【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら   作:ルピーの指輪

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色々と詰め込んで過去最長(1万2千字)になりました。
2つに分ければ良かったかもしれないですがどうしても分けられなくて……。申し訳ありません。


進級試験編
遠月列車は走り出す


「雪ですよ! 恵さん! 雪があんなにたくさん!」

 

「ソアラさん、楽しそうだね……」

 

「幸平さん、そんなに楽しい?」

「雪なんて珍しくねぇだろ?」

  

 わたくしが雪が積もっている北海道の大地に感動しておりますと、北国育ちの恵さんやアリスさん、そして黒木場さんが不思議そうな顔をしていました。

 小学校のときなんて、ちょっと雪が積もっただけで授業をやめて外で遊ばせて頂いたものですが……。まして、こんなに多く積もった場所なんて行ったことがありません。

 

「ソアラ! 雪だるま作ろうよ!」

「良いですね! 大きなのを作りましょう!」

 

「あなたたち! 何を浮かれているのですか!? 許しませんよ。そんなことをしてる場合なのか胸に手を当てて考えなさい!」

 

 わたくしと吉野さんが大きな雪玉を作ろうとはしゃいでいますと、えりなさんが怖い顔をされてそれを止めます。

 

「す、す、すみません。えりな先生」

 

「ま、まぁまぁ、えりなさん。少しぐらいリラックスしたほうがきっといつもの力が出せますよ」

 

「そ、それもそうね。あと、吉野さん。えりなっちでいいわよ……」

 

「い、良いんだ……。てか、ソアラに甘いよね。えりなっち……」

 

 わたくしがえりなさんを嗜めますと、彼女は納得して頂き、バスが来るまでのしばらくの間雪で遊んでいました。

 

 遠月のバスがやってきましたね。いよいよ、わたくしたちの運命がかかった進級試験が開始されます。

 

『遠月学園高等部1年の皆様ようこそ北海道へ。この進級試験は通称ツール・ド・ノールとも呼ばれています。厳しい北の大地を象徴するような呼び名でございます』

 

『えーここで右手をご覧下さいませ。不合格となった方はあのバスで空港へ直行――東京に強制送還され即退学となります。私どもも皆さまのご健闘を心からお祈りしております。さぁ、お待たせ致しました。このバスはたった今、一次試験の会場に到着いたしました』

 

 セントラルが取り仕切るようになっても、退学者に対する処置は即実行されるらしく、準備万端みたいでした。

 今回、彼らが狙っているのはわたくしたち反逆者だけですが……。

 

 一次試験はどんなことをさせられるのでしょう?

 

「一次試験は複数の部屋に別れてチームになるみたいね……」

 

「班編成は既に学園側で決定済みのようです」

 

「で、うちらの班はこのメンバーかい。随分、露骨に分けられたねぇ」

 

「でもアリスさんや黒木場くんまで……」

「望む所よ。薊おじさまにぎゃふんと言わせるいい機会だもの」

 

「ねー、リョウくん」

「はぁ……」

 

 まず、反逆者たちは同じ班に固められました。

 こちらの部屋では吉野さんと恵さんと美代子さんに加えてアリスさんと黒木場さんが同じ班に分けられております。

 

 そういえば、葉山さんがずっと見当たらないですね。それにわたくしの班は――。

 

「ええーっと、わたくしはえりなさんと同じ班? 薊総帥はわたくしを落とすつもりは――」

 

「なるほど、お父様は私だけじゃなくてあなたにも執着しているみたいね。才波様の才能を欲しがっているのよ」

 

「えりな様! えりな様はこちらの班でございます」

 

 なんとわたくしはえりなさんと同じ班に入れられておりました。

 薊さんはまだわたくしをセントラルに入れることを諦めてないのですか……。

 

「はいどーも。私がこの部屋の試験官を務める遠月学園教師の広井です。この部屋でお題となる食材は鮭。私が認めるレベルのおいしさの鮭を作ることができればクリアとするわ」

 

「ねぇねぇ! これラッキーなんじゃないの!? だってうちの班には魚介のスペシャリスト、黒木場くんがいるんだよ!」

 

「鮭がテーマの食戟で勝ってるもんね!」

 

「それに恵だって港町育ちじゃん。いける! いけるでー――」

「全員薊総帥の特別授業を受けたわよね?」

 

「――っ!?」

 

 鮭料理が課題で黒木場さんや恵さんたちがいると喜んでいた吉野さんですが、“薊総帥の特別授業”という言葉を聞いて青ざめます。

 なるほど、陰湿な手を使うのですね……。

 

「そ、そんなの私たち受けて……」

 

「その時に習った料理を再現すれば問題なく合格ラインに届きますから落ち着いて調理を進める事」

 

「ふーん。そういうことね。なんてわかりやすい嫌がらせ」

「ふんだ! そんな陰湿なやり口絶対跳ね返してやんよ!」

 

 そんなことで戦意を喪失するような方々ではないのは存じてますが、彼女らに配られた鮭も皆さんと違い“ホッチャレ”という産卵を終えた最低な品質です。

 これでは、彼女らにいくら力があっても……。

 

 

「素材まで、明らかに違うのはあまりにも――」

 

「……あの程度で参るような子じゃないわ。大丈夫よ」

 

 えりなさんはわたくしの肩に手を置いて、首を横に振ります。そうですね。仲間を信じないなんて、わたくしがどうかしていました。

 

「えりなお嬢様が気に病む必要はございませんわ。お父上も安心なさいますわよ。悪い虫が駆除できるのだから。そして、あなたのことも総帥はお待ちしていますわ。セントラルの象徴として――幸平創愛さん……。えりな様の事をよろしくとのことです」

 

「わ、わたくしはその……、セントラルには入る気はありません」

「私が気に病む事なんて何一つ見当たりませんわ。でも、特別授業の効果とやらは些か興味があるわね」

 

 広井先生は特にえりなさんのご機嫌を窺おうと張り付いたような笑顔を向けていました。

 悪い虫とは何て言い草でしょう。それに合わせて、えりなさんの目つきが変わります。

 

「えりな様、薊総帥の特別授業のレシピです。これをご覧になって、彼女らと――。――っ!?」

 

「え、えりなさん……?」

 

「意外とスッキリするものね。お父様のレシピを破くのって――」

 

 そして、えりなさんは広井先生が渡した特別授業で配ったらしい薊さんが作られたレシピをビリビリに破いてます。

 清々しい顔をしていらっしゃいますね……。

 

「えりな様! な、なんてことを!?」

 

「ソアラ、手伝いなさい。レシピを丸写しして満足してる連中に教えてあげるわよ。思考を停止した皿がどれだけお粗末になるか、ということをね」

 

「えりなさんと、一緒に料理が出来るのですね」

 

 えりなさんがわたくしにサポートを頼まれました。それだけで、わたくしは心臓が張り裂けんばかりに興奮します。

 こ、このような状況で不謹慎なのはわかっていますが……、あのえりなさんと同じ厨房に立てるなんて……。

 

「嬉しそうにしない! 私のサポートなんだから、もっと毅然としなさい!」

 

「承知致しました」

 

 わたくしは髪を縛って、いつも以上に気合を入れて包丁を握りました。

 共に調理をしたことはないですが、えりなさんの呼吸はわかっています。わかっていますとも――。

 

「――なっ!? この恐ろしいスピードは何? 他のグループは5人で作業しているというのに。たった2人で調理している彼女らの方が数段早い……! えりな様がメインの品を作っている間に幸平創愛はサポートを――いや、これは――」

 

 えりなさんの指示に従い、わたくしは作業します。時には彼女のして欲しいことを先読みして――。

 やはりこの方は凄い。わたくしはまだまだ彼女には及ばないと感じました。

 そして、何よりもこうやってお料理を手伝えることがなんて幸せなことなのかと、実感します。

 

「出来ましたわ。“サーモンのミ・キュイとリエット楽園の淑女風”です」

 

 程なくして、わたくしとえりなさんは鮭料理を完成させました。

 先日、司先輩との食べ比べでわたくしがフランス料理を作ったからなのか、彼女もまたフランス料理を作られています。

 

 ミ・キュイとは分かりやすく言えば半生に調理されたメニューで絶妙な火加減が必要とされる難易度の高いメニューです。

 リエットは簡単に言えばパティのような見た目のペースト状のメニューです。

 

「サーモンを軽く火入れし独特な食感を楽しめる調理法ミ・キュイ。その上にじっくりと炒めた玉ねぎと合わせ旨味を引き出したサーモンのリエットが乗っている……! な、なんて美しく斬新な見た目なのでしょう。 ミ・キュイはえりな様が、リエットは幸平さんが作っているのに、二品でなく一品料理として見事に融合を果たしています。ふわふわに削っているラスパドゥーラチーズと共に食べると更に深みが増した味になって――あまりの美味に飲み込まれてしまう〜〜!」

 

 そう、えりなさんは独特の食感であるこの2つのメニューを一品料理に見事に調和されました。

 わたくしにリエットを作るように命じながら。これは、彼女の“神の舌”と呼ばれる鋭敏な味覚のなせる技です。

 

「チーズなんて、一言も言ってないのにギリギリになって、アイデアを提案するんだから……。合わせるこっちの身にもなりなさい」

「すみません。時間が余りましたので。思いついちゃいました」

「暇つぶしにアレンジって、自由すぎるわよ。まぁ、あなたらしいし、いいアイデアだったけど……」

「えへへ……、初めて一緒にお料理しましたね」

  

 えりなさんはわたくしが唐突にアイデアを提案したことに口を尖らせましたが、その表情は優しいお顔でした。

 今日、彼女と初めて共に調理をした思い出は決して忘れないでしょう。

 

「一次試験、合格です!」

 

 わたくしたちの班は合格を頂きました。広井先生は美味しそうに食べていましたが、途中でハッとしたような表情をされていました。

 どうしたのでしょう……。

 

「2人だけで、最初に合格しちまった」

「えりな様と選抜優勝した編入生だろ? 天才が2人も居るんだ。仕方ねぇよ」

「俺たちは無難にやればいい」

「天才じゃなくても私たちにはセントラルの授業を受けて最高の皿を作れるのだから……」

 

「い、一次試験合格……」

 

 さらに他の班の方々も品を持ってこられ、合格を貰っていましたが、相変わらず広井先生は浮かない顔をされていました。

 

「広井先生。随分と顔色が良くないですが、どうされたのです? 今の品は合格でしたのでしょう? 美味しそうに召し上がっているように見えなかったのですが……」

 

 えりなさんはそんな彼女の態度を言及します。

 合格なのに、その品を美味しそうに召し上がっておられないからです。

 

「え、えりな様の品を食べた後ですから、他の品が霞むのは仕方がありませんわ。しかし、私の基準の美味しさをクリアしているので……」

 

「では、あなたの合格基準は()()()()ということですね。セントラルの底が見えましたわ」

 

 えりなさんはセントラルのやり方に対して、自らが完成度の高い品を創作することで抵抗を示したのです。

 丸覚えさせられた品と、自分の思考と一致させて放たれた品の活力の差は味の差として如実に現れるということを――。

 

「くっ……、しかしえりな様も酷なことをなさいます。生徒たちが皆、あなたの品で自信を喪失されているではないですか。だからこそ、セントラルは必要なのです」

 

「皆が自信喪失? ご冗談を」

「えりなさん! アリスさんたちが――」

 

 広井先生はえりなさんがより完成度の高い品を作ったことで他の生徒が萎縮してしまったと批判します。

 しかし、その時です。アリスさんたちが動き出しました。

 

「幸平! こらぁ! 絶対にお前らより美味い品を作ってやるからな! 待っていろ!」

「えりな! 今日こそあなたに負けを認めさせてあげるんだから。お高く止まっているのも今のうちよ!」

 

「えりなっち! 急ぐからまたね!」

「ソアラさん、私たちまだ負けないよ!」

「姐さん見ていてください! 絶対に合格しますから!」

 

「ふん。あの連中は身の程知らずなだけですよ。えりな様。特別授業も受けてない上に、素材もないのにどうやってマトモな皿を出すのですか? 外に出たとて、無駄ですよ」

 

 食材を自ら調達しても良いと言われた彼女らは走って外へと出て行きます。

 おそらく、()()を調達されに行ったのですね。

 広井先生は無駄だと言っていますが、上手くアレが手に入れば彼女らは、さっきのえりなさんの品を超える美味を生み出すかもしれません。

 

 

「さすがですね。この短時間でトキシラズを見事に見つけて、それを調理されるなんて」

「当然よ。私たちと張り合っているんだから」

 

 トキシラズは鮭の旬である秋でなく春頃から夏にかけて水揚げされる貴重な鮭です。完全に成熟する前で腹に卵や白子を抱えていないためにその分の栄養が全て身に行き渡っています。

 すなわち1年間で一番美味しい状態の鮭ということです。

 ブライン法と呼ばれる品質を全く落とさない冷凍保存法で保存させられていたモノを見つけ出したみたいですね……。

 

 これなら――。

 

「さぁ、おあがりになって、トキシラズの幽庵焼きです」

 

「あなたのフレーズじゃないの? あれ」

「そんなのじゃないですよ。ふふっ、アリスさんったら」

 

 皆さんは素晴らしいチームワークを見せて、一瞬で品を完成させました。

 見ただけで美味だと伝わってくるような鮮烈さがある料理です。

 

「くっ……、こ、この美味しさに抗えない……! 一次試験合格よ!」

 

「お見事です!」

 

「お粗末様ですわ。――なんてね。私たちにかかればこんな課題、簡単なんだから」

 

 合格を頂いたアリスさんはわたくしに向かってウィンクをされました。

 時間も差し迫って緊張感も増していたでしょうに、なんとも強い精神力を持たれた方です。

 

「時間ギリギリじゃない。まだまだね」

「むぅー、えりなの意地悪!」

「まぁまぁ、良かったじゃありませんか。皆さん無事で」

 

 えりなさんとアリスさんが言い争いをしている光景をわたくしたちは安堵しながら見守っておりました。

  

 他の皆さんも各々で食材を手に入れてクリアされたので、誰一人脱落者が出ないままわたくしたちは二次試験の会場を目指して、遠月所有の寝台列車に乗り込みました。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「すごく豪華な列車ですね。試験が無ければ最高の旅行ですのに」

 

「そうね。キレイな風景が見ることが出来るから旅行には最適ね」

 

 わたくしたちは皆さんにお渡しする補修用のプリントを作成しておりました。

 ここから先も様々な知識が身を助けるであろうことは、一次試験でよく分かったので作成には力が入ります。

 

「それにえりなさんも一緒ですから。楽しいです」

 

「――っ!? ば、バカなこと言ってないで――」

 

「皆さんが座学で間違えやすい傾向をまとめておきました。テーマ別で並べております」

 

 そして、わたくしはかなり急いでそのプリントを作成し終えました。

 

「随分と早いのね。もっとのんびりしていても良かったのに」

 

「星を見たかったのですよ。えりなさんと。ほら美しいですよ。ご覧になってくださいまし」

「本当ね。風流というのはこういう事かもしれないわ」

 

 わたくしはえりなさんの隣に椅子を持って行って、窓の外の夜空を指さしました。

 彼女もうっとりとした表情で満天の星空をご覧になっています。

 

「なんだか、イクラみたいですわね。美味しそうです」

「あなたにそんな話をした私がバカなのね……」

「す、すみません。昼間の鮭のせいですわ……」

 

 つい、食い意地が張ったようなことを申し上げたわたくしはえりなさんに呆れられてしまいました。

 例えが悪すぎましたね……。

 

 

「さっきまで、みんなが私たちのところに訪ねて来たじゃない。時間があるなら、体を少しでも休めればいいのに――」

 

「きっと、えりなさんにお礼が言いたかったのですよ。勉強会のことをありがとうって」

 

「べ、別に感謝なんてされることしてないわよ。私が好きでやっているだけで」

 

 えりなさんは皆さんがこの車両には色んなサービスがあることなどをしきりに伝えられに来られたことを疑問に持たれていましたので、わたくしがその理由を答えると、彼女は頬を赤らめて照れていました。

 月明かりに照らされた彼女のその表情はいつも以上に魅力的で麗しいです。

 

「ええ、それは皆さん存じてます。ですから、皆さんも好きでえりなさんに感謝しているのです。もちろん、わたくしも」

 

「あなたは結局、意味がなかったじゃない」

 

「でも、大切な方々を守って頂きました。それだけで、いくら感謝してもしきれませんよ」

 

 そして、わたくしも勿論えりなさんには感謝しております。

 大事な友人たちを助けてくれたのですから――。

 

 

「――ねぇ、ソアラ? んっ、んんっ……」

「んっ……、ちゅっ……、んんっ……」

 

 しばらく星空を眺めていると、えりなさんが恥ずかしそうな表情と共にわたくしの名前を呼んだので、彼女にキスをしました。

 えりなさんの薄くて弾力のある唇に全神経の感覚を奪われて、わたくしは彼女自身を全身に感じます。

 何度唇を重ねてもこの感覚には慣れません。蕩けてしまいそうです……。

 

「――ぷはぁ……、ま、まだ何も言ってないじゃない」

 

 キスが終わると彼女は頬を赤らめながらキッと睨むような視線をわたくしに送りました。

 

「あれ? 違いましたか? 声が甘えたような感じになったので」

「むっ、当たってるけど不意打ちは卑怯です。罰としてもう一度しなさい。んっ……、んんっ……」

 

 えりなさんはいきなりキスをした罰として、もう一度唇を重ねるように命じられ、わたくしたちは互いを再び感じ合います。

 幻想的な星空の下を走る列車の中――永遠にこのまま時が止まれば良いと少しだけ思ってしまいました――。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「えりなっちの北海道講座のお陰でクリアしたよ! 私一人でもできたよ! えりなっちのおかげで……」

「泣くんじゃありません!」

 

 二次試験は麺料理というお題で、皆さんは麺を用意してもらえないという嫌がらせを受けました。

 しかし、そこで万能食材であるじゃがいもの出番です。

 豪雪うどん――北海道でもかなりの豪雪地帯として知られる倶知安地方の家庭料理を皆さんは作られました。

 このうどんは“男爵芋” から精製されるデンプンを活かす品です。

 

「そういうことか。えりな様さえ余計な事をなさらなければ……、こんな生徒達すぐに振り落とせる雑魚の集まりだったのに! えりな様のご慈悲で生き延びただけじゃないか! えりな様の入れ知恵さえなければ……」

 

「それは違いますわ! 私が教えたのはあくまでじゃがいもの特性について。豪雪うどんを軸にどのようにじゃがいもを生かすか考えたのは彼らです。しかと覚えておきなさい。この方達はあなたごときの手に負える料理人ではありません」

 

「えりなさん、格好いいですね。わたくしもあんな風に凛々しくなれれば――」

「ソアラさんも調理中はあんな風になってるんだけどな」

 

 試験に合格した皆さんに不満を述べる試験官をえりなさんが一喝されて、わたくしは胸がスーッとしました。

 凛とされて格好いいですわ――。

 

 

「さぁ、幸平さん! 遊びに行くわよ! リョウくんは自由に楽しんで来ていいわ!」

 

「うす。悪ぃな、幸平。お嬢の暇つぶしとわがままにある程度付き合ってくれ」

 

「黒木場さんも大変ですね……。お任せください」

 

 次の三次試験の会場まで向かう列車の出発時刻まで数時間あり、その間が自由時間となったわたくしたち。

 アリスさんはわたくしと腕を組み、肩に頭を寄せてニコニコされています。

 

「あっ、あの! わ、私も一緒に行っても良いかな? ソアラさん」

 

「ええ。もちろんです。恵さんも一緒に行きましょう」

 

 恵さんが一緒に来ると仰ってくれましたので、わたくしが手を差し出すと彼女は手を握ります。

 

「ソアラさん、私もいくぜ」

「セントラルは姐さんも狙ってるみたいですからね」

 

 さらににくみさんと美代子さんが加わり、大通りに向かおうという話になります。

 

「あっ――」

 

「えりな様? ――はっ! おい! ソアラ! えりな様を放っておくとは何事か! 声をかけろ、声を!」

 

「ちょ、ちょっと緋沙子。わ、私は別に……、ソアラと……」

 

 そんな中で緋沙子さんがえりなさんに声をかけなさいと、声をかけます。

 えりなさんたちは当然一緒に来られると思っていましたわ……。なんとなく……。

 

「じゃあ、えりなと秘書子ちゃんは別行動ってことで」

 

「アリスさん。意地悪を言ってはいけませんよ。えりなさんと緋沙子さんがご一緒してくれれば嬉しいです」

 

「し、仕方ないわね。付いていってあげるわ」

 

 こうして、6人で行動することになったわたくしたちは束の間の休み時間を満喫します。

 

 

「まぁ! 素敵なイルミネーションがあんなに沢山! 幸平さん、あっちに行きましょ」

「いいですね。楽しそうですわ」

「何かイベントをやっているみたいだね」

「えりな様、お飲み物などは大丈夫ですか?」

「大丈夫よ、緋沙子。こういうときくらい、もっとリラックスしていいのよ」

「は、はい! もったいないお言葉です!」

 

 今日は何かしらのイベントが行われているみたいで、きれいなイルミネーションが夜の街を彩り、わたくしたちはその光景に見惚れておりました。

 

「えりなさんは札幌には何度も来たことあるのですよね? こういう美しい風景は見慣れていらっしゃるのですか?」

 

「いいえ、こんなにゆっくり街の景色を見るのは初めてよ」

 

「そ、そうなのですか? 意外です」

 

 えりなさんから日本各地を回られておられるという話を聞いていましたが、彼女がゆっくりと街の景色をご覧になったことがないみたいです。

 

「――ええ。思えば、神の舌を持つ者として味見役を担いフード業界の重鎮達と面会する日々……。私が薙切の邸宅から外出する時はいつもそんな要件ばかりだった。今思うとあの頃の私は何も見ようとしてなかったのかもしれないわね……。薙切家の後継者としての責務を果たすのに精一杯で……」

 

「そんなこと……、ない……、ですよ。薙切、いや、えりな様はあの頃から凄い方でした――」

 

「にくみさん……」

 

 えりなさんが幼い自分は何も見ようとされなかったとご自分を卑下なさると、これまであまり彼女と口を利いていなかったにくみさんがそれを否定します。

 

「水戸グループの娘として何度かお見かけしました。私は……、えりな様が抱えてた辛さとかわかってるつもりですから……」

 

「そういや、あんたもお嬢だったねぇ」

「美代子さん、今はちょっと……」

 

「水戸さん……?」

 

 にくみさんは自分の境遇と重ねるようにえりなさんが凄かったと仰ります。

 

「あ、いえ! 薙切家とあたしの家じゃ格が違うし私なんかがえりな様と自分を重ねるなんておこがましいってわかってます! けど、私も家に縛られてたから……、えりな様はあたしなんかよりもっとすごい重圧を感じてたはずなのにいつでも凛と振る舞っていました。だから、私はえりな様のことほんとに尊敬してるっつーか……、ソアラさんに負けたとき、側にいちゃダメだって勝手に思ったりして……、その……」

 

「…………」

 

「私、あっちの方見てこよっかな! 失礼します。えりな様! ソアラさん、ごめん! 私、変なこと言っちまった!」

 

 以前、えりなさんの指示でにくみさんは丼物研究会の将来を懸けてわたくしと食戟をしました。

 それが縁でわたくしとにくみさんは友達になりましたが、彼女はえりなさんの元を離れたことをずっと気にされていたのです。

 

「やれやれ、あいつ一人放っておくと禄なことが無さそうだから。私、見てきますよ」

 

「あっ! 美代子さんも……」

 

 美代子さんは気まずくなって走り去ってしまったにくみさんを走って追いかけました。

 彼女はにくみさんと親友と言っても良い間柄になっていますから、任せておけば大丈夫でしょう……。

 

「よくわからん奴だな。あの食戟のあと、ソアラの所に勝手に行ったと思っていたが」

 

「秋の選抜の後の緋沙子さんのような感じだったと思いますよ」

 

「うっ……、藪蛇だったか。確かに、えりな様が完璧過ぎるが為に私も気を張っていたからな」

 

 緋沙子さんも葉山さんに秋の選抜で負けたことを気にされてえりなさんの元から離れた時期がありました。

 にくみさんも同じ心境だったのでは、とわたくしが述べると納得されたような表情をされます。

 

「そうなの? 緋沙子」

 

「うぇっ!? いえ、その、今は違います。隣に立てるように、そして私は私で出来ることがあると思っています」

 

 緋沙子さんは以前まで気を張っていましたが、今はなるべく自然体でいこうとされているみたいです。

 雰囲気も柔らかくなっていますので、それは上手くいっているのでしょう。

 

「幸平さんのところはゆるふわな雰囲気だから、居心地が良いのよね。えりなの所と違って」

 

「アリスさん。そんなことないですって」

 

「いいえ、私もあなたの側が居心地が良いもの。気取らなくて済むから。水戸さんも、家のことを忘れられて、一人の友人として付き合えるから、あなたの方へ行ったのよ」

 

「私もソアラさんの側が一番安心するよ。逆にこの学園はお金持ちの子が多かったりするから、感覚が合う人少なかったし」

 

「わたくしもお二人と友人になれて心が楽になりました。大好きな人が出来るってこんなに幸せなことなんですね」

 

「「――っ!?」」

 

 えりなさんや恵さんがわたくしと一緒にいて心が落ち着くと述べましたが、わたくしも同じ気持ちです。

 お二人とも本当に大好きです。

 

「また、貴様はそうやって恥ずかしげもなく!」

「見てられないわね。だらしない顔しちゃって。幸平さんって、ホント酷い人」

 

 本音を口に出すと、顔を赤くされた緋沙子さんが睨んでこられて、アリスさんは諦めたような表情で首を横に振りました。

 

 何か変なことを申し上げましたかね……。

 

  

 自由時間も終わろうとしていたので、わたくしたちが列車の出発するホームに行きました。

 そこで、わたくしたちは違和感を感じます。

 

「あれ? 他の方々が見当たりませんね」

 

「先に乗ってるんじゃない? リョウくんったら、外で待っていないなんて。もう! あら? リョウくんからだわ」

 

 ホームにわたくしたちと同様に反逆者と呼ばれている他の方々が見当たらないことに気付いた時、アリスさんのスマホに黒木場さんから着信が入ります。

 

『お嬢、どの車両に居ますか? いい加減探すのが面倒になって来たんすけど』

 

「車両? まだ、私たちはホームよ」

 

『そりゃ、おかしいっすよ……。この列車、30分も前に出発してます……』

 

「「――っ!?」」

 

「ま、まさか……」

 

 黒木場さんは列車が30分前に発車したとわたくしたちに伝えられました。

 これは、もしや仲間を分断する作戦で来られたのでは――?

 

「別に驚くことじゃねぇだろ。最初からわかってたことなんだからさ」

 

「あの、どういうことなんですか?」

 

「しおりに書いてあっただろ? ルートは分岐するって、バラバラになった奴とまた会えるのは最悪最終試験場だ。それまで生き残ってれば、だけどな。次の三次試験はお前ら反逆者全員十傑とのガチ対決だ。楽しい旅にしようぜ」

 

 そこに突如として竜胆先輩が現れます。

 

 セントラルは本当にこちらを完全に潰そうとされているみたいですね……。まさか、ここに来て十傑の方々と戦わなくてはならないとは――。

 

 

 

 

「あれから電話で確認しましたが私たち反逆者は4つのルートに分けられたようです」

 

 それから、列車で一泊して迎えた翌朝、状況を皆さんから確認されたえりなさんが、それを伝えます。

 4つのルート――皆さんどうか無事に切り抜けられると良いのですが……。

 

「おーい。こっち来いよ。朝食まだだろ? 折角だからご一緒してけ? そういや、司のバカヤローがソアラちゃんにプロポーズしたんだって? とりあえず、ぶん殴っといたからさ。悪いな、あいつ本当にバカなんだ」

 

「い、いえ。気にしてませんから」

 

「ちょっと、幸平さん。今の話面白そうなんだけど」

「そ、ソアラさんがぷ、プロポーズ? はわわ、そんなことがあったなんて……」

 

 竜胆先輩が先日の司先輩のプロポーズについて謝罪されました。

 気にしていませんし、殴られた司先輩が気の毒です……。

 

「それより早く試験についてお聞かせいただけるかしら? 反逆者達への試験内容、真っ当かつ正当な勝負なのでしょうね? 昨日までのような不正行為はありませんね?」

 

「そりゃ試験官達が勝手にやった事。あたしらは汚ねぇ真似なんかしねぇよ」

 

「それで、わたくしの相手はまさか竜胆先輩でしょうか?」

「待ちなさい。ソアラ。あなたは私と同様に反逆者として扱われていない。だから――」

 

 えりなさんが試験概要を竜胆先輩に尋ね、わたくしは自分の対戦相手を尋ねます。

 しかし、えりなさんはセントラルはわたくしを残そうと動いているので、対戦相手はいないと思われているみたいです。

 

「いや。ソアラちゃんの相手もいるぜ。どうやら、薊総帥はソアラちゃんのメンタルを鍛えたいらしいんだ」

 

「それはどういう意味ですか?」

 

「ソアラちゃんと新戸緋沙子、お前らの相手は新たに十傑入りした葉山アキラだ」

 

「は、葉山さん!?」

「葉山アキラが私たちの相手だと!? その胸のエンブレムは――」

 

 竜胆先輩がわたくしたちの質問に答えた瞬間、今まで姿を見せていなかった葉山さんが現れました。

 胸にセントラルのエンブレムを着けられて……。

 わたくしと緋沙子さんの相手をされるというのはどういうことでしょう……。

 

「見てのとおりだ、あいつは確かに新遠月十傑メンバー、セントラルの葉山アキラだ。とりあえず暫定席次として九席に入ってもらってる」

 

「ってわけだ幸平、新戸。もう俺はお前らと対等じゃねぇ。お前らをテストしてやる立場にいるんだよ」

 

「何を偉そうに!」

「まぁ、十傑ですから本当に偉いんですけど」

「貴様はこの状況で呑気なことを言うな!」

 

 葉山さんはいつの間にか十傑になられていたみたいです。暗い表情をされてますが、何があったのでしょう……。

 

「ちなみに朗報だ。お前らの試験は最低1人は合格出来るらしいぜ。もう1人を蹴落とす覚悟があればな――。試験は3人でバトルして最下位の奴だけ落っこちるんだっけか? 普通にやりゃあ、実力的に落ちるのは――」

 

「くっ……、私か……」

 

「幸平が手心を加えなければな。幸平創愛、てめぇの実力は俺も認めてる! 仲間を切り捨てるくらいの非情さを持て! 甘さが無くなりゃ、お前もこっち側で活躍できる!」

 

 試験はどうやら葉山さんとわたくしと緋沙子さんで料理の対決をして最下位になられた人間が退学というルールのようです。

 なるほど、葉山さんと戦うだけでなく、わたくしと緋沙子さんで争わせるということですか……。

 

「えりな様の試験会場はあちらです!」

「離しなさい! 無礼な!」

 

「え、えりな様! くそぅ! なんで私はこんなにも無力なんだ!」

 

「そこの足手まといを切り捨てる覚悟を持って、俺との勝負に挑め。頑張って2位入賞を目指すんだな。幸平……」

 

 悔しそうな表情の緋沙子さんと、冷たい目をされている葉山さん。

 三次試験は波乱の戦いの幕開けでした――。

 




普通に葉山と戦っても盛り上がらないし、そもそもソアラを退学にさせるつもりがセントラルにないので、秋の選抜のリベンジのチャンスを秘書子に与える展開にしました。
これによって連隊食戟のメンバーは変わります。
タクミの代わりにアリスが、美作の代わりに秘書子が入ることになる予定です。
ソアラが強すぎるので、戦力的には原作と変わらないか上だと思います。
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この理由は単純に女子率を上げたいだけです。つまり作者の欲です。

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