【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら 作:ルピーの指輪
『え、え、えっと……、どうも……、セントラルの司瑛士だ。きょ、今日は……、セントラルから伝言を放送するよ』
学園内のテレビ放送で司先輩がセントラルからの伝言を全校生徒に伝えようとされています。
どうやら、進級試験についてのお話のようです。
『進級試験の日程が決定された。高等部一年二学期の最後に控える大イベントだ。昨年も190名が76名まで減り、それ以外は学園を去った――あまりにも厳しい試練。古い遠月教育の悪習そのものという感じだな。しかし、これからは違う。薊総帥によって君達は不必要なふるい落としから解放された!』
『今年から進級試験の課題は薊メソッドの復習に変わるよ。いつもの授業で習っている我々のやり方を実践してくれればクリア可能な課題ばかり。おちついて臨めば、誰もが合格できる内容なんだ。もう旧態依然のシステムに縛られなくていい。セントラルについてくれば君達全員が一流のコックになれるんだ!』
ここまで話すと、司先輩の目つきが鋭くなりました。
『ただし、薊総帥の方針に従おうとしない生徒に関してはどうなるか理解してもらえるって思う……。えっと、それじゃ以上で放送を終わります』
司先輩からのお知らせはここで終わりました。
二年生になるための進級試験が近いうちに始まるみたいです。
「ふぇ〜、進級試験ですかぁ。二学期の内にされるなんて、随分と早いのですね。とにかく、二年生になれるように頑張らなくては――。皆さん、頑張りましょう。――あ、あれ? 皆さん、どうされたのですか? 暗い顔をされてますが……」
「あんた何も気づかなかったの!?」
わたくしは普通の感想を述べたつもりだったのですが、吉野さんの態度から大事なことに気が付かなったみたいです。
「つまりセントラルは残党狩りで潰せなかった反乱分子を試験という場で狙い撃ちにするつもりなんだ! すなわち今の放送は死刑宣告と同義。薙切薊に従わない者は容赦なく排除するという通告だ!」
「きっとどんな品を出しても難癖つけられて問答無用で不合格にされちまうんだよ!」
「ソアラ姐さん! そうなると私たちが全員退学になって、バラバラにされてしまいます」
「バラバラに? え、えりなっちが…
ひとりぼっちになっちゃう…!?」
「あぁ、薊殿はえりな様を退学させる事はあるまい。何もかもあの男の思うツボだ……!」
「…………」
緋沙子さんたちに進級試験は実質わたくしたち反乱分子の粛清の場だということを教えられ、一気に極星寮はお通夜ムードに突入します。
えりなさんも浮かない顔をされていますし、まさに夢も希望もないような状態になってしまいました。本当にもう打つ手はないのでしょうか……。
「2年生には上がれずに……。この学園ともお別れかぁ……、ぐすっ……。ごめんねお母さん、そして村のみんな……。せっかく東京に送り出してくれたのに……。実家に手紙さ書かなきゃ……」
「じゃあ、私も……」
「俺も……」
「僕も……」
「待ってください。まだ、諦めるには――」
「……でも確かに状況は最悪だぜ」
恵さんがご実家に手紙を書こうと口にすると次々と皆さんはそれに倣おうとされます。
いや、まだ何か手はあると考えた方が良いと声をかけようとしたのですが、伊武崎さんですら、状況は最悪だと分析されました。
「伊武崎もほらぁ……、手紙書きなよぉ……、ぐすっ……」
「書かねぇよ……、おちつけ吉野」
「……とりあえず、わたくしは包丁でも研いできます。こういうときこそ、冷静さを失うわけにはいきませんから……」
「ソアラ、逞しくなったね〜」
「いや、足が震えて転けそうになってたぜ……」
冷静になろうと頑張ってみたのですが、わたくしも完全に雰囲気に飲まれて転けそうになってしまいました。
でも、このまま諦めたくはないのです。
部屋で包丁を研いでいると、わたくしの部屋のドアがノックされました。
「おや、誰ですかね……。開いてますよ」
「…………」
鍵はかけてませんでしたので、入るように促すと扉が開いて、えりなさんが部屋の中に入って来られます。これは驚きました。彼女がわたくしの部屋に来るのは初めてでしたから。
「え、えりなさん……、どうされましたの?」
「ご、ごめん。ソアラ……、今晩だけ……、一緒に居させてもらってもいいかしら……?」
弱々しい表情でえりなさんはわたくしを上目遣いで見つめております。
そして、無言でわたくしを抱きしめて来られました。
本当にこんなことは初めてです。心配なのですが……。
「ソアラ、えりな様を見なかったか?」
「ええ、先ほどまで居ましたわ。急に眠気が襲って来たらしく、お休みになると言われてご自分のお部屋に……。どうやら、最近、あまり眠られてないみたいです」
「そ、そうか。確かに最近えりな様は心労が大きくなっているみたいだからな。眠られているなら起こさない方が良かろう」
その後、しばらくしてえりなさんの姿が見えないことを心配された緋沙子さんに彼女が既に休まれていることを伝えました。
彼女は安堵して部屋を去ります。えりなさんの無事がわかったからでしょう。
「こ、これでよろしかったでしょうか?」
「あ、ありがとう。緋沙子には心配かけたくなかったから助かったわ」
わたくしのベッドの中で布団を被って隠れておられたえりなさんに声をかけると、彼女は顔を出してお礼を言われました。
そう、彼女の指示でわたくしは緋沙子さんに嘘をついたのです。えりなさんはここに居ることを彼女に知られたくないと仰ったので……。
「どうされたのですか? やはり、進級試験のことを不安に感じられているのでしょうか?」
「それもあるけど、あなたに話したいことがあるの。あなたのお父様、才波様のことで……」
「さ、才波様!? 何を仰っているのです? もしや、えりなさんはわたくしの父をご存知なのですか? 確かに薊さんが父のことを話されてから様子が……」
いきなりえりなさんがわたくしの父を“才波様”と呼ばれたのでびっくりしました。
よく考えたら、薊さんがあの日わたくしの父のことを確認されたときから明らかに彼女の態度が変わられたと感じたので、えりなさんは父を存じているのかもしれません。
「前に宿泊研修から車で一緒に帰ったときに話したでしょう? 私の最も尊敬する料理人のこと――その方が才波城一郎様なの」
「えりなさんが、尊敬する格好いい料理人がお父様ですの? ふふっ、そんなはず……、だって、全然格好良くなんて……、確かに腕は誰よりも良いですが……」
宿泊研修の帰りのお話は覚えています。えりなさん程の方が見惚れるような男性がどんな方なのか興味があったのですが、自分の父だと言われると「それはない」と申し上げたくなります。
ガサツで無神経でだらしない父を格好いいだなんて……、あり得ません。
しかし、恵さんたちにも評判が良いので外では猫を被っているのかもしれませんね……。
「あの日、あなたのお父様のことを聞いて、すごくソアラのことが羨ましかったわ。あなたの料理からあの人を感じた理由もわかった。私に料理が楽しいと思い出させてくれたのもあの人の料理を受け継いでいたからなのね……」
「えりなさん……?」
そして、えりなさんはポツリポツリと自分の昔話をされました。
それは彼女の幼少期まで遡ります。
「ある日まで私はきっと、料理というものに何の情熱も持っていなかった。“神の舌”を持つ者、薙切家のために、連日のように味見をしておびただしい数の皿を前にして味に絶望した日々を送っていたの」
「小さな頃からそんなことを、されていたのですね……」
「そんなとき、私は才波様に会ったのよ。あの日は珍しく味見役の仕事がキャンセルになって――」
えりなさんがわたくしの父と出会ったのは、ちょうど幼少期の彼女が暇を持て余していたとき、仙左衛門さんに対して父がお忍びで料理を振る舞っているときだったとのことです。
彼女は空腹で、父の前でお腹を鳴らしてしまいました。すると、父は彼女にも料理を提供したのです。
「彼の料理からは心の奥からあたたかさが広がっていくような――今まで食べてきた皿とは全然違う感動があったわ。そう、料理が心の底から楽しいと思えるような……」
「そんなことがあったのですね……。父とえりなさんの間に……」
どうやら、父の料理を召し上がったことがきっかけで、えりなさんは一皿に対する情熱と楽しさを知ったみたいです。
確かに父の料理にはそんな力があります。だから、わたくしもお料理が大好きになってしまいました。
「それが初めて料理を素晴らしいと思った日のこと――。そして、その日から半年ほどたった頃……。お父様の“教育”が始まった……」
「才波様の料理を食べた時の感動はずっと覚えていたのよ。けれど、お父様の仰る理念の正しさも私には忘れられずにいた。いえ、むしろそちらに傾いていたわ。あの編入試験の日、あなたに出会うまで――」
「編入試験ですか。ちょっと前ですが、懐かしく思います。卵料理のお題でしたね」
そして、えりなさんはわたくしと出会った編入試験の日のことを振り返りました。
あれから何年も経ったような気すらします。
「楽しそうに調理をしているあなたが不思議でならなかった。考えたことのない角度からの発想力には驚かされた。そして何より、私を楽しませようとする心が伝わったのよ。まだまだ粗削りな技術でとても一流とは呼べない品なのに、私はあなたの品が好きになってしまっていた――」
「あのときのえりなさんのお顔はよく覚えています。わたくしこそ、あなたに魅せられてしまったのですから――」
えりなさんがそこまでわたくしの料理のことを想ってくれていたなんて信じられません。
わたくしもあの日から彼女に笑って頂きたいと想って包丁を握るようになりました。
だから、えりなさんにそこまで言ってもらえてとても嬉しいのです。
「この前の司先輩との食べ比べだけど、かなり迷ったわ。彼の品の完成度はほとんど100点に近かった。あなたの品は95点ほど……。なのに、また食べたいと思ったのはソアラの料理なの。次は必ずあなたはもっと美味しくする。あなたは私のことを知ってくれている。そう感じたわ」
「“神の舌”だと言われているけど、あなたは緋沙子と同じように一人の友人として私の好みを探そうとしてくれた。悔しかったのは、緋沙子の方が私よりあなたの品を楽しんでいたこと……。だから、あなたに私のことをたくさん伝えたかったの。知ってもらえれば、今度こそあなたは――」
「ええ、次こそはえりなさんに美味しいと仰ってもらえるようにしますわ」
えりなさんの舌はとても繊細にして鋭敏なので、好みを突くと言っても針に糸を通すよりも遥かに細かく神経を使う必要があります。
彼女は確かに絶対的に近い味覚を持っているのですが、それでも人間なのです。機械とは違って個性はあります。
だから、
「う、うん……。ありがと……、ソアラ……」
「しかし、えりなさん……、先ほどは思いつめたような顔をされていましたが、その話をされたかったからですか?」
わたくしは一通り彼女の話を聞いて疑問に思いました。
えりなさんの表情からは不安や緊張が大きく感じられたからです。
確かに彼女には薊さんのことや極星寮のメンバーに退学の危機が迫っていることが重圧になっているのでしょうが、理由はそれだけでしょうか……。
「……だから、怖いのよ。あなたが居なくなることが。あなたを見ていれば、料理や料理人は自由でありたがっているのは分かるけど。父に逆らってあなたにもしもの事があったら、と考えると」
「大丈夫ですよ。えりなさん。前にも言いましたけど、わたくしは絶対にあなたから離れません。ずっとこうしていられる位置に居ますから」
わたくしはえりなさんを力強く抱きしめて、背中を軽く叩きながら、何があっても彼女から離れないと約束します。
えりなさんが居てほしいと望むならわたくしはずっと側にいるつもりです。
「本当に? 司先輩が結婚という言葉を出したとき、私は混乱して頭が真っ白になった。あなたが居ない生活に耐えられる気がしなかった――。だから、私は――。んっ……、んんっ……」
悲しそうな顔をされて、信じきれないと口にされるえりなさんの唇を、わたくしは気が付けば奪っておりました。
「んっ……、そんな顔をしないでくださいな。わたくしは約束を必ず守りますから」
彼女の柔らかな唇の感触に蕩けそうになりながらも、わたくしは約束を守ると宣言します。
あれ? なぜ、わたくしはこんな大胆なことをしてしまったのでしょう……? えりなさんのお顔が今までにないくらい真っ赤になっています。
こ、これは冗談では済まされないような……。
「い、い、今、キスをしなかった? な、な、なんて破廉恥な。だって、それってお互いが好き同士じゃなきゃ……」
「ふぇっ? ダメでした? えりなさんに対する気持ちを伝えようとしてみたのですが……」
「――っ!? ――だ、ダメじゃない。あ、あの、もう一回だけ……、してもらってもいい? 勇気が出るかもしれない……。わ、私もソアラのこと――」
つい、えりなさんの顔を見て我慢出来なくなりキスをしてしまったのですが、彼女はそれを嫌だとは思わないでくれました。
わたくしとしては、彼女に対して愛おしいと想っている気持ちを伝えたかったのですが、何とえりなさんはもう一度キスをしてほしいと口にされます。
「はい。えりなさん、わたくしもあなたに側に居て欲しいです。ちゅっ……、んんっ……」
「んっ、んんっ……、んんんっ……! ――んっ……」
今度は短くキスをしたあと、少しだけ長い時間、彼女と唇を重ねました。
こうすることで、わたくしも彼女もお互いに心の何かが満たされていくのを感じています。
「ソアラ……、もう私……、後戻りしないわ……」
気付けば、えりなさんの目には力強さが戻っていました。
誰よりも気高くて、凛々しくて、美しい――目に光が宿った彼女はまるで人々に希望を与える救済の女神のようにも見えます。
「えりなさん?」
「明日の早朝に極星寮のみんなを集めましょう。少しだけ寝たら一緒に準備を手伝ってくれないかしら?」
「――そういうことですか。はい。喜んでお手伝いしますわ」
ああ、この方はわたくしたちを全力で助けようとされています。
そして、その彼女はわたくしにそれを手伝って欲しいと求めてくれています。
それに応えないなんてどうして出来ましょうか……。
「あっ! その前に、みんなに伝えてもらってもいいかしら?」
「ご実家に宛てた手紙を処分してもらうのですね。承知致しました」
わたくしは寮の皆さんにえりなさんからの伝言を伝えました。
そして、部屋に戻ってえりなさんと同じベッドで手を繋ぎながら仮眠を取り――ある準備を始めました――。
◇ ◇ ◇
「えりなっちに、ソアラ? いきなり集まれってどういうことー?」
早朝に集められた極星寮の皆さん。吉野さんは何が始まるのか首を傾げておりました。
えりなさんは手に拡声器とカンペを持っておられます。
「おっほん、ごきげんよう、極星寮の各々方」
「何だ何だ?」
「……フン、今日も今日とて見るからにしょぼくれた顔をしているわね」
「……えっ?」
「こんな事では進級試験を受けるまでもなく結果は明らか。今すぐ学園から去ったほうがいいのではなくて?」
チラチラとカンペに視線を送りながら、彼女は寮の皆さんを奮起させようと言葉を放ちます。
煽り文句を一緒に考えて欲しいと言われたのですが、叡山先輩との食戟のときに自己暗示をかけた事からもわかるように、どうもわたくしはそれが苦手みたいでした。
度重なるダメ出しを受けて、結局えりなさんが一人でほとんどの煽り文句を完成させました。
「な、何よー! しょうがないじゃんかー! セントラルに従わない生徒は容赦なくはじかれちゃうんだよ!? 私達だって、もっとこの学園で自分の料理をずっとずっとやっていたいよ! なのにそんな言い方することないじゃん……!」
「「…………」」
吉野さんはここに来てようやく本音を出しました。声には出しませんでしたが、他の皆さんも同様の意見みたいです。
「……私がこの寮でお世話になって短くない日々が流れました。その中であなた達の料理を幾度となく味見してきましたね。その味は時に突飛で時に滅茶苦茶で、私は何度しかりつけたかわかりません。でもあなた方の皿はいつも自由だった」
「……えっ?」
「けれど今のようなへこたれた気持ちのままではそれを活かすまでもなく首を刎ねられてしまうでしょうね! 情けない…! 本当にそれでいいのかしら!?」
今度はえりなさんがこの寮に来てから感じられたことを述べます。
あれだけ不屈の精神で皿と自由に向かい合ってきた皆さんがこのまま活力を失い退学に成ることが耐えられないと伝えたのです。
「で、でもそんな事言ったって、どうやって試験をクリアすればいいか……」
「どうやってもこうやってもありません! “料理”の力で切り抜けるしかないでしょう! あなたたちは幾度となくピンチをそうやって切り抜けてきた人を知っているはずです!」
「幸平……」
「ソアラさん……」
「わ、わたくしですか? いえ、わたくしは別に?」
最後の一言は打ち合わせになかったのでびっくりしていると、皆さんがわたくしをご覧になられたので更に動揺してしまいました。
「バカ! 打ち合わせを忘れたの!? 早く次のセリフを言いなさい」
「ええーっと、こんなところで立ち止まるわたくしたちでは、ありませんよね? 何としてでも生き残れるくらいの根性を見せようではありませんか」
「すげー、棒読み……」
「器用な子だと思ってたけど、役者は無理みたいね」
えりなさんに肘でつつかれて、わたくしが唯一のセリフを暗唱しますと、伊武崎さんと榊さんがそれを酷評されました。
だから、全部えりなさんに任せたかったのですが……。
「もしも、あなた方に絶対に生き残るという意思があるのなら――“神の舌”にかけて私があなた方をサポートします! 生き残る意思なき者は今すぐここから去りなさい! そしてその意志ある者だけ私と共に試験に臨むのよ! さぁ! あなた方が本当に誇りある料理人ならば! 私についておいでなさい!!」
誰よりも頼りになる料理人が力になるとはっきりとわたくしたちに宣言します。
ちょっと前のわたくしたちには想像もつかなかったことです。
まさに救いの女神がここに降臨されたと言っても過言ではないでしょう。
「えりなっちにそんな風に言われたら……」
「引き下がれるわけねぇぜ……! 上等だオラ!」
「二年生になるぞー! おらぁー!」
極星寮の皆さんに活気と希望が戻ってきました。やはり、こういう雰囲気の方が皆さんには似合っていますね……。
「あのう、わたくしのセリフって要りましたかね」
「貴様! えりな様の台本にケチをつけるとはいい度胸だな!」
「そ、そんなぁ。理不尽ですよ。緋沙子さん」
それを見て、わたくしは素朴な疑問を発すると、えりなさんを全力でサポートすると一緒に誓ってくれた緋沙子さんに肩をグラグラと揺らされて怒られてしまいました。
何にせよ、わたくしたちはこのまま終わらないために進級試験の対策を一丸となって立てることにしました――。
「二年生への進級試験は毎年北海道で行われるのが慣例となっている」
「地獄の合宿と似たような感じなのかな……?」
「たしかに似ているところもあるが大きく異なる点が1つある。それは課題を1つクリアするたびにどんどん移動していくという点だ。南端からスタートし北へ北へと移動を続けながら各地で試験をクリアしていく。北海道の各地に遠月学園が所有する宿泊施設は点在しているからな」
「北海道を縦断するとは、何ともスケールの大きなお話ですよね」
緋沙子さんから進級試験の概要を聞くと北海道を旅しながら行うというスケールの大きな話をされました。
何だかバラエティ番組みたいなことをされるのですね……。
「それを辿りながら合格者は北上していくわけだ。任意・またはランダムでルートが分岐するポイントも存在する。乗り越えなければいけない課題の数は計6つだ! そして最後の試験が行われる旅のゴールはここ。北端の日本海沖に浮かぶこの離島だ…! そして今年は例年と大きく状況がちがう。セントラルによって試験の全てが支配されているのだから……!」
「そう、だからこそあなた方は準備をしなければなりません。試験を乗り越える解答を捻りだすために、現地で柔軟に立ち回る準備をね!」
緋沙子さんが進級試験についておおよその話をされたタイミングでえりなさんがやって来ました。
今日は一段と気合が入ってますね……。
「えりなっち、どこ行ってたの……!?」
「今日から出発までの一週間、私があなた方に対して……北海道講座を開きますわ!」
「ソアラみたいな喋り方になってる……」
「皆さん、忘れないでください。あちらが本物のお嬢様ですよ。わたくしと違って」
えりなさんは白のブラウス、黒のタイトスカート、黒ストッキングを身に着け、さらに髪をアップして、メガネをかけ、指し棒を持った女教師スタイルに変身しておりました。
その格好に意味はあるのかどうかはわかりませんが、恐らく一色先輩と同じく勝負服のようなものなのでしょう。
「しおりによれば、北海道の食材がテーマになるのは例年と変わらないとのこと! 私は幼い頃から全国津々浦々の料理・素材を味わってきました。もちろん北海道についても同様です! その知識をあなた方に授けます! 弾丸を増やすのよ、あなた達が試験を戦い抜くための弾丸をね!」
「「――っ!」」
「ちなみに、少々厳しめに叩き込みますが一切の弱音を許しません。ついてこれますね?」
「「は、はい……」」
ちなみにえりなさんの隣の緋沙子さんもスーツにメガネ姿です。そして、えりなさんはじゃがいもを手に取り、皆さんに見せました。
「北海道といえば素晴らしい食材の宝庫ですが――じゃがいも! これなしに北海道の食を語る事はできません! 北海道での収穫量は全国シェア8割! 50以上もの品種が作付けされているわけですが、手始めにその全ての特徴を頭に入れてもらうわ」
「は!? 50種ぜんぶ!?」
「じゃがいもの後も北海道特有の野菜・魚介・牛肉・ジビエなどあらゆる知識を叩き込みます」
「あと一週間しかないのに!?」
ここから、スパルタ教育とも呼べるえりなさんの座学の授業が始まりました。
皆さん早くもげんなりされてますね。ファイトです!
「ソアラさん、すげぇみんな気合入ってるな」
「なんかすごい勢いだねー」
「薙切薊もまさかこんな事になっているとは思わないだろうな……」
にくみさんと美代子さん、そしてタクミさんとイサミさんの4人が寮にやって来られて、皆さんが座学に打ち込んでおられる姿をご覧になっておりました。
「ところで、ソアラ姐さんは混ざらなくて良いのですか?」
「ええーっと、わたくしはそのう――」
「ソアラはもう既に覚え終わりました。水戸さん! 北条さん! アルディーニくんたち! あなたたちも受けていきなさい!」
そう、わたくしはえりなさんが渡してくれた資料を既に全て暗記し終えてやることがなくなっていました。
えりなさんはにくみさんたちにも座学を受けるように勧められます。
「な、なぜオレたちまで……!?」
「あなたたちもセントラルのやり方には反対なのでしょう? だったら聞いておいて損はありません! ソアラ、手が空いてるなら、こちらの方々は任せますよ」
「ということなのですが、受けられますか?」
「「受ける!」」
先に始められた寮の方々とは進度も異なりますので、にくみさんたちにはわたくしから講義を差し上げることにしました。
皆さん、声を揃えて受けると仰ってくれましたので、わたくしは嬉しかったです。
「どんな課題が出るかわかりませんが、課題が出る以上、答えを捻り出す方法は必ずあるはずですわ」
「風穴をあけてやりなさい。あなたたちならそれが出来るはずよ」
わたくしとえりなさんは北海道の食材についての講義を懸命に皆さんに伝えました。
それが通じたのか、皆さんは鬼気迫る勢いで食材に対する理解を深められます。
希望が少しずつ顔を出してきました――。
「えりなさん、勉強会の準備をまだされていたのですね。わたくしもお手伝いします」
「大丈夫。あなたは休みなさい。体力を温存させることも大事よ」
「体力ですかぁ。それなりに自信がありますから、やっぱり手伝います」
「……そうね。じゃあ、お願いしようかしら。こっちの資料を整理して欲しいんだけど」
「お任せください」
えりなさんが一人で明日の講義の準備をされていましたので、わたくしも手伝うことにしました。
体力には自信がありますので、多少のことでは参りません。
「ねぇ、ソアラ」
「はい?」
「一緒に必ず二年生になりましょう」
「ええ、もちろんですとも」
作業を開始してしばらく経つと、唐突に彼女は一緒に二年生になろうと呟きます。
そして、わたくしの顔をジッと見つめて恥ずかしそうな顔をされました。
「あ、あと、それと……、その……、また勇気が欲しいの……」
「えりなさん……」
「お願いだから……、んっ……、んんっ……」
えりなさんは時折、二人きりになるとわたくしにキスをしてほしいと仰られるようになりました。
わたくしは必ず彼女に求められるとそれに応えております。
「んっ……、んっ、んんんっ……、ちゅっ……、ちゅっ……、んっ……、えりなさんったら、随分と甘えられるようになりましたね」
「あ、あなたが悪いの。責任取って貰うんだから」
彼女に甘えるようになったと指摘すると、わたくしのせいだと仰り、責任を取るように命令されました。
恥じらいを感じられている彼女もとても可愛らしいです。
「はい。喜んで、取らさせてもらいます」
「じゃあ、もう一回だけ……、んっ……」
そして、わたくしとえりなさんはもう一度唇を重ねました――。
わたくしもこの方無しでは生きられないかもしれません――。
鶏卵天丼のエピソードはこの二人には必要がないのでカットしました。
えりなのヒロイン力の上昇が止まりません。