【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら 作:ルピーの指輪
「葉山さんがセントラルですか〜」
「どうした? 軽蔑してるのか?」
「いえ、汐見ゼミはどうなったのか気になりまして……」
「潰れたよ――」
「やはり……」
葉山さんは汐見ゼミが潰れたと、冷たい口調で言いました。
彼の雰囲気から察しはついていましたが、間違いなく彼ほどの人物がセントラルに付いたのはそれが大きく関わっているのでしょう。
「セントラルには感謝してるぜ。お前からもらった屈辱の1敗……。そのリベンジをさせてもらえるんだからよ。お前を倒して俺は再び頂点を目指す」
「葉山! 貴様! 私こそ貴様に負けたことは屈辱的だった! リベンジをさせてもらうぞ!」
「凡人はお呼びじゃねぇ。お前はただの踏み台だ。新戸緋沙子。薙切のお守りから一歩も前に進めてないお前など敵ですらない」
「――っ!? 何だと貴様! 言わせておけば!」
葉山さんは緋沙子さんを明らかに侮っており、わたくしに秋の選抜でのリベンジを果たすことしか頭にないみたいでした。
緋沙子さんは片手間で勝てるような相手ではございませんのに……。
「じゃあ聞くが、お前はそこの幸平に勝てるのか? 才能の差を既に理解しているんじゃないのか? 薙切えりなに勝てる自信はあるのか?」
「うっ……、それは……」
「葉山さん。緋沙子さんは前に進んでいます。わたくしにだって、えりなさんにだってない強さを持っている人です」
「幸平、お前は誰にでも甘い! その甘さを無くせ。下手な優しさは逆効果だぜ」
「でも彼女は!」
「止めてくれ! ソアラ! 頼むから……、それ以上私を構わないでくれ……」
「緋沙子さん……」
葉山さんがあまりにも緋沙子さんを貶めるようなことを言われますので、わたくしが反論をしますと、彼女は泣きそうな顔をされてわたくしを止めました。
このままだと、戦う前に彼女は――。
「そろそろ三次試験の説明をして良いかしら?」
「「――っ!?」」
「「ど、堂島シェフ!」」
「まさか、あなたが出てくるとは思いませんでした……」
そんな中、堂島銀華シェフがわたくしたちの前に現れました。
思わぬ再会にわたくしはびっくりします。
「選抜決勝以来ね、幸平さん、それに新戸さんでしたっけ? 今回の試験は私が取り仕切るわ」
「堂島シェフがですか……?」
「ええ。では、早速ルール説明にさせてもらう。お題は例年の進級試験で頻出していた中から無作為に抽出し決定されたの。対決テーマは“熊肉”」
「くま……?」
「……フッ」
「“熊肉を最高に美味しく味わわせる一品”でぶつかってもらうわ! 対決は3日後! それまでは準備期間とする。宿泊する部屋と試作のための厨房を全員に用意している。審査員は遠月グループから公平たる人物をピックアップすると約束するわ。更に当日使用する熊肉については最適に解体・血抜き・熟成を済ませたものをこちらで用意する。それ以外の食材は各自で調達をおこなうこと。説明は以上よ」
堂島シェフはわたくしたちに今回の試験内容について説明をされます。
熊肉とは――最近、ジビエに縁がありますわね……。
審査は公平なのは朗報です。そして、堂島シェフが取り仕切られることも――。
「――だそうだ幸平、まさか受けねえなんて言わねえよな? お友達と戦いたくねぇって」
「……見損なわないでくださいな。わたくしとて譲れないことがあるのです。試合では自分の持ちうる力を全て発揮して最高の品を出せるように尽くします」
「それを聞いて安心したぜ。友人を蹴落とすことも躊躇わないのは正直意外だったが」
「料理を作るのなら、本気で品を出すのは当然ですし。本気で作ったところで誰が勝ち残るのか分かりません。お二人とも、蹴落とそうと思って蹴落とされるほど弱くないのですから」
「あくまでも、新戸もライバルだと認識してるってわけか。まぁ、お前が本気で品を作るのなら後はどうでもいい……。じゃあな幸平、せいぜい試作に励んでくれ」
わたくしが緋沙子さんを気遣って手を抜くことを葉山さんは懸念していると仰ってましたが、そんな失礼なことをするはずがありません。
食べてくれる方々がいらっしゃるのに気を抜いた料理を出すなど出来ませんから――。
葉山さんは最後まで緋沙子さんには全く興味を示さずに去っていきました。
「それにしても、まさか葉山さんが薊政権側についてしまうなんて……。もしかして堂島シェフもセントラルの一員になってしまわれたのですか?」
「いいえ、私はあくまで中立の立場よ」
「それを聞いて安心しました。それと、汐見ゼミが潰れた話はやはり本当なのでしょうか?」
「ええ、確かに今の学園には存在しないわね」
堂島シェフはあくまでも中立の立場だと強調されました。さらに、汐見ゼミが潰れたことも事実だと教えてくれます。
「なるほど。緋沙子さん。色々な情報が入って来ましたわね。葉山さんが九席になって――」
「…………」
「あのう……、緋沙子さん?」
「…………えっ? な、何か言ったか?」
わたくしは緋沙子さんに声をかけますが、彼女は目の力を失って、ぼんやりされていました。
「葉山さんに言われたこと気にされているのですか?」
「……そうだ。葉山と貴様に勝てる気がどうにもしなくてな。えりな様に追いつこうとしているのに、情けない」
「…………」
「な、なんだ。普段、貴様のことを弱気だのなんのって言っていることを――。――っ!? ソアラ……」
緋沙子さんが葉山さんに言われたことを気にされて俯いていましたので、わたくしは彼女を抱きしめます。
弱気になるくらい誰にでもありますし、前を向いて頑張ってきた彼女がこんなことで潰れたりするはずがありません。
「大丈夫ですよ。緋沙子さん。わたくしもえりなさんも知っていますから。あなたの努力も苦心も……、強さも……。落ち着いて、いつもの力を出すだけで良いんです」
「……いつも貴様はそうやって。でも何故だろう……? 何でこんなにも心地良いんだ……。さっきまでの絶望が……」
震えている彼女はいつもよりも小さくなったように見えます。
背中を軽く叩きながら、声をかけますと緋沙子さんは落ち着きを取り戻してくれました。
「さ、最近の子は大胆なのね……。とにかく、二人とも今は目の前の皿に集中するべきよ。厳しい戦いになることは間違いないのだから」
堂島シェフはわたくしたちを激励して、厨房へと案内してくれました。
二人分厨房は用意してもらっていますが、とりあえず、わたくしは緋沙子さんと同じ厨房に入ります。
「さて、堂島シェフが仰ってくれたみたいに試作用の熊肉もあるみたいですから、まずは何か作ってみますか?」
「そ、そうだな。では、私は別の厨房へ……」
「ええっ? 一緒にやりませんの?」
緋沙子さんがもう一つの厨房に行こうとされたので、わたくしは彼女に一緒に熊肉料理について研究しないのかと尋ねます。
「何を言っている? 私と貴様は対戦相手なのだぞ」
「そもそも、その考え……、間違いだと思いますわ」
「何だと!?」
「対戦相手は葉山さんだけです。わたくしたち、二人のどちらかが負けてしまったら、こちらの負けなのです。だって約束したじゃないですか、全員で二年生になるって」
「そ、それはそうだが……」
セントラルはわたくしと緋沙子さんの同士討ちを狙っているみたいですが、それにこちらが乗って差し上げる必要はありません。
「それに、今回の食材は熊肉。葉山さんにとって、絶対的に有利な品なのです」
「確かにジビエの中でも熊肉は特に臭みがあると、吉野も言っていたな。臭み抜きには香辛料は必須。スパイスのスペシャリストの葉山の独壇場というわけか」
「下茹で・火入れ・味付けなどの各段階で工夫が必要になるはずです。ならば、今のわたくしたちがすることはお互いに協力をして、皿の力を高めることだと思います」
二人で勝ち残らなくては意味がないので、協力して勝てる方法を考える方が建設的です。
葉山さんはきっと持てる技術を総動員して熊肉の風味を最大に活かすことくらいはやってのけるのでしょうから……。
「貴様は対戦相手の私を敵だと思ってないのか?」
「何を仰っていますか。わたくしはいつだって、緋沙子さんの味方です。例え、試合で対戦することとなっても。だから勝ちましょう。二人で葉山さんに……」
「そ、そうか。すまない。私は貴様が敵になることが1番怖かった……。勝ち負け以前に、えりな様が好いている貴様と争うことが――」
「ひ、緋沙子さん?」
緋沙子さんはわたくしの胸に額を当てて、敵対することが怖かったと仰ります。
そして、顔を上げて上目遣いで目を潤ませながらわたくしの目を真っ直ぐに見ました。
「それ以上に、私もソアラのことが……、す、好きになってしまったんだ」
「ふぇっ!? め、珍しいですね。そんなことを仰るなんて」
突然、はっきりと好きだと言われてわたくしは驚きました。
彼女はそういったことを言われるタイプではなかったからです。
「き、貴様がえりな様と不埒なことを時々していることは、し、知っている……。えりな様も貴様に慰められて元気になっておられるから、それも良しと黙っていた……」
「み、見ていらしたのですか?」
「あんな表情をされているえりな様は見たことがないからな。私が気にしないわけないだろう。正直、あのえりな様があのように――」
「…………は、恥ずかしいですわ」
なんと、緋沙子さんはわたくしとえりなさんが隠れてキスをしていることを存じておりました。
ちょっと待ってください……。すごく恥ずかしいのですが……。
「わ、私だって見てて恥ずかしかったぞ。それにちょっとだけ……、羨ましかった……」
「そ、それはどういう……」
「ソアラ……、私にも勇気をくれないか? ここで負けてはえりな様にも申し訳立たない。しかし、どうしても一歩が踏み出せないのだ。き、貴様に慰めて貰えれば……、そ、その……、頑張れると思うのだ……」
「緋沙子さん……」
「……すまない。い、今のは忘れ――、んんっ……、んっ……」
緋沙子さんが艶っぽい表情で顔を近付けて来られたので、わたくしは彼女と唇を重ねました。
ふわっとした甘い香りと共に彼女の唇の感触がわたくしの五感を刺激し、緋沙子さんもそれに答えるように何度も唇を奪い合います。
「んっ……、んっ……、ちゅっ……、んんっ……、わたくしも緋沙子さんのこと好きですよ」
「…………ふにゃあ」
何度か短いキスを繰り返して、わたくしも彼女に好意を伝えると、緋沙子さんは崩れ落ちるように膝をつきました。
真っ赤に頬を染めて、ボーッとされています。
「えっ? だ、大丈夫ですか? 緋沙子さん」
「な、何だ今のは……、こ、こんなに……。え、えりな様が夢中になるのも……」
「ふふっ、今の緋沙子さん。とっても可愛らしいお顔をされてますね」
「ば、バカ者……」
わたくしは彼女に手を貸して立ち上がらせると、緋沙子さんの目には力が戻っておりました。
それでは、熊肉を扱ってみましょう……。
「実際に熊肉を調理するのは初めてです。緋沙子さんは経験はありますか?」
「ほとんど未経験だと言っていい。とにかく、臭いがどれほどか知っておくためにシンプルに塩だけで焼いてみるか?」
「そうですね。風味なども知っておきたいですし」
わたくしたちはフライパンで簡単に塩だけで味付けして熊肉を焼いてみることにしました。
こうすれば、何を足したりすれば良いのか答えが出やすくなると思ったからです。
「あら? なんだか、普通にいい匂いがしますね。解体処理などがきちんとしているからでしょうか……?」
「うむ。野生味というか、そんな感じはあるが、思ったより大丈夫そうだな」
「できましたね。では、さっそく一口……」
「――はむっ、甘くてコクのある脂がじゅわっと溢れて……。多少、クセは強いが意外といけ――」
「「――っ!?」」
香りや見た目から思ったよりも食べやすいかもしれないと楽観視してみたのですが、やはり甘かったです。
咀嚼した瞬間にそれをわたくしたちは思い知りました。
「こ、これはなんとも……」
「急にぬもっとした風味が顔を出したな」
「動物園でお弁当を食べている気分になってきました……」
「はっきり言って、これは臭い。かなりの臭さだ……」
熊肉の独特すぎる風味はかなりクセが強く、臭いとはっきりと認識できるほどでした。
これは臭い抜きだけでも一手間かかりますね……。
「ここにある材料でこれって何とかなりますかね……」
「にんにくを使った程度では消えまい。試したい香辛料は……、月桂樹と八角と……」
「あとは、赤唐辛子ですか……。あと3日しかないのですから、臭み抜きで時間を取られるわけには――」
「「――っ!?」」
わたくしたちが試したい香辛料について話し合っておりますと、どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきます。
なぜここで、この声が聞こえるのでしょうか――?
「せいっ! せいっ!」
「せいっ! せいっ!」 「せいっ! せいっ!」
「――な、なんだ!? 貴様ら!」
「こ、この方々は――!!」
「
「やはり……」
「あ、あなたは……!」
厨房に現れたのは中華料理研究会の方々でした。
そして、中華料理研究会の方がいるということは――。
「ちょっとちょっとちょっとー! 浮かない顏しちゃってんじゃーん! 足りなかった
「久我先輩!」
「やっほー、可愛い後輩のピンチを助けるために久我先輩がやって来てあげたよん」
久我先輩がわたくしたちを助けるために来てくださいました。
香辛料をかき集めて、持ってきてくださったのです。なんて、優しい先輩なのでしょうか……。
「まぁ! ありがとうございます! わざわざ」
「怪しい……、何か裏があるような……」
「新戸ちん! そーんな、怖い顔しないでさ。もっと先輩を素直に信じる心を持ったほうがいいぞよ」
「は、はぁ……」
久我先輩はいつものようにニコニコされながら、わたくしたちの顔を上機嫌そうに眺めておりました。
「とりあえず、先輩としてのアドバイスは1つだけだよ、幸平ちん。葉山アキラを挑発して食戟をするんだ。十傑の座を賭けて」
「それはしませんわ」
「はっはっはー! だよねー。幸平ちんのキャラじゃないわな。んじゃ、新戸ちんでもいいよー。あ、でも新戸ちんじゃ葉山には――」
「か、勝ちます! 私は葉山アキラに勝ってえりな様との約束を守ります。それに、彼にはリベンジしたいと思ってましたから、良い機会を貰えたと思ってます」
久我先輩は葉山さんと十傑の座を賭けて食戟をして欲しそうにされております。
彼は緋沙子さんの力を低く見積もっていたみたいですが、彼女が力強く葉山さんに勝つと宣言すると真剣な表情になりました。
「へぇ、聞いてたより闘争心満々って顔してんじゃん。新戸緋沙子ちん……。まっ、俺としてはセントラルに好き勝手されてる現状が気に食わねーし。だからこそ、1番認めてやってる後輩を焚きつけようと思ったんだけどさ。よーしよし、お前ら二人ともサクッと葉山を倒しちゃえるように、先輩が協力しちゃろう。遠慮はいらんぞよ」
「では、さっそく先輩が持ってこられたスパイスを使ってみますか?」
「そうだな。私も何かを早く掴みたい」
久我先輩は特に見返りなどは求めずに全面的に協力すると仰ってくださいました。
ですから、わたくしたちは自分なりに香辛料を使って一品作ってみました。
「うぉっ!? やっぱ、幸平ちんはさ、とんでもない奴だわ。スパイスの調合――葉山にも負けてないんじゃないの? 臭み消し完璧じゃん」
「複雑な香りの計算が実に綿密に行われている。この前の鹿肉のメンチカツのときも思ったが……」
わたくしは独自にスパイスを調合して、ソースを作り、熊肉をステーキにしてみました。
スパイスの特徴はほとんど記憶しており、それを頼りに香りを想像してイメージを膨らませるというやり方をするようになってから、香りを引き立てることは上手くなったような気がします。
「しかし、葉山さんはさらに上をいくでしょう。ただ、香りを消すだけでなく別の切り口で対抗できないことには……」
ただ、わたくしは香りを消すだけでは物足りないと考えておりました。
葉山さんにはこれくらいでは対抗できないのは明白だからです。
「新戸ちんは、熊鍋か」
「ネギや春菊を赤トウガラシと一緒に煮こんで熊の臭いを柔らかくする料理です」
「新戸ちん。蓋開けといた方がいいよ。熊肉の臭いが籠っちゃうと風味が悪くなることがあるからね」
「なるほど」
久我先輩から緋沙子さんの熊鍋作りをアドバイスを送りながら見守っておりました。
そして、彼とわたくしで彼女の熊鍋を試食します。
「いいね……、熊の臭みがいい感じに消えてどっしりした風味の肉汁と出汁が溶け合ってる。それに――」
「血行が良くなって、ポカポカしてきましたね。美味しいですし、体にも良さそうです。薬膳としても香辛料を使われているのですね」
「数少ない私の特技だからな。やはり、食事というのは体を作ることだからそれは大切にしたい」
「緋沙子さんらしいです。あと、熊鍋は臭い消しに味噌を利用してるのも特徴ですよね」
「うん! スパイスだけじゃなくて他の材料との組み合わせも考えなきゃってことじゃのう。――クセの強い肉をヨーグルトに漬け込むなんてのもよく知られたテクっしょ」
「ええ、上手に考えたいところですね」
熊肉と付き合う為には香辛料はもちろんのこと、他にも組み合わせる素材も大切にしなくてはなりません。
緋沙子さんはこのまま熊鍋を作られるのでしょうか……?
「で、どうすんの? 新戸ちんは熊鍋でいくの?」
「そ、そうですね。熊鍋なら……、――っ!? そういえば、臭みを強みにしてた奴が居たような……。臭いを逆に旨味に変えるそんな発想もあるぞ……」
「チーズや納豆もそうですよね」
「つまり臭みというのは敵じゃない。臭さはうまさの源になる大事な要素だ。熊肉の臭いを活かせないのは私が熊って素材を何もわかってないから」
熊鍋に決めかけた緋沙子さんは、急にハッとした表情をされて臭いを品の強さに変えるという発想を口にされました。
確かに素材について理解が深まれば、何かが掴めるかもしれませんね。
「山に入ってみたいですわ。この素材が生きてた場所の事を知りたいと思いませんか?」
「山だと!? この冬に! 確かに知りたいとは思うが……」
「見て、歩いて、空気を吸って全身で味わってみたいです」
わたくしが熊の生態について理解するために山に行きたいと希望を口にしました。
緋沙子さんも驚いてはいましたが、知りたいという気持ちはあるみたいです。
「ほほう。いい心がけだねぇ。はい集合ー!」
「「押忍!」」
「最速で山に入る手はず整えてくれる?」
「「押忍!」」
「ほれ。幸平ちんも新戸ちんも支度して」
「あ、ありがとうございます」
「すみません。久我先輩、私たちのために……」
久我先輩が中華料理研究会の方々に声をかけて山に行く準備を整えて下さいました。
そして、わたくしたちは冬山に向かいます。熊肉料理のヒントを掴むために――。
◇ ◇ ◇
山から戻ってきたわたくしたちはお互いに新しい品についてのビジョンが浮かび、試作品を作り、確かな手応えを感じておりました。
そして、夜になり、わたくしは緋沙子さんの部屋にお邪魔して寝る前にお互いの品について語り合っています。
「お互いに何かが掴めましたわね」
「あ、ああ。素材の住んでる環境を歩くなんて考えてもみなかった。少しだけ世界が広がった気がする」
「五味子茶、ありがとうございます。緋沙子さんって、いつもこうやって体を気遣ってくれますよね。熊肉にも五味子を使ってみるなんて発想は浮かびませんでした」
「私も山を歩いてみるまで考えてもいなかった。薬膳の知識はあったのに……。ソアラ、貴様のおかげだ……」
緋沙子さんは五味子という落葉性のつる植物で中国・朝鮮半島などに広く分布し、日本でも北海道と本州中部以北で自生する中医学を基にした “薬膳” に於いて生薬として利用されているモノを使うことを思いつきました。
この文字通り5つの味と風味が獣臭をバランスよく包んでドカンと迫力のある旨味へと見事に変化させ、緋沙子さんの熊肉料理に大きな可能性をもたらします。
「いえいえ、緋沙子さんがすごいのですよ。それでは、わたくしはこれで――」
「ま、待ってくれ……!」
「――っ!? 緋沙子さん?」
わたくしが自分の部屋に戻ろうと立ち上がると、緋沙子さんはわたくしの手を掴みました。
彼女は哀しそうな顔をされています。
「不安な心に負けぬようにしていたが、いざソアラがこの部屋から出ようとすると、また弱気な気持ちが戻ってきてしまって……、あと十分だけ側に居てくれないか?」
彼女は不安で寂しいからわたくしにもう少し側にいて欲しいと真剣な顔をされて言われました。
そういうことでしたら、いっそのこと――。
「ええっと、では一緒に寝ます? ベッドも大きいですし」
「い、一緒に寝るだと!? そ、そんな破廉恥なこと――」
「あ、いえ、そうですか。ごめんなさい。では、少ししたら帰りますわ……」
「そ、それは……、そのう。やはり、一緒に――」
こうして、わたくしたちは同じベッドで眠ることになりました――。
「こうやってくっつくと、温かいですね」
「そ、そうだな」
緋沙子さんとわたくしは正面から抱き合って、お互いの体温を感じながら暖を取っております。
彼女の柔らかな感触はわたくしに安らぎを与えてくれました。
「さっきは嬉しかったです。緋沙子さんが好意を伝えてくれて……。いつも、弱い私を叱咤してくれているので感謝しておりますわ」
「貴様はやるときはやるではないか。久我先輩にも、叡山先輩にも、司先輩にも立ち向かって一矢報いている。羨ましいんだ。そんな勇敢なところが」
「か、買いかぶりですよ。わたくしなんて――。んっ、んんんっ……」
緋沙子さんはわたくしが彼女の仰ったことを買い被りだと否定しようとすると、おもむろに頭に手を回して唇を奪われました。
昼間の時よりも激しく長いキスにわたくしは彼女の強い想いを感じました。
「――んっ、んんっ……、はぁ、はぁ……、買い被ってなどいない。貴様のことをそ、尊敬している――」
「緋沙子さん……、試験絶対に突破しましょう!」
「あ、当たり前だ。貴様と離れるなんて……、もう考えられないのだから……。んっ……」
わたくしたちは必ず試験を突破することを誓い合いました。
厳しい試合になると思いますが、不思議と負ける気がしません。
眠る前にもう一度唇を重ね合い、わたくしたちはそれを確認しました――。
秘書子のヒロイン回でした。
弱気で甘えてくる彼女にはグッとくるものがありますね。
とまぁ、ヒロインレースはまだ続くわけです。というか、料理勝負はおまけなのです。
アリスや田所ちゃんともこのくらい仲良くさせてみたいと思ってます。