【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら   作:ルピーの指輪

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スタジエール――覚醒の鼓動

「秋の選抜での優勝者じゃなきゃ、スタジエールは受け入れないとは言ったが……、お前が優勝者だとはな」

 

「す、すみません」

 

「なぜ謝る? 使えない奴は叩き出すと、業務部の人間には伝えてあるから、覚悟しておけ」

 

「は、はい。な、何とか頑張ります」

 

 わたくしの2つ目のスタジエール先は四宮シェフの新たな店舗、SHINO'S東京支店でした。

 彼は相変わらずの鋭い視線でわたくしを睨みつけて、厳しい言葉を投げかけます。これは、心して挑まねばなりませんね……。

 

「まずは大工仕事と内装の仕上げだ」

 

「ふぇっ? まだ、その段階ですの?」

 

 バケツとモップを手渡されたわたくしは明日プレオープンだと聞いていたこの店舗がまだまだ準備が終わっていないことを知って驚きました。

 完璧主義者の彼が準備を終えていないなんて、何か事情があるのでしょうか?

 

「四宮シェフ。メニュー作りも並行して進めないといけないんですよ」

 

「そダヨぉ! 業者にお願いしたらいいじゃないか」

 

 黒髪の女性と青髪の女性が心配そうな顔をされて四宮シェフを見ておられます。

 

「残り予算を考えてできる所は自分達でやる。内装や食器なんかはかなりこだわって選んだからな」

 

「四宮シェフならいくらでも出資を頼めるでしょう? プルスポール勲章ですよ?」

 

「本店のスポンサーほぼ全員に出店を反対されたんだぞ。頼めるわけねぇよ」

 

 どうやら、このSHINO'S東京支店の予算はかなり少ないみたいです。

 反対を押し切ってここに店を構えたのには何か理由があるのでしょうか……。

 

「あぁごめんなさいね。私達SHINO'S本店のスタッフなの」

「開店して落ち着くまでしばらく東京支店の応援に来てるってわけサ」

 

 黒髪の女性はSHINO'S本店のサービス責任者の高唯(カオウェイ)さん。青髪の女性はSHINO'S本店の肉料理担当のリュシ・ユゴーさんという方でした。東京支店の方を助けに来られている本店のスタッフさんとのことです。

 

「で、彼がSHINO'S TOKYOの料理長アベル・ブロンダンよ。本店では副料理長だったの。四宮シェフの右腕ってところね」

 

 さらに唯さんは少し離れたところにいる金髪の男性を四宮シェフの右腕だと紹介しました。

 つまり、この4人でお店を回そうとしていて、わたくしはその手伝いということですか……。これは責任重大ですわね……。

 

「ご丁寧にありがとうございます。幸平創愛と申します。今日から一週間こちらでお世話になります」

 

 わたくしは皆さんに頭を下げて自己紹介をしました。それでは、内装をキレイにするお手伝いをしなくては――。

 

「大変なんですね。お店開くのって。わたくしみたいな者を研修で受け入れる余裕なんてありますの?」

 

「猫の手も借りたい状況だ。適当な仕事をしたら、ぶっ潰すがな」

 

「ふひぃ〜、肝に銘じますわ。四宮シェフのお店で働けるなんてラッキーですし」

 

 四宮シェフは言うことは厳しいですが、かなり柔らかい物腰になっておりました。おかげでかなり話しやすいです。

 

 彼の調理技術は超一流でした。学べることも多そうです。

 

 

「なんだ、あの小娘……、四宮シェフに色目使ってるぞ。くそう、あんなに親しげにして……」

「使ってない使ってない……」

 

「俺がどれだけかかって四宮シェフと打ち解けたと思ってるんだ…! そしてついに俺を東京支店のシェフに任命してくれた……! 俺はあの時ほど感動したことはない~!」

 

「もう100万回聞いたけどね」

 

 何やら後ろの方から凍てついた視線が突き刺さるような感覚が……。

 アベルさんですかね……。なぜ、あんなに怖い顔をされているのでしょう。

 

「でも本当に丸くなったわよね。四宮シェフ。春頃日本に行ってからかしら」

「そうかも。何かの審査員やったんだっけ? 帰って来てからちょっと優しくなった気がする」

 

「手だけ動かしてろ」

 

「四宮シェフ、丸くなられたのですか? 太ったようには見えませんが……」

「丸くなってない! シャープなままだ!」

「――痛っ! す、すみません……!」

 

 四宮シェフが丸くなったと言われたので、太ったかと思い彼の顔を覗き込むと、彼は私の頭にチョップをされました。

 ううっ、乾シェフみたいに扱われてしまいました――。

 

「俺がボケたらあんなツッコミを――」

「もらえないから。手を動かそうね……」

 

「そういえば、四宮シェフ。なぜ、新しい店を出すことにされたのですか? しかも日本でなんて。三ツ星を狙う時に出店するのは珍しいと聞きましたが……」

 

「お前こそ、さっきはどういう意味だ。俺の店で研修できてラッキーだと? そのへんの零細店に入った方が楽にクリアできるに決まってるだろ」

 

 わたくしが四宮シェフに出店理由を質問すると、彼はそれに答えずにここで研修をすることになったことがラッキーだと発言したことについて言及しました。

 ああ、確かに小さなお店の方が楽かもしれないですわね……。

 

「ええーっと、まぁそうですよね。四宮シェフは退学にするのが大好きですし……」

 

「喧嘩売ってるのか?」

 

「と、とんでもございませんわ。薙切えりなさんに追いつきたいのです。“秋の選抜”で優勝して少しは距離を詰められたと思ったのですが、彼女は遥か遠くにおりました――」

 

 選抜で優勝したときに出した品ではまだまだ彼女を満足させるには至りませんでした。

 実力を付けるためには一流の技術を体験することが出来て、しかも自分がほとんど触れたことのないフランス料理の世界を見ることが出来るこの環境はうってつけです。

 

「総帥のクソ生意気そうな孫か……。あれは確かに世界中の料理人が喉から手が出るほど欲しい才能を持っているからな。選抜で優勝した程度ではどうにもならんだろう」

 

 四宮シェフはえりなさんの才能は全ての料理人が欲しがるモノだと口にして、今のわたくし程度では力不足だと仰りました。

 だからこそ、わたくしはここで何かを掴まなくては――。

 

「休憩ー! 疲れた~」

「お昼どうする?」

 

「俺がまかないを――」

「俺が作ろう……」

 

「し、四宮シェフのまかないが食べられるなんて……!」

 

 休憩時間になり、四宮シェフがまかないを作ってくれると仰って、見事な手際で料理が完成しました。

 四宮シェフのまかないが食べられるのは稀有なことらしく、スタッフの方々は歓喜しております。確かにこれはまかないのレベルを遥かに超えてますね……。

 

「まぁ! なんて、美味しそうなのでしょう! これは何という料理でしょうか?」 

 

「キッシュだ。元々はロレーヌ地方の郷土料理でパリにも浸透しているランチメニューの一つ。現地の事を知らない君にはわからないかもしれないけどね」

 

「ふぇ〜、そうなんですか。まかないにもぴったりですね〜」

 

 キッシュという初めて拝見するお料理にわたくしは目を奪われます。

 

「堪能させていただきます……! 野菜料理(レギュム)の魔力を!」

 

「「――っ!?」」

 

 ひと口食べただけでわたくしは四宮シェフの魔法にかけられてしまいました。

 これほど、豊かで奥深い味を――そして、何よりこの食感は――。

 

「何このシャキシャキ感!? 美味しぃ!」

 

「これは、ゴボウですわね……!」

 

「ゴ、ゴボー?」

 

「知らないのも無理はない、欧米では敬遠されがちな食材だからな」

 

「ゴボウの持つ甘みと渋みを完璧なバランスで引き出して、キッシュに魔法をかけてしまった…! 戦慄するわね……!」

 

「まさかフランスの郷土料理に、日本の野菜をこうも合わせるなんて……! さすがレギュムの魔術師です!」

 

 ゴボウというの素材の良さをここまで引き出されたお料理を食べたのは初めてです。

 何が凄いことなのかというと、わたくしたち日本人には馴染みが深く、欧州では知られていないこの素材をフランス料理に合致させるということでした。

 しかし、四宮シェフは浮かない顔をされています。

 

「四宮シェフはこれだけの品でも満足されていませんの?」

 

「おい! お前! 四宮シェフになんてことを!」

 

「――おっと、顔に出るとは俺もまだまだだな」

 

「いえ、何となくそんな気がしただけですから」

 

 彼はこの皿で満足はされていないことは間違いありません。

 それは即ち、四宮シェフの料理人としての完成形がずっと高いところにあるということです。

 

「よし! ワイン開けるぞ!」

「えっ! 予算ギリギリなんでしょ!?」

「この俺が作ったまかないだぜ? ワインと合わせなきゃ勿体ない」

 

「持ってきました!」

 

「馬鹿! もっといいやつだよ」

「は、はいすいません!」

 

「ツッコミもらってホントに嬉しがってるし……」

 

 四宮シェフはワインを開けさせて、自分の料理を食して、難しそうな顔をされていました。

 そして、彼はメガネを外してわたくしを正面から見据えます。

 

「お前をこの一週間で、必ずレベルアップさせてやる。この俺の仕事に、最後までついて来れたらだがな……! 覚悟はいいか? マドモアゼル、幸平」

 

「はい!」

 

 四宮シェフはわたくしをさらなる高みまで連れて行ってくれる事を約束してくれました。

 えりなさんに追いつくためにも最後までスタジエールをやり遂げて見せます――。

 

 

 そして、翌日。プレオープンの初日……。わたくしはSHINO'Sのコックコートに着替えました。

 

「フン……、馬子にも衣装ってか?」

「それは……、褒めていますの?」

 

「コックコート。笑ってやろうと思ったのによ。まぁいい。間もなくプレオープンだ。抜かるなよ」

 

 馬子にも衣装という評価のわたくしのコックコート姿を見て、四宮シェフは気合を入れるようにとわたくしに釘を刺します。

 

「そういえばプレオープンて普通のオープンと違うのですか?」

 

「正式に開店する前の試運転みたいなものよ」

 

「知り合いなんかを中心にお招きして実際に料理を出しながらスタッフ間の連携を確認するわけ。後は新メニューを試す目的もあるわ」

 

「お客様の反応を見ながら毎日品を変えていく。最終日にはスタッフ同士で新作メニューのコンペもやるのよ」

 

「そ、そうなんですね……、き、緊張してきましたわ……」

 

 プレオープンの目的を聞いたわたくしは緊張で胃が痛くなってしまいました。

 これは四宮シェフの人生がかかっている最初の日――ミスは許されません……。

 

「余計な音を立ててみろ、叩き出すからな!」

「四宮シェフ、ですから、後ろに小娘は下げといた方が――」

 

「少しお待ちを――。大丈夫です。大事な初日に四宮シェフに恥をかかせるようなことは致しません」

 

 わたくしはおまじない代わりに前髪を後ろに纏めて結びました。

 その瞬間に頭はキーンと冷えて周りの風景がはっきりと見えるようになります。

 これなら、大丈夫――いつもどおりのパフォーマンスは出来るはずです。

 

「こいつ……、今までと雰囲気が……」

 

「ようやく俺と喧嘩したときの顔付きになったな。そっちのお前には期待してやる……」

 

 こうしてプレオープン初日が開幕しました。

 

「ようこそ。ご来店感謝します」

 

「お客様が着席された。行くぞ」

 

「ウィ……! シェフ!」

 

 四宮シェフの指示でわたくしは静かに食器をお客様の元に運びます。決して音を立てぬように丁寧に――。

 

「1番卓! アミューズ出るぞ!」

「ウィ!」

 

 今まで経験したどの調理場とも違いますね――。

 

「おいし~い!」

「評判に違わぬ味! まさしく魔術師だ!」

 

 仕事量が大違いです。手順一つ取っても定食屋の数倍あります。それに前菜を作ってる間も時間のかかるメインの調理を並行して進めなきゃなりません。全力でスピードを上げてギリギリというところですわ……。

 これは気を引き締めませんと――。

 

「幸平! ラングスティーヌ!」

 

 ラングスティーヌは手長エビですね……。

 

「あと3番卓が食べ終わる頃にミルポワを用意」

 

 ミルポワは香味野菜数種を角切りにしたものです。昨日、全てのお料理について記憶していなければ、間違いなく判断が遅れていました……。

 3番卓のお客様は食べるのが早いみたいですね。急がなくては――。

 

 複数個ある卓に入ってくるお客様の来店時間はバラバラ――そして、召し上がるペースもまた十人十色です。

 コース料理は出す順番が決まっています。一つのミスは全員にのしかかってくるのです。

 

 わたくしはついていくのがやっとですが、皆さんは当たり前ですが涼しい顔をしておられる。

 

 このままではわたくしだけ取り残されてしまいます――どうすれば……!

 

 リュシさん……、あんな風にして素材を切っている。アベルさんのやり方は――なるほど、そうすればもっと早く出来ますね……。

 

 そして、四宮シェフは何て無駄のない所作なのでしょう……。

 

 父の模倣をしたあの時みたいに無理をするのではなく、キチンと意味を知り、自分の型に当てはめるように技術を染み込ませる――これが今のわたくしがすべきことです。

 定食屋の技法しか知らなかったわたくしがスケールアップするためにはこれしかありません。

 

 幸い、それを実践で使える仕事ならここに山ほどあります。見て覚えて試すが一度にできるなんて、こんな素晴らしい環境は他にはありませんわ……。

 

 特に四宮シェフの動きは参考になります。よく覚えておかなくては――。

 

 

「シャワー室は自由に使っていい。厨房スタッフは昼頃に出てくるから君もそれまでに身支度しておけ。くれぐれも寝過ごすなよ」

 

「今日の仕事ぶり及第点だと言ってやりたいが、ミルポワが遅れかかっていたな。プレオープンには俺の日本での成功がかかってる。お前は学生気分で気楽なもんだろうがな。明日以降は客をもっと入れる予定だ。仕事量は今日の2倍3倍に膨れ上がる。お前が今のままなのであれば最終日、お前の居場所はここにはないぜ」

 

「そうですね。おかげさまで、明日はもう少し早く出来そうです。ご指導感謝しておりますわ」

 

 プレオープン期間中、わたくしはここで寝泊まりすることに決めました。

 四宮シェフはこれから仕事が増えることを示唆して今日のわたくしではどうにもならないと指摘します。  

 何とか今日覚えたことを自分のモノにして、仕事に何とか付いていけるようにならねば――。

 

「四宮シェフ、何かアドバイスを差し上げたのですか?」

 

「手取足取り教えてられるかよ。こいつは、仕事中も生意気にも俺たちのことをじっくり観察してやがった。それだけだ」

 

「それだけ……、ですか。日本ではそれが指導だと?」

 

「そういう奴もいるってことだ」

 

 唯さんの質問に面倒くさそうに答える四宮シェフはわたくしが皆さんを観察しながら仕事をしていたことに気付いていました。

 生意気と言われちゃいましたが、止めなくても良いみたいです。

 

 寝泊まりさせてもらっているので、何もしないのはどうしても気が引けます。皆さんが来る前に掃除や皮むきくらいは終わらせておきましょう。

 

 それにしても、覚えたフランス料理の技法を使ってみると時々変な感覚になります。あの準決勝のとき、父を真似た感覚が戻ってくるというか、今までの自分には無かった発想が次々に生まれそうになるというか――不思議な感じです――。

 

 

「おい、あいつに食材の切り方を教えたりしたのか?」

「ううん。どうして?」

「いや、何でもない……」

 

「あれは、俺のやり方――。それに四宮シェフのやり方も……!? 1日経つごとになんであいつは上手くなる!? まさか、本当に見るだけで――」

 

 プレオープン5日目、フランス料理のやり方にもかなり慣れたわたくしは、ほとんど手間取らなくなっていました。

 

 定食屋にいた頃は父から教えてもらったことしか使おうとは思っていませんでしたが、それは間違いだったのかもしれません。

 

 料理勝負のとき、父の技術を見て覚えたならば、その意味を聞くなり考えるなりして自分のモノにしておくべきだったのです。

 

 見て覚えたことを直ぐに実践するだけで、こんなに身体に馴染むとは思ってもいませんでした。

 

「4番卓食事ペース早いです。スープ急げますか?」

 

「――っ!?」

 

「アベル。動けるか?」

「すいません! 今手が離せません!」

 

「下処理できていますわ」

 

 4番テーブルの食事ペースの速さには気付いておりました。

 ですから、この中で1番余裕のあったわたくしはスープの下処理を先に終わらせていたのです。

 

「幸平。ルセットは頭に入ってるな? そのまま最後まで仕上げろ」

 

「承知いたしました」

 

 四宮シェフは当然それくらい出来るだろという、表情でわたくしに最後まで作業を託してくれました。

 なんだか、初めてこの職場で認められたような気がします――。

 

 

「プレオープンも明日までだ。最終日も抜かるんじゃねぇぞ。幸平」

 

「やったじゃんソアラ!」

「ええ、皆さまのおかげですわ」

 

 プレオープン最終日まで残ることが出来たわたくしの背中をリュシさんが叩いて喜んでくださいました。

 

「アベル。幸平を残すことに異論はあるか?」

「い、いえ……」

 

「何の助言もなしで、あそこまで成長するなんて。四宮シェフ、何か影でアドバイスしたんじゃないですか?」

 

「鬱陶しい視線を我慢してやっただけだ。ったく、いつもなら蹴飛ばしてるとこだぜ」

 

 四宮シェフはそんなことは言いつつも、敢えてわたくしが見やすい位置に立ってくれたりしています。

 それを言えば怒られそうなので黙っていますが……。

 

「す、すみません。皆さんの動きがあまりにも美しかったので――」

 

「まっ、俺に喧嘩売るような女がこんなスタジエくらいで終わるはずないとは思ったが……」

 

「あの〜、その話はもう良いではありませんか」

 

 彼に食戟を挑んだことがどれだけ無謀であったか今ならよく分かります。

 元第一席は伊達ではありません。この方はとんでもない努力の上に立っている御方です。

 

「で、明日の新作コンペだが、お前ももちろん新メニューの一つくらい考えているんだろうな?」

 

「四宮シェフ! いきなり、ソアラに――」

 

「リュシさん、大丈夫ですわ。誘って頂けなければこちらから申し上げるつもりでした。わたくしなりのフランス料理、是非ともご賞味くださいまし」

 

 プレオープン期間中に新作コンペのメニューを考えていたことを四宮シェフにはバレていたようで、わたくしも1品出すことが決まりました。

 

「あんた最初から?」

 

「ええ、スタッフ全員と仰ってましたので、最後まで残れればチャンスを下さると思っておりました」

 

「半端な皿を出して俺を失望させるんじゃねぇぞ」

 

「――やっぱり、止めておいた方が良かったのかもしれません……」

 

「引き下がるの早っ!」

 

 しかし、四宮シェフが怖い表情で見下ろして来ると足がすくんでしまい、コンペに新作料理を出すことが良いことなのか分からなくなってきました。

 いえ、“実績”を残すなら新メニューに加えてもらうくらいはしませんと――。

 

 

 

「ふぇっ~。終わりましたね。プレオープン。でも、最終日だけこんな早く閉めるのですね」

 

「まだ店は閉めない。もう一組貸切でゲストを招いている」

 

「こんばんは~」

 

 最終日は早く終わったと感じていましたら、貸し切りのゲストが来ると四宮シェフは仰り、聞き覚えのある声とともに最後のゲストの方々が来店しました。

 

 乾シェフ、水原シェフ、梧桐田シェフ、関守板長――遠月の卒業生の皆さんに加えてシャペル先生がいらっしゃったのです。

 

「あれ!? 幸平さん! どうしてここに?」

「ええーっと、わたくしはスタジエールで……」

「相変わらず可愛い! この前のワイルドな感じも良かったけど女の子はこうじゃなきゃ」

 

 乾シェフはわたくしをギュッと抱きしめてこの前の準決勝の話題を出します。

 それには触れないで欲しいのですが……。

 

「もう! 私を差しおいて幸平さんを呼ぶなんて! どうしてお手伝いさせてくれないんですか! というか、幸平さんをください!」

 

「お前は自分の店があるだろ、バカ」

 

 四宮シェフも後輩や同期の仲間に会えて優しい感じになっていますね……。

 

「そうか。君の研修先はここだったか」

 

「シャペル先生は私達が遠月の生徒だった頃赴任してきたんですよ」

 

「そ、そうだったのですかぁ」

 

 シャペル先生はフランス料理専門の方ですからいること自体には違和感はなかったのですが、先輩方が最初の生徒だったみたいです。

 昔から笑わない方だったのでしょうか……。

 

「良かった。今日の君はあの時みたいな変なキャラではないようだ」

 

「み、水原シェフ……、後生ですから忘れてくださいまし……」

 

「あのときはびっくりしましたよね。堂島先輩に幸平さんが――」

 

「ですから止めてください、乾シェフ!」

 

「堂島先輩に何やったんだ? 聞いてやりたいが、おしゃべりはそこまでだ」

 

 準決勝でのことを水原シェフと乾シェフがイジって来られようとしましたので、わたくしは必死になってそれを止めようとします。

 そして四宮シェフはまだ、誰かを待っているような素振りを見せました。

 

「ようこそマダム」

 

「誰がマダムね。もうからかうんじゃなかとよ、小次郎」

 

「四宮シェフの……、お母様!?」

 

 本当の最後に現れたのは四宮シェフのお母様でした。

 驚いたのはわたくしだけでなく、水原シェフと乾シェフも同様みたいです。

 

「つくづくアンタは勝手ばい! 何年も実家に顔出さんでから、いきなり東京ば来いてどういうこつね? にしても、こげんとこ来るの慣れとらんからこそばゆいけん……」

 

「肩ひじ張らんで楽にせんね、自分ちやと思えばよかたい」

 

「無理言うんなかよ、もう!」

 

 四宮シェフは九州の方のようで、お母様と方言で話されておりました。

 何だか新鮮、と言うよりも――。

 

「四宮シェフもあのような顔をされるのですね。意外ですわ」

「意外よね。普段は野犬みたいな顔してるのに」

「うん……。先輩は目つきで人が殺せます」

 

「お前ら、後で覚えとけ……」

 

 わたくしたちの会話をしっかりと聞いていた四宮シェフはくるりとこちらを振り返り怖い表情をしました。

 悪口を言ったのは、水原シェフと乾シェフでわたくしは意外としか言っておりませんのに……。

 

 そして、プレオープン最後のメインディッシュを出した四宮シェフはそれを幸せそうな顔をして召し上がっているお母様をご覧になっていました。

 

「四宮シェフのお母様――いいお表情(かお)されていますね。もしかしたら、四宮シェフが料理人になられたのはそのためですか?」

 

「どうしてそう思うんだ?」

 

「見ていれば何となく分かります。四宮シェフがどれだけお母様を大切に想って品を出しているのかも」

 

 美味しいモノを大切な方に提供するということは料理人の悲願です。

 四宮シェフの皿には彼の想いやその皿を作るために辿った道筋が全て詰まっております。

 

 この一皿は必殺料理(スペシャリテ)のお手本のようなそんな感じがして、何となく四宮シェフはこの瞬間のために料理人になったのでは、と想像できたのです。

 

「…………」

 

「――痛っ!? 何をされますの!?」

 

「何かムカついた……」

 

 話をしばらく黙って聞いていた四宮シェフはわたくしの頭にチョップをしました。

 理由は子供っぽいモノで照れ隠しのようにも感じられます。

 

「むぅ〜。良いじゃないですか。お母様のことが大好きなんて素晴らしいと思います! 照れなくてもよろしいではないですか!」

 

「お前! いい加減に!」

 

「大切にしたくとも出来ない人もいるのです。四宮シェフが羨ましいです」

 

 わたくしはお母様に美味しいお料理を食べさせることが出来る四宮シェフがたまらなく羨ましいと思っていました。

 それは、わたくしには絶対に出来ないですし、心から素晴らしいことだと思っております。

 

「お、お前……、母親は……」

 

「はい。わたくしが幼いときに――。すみません。だから、わたくしも四宮シェフのお母様の幸せそうな顔を見て嬉しかったのです――」

 

 料理人に必要なモノの1つは愛情だとわたくしは信じております。誰かのために一品を作りたい、その気持ちが原動力となるのです。

 愛を創るという名前は母が考えてくれたと、父から聞きました。その日からわたくしは料理でそれを実現したいと想い包丁を握っていたのです。

 

「――初日に作ってやったキッシュだがな。ゴボウってのは欧米人には木の根にしか見えないらしい。日本人はこんなものを食べるのかって驚かれることも多い。それに他の根菜類、根パセリなんかも戦時中の貧しい食事を思い出させるから長い事食材として敬遠されてきたそうだ」

 

「はい……」

 

「忘れられた野菜達、レギューム・ウーブリエ。あのキッシュに名前を付けるなら“キッシュ・レギューム・ウーブリエ”ってとこか」

 

「前に言ってたな。なぜこの時期に日本の出店を決めたのかと。自分の料理の土台、ルーツを再確認するためだ。もう一度自分の生まれた国で料理と向き合う。今の俺が三ツ星を獲るためにどうしても必要な事なんだ」

 

 四宮シェフだから出来る調理――それを見つめ直すためにルーツがあるこの日本に帰ってきたと彼は仰っています。

 わたくしのルーツは定食屋であること。“秋の選抜”ではそれを全面に押し出して品を作りました。

 でも、ルーツはそれだけじゃないかもしれません。父の料理を長年見続けて、遠月で色んな方々に出会い、そして今――四宮シェフと共に厨房に立っている。

 そう、わたくしはまだまだ発展途上――ルーツなど出来上がっておらず、言うならばわたくしの歴史そのものがルーツなのです。

 

 ならば次の一皿にはわたくしの全てを詰め込みましょう。それが自分のスケールをさらに大きくしてくれると信じて――。

 




四宮先輩のところで、勝手に超パワーアップを果たそうとするソアラ。
前回、一緒に強くなろうとか言ってたとかそういうツッコミはナシで(笑)
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