【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら   作:ルピーの指輪

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月饗祭――玉の世代の中華料理

「ここが中華料理研究会――久我照紀の根城ですよ」

 

「せいっ!」「せいっ!」「せいっ!」「せいっ!」

 

「これは……!? 生米で鍋振りの練習をしていますね……!」

 

 久我先輩が中心となって活動されている中華料理研究会にわたくしは美代子さんに連れられてやってきました。

 中では坊主頭の方々が鍋振りの練習をしていました。

 

「せいっ!」「せいっ!」「せいっ!」「せいっ!」

 

「これだけの大人数ですのに、何十人もの動きが完璧に揃っています……。まるで、機械のように統率された動き――」

 

 何十人といる中華料理研究会の方々はぴったりと同じ動きをしています。

 これは迫力がありますね……。

 

「んん!? 美代子ちん! どしたどした!? ついに中華研に入ってくれんの!?」

 

「ちがうよ」

 

「あっはは、知ってた! まあいつでも歓迎すっからねー!」

 

 しばらく見物していると、久我先輩が美代子さんのところに駆け寄って、中華料理研究会に入るのかと尋ねました。

 彼も美代子さんの実力を買っていて中華料理研究会に入って欲しいと考えてるみたいです。

 

「悪いけど、諦めて。私はこの方の側から離れるつもりはないから」

 

「いや、美代子さん。それは大袈裟ではないでしょうか?」

 

「あっれぇ、幸平ちんもいるじゃん。美代子ちんは誰の下にも付かないと思ってたけど。まさか、こんな小動物みたいな子の下についたの? 超ウケるんだけど」

 

「むっ……、ソアラ姐さんは――」

「美代子さん。抑えてください……!」

 

 久我先輩がわたくしを嘲笑うと、美代子さんは怒りの表情で彼に詰め寄ろうとされたので、慌てて彼女を止めます。

 怒ってくれるのは嬉しいですが、トラブルを起こすわけにはいきません。

 

「で、幸平ちんは敵情視察に来たわけだね。正面から来るなんて意外と大胆じゃん」

 

「あ、はい。あとは、わたくしたちも中華料理の店を出すので参考になればと思いまして……」

 

「マジでぇー!? あっはっは! 気に入ったよ。幸平ちん。その顔で面白いこと言えるなんて最高じゃん! じゃ、またまたサービスしたげる。ウチの売りは麻婆豆腐なんだけどさぁ! 食べていきなよ!」

 

 久我先輩はわたくしが敵情視察に来て、中華料理の店を出そうとしていることを聞くと上機嫌そうに笑って麻婆豆腐を食べるように仰りました。

 

「麻婆豆腐ですか。実家では麻婆豆腐定食なら出していましたが……」

 

「あー、幸平ちん家、定食屋だっけ? 十人しゅうごぉー」

 

「――っ!?」

 

「幸平ちんにウチのマーボー作ってあげて」

 

「「押忍!」」

 

 久我先輩はわたくしが定食屋だということを確認すると、中華料理研究会の人たちを集めて十人前の麻婆豆腐を作らせました。

 

 皆さんが10人とも全く同じ動きで麻婆豆腐を作ってます――。

 

 

「久我照紀謹製麻婆豆腐! 熱いうちに食べてちょ!」

 

 す、凄いです。10食分がまったく同時に出てきました。恐ろしいほどの正確さですわ。

 わたくしは統率された動きで寸分違わず調理を終えた中華料理研究会の方々に驚きが隠せませんでした。

 

「はむっ……、――っ!? なんでしょう……! か、辛いです。でも美味しい……、まるで辛いと美味しいが交互にジャンプするみたいに、舌の上で暴れております! 舌が焼けそうに辛いのに、後から後から旨味が湧き上がって来るのです! ゆきひらの麻婆豆腐とは、根本からして別物ですね!」

 

 さらに、驚いたのは、すべての皿が全部寸分違わず同じ味だということです。

 彼ら全員の料理の練度がそれだけでも感じ取れます。この人数の方々すべてがこれだけのクオリティで品を出せるのなら、久我先輩の店は1日にどれほどの売り上げを出すのでしょうか……。

 

「これが本物の辛味だよ幸平ちん。この強烈な辛味と美味さのコンビネーション。定食屋の味じゃ絶対にかなわないっしょ? そしてウチの連中は、この味を完璧に再現できるよう仕込まれてる。この俺によってね」

 

 どうやら、これは久我先輩の指導の賜物みたいです。

 

「遠月の学園祭は、毎年50万人が訪れるお化けイベント。1日1000食ぐらいは出せなきゃ上位には食い込めないからねん」

 

「ふぇ〜、1000食ですかぁ」

 

 久我先輩によると出店で売り上げ上位に入るためには1日に1000食も売らなくてはならないみたいです。

 ビュッフェを400食捌いたことはありますが、一皿にかかる手間も違えば、お客様にお金を払わせるという点が大きな差を生みます。

 

「幸平ちんの人員はたった10人やそこら、そのくらいの人数なら1000食作れなくはないと思うけど、それだけの量の品にお金を出してもらう為にはそれだけの魅力的なレシピがいる。ねぇ、幸平ちん、これを食べてもまだ俺に勝てると思う? 諦めたほうが賢明――」

 

「諦めませんよ。わたくしは」

 

「――っ!? へぇ、妙に自信満々じゃん。何か秘策でもあるの?」

 

「秘策なんてありませんけど、久我先輩の麻婆豆腐がとっても美味しかったですから。こんな凄い先輩と競える機会なんて滅多にないので、頑張ってみたいです」

 

 わたくしは久我先輩の麻婆豆腐に感動しました。

 これだけ素晴らしい品を出す先輩と競えるなんてそれだけで嬉しいことです。

 この機会に自分のお料理の幅を広げたいとわたくしは本気で考えておりました。

 

「…………幸平ちんって、アホなの? ていうか、天然?」

 

「ソアラ姐さんは断じてアホではない!」

 

 美代子さんは久我先輩のアホという発言に反論しました。

 ちょっと待ってください。天然でもないですよ。

 

「まっ、いいやー。思ったより歯ごたえがありそうで楽しくなってきた。んじゃ、せいぜい俺に冷や汗くらいかかせてちょーだい」

 

 久我先輩は余裕たっぷりの表情で手を振ってわたくしたちを激励してくれました。

 彼の店に勝つのはやはり至難ですね……。

 

 

「当たり前ですが、久我先輩は凄かったですね〜。あの辛味は絶品です。どうしましょう」

 

「姐さん、元々中華研はその名の通り中華料理を手広く研究する会だったんです。それをあの暴力的な辛みを武器に支配して四川料理特化へと塗り替えた――。久我さんの四川料理はそれだけ人を惹き付けるパワーがあります」

 

「そうですねぇ。あれ程の品でしたら、お客様は喜んでお金を払うでしょう。1日に1000食どころでは無さそうですね」

 

 久我先輩はあの鮮烈な辛味によって、中華料理研究会を四川料理に特化させたみたいです。

 確かにひと口に中華料理と言っても範囲が広いですから――1つのモノに特化させて追求することにも価値があるのかもしれません。

 

 とにかく久我先輩の品は人々を魅了する力を持っています。売れるのは間違いないでしょう。

 

「もう一つ我々が出遅れている要素があります。それは、学外における知名度、つまりネームバリューです」

 

「確かに遠月十傑の店というだけでも宣伝になりますし、この学園に対して少しでも知識があれば先ずは十傑の方のお店に行きたいと思いますよね。人を呼ぶ方法も考えなくてはなりませんか……。出店場所が肝になりそうです――」

 

 しかし、品のクオリティよりもわたくしたちが懸念しなくてはならないのはネームバリューの方でしょう。

 なんせ、十傑の店は遠月学園の目玉商品。名もなき学生に過ぎないわたくしたちの店とはスタートラインが違うのです。

 

 わたくしは次に皆さんと打ち合わせをする日までに、出店場所を決めて新メニューを考えました。

 そして、出店メンバーが再び揃う日がやってきました。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「にくみさん、よろしいのでしょうか? この場所を使わせてもらって」

 

「良いも何もここはソアラさんのモンだぜ」

 

「あの、すみません。全く意味が分からないのですが……」

 

 大きな厨房があるひと部屋に集まったわたくしたち。にくみさんにこの部屋を使っても大丈夫かと聞きますとわたくしのモノだと訳のわからないことを言い出します。

 

「ファミレス研究会って看板があるけど」

 

「そういえば、ファミレス研究会の方とこの前、食戟しましたね。ここは彼らの部室なのですか?」

 

「へぇ、研究会の部室を食戟で奪うなんて幸平さんもやるじゃない」

 

「しませんよ。そんなこと!」

 

 ここがファミレス研究会の部室気付いたわたくしにアリスさんが食戟で奪ったのかと物騒なことを仰ってきましたので、わたくしはそれを否定しました。

 

「ファミ研は全員丼研に入ったんだ。んで、この部屋はソアラさんにあげるって。丼研が預かったから」

 

「すごく、怖いのですが……」

 

 どうやら、ファミレス研究会が部室をわたくしにプレゼントされたみたいですが、そんなことされても困ってしまいます。

 

「まぁ、貰っておけばいいだろう。誰も使わないのなら。それより、出店エリアは決めたのか?」

 

「はい。最初は目抜き通りにしようと思ったのですが、この人数でやれるスペースが残ってませんでしたので、こちらにしました」

 

「「――っ!?」」

 

 葉山さんに部室の話は軽く流されて、出店エリアの話になりました。

 わたくしは皆さんに地図を見せながら出店エリアの説明をします。

 

「こ、こ、この場所ってソアラさん」

 

「中華料理研究会のど真ん前だねぇ。やはり姐さんは豪気な方だ」

 

「はっ、幸平もおもしれーことするじゃねぇか。久我先輩の青ざめる顔を間近で見てぇってか」

 

「そんなわけないだろ。ソアラさん。この立地には理由はあるのか?」

 

「ええ。わたくしたちはまだ無名の1年生です。お客様を呼ぶ宣伝力にも限界があります。しかし、十傑の方のお店の前には自然とお客様が集まりますから」

 

 最初、わたくしは人が集まりやすい目抜き通りという正門から道なりに続く大通りに店を出そうとしました。

 しかし、大人気エリアなので既に十分なスペースが確保できる余裕がありませんでした。

 

 そこでわたくしが選んだエリアは中央エリアです。

 ここはスペースの融通が利きますが、お客様はそれほど多くありません。しかし、久我先輩のお店は別です。

 十傑のネームバリューによって集客もばっちりです。

 なので、わたくしはそれを目当てに集まるお客様を狙って久我先輩のお店の真正面に店を構えることにしました。

 

「まさか、中華料理研究会の店の客を奪い取るってか? ははっ、ソアラさんはこんな顔して恐ろしいことを――」

 

「なるほど、ライバルである中華料理研究会の売り上げを下げつつ、こちらの売り上げを上げようって算段か。貴様、よくそんなえげつない戦略を思いつくな」

 

「ふぇっ? わ、わたくしはただ、スペースが確保できて人が集まりそうな場所を選んだだけですが……」

 

 にくみさんと緋沙子さんはわたくしに中華料理研究会の売上を下げる狙いでこの場所を選んだと勘違いされます。

 いや、正確にはそのとおりですから、勘違いではないのですが、そこまで考えてませんでした。

 

「面白いわね。中華料理研究会を赤字にしてやりましょう」

 

「ですから、そんなつもりでは――」

 

「そんな簡単に客なんて奪い取れるかよ。十傑の店だぜ」

 

「まずは香りだな。俺のメニューなら、匂いだけで人が寄ってくる」

 

「見た目も大事だろ?」

 

「見た目が良いのは当然だ」

 

「では、お店で出すメニューは葉山さんとタクミさんと黒木場さんにアリスさん、そしてわたくしが発表ということで」

 

 今回は準備期間も短かったので、メニューを開発出来たのはわたくしを含む5名でした。

 

「えりな様の店の準備もあったから間に合わなかった。すまない」

 

「私もちょっと直ぐには思いつかなくて」

 

「オリジナルって難しいんだな。久我先輩の麻婆豆腐ならトレース済みなんだが」

 

 これが試合なら皆さんも品を必ず作られたと思うのですが、皆さんにも色々と事情がありましたので、用意出来ない方が出てくるのは無理ありません。

 

 ということで、わたくしたちはメニューの試作品を各自で作り、発表しました。

 

 

「まずは、俺の品を出そう。“アーリオオーリオ青椒肉絲(チンジャオロース)”」

 

 タクミさんが出した品は青椒肉絲にアーリオオーリオというイタリア料理でポピュラーなオイルソースを使ったメニューでした。

 そういえば、タクミさんは日本料理とイタリア料理を融合させたような品も作っております。

 このように双方の特徴を合わせる料理を創り出すのは容易ではないでしょう。しかし、彼は短期間でそれを実現させたのです。

 

「アルディーニはどこまでもイタリアンなんだねぇ。どれっ……、はむっ……。――っ!? 見た目は完全に青椒肉絲なのに味はバジルが効いていて一気にイタリアンになっているね。イタリア料理と中華料理を見事に調和させている!」

 

「普通の青椒肉絲の具材に加えて、鷹の爪やニンニク、オリーブオイルを入れ、白ワインを染み込ませた。今まで誰も食べたことのない青椒肉絲になっているはずだ」

 

「タクミさん。凄いです。これ、とっても美味しいですよ」

 

「見た目と味のギャップも楽しんで貰えそうだね。青椒肉絲で、これだけインパクトのある品が出来るなんて」

 

 タクミさんは自分にしか出来ない中華料理を見事に作り上げました。

 彼もスタジエールを乗り越えて以前と比べて遥かにスケールアップしていたのです。

 

「では、お次は黒木場さん。お願いします」

 

「俺の品はエビのエキスをたっぷりと詰め込んだ“殻付きエビチリ”だ!」

 

 黒木場さんのメニューは“殻付きのエビチリ”――しかし、頭の部分がないとは珍しいです。

 魚介類のメニューが得意な彼がエビチリを作ることは納得なのですが……。

 

「殻付きなのに頭がないなら食べにくいんじゃ……。――っ!? これは、エビのすり身を殻に詰め直して揚げているんだ」

 

「はむっ……、何だこりゃ! すげぇ、旨味だ! まるで、エビの旨味を凝縮したような……。これ大丈夫なのか原価とか!? めちゃめちゃ高くなりそうなんだが」

 

 黒木場さんのエビチリはびっくりするほどエビの美味しさが詰まっていました。

 まるで高級なエビを贅沢に使ったみたいな強烈な旨味です。

 

「本当は車エビを使ってやりたかったんが、高ぇって、幸平が意見しやがったからバナメイエビを使った。だが、すり身にクワイや豚の背脂を加えて味を補強したから旨味は負けてねぇはずだ。そして、エビ味噌とエビ油を使ったソースで味を整えてやったんだ」

 

「これは、エビの旨味を存分に楽しめる逸品になっていますね。さすがは黒木場さんです」

 

 黒木場さんはわたくしのお願いを聞いて下さり、原価の安いエビを工夫して旨味を増幅させて、満足感のある品を作ってくれました。

 彼もまたアリスさんと同じく分子ガストロノミーの知識も豊富なので旨味成分のコントロールはお手のものなのでしょう。

 

「それでは、次はアリスさんお願いします」

 

「安物の食材しか使えないなんて面倒ね。フォアグラとか使いたかったんだけど」

 

「無茶言わないで下さいまし」

 

 アリスさんは頬を膨らませて低予算に不満をぶつけておりました。彼女には予めこれくらいの原価で収めて欲しいと頼んでおいたのです。

 金額を見て彼女は最初冗談だと笑いましたが、そんなに少なかったでしょうか……。一般的な定食屋のメニューの倍の金額を提示したのですが……。

 

 それにしても彼女の出された品はフォアグラに似ていますね……。

 

「これは、フォアグラじゃないのか?」

 

「“白レバーの中華風マリネ”よ」

 

 アリスさんの品はまるで高級な中華料理店のメニューのように華やかで美味しそうな見た目のマリネでした。

 

「はむっ、レバーの風味がすごいねぇ。こりゃ、フォアグラ以上だ。ムッチリモッタリとした食感で食べごたえがある。それにごま油とこんなに合うなんて――それでいて高級感のある上品な味になっている……」

 

 確かにまるで高級食材を使ったような上品な味です。

 フォアグラは食べたことほとんどありませんが、美代子さん曰く風味はそれ以上だとか。

 中華料理としての完成度も高いです……。

 

「あら、何とか科学的にフォアグラの味を再現しようとしたんだけど、もっと美味しくなっちゃったみたいね」

 

「こ、これは素晴らしいですわ。安価な材料費で高級食材以上の鮮烈な味を創り出すなんて。分子ガストロノミーの申し子であるアリスさんならではのメニューですね」

 

 白レバーの原価は100グラム100円しないところで仕入れられるそうです。

 にも関わらず、彼女の知識を持ってすれば高級食材を超える味を生み出せる。

 これはアリスさんだから出来る中華料理です。

 

「では、葉山さん。次のメニューをお願いします」

 

「辣油炒飯だ。香りの魔力を見せてやる」

 

「葉山、何考えてんだ? こんなラー油まみれの炒飯辛すぎて食べられたもんじゃねぇだろ」

 

「コメひと粒、ひと粒がルビーみたいに真っ赤……」

 

 葉山さんが出したメニューは炒飯でした。それも大量のラー油により真っ赤に輝く、如何にも辛そうな炒飯です。

 こ、これは久我先輩の麻婆豆腐よりも辛そうなんですが……。

 

「大丈夫だ。俺の作ったラー油は飲める。ゴクッ……。ほら、この通り」

 

 しかし、葉山さんは自分が作ったラー油を目の前でゴクリと飲んで平然としておりました。

 これは、ドッキリではないですよね? 確かに香りはとんでもなく芳醇で食欲が我慢できなくなる程なのですが……。

 

「んな、バカな……。とにかく食ってみるか。はむっ……、う、美味い……、ひと口食べると鼻からすげぇいい香りが突き抜けて、口いっぱいに旨みが広がる! そして最後には程よい辛味が喉に残る」

 

 にくみさんの言うとおり、葉山さんの炒飯は辛味は少なく旨味と香りが爆発的に広がるようなそんなメニューでした。

 こ、これはとんでもないメニューを作りましたね……。

 

「韓国産のキムチ用唐辛子を使っている事で普通の唐辛子にはない甘味と深い味わいが出るんだ。油も白絞油に陳皮・八角・花椒・桂皮で香りを付けたものを使用して、唐辛子の粉は水ではなく桂花陳酒で練っている」

 

「まさにスパイスと香りのスペシャリストである葉山さんだから出来る驚きのメニューですね。大根の漬物を具材に使うことで味がとても引き締まっています」

 

 彼の才能は本当に他を寄せ付けないオリジナリティを生み出します。

 葉山さんも前までと比較にならないほど凄い料理人になっていました。

 

「こりゃ、私は新メニューを考えるよか、これらのメニューを作れるようになるほうが戦力になりそうだねぇ」

 

「どのメニューも一朝一夕じゃ作れねぇ」

 

「中華料理研究会の方々は久我先輩のメニューを完全にマスターしてますからね。わたくしたちも全員がこちらのメニューを作れるようになりませんと」

 

 取り敢えず、メニューをあまり増やすと作る側の負担が増えそうなので、これらのメニューをみんなでマスターすることを優先することに決めました。

 そう、わたくしが中華料理研究会の見学で1番驚いたのは統率された動きによって皆さんが寸分違わず同じ味を提供していたことです。

 わたくしたち10人も全員がオーダー通りに品を作れるようにならなくては、大所帯の彼らには決して敵わないでしょう。

 

「そっちは俺の得意分野だ」

 

「ううっ……、自信ないけど頑張るよ」

 

「それくらいはサポートしてやる」

 

「ところで、ソアラ姐さんのメニューは出さないのですか?」

 

 美代子さんに試作品について尋ねられ、わたくしは自分の品もあることを思い出しました。

 皆さんのメニューに魅入られて忘れていましたわ……。

 

「そ、そうですね。これだけ凄いメニューの後に出すのも気が引けますが……、最後にわたくしのメニューを試食してくださいまし」

 

 わたくしは自分の作った品を皆さんの前で発表しました。

 

「これは、麻婆豆腐? いや、ラーメンか……? それに真ん中にはまるでハンバーグのような肉玉がある……」

 

「見た目のインパクトはすごいですね。味は――。はむっ……、麻婆豆腐はとても食べやすいです。安定感があるというか……、でも久我さんの四川麻婆豆腐と比べると物足りないというか……」

 

「美代子さん。肉玉を割ってみてくださいな」

 

 そう、麻婆豆腐は誰でも食べやすい定食屋の味から特に変えませんでした。

 秘密は真ん中の肉玉にあります。

 

「な、なんだい、これは!? 肉玉の中から月が出てきた! いや、こ、この匂いは……、間違いようがない! カレーですね! 香ばしいカレーの香りがします!」

 

「牛骨からとったスープに、カレースパイス数種とにんにく・しょうがを加えまして、特製のカレー出汁を作りました。そのカレー出汁にゼラチンを合わせて固めたのが、あのお月さまの正体ですわ」

 

 肉玉を割った瞬間に麻婆麺とカレーの風味が合わさることを狙いとしたのがこのメニューです。一気に香りが放出されるので、食欲を掻き立てられるはずです。

 

「おいおい、カレーをお前が出すのかよ」

 

「す、すみません。葉山さん……」

 

「ソアラさん。結構、カレー好きだよね……」

 

 恵さんの仰るとおり、わたくしは子供の頃からカレーが好きです。

 ですから、新作コンペでもついカレー料理を出してしまいました。

 

「しかし、この美味さすごいな!? 刺激的なのに優しくまろやか! じっくりと包み込むように骨身に染み渡る!」

 

「それだけじゃねぇ。この挽き肉の弾力は何だ? こんな心地よい食感をどうやって生み出した?」

 

「これは肉じゃないわ。幸平さん。大豆を使ったわね」

 

「正解です。アリスさん。大豆を挽き肉の代用としてサクッとした歯ざわりと心地よい弾力のある食感を生み出してみました。これが、わたくしの“時限式麻婆カレー麺”です。久我先輩の四川麻婆豆腐の鮮烈な辛さには対抗出来ないと思いましたので、別の角度から攻めてみました」

 

 最後の工夫は大豆肉を利用した肉玉です。食感と歯ざわりにもう少しアクセントを加えたかったので、大豆でお肉の代用をしてみました。

 

「よし、残りの日数はこの五品のレシピを完全に覚えるぞ。全員が同じ味を出せるようにしなくちゃな」

 

「ええ、皆さんで力を合わせて頑張りましょう!」

 

 ということで、わたくしたちはこれらの五品目のレシピを頭に叩き込み、誰もが同じように作れるようになるように練習を積みました。

 

 そして、ついに月饗祭の日がやって来たのです。

 久我先輩の立派なお店とわたくしたちは対峙することになりました――。

 




本当は田所ちゃんたち(特に北条さん)にも新メニューを考えてもらいたかったのですが、作者が無理でした。
今回の原作以外のメニューはほとんど鉄鍋のジャンを参考にしています。あと、ソアラは原作のまんまなのもあれなので、中華一番の最初に出てきた大豆肉の麻婆豆腐を参考にして見たりしました。

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