だがイノシン酸は肉寿司からと理解できるがグルタミン酸は……」
「トマトですわ。ケーキ寿司に含まれていたのです。遠心分離機を使ってトマトを色素・繊維質、そしてジュ(汁)に分解しました。さらに濾過を重ねよりピュアにしたジュをケーキ寿司に数滴落としたのです」
む、難しいですが、つまり2段目に食べた野菜のお寿司が3段目のお肉のお寿司を美味しくしているということでしょうか……。
料理は科学という言葉は聞いたことがありますが、彼女ほどそれを実践している方は居ないでしょう。
「一番最後に残った品――鯛の寿司に添えられた球体は……、ま、まさか。この球体――出汁を凝固させたもの!」
「舌の上で完成する鯛茶漬けだ……!」
最後の鯛のお寿司にはイクラのような球体が添えられており、それが舌の上で破裂すると出汁が溢れて締めの鯛茶漬けが完成するという仕掛けになっていました。
アリスさんの弁当は、どの品も科学的な知識が無いと出来ないような新鮮な驚きに溢れた弁当でした。
「分子ガストロノミーの申し子。その二つ名に恥じぬ実力で味わう者の興をさかせ続けるとは――その満足感たるや絢爛たる料亭の饗膳が如し! 小さな弁当箱から美食の英知が溢れ出よるわ~!」
「出たぞー! 総帥の“おはだけ”!」
いつの間にか総帥は上半身裸になっており、会場は“おはだけ”が出たと大騒ぎになっています。
これは、総帥特有のリアクションなのでしょうか……。
「見事であった」
「強すぎる才はその光によって影をもたらす――因果なものですなぁ」
「ここは遠月学園。この程度で委縮する弱卒はいらぬ」
「弁当5人前、上がりましたわ!」
アリスさんの弁当の試食が終わったころに、わたくしも弁当を完成させました。
美味しく召し上がってもらえるか不安ですが、わたくしは意を決して審査員の方々に自分の弁当を持っていきます。
「委縮しておらぬ料理人が少なくとも一人――幸平創愛。品目は?」
「は、はい! のり弁です」
「幸平さん、なぁに? “のりべん”って?」
わたくしが総帥の問いに答えるとアリスさんが不思議そうな顔をして首を傾げました。
「アリスさんはご存知ありませんでしたか……。実はアリスさんの分も作ったのですが……、召し上がります?」
「むぅ〜。気が向いたら食べてあげてもいいわよ」
「恐縮です。“幸平流進化形のり弁”――どうぞおあがりくださいまし」
わたくしはアリスさんの分の弁当も作っていたので、彼女にそれを手渡して、審査員の方々に弁当を食べるように促しました。
「ええーっと、こちらはランチジャーですね。ステンレス製の保温容器でご飯とスープの熱を保つことができるのですが……」
「日本のお弁当箱は進んでるのね」
「最近のものは半日ぐらい経っても温かさが保ちますよ。それに、スープをアツアツにしてから入れますとご飯の保温力も上がりますわ」
「まぁ! 賢いこと!」
わたくしは温かいお弁当を何とか食べてもらいたいと考えて、ランチジャーを使うことにしました。
アリスさんはそのランチジャーをご覧になって感心したような声を出しています。海外にはやはり普及してないのですね……。
「まずは3種のおかず――ふむ磯辺揚げか……。――素晴らしい磯部揚げ! 見事に揚がっている!」
「そちらは魚から作った自家製ちくわの磯部揚げですわ」
この磯辺揚げは衣にビールを使いました。アルコールは水より早く揮発するからベタつかない軽い食感になります。
榊さんも昨日美味しいと言って食べてくれました。
「鱈のフライが箸で軽く切れる! おそらくこれは出汁と調味料で一度煮てから揚げているな。そうすることでフカフカした柔らかい食感に――」
「はむっ……、――っ!? 何ッ~! 透き通るようなまろやかな風味! 高原に吹く柔らかな風のよう! なんと上品な味なのだ!」
「これは――マグロ節による出汁だ!」
「仰る通りです。鱈を煮た出汁はマグロ節と利尻昆布から挽いたものですわ」
マグロ節とはキハダマグロを原料とした節類です。カツオ出汁と比べると淡泊ですが非常に繊細優美な旨味を持つのです。
「淡い旨味が特徴の鱈はマグロ節との相性もバッチリ!」
「なんとも軽やかな一品だ!」
鱈のフライも好評でしたので、わたくしはひと安心しました。
この次のメニューはちょっぴり自信があります……。
「さて、次はレンコンの肉詰めか……。2つあるみたいだが……」
「出来れば、こちらの詰め物は右側からご賞味くださいまし」
わたくしは2つあるレンコンの肉詰めの食べる順序を指定しました。こうして食べることである魔法がかかるのです。
「ふむ。右側からとな。どれ……、はむっ……」
「「こ、これはっ!」」
「歯ごたえがまるでない! マシュマロの様にフワフワしている!」
「レンコンだと思っていたものは金華豚を蒸したものだったか。すりおろしたレンコンと豚の挽肉と押し豆腐を混ぜて、レンコンの形に成形した金華豚の中に詰める。すべての食材の柔らかさを均一にしてクリームのような食感を生み出した!」
「口の中で儚く消えるから、喉越しそのものが美味しく感じられるぞ!」
「何という技巧を凝らした一品じゃ。こんなレンコン料理は食べたことがない」
そう、わたくしはクリームのようにとろけるレンコンの肉詰めを作りました。これはすべての食材の食感をまったく同じにすることで完成する、飲めるレンコン料理です。
「しかし、これはとても美味であるが、レンコンというのは歯ごたえを楽しむものでは? 確かにワシらは歳だが、まだまだ歯は元気。若い者なら尚更物足りないような気が……」
しかし、審査員のうちのお一人がレンコンの歯ごたえが欲しいと口にされます。
やはり、物足りないと思う方はいらっしゃるみたいです。
「では、左側を召し上がってみてください」
「見た目は全く同じに見えるが……」
「「ガリッ――!!」」
「お、美味しい! 固くて美味しいぞ! レンコン本来の心地よいこの固さ! びっくりしてアゴが閉じれない……!」
「レンコンだけでなく、挽肉の弾力や押し豆腐の柔らかさ……、すべてが自己主張をして食材がドレミの音階を奏でるようだ!」
「弁当というのは、見た目はもちろんですが、新鮮な驚きを楽しめるモノかと思いまして、食感を楽しんでもらう趣向を凝らしてみましたの」
わたくしは見た目がまったく同じで食感が正反対のレンコンの肉詰めを出すことにより、召し上がる方に驚きと楽しさを提供しようと思いました。
このように楽しんで貰うことも弁当という文化の大切なことだと思ったからです。
「まさか、レンコンの詰め物でこんな不意打ちを食らうとは思いもしなかったよ」
「噛むだけでこんなに楽しめるとは!」
こちらのレンコンの肉詰めの反応は他の二品よりも好感触でした。
「次は汁物――ベーコンと玉ねぎの味噌汁か」
「これもだ! マグロ出汁特有の香しさが鼻腔を駆け抜ける! 玉ねぎのとろりとした甘さも相まって体中を包み込むようだ!」
温かい味噌汁もマグロ出汁で合わせてみました。甘みのある優しい味になるようにじっくりと弱火で煮込むことで――。
「幸平さん、地味過ぎ。確かにレンコンの食感には驚いたけど、お弁当といえど華やかな驚きに満ちた品でなくっちゃ。私の手毬弁当みたいに」
「そ、そうですわね。アリスさんの手毬寿司はとても華やかで美味しそうでした。今度食べさせてください」
「もちろんいいわよ」
アリスさんは手毬弁当と比べて、わたくしの弁当が地味だと仰っており、その点に関してはその通りだと自分でも思いました。
「しかし、差し出がましいのですが、アリスさんの品は弁当というテーマで考えると少しだけズレているような気がします」
「何ですって?」
わたくしがアリスさんの弁当から少しだけ違和感を感じたことを彼女に伝えると、彼女はキッとした目付きになってわたくしを睨みました。
ううっ……、余計なことを言ってしまったみたいです……。
「す、すみません。アリスさんがどういった気持ちを込めて、あのお弁当を作ったのか気になったものですから――」
「気持ちを込める? 何を言っているのか分からないわ。何か変わるの? それで……」
「わたくしたちがこの箱に詰めるのは、何でしょうかというお話です。わたくしは美味しさとその先にある物を感じ取って貰いたくて、この弁当を作りました」
わたくしはこの弁当に自分なりの感情を込めたつもりです。
美味しくて、そしてそこから作る者の感情を読み取って貰えるようなそんな弁当を――。
「何やら黒い粒がご飯の上に敷き詰められておる!」
そして、審査員の方々はわたくしが仕掛けました、こちらの弁当の一番大きな仕掛けに気付いたみたいです。
「なんとも面妖――だが食べずにはおれん! 南無三!」
「イクラのような食感が弾ける~! 中から染みだすのは海苔の旨味だ~!」
「弾けた海苔の旨塩っぱさがご飯一粒一粒にまとわりつく――止まらん! 病みつきになりそうだ!」
わたくしが仕掛けたのは、海苔の旨味が詰まっだイクラのような球体です。
弾ける食感とともに海苔とご飯の組み合わせが楽しめるようになっています。
「それは海苔の旨味を抽出しアルギン酸ナトリウムと塩化カルシウムによって球状形成した物、どうしてあなたがこの技術を?」
「先日、これを頂きまして。昔、よくこれで遊んだことを思い出しましたの」
「何と!」
「駄菓子か!」
アリスさんはいち早く黒い球体の正体に気付きましたが、わたくしがどうしてこれを作ることが出来たのか不思議そうにされています。
そこで、わたくしはカバンからある“駄菓子”を取り出して審査員の方々にお見せしました。
「“だがし”――って何?」
「これはいわゆる知育菓子の一つです」
「塩化カルシウムにアルギン酸ナトリウム……」
「人工イクラ作りを体験できるものですわ。子供の頃これがとても気に入りまして、色々試してみましたの。味噌汁を固めてみたりして。まぁ、父は苦笑していましたが」
そう、この人工イクラ作りが体験できる知育菓子のことを思い出して、わたくしはこの品を思いつきました。
「この黒い粒は味付け海苔をわたくしなりに進化させた海苔の旨味爆弾ということです」
「ご飯の中に何やら――ふぉ〜〜! 風味満点!」
「マグロ節で作った佃煮が四重構造になっておったか!」
「薙切アリスの品が整然としつらえた宝石箱とすれば――この海苔弁当はさながら発掘を楽しむ宝箱!」
「幼き日の遠足で、行楽で、弁当箱の蓋を開けた時のあの高揚感が……、蘇るようだ~!」
審査員の方々は楽しそうにわたくしの作った弁当を召し上がります。そのお顔が見られただけでも、この品を作ったかいがありました。
「わ、私の手毬弁当には締め鯛茶漬けまで付いていた。総合的な美味しさは――」
「あっ! 少し待ってくださいまし。ご飯を1/3ぐらい残していただけませんか? 一番上の蓋の裏、もう一つ容器を仕込んでありますの」
「
これがわたくしの施した最後の仕掛け――葛餡です。
この弁当のコンセプトは2つあります。1つは新しい食感を楽しんで貰うこと。そしてもう1つは温かさです――。
「その葛餡を締めにご飯にかけていただけませんか? どうか、最後にそれをご賞味ください」
「「そんなものうまいに――決まっとる~!!」」
審査員の方々は夢中になってご飯を啜って、残さずに食べてくれました。
ああ、何と気持ちのいいことでしょう。美味しいものを食べる表情を眺められるということは――。
「幸平さん。お弁当に詰めるべきは心だとでも言うつもりかしら? 大事なのは美味であるかどうかでしょ? そんな精神論なんかで――」
「否! 精神論ではない……、アリス」
アリスさんは弁当に心を込めることを精神論だと仰りますが、いつの間にか再び上半身裸になっている総帥がそれを否定しました。
「お前の弁当は冷気を活かした物だったな」
「ええ。だってお弁当は冷めるものですもの」
「幸平創愛はそのようには決めつけなかったぞ。彼女はまず弁当の外側に目を向け食感や温かさでおいしさを活かすエンターテイメントを詰め込んだ。それがこの弁当だ」
総帥はわたくしがこの弁当に込めたテーマを読み取ってくださって、それをアリスさんに話します。
「もちろんお前の品は極めて美味だった。だが例えば寿司対決であっても同じ品を出したのではないか? お前は持てる技術をあの箱に当てはめただけにすぎん。弁当だからこそ伝えられるおいしさ。弁当文化を進歩させる工夫。弁当としての楽しさや新しさ。お前の料理にはそれがあっただろうか?」
わたくしが感じた違和感はまさにそれでした。
アリスさんの弁当は確かにとてもキレイで美味しそうでした。でも、弁当だからこそという意味合いを彼女の弁当からわたくしは見出だせなかったのです。
「アリスさん。わたくし、実はこのお弁当はアリスさんへの気持ちを込めて作りましたの」
「わ、私への気持ち? だって、これは今日の勝負の品でしょう?」
「わたくしはアリスさんとお友達になりたかったので、自己紹介の代わりにこちらを食べてもらいたかったのです。もちろん、審査員の方にも喜んで貰おうとも考えてましたが」
アリスさんとの勝負が決まったとき、わたくしは彼女との約束を最初に思い浮かべました。
しかし、わたくしは口下手ですから、気持ちを弁当の中に込めることを思いつきます。
この弁当の中にはわたくしがどのような人なのかそれを彼女に知ってもらい、是非とも友人になりたいという気持ちがこもっているのです。
「あなたはまさか……、ずっと本気でそんなことを――」
「おあがりくださいまし! わたくしの気持ちを受け取ってください!」
わたくしはアリスさんに彼女のために作った弁当を勧めます。気持ちを彼女に伝えるために――。
アリスさんはわたくしの言葉を受けて弁当に口をつけて食べ始めてくれました。
「はむっ……、ずずっ……、えりなに勝つまで負けられないのに……、私はえりなしか見てなかったのに……、この子は……、ずっと私を見ていた……!!」
「筆を持てい!」
「温かい……、これが私に対して込められた気持ち――」
「一回戦、第一試合! 勝者は幸平創愛とする!」
「お粗末様ですの!」
アリスさんが弁当を食べている内に、いつの間にか審査が終わっていて、わたくしの勝利が言い渡されました。
はぁ……、何とか勝つことが出来ましたか……。これでえりなさんには怒られないでしょう……。
そう安堵していたとき、わたくしは仰向けになって嗚咽しているアリスさんに気付きました。
「ぐすっ……、ぐすん……」
「はひっ!? な、泣いていらっしゃる……? あ、あのう。アリスさん……、これで涙を拭いてくださいまし」
涙を流して泣いているアリスさんに驚いたわたくしは、すかさずハンカチを取り出して彼女に渡します。
彼女はよほど負けることが悔しかったみたいですね……。
「あ、ありがと……、や、優しいのね」
「そ、そうですかね? お友達が泣いていたら、普通ハンカチくらい渡しませんか?」
「むぅ〜。泣かしたのはあなたじゃない」
「ふぇっ!? ご、ごめんなさい! そ、そうでしたわ」
涙を拭いたアリスさんは、今度はほっぺたを膨らませてわたくしが泣かしたと口にしました。
こんな可愛らしい方を泣かせてしまって罪悪感がすごいです……。しかし、表情がコロコロ変わる方ですね……。
「くすっ、何で謝るのよ。幸平さんって、変な人よね」
「よく言われますわ。あのう、改めて――わたくしとお友達になってくれませんか?」
わたくしが謝罪すると、彼女は満面の笑みを浮かべられたので、わたくしは彼女に手を差し出して友人になって欲しいと伝えました。
「もちろん。約束は守ってあげるわ。ほら、これでいい?」
「あ、はい。腕を組まれるとは思いませんでしたが……」
「だって、この方が仲良さそうに見えるじゃない」
アリスさんは腕をギュッと抱きしめてわたくしの肩にもたれるように頭をおいて密着してきました。
そして、そのまま腕を組んで一緒に退場します。彼女の仰るとおり、なんだか一気に距離が縮まったような気がしますね……。
「自分を負かした子と随分と距離が近いじゃない。アリス」
「だって、この子いい匂いするんだもん。気に入っちゃった」
アリスさんは舞台袖に立っていたえりなさんに話しかけられると、更にわたくしの腕に込める力を増しました。
彼女の柔らかい感触が腕にそのまま伝わってきます。
「ソアラ、あなた節操がないって言われない?」
「へっ? えりなさんの仰ることよく分からないのですが……」
「むっ……、この調子で全部勝たなくては許しません」
「ふぇっ!? どうしてそんなに機嫌が悪いんですか〜? えりなさん!?」
えりなさんは何故かムッとした表情で優勝しなくては許さないと怒り出しました。
プイとそっぽを向くえりなさんと、勝ち誇った顔をしているアリスさんに挟まれて、わたくしはどうして良いのか分かりません――。
ともかく、わたくしの“秋の選抜”の一回戦は終わりました。
次は恵さんの番ですね……。彼女の相手も強敵ですが、きっと彼女なら勝ってくれるでしょう――。
デレたアリスとそれに嫉妬するえりなという構図が描きたかっただけの1回戦でした。
レンコンの肉詰めは鉄鍋のジャンという漫画に出てきた黄蘭青というキャラクターの料理を参考にしました。