【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら 作:ルピーの指輪
大切な人と大切な場所
「思えば君と直接話をするのはこれが初めてだな。君の遠月への受験を城一郎に勧めたのは儂なのだ――」
「――っ!? そ、そのお話は本当ですの?」
仙左衛門さんはわたくしの遠月学園への入学を父に勧めたのは自分だと仰りました。
まさか、そんな……。この方がわたくしを――。
「本当だ。城一郎には――」
「決まっていた高校の入学を取り消して、なんの説明もなく音信不通なって、娘を一人で退学が大好きな学園に入れるようにアドバイスされたのですか?」
あのときは本当に困りましたわ……。
急に中学校の職員室に呼び出されて、入学が取り消しになったと伝えられ、父はどこかに行ってしまい、通うことになったこの学園はすぐ退学になってしまう怖い学校で……、泣きたくなりました……。
「いや、そこまでは言っとらん……。でも、何か悪かったのう……。あと、意外と根に持っているんだな……。言い方に棘があるような……」
「失礼しました。つい、あの日のことを思い出しまして……。今はこの学園のことを愛しておりますわ」
しかし、それ以上にこの学園で素晴らしい方々と出会い、お料理に対する考え方も変わっていきました。
わたくしはこの学園を好きになりましたし、これからもここで研磨を重ねたいと思っております。
「そ、そう言ってもらえるとありがたい。君の父はこの学園在学中、十傑第二席だった。在学中はいろいろあったが本当に素晴らしい料理人だ」
「色々の部分は申し訳ありませんと娘として謝っておきます」
「君が本当にあの城一郎の娘なのかそういう所を見ると疑問に思う。まぁ、料理を見れば一目瞭然だったが……。少し表に出よう」
父とはかなり性格は違うと思いますので、仙左衛門さんの言葉は褒め言葉だと受け取ります。
彼は外で話そうと口にされましたので、わたくしは彼と共に寮の外に出ました。
「すまんな。日課に付き合わせてしまって」
「いえ、これくらいでしたら」
「儂も鍛えとるが、君もなかなかだのう。涼しい顔をして付いてきとる」
ランニングとか体を動かすことは好きです。しかし、仙左衛門さんは老人とは思えないほど軽快なフットワークですね。
「この辺でよかろう……。えりなは君から見てどんな料理人かな?」
寮から少し離れたところまで走った仙左衛門さんはわたくしから見てえりなさんがどんな料理人か質問されました。
「え、えりなさんですか? 可愛らしい人ですよね」
「ん?」
やってしまいました。えりなさんの印象を素直に答えてしまいました……。
だって、あの方って可愛いんですもの……。
「じゃなくて、料理人としてですよね。一言で言うなれば完璧主義者です。彼女の鋭敏な味覚は全てを見通すことが出来ます。しかし、だからこそ、時々遊び心がないようにも見えるのです。真面目というか、なんというか」
「よく見とる。さすがは城一郎の娘だ。あの子はな、昔はよく笑う子だった……」
仙左衛門さんによると、えりなさんは昔は天真爛漫でよく笑う方だったらしいのです。
一緒に住んでいたアリスさんの作られた料理についても味には口を出しますが、作ってくれた方への敬意は忘れない方だったのだとか……。
しかし、アリスさんが北欧に旅立ち、薊さんが彼女の教育をするようになってから彼女は急変します。
彼は彼女に彼が認める正しい料理以外はゴミだと教え込み、“正しくない料理”を捨てるように教育をされました。それには暴力も伴っていたようです。
そして、洗脳に近い教育を受けた彼女は不出来な料理を決して許さない性格に変化したのでした。
料理を捨てるように――ですか。それは何とも勿体無いことを――。それに、幼い彼女に暴力を振るってそれを強要されたのは許せません……。
えりなさんの性格って可愛らしい方だと思っていたのですが、そんな一面もあったのですね……。
「そして、薊の洗脳に近い教育を知った儂は彼を追放した。――しかし、本拠地を海外に置き富裕層だけの閉じられたコミュニティを作り活動していると聞いたが――まさか十傑に取り入り謀反を起こすとはな。ざまぁない」
「…………」
薊さんは追放されても牙を研いでいたみたいです。
十傑に多大な権力を持たせることは競争心を煽る目的なのでしょうが、このようなクーデターを成功させる原因になってしまいました。
仙左衛門さんも迂闊だと思われているのでしょう。
「洗脳されたえりなは少しずつ自分を取り戻していった。新戸緋沙子を含め多くの者が助けてくれた。しかし薊は知っている。えりなの心はまだ鳥籠の中にあることを。彼奴の手口はおそらく10年前と同じだ。えりなの外界への接触を制限し頼れるのは奴だけという状態を作り上げる」
「当時アリスが北欧から送ってきたえりな宛の手紙も、奴は全て処分していた。えりなは再び誰の声も届かぬ場所に閉じ込められてしまう……」
「そ、そんな……、酷すぎます……」
えりなさんはこのままだと、薊さんに再び閉じ込められて洗脳されてしまうかもしれないと仙左衛門さんは仰ります。
彼女のために何かできることはないのでしょうか……。
「幸平創愛。君への要件はただ一つ! えりなを救ってやってほしい……。頼む! 君が来てからえりなは人が変わったように明るくなった。誰よりも楽しそうに調理をして、どんな料理も慈しむ君に強く影響を受けているのだ」
仙左衛門さんはわたくしに頭を下げてえりなさんを助けてほしいと仰りました。
彼もまた孫である彼女のことを愛してらっしゃるのでしょう。
「頭を上げてくださいな。仙左衛門さん。そんなこと頼まれるまでもありませんよ」
「……ん?」
「泣いている友人を助けるのは、当たり前ではないですか。それに、わたくしはえりなさんと約束しておりますから」
「約束とな……、どんな約束をしたんだ?」
「わたくしのお料理で彼女を笑わせて差し上げるお約束です。こう見えてもわたくしは約束はとことん守るタイプですの」
仙左衛門さんが頼まれなくてもわたくしはえりなさんを助けるつもりですし、料理であの方を悦ばせる約束も果たすつもりです。
だから、薊さんがどんなことをされようともわたくしは負けるつもりはありません。
「ふっ、城一郎が君のことを自慢するのがよくわかる……」
「しかし、本格的に降り始めましたわね。どうしましょう? あ、あれ? 仙左衛門さん?」
雨が激しく降ってきて、木陰でもそれが防げないと思ったとき、仙左衛門さんの姿はすでに消えておりました。
えりなさん……。待っていてください。あなたをわたくしがきっと――。
◇ ◇ ◇
「くしゅんっ……、ずぶ濡れですわ……。――っ!?」
「お邪魔しているわ」
「え、えりなさんに、それに緋沙子さんも……、ど、どうしてここに?」
わたくしが極星寮に戻ると、目の前にずぶ濡れのえりなさんと緋沙子さんが居りました。
このタイミングでこのお二人が何故――。
「話せば長くなるのだが。実は――」
緋沙子さんによると、えりなさんがこのまま閉じ込められることを良しとしなかったアリスさんと黒木場さんが彼女を屋敷から連れ出したとのことです。
既に緋沙子さんはえりなさんの秘書を外されており、薊さんは彼女を一人きりにしようとされていたみたいでしたから、アリスさんが迅速に動いたことは正解だと言えます。
「家出ですか。なるほど、さすがはアリスさん。奔放な彼女らしいですわね……。それで、アリスさんたちは?」
「アリスお嬢たちはこっちに全てを丸投げしたあと帰宅した」
アリスさんと黒木場さんはもうすでに帰られたみたいです。
お話したかったですが、残念ですね……。
「なるほど、奔放なアリスさんらしいです」
「貴様、さっきからそればっかりだな」
「ちょっと前から思ったけど、あなたたち随分と仲良くなってるわよね」
「風呂の用意が出来たよ。冷えたろ、温まってきな」
緋沙子さんのツッコミを受けて、えりなさんにジト目で見られていると、ふみ緒さんがお風呂を用意してくれたと仰りました。
雨が降ってずぶ濡れですから、ぜひ温まって頂きたいですね……。
「ふぅ……」
「お疲れみたいですね」
「そりゃあ、家を飛び出して雨に打たれれば……、――って何でソアラもいるのよ?」
脱衣場でえりなさんに話しかけると、彼女は驚いて少しだけ跳ねました。
そんなに驚かれなくてもよろしいではありませんか……。
「ふぇっ? だって、わたくしも濡れてますし。緋沙子さんも誘ったのですが、後で入ると聞かなくて……」
「そ、そうよね。あなたも雨の中で……」
「こうして、一緒にお風呂に入るのって久しぶりですね。宿泊研修を思い出します。あのときは堂島シェフが居て、えりなさんは……」
編入して慣れた頃に始まった宿泊研修で、わたくしはえりなさんと大浴場で鉢合わせしました。
思えば、あの頃から彼女と親しくなれたのかもしれません……。
「そ、そのことは忘れてちょうだい。な、何であのときより恥ずかしいのかしら……」
「…………?」
えりなさんは何故か顔を真っ赤にさせて、体を隠しながら浴室に入っていきました。
そんなに恥ずかしいものですかね……。
「そういえば、何であなたは外に居たの? 傘も持たずに」
「ちょっと、お客様が来ておりまして、成り行きと言いますか……」
「お客様? こんな時間に……。いったい誰よ」
「ええーっと、薙切仙左衛門さんです……」
体を洗って湯船に浸かり、えりなさんはわたくしが外でずぶ濡れになった理由を尋ねました。
わたくしは少しだけ迷いましたが仙左衛門さんと会ったことを彼女に告げます。
「お祖父様が? あなたに? なんでまた……」
「えりなさんの事を聞きました」
「――っ!?」
彼女のことを聞いた――そう話すとえりなさんは全てを察したようなお顔をされました。
目を見開いてわたくしの顔を見て、そのあとで力無く俯きます。
「わたくしはえりなさんのお友達ですから。支えて欲しいって言われましたの」
「そ、そう……」
「仙左衛門さんが言われなくても、そのつもりでしたのに」
「えっ?」
わたくしは誰かに頼まれたから彼女を支えたいのではありません。
自分の意志でえりなさんの力になりたいのです。
「えりなさん。わたくしはいつだって貴女のお側におります。決して離れません。頼りないかもしれませんが、あなたを大切に想っております」
わたくしはえりなさんの両手を握りしめて自分は絶対に彼女を一人ぼっちにはさせないと約束しました。
「――うん。私にとってもあなたは……、あなたは大事な人よ。あの日、あなたが“友達”になりたいって言ってくれたことが嬉しかった……。昨日から、ずっとあなたに会いたかった……」
えりなさんは目に涙を溜めて、会いたかったと口にされます。
そして、しばらくわたくしたちは無言で見つめ合っていました――。
「どれだけここに居ても構いませんから。安心してくださいな」
「う、うん。でも、他の方は私が居ると迷惑だと思うんじゃ……」
「ふぇっ? 考えてもみませんでした。だって、皆さんは――」
お風呂から上がり、わたくしはえりなさんにここにしばらく居ることを提案します。
彼女は迷惑だと寮の方々が感じると思われていますが、わたくしはちっとも心配しておりませんでした。
「あの、お風呂……、ありがとうございました。感謝いたしますわ……」
「「薙切さ~ん! うわぁぁぁん!」」
えりなさんが伏目がちになりながら皆さんにお礼を述べると、寮生の皆さんは号泣しておりました。
これは、緋沙子さんが全部話しましたね……。
「薊とか言ったか! 許せねぇぜ!」
「おう! 親のすることじゃねぇぜ畜生!」
「いくらでも寮にいていいからねえりなっち~!」
「えりなっち!?」
「みんな! 極星寮にスペシャルゲストがやって来た! 大宴会といこうじゃないか!」
「一色先輩……」
ということで、えりなさんは極星寮が一丸となって匿うことを決定して一色先輩の鶴の一声で宴会が始まりました。
えりなさんに料理を食べてもらおうと皆さん、はりきってますね……。
「白身魚に澄ましバターでゆっくり火を入れた! 味見しやがれ!」
「素材の持ち味は生かせてると思います」
「だろ~?」
「でも澄ましバターによって味がくどくなっている……。たとえるなら出かけようとした瞬間雨が降ってきてぬかるみで転んだ、そんな味かしら。総じて言うと――全然だめね」
「あらあら、青木さん……」
青木さんの品はえりなさんにかなり酷評されてしまいました。
彼女は味見をすると忖度は一切されません。わたくしもかなりキツい事を言われたこともあります。しかし、その指摘はいつも的を射ておりました。
「上等だー! 神の舌がなんぼのもんじゃコラァー!」
「俺の皿も味わいやがれ!」
「神の舌に味見してもらうチャンス!」
「ちょっと燃えるわね!」
「俺も昨日燻した分出すか……」
しかし、極星寮で毎日切磋琢磨されている皆さんは、ちょっとやそっとではヘコみません。
皆さんは次から次へとえりなさんに品を出そうとしていました。
「ちょっと! そんなにたくさん食べられないわよ!」
「えりなっち~。私のも味見してして~」
「人の話聞いてますか!?」
「えりな様……、穏やかになられた」
そんな様子をご覧になって、緋沙子さんはえりなさんが穏やかになったと述べました。
「そうですか? いつも、あんな感じでは?」
「貴様は最初から何故かあの方と波長が合っていたからな。しかし、私にはわかるのだ。初めてお会いした頃は美しさの中にどこか暗い影が落ちているのを感じたがそこから少しずつ、少しずつ変わられている。貴様のような毒気のない呑気者に影響を受けたのかもしれんが」
「ええーっと、それ褒めていますの」
「貴様には感謝してる。私も変わることができた……」
わたくしの前ではえりなさんって、ずっとあんな感じでしたが、緋沙子さんからすると彼女は随分と変わられたらしいです。
仙左衛門さんもそんな事を仰っていましたけど、可愛らしい彼女になれているのでしたらそれは良いことなのでしょう。
「ソアラも何か作りなよー!」
「ええ。承知致しました。えりなさんにお出しするなら気合を入れませんと」
榊さんに料理を作るように促されたわたくしは髪を結んで厨房に向かいます。
今日はせっかくえりなさんが居ますから、あの新メニューでも試してみますか……。
「えっ……? また、私はこの子からあの人の……」
「どうか致しました?」
「な、なんでもないわ。久我先輩をやり込めたんでしょ? 期待を裏切らないでね」
えりなさんがわたくしの背中を見て何かを仰ったので聞き返しますと、彼女は良い品を出すように釘を刺されました。
「任せてくださいまし。美味しいのをお持ちしますね」
「随分と自信あるじゃん」
「こりゃあ期待できるな」
「ソアラちゃんの本気が見られるんだね」
「うっ……、ノリで調子の良いこと言わなければ良かったです……」
この日、極星寮に新しい仲間が増えました。彼女と暮らすことが出来て少しだけ嬉しかったりします。
こんな日がずっと続けば良いのですが――。
◇ ◇ ◇
『生徒の諸君ごきげんよう。薙切薊だ。――今から話すのは僕が目指す理想の世界。遠月学園を改革する内容についてである。まず1つ目。今学園に存在している調理の授業・ゼミ・研究会・同好会。それら自治運営勢力を全て解体する』
『そして2つ目。学園内に新たな組織を立ち上げる。総帥と十傑評議会を頂点とし僕がピックアップした生徒だけが集う新たな美食を探求する精鋭部隊。全ての美味が共有される神々の世界。これを中枢美食機関、セントラルと呼称する。君達がこれから作る料理は全てセントラルのメンバーが決定する』
『君達はもう料理を創造しなくていいんだ。とても残念だが逆らうものは学園から去ってもらうことになる』
『よく考えてみたまえ。今までのシステムの方が余程不条理だ。実力主義を口実に脱落者は完全放棄。料理人によって成長するスピードが違うにも関わらずだ。あまりに暴力的だと思わないか?』
『これから授業は全てセントラルの教えを伝える場となる。誰もが等しくその恩恵を享受する。つまり十傑レベルの技術・アイデア・レシピをやがてここにいる全員が習得するんだ』
『そこは無益なぶつかり合いのない世界だ。不必要な退学、不必要な選別、不必要な競争。そこから君達は自由になる! いいかい? 君達は捨て石なんかじゃない。遠月の未来を築く重要な戦力だ。僕と一緒にこの国の美食を前に進めよう』
薊さんの総帥としての方針は一見、弱い方への救済のように聞こえました。
確かにふるい落とすタイプの前政権にも問題点はあったとわたくしも思っております。
しかし、彼の言い分は生徒の個性を一切排除した独裁です。
薊さんたちが定める方式に沿わない者たちは排除されるという創造性の欠片も認められない世界。それを彼は理想郷として掲げたのです。
すでにゼミや研究会が次々に潰されようとしている話は聞き及んでおります。
そして、その毒牙はわたくしたちの極星寮まで及びました――。
「極星寮。学園内唯一の寮施設。今日まで独立採算制を貫いている。文句なしに粛清対象だな。この寮を潰す。遠月には必要ない。当該建築物と土地はセントラルに接収される。要はお前らの物じゃなくなるってわけだ」
「なんだー! やるかー!」
書類を掲げて立ち退き命令を出す叡山先輩。
道理でえりなさんを取り戻しに薊さんが動かないわけです。この寮が潰されることがわかってたのですから。
「ねぇ、一色先輩は? 十傑の一人なんだから先輩がいれば学園側だって一方的には……」
「それがあの人ずっと寮に帰ってきてないみたいで……」
抑止力を持っていそうな一色先輩もいらっしゃらないこの状況ははっきり申しましてかなりピンチです。
「まぁ立ち話もなんですから……、お茶でも飲んでいってくださいな」
とりあえず相手の出方を窺って対策を練るしかありません。
わたくしは先輩方にお茶を出して座って話を聞くことにしました。
「どうしてこの寮まで潰されなきゃいけないのでしょう? この寮は独立国家みたいにある程度の自治権はあると聞いていますが……」
「理由は正にそこなんだよ。学園内にセントラル以外の自治組織があることが問題なんだ。頭は一つで十分。それがこちらの決定だ」
「なるほど、あくまでも中枢に権力を集中させたいと……」
「そういうことだ」
やはり、薊さんは生徒の自主独立性を異様なまでに排除したがっているみたいですね……。
この寮で切磋琢磨して皆さんは個性を伸ばしておりますのに、彼にはそれが邪魔なのでしょう。
「もう一つよろしいですか? 寮を潰すという決定は食戟で覆らせることは可能なのでしょうか?」
「確かにその通り。食戟を行い勝ったならどんな決定も覆る。だがあくまでそれはこちら側が受ければの話だ」
「受ければ……?」
「こちら側に食戟を受ける義務なんて一切ない。にも関わらずほとんどすべての団体から食戟の申し込みが殺到している。解体を取り消せってな」
これは困りましたね……。食戟という手段は確かに双方の合意が必要です。
ですから、受けないという手段に出られるとどうしようもありません。
「それでは、そういった食戟は一切受け付けないということですか?」
「いや、俺は連中の意を汲んで受けてやることに決めた」
「それは意外ですわね……。受けなくていい食戟なのにわざわざ受けて頂けると……」
「相手にも相応のリスクを負ってもらうけどな。――ま、丁度いい見せしめになるだろう。今日早速食戟の予定が入ってる。その結果を見てまだやる気が萎えなかったらてめぇも好きにかかってきていいぜ」
驚いたことに彼は食戟を受け付けていると答えました。
見せしめになると仰ってますが、負けるリスクもあるのにそんな事をわざわざされるというのは余程の自信があるのでしょうか……。
どうも彼の表情には裏があるように思えます……。
そして、翌日――串物研究会のトップである甲山先輩と叡山先輩の食戟が全校で放送されました――。
『俺が日々磨いてきた技術の重みを……』
『つべこべとうるせぇな。お前が出す最高の品を叩き潰す。全力でかかってくりゃいいんだよ』
『開戦だ』
甲山先輩とは以前食戟をしたことがありますが、非常に料理に対してストイックで芯の強い方です。
「まだだ……」
「うん! まだ終わってない!」
「勝利さえすれば……、私達の居場所が守れる!」
「諦めてたまるか! 私たちにはまだ……」
「「食戟がある!」」
そう、ここで叡山先輩に勝つことが出来れば大切な場所を守ることが出来ます。食戟はわたくしたち生徒に残された最後の希望なのです。
「叡山先輩、料理に全く集中していません……。変ですわ……」
しかし、わたくしはすぐに叡山先輩の態度に違和感を感じました。彼からは全くやる気のようなものが見られないのです。
寒気がします。何か嫌なことが起こるような……。
そして、その予感は当たってしまいました。
『機械が故障してるようだ……まだ食べもしないのに表示が出ているぞ……!』
『『くっくっく……』』
なんと、実食前に叡山先輩の勝利がモニターに表示されたのです。
これは、まさか――。
『――っ!? 叡山お前! まさか審査員を!』
『残念でしたぁ~』
叡山先輩は表情筋をフル活用されて、甲山先輩を煽られておりました。
そう、この試合はすでに始まる前に勝負が決していたのです。
『勝負あり! 串打ち研の解体は決定とする!』
『待て叡山! お前審査員を丸め込んだのか!? ふざけるな! こんな食戟は無効だ!』
『甲山よぉ……、さらばだ――退学決定ィィ』
「どうしよう……。薙切さんの隠れる場所もなくなっちゃうよ……」
『どうだ? 幸平、これが見せしめだ……。食戟は死んだんだ』
恵さんはえりなさんのことを心配されて顔を青くされています。
最後の希望である食戟は、審査員に八百長をさせるという最悪の展開で潰されてしまいました。
もう、わたくしたちに希望はないのでしょうか……? いえ、諦めるわけにはいきません。
えりなさんはもちろん、想い出がたくさん詰まったこの場所をあなたに決して奪わせはしない――。
こんなところで負けるわけにはいきません――。
ここに来て、えりながヒロインレースの先頭に届きそうな感じになってきました。
顔芸先輩こと叡山先輩……。小説だとただのインテリヤクザですね。
ソアラは美作戦以来のお怒りモードです。