【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら   作:ルピーの指輪

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セントラルの始動

「あっ!? ソアラさん。良かった、追いついてくれて」

「後ろに乗っているのは薙切さん? どうしてそんなに真っ青な顔をしているんだ?」

 

「し、死ぬかと思ったわ……。なんて、スピードで走るのよ!」

 

 ちょうど会場に辿り着いたところで恵さんとタクミさんに追いつきました。

 あら、えりなさん青ざめていらっしゃいますね……。

 そこまで、スピードを出したつもりはなかったのですが……。彼女には刺激が強かったみたいです。

 

「す、すみません。お二人に追いつこうと思いまして、つい……。帰りはゆっくり行きますから」

 

「そ、そう。それなら良いけど……。よく考えたら怖かったけど、楽しかったし……」

 

 えりなさんから更にお叱りを受けると思ったのですが、彼女は頬を赤らめて目を逸し、楽しかったと仰ってくれました。

 楽しいと思ってくれたのでしたら良かったです。

 

「薙切さんのあの顔……、やっぱり……、薙切さんも……」

 

「とにかく、会場に行こう。そろそろ、始まっているはずだ」

 

 “残党狩り”とやらはもう既に始まろうとしています。

 こちらの会場ではどの研究会やゼミが食戟を繰り広げているのでしょう――。

 

 

「間に合いましたわ。どうやら、並行して2つの食戟が行われるみたいですね」

 

「今は第四席の茜ヶ久保先輩対ショコラ研究会」

「それに叡山先輩対洋食研究会か……」

 

「いずれも十傑……、ここで生き残るのは至難ね……」

「葉山さんやにくみさんは別の会場……? それとも……」

 

 食戟を繰り広げているセントラル側の生徒は二人とも十傑でした。

 遠月十傑、第四席の茜ヶ久保もも先輩は洋菓子やケーキを中心としたスイーツ作りを得意とされており、遠月学園当代きってのパティシエと呼ばれております。

 

「いくよブッチー。ももの料理を助けてね」

 

「ぬいぐるみの両手をもいでミトンに……」

「えりなさん。あれにはどんな意味がありますの?」

「し、知るわけ無いでしょう。茜ヶ久保先輩とあまり話したことないし」

「噂だと毎回の事みたいだよ」

 

 茜ヶ久保先輩はブッチーと呼ばれているぬいぐるみの両手を抜き取られて、ミトンにして調理を開始されました。

 最初からミトンを用意されないことには理由がありそうなものですが、えりなさんもご存知ないみたいです。

 

「叡山先輩、ソアラさんのこと見てるな」

「というか、睨んでるよね」

「こ、怖いのですが」

「そうなの……? じゃあ、こうしてあげる」

 

 叡山先輩が怖い顔をされてこちらを睨んでおられるので、わたくしは恐怖を感じていますと、えりなさんがわたくしの手を握ってくれました。

 えりなさんの手は温かく彼女の優しさが伝わってきます。

 

「えりなさん……」

「わ、私も……」

「恵さんも……、ありがとうございます」

 

 恵さんもわたくしの手を握ってくださり、気分が落ち着いてきました。

 わたくしがしっかりしなくてはならないのに……、申し訳ありません。

 

「何か凄く得した気分だ……」

 

 試合は研究会がセントラルに終始圧倒されて決着がつきました。

 茜ヶ久保先輩も叡山先輩もやっぱり凄いです……。

 

「やはり、十傑は強いな」

「研究会が生き残るために……、乗り越えなきゃいけないハードルが高すぎる」

「恵さん、諦めてはいけませんわ。きっと、希望はあるはずです」

「あとは、十傑候補と言われているセントラルの生徒たちの実力次第ね。団体の数から考えると、そちらと当たる可能性が高いでしょ」

 

 えりなさんの言われるとおり、セントラル側は全ての食戟に十傑を差し向けているわけではありません。

 十傑候補と呼ばれている方々の実力が低いわけがありませんが、十傑を相手にするよりは有利になるはずです。

 

「セントラルの連中が出てきたぞ」

「あら、あの方たちって」

「ソアラさん、知ってるの?」

「ええ、まぁ。前に夜通し食戟をしたときに一際目立つ風体の先輩方でしたから」

 

 楠連太郎先輩、染井メア先輩、熊井繁道先輩、小古類先輩は以前に1日で10回食戟をしたときに試合をしました。

 深夜に楠先輩が完全に油断しきっておられたことをよく覚えています。

 

「連戦してあなたが勝てたのなら、大した人たちではないのね」

「いえいえ、凄い方々でしたよ。知らない調理を色々とされてましたから」

 

 えりなさんは楠先輩たちの実力が低いみたいなことを仰ってますが、どの方も豊かな調理知識で確かな実力者たちでした。

 全員に勝てたことが不思議なくらいです。

 

 そして、その実力を指し示すように彼らは次々と勝利を決めていきます。

 

「圧勝か。それも相手の得意ジャンルで」

「ソアラさん。よく勝ったね。こんな人たちに連戦で……」

 

「どいつもこいつも雑魚だな! これでわかったろ! お前らは選ばれなかったんだ! だから従え! それが正しい! 俺達セントラルに頭を下げ続ける事がお前らに残された道なんだよ!」

 

 あとは楠先輩の食戟を残すのみとなったのですが、彼は何故か大声でセントラルに選ばれなかった方々を罵倒するようなことを叫ばれます。

 

「聞き捨てならないな」

「タクミさん、駄目ですよ。前に出ちゃ」

 

 それを聞いて彼は会場に降りて文句を言われようとされたので、わたくしも彼を追いかけました。

 

「あんま調子こいたこと言わない方がいいよ。次世代の料理界を担うエリートのこの俺に。俺達は現総帥に選ばれたエリートだ! 逆らわない方が身のため――って、お前は幸平創愛……!」

 

「ど、どうも。楠先輩」

 

「「――っ!」」

 

 楠先輩たちはわたくしの顔を見るなり、ギョッとした表情をされてました。

 そ、そんな鬼を見るような顔をしないで欲しいのですが……。

 

「選ばれたことが自慢みたいだが、君たちだって挫折を味わっているはず。逆にエリートを連呼するのはその劣等感の裏返しに見えてならない」

 

 タクミさんは彼らがエリートと何度も仰っていることに違和感を持たれているみたいです。

 確かに彼はセントラルに選ばれたことを誇りに思われているみたいですので、それが全てだというような考え方になっているのかもしれません。

 

「う、うるせぇ! そこの女は卑怯にも10連戦とかやりやがって俺たちを油断させたんだ! あれはまぐれだ!」

「連ちゃん、それはさすがに苦しいような……。幸平の“二年生狩り”はトラウマだし……」

「どう考えても10戦するメリットがない」

「メア! シゲ! お前らどっちの味方だよ!?」

 

「とにかく、そのうち幸平創愛にリベンジするんでしょ。だったら、最後の試合も決めてよね」

 

 楠先輩はかなり、あの食戟のことを根に持たれているみたいです。

 わたくしは、やたらと食戟を受けたことを今さら後悔しておりました。

 

「最後の試合――あっ! アリスさん! それに黒木場さんも!」

 

「幸平さ〜ん。応援に来てくれたのね。嬉しいわ」

「あんっ……、ええーっと、アリスさんは研究会に入っていたのですか?」

 

 最後の試合は最先端料理研究会とセントラルの食戟と表示されていたのですが、出てこられたのはアリスさんたちでした。

 彼女はわたくしに駆け寄って飛び付かれます。

 

「それがびっくりなのよ。私が中等部の頃に最先端料理研究会と食戟をしたの。勿論勝ったわよ。それで部室と機材を丸ごと奪ったのだけど――書類上の名義は私がその研究会の主将になっていたの」

 

「いろいろと酷いですわ……。さすがアリスさん……」

 

 何ともあんまりな成り行きで最先端料理研究会はアリスさんに全てを奪われたみたいです。

 

「それで残党狩りの対象になったのね」

 

「あら、えりなじゃない。そっか、幸平さんが連れ出したのね。えりな! 私の事はアリス主将とそう呼んでかまわなくてよ」

 

「呼びません! なんか、あなたの下みたいで嫌です」

 

「むぅー。えりなの意地悪」

 

 えりなさんと恵さんもアリスさんたちの姿を確認してこちらにやって来られました。

 ということは頬を膨らませているアリスさんが主将として食戟を行うということでしょうか……。

 

「しかし、それなら別に解体されてもいいような気がするが……」

 

「まぁそうなんだけど……。実はね――」

 

 どうやら、アリスさんは解体されても構わなかったみたいですが、セントラルの方々に挑発されて黒木場さんがとっても怒ったらしいのです。

 向かってくる相手をかみ砕く、黒木場さんらしいですね。

 

「というわけで戦うのはリョウくんよ」

 

「行くのよリョウくん。自称エリートの化けの皮を剥ぎ取って差し上げなさい」

「うす!」

 

 黒木場さんはアリスさんの言葉に短く答えて臨戦態勢を取ります。

 彼の実力なら心配ないとは思いますが、せめてセントラルに一矢報いて欲しいです。

 

「リョウくん、負けちゃ駄目よ! 最先端料理研主将からの命令ですからね! ――これ以上薊おじさまの好きにはさせないんだから」

 

「黒木場リョウ――秋の選抜決勝まで残った料理人か。さっきちょっとムカつくことがあってよ。お前に八つ当たりさせてもらうわ。1日目のシメにねじ伏せる相手にしちゃ悪くないな」

 

 アリスさんも薊さんに反発されて彼の勝利を願っております。

 対する楠先輩は不敵に笑って黒木場さんに勝つと豪語されました。

 

「ソアラさんは食戟で勝ったとは言っていたが、自称エリートという奴の腕前はどれ程のものか」

 

「へぇ、幸平さん。あの趣味の悪い格好の人に勝ったんだ」

「な、なんか悪い顔してません? アリスさん」

 

「リョウくーん! 幸平さんはあの人に勝ったことあるみたいよー!」

 

 タクミさんからわたくしと楠先輩の食戟のことを聞いたアリスさんはニコリと微笑み、黒木場さんに大声でそれを伝えます。

 

「あの女! 大声で下らんことを!」

 

「幸平が勝っただとぉぉぉ! 絶対にねじ伏せ返してやるぅぅぅ!!」

 

 すると黒木場さんは絶叫して、目を血走らせて見たこともないほどの殺気を漲らせておりました。

 

「アリスさん! 何で、黒木場さんを煽るようなことを!」

 

「これなら、安心ね。リョウくんが幸平さんに負けた相手に負けるなんて耐えられるはずないもの」

 

「黒木場くん、体から炎が出てるみたいな熱量だね……」

 

 恵さんの仰る通り、黒木場さんは気合十分の様ですが、これが果たして吉と出るか凶とでるか……。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「勝者は黒木場! 黒木場リョウの勝利とする!」

 

「圧巻でしたね。黒木場さん……」

 

「黒木場くんが、セントラルに一矢報いてくれた」

 

「余程、ソアラさんに負けた相手に負けるのが嫌だったんだな。鬼気迫るモノを感じた」

 

 食戟は黒木場さんの圧勝でした。テーマは鮭料理で楠先輩も最先端技術を駆使して良い品を作られたのですが、黒木場さんには及びませんでした。

 

「やはり、十傑とは大きな差があるみたいね。――っ!? お、お父様……」

 

「やぁ、えりな。見に来たんだね。これが、セントラルだ」

 

 会場に突如として薊さんが現れます。えりなさんは俯いて体を震わせていました。

 大丈夫です。彼女にはわたくしたちが付いています。

 

「えりな、下がってなさい。薊おじさま、久しぶりです」

 

「今日の残党狩りにおいて勝利したのは君の最先端研だけだ。他の32団体は敗北し解体が決定した」

 

 アリスさんがえりなさんを庇うように前に出て、薊さんに語りかけます。

 薊さんによると、黒木場さん以外は敗北して解体が決定してしまったようです。

 

「他がどうであろうとリョウくんはセントラルに勝ちましたわ。これでもおじさまの思想が絶対的に正しいとそう言い切れるでしょうか?」

 

「残念だよアリス。君なら僕の真実の美食という理想郷を支持すると思っていたが。薙切家には美食を前に進めるという義務がある。これはそのための大改革なのだから」

 

「私はおじさまのやり方に納得できない。したくもない。それだけです」

 

 アリスさんは明らかに薊さんを敵視しております。

 おそらく幼少期に彼女がえりなさんに宛てた手紙を処分して、あのような仕打ちをされていたからでしょう。

 わたくしだって許せないのですから、彼女の立場でしたら尚更ですよね……。

 

「やれやれ。聞き分けの無い子だ。私の愛娘を勝手に連れ出した上にその物言いはないんじゃないか?」

 

「知った事ではありませんわ。私は怒っているのです。おじさまがなさったこと絶対に忘れませんもの。私は薊おじさまのこと嫌いなのです! これ以上遠月学園を、えりなを薊おじさまの好きにはさせません!」

 

「そうかい。まぁ頑張ってくれるといい。今日の所は1勝獲得おめでとうと言っておこう。あと、幸平創愛――君には近いうちに迎えを寄越してあげよう」

 

 薊さんは突然、わたくしに不吉なことを言ってきます。そういえば、彼はわたくしをセントラルに入れたいというような事を仰ってましたよね……。

 

「ソアラ……」

「幸平さんに、どうして!?」

 

「君こそセントラルの象徴に相応しい。こちらに来れば、君は誰よりも高い位置に登れる。君は美食の王道を歩く義務がある人間だ」

 

 薊さんはまたもや、よく分からない持論を述べております。

 

「前にも申しましたが、わたくしはセントラルに入るつもりは一切ありません。諦めてください」

 

「ふむ。強情な子ばかりだな。まぁいい。()()()君を連れて来られるだろう……」

 

 きっぱりとお断りしていますのに、彼は誰かをわたくしの元に送るような事を述べて去っていきました。

 誰が勧誘しようと、わたくしの意志は変わりませんのに――。

 

 

「薊おじさまが余計な事をなさらなければ……、私、えりなともっと、もっと、もーっと、仲良しになれたのに。失礼しちゃうわ。いつの間にか、幸平さんとばかり一緒にいるし」

 

 アリスさんはプイっと薊さんの去って行った方向に背を向けました。

 

「べ、べ、別に私はソアラと……」

 

「最近、いつもだらしない顔して幸平さんのこと見てるの知ってるんだから」

 

「ふぇっ? えりなさん?」

 

「そ、そんな顔してません! いい加減なこと言わないで」

 

 えりなさんはジト目でアリスさんから見つめられると、動揺されて手をバタバタされています。

 

「あっ、そう。なら良いんだけど」

「あ、アリスさん?」

 

 アリスさんはニコリと笑い、わたくしの肩を抱きます。

 な、何でしょう。何か悪い顔をまたされているのですが……。

 

「じゃあ、私も遠慮せず好きにさせてもらうわ」

 

「あ、あんっ……、や、止めてくださいまし。くすぐったいですよ」

 

 アリスさんは顔をわたくしの顔にピタッとくっつけて、至るところを撫で回して来られました。

 ひ、人前で、そんなところまで触られるのは、ちょっと……。

 

「アリス! 何をやってるの!?」

 

「な、薙切さん、じゃなかった、ええーっと、アリスさん! 今は、そんなことしてる場合じゃ……! と、とにかく駄目だから。みんな見てるし!」

 

 えりなさんと恵さんが彼女を止めてくれました。

 特に恵さんはかなり強めにアリスさんを制しておりました。

 

「田所さん? ふーん。そういうこと……。とにかく、えりなはキチンと薊おじさまに見せつけること! 自分は自分なのだと! 誰かの思い通りにはならないと!」

 

「アリス……」

 

「いくら幸平さんが好きでもいつまでもベタベタしてちゃ、駄目なんだからね!」

 

「はぁ!? べ、ベタベタなんてしてない! してるのはアリスでしょ!」

 

「私は良いのよ。独立してるから」

 

 えりなさんとアリスさんはドンドン言い争いがヒートアップしていきますが、落ち込まれていたえりなさんの表情が明るくなったようにも見えました。

 アリスさんはえりなさんを元気を出させるために動いてくれているのでしょう。

 

「お二人とも仲がよろしいのですね」

 

「「良くないわよ!」」

 

「おい、幸平……、それ禁句だからな。しばらく、喧嘩収まんねぇぞ」

 

「あらあら……」

 

 その後、更にしばらくの間お二人は言い争いを続けられてましたが、その翌日からえりなさんは授業に顔を出すようになりました。

 えりなさんも新たな一歩が踏み出せるようになりましたし、薊さんの思い通りには絶対にさせません――。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 それから薊さんは見せしめと称して歯向かう者たちを徹底的に排除されました。

 食戟に敗れた研究会やゼミは容赦なく潰れ、そしてわたくしたちの授業はと言うと――。

 

「セントラルが出来てから授業の形式もだいぶ変わりましたね」

 

「うん。創作料理の授業が全部なくなってレシピ通りの料理を完成させる授業ばっかり」

 

「本当に自由にお料理をさせようと思っていませんのね……。あの四宮先生の厨房ですらもっと寛容でしたのに……」

 

「今の四宮シェフが聞いたら怒りそうだね……」

「では、このことは二人の内緒でお願いします」

 

 学園の授業は決まったレシピをそのまま作るだけの創造性の欠片も無いものに様変わりしました。

 入学前に想像していた料理教室みたいな学校になってしまったような気がします。規模は大きいですが……。

 

 

「この授業を担当していた講師はセントラルの方針に従えないと主張したため解雇された。よって本日は代理の講師が調理の実演を行う」

 

「こんにちは。十傑第一席の司瑛士です。みんな知ってるかどうかわからないけど……」

 

 セントラルの方針に従わなかった先生は解雇されて、今回は代理で第一席の司先輩が授業を代理で行うみたいです。

 編入生のわたくしでも存じているのですから、知らない方は居られないでしょう。

 

「ええーっと、それでこの授業では助手を一人募ることになっているんだけど……。このクラスは……、幸平創愛さんに助手を務めて貰うように……、と総帥が……」

 

「わ、わたくしですか?」

 

 そして、司先輩の授業が始まったのですが、何と彼はわたくしを授業の助手に指名します。

 薊さんがわざわざという所がどうも気になりますね……。

 

「俺と料理するのは嫌かな? 嫌なら別の人でも……」

「い、いえ。それでは、助手を務めてさせて頂きますわ」

「そう言ってくれると助かるよ」

 

 しかし、彼の手助けをしない理由にもなりませんので、わたくしは司先輩の助手を務めることにしました。

 

「披露するのはフランス料理のアミューズ5品だ。同時進行していく。幸平には下ごしらえからこなしてもらう」

 

「承知いたしました」

 

「では調理開始だ」

 

 なるほど、こちらのレシピ通りに司先輩がコース料理を作られるので、そのサポートをすればよろしいのですね。

 

「幸平さん。まずセミドライイチジクをフードプロセッサでクネル状に。エシャロットはアッシェ、人参はジュリエンヌ」

 

「ええ、そして卵黄と砂糖にカルダモンパウダーと牛乳を加えてアングレーズを炊き冷ましてからソルベティエーヌにかければよろしいのですね」

 

「――っ!? 前にも作ったことがあるのかい?」

 

「いえ、そこに書いてあるので覚えたのですが……」

 

「そ、そうか。よろしく頼む」

 

 レシピを丸暗記して、髪を縛ったわたくしは司先輩のサポートの準備を終えました。ここから、彼の動きに合わせて調理します。

 彼の作業は迅速かつ繊細です。さすがは第一席――心して挑まなくては置いていかれますね……。

 

「す、すごい……、ソアラさん……!」

 

 サポートは昔から慣れていますので、彼の呼吸を知れば次の動作もある程度は予測できます。

 わたくしは自分をなるべく出さないようにして、もう一人の彼になるように徹しました。

 

「じゃあ次は――」

「稚鮎を全粒粉でフリテュールですよね?」

 

「……そうだ。頼むよ」

 

 フレンチの調理技法なら叩きこまれております。四宮先生のところのスタジエールで……。

 最終日に色々と質問をさせてもらって良かったです。

 

「あ、あっという間に……」

 

「じゃあ今からみんなにも同じように作ってもらおうかな。今のと同じ時間でね」

 

 司先輩のサポートをミスなくやり遂げてホッとしました。

 彼は非常に細やかな作業を要求されるので、緊張感が物凄かったのです。

 

 こうして、司先輩の授業が終わり、教室には助手を務めたわたくしの後片付けを待っておられた恵さんだけになりました。

 

「お疲れ様、ソアラさん」

 

「はい。恵さんもお疲れ様です」

 

「あっ!? 郷土料理研が次の残党狩りで食戟するって! 主将に電話してくる! 先に戻ってて」

 

 彼女と一緒に帰るつもりでしたが、郷土料理研究会から恵さん宛に連絡が入りましたので、わたくしは一人で戻ることにします。

 

 ふぅ、今日は特に緊張しましたね……。

 

 そう思っておりますと、調理台の下で蹲っておられたらしい司先輩が立ち上がられました。

 

「――っ!? あら? 司先輩、まだ居られたのですか?」

 

「いや、自習が終わったら一気に緊張が抜けて力が抜けちゃってね。ほんとにまいったよ。大勢の生徒が見てる前で調理して見せろなんて」

 

「大変ですよね。司先輩は繊細な方ですし」

 

「うん。万が一大事な事を伝え忘れたりしたらと思うとさ……。――こうやって弱音吐いてるとまた竜胆に怒られるかな……」

 

 司先輩はとても緊張したと弱音を口にしたことを竜胆先輩に怒られるかもと、汗を流して気弱そうな表情を見せました。

 

「竜胆先輩は真逆のタイプですから……。でも、皆さんは喜んでいたと思いますよ。司先輩が一生懸命に頑張って下さったのですから」

 

「だと、いいけど。しかし、聞いてた話以上だったよ幸平さん。いい腕をしてるし、記憶力もいい。抜群のサポート能力だ」

 

「ありがとうございます。わたくしも楽しかったですし、いい勉強をさせて頂きましたわ」

 

 セントラルの授業の手助けをしたみたいになってしまいましたが、彼の繊細な調理を体感出来たことは非常に有意義な体験でした。

 やはり、第一席である彼の実力はとてつもないです。

 

「薙切薊総帥の言ったとおり、君のサポート能力があれば俺の料理は更なる高みに到達すると確信出来た。頼む、君の力を俺にくれないか? 君は非常に使える人材だ」

 

「えっ?」

 

「俺としては君にはサポートに徹して貰いたいけど、総帥は君にも俺と同じく美食の王道を進ませたいらしい。片手間で構わないから、君の人生の半分を俺にくれ」

 

 司先輩は真剣な表情でわたくしをセントラルに勧誘されます。

 もしかして、薊さんの言っていた「迎え」というのは司先輩……? しかし、人生の半分とは何とも……。

 

「ええーっと、先輩のような凄い料理人に褒めて頂いたことは嬉しいです。でも、わたくしはセントラルに――」

 

「セントラルとか、学園とかそんな小さいことを言ってるんじゃない。人生の半分。つまり、俺と結婚してくれと言っているんだ」

 

「……け、結婚ですか!? な、何をご冗談を仰っておられるのです!?」

 

 司先輩が“結婚”という言葉を使われたので、わたくしは彼にからかわれていると思いました。

 冗談を仰るタイプだと思わなかったのでとても意外です。驚きすぎて笑えませんでした――。

 

「俺は本気で言ってるんだけどな。君が欲しいんだ。どうしても……。()()()()()()()()。だ、駄目かな?」

 

 わたくしが“冗談”だと口にすると即座に彼は否定されます。きっぱりと、まっすぐにわたくしの目をご覧になって――。 

 どうしましょう……。頭が真っ白になってどう答えれば良いのかわからないのですが――。

 




何かよく分からん展開になってしまいました。
司先輩は特に恋愛感情もなくプロポーズしている感じです。自分の料理のために一生付き添わせるみたいな感じで。
楠蓮太郎くんの試合は、面白く出来そうにないのでバッサリカットしました。

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