【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら   作:ルピーの指輪

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“秋の選抜”――観戦

『続いて一回戦、第二試合選手の入場です! ここでダークホースが登場! Bブロックで最後の最後で予選通過を決めた田所恵選手です!』

 

「お待たせ、幸平さん。席を取ってくれてありがとう」

 

「いえいえ、お互い友人が出るのですから、一緒に観戦するのも良いかと思いまして……。応援する方は逆ですが」

 

 第二試合が始まり、わたくしは客席で極星寮の皆さまやお友達の方々と観戦しています。そこにアリスさんも誘って隣に座ってもらいました。

 

『対するは予選ではAブロックを3位で通過。黒木場リョウ選手!』

 

「あら、リョウくんは私の付き人よ。とっても強いけど……。田所さんという子もここまで来れたのは見事だけど、リョウくんには勝てないわ」

 

 アリスさんは黒木場さんの勝ちを疑ってないみたいです。確かに彼も凄い料理人ですが――。

 

『対決テーマはラーメンです!』

 

「それはどうでしょう。恵さんも強いですよ」

 

「ふーん。あなた程の人がそう言うんだ。でも、私の予想は変わらない」

 

 アリスさんは恵さんを侮っているわけではなく、黒木場さんを絶対的に信頼してるみたいです。

 これは、恵さんも強力な相手と戦うことになってしまったみたいですね。でも、彼女なら必ず――。

 

「調理開始!」

 

「ところで、幸平さんが持っているそれは何なの?」

 

「これですか? これは恵さんの応援グッズですよ。ほら、極星寮の皆さんやタクミさんやにくみさんたちも持っていますわ」

 

 アリスさんはわたくしが持っている恵さんを応援するためのうちわに気が付きました。

 これは吉野さんが中心となって作った応援アイテムで、応援団の方々はみんな持ってます。

 わたくしの時はわたくしの応援グッズを持ってくれていたのですが、試合中のアリスさんは気付いてなかったみたいですね……。

 

「ソアラ姐さん! お疲れ様です! 見事な戦いでした!」

「薙切アリスの鼻っ柱をへし折ったのは爽快――。――あっ!?」

 

「あ、あの、にくみさん。今度からは周りをよく見て話して頂けると嬉しいですが……」

「わ、悪ぃ」

 

 美代子さんとにくみさんがわたくしに気が付いてこちらに駆け寄り、一回戦の勝利を祝ってくれました。

 にくみさんがアリスさんにもう少し早く気が付いてくれれば良かったのですが……。

 

「へぇ、幸平さんにもリョウくんみたいに付いてくる人が居るんだ。でも、弱そうね……」

 

「んだと!?」

「やる気かい!? というか、姐さんとなんでそんなにくっついてるんだい!?」

 

「アリスさん。口を慎んでくださいまし。お二人とも、素晴らしい料理人ですわ」

 

 アリスさんがにくみさんと美代子さんを蔑むようなことを言うので、当然二人は怒ります。

 彼女に悪気はないのでしょうが、わたくしはアリスさんに苦言を呈しました。

 

「そう。じゃあ二人に聞くけど、幸平さんと食戟をして勝つ自信はあるのかしら?」

 

「「…………」」

 

「リョウくんは私の後ろを歩いているけど、料理じゃそんな慎ましいことしないわ。小さい頃から港町の調理場のトップに立っていた。そういう料理人よ」

 

 アリスさんは悪びれることなく、黒木場さんは自分にも遠慮なく戦いを仕掛けるくらいの気概がある料理人だと語ります。

 彼は港町の調理場で幼い頃から経験を積んでいる料理人のようです。

 

「なるほど。ですから、魚介類を使ったラーメンを作られているのですね」

 

「それが、何よ! 恵だって港町育ちなんだから! 旅館の手伝いだってしてるし!」

 

「吉野さん……。そうですわね。恵さんもどうやら魚介系のラーメンみたいです。黒木場さんの魚のアラから出汁を取る濃厚スープに対して帆立貝柱の乾物で淡麗スープという違いはありますが……」

 

「奇しくも港町育ち対決になったというわけね。面白いじゃない」

 

 恵さんの実家も港町ですので、二人共魚介系のラーメンを作っております。

 アリスさんはそれを聞いて楽しそうな顔をしていました。

 

「田所さんという方はたくさんの味方がいるのね」

 

「ええ。彼女の人徳の賜物ですわ」

 

「リョウくんはそういう人には決して負けたくないと考えるわ。あの子は料理人とは食うか食われるか、それだけしか考えてないから。私も時々怖くなっちゃうくらいよ」

 

「すべてを削ぎ落として頂点を極めようとする――黒木場さんはそういったタイプの料理人でしたか……。楽しそうに調理しているように見えるんですけどね」

 

 恵さんは人を惹き付ける優しさがある方です。絆を大事にして料理を作っています。

 黒木場さんはその逆で孤高を行くタイプの方みたいです。わたくしには楽しそうにしているようにしか見えないのですが……。

 

「へっ? リョウくんが?」

 

「あー、ソアラの天然は気にしなくて良いから」

 

「て、天然ってわたくしのことですか? むむっ……。黒木場さんも見事ですが、恵さんも無駄のない動きでいつも以上に洗練されていますね」

 

 わたくしが楽しそうという言葉を述べると、アリスさんが変な顔をして吉野さんがわたくしを“天然”とか言ってきます。

 そ、そんなことないと思うのですが……。

 

 それにしても、今日の恵さんの調理は非常に落ち着いていて良い感じです。

 

「うん。今日の恵は調子がいいよ」

 

「おいおい、あんなに近くで審査員の連中が調理を凝視するのかよ」

 

「食の魔王と呼ばれる総帥があんなに間近にいたら、田所恵は萎縮しちゃうんじゃないのかい?」

 

「いいえ、ご覧になってくださいまし。恵さんの作業は一点の乱れもありませんわ」

 

 審査員の方々が間近に立って調理を見ていましたが、恵さんはまったく動じることなく自身の作業に没頭しておりました。

 

「いいぞー! 恵〜! そのまま勝っちゃえ〜!」

 

 恵さんの調子は良いですし、確かにこのまま勝てそうだとわたくしも思います。

 

 しかし、黒木場さんがここで動きます――。

 

「黒木場のヤツ、あんなにダイナミックに動くのか……!?」

「力強いが、決して力任せではない。緻密さに裏打ちされた動き――悔しいが上手い……」

 

「そう。これがリョウくん。彼は調理場を絶対的な力で支配する」

 

 黒木場さんは見る者を圧倒するような湯切りを魅せて、観客の反応を集めました。

 そして、そのまま先にラーメンを完成させます。

 

 品を出すタイミングは完璧かもしれないです。

 

「あれは、ラスクですね。ふぇ〜、濃厚ラーメンにラスク……、その他にも面白い仕掛けがありそうですわね。おそらく――」

 

「ソアラ! あんた、どっちの味方なの!?」

 

「す、すみません。新しい発想を見るとつい……」

 

 わたくしが黒木場さんのラーメンに目が奪われ、ワクワクしながら感想を述べると吉野さんに怒られました。もちろん恵さんを応援しているのですが、彼のラーメンに興味を持たないでいることは出来ません。

 

 黒木場さんのラーメンは“スープ・ド・ポワソンラーメン”という名前みたいです。

 

「魚のアラや殻で出汁で作る南フランスのスープをラーメンに応用した作品みたいだね」

 

「おおっ、丸井。いつから居たんだ?」

 

「幸平さんの試合の最初から居たけど!?」

 

「しかし、審査員の連中は夢中になって食べてるな」

「それだけ強烈な旨味が詰まってるってことだろうけど……」

 

 黒木場さんのラーメンはとてつもない旨味が凝縮されているらしく、審査員の方々は彼のラーメンに魅入られていました。

 何があそこまで人を惹き付けるのでしょう?

 

「秘密はエビの殻の粉末よ。エビの旨味エキスはグリシン・アルギニン・プロリンだけど甲殻類の魚介でトップの含有率を持っているの。そのエキスをたっぷり含んだ殻の粉末をそのまま投入してるんだから強烈な美味しさも必然だわ」

 

「それは美味しそうですね。旨味成分の含有率ですか〜」

 

「ソアラ!」

 

「は、はい。もちろん、恵さんを応援してますわ」

 

 アリスさんによるとエビの殻の粉末に詰まってる旨味エキスに秘密があるようです。美味しそうだと、つい口にすると吉野さんに肘鉄をされてしまいました。

 

 恵さんのことはずっと応援していますのに……。

 

「あら、出ちゃったわね。総帥の“おはだけ”」

 

「一色先輩と同じくらい良く脱ぎますよね」

 

「でも、これから恵の審査なのに会場の雰囲気が……」

 

「さっきの湯切りで黒木場が払ったのは湯だけじゃない。田所さんの料理に傾きかけた会場の興味・関心・流れ!」

 

 タクミさんは黒木場さんのあの豪快な湯切りから流れが変わったと指摘します。

 仰るとおり、あれから彼はこの場を支配しようとしたのでしょう。しかし――。

 

「大丈夫ですわ。恵さんは集中しております。それに……、楽しんでますよ。この状況を」

 

「楽しんでる? 確かに、この空気にも押されてないみたいだな」

 

「ええ。集中して自分の料理とだけ向き合って……、それどころか笑っている……!? なんだかソアラみたい!」

 

「いけます。今の恵さんなら――!」

 

 恵さんは決してこの空気に飲まれていません。

 この場で料理をすることを誇り、そして楽しんでいます。ここまでの集中力を持った恵さんなら、本来の力を十全に発揮出来るはずです。

 

 そして恵さんのラーメンが完成しました――。

 

「ソアラさん。確かに仕上がりも美しい見事な淡麗スープだけどよぉ。濃厚魚介ラーメンの後ではどうにもインパクトに欠ける気がするぜ」

 

「だけど、見てみなよ! 審査員たち、あんなに夢中で啜っている。黒木場のラーメンに負けてないよ。あの反応は」

 

 にくみさんが恵さんのラーメンでは味のインパクトに欠けるのではと懸念しましたが、美代子さんは審査員の方々が猛然とラーメンを啜っている様子を指摘しました。

 恵さんのラーメンにもまた強烈な旨味が濃縮されているのでしょう。

 

 彼女の調理から察するにそれは――。

 

「前に恵さんの資料で拝見したことがあります。あの具材の組み合わせは“こづゆ”です」

 

 わたくしは恵さんの作ったラーメンの具材の組み合わせについて話をしました。

 “こづゆ”とは会津地方に伝わる郷土料理。干し貝柱の出汁で作る祝い事などの席で出される品です。

 恵さんのラーメンはこづゆを基本に白湯スープと醤油ダレで仕上げた“こづゆ鶏醤油ラーメン”でした。

 

「さらに、旨味は干し野菜から抽出しているみたいです。恵さんの得意技ですわ」

 

「へぇ、やるわね。確かに干しシイタケなんてグルタミン酸がたっぷりだし。目の付け所が面白いわ」

 

 四宮シェフとの食戟のときに恵さんがテリーヌで披露しました旨味を干し野菜から抽出する技法――これにはアリスさんも感心されていました。

 

「ねっ、言いましたでしょう。恵さんは凄いんです」

 

「むぅ〜。まぁ、あなたが言うほどだったとは認めてあげましょう」

 

「随分と仲良くなってるのね。あんたたち」

 

 わたくしが恵さんの凄さを誇りますと、先程からずっと腕を組んでいたアリスさんがわたくしを揺らしながら彼女の実力を認めてくれました。

 

「これは分かんねぇぞ。どっちが勝つか」

 

「お願いします。恵さんで――」

「それでも、勝つのは――」

 

 どちらの品も非常に審査員には好評です。恵さんの品――勝ってますよね? 

 わたくしは目を瞑り、彼女の勝利を祈りました――。

 

 

『勝者は黒木場リョウ選手です!』

 

 

「ソアラさん……、ごめん。負けちゃった。結局、私は弱くって……」

 

 勝負が終わり、恵さんの元に駆けつけたわたくしに彼女は申し訳無さそうな声を出しました。

 確かに今回は結果は付いてきませんでしたがだからといって恵さんが弱いわけではありません。

 

「いいえ。恵さんは強かったですよ。ほら、ご覧になってくださいまし」

 

「お疲れ様、田所恵!」

「すげぇな! あんなラーメン作っちまうなんてよ!」

 

 会場内は彼女の奮闘を称える声に満ちていました。

 ここにいる全員が彼女の強さを知ったのです。

 

「さぁ、胸を張って帰りましょう。あとで、わたくしにも食べさせてください。恵さんのラーメンを」

 

「う、うん!」

 

 こうして恵さんの“秋の選抜”は終わりました。極星寮で残ったのはわたくし一人だけ……。

 優勝するには、あと2つですか……。誰が勝ち残るのでしょう――。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 今日は“秋の選抜”一回戦の第三試合と第四試合がある日――わたくしと恵さんはお手洗いに行ったあと、客席に戻ろうとしていたのですが、会場内で迷ってしまいました。

 

 近くのお手洗いが混んでいたとはいえ、少し離れたところにまで足を伸ばすべきではありませんでしたね……。

 

 そんな中、わたくしは後ろから誰かの視線を感じて振り返ります。

 

「うーん。最近、誰かに見られてるような気がします」

 

 こういうことは最近よくあって、ついつい後ろを振り返ってしまうのです。

 何か精神的なアレなのでしょうか……。

 

「えーっ、それってストーカーとかじゃない?」

 

「す、ストーカーですか? まさか、こんなわたくしみたいな人に物好きは居ないでしょう」

 

「いやいや、沢山いると思うよ」

 

 恵さんの発言に対して、わたくしにストーカーをするような変わり者は居ないと申し上げたのですが、彼女はそうは思ってないそうです。

 

「ソアラさんにストーカーだって!」

「姐さん、どこの誰ですか! そんな奴見かけたら、股ぐら蹴り上げてやるよ!」

 

「お、お二人とも、どこから出てきましたの!?」

 

「まさか、ソアラさんが感じてる視線って……。いや、この状況で言える勇気はない……」

 

 ストーカーという言葉に反応するようににくみさんと美代子さんが飛び出すようにして、こちらに駆け寄ってきました。

 ええーっと、いつの間に後ろに居たのでしょうか……。

 

「困りましたわ。とっくに新戸さんと葉山さんの試合は始まっているというのに」

 

「水戸さんと北条さんは、客席の場所ってわかる?」

 

「いや、その。ソアラさんの後をついてきただけだからよぉ」

「私らも道分かんなくて……」

 

 彼女らが来てくれたことが渡りに船だと思い、恵さんは客席までの道順を尋ねたのですが、彼女たちもわからないみたいです。

 困りましたわ。どうしましょう……。

 

「おいおい、四人揃って迷子かよ。だったら、俺の控え室が近くだから一緒に観戦するかい?」

 

「あ、あなたは美作昴さんですか?」

 

「おうよ。名前を覚えてもらえてもらって光栄だね。幸平創愛」

 

 立ち往生しているわたくしたちに話しかけてきた大柄な男性――この方は選抜のAブロックの予選を最後に勝ち抜かれた美作昴さんという方です。

 

「Aブロック4位通過したヤツかい」

 

「あんまいい評判聞かねぇぞ。お前」

 

「随分なこと言うじゃねぇか。別に俺は親切な提案をしただけだぜ」

 

 美代子さんとにくみさんは声をかけてこられた美作さんを訝しそうな顔をして見ていました。

 しかし、彼はわたくしたちに試合が観戦出来るような提案をされているだけですので、何ら害意は感じません。

 

「確かに今から会場に向かっても遅くなるだけだし」

 

「お言葉に甘えさせてもらってもよろしいですか?」

 

「おう。じゃあ付いてきてくれ」

 

 結局、わたくしたちは美作さんのお言葉に甘えさせてもらうことにしました。

 客席までかなりの距離がある可能性を考えると断る理由がないからです。

 

「あら、タクミさん」

 

「そ、ソアラさん……」

 

 美作さんが歩き出そうとしたとき、ちょうど食材を運んでいるタクミさんと出会いました。

 そうでした。彼と美作さんは次の試合で戦うのでしたね……。

 

「試合前ですのに大丈夫ですの? 一緒に観戦されても」

 

「あ、ああ。ほら、俺は食材の用意ももう済ませてるから」

 

 美作さんの控え室で次の試合を見ることをタクミさんに告げると、彼も一緒に見ると言いましたので、共に美作さんの控え室に入りました。

 

「ほら、お茶だ。茶菓子は好きに選んでくれ」

 

「まぁ、わたくし、このお菓子最近ハマってますの」

 

「そうなんだー。良かったね。ソアラさん」

 

「…………」

 

 美作さんはお茶と菓子を出してくださり、丁度そのお菓子がわたくしが最近好んで買っている物でした。嬉しい偶然です。

 

 また、テレビの画面上では新戸さんと葉山さんの試合が進んでおりました――。

 

「ソアラさんはどう見る。この二人の戦い」

 

「そうですわね。えりなさんから、聞いた話だと新戸さんは薬膳料理が得意なようです」

 

「それって、ハンバーガーと相性悪いよね?」

 

「ええ。しかし、もしもその相容れないモノを合致させることが出来れば、新しい品が完成するのでは? 新戸さんはそれが出来る人だからこそ、えりなさんの側に居るのだと思います」

 

 お題の“ハンバーガー”は新戸さんの得意とする薬膳とは相性が悪いかもしれません。

 でも、彼女はそれを上手く一皿にまとめる技術があるはず――でないと、えりなさんが絶大な信頼を彼女に寄せるはずがありませんから。

 

「どうやら、先に品を完成させるのは新戸緋沙子ようだぜ」

 

「ほぐしたスッポンの身と内臓を豚挽肉と合わせて練り上げてる」

 

「塩・コショウで下味を付けてパティにするんだね」

 

「豚の内臓を覆ってる脂の膜、クレピーヌに包んで型崩れしないよう焼いてるね」

 

『スッポンバーガーです!』

 

『さーて審査員の評価は月と出るかスッポンと出るか!?』

 

 新戸さんが作った品はスッポンを贅沢に使ったスッポンバーガーです。

 なるほど、スッポンは滋養強壮に効くと言いますが、それをハンバーガーにするとは――。

 

「審査員の評価は高そうじゃねーか」

 

「総帥もはだけてるしね」

 

「活力が漲る素晴らしいハンバーガーだと思います。やはり、新戸さんは凄いです」

 

 審査員の方々は大盛り上がりで、新戸さんのハンバーガーを頬張り、総帥も上半身裸になっています。これは、かなりの高い評価が期待できそうです。

 

「だが、この勝負は葉山アキラの勝ちだ」

 

「「――っ!?」」

 

 あれだけの品を出した新戸さんを見て、美作さんは葉山さんの勝ちだと断定しました。

 葉山さんの実力が高いのは存じてますが、こんなに早く断定できるものでしょうか……。

 

「なんだい、ありゃ。品を出す前から審査員たちが前のめりになってる」

 

「これが葉山さんですわ。食欲というのは、まず嗅覚から。どんな料理人だって匂いを疎かにしたりはしない。葉山さんは天性の嗅覚を持っているだけで、わたくしたちよりも一歩前にいるのです」

 

 料理が提供される前から審査員の方々は葉山さんの料理を待ちわびるような顔をしていました。

 そう、葉山さんは嗅覚を支配できる素晴らしい才能の持ち主です。食欲を自在に刺激することが出来る彼はその点でわたくしたちよりもリードができます。

 

「スパイスとか、カレーだけじゃなかったんだ。葉山くんは香りのすべてを支配している」

 

『第三試合! 勝者は葉山アキラである!』

 

 新戸さんは葉山さんのケバブを使ったハンバーガーに負けてしまいました。

 嗅覚を支配して、一瞬で食べ終えてしまうほどの食欲を掻き立てるとは――やはり、この“秋の選抜”では彼の才能は抜きん出ていますね……。

 

 試合の観戦が終わると、すぐに控え室のドアが開きました。

 

「失礼……。間もなく第四試合が始まる。選手以外は出てもらおう」

 

「え、叡山先輩……。わかりました。失礼します……」

 

 叡山先輩が控え室から選手以外は立ち去るようにとの指示を出しましたので、わたくしたちは立ち上がって部屋から出ようとします。

 

「ソアラさん!」

 

「あ、はい。何でしょう?」

 

 そのとき、タクミさんが大きな声でわたくしを呼び止めました。

 わたくしは振り返って彼の顔を見ます。

 

「そ、その。第一試合を見て確信した。俺は一人の料理人として、貴女と真剣勝負がしたい」

 

「承知しました。では、タクミさんが勝利されるのを祈っておりますわ。わたくしもタクミさんと料理をしてみたいですから」

 

「――っ!? 待っていてくれ。必ず勝ち上がる!」

 

 タクミさんは真剣な顔をして、わたくしと料理で競いたいと言いました。

 彼ほどの方がそのようなことを仰って頂けるなんて光栄です。

 

 美作さんには悪いですが、タクミさんとわたくしも共に料理をしてみたいと思いました。

 

 

「すみません。叡山先輩。わざわざ、客席まで案内していただけるなんて」

 

「別にどうってことねぇよ」

 

「それにしても、美作くん。新戸さんがあんなに凄い品を出したあとに、葉山くんが勝つって言い切れるなんて」

 

「奴は逸材だぜ。美作昴にとって遠月は恰好の遊び場だ」

 

 叡山先輩に客席まで案内してもらう中、ふと恵さんが美作さんのことを口にすると、先輩は美作さんには才能があると仰っていました。

 

 しかし、“遊び場”というのはどういう意味でしょうか……?

 

『会場の皆様にお知らせします。次の美作昴選手とタクミ・アルディーニ選手の対戦におきまして食戟が行われるとのことです』

 

「しょ、食戟ですか? タクミさん、どうして……?」

 

 そんな疑問が頭に浮かんだとき、タクミさんと美作さんの食戟が行われるという放送が流れます。

 ど、どういうことですか? “秋の選抜”で食戟をするなんて、意味がわからないのですが……。

 

 とてつもなく嫌なことが起こる――そんな予感がしました――。

 

 




和気あいあいと試合観戦をするだけの話でした。
普通にレギュラー化している北条さん……。
そして、遂にストーカー登場しました。

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