【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら   作:ルピーの指輪

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田所ちゃんは癒やし系。


田所恵の憂鬱

「ふぅ……、すっごく緊張しましたわ。あっ、えりなさん、どうでしたか? わたくしの挨拶――」

 

「あなた! 何考えてるの!?」

 

 舞台袖に戻ったわたくしは、えりなさんにきちんと挨拶が出来ていたのか尋ねました。

 すると、彼女は大きな声で不機嫌そうな声を出します。

 

「はひっ!? ええーっと、わたくし、何か変なことを申し上げましたでしょうか?」

 

 あれ? 噛まずにお話できて良かったと胸を撫で下ろしていたのですが……。何か、まずいことをしてしまったのでしょうか?

 

「変なこと? あなた私をライバルだって聞こえるようなことを言っていたのよ? 緊張しすぎで、どうかしちゃったの?」

 

 どうやら、えりなさんはわたくしが同じくらいの料理人になると口にしたことに引っかかっているみたいです。

 それって、何か変ですかね? 彼女とはお友達ですが、お互いに切磋琢磨できるような関係になれるのって素敵だと思うのですが……。

 

 もちろん力不足は自覚してますから、目標として口にしたのですし……。

 

「ふぇっ? いや、そのつもりで言葉に出したのですが……。だって、えりなさんに今度は“まぁまぁ”じゃなくて“とっても”美味しいって言ってもらいたいと思っていますので。でしたら、最低でも同じくらいの実力にならなくてはと思いまして……」

 

「あなた、それがどういう意味かわかってるの?」

 

「意味ですか? 全然わかりませんの」

 

 わたくしは今回のテストでギリギリ合格点を頂きました。ですから、次に彼女に料理を振る舞うのなら、もっと高い評価を頂きたいと思います。

 ならば、少なくともえりなさんと同等くらいのスキルを手に入れる必要があります。

 ですから、わたくしはあのような言い回しをしたのです。

 

「はぁ、あなたね。同級生たちの前で、自分がナンバーワンになるから、あなたたちなんか相手にしてられないくらいのことを言ったのよ。私は学年首席なんだから」

 

「ということは、要するにわたくしは、皆様に喧嘩を売ったみたいな感じになっていると?」

 

「そういうことよ。大言壮語を吐くのはあまり感心できないわね」

 

 えりなさん曰く、遠月の高等部に進級した生徒の中で1番の実力を持つ彼女を目標にするということは、イコールの意味として自分が同学年で1番になるという宣言をしたのと同じ意味だということみたいです。

 

 そして、編入生がそれを口にするということは他の生徒の方たちを蔑ろにしているに等しい発言に取られても仕方ないということらしいのです。

 

「大言壮語? でもでも、わたくしはえりなさんの友達ですから。やっぱり隣を歩きたいですの。でしたら、あまり勝負ごとは好きではありませんが、何とかそこまで上がってみせますわ」

 

「――っ!? やっぱり、あなたと話してると調子が狂うわね。だったら、死ぬ気で追いかけなさい。私は待ってあげるほど、お人好しじゃないから」

 

 わたくしはえりなさんの目をしっかりと見つめて、両手を握りしめて追いついてみせるとお約束しました。

 すると彼女は恥ずかしそうに目を伏せて、追って来るようにと仰ってくれました。

 この方はわたくしよりも遥か高みにいるのかもしれません。しかし、包丁とお付き合いをした年数はわたくしとて負けておりません。

 追い越すくらいの気持ちで挑ませていただきますわ……。

 

「はい。もちろんですわ。改めてよろしくお願いします」

 

 この学園で生活する意義を見つけたわたくしは、料理学校とやらの授業が少しだけ楽しみになっていました。

 もしかしたら、父はここまで読んでいたのかもしれません。

 ううっ……、そう考えるとちょっぴり悔しいですの……。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「今日はこのペアで調理してもらう」

 

「どうも、初めまして。幸平創愛(ソアラ)と申します」

 

「えっ、あっ、どうも田所恵です。――な、なして、いきなり編入生の人と……、関わりたくなかったのに……」

 

 いよいよ、初めての調理実習の授業です。二人組でペアを組んで授業を行うのですが、わたくしとペア組む相手の方は“田所恵さん”という内気そうな女の子です。

 

 ああ、良かった。優しそうな方で……。怖そうな方だったらどうしようかと思っていましたわ。

 なぜか、わたくしの顔を見て泣きそうな顔になっていましたが……。

 

「えっ?」

 

「あ、いや、その……」

 

 わたくしが恵さんが怯えたような顔をして何かを呟いていることに反応すると、彼女は急にしゃがみ込んで、手のひらに文字を書いて飲み込む仕草をされていました。

 

「ふふっ、恵さんも緊張されているのですわね。わかりますわ。わたくしも、よく“人”って書いて飲み込んでますの」

 

「えっ? そうなの?」

 

「昔から気が弱くて緊張ばかりしてましたので……。おまけにドジばかり……」

 

 わたくしもかなりのあがり症で、よく緊張を解すために何かしらのアクションを起こしていました。

 恵さんとはどこか似たところを感じます。

 

「わ、私も……。それに私は1回でもE評価を取ると退学なので、とても緊張しちゃって」

 

「あら、それは大変ですわね。恵さん、それなら微力ですがわたくしも力になります。一緒に頑張りましょう」

 

 その恵さんですが、なんと悪い成績を取ると退学になってしまうという危機に晒されているみたいなのです。

 これは由々しき事態ですわね。わたくしも気を引き締めて掛からないと、恵さんに迷惑がかかってしまいます。

 

「い、意外といい人なのかも」

 

「うふふ、安心しましたわ。エリート校と聞いてましたので、あなたのような方がいらっしゃるとは思いませんでしたから」

 

「――はぅっ!?」

 

 わたくしはこの学園には強気の方が多いという印象でしたので、恵さんのような温厚な方もいらっしゃることが分かって安心しました。

 それを彼女に伝えると、なぜか恵さんはショックを受けたようなお顔をされます。

 何かわたくし、まずいことを申し上げたのでしょうか? 最近、地雷を踏むことが多いように感じます。

 

 

「わたくしのことはソアラと呼んでくださいまし。恵さん」

 

「そ、ソアラさん……。気付いていないのかな? 周りの視線とか……」

 

「周りの視線? ああ、殺伐としてますわね。何故でしょう?」

 

「それはソアラさんが……、いや、何でもない」

 

 周囲がピリピリした感じになっていることをわたくしは理解しておりましたが、理由は知りません。

 恵さんはその理由を存じているみたいですが、彼女は何かを言いかけて止めてしまいます。

 あのう……、とっても気になるのですが……。

 

 

「おはよう。若きアプランティたちよ。私の授業ではAの評価が出ない品は全てEとみなす。覚えておくがいい」

 

 互いに自己紹介を終えたところで授業が始まりました。

 授業を担当されるのは、ローラン・シャペル先生という方でフランス料理の専門の方なのだそうです。

 

 すごくガンをお飛ばしになられていらっしゃる。怖いのですが……。

 

「き、厳しそうな先生ですわね」

「遠月の中でも特に評価に厳しいって有名なの。去年は50人のクラス全員にE評価を出して、そのうち18人はその授業で退学が決定したんだって付いたあだ名が“笑わない料理人”――」

 

 わたくしがシャペル先生の第一印象を口にすると、恵さんは彼について知っていることを教えてくれます。

 なるほど、“厳しそう”ではなくて、“本当に厳しい”のですね。困りましたわ……。

 

「恵さん……、一言だけよろしいでしょうか?」

 

 わたくしは意を決して恵さんの肩を抱いて、まっすぐに目を見つめました。

 どうしても言わなくてはならないことがあるからです。

 

「えっ? もしかして励まそうとしてくれてる……?」

 

「先に謝っておきますわ。ダメでしたら、申し訳ありません」

 

「――わ、わざわざそれをそんなに真剣な顔で言うー!? もうダメだよ……、退学だ……」

 

 わたくしは吐き気を堪えながら首を横に振って恵さんに謝罪をしました。

 あんなに厳しい先生に退学がかかっている方とペアを組んで挑むのです。やはり、大事なことは伝えておきませんと……。

 

 恵さんは、生気が抜けたような顔をされて、倒れそうになってしまいました。これはいけません。これから頑張らなくてはならないのに……。

 そして、もう一つ大事なことを伝えなくてはならないのに……。

 

「ですが、わたくしは恵さんの為にこの授業――死力を尽くすことをお約束致しますわ!」

 

 わたくしは前髪を後ろに束ねてギュッと締めて気合を入れます。

 髪を結ぶのはおまじないのようなもので、沢山のお客様を捌かなくてはならないときに、これを行なうと不思議と緊張が解れるのです。

 

「ふ、雰囲気が変わった? なんか、凛々しくなったような……」   

 

 恵さんはそんなわたくしを不思議そうに見つめて、授業の準備を開始しました。

 

 

「本日のメニューはブッフ・ブルギニョン。フレンチの定番と言える品だが一応レシピを白板に記しておく。制限時間は2時間。完成した組から出しなさい。では始めるとしよう。コマンセ、ア、キュイール!」

 

 課題はどうやら、フランス料理の定番メニューを作ることみたいです。制限時間は2時間……、これは長いのでしょうか? 短いのでしょうか?

 あと、フランス語が全然わかりません。

 

「とにかくやるしかない。ソアラさんだって自信ありげだったし、ライバル宣言をするくらいなら料理の腕も……」

 

「ブッフ……、なんとか……、フランス料理ですか? うーん」

 

「えっ? もしかしてソアラさん。あの料理は……」

 

「ええ。もちろん作ったことありませんわ。でも、大丈夫です。今から作れるようになりますから」

 

 わたくしは、この料理を作ったことがあるかどうかという、彼女の疑問に正直に答えます。フランス料理は初めてですが、料理は料理。きっと今までの定食屋の経験も少しくらいは役に立つはずです。

 恵さんから、期待をされているみたいですので、それには応えなくては……。

 

「全然大丈夫じゃないよ〜」

 

「恐らく牛すじ煮込みみたいなものですわね? レシピを拝見して参ります」

 

「ううっ……、やっぱり終わった……、私の学園生活が……」

 

 わたくしはレシピを確認して、下ごしらえを終えて恵さんと共にお肉を柔らかくするために煮込む作業を開始しました。

 かなり時間がかかりそうですが、恵さんはずっと緊張しっぱなしですわね。

 

 

 それからしばらく時間が経ち、わたくしはお鍋の蓋に違和感を感じましたので、恵さんに疑問を投げかけました。

 

「あ、あのう、恵さん……、差し出がましいようですが、蓋をお開けになられましたか?」

 

「ううん。あと20分は煮込まないといけないし……。ええっ? 何この白いの」

 

 恵さんは開けていないと口にして、鍋の蓋を外すと、なんと大量の塩が鍋の中に投入されているではありませんか。

 これでは、作り直すほかありません。

 

「「くっくっくっ……」」

 

「塩ですわね。勿体無いことをされる方がいます」

 

 どうやら、わたくしたちに嫌がらせをされる方が居たらしく、不届きなことに調味料を無駄遣いするような所業を成したみたいなのです。

 恐らくは、わたくしが皆さんの前で目標を口にしたことが原因なのでしょう。

 

「怒るとこそこじゃないよ〜。もう絶対にダメだ……、間に合わない……」

 

「いいえ、恵さん。間に合わないじゃあダメですわ。わたくしたちは料理人です。お客様をお待たせさせるわけにはいきませんから。――ねっ、一緒に頑張りましょう? きっと、間に合います」

 

 恵さんは間に合わないと諦めたような表情をしますが、それは許されません。

 嫌がらせなど無くともトラブルというものは起こります。しかし、料理人はそれを言い訳にしてはならない――。

 

 約束の時間までにお料理を届ける義務があります。

 最後のその時まで諦めるなどしてはならないのです。

 

「……ソアラさん」

 

「ほら、笑って下さいまし。ピンチのときこそ、笑顔です。お客様を不安にさせてはいけません」

 

「あっ……、ひゃにをするの?」

 

 わたくしは笑顔を作って、恵さんの口元をムニュっと指で広げて彼女の顔も笑った顔にします。

 

「恵さんの笑顔、とても可愛らしいですわ」

 

「――そ、そんなこと……」

 

 愛くるしい表情をみせる恵さんの笑顔の感想を伝えると彼女は目を潤ませて顔を赤くします。

 少しは緊張が解れるといいのですが……。

 

「さぁ、リズムを上げますわ。恐縮ですが、なんとか付いて来て下さい」

 

「そ、ソアラさん。なんて、スピード……! まさか、さっきまで私に合わせて……」

 

 わたくしは作業速度を集中力を高めることで、限界まで上げて調理に打ち込みました。

 絶対に恵さんを退学にはさせません……。

 

 

「あいつら終わりだな」

「オレらはあとは、ソースだけ――」

 

「次の審査をお願いしますわ……! おあがりくださいまし……!」

 

「「なっ……!?」」

 

 そして、何とか授業時間の間に調理を終えたわたくしたちはシャペル先生のところにお皿を運びました。

 

 シャペル先生は無言でフォークで牛肉に触れます。そして、ハッとしたような表情をされました。

 

「フォークが弾むように柔らかい。君たちはアクシデントがあったはずだが、どうやった?」

 

 彼はわたくしたちが作り直しを余儀なくされたことを存じ上げていました。

 ですから、作業時間の割にお肉が柔らかいことに疑問を持ったようです。

 

「ハチミツを使いましたわ。タンパク質を分解する酵素が含まれていますから。ヨーグルトや炭酸水を使う方法も考えましたが、今回はこれが一番かと思いましたの」

 

 わたくしはより早くお料理を提供する為にお肉を柔らかくする方法を研究したことがありました。タンパク質を変質させたり、PHを変化させたり色々と方法はありますが、今回はハチミツに含まれるタンパク質分解酵素を利用するやり方を実践したのです。

 

「なるほど。確かに有効な手だ……」

 

「恵さんも、一口いかがですか?」

 

 シャペル先生がわたくしたちの皿に手をつけようとされましたので、恵さんにも一口味見をお願いしました。

 初めてのフランス料理が美味しく出来ていれば良いのですが……。

 

「「パクっ……」

 

「「――っ!?」」

 

 お二人は一口召し上がった瞬間に目を見開きました。これはどちらのリアクションでしょうか?

 

「んっ、んんんっ……!? ――っ!? あっ、んっ、んんっ……、ああんっ……、とろけちゃう……、しゅっごく……、とろとろぉ……」

 

 恵さんは恍惚とした表情を浮かべて、腰をビクンと動かしたかと思うと、内股になってしゃがみ込みそうになっていました。

 

「セ、メルヴィユー(素晴らしい)!」

 

「シャペル先生が……、笑った……」

 

 そして、シャペル先生はよく分からないフランス語で感想を述べていましたが、笑顔になっていましたので悪くはなかったのでしょう。

 彼が笑ったという事実に驚いている方もいましたので……。

 

 

「幸平・田所ペア 評価Aを与えよう。ただ……、私がAより上を与える権限を持ち合わせていないことが残念でならないがね……」

 

「うふふっ、そのお言葉だけで十分ですわ。――お粗末様ですの!」

 

 わたくしはようやく肩の荷が下りて、結んでいた髪の毛を解きました。

 とりあえず、恵さんの退学が回避できただけでわたくしは満足です。

 

「ソアラさん、今日はありがとう」

 

「ああっ……」

 

「ソアラさん?」

 

 わたくしは突然めまいに襲われて、恵さんにもたれかかってしまいました。

 

「す、すみません。き、緊張が解けて立ちくらみが……」

 

「あ、あんなに堂々としてたのに、緊張してたの?」

 

「それはもう。わたくしはあがり症なので、ああやって、気分を高めないとまともに料理が出来ませんの」

 

 基本的にわたくしは気分を高揚させながら料理に挑みます。

 プレッシャーが大きければ大きいほど、後の反動が大きいのですが、今回は恵さんのことでしたので、自分の編入試験以上に緊張しました。

 

「でも、本当にありがとう。ソアラさんが居なかったら私は……」

 

「いえいえ、わたくしもそれなりの対価は頂きましたから」

 

「対価?」

 

「恵さんの食べているときの表情です! それはもう愛らしくて、わたくしも頑張ったかいがありました」

 

 わたくしは恵さんの美味しそうに食べる表情が見られただけで今回の授業は大満足でした。

 定食屋の厨房には立てませんが、どうやら料理を振る舞う楽しみは継続できそうです。

 

「あ、愛らしい? やだ、なしてこんたにドキドキするんだべ?」

 

「うふふっ……、恵さん、こんな頼りないわたくしでよろしければ友達になって下さいまし」

 

 わたくしは恵さんと気が合いそうだと思いましたので、彼女に友達になって欲しいとお願いしました。

 しかし、言ってみたものの断られたらどうしましょう?

 

「ソアラさんと……、友達……? あ、はい。もちろん、よろしくお願いします!」

 

「ありがとうございます! 恵さん、こちらこそよろしくお願いしますわー」

 

「あ、あぅぅ……、ソアラさん……? スキンシップが激しすぎるよ〜〜」

 

 わたくしは彼女の優しい雰囲気がとても好きになり、飛びついて彼女を抱きしめました。

 恵さんは華奢でしたが、とても温かくて太陽のような香りがして抱き心地がよかったです。

 ああ、こんなに良い方とばかり巡り会えるなんて、この学園に来て楽しいことばかりですわ――。

 




ソーマの鉢巻を巻く動作=ソアラがロングヘアをポニーテールにするみたいな感じです。
彼女は気合を入れると、オドオドした感じがなくなり、キリッと凛々しくなります。

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