【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら   作:ルピーの指輪

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連載開始してちょうど1ヶ月みたいです。
とりあえず、毎日更新出来てよかった。


月饗祭――小林竜胆と司瑛士と薙切薊

「ふぇ〜、5日間で120個の模擬店を全て回られたのですか。何とまぁ」

 

「司の店で、オールコンプリートだ。頑張ったろ?」

 

「ええ。素晴らしいですわ。竜胆先輩が1番学園祭を楽しんでおられるかもしれませんね」

 

 竜胆先輩はずっと食べ歩きをされており、模擬店を全てを制覇されたみたいなのです。

 健啖家というレベルではないかもしれないですね。

 

「ソアラちゃんだって楽しそうにしてたじゃねぇか。久我の奴にひと泡吹かせたからか?」

 

「まさか。わたくしは料理で喜んでもらえることが大好きですし――素晴らしい料理人である皆様と一緒に頑張れたことが何よりも楽しかったです」

 

 久我先輩との勝負を忘れたわけではありませんが、とにかくあのメンバーで1つの模擬店を盛り上げようと頑張ったことがわたくしには大事な想い出になりました。

 全員で、一歩ずつ成長している感覚はもう忘れられないと思います。

 

「だけど、あいつら全員お前のライバルだろ? どいつもこいつも、自分が1番って顔をしてやがった。邪魔にならないのか?」

 

「邪魔になんてなるはずがないじゃないですか。父は“良い料理人になるためには出会うことだ”と言っていました。わたくしはこの学園に来て、それは正しかったと確信しています。皆様と一緒に成長出来るって素敵なことだと思いませんか?」

 

 この学園で出会った方々はどの方も個性的で素晴らしい方ばかりでした。

 もちろん競い合うライバルだと思っていますが、だからといって邪魔だと思うはずがありません。皆さんのおかげでわたくしは成長出来ているのですから。

 

「お前、司のヤツと似てると思ったけど、やっぱ違うな。面白いことを言うじゃん」

 

「そ、そうですかね?」

 

「おうよ。だったら、司の料理は食べておけ。ソアラちゃんの言う成長が“出会い”って言うんだったら、ぜってー、損はしないぜ?」

 

「しかし、お高いんじゃ?」

 

 司先輩は遠月学園の第一席――文字通りこの学園の頂点に立っておられる先輩です。

 もちろん。先輩の料理は食べてみたいです。ですが、わたくしは知っております。

 えりなさんのお店のように山の手エリアはいわゆる高級セレブエリアで、お店のメニューの金額が文字通り桁違いだということを――。

 

「んなこと、心配すんなって。“先輩ごちでーす”とか言っときゃいいのよ。りんどー先輩はお金持ちなんだからさ」

 

「いえ、悪いですよ。――っ!? わわっ……!」

 

 竜胆先輩はわたくしに奢って下さると仰ってましたが、流石にそれは悪いと口にすると、彼女はわたくしを抱きかかえました。

 まるでお姫様を抱くように――。

 

「なんだ、めっちゃ軽いじゃん。こりゃあ、担いで行っても問題ないぜ」

「問題大アリですの〜〜!」

 

 竜胆先輩はわたくしを抱えたまま、平然とした表情で走り出しました。

 何とパワフルな方でしょう。涙目になって降ろしてほしいと懇願しましたが、彼女はそんなことはお構いなしで山の手エリアの司先輩のお店に入っていきました――。

 

 

「い、いらっしゃいませ小林様。本日は秋の食材の交響曲と題しまして9品のコースを召し上がっていただきます……。あ、あのう。そちらはお連れ様で?」

 

「おう。案内してやってくれ」

「ご、強引すぎですわ……」

 

 司先輩のお店に辿り着いた、わたくしと竜胆先輩ですが、お店のスタッフの方は抱えられたまま入店したわたくしを可哀想な人を見るような表情でご覧になっておりました。

 あのう。そろそろ、本当に降ろして欲しいのですが……。

 

 

「まるで舞台のようですわね……。司先輩の周りだけ別の世界みたいです。ええーっと、テーブルはたった3つだけなのですか?」

 

「司は調理を自分一人だけでやってるんだ。他のスタッフは給仕専門」

 

「9品のコースをたった一人ですか? そんな大変な作業よっぽど自分に自信がないとできないです」

 

 司先輩の店はテーブルが3つしかありません。竜胆先輩によると、コース料理を全てご自分で作られているそうです。

 四宮先生だってそんなことはしませんのに……。

 

「いやどっちかってーとこういう理由だ。“他人に料理の仕上げを任せるなんて考えただけでも恐ろしいよ……。ミスでもされたらって思うと料理どころじゃなくなる……”――ってな。あいつは死ぬほど繊細なんだ。お前よりもな」

 

「そ、そういうことですか」

 

 司先輩は心配性のせいなのか、全部自分でしなくては気が済まない完璧主義者のようです。

 わたくしも心配性の方ですが、彼はさらにナイーブな方みたいですね……。

 

「で、では給仕を……、盛り付けが崩れないよう、ほんとお願いしますね! そっと! そーっと運んでください……」

 

 静かな店内で司先輩が給仕の方に注意を促す声が聞こえます。

 そして、彼の料理がわたくしたちのところに運ばれてきました。この料理は――。

 

「あれ? こ、これって桜エビですよね? 春の食材の代表格じゃないですか……? ――っ!? こ、この風味は――!」

 

「あぁ~。さすが司だぜ~」

 

 春の食材である桜エビ――しかし、わたくしは一口食しただけで、その風味と奥深さが身体中を駆け巡るような感覚になりました。

 

「桜エビは春のイメージが強い食材だけど実は秋になると個体が大きくなってエビ本来の風味がより深くなるんだ」

 

「それを熟知した上で活かしきってるってことですね」

 

 竜胆先輩によると、この品は秋の桜エビの素材としての特性を活かした品みたいです。

 

「す、凄いです。――どの料理も生きていた時よりも鮮烈に素材の姿が迫ってくるような……。小気味よくリズムを変えつつ全体の調和は全く乱れておりません……! 一品で完結する料理とは異次元の難易度ですね。これがコース料理ですか……。これが、第一席である司先輩の力――今までこの学園で出会った誰よりも驚かされました……」

 

 どの品も素材の良さを完璧に捉えてそれをコース料理として品を変えても調和が乱れずに感じ取ることができます。それはまるで、司先輩の繊細さが伝わってくるようでした。

 

 

「幸平さん。それに竜胆も――部屋寒くない!? 大丈夫? 逆に空調効き過ぎてたら言ってくれ!」

 

「つ、司先輩?」

 

「椅子の座り心地は大丈夫? 照明暗すぎないかな?」

 

「あのな。そうやって客に気使い過ぎたら逆に居心地悪くなるだろ」

「え~っ!」

 

 司先輩はシェフとして、この空間の環境について色々と不便はないかと尋ねて来られます。

 温度も含めてとても雰囲気が良いお店だと思うのですが……。

 

「だよな~? ソアラちゃん」

 

「いいえ、そんなことありません。司先輩、お気遣いありがとうございます。心配になることはありますよね。わたくしもよく鍵を閉め忘れたかどうかとか心配になりますし」

 

「それって関係あるのか?」

 

「あー、俺もよくある。絶対に二、三回確認するな」

 

「今、大地震が来たらどうしようとか」

 

「わかるなぁ。盛り付けの最中とかよく考えるよ」

 

「そんな話はどうでもいいんだよ!」

 

 わたくしもこれが大丈夫かと思えば、ずっと気になる性格なので司先輩が色々と気にされる気持ちはよく分かります。

 竜胆先輩はそんな会話を心底興味が無さそうに聞いておりましたが……。

 

 

「相変わらず素材の良さを見極める力が抜群。いい目してるぜ。でもあたしはもっと司の熱が乗ってる皿を味わってみたいけどな」

 

「いや。俺の料理に自分はいらないんだ。俺の作業は皿の上から自分を消す事。素材の良さだけをひたすらに突き詰めてひたすらに研ぎ澄ます。しかしその作業が逆説的に自分を表現することに繋がる。それが司瑛士の料理なんだ。ではどうぞ楽しんでいって」

 

「ふぇ〜っ! そんなこと考えたこともありませんでした。素材に対してそうやって接するプロセスもあるんですね」

 

 司先輩が自分の一皿を創ろうとするプロセスはまさに目から鱗が落ちる感じでした。

 自分を消して素材の良さを引き出すなんてことは確かに逆転の発想です。勉強になりましたわ……。

 

 

「世間の食通達からいつの間にかこんな風に呼ばれるようになった。すぐれた食材全てに傅きその身と誇りを奉じる者――食卓の白騎士(ターフェル・ヴァイスリッター)

 

「つ、強そうな異名ですね」

 

「ははは! かっこいいよな~! 最初雑誌で見た時、腹抱えて笑っちまったぜ!」

 

 食卓の白騎士(ターフェル・ヴァイスリッター)ですか……、定食屋の娘とは天地ほどの差がありますね……。

 どなたが名付けたのでしょう? わたくしもいつかは可愛い名前とか貰えないでしょうかね……。

 

「でも、司先輩はやっぱり自信家だと思いますわ」

 

「あ、そう? あんなにオドオドしてんのにか?」

 

「ええ。だって、司先輩は一度も自分のお料理に対しては心配されていませんでしたもの。きっと素材を扱う事に対しては絶対的な自信がおありなのでしょう。見習いたいです」

 

 そう、司先輩が気にされていたのは環境の面だけでした。そして、彼の料理からも圧倒的な自信が伝わってきました。

 わたくしにはまだそのような自信がありませんので、そういった精神は見習いたいと思います。

 

 司先輩のお料理を頂いたあと、竜胆先輩はわたくしのお礼を聞くなり、またどこかへ駆け出してしまいました。

 

 わたくしもそろそろ寮に戻ろうと足を進めたのですが――。

 

 

「こ、困りましたわ。完全に道に迷ってしまいました。竜胆先輩に帰り道を聞いておけば――。あれ? この店はえりなさんの……」

 

 普段、あまり足を運ばないエリアにいるわたくしは迷子になってしまいました。

 途方に暮れているわたくしでしたが、何と目の前にえりなさんのお店があります。

 

 ラッキーだと思ったわたくしは、彼女に道を尋ねようと店の中に入りました。

 

「そ、ソアラ!? どうしてここに?」

「えりな様に会いに来たのか? もう少しで閉店だから、ちょっと待て」

 

 店に入るとえりなさんと緋沙子さんが二人とも驚いた顔をされました。

 よく考えたら、こんな高級そうなお店に迷子になったからと入るのはかなり恥ずかしいことですね……。

 

「えりなさん、緋沙子さん、実は道に迷ってしまいまして……」

 

「道に迷っただと? 久我先輩に勝ったからと言って弛んでるんじゃないか?」

 

「め、面目ございません」

 

 道に迷ったと素直に告白すると、緋沙子さんは眉をひそめてわたくしを咎めます。

 これは、言い訳できませんね。久我先輩に勝ったからではありませんが……。

 

「でも、来てくれて嬉しいわ。良かったら、何か食べる?」

 

「えっ? えっ? えりなさんのお料理を食べさせてもらえるのですか? でも、完全予約制なんじゃ」

 

 わたくしが緋沙子さんからお叱りを受けていると、えりなさんは微笑んで自然に何か食べるか質問されました。

 今まで彼女がわたくしに何かを作ろうと仰ってくれたことは一度もございません。なので、わたくしはとても驚いてしまいました。

 

「席が1つ残っているから。あなたが座りなさい」

 

「ふぇっ? 確かに空席がありますわね」

 

 えりなさんが仰るように確かにテーブルに1つ空きがあります。

 完全予約制で彼女のお店が満席にならないはずがないのですが……。

 

「え、えりな様!? よろしいんですか? あの席は……」

 

「いいのよ。今日も遅いし。あの方は来られないわ。ソアラ、あなたにはここまで上がってきて貰います。その覚悟を持って食しなさい」

 

「は、はい。必ずあなたのところまで辿り着いてみせますわ」

 

 えりなさんはわたくしをライバルだと認めて自分のメニューを振る舞おうとされています。

 これは心して食さねばなりません。彼女のいる位置まで上がるために……。

 

「悔しいが、今の貴様にはそれを言う資格がある。だが、いずれ私も追いつく! 約束は守るからな!」

 

「緋沙子さん……」

 

「じゃあ、かけて待ちなさい。準備をします」

 

「はい!」

 

 えりなさんはわたくしの肩を抱いて、席に座るように促しました。

 彼女からは最高の品を出そうとする意志を感じます。わたくしの為にえりなさんが調理を――そう考えるだけで、胸は張り裂けんばかりに高鳴っておりました。

 

 

「ん? 予約された方はお揃いだというのに、また誰か来られましたね。見てきます」

 

「――っ!? まさか……! そ、ソアラ。ちょっと待って!」

 

「えりなさん?」

 

 えりなさんが準備に取り掛かろうとされたとき、来客があったみたいで緋沙子さんが店の入口に向かいました。

 えりなさんはハッとした表情を浮かべてわたくしに少し待つように仰ります。

 

「お客様、当店は完全予約制でして――。あ、あなたは――」

 

「久しぶりだ。えりな」

 

「お、お父様……!」

 

「え、えりなさんのお父様?」

 

 来客はえりなさんのお父様みたいです。しかし、えりなさんの表情が変です。

 まるで、恐れていた人が帰ってきた――そんな顔をされていました。とても、肉親の方がお見えになったような表情には見えませんでした。

 

 

「えりな。君の料理はこの程度の人種に振る舞うためにあるのではない。もっと仕事する相手を選びたまえ。君の品位が霞むよ」

 

「おい小僧。わしらが何者かわかった上で言うとんのか? どないやねんワレ!」

「この男には見覚えがある……」

 

「もしや薙切の?」

「まさか!? 貴様遠月から追放されたはずや!」

 

 えりなさんのお父様が何やらえりなさんのお客様に対して失礼なことを仰っておられます。

 当然、お客様方は反発されますが、彼の顔をご覧になって驚愕の表情を浮かべました。

 

「いかにも僕は薙切薊。薙切えりなの父です」

 

「フン! 追放されたくせに偉そうな男ね。私達は遠月学園と正式に提携しているのよ」

「お姉ちゃんナイスぅ~。だから私達に対する侮辱はそのまま遠月を貶めることになるのよね」

 

 薙切薊さん――それがえりなさんのお父様の名前みたいです。

 カレーのときの審査をされていた千俵さんが彼に対してさらに怒りの声を上げていますね……。殺伐とした雰囲気です……。

 

「僕は遠月をあるべき姿に正しに来たんです。食の有識者を名乗る者達、その中の果たして何人が本物の美味というものを理解しているだろう?」

 

「あらゆる一流芸術の真の価値は品格とセンスを備える正しく教育された人間にしか理解できない。真の美食も然り。限られた人間だけで価値を共有すべきものなのだ。それこそが料理と呼ばれるべきもの。――それ以外は料理ではない。餌だ」

 

「さぁ、えりな。君に初めて“料理”を教えた日から10年を経た。君がどれだけ腕を磨いたか見せてほしい」

 

 薊さんは何やらよく分からない持論を展開されて、えりなさんに料理を作るように指示されます。

 娘である彼女のお料理が食べたくてここにいらっしゃったのでしょうか……。どうも、嫌な予感がします。

 

「で、ですから飛び入りのお客様はお断りを……」

 

「テーブルが一つ空いてるじゃないか。まさか、あの少女も君の客だなんて言わないよね? えりな……」

 

 薊さんはわたくしの対面に座られました。えりなさんは顔を真っ青にされて震えております。

 どう考えても彼と何かがあったみたいです。

 

「え、えっと、あ、相席ですか?」

 

「君、早く退きなさい。僕はえりなの父親なんだ。君のような子がどうしてここに座っているのか知らないけど、邪魔をしないで貰えるとありがたい」

 

 薊さんは有無を言わせぬような物言いで、わたくしにここから立ち退くように述べました。

 いつもなら、「はいそうですか」と、退くのですが、今ここを離れると大事なモノがどこかに飛んで行ってしまいそうな――そんな感じがします。

 

「どうした? 早く退きたまえ。ここは君みたいな何も分からないような子供が座っていい席ではないんだ」

 

「嫌ですっ――!」

 

「――っ!? その目つき、その雰囲気……、まるで……」

 

「い、嫌ですわ。わ、わたくしが先に座ったのですから。相席でしたら、よろしいですけど」

 

 わたくしが薊さんの言葉に反発すると、彼は一瞬大きく目を見開き驚きを顕にされていました。

 どうしたのでしょうか……。相席がそんなに嫌なのですかね……。

 

「待て、ソアラ。その人は」

 

「……君はまさか先輩の? いや、そんなはずはないか。よく見れば、覇気も何もない少女だ。一瞬でも彼と見紛うとは今日はどうかしてるらしい。――興が削がれた……」

 

 薊さんは首を傾げてブツブツと独り言を呟くと席から立ってどこかに歩いて行かれました。

 帰られるということでしょうか……。

 

 しかし、出口の扉を開くと外から眩い光が飛び込んできます。

 

「おや? ちょうど伺おうとしていたところだったのですよ。こちらから出向くべきなのに、お迎えいただくなんて光栄ですね」

 

「せ、仙左衛門様だ!」

 

 店内に入ってこられたのは遠月学園の総帥である薙切仙左衛門さん――えりなさんのお祖父様です。

 

「ご無沙汰しておりますお父さん」

 

「去れ。貴様にこの場所へ立ち入る権利はない。二度と薙切を名乗ることは許さん」

 

 総帥はいつも以上に厳しい顔つきで薊さんを睨みつけていました。

 どうやら、本当に彼は招かれざる客のようです。

 

「えりなが持って生まれた神の舌を、磨き上げたのは僕なのですよ? 僕を追放しようとも、血と教育は消え去りはしない」

 

「儂の最大の失敗だ。あの頃のえりなを貴様に任せたことはな」

 

「失敗はお互い様ですな、僕がいれば遠月を今のようにはさせなかった。下等な学生を持て余すことは愚の骨頂ですよ」

 

「それを決めるのは我々ではない。遠月の未来を決定するのは、才と力持つ若き料理人たち! 貴様1人が喚いたところで何も変わらぬ!」

 

 総帥と薊さんはえりなさんのことと、学園のことについて言い争いをしているみたいです。

 かなり意見が対立していますが、それとえりなさんのこの怯えようは何か関係があるのでしょうか……?

 

「おー、ソアラちゃん。ここにいたのか。黒塗りの車が沢山止まったから何事かと思ってきたんだけど。どんな状況かわかるか?」

 

「竜胆先輩……。いえ、えりなさんのお父様が来たことくらいしか……」

 

 そんな中、竜胆先輩が店内に入ってこられてわたくしを見つけると声をかけてきました。

 状況と言われても全くわかりません……。

 

「遠月十傑評議会。彼らには学園総帥と同等、もしくはそれ以上の力が与えられている。たとえば十傑メンバーの過半数が望むことはそのまま学園の総意となる」

 

「総帥以上の権限……?」

 

 薊さんの総帥以上の権限という言葉を聞いて、わたくしはさらに嫌な予感がしました。

 

「ソアラちゃん、だったらどっちにつく?」

 

「あの〜、全然話が見えないのですが……」

 

「ノリが固いな〜、ソアラちゃんは。一緒に来いよ。楽しいから」

 

 竜胆先輩はニコニコされながら、わたくしをギュッと抱きしめられます。それはもう、力強く……。

 その声色は甘美で艷やかでした……。

 

「彼らの過半数が変革を良しとしていますよ。彼らは僕が学園の新総帥になることを支持したのです!」

 

「新しい波が来てるんだぜ? そっちに乗る方がドキドキするもん」

 

「な、何を仰っていますの? 竜胆先輩……」

 

 新総帥という言葉と共に、竜胆先輩はわたくしの肩を抱いてわたくしの目を真っ直ぐに見つめました。

 そのときの彼女はとても魅力的で官能的な美しさがありました。この方は純粋に今の状況を楽しんでいる――。

 

「幸平創愛。お前は、こっち側だぜ。司に会ったときと同じくらいお前にはドキドキさせられた。あたしに付いてきな」

 

「竜胆先輩、本当に仰ってる意味が全然わからないのですが……」

 

 しきりに何かにわたくしを誘おうとする竜胆先輩……。

 彼女はわたくしにどうして欲しいのでしょう……。

 

「遠月最強集団がごっそり寝返りおったやとぉ~!?」

 

「明日の今頃にはすべてが決着しているでしょう。日本が誇る美食の王国。この僕が――新しい王です」

 

 それから程なくして、わかったことはクーデターが起こったということです。

 十傑の過半数。つまり、6人が薊さん側について仙左衛門さんを遠月学園の総帥から追い出したのでした。

 その6人の中には司先輩や竜胆先輩もおりました。

 救いなのは一色先輩の名前が無かったことですね……。

 

 

 そして、新総帥に薙切薊さんが着任された挨拶をされた日の夜、わたくしは寮に帰宅してこれからの学園について思案しておりました。

 彼は表面的には紳士的な態度を取られておりますが、何か他の方とは違います。

 

 一色先輩は寝耳に水と仰ってましたが、それも気になります。彼ほど思慮深い人物が気付かないのはどう考えても変です。

 しかし、一色先輩のことですから敢えてその辺りを隠したのかもしれません。何か起きたときに逆転の一手を打つためにわたくしたちにもそれを悟らせないように配慮したとも考えられます……。

 とにかく分からないことだらけですわ……。

 

「一体、これからこの学園は……」

 

「ソアラ、ソアラはいるかい?」

 

「あら、ふみ緒さん。どうかされましたか?」

 

 ふみ緒さんのわたくしを呼ぶ声がしたので彼女のところに行って何があったのか尋ねます。

 

「あんたに客だよ。部屋に通してるから」

 

「あ、はい。わたくしの部屋ですね」

 

 彼女はわたくしにお客様がいると仰って、部屋に通したと言われました。

 どなたなのか聞くのを忘れてしまいましたわ……。

 

 とりあえず、部屋のドアを開けますと中には上半身裸の筋肉質な老人がおりました。

 

「――っ!? あ、あなたは……」

 

「突然訪ねた非礼を許してくれ」

 

「いえ、それはよろしいのですが……。わたくしに何か用事でしょうか?」

 

 お客様は薙切仙左衛門さんです。えりなさんのお祖父様がわたくしに何の用事なのでしょう……。

 

 このときのわたくしは遠月学園の将来を懸けた戦いに巻き込まれることをまだ知りませんでした――。

 




えりなが初めてソアラに料理を振る舞おうとするシーンに割り込んできたのは人気なのか嫌われてるのかイマイチ分からない中村くんでした。
ヒロインレースに大きな動きがありそうです。

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