【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら 作:ルピーの指輪
「よし、この2日間で売上が増えて、クレームも減っている。これなら――」
「困ったことになりそうですわね……」
スタジエール3日目の朝、パソコンの画面とにらめっこされている新戸さんにわたくしは声をかけました。
彼女はPCメガネをかけており、普段とはまた印象が違います。
わたくしもメガネをかければ頭が良さそうに見えますかね? 黒木場さんには良くバカ女って言われますし……。
「藪から棒に何を言い出すのだ!? 困ったことになる? 昨日は、私もほとんど手間取らなかった。貴様なんか、一人で3人分くらい働いていたではないか!」
「わたくしが3人分かはさておき、昨日は初日と比べて確かに調子が良かったです。新戸さんの正確無比な作業のおかげで効率的にお客様にメニューを提供することが出来ました」
「わからん。結構なことじゃないか。あれだけ慌ただしかった店が私たちが来ることによって客を捌けるようになったのだ。これは私たちの“実績”だろ?」
「そうですね。今はこのお店の状態はいい感じに回ってます。それをわたくしたちの“実績”と捉えてもらうことが出来るかもしれません」
わたくしたちがスタジエールでこちらに入ることで実際、店は良く回るようになっています。
与えられた仕事はキチンと二人ともこなしているからです。しかし、それを“実績”として評価してもらえるかどうかは些か疑問が残ります。
「えりな様にはあんな啖呵を切った癖に、存外ネガティブな奴だな。この通り私は事務処理も覚えた。今日はさらに効率化を測ることが出来る。研修が終わる7日目には――。――っ!? 待てよ、私たちが居なくなる8日目からは――」
「はい。わたくしたちが来る前に逆戻りです。こちらの皆さまは一週間だけ作業が楽になったと思ってくれるでしょうが……。それは“実績”ですか? 何の種も撒いていませんので、実など生まれようがありませんの」
新戸さんはわたくしたちがスタジエールの期間を終えた後のことを想像されて顔を青くされました。
そう。わたくしたちがどんなに頑張って働こうともそれは一時的なことです。研修が終われば、この店は来たときの状態に逆戻りしてしまいます。
「じゃあこのままじゃ、私たちは――」
「仲良く退学になるかもしれません。そんなことより、このお店にも危機が迫っていることの方が深刻ですが……」
「き、き、緊急会議を開きます!!」
「あ、新戸さん? そ、それに幸平さんもどうしたの?」
「議題は“洋食の三田村はどこへ行くべきか”です!」
事態の重さを把握した新戸さんはスタッフ全員を集めて緊急会議を開くと口にされました。
スタッフの方々はあ然とされております。おそらく彼女の言っていることがよく分かっていないのでしょう。
「は、はぁ……。ご、ごめん。具体的にどういうことかな?」
「簡単に申し上げるならば、わたくしたちが居なくなったあと、元の状態になってしまわない為にどうすれば良いのかという話し合いですね」
「「…………はっ!?」」
三田村さんたちは皆、わたくしたちの働きぶりを褒めて下さり、安心しきっておりました。
しかし、彼らもまたわたくしたちが4日しか働けないことを思い出して顔を青くされます。4日後にはまたあの状態に戻ることを察したからでしょう。
「い、今からバイト募集をかけましょうよ! 幸平さんたちがいなくなる4日後までにスタッフを見つけないと!」
「幸平さん、俺たちの2、3倍は働いてるぞ――。新戸さんも作業は誰よりも正確で伝票整理や事務処理も完璧に覚えてるし――。この二人の代わりになるバイトって――」
「あっ! ――絶対に無理だ」
わたくしと新戸さんは料理学校で学んだり、現場の経験もあるので仕事には直ぐに馴染めましたが、イチから募集をかけてそのような人材を直ぐに確保することは現実的ではありません。
「メニューを絞るべきでしょうか……? 豊富なメニューの数が、調理の足かせになっています……。人気のあるメニューだけを残して厳選すれば……」
そこで、新戸さんはメニューを絞るという提案をされました。
なるほど、それなら作業の効率も容易に上げることが出来ますし現実的に直ぐに始められる改善案ですね。
わたくしはそう思ったのですが――。
「そ、そんな! 祖父の代から受け継いだレシピだってあるんだよ!? それを変えるなんて!」
「それに今までずっと同じやり方だったのに、急に変えるのは……!」
「で、でも現状のままでは、この店はいつか破綻を――」
「あのねぇ! 君たちが来てくれて助かってるけど、いくらなんでもそこまで口出しされる筋合いはないよ!」
「俺たちは先代の頃からここで働いてるんだ! メニューを変えたりしたら、もう三田村じゃなくなっちまうよ!」
スタッフの方々は全員が新戸さんの案に猛反発されます。
先代からのやり方を変えたくはないと――。
「ご、ごめんな――」
「待ってください! 確かにわたくしたちは来たばかりですが、だからといってお店の将来を真剣に考えている新戸さんの意見をそこまで否定しなくてもよろしいのではないでしょうか!?」
「そ、それは――」
「幸平……、創愛……」
わたくしは新戸さんの考えに対して感情的になって責め立てるような雰囲気を作られたことに対して黙っていられませんでした。
彼女は彼女なりにこのお店を心配されて意見を出しているのですから――。
「危機感があるのに何も変えないというのは、停滞どころか後退です。皆様もこのお店を愛してらっしゃるならば、何かを変えていく勇気を持つことも必要なのではありませんか? このままでは本当にお店が――」
「そ、そうだね。僕も熱くなって頭ごなしに否定してしまった。すまない」
「い、いえ。私こそよく知らないのに……。軽率なことを言ってしまいました。まさか、幸平創愛が……、そこまで私を……」
とにかく、このままでは未来は暗いです。何かを変えないとならない状況だということは間違いありません。
三田村シェフには前進する勇気を持って頂かないとならないのです。
「しかし、メニューだけはどうしても変えたくないんだ。常連さんはこのメニューの豊富さを気に入ってくれていて、愛してもらっていたんだ」
「では、変えるのはメニュー以外にしましょう。何か変えられそうなポイントはありますでしょうか? 現状では、お客様はその先代からのメニューすら味わえなくなっております。それでは、来ていただいたお客様が可哀想です」
三田村シェフはメニューだけは変えられないと断言されましたので、メニュー以外を変えることで現状を変えようという方針で話し合うことになりました。
大事なメニューも、味わってもらえなくては意味がありませんし、何よりお客様に申し訳が立ちません。
「人を多く雇うという手はどうなの? 4人くらい増やせれば、彼女たちの代わりも務まるんじゃ……」
「うーん。幸平さんと新戸さんは研修という名目で無給でやってくれてるからねぇ。2人増やすくらいまでなら、なんとかやれなくもないけど、4人はちょっと厳しいよ」
「いっそのこと席数を減らしてみるのはどうだ? 人数が減ったら俺たちだけでもやれると思うけど」
「それじゃ、かろうじて入れていた常連さんがさらに混雑して入れなくなっちゃう。そもそも、この店は常連さんのおかげで成り立っていたんだ。僕は常連さんにこの店のメニューを美味しいって食べてもらうのが生き甲斐だし、みんなだってそうだろ?」
「「…………」」
人数を増やしたり、席数を減らすという案が却下となり、沈黙が続きました。
三代も続いたお店がこのままでは――。あれ? 三代も続いた……? それって凄いことですよね……。
「そもそも、こちらの“洋食の三田村”さんは三代もの間、常連さんのみで支えられていたのですよね? これだけ美味しいメニューなら、それも当然と言えますが……」
「常連さんのみで支えられていた? そうか、新幹線が止まるようになってお客様の数が急激に上がっただけで、その前から来られていたお客様だけでも経営は上手く行っていたのか……」
「それがどうかしたのかい?」
「三田村シェフ……、これは私からの提案ですが、いっそのことこちらのお店を完全予約制にしてみるのはどうでしょうか? 常連のお客様を大事にされるならば、一見のお客様よりもそちらを優先されてみるのも手です」
新戸さんは完全予約制を提案されました。なるほど、それはいい案ですね。
三代このお店が続いた理由は長く常連さんに愛され続けたからです。そもそも、お客様が殺到されるようになったのは最近で、その前からも経営は安定していました。
ならば、常連さんに確実に三田村の味を提供できる環境に戻すのも一つの手です。
「か、完全予約制か……。なるほど。それなら、昔馴染みのお客様に確実に三田村の味を提供できる」
「でも、それだと先細りにならないか? 新規の客を全部切るってことだろ? 常連さんだって、予約の手間がかかるなら以前よりも来られる頻度は少なくなるだろうし……」
しかし、わたくしも同じことを考えました。初めて来られる方を果たして全て切ってしまってよろしいのかと言うことと、手間がかかることで確実に以前よりも客足が遠退くという懸念です。
なので、わたくしは新戸さんの完全予約制に付け加えてもう一つの案を口にしました。
「ならば、新規のお客様にも予約してもらえるように宣伝をしましょう」
「宣伝っつったって、費用もかかるし、効果が出る保証もない。リスクが高くないか?」
「宣伝と言っても広告やCMというわけではございません。新幹線から降りてくるお客様に三田村の味を知ってもらうのです」
「いや、知ってもらおうにも完全予約制だと新幹線から降りてくる一見さんは全員切っちゃうんだろ?」
「はい。しかし、それは店内で召し上がる方のみです。わたくしは最初の新戸さんのメニューを絞るという案は非常に要領を得ていたと思いました。それをヒントに考えてみたのですが、このお店のメニューで“冷めても美味しいメニュー”を絞り込んで、お弁当として販売するのはいかがでしょう?」
「……お弁当?」
「ええ、お弁当なら作り置きが出来ますから、殺到するお客様も比較的に容易に捌けますし、販売数も任意で調節できます。そして、三田村の味を多くの方に知ってもらうのです。次は予約してこのお店の中で召し上がってもらうために――」
新規のお客様には弁当を買ってもらい、この店の味を知ってもらう――そして、弁当の包み紙にでも詳しい予約の方法などを記載して興味を持ってくれた方には次は予約を入れての来店を促してみるのです。
「そうか。それならば、このお店に足を運んでくれたお客様を全て切らなくて済むな。予約してくれる新規のお客様もドンドン増えていくかもしれない。幸平創愛……、私の最初の意見を聞いてそこまで思考を発展させるとは――」
「しかし、幸平さん。急にお弁当なんて売ろうにも僕らにはノウハウが――」
「それならばわたくしにお任せください。出来るだけ、早めに準備が出来るように手配してみます」
幸運なことに明日から土日なので、わたくしはあるツテをあたるつもりです。
弁当のことなら、相談できる方がおります……。
そして翌日の朝、わたくしは久しぶりに彼女に会いました。
「ソアラちゃん久しぶり! 何か変な人がお店に侵入してたけど、大丈夫だった?」
「真由美さん。無理を言って申し訳ありません。こちらのレストランでお弁当を新しく販売したいので“とみたや”さんのノウハウを出来るだけ聞いてもらいたかったのですが、大丈夫でした?」
そう、わたくしが相談したのは幼馴染で弁当の“とみたや”でアルバイトをされている倉瀬真由美さんです。
彼女に出来るだけ商店会長の富田さんから弁当についてのノウハウを聞いてほしいとお願いしてわざわざ来てもらったのですが、無茶なお願いだったかもしれません。
「大丈夫だよ。ソアラちゃん! 僕が直々に来たからね!」
「しょ、商店会長さん!? お、お弁当屋さんはどうされましたの!?」
「すみれ商店街の英雄のソアラちゃんが頼ってくれてるんだ! 弁当屋なんて堅っ苦しいことやってられないよ!」
真由美さんの後ろから商店会長さんが颯爽と登場されてわたくしは驚きました。
弁当屋のお仕事のことをそんなふうに仰らないでください……。
「ごめん。ソアラちゃん。店長、自分も絶対に行くって駄々捏ねちゃって……」
「大丈夫なんだろうな? よくわからんが何か頼りないぞ……」
「大丈夫です。“とみたや”さんは商店街で二代に渡って弁当屋を営んでいます。味も確かです」
「ソアラちゃん、また別の可愛い女の人と仲良さそうにしている……」
しかし、商店会長さんは弁当のプロです。今回の件で彼よりも頼もしい方をわたくしは知りません。
「これは、これは、わざわざウチの店のために……、どうも店主の三田村です」
「あ、ご丁寧にどうも。弁当の“とみたや”店主の富田と申します」
「なんか。似てるね……、あの二人……」
三田村さんと商店会長さんはお互いに挨拶をされる光景をご覧になった真由美さんは、お二人が似ていることを指摘しました。
ああ、誰かに似ていると思ってましたけど、商店会長さんでしたか……。
「ところで、貴様は誰だ? 幸平創愛と随分と親しげじゃないか」
「わ、わ、私ですか? 私は倉瀬真由美と言いまして、ええーっと、ソアラちゃんとは、その……」
「真由美さんとは、幼馴染ですの。そうですわね……、えりなさんと新戸さんみたいな関係でしょうか……?」
わたくしは真由美さんを後ろから抱き締めながら、彼女を新戸さんに紹介しました。
古くからお互いを知っているので、こうしていると落ち着きます。
「そ、ソアラちゃん。やっぱり、いつもどおりだ……」
「わ、私とえりな様だと!? そ、そんなお前たちのような、不埒な関係であってたまるか! わ、私とえりな様がこんなことを――」
「あら、そうですの? えりなさんからは幼いときからの友人だと聞いていたのですが……」
新戸さんは顔を真っ赤にされながら、わたくしの発言を否定されます。
えりなさんには小さい時からの友達だと聞かされていたのですが――違うのでしょうか……。
「それじゃ、僕と真由美ちゃんは三田村さんと新しいお弁当の開発について話してくるから」
「よろしくお願いします。本当に何とお礼を言えばよいか……」
今日はシェフである三田村さんにはなるべく弁当の開発に専念してもらう予定です。
ですから、私たちは――。
「それでは、三田村シェフが居ない間は我々が踏ん張らねばならんな。しっかり連携を取るぞ……。幸平……、創愛……」
「
「くっ! だったら私のことも
三田村シェフが不在でも互いに連携を取って頑張ろうと言う彼女に、わたくしが名前で呼んで欲しいと告げると、彼女は自分のこともそうするように伝えます。
何だか、彼女との距離が縮まったような気がしますね……。
「あ、はい。それでは、緋沙子さん。今日も一日、頑張りましょう」
「言われるまでもない! とっとと、仕込みを始めるぞ」
わたくしと緋沙子さんは慌ただしくなろうとしている店内で準備を開始しました。
今日はいつもよりも頑張れそうですわ――。
「な、何なんだ! 遠月学園の生徒は……!?」
「シェフが居ないっていうのに」
「昨日よりも早くて正確になっている!?」
「ソアラ!」
「――ナポリタンAセット、オムライスBセット、カルボナーラDセット二人前全ての上がりましたわ。――緋沙子さん!」
「こっちも全て終わっている! あと、セットのサラダのドレッシングだ!」
「ありがとうございます。オーダー、入りましたわ――」
わたくしと緋沙子さんはお互いに足りない部分を補い合い、スピードと正確さを今まで以上に上げることに成功しました。
彼女の行動が手に取るように分かりますし、彼女もまたわたくしのして欲しいことを良く存じ上げております。
そもそも、わたくしも父のサポートの経験が長く、彼女もえりなさんのサポートを長くされていたので、相手を助けるという動きはお互いに得意なのです。
「お互いが次の動作を予測して動いているんだ」
「まるで長年連れ添った夫婦のように呼吸が合っている」
「それにしても、二人とも……、この戦場のような環境で――なんて……」
「「楽しそうなんだ――」」
こんなに連携が上手く行ったのは初めてかもしれません。これが、緋沙子さんの歩んで来た道ですか……。
おそらく彼女はえりなさんのことをずっと後ろからご覧になっていたのでしょう。だからこそ、何を相手が望んでいるのか敏感に察知してくれます――。
いつもの何倍もの力が出せるような気がします。彼女もそう思ってくれているのでしょうか? わたくしは楽しいですよ。あなたと一緒にいるこの瞬間が――。
「新生――“三田村弁当”完成したよ! これを販売しつつ、店内での食事は完全予約制に移行する」
「僕にアドバイス出来ることがあったら、なんでも聞いてください。力になります」
「ありがとうございます。いやー、富田さんのような方と知り合えて良かったです」
「随分と仲良くなられましたね。お二人とも……」
「なんか、“マブダチ”とか言ってたよ。かなり波長が合ったみたい」
三田村さんと商店会長さんは固く握手をして意気投合されていました。
どうやら、弁当の開発中にとても仲良くなられたらしいです。
「そうですか。真由美さんも、わざわざすみません。この埋め合わせはまたいずれ……」
「ううん。ソアラちゃんのこと助けられて良かったよ。遠くに行っちゃったと思ってたから、安心したんだ」
「遠くに……、か……。えりな様は私を……」
わたくしは真由美さんの手を握り、彼女にお礼を告げました。彼女にはお世話になってばかりですから、何か恩返しをしなくてはなりませんね……。
そして、経営方針が変わった“洋食の三田村”はというと、お弁当の販売も大好評な上に完全予約制にしたことでかつての常連さんたちも戻ってこられてこちらも好評でした。
緋沙子さんが電話以外にホームページからも予約が取れるようにしてくれて、お弁当を食べたお客様からも予約が来るようになり、新しい経営も順調な滑り出し切ることが出来ました。
「第一のスタジエール合格だ。合格基準を遥かに超えた働きぶりだった。そうだな。成績でいうとトップの薙切・田所ペアと同点というところか」
「え、えりな様と……、同点? そんなバカな……」
「次の研修先の資料については明日には届くはずだ。健闘を祈っている」
最初のスタジエールは合格点を頂きました。緋沙子さんはえりなさんと同じ評価を貰ったことに驚いています……。
わたくしは、恵さんも合格されていると聞いて安心しました。彼女なら大丈夫だと信じておりましたが……。
「緋沙子さん……、えりなさんの所に戻っていただけませんか?」
「ソアラには関係のないことだろう」
「関係ありますよ。お二人とも大事な友人ですから……」
帰り道――わたくしは緋沙子さんにえりなさんの元に戻ってほしいと告げます。
彼女はわたくしには関係ないと言いますが、お友達の問題なので口くらい出したいです。
「――っ!? 貴様は私のことを友人だと思ってくれているのか……?」
「ふぇっ? 違いましたの?」
「ち、違うなんて言ってない! か、勘違いするな。普通の学友だ。それ以上では決してない!」
「は、はぁ……」
緋沙子さんも友人だと認めてくれているみたいですが、街灯に照らされた彼女の頬は桃色に染まり、慌ただしい口調になっており、動揺しているようにも見えました。
て、照れ隠しなのでしょうか……。
「――今までの私は安心しきっていたのだ。えりな様の後ろを歩いていればいいと。それ以上の事は考えもしなかった」
彼女はずっとえりなさんの背中を追っていたのはわたくしも知っています。
その先を考えてなかったことを彼女は後悔しているみたいです。
「そうでしたの……。それでは、緋沙子さんの悩みを助けられるか分かりませんが、わたくしのお願いを聞いてもらえませんか?」
「お願い?」
「一緒にえりなさんの隣に並べるように頑張りましょう。実は1人だけですと、彼女には中々追いつけそうになかったので、困っていましたの。二人で共に同じ目標のために研磨を積めば今よりも高い位置に上がれるはずです」
わたくしはえりなさんに追いつくために頑張ってきました。
孤高とも言える彼女との距離は多少縮まったのかもしれませんが、まだまだ遠い――。
しかし、同じ目標を持つ方と切磋琢磨すれば、今よりも高い位置まで翔べるかもしれません。
「二人で一緒にえりな様の隣に……、そんなこと――。――あっ……、んっ……」
「出来ますよ。わたくしと緋沙子さんなら。事実、今回のスタジエールも二人で力を合わせたから、良い結果を生み出せたではないですか」
わたくしは不安そうな顔をしている緋沙子さんをゆっくりと抱きしめて声をかけました。
スタジエール中はお互いを高め合えたと私は信じております。だから、これからもそんな関係になれれば、いつか必ず高みに到達するはずです。
「ソアラ……、くっ、なんだこいつは……。えりな様もこれのせいで……?」
「緋沙子さん?」
「あ、ありがとう。まだ、自信があるわけではないが……、前に進もうと思う……」
緋沙子さんはポツリポツリとそう答えて、わたくしの背中に手を回して腕に力を入れました。
「はい。一緒に頑張りましょう」
「そ、そうだな。い、いかん。私にはえりな様という方がいるのだ……。このままだと、私はこいつを……」
しばらく、抱きしめ合っていると、緋沙子さんはハッと声を出してわたくしから離れて、ブンブンと頭を横に振りました。
どうかされたのでしょうか……。
「それでは、早速なのですが、えりなさんが読みたがっていた少女漫画を寮の友人から預かってまして、これを緋沙子さんが届けて頂けませんか?」
「――ソアラ……。ああ! 任せておけ!」
えりなさんが読みたがっていた漫画を緋沙子さんに託すと、彼女はニコリと可愛らしく微笑みそれを受け取ってくれました。
スタジエールのおかげで彼女と親しくなれて本当に良かったです。
こうして最初のスタジエールが終わり、翌日になりわたくしは次のスタジエール先へと足を運びました。
「次のスタジエール先はここですね。おや、このお店は……?」
「俺は堂島先輩に“秋の選抜”の優勝者を寄越せと言ったが――そうか、今年はお前が優勝したのか……」
「ど、どうもお世話になります。四宮シェフ……」
次のスタジエールは四宮シェフのお店でした。
その笑みは何なのでしょうか? ちょっと、怖いような――。
とにかく、今度は緋沙子さんみたいに頼れるパートナーはおりません。気を引き締めて頑張りませんと……。
秘書子の口調が何気に難しい……。
彼女とはいい関係になれたと思います。今後の絡みにも注目してください。