【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら   作:ルピーの指輪

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“秋の選抜”――決勝戦に向けて

「――んっ、んんっ……、ぬか漬けは嫌ですわ〜、せ、せめて奈良漬けに……、――はっ!?」

 

「やぁ、目が覚めたかい?」

 

 目を覚ますと制服を着ている一色先輩がわたくしに声をかけてくれました。

 頭痛が酷く、頭の中がズキズキします。ここは、極星寮ではないみたいですね……。どこでしょう……。

 

「い、一色先輩!? それに……」

 

「ソアラ! よかった……、ぐすっ……」

 

「――っ!? え、えりなさん……? ど、どうして泣いてらっしゃるのですか?」

 

 えりなさんが突然ベッドで横になっているわたくしを抱きしめました。

 そして、涙を流しながら腕に力を入れております。わたくしは何が起こっているのか状況が掴めずにいて、戸惑っていました。

 

「試合が終わったあとに、君が倒れてしまってね。薙切くんは血相を変えて、医者の手配をしたんだ。このVIPルームにはベッドもあるからね。医者の診断が終わったあとも、僕と薙切くんで君を診ていたっていうわけさ」

 

「そ、そうでしたの。ご心配をおかけしました」

 

 そういえば、わたくしは堂島シェフと話している最中に強烈な頭痛に襲われてその場で倒れてしまいましたね……。確かにそのとき、えりなさんもいたような……。

 

 彼女に大きな心配をかけてしまったみたいですわね……。こんなに泣かれてしまうくらいに……。

 

「ソアラちゃんの脳と身体にとても大きな負荷がかかっていたみたいだ。下手すれば二度と起き上がれないくらいの……。君はあのとき、何をしたんだい? 明らかにいつものソアラちゃんと違っていた。そうだね。まるで君のお父様を見た気分だったよ」

 

「そうよ。あのときのあなたは普通じゃなかった。まるで、世界中の調理技術を一点に集めた完成された料理人のような立ち振る舞いだったわ。どうして、あんな真似が出来るの?」

 

 一色先輩とえりなさんはあのときのわたくしの調理にやはり疑問を覚えておられるみたいです。

 そうですか。脳と身体に大きな負担が……。確かに頭は割れるみたいに痛かったですし、今も痛みます。身体も重くて上体を起こすのがやっとです。

 

「モノマネをしましたの」

 

「「モノマネ?」」

 

「簡単に申しますと――」

 

 わたくしは二人に父の調理中の記憶から、父になりきって即興料理を作ったというお話をしました。

 知らない技術を父の思考を模倣することで使いこなして自分では思いつかないメニューを考案してそれを実際に作るというお話をすると、一色先輩とえりなさんは信じられないという表情をされていました。

 

「――記憶だけを頼りにその人になりきって調理をしたってこと? しかも、自分よりも遥かに上の力量の料理人に――。そんなことが出来るなんて……」

 

「頭の中にもう一人の自分を作るみたいな感覚です。そして、もう一人の自分に思考を任せて、体を委ねるというような……」

 

 イメージとしては頭の中に父である城一郎になった自分を生み出して、それにすべてを任せて身体を動かす感じです。

 任せきりなので、口調も変わりますし普段の自分なら思いもしないことを口走ったりします。

 

「普通の人には出来ないね。美作くんのパーフェクトトレースと似ているけど、彼の場合はあくまでもデータに基づいた予測にすぎない。それにいくら彼でも自分の記憶だけを頼りにして模倣するのは無理だ。人並外れた体力のあるソアラちゃんが倒れるくらいの負担がかかっているということは、それだけ危険が生じる技なんだろう」

 

「脳と身体に異常な負担がかかった原因は間違いなくそれね。二度とあんなことやっちゃダメよ。あなたにもしもの事があったら、私は――」

 

「は、はい。すみません……」

 

 一色先輩は腕を組みながらわたくしの分析をされて、えりなさんは涙目でわたくしの手を握りしめて二度と体に負担がかかるようなことはしないように諭しました。

 彼女の青くなった表情を見ると胸が締め付けれる思いです。

 

「まぁまぁ、薙切くん。ソアラちゃんだって、頭が悪い子じゃないから、君の言うことくらい聞いてくれるさ。それより、決勝戦進出おめでとう」

 

「決勝戦?」

 

「バカね。“秋の選抜”の決勝戦のことよ。ここまで上がってくるとは思ってたけど、よく頑張ったわ。でも、もう無理しなくてもいいから。体調が優れないなら――」

「出ますよ。決勝戦……。えりなさんとの約束も果たすのももちろんですが――わたくしにはまだやり残したことがありますから」

 

「ソアラ……」

 

 一色先輩とえりなさんの言葉から“秋の選抜”の決勝に足を進めたことを思い出したわたくしは、えりなさんとの約束を果たすために必ず最後まで試合に出る意志を伝えます。

 

「大丈夫です。父の力を借りなくとも、わたくしの力のみで頑張れるということを今度はお見せします」

 

 準決勝はわたくし自身の力で試合が出来なかったので今度は自分の品を皆さんに披露したいです。

 

 えりなさん――わたくしはまだこの“秋の選抜”でやりたいことが残ってますの……。だから、もう少しだけ頑張りますわ。

 

「素晴らしい! 素晴らしいよ! ソアラちゃん! 僕はまた感動してしまっている! やはり、君の内にも燃え滾る極星魂が刻まれているんだね!」

 

「い、一色先輩……、まだ体に力が入りませんの……、ゆ、揺らさないでくださいまし……」

 

 わたくしが自分の意志を伝えますと一色先輩が肩を掴んでグラグラと揺らします。

 頭が痛くて、体もヘロヘロなわたくしは泣きそうになりながら彼に揺らさないように懇願しました。

 

「一色先輩!」

 

「おっと失礼。つい興奮してしまった。とにかく楽しみだよ。君があの二人にどう立ち向かうのか」

 

「ふ、二人ですか……? あのう。準決勝の第二試合ってまだ終わっていないのですか?」

 

 一色先輩は決勝戦の相手が二人いるというような事を仰るので、わたくしは要領が掴めません。

 葉山さんと黒木場さんの試合はまだ行われていないということでしょうか……。

 

「そうじゃないわ。葉山くんと黒木場くんの準決勝は引き分けに終わったのよ。だから、お祖父様の一声で決勝戦は三つ巴の戦いになったの」

 

「ふぇ〜。そうですか。では、決勝戦では葉山さんと黒木場さんの二人と試合になるのですね。なんだか、とても楽しそうですね」

 

 えりなさんによると、葉山さんと黒木場さんの準決勝は実力が拮抗しており審査が難航したらしいのです。

 そしてついに優劣を決めるに至らず、堂島シェフが二人を決勝戦に上げることを提案――それを聞いた総帥が許可を出して“秋の選抜”は初の三つ巴の戦いになったとのことでした。

 

 ということは、黒木場さんの料理も葉山さんの料理も間近で見られるということですね。面白そうです……。

 

「はぁ〜、相変わらず呑気なのね。テーマを伝えておくわ。決勝戦のテーマは“秋刀魚”。旬の食材を活かした料理で勝負してもらうことになるわ」

 

「秋刀魚ですね。わかりました。うーん……、どんなものを作りましょうか……」

 

 えりなさんは楽しみという言葉を聞いて呆れ顔をされました。

 決勝戦のテーマは秋刀魚ですか。旬の食材ですから何もしなくても美味しい素材です。

 これは料理人としての腕がそのまま試されるテーマですね。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「体中が筋肉痛で痛いですわ〜」

 

「ソアラさんが一回の調理で筋肉痛になるなんて……。倒れたって聞いたときは心配したよ」

 

「恵さんや、皆様にも大変な心配をおかけしました。まさか父のモノマネであんなことになるとは――」

 

「城一郎さんって、見るからにパワフルだもんね。ソアラさんとは体格が違うし……」

 

「体力はある方だと思っていたのですが。認識が甘かったです」

 

 夜遅くに極星寮に戻ったわたくしは皆さんから質問攻めに遭いました。

 皆さんは本気でわたくしのことを心配して下さり、一色先輩から命に別状はないことを知らされてもずっと起きていてわたくしのことを待っててくれていたみたいです。

 

 父のモノマネをした結果だと伝えると皆さん驚かれていましたが、えりなさんと同様に二度と危ないことはするなと怒られました。

 

 そして、翌日の早朝――わたくしは魚河岸に恵さんと共に秋刀魚を行きました。うう、筋肉痛なんて何年ぶりでしょうか……。

 

「凄い活気だよ! なんだかわくわくするね!」

 

 恵さんは港町生まれらしく、こういった活気のある市場の雰囲気はお好きみたいです。

 腕をバタバタさせているお姿がとてもチャーミングですね……。

 

「ありましたわね。秋刀魚……。秋には“ゆきひら”で定番のメニューになっておりますから。馴染みの食材ではあります」

 

「幸平さん!」

「あんっ……、アリスさん!」

 

 秋刀魚を見つけた瞬間、わたくしは後ろからアリスさんに抱きつかれました。

 きっと彼女は、決勝戦に駒を進めた黒木場さんと一緒に秋刀魚を見に来られたのでしょう。

 

「薙切さんがソアラさんに……? あれ? なんだろう……、胸がざわつくんだけど……」

 

 恵さんは暗い顔をしてこちらを見ておりますが、体調でも悪くされたのでしょうか……。

 

「黒木場さんとご一緒に秋刀魚をご覧になりに来たのですか? 奇遇ですね」

 

「奇遇っていうかここにはほぼ毎日顔を出してるし」

「私は時々だけどね」 

 

 わたくしが奇遇だと声をかけますと、黒木場さんはなんと毎日こちらに来ていると仰ります。

 彼の魚介ラーメンや伊勢エビカレーは見事でしたからね。その理由がそれでしたか……。

 

「毎日ですかぁ。確か、黒木場さんは港町出身だとか。きっと目利きもキチンとされているのでしょうね」

 

「秋刀魚は身がふっくらしててハリのあるもの、目に濁りがなくて透き通ってるもの、口の先が黄色いものは脂が乗ってて新鮮、って言われてるんだよね」

 

「でも無闇に新しいものを選べばいいってわけでもねぇ。まだ旨味が完成してないからな。魚は時間が経つにつれ旨味成分であるイノシン酸が増えていく。その量や精製のスピードが漁獲した状況によって変わっちまう。鮮度と旨味の境目を見分けるにはそれなりの経験がいる」

 

 恵さんが秋刀魚の目利きに関する基本的な知識を口にすると、黒木場さんがそれに続けて科学的な知識も含めた目利きのコツを話して下さいました。 

 ライバルのはずのわたくしに平然とアドバイスをしてくれるということは、それだけ彼は目利きに関して絶対的自信があるということでしょう。

 

「ふぇ〜。そうなんですか〜。目利きって奥深いのですね」

 

「感心してる場合か? お前、目利きの経験は?」

 

「あ、はい。父のお使いで時々行く程度です。この学園に入ってからは全く……」

 

 わたくしが良いことを聞いたと思ってますと、黒木場さんが目利きの経験について尋ねてこられたので、正直に答えます。

 最近はまったく新鮮な魚を購入しなくてはならないという必要性がなかったので、市場に来たのは久しぶりです。

 

「それじゃあ、目利きで俺には勝てない。俺は10年間、魚河岸に通い続けた。少しでも間が空けば素材に対する感覚が鈍るからだ」

 

「なるほど。素材の差はそのまま品の差になってしまいますから。決勝戦では、そのままその差が料理に現れてしまいますね」

 

「わかってんじゃねぇか」

 

 目利きの良し悪しは出す品のクオリティに直結します。

 例えば黒木場さんが10点満点の秋刀魚を手に入れ、わたくしが7点や8点の秋刀魚しか手に入れることが出来なければ、それだけで試合をするまでもなく勝敗が決してしまうかもしれません。

 

「ソアラさん。それってまずいんじゃ……」

 

「とりあえず、秋刀魚を選んでみましょう。まずはそこからです」

 

 わたくしも秋刀魚の目利きは久しぶりなので、自信はありませんが自らの勘を信じて頑張ってみましょう。

 

「リョウくんも、一番良いやつを選びなさい」

 

「うす……」

 

 黒木場さんもアリスさんの指示で良いと思う秋刀魚に手を伸ばしました。

 

「「あっ……!」」

 

「幸平さんとリョウくんが同時に同じ秋刀魚を……」

 

 なんと、わたくしと黒木場さんは同時に同じ秋刀魚を掴んでしまいました。

 黒木場さんはムッとされた顔をしてわたくしを睨みつけています。あまり怖い顔をされないで欲しいのですが……。

 

「あら、黒木場さん。奇遇ですね」

「奇遇であってたまるか。カマトトぶりやがって質の悪ぃ女だな。忘れてたぜ、ウチのお嬢をフルボッコにしたってことを」

 

「むぅ〜。リョウくん。そこまでやられてないわ。僅差よ、僅差!」

 

 どうやら黒木場さんはわたくしがわざと目利きが出来ないフリをしたと思っているみたいです。

 質問に嘘はついてませんし、彼の知識にも本当に感心していましたが、その会話の流れで同じ魚を選んでしまうと黒木場さんが不快な気持ちになるのは当然でしょう。

 弁解するのも嫌味ですし、気まずいです……。

 

「ソアラさん。本当は目利きが得意だったの?」

 

「一通り、父が良い魚を仕入れた時に見せてもらって特徴を覚えたんですよ。代わりに仕入れに行けるように。記憶力が良いので、一度見れば特徴は忘れません。あとは何となくの感覚ですね」

 

 よく考えてみれば、中学生になってから目利きして購入した魚のダメ出しを父にされたことは一度もなかった気がします。

 父の基準から見てわたくしの目利きの実力は合格点だったのかもしれません。

 

「そ、それって記憶力なの?」

 

「天性の素質ってやつか。気に食わねぇな。葉山もムカついたが、てめぇも同じくらい苛つくぜ」

 

「ちょっとリョウくん。待ちなさい!」

 

 黒木場さんは吐き捨てるように“気に食わない”と口にして、帰っていってしまいました。

 これは、気を引き締めて挑まないと彼の料理に手も足も出ずに負けてしまいそうです……。

 

 

「遠月の生徒さんたちは良い目利きをするねぇ。さっき来た、褐色のイケメンの子なんか箱の中も見ずに1番良い秋刀魚を買って帰って行ったよ」

 

「葉山くんかな?」

 

「そうでしょうね。きっと、嗅覚のみで目利きをされたのでしょう。素材では差がつきそうにありませんわね」

 

 魚河岸の方の話によりますと、葉山さんは秋刀魚を見ることなく1番良いモノを見つけるという人間離れしたワザを披露したみたいです。

 

「じゃあやっぱり作る品に依る感じになりそうだね。旬の秋刀魚の良さを活かすメニューかぁ」

 

「それだけじゃありません。わたくし、幸平創愛だから出来るメニュー――そのような品を作りたいです」

 

 決勝戦では、旬の秋刀魚のポテンシャルを存分に引き出すことはもちろんとして、わたくしでなくては出来ないような品を出したいと思っています。

 そのような品が作れないと、わたくしのやり残したことは到底達成できないからです。

 

 とはいえ、何を作れば良いのやら……。まったくアイデアが浮かびませんね……。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「姐さんだから出来るメニューねぇ」

 

「この前のビーフカツシチューやのり弁だってソアラさんならではのメニューじゃねぇのか?」

 

「予選のドライカレーオムライスも見事だったよ」

 

「あれって、宿泊研修のスフレオムレツを元にしたんでしょ? どれも個性的だと思うけど」

 

 決勝戦用の秋刀魚料理が思いつかないことをにくみさんと美代子さんにも伝えると、彼女たちはわたくしが“秋の選抜”で披露したメニューが個性的だったと褒めてくれました。

 

 それはとても光栄なことなのですが――。

 

「そうですね。わたくしの品が個性的かどうかは置いておくとして。何がしたいのかと具体的に申しますと、この学園に入って最初に驚いたことと関係するのです」

 

「驚いたこと?」

 

「ええ。編入試験の日から今日まで感じていたのですが、皆様の持たれる定食屋のイメージがどうもよろしくない、ということです」

 

 編入試験の日、定食屋の娘と言った瞬間に誰もが眉をひそめられました。学園に入ってからもそのことがプラスとして捉えられたことは一度もありません。

 このことにわたくしは少なからず驚いていました。中学生までの生活では考えもしなかったことだからです。

 

「定食屋のイメージねぇ。確かにここは高級料理店にしか行かないような金持ちの子ばかりだから、行ったことなくても庶民的な店に偏見があるんだろう」

 

「ソアラさんのとこはそこらの料亭にも負けねぇっていうのに」

 

「でも、あんただって定食屋の娘だからって姐さんを侮って負けたんだろう?」

 

「うっ……、悪かったな」

 

 美代子さんの言われるように、この学園は経済的に豊かな方が多いです。そして、ご両親のどちらかが立派なお店の店主だったりもします。

 そういった背景が影響していることはわたくしもわかっておりました。

 

「いえいえ、にくみさんが悪いとかそういう話ではないのです。ただ、“ゆきひら”ならではのメニューを“秋の選抜”の決勝戦という舞台でお見せ出来れば、あの方がウチのお店に行ってみたくなったりしないかな、と思いまして」

 

「あの方?」

 

「はい。薙切えりなさんです」

 

「「ええーっ!?」」

 

 何が申したいのかと言いますと、つまりえりなさんに“ゆきひら”に行ってみたくなるようなメニューを作りたいということです。

 えりなさんはわたくしの腕自体は買ってくれてます。だからこそ、定食屋に残ろうと思っていることを快く思われていません。

 

 前に堂島シェフに遠月リゾートに誘われて、お断りした話をすると怪訝そうな顔をされていました。

 

 そんなえりなさんの定食屋へのイメージを一新できるようなメニューをわたくしは秋刀魚料理で作りたいと思っているのです。

 

「えりな様……、じゃなかった、薙切が定食屋に……」

 

「それは想像できないなぁ」

 

「お姫様みたいな人だからねぇ」

 

 にくみさんも恵さんも美代子さんも、えりなさんが定食屋でご飯を召し上がっている姿が想像出来ないと仰っております。

 

 やはり難しいですか……。

 

「おい。ちょっと良いか?」

 

「ん? 小西先輩じゃねーか。どうした?」

 

 そんな話をしている中、小西先輩がわたくしたちに声をかけてきました。

 実はわたくしたちは、にくみさんに誘われて丼物研究会の一室にお邪魔させてもらっているのです。

 

「どうしたじゃねーよ。なんで、丼研でお前ら部外者たちが女子会をしてんだよ?」

 

「にくみさん、小西先輩に許可を取ってなかったのですか?」

 

 わたくしは小西先輩のひと言により、にくみさんが彼に許可を取らずにお菓子を広げて雑談をしていたことを初めて知りました。

 いやいや、それはダメですってにくみさん……。

 

「別に構わねーだろ。丼研はソアラさんの派閥の中に入ってんだからよ」

 

「おい、コラ。なんで、丼研が幸平の配下みたいになってんだよ?」

 

「そうですわ。小西先輩に失礼です」

 

 わたくしの言葉に対して、にくみさんはケロッとした顔をして存在しない派閥の話をされます。小西先輩もそれに対して彼女に反発されていました。

 

「まぁ聞けや。小西先輩……、ソアラさんが選抜で優勝したらどうなると思う」

 

「幸平が選抜で優勝したら――そりゃあ将来的には十傑入りは固ぇだろうな。――はっ!? 未来の十傑!?」

 

「そうさ。ソアラさんはいずれ遠月の頂点に立つ御方だ。丼研はその直属の組織になるんだ」

 

「幸平、ゆっくりして行け。俺はお茶でも出そう」

 

 しかし、にくみさんがヒソヒソと小西先輩に何かを囁くと彼はわたくしの顔を見て“未来の十傑”とつぶやき、ニコニコしながらゆっくりするように声をかけてこられました。

 一体、彼女は何を彼に話したのでしょうか……?

 

「呆れた。びっくりするほど、チョロい男だねぇ」

 

「小西先輩、スキップしてる……」

 

「ほれ、お茶だ。んで、メニューは決まりそうなのか?」

 

 機嫌よくお茶を持ってきてくださった小西先輩はわたくしに決勝戦のメニューの進捗状況を尋ねてこられました。

 アイデアって浮かばないときは本当に浮かびませんよね……。

 

「いえ、定食屋のエッセンスがある秋刀魚のメニューくらいしか」

 

「定食屋かぁ。よく考えりゃ、幸平が定食屋の娘だったおかげで丼研は助かったんだよなー」

 

「確かソアラさんは丼物が好きなんだよね。定食屋のメニューの定番だし」

 

「だからって、秋刀魚料理で丼物なんて――」

 

 小西先輩の言葉から、わたくしは定食屋の定番メニューである丼物が好きでここに来たことを思い出し、それに続けるようににくみさんが秋刀魚の丼物というワードを口にされました。

 

 彼女は否定的な言葉を続けようとしましたが、わたくしには目からウロコでした。なるほど……、丼物ですか……。

 

「いいえ、確かに丼物という発想がありましたね!」

 

「えっ!?」

 

「小西先輩! やはり丼物は偉大な文化ですよ! 良いメニューが思いつきそうです! “秋の選抜”の決勝戦――わたくしは丼物で勝負します!」

 

 わたくしは定食屋のメニューの中で自分が最も好きな丼物でメニューを作ることに決めました。

 えりなさんが“ゆきひら”に来てみたくなるような秋刀魚料理を必ず作ってご覧に入れますわ――。

 




ソアラが料理を思いつく展開の都合上、丼研が女子の溜まり場になってしまったのですが、よく考えてみれば小西先輩が羨ましいポジションになってしまっていた……。

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