【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら   作:ルピーの指輪

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才波城一郎の娘

「た、ただいま……、ですの……」

 

「この馬鹿ソアラ!」

 

「い、痛っ! よ、吉野さん。心配おかけしました……」

 

 極星寮に戻るなりわたくしは吉野さんに全力でフライングクロスチョップをされました。

 いきなりのプロレス技はさすがに躱せません。どうやら、皆さんに多大なご心配をおかけしたみたいです。

 

「でも、本当に良かった〜。ありがとう。ソアラ……。無茶言ってごめん。ずっと後悔してたんだ」

 

「ほら、涙を拭いてくださいな。可愛いお顔が台無しになってしまいますよ」

 

「あんたはそんなことばっかり……、ずびび……」

「そ、それはちょっと……」

 

 涙ぐむ吉野さんにハンカチを渡すと、彼女は鼻をかみます。

 それはご遠慮願いたかったのですが……。

 

「ソアラさん、おかえり」

 

「ええ、“おかえり”と言ってもらえる場所が残っていてくれて良かったですわ。皆様もお疲れ様です」

 

 ヘルメットを被り、顔を埃だらけにされた恵さんが「おかえり」と仰ってくれます。

 緋沙子さんも含めて皆さんはこの寮を守るために尽力されていたのでしょう。ひと目見ただけでそれはしっかりと感じ取れました。

 

 

「しっかし、幸平すげーな。第九席に食戟で圧勝ってよ」

「てことは、第十席の薙切ちゃんにも勝てる可能性も?」

 

「まだ、ソアラには負けません。それより誰が薙切ちゃんですか!」

 

「えっ? 吉野のえりなっちは受け入れたのに……?」

「ちゃんは駄目よ! 何か威厳が感じられないもの」

 

 佐藤さんと青木さんはわたくしが十傑の叡山先輩を食戟で下したことに対して言及されます。

 今ならえりなさんに勝てるかもしれないと……。

 

「えりなさんには、まだ勝てる気はしませんね。叡山先輩も八百長をご自分で仕掛けたが故に油断してましたから。きちんと勝負した場合は勝てるかどうか……」

 

 しかし、えりなさんにはまだ及ばないと考えています。

 彼女の超人的な味覚に及ぶ武器はわたくしにはまだありませんから――。

 叡山先輩に関しては完全に彼の油断が足を引っ張っておりました。なんせ、鶏肉を使ったお題は完全にわたくしが決めたものなのです。

 本気の彼と食戟をしていたら、どうなっていたかわかりません。

 

「ふーん。二人とも()()って言っているってことはいつか勝負するの?」

 

「そ、それは……」

「良いですね。いつかえりなさんと食戟をしてみたいです。もっと力を付けて」

「そ、そうね。私もいつかあなたと……」

 

「「…………」」

 

 わたくしはえりなさんの手を握り、彼女の目を見つめました。

 えりなさんもわたくしの挑戦を受けると言ってくれたのでいつかは実現させたいです。

 

「そ、ソアラさん、これ美味しいよ」

「えりな様! お飲み物を持ってきました!」

 

「あ、ありがとうございます。恵さん」

「い、頂くわ。ありがとう」

 

 しばらくお互いに見つめ合っていると、なぜか焦ったような表情をされた恵さんと緋沙子さんが食べ物や飲み物を持ってきてくださいました。

 

「そういえば、潰されそうになっている他のゼミや研究会は今どうなっているのでしょう?」

「依然大ピンチに変わりないね。だけどソアラちゃんのおかげで少しだけ好転したよ」

 

「い、一色先輩!?」

 

「今までどこ行ってたんですか!?」

 

 ふと、わたくしが疑問を口にすると、後ろから行方をくらませておられた一色先輩がひょっこり現れて事態の好転を伝えられました。

 

「すまないみんな。仮にも僕は十傑メンバーだからね。不用意に寮の為に動けば薊政権から今以上の圧力をかけられる恐れがあったんだ」

 

「ていうか一色先輩、裏切ったのかと思ってたよ……」

 

「えー! そんなわけないじゃないか! 僕がどれだけ極星寮を愛しているか君たちはわかってくれてなかったのかい!?」

 

 吉野さんが一色先輩が裏切ったと口にされると、彼は涙目になってオロオロしだしました。

 彼女も本気で言っているわけではないのですが……。

 

「一色先輩が寮を愛していらっしゃるのは、皆さんご存知ですよ。――それで、好転されたというのは?」

 

「今日の食戟の結果を受けて薊政権は新たな声明を出したよ。セントラルは研究会やゼミの解体撤回を賭けた食戟を今後、全て受けるそうだ。勿論中立の審査員を立て公正を喫した上でね」

 

「まだ学園全体がセントラルの支配下にあることは変わらないけど叡山くんが進めてきた八百長策は打ち砕かれた。ソアラちゃんの功績さ。君が食戟を生き返らせたんだ! ありがとうソアラちゃん。僕らの家を救ってくれて」

 

「お礼なんて水臭いですよ。この寮はわたくしにとっても大事な場所なのですから」

 

 どうやら事態の好転というのは、食戟がきちんと公平に審査されるようになったことと、セントラル側が解体されてしまうゼミや研究会からの食戟を全て受けることになったことらしいです。

 一色先輩はまさかそのために――。

 

「じゃあ堅苦しい話はこれくらいにして――今宵は心行くまで楽しもう!」

 

「な、何~!? 裸エプロン!?」

 

「裸で、エプロン! なんて下劣なの!?」

「見ちゃ駄目です! 駄目ですよ~、えりな様!」

 

 食戟が復活したことに思いを馳せていると、一色先輩は勝負服に着替えて、宴の支度を始めました。

 にくみさんや美代子さん、それにタクミさんやイサミさんもこちらに心配して駆けつけて下さってます。

 皆さんと楽しいひと時をまた過ごせることはとても幸せなことです。

 

 

「おい、ソアラ! 一体どうなっている! この寮の連中は……! は、裸エプロンを平然と受け入れるなんて……」

 

「いや、わたくしも驚きました。最初に見たときは――」

 

「当たり前だ!」

 

 えりなさんと緋沙子さんは一色先輩のエプロン姿に驚いているみたいです。

 そういえば、にくみさんたちも最初は驚いていましたね……。

 

「一色先輩の下着が盗まれたのでは、と。でも、ご安心してください。先輩は下着ドロボーにあっておりません。あれは、彼の勝負服なのです!」

 

「もういい! 貴様の話を聞いた私が馬鹿だった!」

「ふぇっ!?」

 

 下着ドロボーなど居ないという話をすると、緋沙子さんはプンスカ怒り出してそっぽを向いてしまいます。

 わ、わたくし、何か馬鹿なこと申しましたでしょうか……。

 

「やっぱり不思議ね。この寮……」

「まったくですよ! 不思議と言うより変ですよ! ソアラ、貴様も自分が変だと自覚しろ!」

「そ、そんな〜。わたくし、変ですか?」

 

 えりなさんは不思議と仰って、緋沙子さんは変だと仰る極星寮。

 確かに個性的な方は多いですが……。良い方ばかりですし。私は決して変ではないですし……。

 

「緋沙子とソアラは洗濯機の使い方は知ってた?」

「えっ? はい、まぁ普通に」

「小さな頃から……、洗濯くらいはしてましたから……」

 

 えりなさんは突然、洗濯機の話をされます。母が亡くなってから、家事は一通りしておりましたので、というより誰でも扱えるのでは――?

 

「そう。あんなボタンだらけの機械を扱えるなんてすごいのね」

 

「「はい……?」」

 

 ああ、えりなさんは本物のお嬢様だということを忘れておりました。

 こういう所も含めて愛おしくて仕方がありません。

 しかし、彼女が外の世界に出るとなると些か不安ではありますね……。

 

「ま、まぁ洗濯機のことはいいのよ! 要は私が今まで知らなかったことやいろんな不可思議がこの寮には沢山あったということなの!」

 

 えりなさんは今の発言が恥ずかしかったのか、少しだけ頬を赤く染めます。

 

「本当に不思議な人達、そんな彼らの中心にいるのはソアラ、あなたなのよ。寮が襲撃を受けた時、あなたなら奇跡を起こしてくれるとみんな心のどこかで信じてるみたいだった」

 

「それは、何とも……、照れますね……。しかし、聞いてなくて良かったです。死ぬほどのプレッシャーに押し潰される所でしたわ……」

 

 今日は書き置きを残して出て行きましたが、皆さんはわたくしのことを信じてくれていたみたいです。

 そう想ってもらえただけで、とても嬉しいです。

 

「シャキッとしろ! というか、そんな弱腰のクセにあの立ち回りはなんだ!?」

 

「そしてあなたもだわ。緋沙子。あなたもソアラが何かやってくれることを知ってたかのような……、あの表情はなぜ?」

 

「わ、私ですか? え、えりな様こそソアラなら大丈夫だと独り言を呟いていませんでしたか?」

 

「あ、あれはその、こんなところで負けるなんて許されないからです。約束も果たしてないのですから」

 

 それに加えて、えりなさんも緋沙子さんもわたくしを信じて応援してくれていたみたいですので、わたくしは胸がいっぱいになってしまいました。

 

「えりなさん……、信じてくれてありがとうございます」

 

「う、うん……」

 

 えりなさんを抱き締めてお礼を申しますと、彼女は小さく返事をされました。

 何やらいつもと様子が違いますわね……。

 

「え、えりな様のあのようなお顔を初めて見たような。まるで、恋を――、いや、止めよう……」

 

「緋沙子さんもありがとうございます。心配をおかけしました」

 

「し、心配などしてない! 貴様は不思議でデタラメなパワーがあるからな。薊殿から遠月を救うのは、あるいは貴様のような奴かもしれん」

 

 今度は緋沙子さんを抱き締めると、彼女はいつも通りな感じで返事をされます。

 しかし、薊さんに対抗出来るというのは――。

 

「……それは買いかぶりですよ。ですよね? えりなさん」

 

「…………」

 

 過分な期待の言葉をかけられて、困ったわたくしはえりなさんに話しかけます。

 しかし、えりなさんは顔を赤くされたままボーッとしておりました。

 

「えりなさん?」

 

「……はっ! そ、ソアラ? な、何かしら?」

 

「い、いえ。大したことではありませんの……」

 

 彼女がお話を聞かれておりませんでしたので、わたくしはこの会話を止めました。

 そして、お料理の話を始めました――。今日も皆さん自信作を持ち寄って来られてますね……。

 

 

 しばらくして、極星寮の玄関のドアをノックする音が聞こえました。

 夜もかなり更けているのですが、どなたでしょう……。

 

「おや、誰ですかね? このような時間に……? ちょっと出てきます。――っ!? あ、あなたは――新総帥、薙切薊さん……」

 

 来客は薙切薊さん――えりなさんのお父様でした。

 彼女を取り戻しに来られたのでしょうか?

 

「やぁ幸平創愛さん。たまたま近くまで来たんでね」

 

「たまたまですか……」

 

「お、お父……、様……」

 

 えりなさんは父親の薊さんの顔を見るなり引きつったような表情になりました。

 彼女にとって父親は畏怖の対象なのでしょう。余程、幼少期にトラウマを植え付けられているみたいですね……。

 

「新総帥殿。何の御用でしょうか?」

 

「私の娘に会いに来た、では不足かな?」

 

「みんなで楽しいひと時を過ごしてる最中です。お引き取り願えますか?」

 

 一色先輩は毅然された態度で薊さんに帰って貰うように告げました。

 やはり、彼が居ると安心感が違います。

 

「えりな。こっちへおいで」

 

「騒がしいと思ったら。突然学園に戻ってきて好き勝手にやりたい放題。まったくあんたにはほとほと呆れるよ。()()

 

 それでも、帰ろうとせずにえりなさんを呼ぶ薊さんの前に今度はふみ緒さんが現れて彼に声をかけました。

 今、薙切薊さんを中村さんと呼びましたか……?

 

「嫌だなふみ緒さん。今は薙切で通してるのに。それにかつての寮生が来たのに冷たいですね」

 

「まさか……」

「極星寮OB!?」

 

 驚いたことに薊さんは極星寮のOBみたいです。

 極星寮に居られたのに、この方は――。

 

「あなたの事を少し調べさせてもらいましたよ。――中村薊。高等部1年の時には十傑第三席を勝ち取り、翌年には第一席の座に就いた。数年後薙切家の令嬢と結婚。これをもって食の魔王の一族という称号まで手に入れ誰もが認める料理界のトップスターとなった――仙座衛門殿に追放されるまでは」

 

「元第一席……?」

「今の僕たちくらいの時期にはもう十傑第三席に……」

 

「いや、それ以上に聞き捨てならないのは、あの男は昔住んでいたこの寮を平気で潰そうとしたことだ……」

 

 薊さんは若くして十傑に入るほど才能が豊かな方みたいです。

 しかし、タクミさんが仰るように自分が住んでいた寮を潰そうとしたことが信じられません。

 

「別に潰そうとしたわけではない。潰そうとした団体に極星寮も混じってただけだ」

 

「何にしてももうここはあんたの来ていい場所じゃない。帰りな、中村……!」

 

「――いいでしょう。またね、えりな。元気な顔が見れてよかったよ。――えりなはそのうち自ら僕の元へ戻って来る。大変革の仕上げの時にね。もうしばらく自由にさせておくよ」

 

 えりなさんを必ず自分のところに戻すと意気込みを最後に語り、薊さんはふみ緒さんに促されて帰っていきました。

 渡すものですか……。えりなさんは絶対にあなたに渡しません……。

 

「それは、わたくしがさせませんわ」

 

「おや? わざわざそれを言いに?」

 

 帰ろうと歩いている薊さんに、どうしても我慢出来なかったわたくしはえりなさんは渡さないと伝えました。彼は足を止めてこちらを見ます。

 

「いえ、それと1つ疑問がありまして……。薊さんは何年もここに住んでいらしたのですよね? この場所に全く思い入れはないのでしょうか?」

 

「軽蔑されているのかな? 僕の求める世界はこの寮にはない。そう思っていた。ちょうどいい。君とも話がしたかったんだ。少し話さないか?」

 

「それは、構いませんが」

 

 薊さんは何故かわたくしと話したかったと口にしてこちらに近付いてきました。

 どういうことでしょうか……。

 

「君は畏れ多くも“修羅”の名を継いでいると聞いた。それを聞いて許せなかったよ。その異名は僕が寮にいた極星黄金時代に尊敬していた先輩のものだ」

 

「“修羅”……? まさか……」

 

「破天荒であり繊細であり、まぎれもない天才だった。最高の思い出として僕の心を温め続けている料理人、才波城一郎! 青春の時、そこに彼はいた。そこいらの者とは遺伝子からして違うと思わせる技術とセンスが!」

 

「は、はぁ……」

 

 どうも、薊さんの尊敬というか憧れていた先輩はわたくしの父、城一郎のことみたいです。

 父のことを神様みたいに述べていて違和感がすごいのですが……。彼の表情が少しだけ怖いです……。

 

「叡山枝津也との食戟を見たよ。思わず自分の目を疑った。再びあの技術とセンスを見たときの感動が蘇って来たんだ。君を初めて見たときの直感に従っておけばよかった。まだ粗削りな部分はあるが、間違いない! 君は才波城一郎の娘だね!?」

 

「あ、はい。城一郎はわたくしの父ですが……。薊さんは父をご存知なのですね」

 

「やはり……!」

「そ、ソアラ……、が才波様の娘!?」

 

 叡山先輩との食戟をご覧になって薊さんはわたくしが才波城一郎の娘だということに気付いたみたいです。

 寮の扉が開いて皆さんが出てこられましたね……。

 えりなさんは今までに見たことがないくらい驚愕された表情をされていますが、何故でしょう?

 

「才波……?」

 

「ええ。ソアラのお父さんよ。遠月出身で元第二席なの」

 

「ソアラ姐さんのお父さんは十傑だったのかい?」

 

「写真あるよ。前に寮に遊びに来た時のが」

 

 いつの間にかわたくしの父の話になっていて、吉野さんが写真を見せています。

 皆さんで父の写真をご覧になるのはちょっと恥ずかしいのですが……。

 

「どこからが偶然でどこまでが仕組まれたことなのか分からないが、えりなと共に僕は君が欲しい」

 

「え、ええっ……!?」

 

 そして、薊さんとは言うと興奮気味にわたくしに怖いことを仰ってきます。

 いや、何を言っているんですか……。

 

「君の才能は守るべきものだ! 僕が遠月学園に施した大変革、それは全て才波先輩を駄目にした腐った料理界への救済に他ならないのだから! 君を彼の二の舞にさせるわけにはいかない! その救済は間もなく完成する。僕はラッキーだ。才波城一郎の天才性を受け継いだ君を助けることが出来るのだから――」

 

「いえ、父は確かにダメ人間ですが、料理人としては全然ダメにはなっていません……」

 

 彼はわたくしの父が料理人として駄目になったと失礼なことを仰ります。

 そして、わたくしを守るとも……。何やらとんでもなく嫌な予感がします。

 

「それは、君がそう思い込んでるだけだよ。セントラルに来なさい。君が望むなら、そこの一色彗の第七席を与えてもいい。いや、第三席も空くな……。そちらでも……」

 

「何を仰っているのかわかりませんが、わたくしはセントラルの思想には承服しかねます。お引き取りください」

 

「今に分かるよ。君はその豊かな才能を必ず持て余すことになる――」

 

 薊さんはわたくしをセントラルに勧誘しますが、そんなこと出来るはずがありません。

 一度、断ると彼はしつこく勧誘することがなかったですが、彼は諦めていないみたいでした。

 

 

 それから、程なくして一色先輩と久我先輩、そして第三席の女木島先輩の十傑の席次が剥奪されました。

 セントラルが本格的に活動を開始したのです――。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「残党狩り、ですか?」

 

「解体撤回を求める団体と食戟することをセントラル側ではそう呼んでるらしい」

 

「執り行うのはセントラルの生徒らしいな」

 

「薊派の十傑は勿論十傑予備軍と呼べる実力者ばかりとか」

 

 丸井さんと伊武崎さんによれば、セントラルに抵抗する研究会やゼミなどの団体と食戟をすることを“残党狩り”と言っているらしいです。

 

「十傑予備軍ですか……」

 

「ソアラさん。俺たちはセントラルの奴らの食戟を見に行こうと思うのだが、君はどうする?」

 

「そうですわね。見ておく必要はあるかもしれないです。また、いつ先日のようなことがあるかもしれませんので」

 

 タクミさんとイサミさんはセントラルの方々が食戟をされるところをご覧になりに行くと仰ったので、わたくしも同行することにしました。

 

 この寮の危機は一先ず去ったと信じたいですが、また大切な人に悪いことがあればわたくしも再び食戟をするかもしれませんから――。

 

「わ、私も行く! 郷土料理研究会も食戟をすることになるだろうし」

 

「会場は3つに分けられているみたいだ」

 

「じゃあさ、みんなで手分けして行けばいいんじゃない?」

 

 わたくしたちは、三手に分かれることにして、A会場、B会場、C会場に向かうことにしました。

 わたくしと恵さんとタクミさんはC会場に向かうことになりました――。

 

 

「ソアラさん、行かないの?」

 

「ちょっと先に行っていてくださいな。すぐに追いつきますから」

 

 しかし、出発する寸前にわたくしはふと彼女のことが気になって、恵さんとタクミさんに先に行くように促します。

 どうせなら、彼女も外に誘ってみましょう。

 

 

「えりなさ〜ん。居りますか?」

 

「そ、ソアラ? 出かけるのではなかったの?」

 

「たまには、外の空気も吸ってはいかがですか?」

 

 わたくしは最近ずっと寮の中にいらっしゃるえりなさんに声をかけました。

 たまには外に出たほうが良いと思ったのです。

 

「え、ええ。その、私は……」

 

「あのう。わたくし、何かしましたか? 薊さんがこちらに来てから、えりなさん少し変ですわ」

 

「そ、そんなことないわよ……」

 

 あの夜から、えりなさんはわたくしを見ては難しい顔をされてため息をついたりします。

 それに正面から顔を見ると頬を赤らめて目を逸らしたりされます。

 

「そうですか。では、一緒に外に行きませんか? 気分転換になりますよ」

 

「そうね……。こうしていても落ち着かないし。あなたとなら……」

 

「えりなさん?」

 

「――っ!? 何でもない……」

 

 えりなさんの態度はやはり変でしたが、一緒に外に出ることは了承してくれました。

 彼女のことを守りながら動かねば――。

 

 

「ねぇ、ソアラ。この自転車という乗り物で行くの?」

 

「ええ、そうですが……。あっ!? えりなさん、自転車にお乗りになったことは……?」

 

 わたくしはえりなさんを寮の共用の自転車置き場に連れて行き、大事なことを思い出しました。

 よく考えますと、えりなさんって自転車にお乗りになったことがないのでは、と。

 

「むっ! ば、馬鹿にしないでください。確かに乗ったことはないけど、乗り方は知っているわ。こうやって、跨って……、キャッ……!」

 

「危ないです!」

 

 えりなさんはムッとした顔をされて自転車に跨ると、当たり前ですが転倒されそうになります。

 わたくしは慌てて彼女を受け止めました。

 

「あ、ありがとう。こ、こんなに難しい乗り物にみんな乗ってるの?」

 

「えりなさんは、わたくしの後ろに乗ってくださいな」

 

 そこでわたくしは二人乗りを提案します。彼女を後ろに乗せてわたくしが運ぶのです。

 

「えっ? こ、これって、前に漫画で読んだ。こ、恋人同士でする……?」

 

 彼女は顔を真っ赤にされて手を顔で覆うと、何やらブツブツと呟いておりました。

 最近、本当にこんなことが多いですね……。

 

「しっかり、掴まってください。スピードを出しますわ」

 

「あ、温かい。こうしてると本当にソアラと……。そして、ソアラは才波様の……」

 

 えりなさんの体温を感じながらわたくしは自転車のペダルに力を入れます。

 こうやって二人で外出するのは初めてかもしれません。ちょっとだけ楽しいです――。

 




薊は城一郎の才能を受け継いだソアラの姿を見て原作以上に執着しています。
えりなとソアラの自転車に二人乗りシチュエーションを書きたかっただけの話でした。あと、えりなの恋する乙女モードも……。

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