【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら   作:ルピーの指輪

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極星寮にて

「あのう、ふみ緒さんでしたっけ? 食材とはなんのことでしょうか?」

 

「決まってるだろう!? 極星名物入寮腕試しだよ! 一つ! 入寮希望者は一食分の料理を作りその味を認められた者のみ入寮が許される。一つ!  審査は寮長による。一つ! 食材の持ち込みは自由とする」

 

「聞いてませんわ〜。食材なんて用意してません……」

 

 わたくしは本日からお世話になる予定のこの学園の寮である極星寮という場所に夜遅くにようやく辿り着きました。

 

 お化け屋敷のような外装の時点ですでに嫌な予感がしていましたが、中に入って最初に出会った方は怖そうなお婆さん。

 彼女は“極星のマリア”というよく分からないあだ名を自称したかと思うと、“ふみ緒さん”と呼ぶようにわたくしに命じました。

 

 そこまでは、良かったのですが、彼女はわたくしの料理の腕が認められないとこの寮には置けないと仰る。

 そんな話はまったく聞いておらず、当然食材など用意していないわたくしは野宿の危機に晒されていました。

 

 春とはいえ、外はかなり寒くて、肌も弱いわたくしが眠るには些か酷な環境であります。

 何とか残り物の食材で彼女を満足させないと……。

 

「急ごしらえの料理で私が及第点を出すと思うかい?」

 

「――それでも、野宿はお肌の敵です。負けられません。少々お待ちいただきます!」

 

「ふむ。さっきまでのオドオドした感じが無くなった……」

 

 わたくしは本日2度目の気合を入れて髪を後ろに縛って調理にかかります。

 さて、ここにある食材は卵とお米、そして――。

 

 

「なるほど、炒飯か。確かに卵とご飯があれば手軽に作れるが……。具材になるような肉なんかは1グラムも無かったはずだよ」

 

 わたくしは炒飯を作ることにしました。卵だけでは寂しいのである具材を加えましたが……。

 

「これを使いましたの」

 

「サバ缶? バカな、サバなんて炒飯に入れたら生臭くてとても食べられるものじゃないはずだ……。しかし、この香り……、んんっ……、食欲が刺激されるっ……」

 

 そう、残っていた食材にサバの水煮缶がございましたので、わたくしはありがたく使わせて頂きました。

 米物ならお腹もいっぱいになりますし、ボリュームは十分のはずです。

 

「名付けて“ゆきひら印の焦がし醤油のサバ缶炒飯”ですわ。おあがり下さいまし!」

 

 食欲を刺激して味覚を引き立てるのには、まず嗅覚から。焦がし醤油とごま油を使うことで、この炒飯は魔性の香りを帯びることになります。

 

 食べたいという欲を引き出すことこそ、お料理の第一歩です。

 

「じゅる……、この私が香りだけでここまで……。しかし、入ってるのはサバなんだろう? どれ……。はむ……」

 

 ふみ緒さんもこの炒飯の香りを気に入って頂いたみたいで、彼女はわたくしの作った炒飯を口に運びました。

 

 満足して頂けると良いのですが……。

 

「うっ……、サバと炒飯が見事に調和している!? 香りは完全に焦がし醤油とごま油によって芳しくなっており、その上、肉と比べてあっさりとしていて食べやすい……」

 

「もう夜も遅いですから、なるべくヘルシーな物にしようかと思いまして……。だからといって、あまりあっさりとしすぎた物ですと食べたという感覚が不足しますので」

 

 女性に対して失礼に当たりますので口には出しませんでしたが、ふみ緒さんはかなり高齢です。お夜食として出すならあまりこってりした物はよろしくない。

 ですから、わたくしは満足感があって尚かつヘルシーなメニューを作ることにしました。もちろん、塩分はかなり控えめにしております。

 

「こ、この野宿がかかった状況で私の体調まで気遣ったというのかい? くっくっくっ……、大した子だよ」

 

「そ、それでは?」

 

「よろしい! 入寮を認める!」

 

「お粗末様ですの!」

 

 ふみ緒さんから入寮を無事に認めて頂いたわたくしは、結んだ髪を解いてホッと胸を撫で下ろしました。

 

「ふひぃ〜。今日はハードでしたの……」

 

「調理を終えると、随分と人が変わるね〜。あんた。疲れているなら、風呂にでも入ったらどうだい? 今はちょうど女子が入る時間だからさ」

 

 わたくしが疲れて項垂れていますと、ふみ緒さんはお風呂に入ることを勧めてくれました。

 それはなんと素敵な提案でしょう。なるほど、寮生の共用のお風呂があるというわけですね。

 

「お風呂ですか? そ、そうですわね。ありがたく頂戴させていただきます」

 

「堅っ苦しい子だね〜。まぁいいや。早く入んな」

 

 ふみ緒さんはわたくしの喋り方が堅苦しいと苦笑いされて、そしてお風呂場の場所を教えてくれました。

 

 今日の疲れを癒やしましょう。わたくしは衣服を脱いで、お風呂場に入りました。

 

 

「ソアラさんには参ったなぁ。女の子同士なのにちょっとドキドキしちゃったし……。また、授業で会ったりしたら……、ううっ……」

 

「あら、恵さんもこの寮にお住まいでしたの?」

 

 お風呂場には先客がおりまして、その方は何という偶然。先ほどペアで授業を受けた恵さんだったのです。

 

「きゃっ! そ、ソアラさん! ど、どうして!?」

 

「今日からここでお世話になりますの。恵さんとお友達になって、さっそく裸の付き合いが出来て嬉しいですわ」

 

「は、裸の……。ダメ……、なして私は変な意味に……。ソアラさんって意外とスタイルが……」

 

 わたくしが恵さんに笑いながら声をかけますと、彼女は顔を真っ赤にして目を逸らします。恥ずかしがるのは全身見られているわたくしの方では?

 

 

「失礼します。同級生とお風呂に入るなんて修学旅行のとき以来ですわ」

 

 体を洗ったわたくしは湯船に浸かり、恵さんに声をかけます。

 

「あの、今日は本当にありがとう。何度もダメだと思ったのに、ソアラさんが助けてくれて」

 

「いえいえ、ペアを組んだのが恵さんでなかったら危なかったです。とても丁寧で繊細な作業は色々と勉強になりましたわ」

 

 恵さんの作業を拝見させて貰いましたが、すべてが丁寧で気配りが行き届いており、完璧な仕事ぶりでした。

 わたくしは彼女ほどの方が退学寸前ということが信じられませんでした。

 

「いつもダメなの。緊張しちゃって……、今日はたまたま。それにいくら丁寧でも、私はトロいし、要領も悪いから」

 

「でも、わたくしは好きですよ。恵さんのこと」

 

 わたくしは恵さんのような穏やかで優しい人が好きです。一緒にいて、癒やされる感じで……。

 

「――っ!? えっ、えっ、えーっと、私たち会ったばかりで、そ、それに、お、女の子同士だよ」

 

「ふぇっ? いえ、恵さんのように繊細でお優しい方がペアで非常に助かったと申し上げたかったのです。怖い人が一緒だと、きっとわたくしは何も出来ませんでしたわ」

 

 恵さんはわたくしの言葉を聞いて、なぜか手をバタバタさせながら、何かよく分からないことを仰っていました。

 なので、わたくしはペアが恵さんで良かった理由をもう少しだけ具体的に述べます。

 

「へっ? わ、私、なして、あんな勘違い、を……、ぶくぶく……」

 

「あら、大変ですわ。恵さん、のぼせてしまわれたのですか〜?」

 

 すると、お湯に長く浸かりすぎていらっしゃったからなのか、恵さんが湯あたりをされてしまいましたので、わたくしは彼女を急いで介抱しました。

 ふぅ、大事に至らなくて良かったです。

 

 恵さん、寮の先輩としてこれから色々とよろしくお願いしますね――。

 

 

「それにしても、静かですわ。あの家に15年住んでいて、こうして離れるなんて考えても見ませんでした」

 

「やぁ、編入生ちゃん。おいで、歓迎会だよ」

 

「あ、はい。わざわざ、わたくしの為に恐縮です」

 

 303号室がわたくしの部屋だと言われて、荷物を置いてベッドに横になっていると、屋根裏が開いて先輩らしき方が歓迎会を開いてくれると言われました。

 わざわざこのような時間帯に……。わたくしは先輩に言われたお部屋までお伺いしました。

 

 それにしても、屋根裏からこちらの部屋に来られるなんて忍者か何かでしょうか?

 

 

 

「なぜいつも僕の部屋でやるんだ君たちは!」

 

 眼鏡をかけた男の子、丸井善二さんの部屋にお呼ばれしたわたくしは、寮に住んでいる方々と顔を合わせました。

 

「しかたないじゃ~ん。丸井の部屋がいちばん広いんだも~ん」

「勝手にベッドに座るな!」

 

 ベッド上で腰掛けて元気そうに笑っている女の子は吉野悠姫さん。なんだか、コミュニケーション能力が高そうな方ですわね。

 

「いつ来てもきれいにしてるしね」

「今やっと片づけたんだよ!」

 

 大人っぽい服装の女の子は榊涼子さん。わたくしもこのような大人の魅力を出したいです。

 

「さっきまで本が散らばってたしな」

「つぅかもっと椅子用意しとけや」

「するかぁ!」

 

 金髪のオールバックの佐藤昭二さんと、黒髪で筋肉質の青木大吾さん。

 ううっ、ちょっと怖そうな方ですわ……。目つきが鋭い……。

 

「…………」

 

 そして、無口で前髪が長い伊武崎峻さん。この方と二人きりになると、きっとわたくしも黙っているでしょう。

 

 と、こんな感じの素敵な方々がこの極星寮に住んでいるとのことです。

 あとは、わたくしを呼びに来てくださった先輩ですが……、居ませんわね。

 

「ソアラさん入寮腕試しを1回で合格したの? すごいよ一発クリアした人ほとんどいないはずなのに」

 

「そ、そうでしたの。それは運が良かったですわ」

 

「運なんて言わないで。私なんて3ヶ月もかかったんだから……。恥ずかしいけど……」

 

「まぁ、それは大変でしたね。それでもずっと諦めずにチャレンジされていた恵さんはとても芯が強い方だとわたくしは思います。誰にでも出来ることではありませんわ」

 

「あ、ありがとう。こんなことで褒められるなんて思わなかった……」

 

 恵さんは入寮に苦労されたと仰ってましたが、わたくしからすると、3ヶ月も諦めずに挑戦し続けるという行為は真似できないと思いました。

 恐らく彼女はガッツを内に秘めている方なのでしょう。

 

「しかし、夜更けに騒いでも大丈夫なのでしょうか?」

「大丈夫よ。寮の周りは森だもの」

 

 わたくしの疑問に榊さんが答えてくれます。確かに学園内の敷地とは思えない場所ですけど……。

 

「それでも、ふみ緒さんがいます……」

 

“あんたたち! ブリ大根があるから誰か取りにおいで!”

 

 わたくしがふみ緒さんの名前を出した瞬間、彼女の声が部屋に響き渡りました。

 どうやら、下の部屋から声が届くような装置があるみたいです。

 

「やった~!」

「ばばあ愛してる!」

 

 それを聞いた佐藤さんと青木さんは嬉しそうに下の階に足を運びました。ここはとても賑やかな場所のようですね。なんだか、楽しいですわ。

 

 それから、わたくしは何となく話題に出た十傑という方たちの話を詳しく丸井さんからレクチャーしてもらいました。

 十傑の権力はわたくしが思っているよりもずっと強くて、この学園の最高意思決定機関であり、自治に関しての決定はここを通しているとのことです。

 

 さらに、総帥の直結の講師たちですら、十傑の意向には従わなくてはならないという話でした。

 

 なんだか、とっても危ない組織のような気もしますが、えりなさんはその中の一人ということですよね? それって、とんでもないことなのでは?

 

 そんなことを考えていると、先ほどわたくしを誘ってくれた先輩が手を差し出して挨拶をしてくださいました。

 彼の名前は一色彗先輩。とても、穏やかで優しそうな先輩です。

 

「やあ、幸平創愛ちゃん。ようこそ極星寮へ。 歓迎するよ」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 一色先輩の手をわたくしは握りしめて挨拶をしました。おや、この手は――どうやらこの方は凄い腕の料理人のようですね。

 えりなさんや、父に近い感覚がします。少なくとも、わたくしよりはかなり上のレベルの技術を持っていそうです……。

 

「僕はうれしいよ。青春のひとときを分かち合う仲間がまた1人増えたんだからね。こんなに嬉しいことはない! いいかいみんな! 一つ屋根の下で暮らす若者たちが同じ釜の飯を食う。これぞ青春! これぞ学生! 僕はそれに憧れて寮に入ったんだ。さあ! これからも輝ける寮生活を一緒に謳歌しよう!」

 

 一色先輩はわたくしが寮に入ることをとても喜んで下さいました。

 こんなに喜んでもらって、ここに入った甲斐がありました。

 

「素敵な先輩ですね。皆さま個性的で羨ましいです」

「ソアラさんも十分個性的だよ」

 

 あら、わたくしなんて何処にでもいるような、目立たない人間だと思っていますのに……。

 恵さんったら、気を使ってくださったのでしょうか?

 

「では幸平創愛ちゃんの前途に! そして極星寮の栄光に乾杯!」

 

 一色先輩の乾杯の音頭で宴会が始まりました。

 お米のジュースとやらを飲ませて頂いたのですが、気分が高揚して体がポカポカします。これは本当にジュースなのでしょうか?

 

 そして、伊武崎さんが燻製したチーズやジャーキーを出したのを皮切りに、こぞって寮生の皆さんは自らの料理を競い合うように自慢し始めました。

 

 どの方のお料理も個性的でパワーがありまして、はしたないと思いながらも、つい食べすぎてしまいました。

 

 これが料理学校の寮生活……。切磋琢磨してみんなで成長していく――。

 

 なんて素敵なのでしょうか――。

 

 気付いた時には一色先輩以外の皆さんは疲れて眠ってました。

 そろそろ、わたくしもお休みを――。

 

「改めて、歓迎するよ。ソアラちゃん」

 

「こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ」

 

「料理が尽きたね。鰆の切り身があるんだ。僕が何か作ろう」

 

 改めて一色先輩と挨拶をし直すと彼は鰆の切り身で何かを作ると仰ってくれました。

 彼は恐らく相当な実力者なはず。どのような品を作るのか些か興味があります。

 

 しかし――。

 

「あのう。その前に質問をしてもよろしいでしょうか?」

 

「なんだい? 何でも聞いてくれ」

 

 わたくしは先ほどから、ずっと気になっていることを質問しようと口にしました。

 すると彼は爽やかな笑顔で振り返り、何でも質問を受け付けると言ってくれます。では、遠慮なく……。

 

「一色先輩は下着ドロボーにでも遭いましたの? 先ほどから下着をお召になっていませんので」

 

 わたくしは一色先輩が下着を付けずにエプロンのみを着ていることに対して言及しました。

 もしかしたら、彼は下着を何者かに盗まれたのかもしれません。そうだとすると、これは由々しき事態です。

 

「ふふっ、この格好かい? これは僕の戦闘服みたいなものさ。こうすると不思議と気合が入るんだ」

 

「な、なるほどですわ。わたくしも髪を結ぶと力が出る気がします」

 

「じゃあ、それとお揃いだね」

 

「ええ。お答え頂いてありがとうございます」

 

 一色先輩はこれは自分が作業をしやすくするためのファッションだと答えてくれました。

 あーよかった。下着ドロボーなど居なかったのです。

 

「召し上がれ、“鰆の山椒焼き・ピューレ添え”だ」

 

「ありがとうございます。それでは、頂きますわ。はむっ……」

 

 一色先輩の出してくれたお料理をわたくしは箸で摘み口に運びます。

 

 すると――。

 

「――っ!? んっ、んんっ……、あんっ……、こ、これは……、美味しすぎますわ……」

 

 一瞬、わたくしは素っ裸で春の草原に立たされたような錯覚に囚われました。

 腰が砕けて、立ってられない……。そのくらい、一色先輩の品は美味でした。

 やはり……、この方は只者ではありません。わたくしの勘が正しければ恐らく……。

 

「ところでさ、ソアラちゃんは始業式でなかなか面白いことを言ったそうじゃないか。薙切くんと肩を並べるということは、遠月の頂点である十傑に入るということ……。でもね、それは君が思っているほど甘くないかもしれないよ」

 

「えっと、そのう……」

 

「改めて自己紹介させてもらおう。遠月学園、十傑、第七席……、一色彗だ」

 

「やっぱり……」

 

 わたくしの思ったとおり一色先輩はこの学園の頂点に君臨する十傑の一人でした。

 それならば、あれほどの料理を一瞬で作ったことも頷けます。

 

 しかし、彼もまたわたくしが始業式で述べたことを言及されるとは……。やはり、十傑という存在はこの学園においてそれだけ大きい意味を持つということなのでしょう。

 

「さあ、お次はソアラちゃんの料理を食べてみたいな。見せてごらん、君が皿の上に語る物語を」

 

 一色先輩はわたくしの料理を所望しました。わたくしもえりなさんに追いつくと言った手前、確かに十傑入りを目指すことが客観的に見ても適当だとはおもいました。

 

 そして、目の前にその十傑だと仰る先輩がいる。

 これはチャンスなのでしょう。彼なら教えてくれるはずです。わたくしとえりなさんの間に広がっている距離を……。

 

「お待ち下さいまし!」

 

 わたくしは髪の毛を後ろに縛って、厨房へと足を踏み入れました――。

 鰆を使った料理……。うーん。あれを作ってみますか……。

 

 




裸エプロン先輩も一瞬だけTSさせようかと思ったけど、性的な意味で絶対にアウトだからやめました。ケツ丸出しだし……。
鰆の料理は思いつかなかったので原作のまんまです。というより、思った以上に料理のアイデアが出てこないので、同じ料理に時々アレンジを加えたりする程度になりそう。申し訳ありません。

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