【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら 作:ルピーの指輪
「何というか、ユニークね……」
「店の前にも大量のベンチとテーブルか。確かにこれなら多くの人を捌くことができるな」
簡易的な厨房をいくつか置いただけの小さなお店だと、席の数が足りなくなると予想できましたので、野外にも席を設置しました。
そして、もう一つ――。
「貴様、貴重な予算をこんなのにつぎ込んで大丈夫なのか?」
「え、ええーっと、緋沙子さんはえりなさんの手伝いは大丈夫なんですか?」
「えりな様の店舗は完全予約制で午前中は余裕がある。それにえりな様は自分の店よりもこっちを心配しておられるのだ」
緋沙子さんにはお昼過ぎまで手伝ってもらいます。
彼女はえりなさんのお店と兼任なのにも関わらず、こちらのメニューのレシピも完璧に覚えて、お手伝いしてくれています。
「確かに選抜上位者が全員集合して赤字とかシャレにならねぇもんなぁ」
「さすがに赤字はないんじゃないかい?」
基本的に学園祭の模擬店は赤字を出すということはあり得ないみたいです。
毎日、多くのお客様が訪れるのである程度の売り上げが見込めるからです。
ただ、えりなさんが心配された理由は久我先輩の店の前にわたくしたちが出店したことでしょう。
見事にわたくしたちのお店――スルーされていますわね……。
「むぅ〜、幸平さん! 全然お客様が来ないじゃない! こんなに美味しい品なのに!」
アリスさんは頬を膨らませて、地団駄踏んでおられます。
彼女は素直に感情を表すのでいつも可愛いです。
「はい。食戟や試合と違って審査員が必ず召し上がってくれるわけではありませんから」
そう、お店を出すというのはそういうことです。
お客様の注意を惹いて、興味を持ってもらい、関心を得て初めて食べてもらえるのです。つまり、食べてもらうためにはある程度のプロセスが必要なのです。
「やぁやぁ、1年生諸君、すっげー辛気臭い顔してんじゃん。こっちはそろそろ満席になるけど、客入りはどう? どうどうどう?」
「野郎っ! わざわざ、嫌味を言いに来たのかよ!」
そんな中、久我先輩がニコニコされながらこちらのお店の様子を見に来られました。
黒木場さん。そんなに怖い顔して凄まなくともよろしいではないですか。
「まぁ! 久我先輩のお店はもう満席なのですか! 流石ですね!」
「敵を褒めてどーするんだ! 相変わらず、貴様というやつは!」
「ソアラさん、闘争心がないから……」
わたくしが久我先輩のお店が満席になったことを喜んでいますと、緋沙子さんが肩を揺らして抗議されます。
恵さんも苦笑いされていますね……。
「あっはっはっは! 君たちは付いていく人を間違ったね! そこで見ているといい。俺の店の前にはもうじき、長蛇の列が出来るから。万里の長城みたいにね!」
久我先輩は勝ち誇った顔をされて、笑いながら去っていきました。
自身の店の前に出来ている行列を見て勝利を確信したのでしょう。
「ねぇ、ソアラさん。大丈夫なの? さすがに一人も来ないのは……」
「それではお料理を出す準備をしましょうか?」
「「はぁ!?」」
久我先輩が去っていったあとに、わたくしが料理を作ろうと口にすると、皆さんは揃って首を傾げます。
しかし、今が品を作りだす好機なのです。お客様が居ないのでしたら――。
「おいおい、客も居ねぇのに作り出すのか?」
「お客様なら居ますよ。久我先輩のお店の前に――」
「久我先輩の店の前? 既に行列が出来ているな。十傑の店なら喜んで並んで待つということか……。しかし、ソアラさん。それが何なんだ?」
タクミさんは久我先輩の前の行列をご覧になって、不思議そうな顔をしております。
そう、久我先輩の前の行列こそがわたくしたちの救いの神です。
「葉山さん。あそこまでなら、葉山さんの炒飯の香りは届きますよね?」
「ん? ああ、もちろんだ。……なるほど、そういうことか」
最も香りが強いメニューは葉山さんの辣油炒飯です。
嗅覚を支配する彼なら久我先輩の店の前に並んでいる方をも魅了することが出来るでしょう。まずは、こちらに注意を惹き付けなくては……。
「あと、黒木場さんはここで調理してくださいまし」
「おい! こんなところで調理したらほとんど見世物じゃねぇか!」
「あ、はい。見世物になって欲しいのですが」
「んだと!?」
黒木場さんには野外にポツンと1つだけ設置した簡易的なキッチンで出来るだけ目立つように調理をするように頼みました。
彼には大いに目立って貰いましょう。
「実演販売みたいなことをするんだろ? 黒木場の調理は派手だからよぉ」
「そうです。葉山さんの香りの力と、黒木場さんの魅せる調理で一気にお客様を吸い寄せます!」
美作さんの仰るとおり、黒木場さんの調理には場の雰囲気を変えることが出来る支配力があります。
注意をこちらに向けたお客様を彼のパフォーマンスでグイッと引き寄せて欲しいのです。
「だから、久我先輩のお店が満席って聞いてあれだけ喜んでいたのか。行列が出来ることが分かったから。貴様というやつは、とぼけた顔してるのに恐ろしいことを考えているな……」
「それでは、お二人とも調理をお願いします!」
「「応っ!」」
葉山さんと黒木場さんが調理場に立ち、自分たちの得意の品を作り始めました。
わたくしたちのお店はここからです。
「満席だって〜。ちょっと待とうか?」
「ああ、――っ!? なんだ、このいい香りは?」
「あっちの方からするぞ! 匂いだけでよだれが出てきた!」
「おい見ろよ、あのバンダナ男! すげぇ気合入れて作ってるぞ」
「迫力あるわね〜。なんかお腹空いてきちゃった。取り敢えずあっちで軽く食べて行かない?」
葉山さんの調理から発せられる芳醇な香りと、黒木場さんの誰よりも迫力のある調理風景により、久我先輩のところに並んでいる方々の約半数以上がこちらの方にやって参りました。
「久我先輩のところの行列が割れた。こっちに来てる」
「こりゃ忙しくなりそうだな。やるぞ!」
突如として訪れたお客様たちにわたくしたちも全員がそれに対応すべく腕を奮います。
お客様というのは貪欲ですからきっと美味しいモノを提供できればここから良い循環が生まれるはずです。
「うわぁ! この炒飯真っ赤じゃないか! 食べれるのか!?」
「辛くない? というか、うんめぇ! やばいぞ、これ!」
「このエビチリは絶品よ! こんなに美味しいの初めて!」
「これ、青椒肉絲? 見た目は中華料理なのにまるでイタリアンみたいだ! 味付けも上品だし、こんな料理食べたことがない!」
「白レバーって初めて食べたけど、こんなに高級感があるんだー。モッチリしていて、びっくりするほど美味しい」
「なんだこのラーメン! ボリュームたっぷりな上に旨さが止まらないぞ! というか、この店すごいな! どの料理も独創的で魅力的だ!」
どのメニューもお客様には好評で注文が止まりません。
これは、いい傾向です。このまま行けば、きっと口コミでも……。
「噂を聞きつけて、行列以外からも人が来るようになったな」
「よし! そこを退きな黒木場! 私が本当の中華鍋の使い方を教えてやるよ!」
「あの姉ちゃんの鍋振りすげぇな! なんてパワーだ!」
「というか、色々とすごいな。チャイナドレスであのスタイルだと、躍動感のある動きがまた……」
野外の特設キッチンに今度は美代子さんが立ちます。
彼女のパワフルな調理に通行人は足を止めて、こちらの方を凝視しております。
「美代子さん! 凄いです! みんな、美代子さんに釘付けですよ!」
「不埒な視線も感じるが、仕方あるまい。北条美代子! やるからには中途半端は許さんぞ!」
「言ってくれるねぇ。新戸緋沙子。私の功夫を見せてやるよ! 奮っ――!」
「た、た、大変だよ。お昼になったらさっきまでと比べ物にならないくらい人が押し寄せて――」
美代子さんの奮闘もあって、お昼時になると更に多くのお客様が訪れるようになりました。
恵さんも対応に追われて辛そうにされています。
「なぁに、俺に任せろ。パーフェクトトレースはこのためにある! うらぁ! 全員、俺の料理に跪けぇぇぇ!」
「黒木場さんですわね……」
「俺はあんな凶悪そうな顔はしていねぇ!」
「あははは、リョウくんにそっくり」
「いちいち、そんなことしなくても……」
「おっ、タクミのヤツ、いつの間にあんなパワフルになりやがった。調理スピードも以前よりもずっと早い! 私も負けてられねぇ!」
その人になりきって調理する美作さんの技術も光ってますが、タクミさんも得意料理以外でも以前には見られなかった力強い調理を見せ、更にギアを上げました。
これなら、このお客様の数でも対応することができます。
「エビチリ二人前、マリネ三人前、青椒肉絲五人前、炒飯三人前、麻婆麺二人前、あがりましたわ!」
「そして、こっちはこっちで、相変わらずデタラメなスピードだ……! 何種類ものメニューを一度につくるなんて!」
「あいつ、さっき注文取ってなかったか?」
「それどころか席に誘導したり、食器を洗ったりもしていたよ」
「ソアラさんが頑張ってるんだ。私も」
「貴様ばかりに働かせて倒れられたりしたら、えりな様に申し訳が立たないからな!」
恵さんもスピードを上げられ、緋沙子さんはえりなさんのお店に行くまでの間、全速力でサポートに徹してくれました。
「この店、注文したらすぐに出てくるよ」
「どうやってんだろうな。わかんねぇ」
「チャイナドレスのねーちゃんが居るから釣られてみたが、それだけじゃないな」
全員がお互いを助け合って店を回してくれたおかげで、ほとんどお客様を待たせることなく料理を提供することが出来ました。
そして、初日の動向も落ち着いて暗くなった頃、アナウンスが流れます――。
『月饗祭初日、夕方6時時点での売り上げの集計が完了しました。これより各エリアごとのランキングを発表します。――ではまず目抜きエリア! 第3位は――』
『第1位は丼物研究会です!』
「丼物研究会凄いですね。1位ですか〜」
「ソアラさんが食戟で負かした2年生の力が大きいな。中等部もかなり入ったし」
目抜きエリアの1位は丼物研究会でした。多くの部員が入ったことが影響しているみたいです。
『続いて中央エリアの発表です。3位、スペイン料理研究会。2位、秋の選抜上位陣による熊猫飯店。そして第1位は中華料理研究会・久我飯店! なんと、2位と1位はかなりの僅差でした!』
「くそっ、負けちまったか!」
「後半伸び悩んだな」
「すみません。もう少しいけると思ったのですが」
初日は久我先輩のお店に軍配が上がりました。
十傑のネームバリューが強く、後半は行列を保っておりこちらが伸び悩んだことが敗因です。
皆さんは頑張ってくれましたのに――わたくしが至らなくて申し訳ありません……。
「悪い傾向じゃないよ。十傑の店は初日が1番繁盛するんだ。こっちの今日の評判を聞きつければ明日はもっと伸びるはずさ」
「そうだよ。十傑の久我先輩のお店と僅差だったんだから。凄いことだよ」
「それに見てみな、あの久我先輩の顔。ありゃ、勝ったなんて思ってないぜ」
にくみさんがお店から出てきた久我先輩の顔をご覧になりながら、そんなことを言いました。
確かに朝と比べて顔色が良くないですね……。
「お、思ったよりもやるじゃない。幸平ちんのところも……。見事に人の店の客を食い散らかしてくれたね。でも、所詮君たちは俺の客のおこぼれに与ってるに過ぎないんだよねぇ」
「声が震えてますよ。久我さん」
「ふーんだ! 明日はあいつらにもっと回転数を上げさせるもん! もうお前らを寄せ付けたりしないって!」
美代子さんの挑発に対して、久我先輩は明日は更に早く料理を提供すると宣言されました。
これは、こちらも心してかからねばなりませんね……。
『月饗祭2日目――中央エリア――3位、スペイン料理研究会。2位、秋の選抜上位陣による熊猫飯店。1位、中華料理研究会・久我飯店、ですが、何と1位と2位の差は竹チケット1枚のみ。下剋上ムードが漂っております!』
そして、迎えた2日目は何とかわたくしたちの店舗も追い上げを見せて1位まで、あと一歩というところという結果でした。
「今日で3日目ですね」
「昨日は惜しかったんだけどなー。新戸さんと水戸さんが居なかったりして――」
「こっちを警戒して久我先輩が大幅に自分の店の席数を増やしたらしいからねぇ。行列から客を奪う戦略を潰しに来てるよ」
そう、昨日は丼物研究会にトラブルが発生してにくみさんがそちらのヘルプに行ったり、緋沙子さんがえりなさんのお店のサポートに最初から行かれたりしていました。
さらに久我先輩が急遽自身のお店の席数を増やし、回転数を上げたことも影響してわたくしたちの追い上げにも対応されたのです。
このままだと逃げ切られてしまうかもしれません……。
「で、幸平さん。今日の作戦がこれなの?」
「こら! ソアラ! 1日空けて来てみれば、何だこの格好は!」
「いや、そのう。一色先輩に相談したら、極星寮の皆さんがお揃いの衣装を着て接客をしていると仰って、女性陣ように予備で発注していた衣装が余ったから使っても良いと――」
「これ、完全にメイド服だよね」
「胸がきついわ」
「同じく。いつもの服装じゃねぇから落ち着かないぜ」
そう、今日は一色先輩がもしもの時の為に発注しておられたメイド服を女性陣は着用しております。
ヒラヒラして可愛いのですが、何名かはお胸が苦しいと仰ってますね……。
「で、俺たちは」
「執事服ってやつか?」
「美作のサイズよくあったな……」
「幸平が着ろっていうなら、着るけどよぉ。大丈夫なのかこれ?」
「今日は助っ人を連れてきた。イサミ、レシピは頭に入っているな」
「入ってるけど、服がキツイんだけど兄ちゃん」
今日は勝負をかけたいということで、満を持してレシピを完全に記憶されたイサミさんにも手伝いをしてもらうことになりました。
タクミさんとのコンビネーションでさらにこちらの回転数も上がるでしょう。
「とにかく、この服装で客が離れたら貴様のせいだぞ!」
「そ、そんな〜。緋沙子さんとかえりなさんのお店でこういうの着ないのですか?」
「こんな破廉恥な安っぽいのを着るわけないだろ! 誰の趣味だこれは?」
緋沙子さんに睨まれながら、始まった月饗祭の3日目――この日はスタートから今までと違いました。
「ちょっと待て。いつもは久我先輩のところに行っている第一陣が――」
「こっちに来ているねぇ。まさか、この衣装の効果?」
「日本人ってメイド服が好きなの? わからないわね」
「いえ、来られてる方は見覚えのある方ばかりです。おそらくはリピーターかと」
そう、こちらに向かって大急ぎで来られたのは初日と2日目にこちらで料理を召し上がってくださったお客様たちでした。
「見覚えのある人ばかりって、来たお客様の顔覚えてるのか?」
「えっと、まぁ、記憶力には自信があるので大体は……」
「いつも思うけど、ソアラさんの記憶力っておかしいよね……」
「とにかく、最初から飛ばせるってことだろ? どんどん作るぞ! おらぁっ!」
3日目にして、ようやくロケットスタートを切ることが出来たわたくしたち。
これまでにない気迫で調理に励みます。久我先輩のお店も増えた席数を活かして盛況でしたが、ついにわたくしたちは――。
『中央エリアの売上順位を発表いたします。第3位はスペイン料理研究会。第2位は中華料理研究会・久我飯店――、そして第1位は――秋の選抜上位陣による熊猫飯店です!』
「よしっ! 1位だ!」
「この衣装は結局意味なかったけど」
「でも、お客様には好評だったわ。また明日も来るって。お金を落としに」
「それだと、趣旨かわってねぇか?」
「皆さん、いい流れになりました。明日も頑張りましょう!」
「「おおっ〜〜!」」
エリアでの成績を1位にすることが出来たわたくしたちの士気は最高潮に達しました。
そして、4日目になると、昨日十傑を破り1位になったという噂を聞きつけた人々も押しかけて来られて、その大盛況ぶりでも決してお客様を待たせなかったことも相乗効果として上がり、この日はさらに売り上げを伸ばします――。
『月饗祭4日目の順位を発表します――中央エリア第3位は中華料理研究会・久我飯店、第2位はスペイン料理研究会、第1位は秋の選抜上位陣による熊猫飯店! なんと、2位以下に2倍以上の差をつけています。中華料理研究会・久我飯店は完全にお客様を持っていかれた感じになっていますね。これで熊猫飯店は4日間のトータルでも中央エリアトップに躍り出ました!』
「メイド服効果すげぇ!」
「そのせいじゃないだろ」
「とにかく、先輩の鼻をへし折ることは出来たな」
「うふふっ、作戦成功ね」
「ソアラ! トータルでも1位になって勝ったんだ。何か気の利いたこと言って締めろ!」
4日目になり、わたくしたちは4日間の総合でもエリア内でトップに躍り出ました。
そして緋沙子さんはわたくしに気の利いたことを言うようにと無茶ぶりをされます。
「ふぇっ! 緋沙子さん、そんな殺生な……」
「「…………」」
「え、ええーっと、本日はお日柄もよく……」
「もう夜だっつーの」
「リョウくん!」
皆さんの前で死ぬほど緊張しながらわたくしは口を開きました。
ううっ……、気の利いたことですか……。まったく思いつきません。
「こ、この4日間、皆さんと同じお店をやれたことは本当に楽しかったです。いつかは皆さんもわたくしもプロの料理人になるのでしょうが……、こうやって一緒に頑張れたことはずっと忘れませんし、皆さんも出来れば――」
「くがぁ〜〜! 総合売上でも負けてるのかよ! しかも、3位まで落ちてるじゃん。しょうがねぇ奴だなぁ久我はよぉ。なぁ久我~」
「うるさいよ! 月饗祭に参加しないで食べ歩きしてる人に言われたくねーっつうの!」
わたくしのスピーチは威勢の良い可愛らしい女性の声と苛つきを顕にされている久我先輩の声によってかき消されました。
小林竜胆先輩が久我先輩の肩を抱いているみたいですね……。
「何言ってんだ。食べ歩きだって参加の形の1つなんだぜ。おーい、そっちのメニューも全部食べさせてくれよ」
「ぜ、全部、ですの? 小林先輩……」
「そ、全部」
「ご注文承りました」
小林先輩は平然とされた表情でわたくしたちの店のメニューを全て注文されました。
食べ歩かれているのに、ウチのメニューも全て平らげるなんて、何とも健啖な方ですね……。
「なるほどなぁ。こりゃ、久我じゃ勝てないぜ」
わたくしたちの品を食べ終わった小林先輩は、腕組みをされて久我先輩に向かってそんなことを仰ります。
「はぁ? こんな付け焼き刃な中華料理に俺が負けるわけ――」
「今日のメニューは昨日や一昨日よりも美味い。こいつら、今日の品で満足してないんだ。この意味わかるだろ?」
「小林先輩は毎日通ってくれましたね」
そう、わたくしたちは誰もが互いの料理に対する研磨を忘れずに毎日を過ごしました。
アドバイスをしあい、翌日には改良したレシピを覚えて臨みました。
このことには毎日この店に来てくださった小林先輩くらいしか気付かないかもしれません。
「可愛い後輩の店だ。そんなの当たり前じゃん。あと、竜胆先輩って、呼んでいいぜ」
「あんっ……、り、竜胆先輩……」
竜胆先輩はわたくしを横から力強く抱きしめられて、頭を撫でます。
昔はよくこうやって、お母様にも乱暴に撫でられたものです……。
「「むっ……!」」
「何か、寒気がするな……」
「俺の店には一回しか来なかったじゃん」
「だって、久我は
「うっ――!?」
久我先輩はワシャワシャと頭を撫でられるわたくしをご覧になって黙ってしまいました。
いや、黙って見られると恥ずかしいのですが……。
「あの、久我先輩が絶句してるな」
「ぐうの音も出ないみたいだねぇ」
にくみさんと美代子さんが唖然として竜胆先輩が久我先輩を手玉に取られている光景を目にされておりました。
しかし、久我先輩の目に光が戻るとニヤリと笑みを浮かべてわたくしに声をかけられます。
「ちっ、仕方ないなぁ。まだ4日目だけど、認めてあげるよ。今回は俺の負けだ。お前らを見くびっていたわ。近いうちに食戟を――」
「されなくてよろしいですよ。久我先輩」
「「はぁ?」」
「だって、わたくしの力だけで久我先輩に勝てたわけじゃありませんから。皆さんが居たからここまでやれた訳ですし」
わたくしは久我先輩との食戟を辞退しました。
今回の件でわたくしが彼を上回ったとは言えないからです。
それに、わたくしは皆さんの力が彼に認められただけで満足でした。
「ソアラ姐さん。十傑になるのが目標じゃないのですか」
「そうよ。勝ったのに何も残らないじゃない」
「十傑にはそれに相応しい実力を付けてから臨みます。それに、わたくしは沢山楽しい想い出を頂きましたから」
美代子さんとアリスさんの仰りたいことは分かります。それに、わたくしの為に力を貸してくれた皆様にも申し訳ない気持ちもあります。
しかし、今回の模擬店を出したことは楽しかったですし、何より十傑に挑戦するのでしたら確固たる自信をつけて挑みたいのです。
「何だか、ソアラさんらしいね」
「ったく。甘っちょろいヤツだ」
「だが、それがあいつの強さだろ? ふっ、まぁ思ったよりは楽しめた」
「どこまでも無欲で純粋に料理を楽しむ……。それが結果的に美味をとことん追求している。俺たちもそれに引っ張られたみたいだ。強くなったのはソアラさんだけじゃない」
こうして、わたくしたちの学園祭の4日目が終わり、残りは最終日のみとなりました。
『中央エリア5日間――通算1位は、秋の選抜上位陣の熊猫飯店です!』
「「よっしゃあああ!」」
「昨日から確信はあったが、何かこう達成感があるぜ」
「はい。皆さんのおかげです。毎晩レシピを改良して、それに皆さんがすぐに対応していましたから」
最終日も危なげなくエリア1位をキープしたわたくしたちは中央エリアの通算売り上げで1位を獲得します。
皆さんも嬉しそうな顔をされていまね……。
「なぁ、幸平創愛ちゃん。ちょっと、あたしとデートしようぜ。もちろん、来るよな」
「「――デート?」」
「竜胆先輩……?」
そんな中、今日もこちらに遊びに来られていた竜胆先輩がわたくしを後ろから抱きしめられながら、デートに行こうと誘われました。
先輩のお誘いは嬉しいですが、どこに誘われているのでしょうか――。
中華料理研究会が原作通りの強さなら、多分1日目か2日目にはエリア1位になれたと思うのですが、演出的に盛り上げようと彼らにも頑張ってもらいました。
そして、竜胆先輩現れる。
この人、掴みどころがないから、ソアラでも手を焼きそう(百合的な意味で)。