【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら   作:ルピーの指輪

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“修羅”再び!?――幸平創愛VS叡山枝津也

「あ~あ。まぁどうしょうもないよね。寮生活長いようであっという間だったな~」

 

「ずっと一緒だったもんね私たち」

「おう! 思い返すといろいろあったよな」

 

「ふみ緒さんの入寮試験最初はびっくりしたよ~」

 

 吉野さんたちは寮での思い出を振り返っておりました。

 編入したわたくしとは違い、中等部からこの学園におられる彼女たちにとってこの場所はさらにかけがえのない場所なのでしょう。

 

「私は入寮まで3か月かかったけどその間ふみ緒さんが納屋に泊まらせてもらったっけ」

 

「恵って見た目と違って意外とタフだよね~。いろいろと」

 

「そんでソアラが高等部から編入してきたんだよね。いや~、何もかも懐かしいよ本当に……」

  

 努めて明るく振る舞おうとされている吉野さんはとても健気に見えてしまいました。

 こんな終わり方、到底納得出来るはずありませんのに……。皆さんだって、きっと――。

 

「…………吉野さん。我慢されなくてもよろしいんですよ」

 

「うう、ソアラ! やっぱ私やだよ~! 極星寮がなくなるなんてやだ! 何とか、何とかならないかな〜!?」

 

 吉野さんは涙を流しながらわたくしの胸に飛び込みます。

 何とか……、ですか……。審査員が八百長をする食戟で勝つ……。

 それがわたくしに出来れば――。でも、わたくしには自信がありません。

 どうしても、勝負という場で勝利に執着が出来ないのです。

 

 試合では楽しんで、自分を出し切れば良いと今までは思っておりました。

 もちろん、今までの勝負も負けようと思って臨んだことはありません。やるからには勝ちたいと思って調理しております。

 しかし、勝利への飢えとか渇望――そこまでの精神を持って臨んだかというと些か疑問が残ります。

 今回の事態を乗り切るためには、何をしてでも必ず勝つという強い信念が必要なのだとわたくしには思えてならないのです……。

 

「悠姫、無茶言わないの」

「そうだよ。いくらソアラさんでも……」

 

「…………」

 

 今回は負けられないというよりも、勝たなくてはならない戦いです。

 退学とか、そんなことよりももっと大事なモノを守らなくてはならない。

 そう、美作さんと食戟をしたときのように――。

 

 美作さんとの食戟? あのとき、わたくしは――。

 

 

 翌日、わたくしは書き置きを残して寮を出て叡山先輩の元に向かいました。心臓の鼓動がいつもよりも早く、吐き気もあります。

 でも、大丈夫です。必ずここに戻ってきますから――。

 

 

「はぁ? 頼むぜ幸平。あんまり間抜けな事ぬかすのは勘弁してくれ。俺は結構、お前のことを買ってるんだぜ。俺だけじゃねぇ。竜胆先輩だってお前が欲しいと駄々捏ねてやがる」

 

「…………」

 

「状況がわかってねぇほどバカな女じゃねぇだろ? 審査員は全員こっちの味方。勝ち負け以前にお前の料理なんか食ってももらえねぇよ。リングに上がった時点でクビなんだぜ。――なのにお前今食戟って言ったのか?」

 

「ええ、そうですわ。叡山先輩……」

 

 叡山先輩はわたくしが食戟を所望すると、かなり意外そうな顔をされていました。

 この状況で喧嘩を売るのは馬鹿げていると思われるのも無理はありません。自殺志願者を見るような目をされています。

 

「寮のお友達に泣きつかれでもしたのか? 人助けする英雄を気取りたいのもわかるがやめとけや。勇敢と無謀は違うぜ?」

 

「そんなのじゃありませんけど、あの場所がなくてはわたくしは楽しくお料理が出来そうに無いですから――。ですから、先輩に寮は潰させません。受けてくださいな。食戟を……」

 

「ちっ、後悔するぞ。てめぇ」

 

 わたくしはただ自分のために守りたいのです。皆さんと過ごしたあの場所を……。

 何としても……。絶対にこの方に勝利して――。

 

 

「テーマ食材は鹿児島産の薩摩地鶏だ。脂肪分が少なく適度な歯ごたえが特徴で旨味は抜群……。――って聞いてんのか!? てめぇ何してんだ!」

 

「もちろん聞いております。一応、食材のチェックしているのです。叡山先輩がインチキをされているかもしれないじゃないですか。火薬を混ぜて腕を吹き飛ばされるとか」

 

「てめぇは、俺を何だと思ってるんだ! まぁいい。気の済むようにしろ。どうせ無駄だけどな……」

 

 叡山先輩は勝つために手段を選ばないタイプの方です。食材に細工くらいされる可能性は十分に考えられるでしょう。

 

 ――どうやら、大丈夫ですね。審査員を買収する作戦一本で来られるみたいです。

 

「叡山こっらぁ~!」

 

「何しに来やがった竜胆てめぇ!」

「竜胆先輩だろうが~! 礼儀正しくしろ!」

 

 竜胆先輩が叡山先輩をヘッドロックされております。

 久我先輩もですが、彼もまた竜胆先輩には頭が上がらないみたいです。

 

「おいおい、ソアラちゃん。見かけによらず、無茶するなー、お前は。今からでもあたしのところに来ても良いんだぜ」

 

「お気遣いありがとうございます。しかし、わたくしにも譲れないことがありますので」

 

 竜胆先輩はまだわたくしの事を気にかけてくれております。

 力いっぱい抱きしめながら、頭を撫でておられる彼女のことは好きですが、薊さんの思想には賛同しかねます。

 

「そっかぁ。んじゃ、頑張れ。こっちは薙切薊の改革で学内のいろんなことが変わったから十傑メンバーは書類作成と公務で大忙し。ずっと働きづめなんだよ。――ま、全部司に押し付けてきたけどな」

 

「それは、なんとまぁ。司先輩の心労お察ししますわ」

 

 竜胆先輩のツヤツヤした顔を見ていますと、司先輩がやつれていらっしゃる様子が想像できますね……。

 

 

「ははは! 先日の食戟を見てまだ挑んでくる輩がいるとは思わなんだ。余程のうつけ者に違いない」

 

「叡山殿の料理だけ味わって帰るとしますかな」

 

「ご自由に。今日も判定よろしく頼むぜ」

 

 審査員の方々はわたくしにも聞こえるように堂々と八百長のことを語られます。

 少しは隠す努力くらいされたほうがよろしいかと思うのですが……。これが見せしめというモノなのでしょうか……。

 

「残念だったな叡山よぉ。あの見せしめの本当の目的は幸平創愛の鼻っ柱をへし折る事だったんだろ? なのにソアラちゃんは折れるどころか向かってきやがった。ま、気に病むなよ。それだけあいつが骨のある女だったってことだ。あれは怒らせると1番怖いタイプだぜ」

 

「準備は? ――よし。では指示した通りに動け」

 

 竜胆先輩が叡山先輩に何やら申し上げておりますが、彼は携帯電話を片手にどこかに電話しています。

 もうすぐ試合開始なのですが……。

 

 

「ところで言い忘れてたが今極星寮に俺の部下達が向かっている」

 

「ふぇ~。何か用事でもあるのでしょうか?」

 

「寮の退去、10日後だと伝えてたっけ? ちぃ~と予定が早まっちまったんだ。非常に気の毒なんだが極星寮の強制退去、本日これから謹んで執り行う。――さぁて食戟だ。調理時間は3時間。この勝負が終わる頃には寮はカラッポだァ」

 

「…………」

 

 叡山先輩は極星寮の強制退去を実行されたと語ります。

 どこまでもわたくしの精神に揺さぶりをかけたいみたいですね。

 皆さんがそう簡単にやられるとは思いませんが……。やはり心配性な性格が邪魔をして顔に出てしまいそうになります。

 

「50人の兵隊を用意した。1時間後には強制退去は終了する。お前を待ってるのはお友達みんなの絶望した顔だ。いい試合にしようぜ~」

 

 叡山先輩は勝ち誇った顔をされています。わたくしは黙っていつものように髪を縛り――深呼吸します。

 わたくしに足りないものは勝利への渇望、執着、そして絶対的な自信です。

 

 “秋の選抜”の準決勝で、わたくしは禁忌を犯しました。父の技術を借りて自分の料理を作らなかった。

 もうそれは二度としたくない。でも、せめて弱いわたくしにその折れない精神力だけでも貸してください――。

 

「だんまりか? 何か言えや、幸平〜!」

 

「――つべこべ言ってねぇでさ。さっさと包丁握れよ。それとも、俺が教えてやろうか? お前に包丁の握り方を。叡山――!!」

 

 わたくしは真正面から叡山先輩を睨みつけます。

 攻めて、攻めて、苛烈に勝利を掴むその精神を今この時だけ――わたくしにください!

 

「ああん!? てめぇ、何言ってやがる!」

 

「くはっ、なんだソアラちゃん。そりゃあ、何の冗談だ?」

 

「悪ぃな。竜胆ちゃん。ちっとだけ、我慢してくれや。俺がこいつをぶっ潰すまでな」

 

 父は勝負に負けることが大嫌いな方でした。料理だけでなく、スポーツやテレビゲームでも。

 ですから、そんな父の姿をわたくしは再び模倣してみたのです。

 

「“秋の選抜”の準決勝で美作を破ったやつか。知ってるぜ。自分の持てる技術以上のことが出来るらしいが、調理後に倒れる欠陥技なんだろ? 審査もされねぇのにそんな技を使うなんて、壮絶な自爆技だな」

 

「持てる技術以上? いいや、違うね。お前なんざ、この俺の――この幸平創愛の力だけで十分だ。調理では誰の真似もしねぇ。ただ、勝たなきゃならねぇんだ! だから、俺が借りるのは勝負に絶対に勝つっていう闘争心だけだ!」 

 

 しかし、模倣するのはあくまでもその精神のみ――作り出す皿はわたくしの品です。

 これはわたくしが初めて挑戦する“攻めの料理”――!!

 

「自己暗示ってやつか。確かにいつもの怯えたような顔はしてないみたいだな。だが、笑えるぜ、そんなもんで覆る状況じゃねぇってのに。んで、何を作るんだ?」

 

「ん? “鶏の唐揚げ”だ」

 

「はっはっは! 鶏の唐揚げなんて、小学生でも思いつく浅はかなメニューだ」

「高級食材の無駄遣いですな」

「逆に斬新といえば、斬新」

 

 鶏の唐揚げを作ると申し上げたわたくしを審査員の方々は嘲り笑います。

 しかし、関係ありません。これが今のわたくしに出来る最も勝てる料理だからです。

 

「んじゃ、おっ始めようかね」

 

「おう、ソアラちゃん。頑張れよ」

 

「ああ、愛してるぜ。竜胆ちゃん!」

 

「――っ!? 参ったな、叡山。後輩から告白されちまったぜ」

「うっせぇ! どっか行け。竜胆!」

 

 わたくしが調理を始めても叡山先輩は品を作ろうと致しません。

 土俵に上がってもらうには、もうひと押し必要みたいですね……。

 

 

「なぁ、幸平。もう、よそうや? 英雄気取りで食戟挑んだ結果がこれだ! 認めろや! もう料理する気力はぽっきり折れてんだろ!?」

 

「…………」

 

「おい! 首尾はどうだ? ああん!? 強制退去が終わらねぇって、どういうことだ! こらぁっ!」

 

 叡山先輩は煽られたり、電話で寮の退去が上手くいかないことに対して苛ついてみたり忙しく表情を変えております。

 

 いい加減にこちらを向いて欲しいところですが……。

 

「おい、叡山。てめぇってなんか外側から外側から仕掛けてくるのが好きみてぇだけどよぉ。そっちこそ、認めろや。俺に何か言いてぇなら、皿で語るしかねぇってな!」

 

「――ちっ、わかったよ。幸平……。お前を折るには結局料理しかねぇってことか」

 

「やっとその気になってくれたか! 俺は折れねぇけどなぁ!」

 

 叡山先輩はメガネを外してようやく覇気を剥き出しにして皿を作られる気になってくださいました。

 これで、彼を勝負の場所に引きずり込めましたね……。これなら――。

 

「おお! 叡山殿の本気の料理が味わえるのか!」

「はは! 茶番に付き合った甲斐がありましたな!」

 

「……よし。メニューは決まった。薩摩地鶏のうまさを余さず生かす珠玉の一品を出してやる。てめぇも味わえや幸平。少しは俺との格の差を理解できるだろうぜ」

 

 叡山先輩はおもむろに薩摩地鶏を取り出して調理を開始しました。

 

「おお! まるまる一羽を鍋に!」

「なんと豪快な!」

 

「このままおよそ30分放置だ」

 

「余熱を利用し鳥の内部にじんわり熱を入れる。この過程によって薩摩地鶏本来の柔らかさを損なうことなくしっとりした極上の口当たりが生まれるわけだ」

 

 彼は自信たっぷりに自分の調理の講釈を述べます。

 火の入れ加減の見極めが丸鶏を扱う上で問われるポイントですね。

 

 加熱の間に鶏皮を炒めて脂をじっくり出し、さらにそのさらりとした繊細なコクを持つ脂でにんにく・しょうが・生米を炒めています。

 

「ふーん……」

 

「何見てやがんだ? 幸平」

 

「いや~なんつーかよぉ。叡山って思ったより料理出来るじゃねぇかと思ってさ。やるじゃん」

 

「てめぇ、自己暗示かけた途端、遠慮なくなってきてんな!」

 

 叡山先輩は料理人というより、商売人という感じでしたので彼が丁寧に調理されている光景は少しだけ意外でした。

 

「ははは! やっぱソアラちゃんって最高だな! ま、気持ちは分かるぜ。叡山って見た目ただのインテリヤクザだもんな」

 

「そうそう。何か金稼ぎして十傑になったって聞いてたからよぉ」

 

「けどな。こいつこう見えて意外とやるぞ。もしコンサル業にのめり込まなかったら現十傑メンバーの何人かは奴に食われてたかもしれねぇぞ」

 

「でも、のめり込んじまったんだろ? 才能はあったのに」

 

「まっ、そうとも言う。痛いとこつくなー、お前」

 

 料理人になるだけが人生ではないですし、経営コンサルタントが立派な職業だということは存じています。

 しかし、調理の世界に殉じて来た人間と彼とでは明らかに練度は違いました。

 もちろん。才能の差はありますが、実力が拮抗していますとその練度の差は如実に現れます。

 

 彼はスープ作業と並行して炒めておいた生米を地鶏特有の澄み切った上質な旨味が出た茹で汁でジャスミンライスを炊くみたいですね。

 

「経営者としては失格だが今日に限っては採算は度外視だ。料理は戦略が全て! 勝算もなくプランナッシングで俺に食戟を挑んだこと後悔しながら遠月から消えろ!」

 

「戦略なんて言えるものはもちろんねぇけどよぉ。こちとら、なんの勝算もなく挑んだわけじゃないぜ。この食戟でてめぇに見せときたいものがあったからな。審査員のお前らもそのつもりで待ってろ」

 

 さて、審査員の方にも審査の土俵に上がってもらいましょう。

 今日は攻めの調理です。鶏の唐揚げでもただの唐揚げではありません。

 わたくしは最近教えてもらった技術と記憶に残っている父の技術を再構築させ、集中力を高めます。

 

 さぁ、魅せますよ――!

 

「なっ――! なんだ、この娘の動きは!? この怒涛のマグマのように苛烈な鍋振りは――まるで遠月十傑の第八席……、久我照紀のようだ! いや、それ以上に迫力が!?」

 

「鶏のから揚げと言っていたが、彼、いや彼女が使っているのは大量の唐辛子――四川料理だ! 間違いない! 四川料理を作ろうとしている!」

 

 そう、久我先輩との食戟の約束を無しにしてもらったわたくしですが、彼はそれが不服だったらしく何か頼みを一つ聞くと仰ってくれました。

 

 ですから、わたくしは彼から四川料理についての講義を所望しました。久我先輩は教え方が学園の生徒とは思えないほど上手でわたくしは記憶に残っていた父の中華料理の調理技術の意味を知り、それを自分の体に染み込ませることに成功しました――。

 

「けっ! てめぇに負けた久我如きの猿真似で俺に対抗するつもりか!」

 

「真似じゃねぇよ。まー、あいつにゃ、色々と教えてもらったからさ。このとおり、中華料理の技術も相当レベルアップしたんだぜ!」

 

 久我先輩には確かに教わりましたが、きちんと自分の技術として微調整をして体に覚えさせています。

 彼との出会いはわたくしを今までよりも高いところへ連れて行ってくれました。

 

「手羽先肉の唐揚げとネギを中華鍋に入れて、唐辛子をまだ入れるのか! どれだけ入れるんだ!?」

 

「さらに花椒と数種類の香辛料を手で摘んで炒めながら入れている。何という芳醇な香りだ――あんな華奢な少女がダイナミックでこれほど魅せつける調理をするとは!?」

 

 叡山先輩ばかりご覧になっておられた、審査員の方々はこちらの方を凝視されるようになりました。

 さらに香辛料の魅力を引き出して嗅覚を刺激し、食欲も引き出します。この品が食べたくて仕方なくなるように――。

 

「やるじゃん。ソアラちゃん。あいつら叡山の手先みてぇな奴らなのに」

 

「ふーん。竜胆ちゃんも食べるかい?」

 

「もちろん。なんか、年下からちゃん付けされんのも悪くないなぁ。叡山! 今度からあたしを竜胆ちゃんって呼んでもいいぜ!」

 

「誰が呼ぶか! ――完成だ。さ、茶番に突き合わせた礼だ。食ってくれ。幸平、お前の分だ」

 

「おおお……! なるほどこう来たか! 海南鶏飯(ハイナンジーファン)だ!」

 

 竜胆先輩と雑談していると、いつの間にか叡山先輩の調理が完了しておりました。

 彼のメニューは海南鶏飯――茹で鶏と、その茹で汁で調理した米飯を共に皿へ盛り付けた米料理です。

 わたくしもひと口食してみます。

 

「「――っ!?」」

 

「繊細かつ怒涛の旨味……!」

 

「完璧に茹でられた実の柔らかさ……!」

 

「いつまでも後を引く極上の風味……!」

 

「今回は三種類のソースを用意した。唐辛子に地鶏の茹で汁を合わせたチリソース、生姜に鶏油を加えたジンジャーソース、それとタイ料理には欠かせない醤油の一種、シーユーダム」

 

 叡山先輩の海南鶏飯は素材の良さを活かし、丁寧に調理された品でした。

 彼は確かに素晴らしい料理人です。これを超える品を出さなくてはならないということですね……。

 

「どれどれ?」

 

「あはっ――やるじゃん。さすが錬金術師の仕事だな」

 

 竜胆先輩も彼の品を褒めています。それは薩摩地鶏というお題に対して、彼の品の完成度が高いことを指し示しておりました。

 

 そして、程なくしてわたくしの品も完成します。最後に上手く香りを漂わせることに成功しましたので、彼らは視線をこちらから逸らすことができないみたいでした。

 

「さて、あとは幸平創愛の皿だが……。四川料理、そして、あのダイナミックな調理……、いささか興味が……」

 

「遠慮しねぇでいいんだぜ。お前らだって、食うなとまでは言われてねぇだろ?」

 

 わたくしは皿に完成した品を盛り付けて、審査員の方々の前に出します。

 

「こ、この盛り付けられた大量の唐辛子……、まさか辣子鶏(ラーズーチー)を作ったのか!?」

 

「辣子鶏……。もともと四川省の重慶が発祥の人気メニュー。四川省ではどこのお店でもだいたい麻婆豆腐などと同じような感覚で食べられている。唐辛子と花椒を炒めたものに、小さく切った“骨付きの鶏の唐揚げ”が埋もれている料理だが、あの娘は手羽先を使っていたな……。一体、どのような……。ゴクリ……」

 

 審査員の方々はわたくしが作った品が何なのか理解されたようでした。

 これは久我先輩から教えてもらった四川料理の中でポピュラーな料理の内の一つです。

 ただ、クセが強く日本人には好き嫌いが分かれるので彼は学園祭では出さなかったと仰っていました。

 

 しかし、この品は自由度が高いので大きな可能性を秘めているとわたくしは直感したのです。だから、わたくしは今回この品を作りました。

 攻めの料理で勝利を手繰り寄せるために――。

 

「おい、もういいだろ。さっさと審査を――」

 

「そんな事言わずに。別にいいじゃねぇか。そういや、久我の奴が言ってたぜ。叡山なんて金儲けだけだから、俺の四川料理にゃ手も足もでねぇって。そっか、もしかして叡山、てめぇはビビってんのか? 久我の四川料理とか、俺の作った料理に」

 

「……あぁ!? 久我にビビってるだとぉ!」

 

 久我先輩と叡山先輩――というより、2年生の十傑は仲があまりよろしくないと聞きました。

 ですから、わたくしは敢えて久我先輩の名前を出したのです。彼を挑発するために――。

 はしたないですが、彼にわたくしの品を召し上がって貰うためには仕方ありません。

 

「ビビってねーんだったら俺の料理食ってみるか? 俺にこんな事言われてんのに食わないで帰るなんて先輩として情けねぇと思わねぇのか?」

 

「て、てめぇ!」

「お! 食う気になってくれたか。よかった、よかった。お前が食わねぇと審査員も食い辛いみてぇだったからよぉ」

 

 加えて煽ったことが効いてくれたのか、彼はようやく召し上がる気持ちになってくれました。

 彼が食べれば審査員の方々も召し上がりやすい雰囲気になるでしょう。

 

「俺の作った料理はそっちのオッサンが言ったとおり辣子鶏だ。四川料理の中じゃ特にルールが決まってねぇ自由度の高い料理だから、俺なりに作ってみた。唐辛子の中から鶏肉やネギを探し当てて食べるのが楽しい料理なんだけどさ。探しやすいようにしてやったぜ」

 

「定食屋の娘ごときが、ちょっと久我のやつに学んだ程度で――。――っ!?」

 

「「…………」」

 

 叡山先輩はわたくしの作った辣子鶏を召し上がると、何ともいえない凄い表情をされて、顔を真っ赤にされてプルプルと震え出しました。

 

 こ、これは何の顔ですの――?

 

「おいおい、叡山てめぇ! なんて面してやがんだ? にらめっこで勝負してんじゃないんだぜ? もしかして、俺の品が美味ぇって思ってんじゃねぇの?」

 

「…………くっ!」

 

「ほら、ご覧のとおりだ! 叡山は美味いって分かりやすく顔で教えてくれたんだ。奥ゆかしいよなぁ! てめぇらに声かけれなくても、こうやって伝えてくれんだからよぉ。さぁ、遠慮する必要はなくなった! 食ってくれ!」

 

 叡山先輩が屈辱に打ち震えるような表情を審査員の方々にも晒されたので、わたくしはこの勢いに乗って彼らに辣子鶏を食べるように促しました。

 

「そ、そうだな。判定は食べた後でもできるし……」

「もう結果は決まってるからな……。あれを見ちゃうと、どうも……」

「う、うむ……」

 

「「――っ!?」」

 

 審査員の方々は一斉にわたくしの品を召し上がります。

 これは、今のわたくしが作ることが出来る最も自信がある品です。この皿の力で勝利をこの手に引き寄せます。

 

「か、辛いが……、包み込むように優しい辛さだ。そして、その後に鶏の旨味が倍増されて舌の中で弾ける!」

「は、箸が止まらん! 唐辛子という洞窟の中をまるで宝物を探すように鶏肉を求めて彷徨ってしまう! 一度、この旨味を知ったらもう離れられない! 魅惑の旨味!」

「く、悔しい、でも……、もう一口食べてしまう!」

 

 審査員の方々は夢中になって唐辛子の中から唐揚げを探し出して食しております。

 辣子鶏の醍醐味を楽しんでくれていますね……。

 

「あたしも早速、へぇ……、まさか辣子鶏を作るとはなぁ。久我のとはかなり違うな……。どれ……、はむっ……」

 

 そして、竜胆先輩もわたくしの辣子鶏を口に入れてくれます。

 彼女の口には合うでしょうか……。

 

「んっ……、んんっ……! ソアラちゃん、やっぱあたしの目に狂いはなかったわ。こりゃ、叡山の手には負えねぇ……。だから、味方にしたかったんだけどな」

 

 彼女は悪戯っぽく微笑んでわたくしを褒めてくださいます。

 よく考えますと彼女って叡山先輩側の方なのですよね? どうもそんな感じがしないのですよね……。

 

「しかし、不思議だ。辣子鶏はあまりに辛くて日本人には合わない人も多いのに。これは驚くほど食べやすい。それに本場では手羽先ではなく、肉をもっと小さく切るのに……」

 

 そう、最初にこの品を作ったときはまさに失敗作と言っても良い出来でした。

 さらに改良を重ねて、先日の宴会のときにえりなさんに出しますと、かなり酷評をされてしまいました。

 

 そして、その後――。

 

「この辣子鶏はこの前、極星寮の宴会で出したんですけど。辛味がどうしても強かったり、酸味が足りなかったり、食べ辛かったりしたのです。でも、みんなと話す内にドンドン品が変化しちゃって……、ケチャップを使ったらという発想が出て、温まったトマトの甘みと酸味で辛さをマイルドにすることが出来て、手羽先を使ってみようって話に発展しまして……」

 

「中華料理にケチャップ? そんな発想を君が? というか、君、さっきまでと随分感じが違うな……」

 

「いえいえ、わたくしだけじゃとてもとても……。先程も申し上げましたように、極星寮の皆さんと一緒に思いつきましたの。個性とは、ぶつかり合ってこそ伸びるものです。正解が1つしかないっていう思想では、到底この品には辿り着けませんでした。ですから、考え直してみて頂けませんか? このままだと、この学園の食文化は間違いなく衰退します! それでも、よろしいのでしょうか?」

 

「「か、可憐だ……」」

 

 えりなさんのご意見も非常に参考になりましたが、恵さんたちの個性的な発想も取り入れることで、この品は美味しくなったり、不味くなったりを繰り返しました。

 それを乗り越えて、今日――この瞬間にわたくしの辣子鶏は完成しました。

 

 個性がぶつかり合って、さらにわたくしが自分なりの答えを勇気を持ってこの品に込めることで既成概念を破壊して、新しい美味を生み出したのです。

 

 薙切薊さんのやり方では決してこの品は完成することはなかったでしょう。

 審査員の方々にはそれを知って頂きたかったのです――。

 

「ゆ、幸平〜! てめぇ〜〜!」

 

 モニターにはわたくしの勝利が映し出され、叡山先輩は尻もちをついて怯えたような表情でわたくしをご覧になっておりました。

 

 彼の自尊心を結果的に踏み躙ってしまったことは非常に申し訳ないと思っています。

 しかし、わたくしもこの戦いだけは譲れなかったのです――。

 

「お粗末様ですの!」

 

 髪の結び目を解いて、わたくしはようやく、ひと息つけました。

 よく考えますと叡山先輩が挑発に乗りやすい性格でなかったら本当に自殺行為でしたね……。

 

 そう考えると今さらですが震えが止まらなくなり、足元がふらついてしまいました。

 自己暗示をかけずとも、もう少しくらい精神的にタフになりたいです――。

 




攻めの料理を作るために精神だけ城一郎を模したソアラの新しいモード(修羅モード)を作ってみました。
理由は叡山先輩は煽られてナンボのキャラクターだからです。
というか、キャラ的に普段の毒気と覇気のないソアラのまんまじゃ今回のピンチは乗り越えられなかったと思うんです。
あと、個人的に俺っ娘ソアラが気に入っているのもあります。
展開がご都合主義だったり、料理が分かりにくいのは許してちょーだい!

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