【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら   作:ルピーの指輪

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今回も長いです。
そして、料理の描写が選抜の決勝並みに酷いことになってますので、先に謝ります。


三次試験――VS葉山アキラ

「三者出揃ったな、ではこの勝負を公正に判定する審査員を紹介しよう」

 

「一体、どんな方が審査員……。あら……?」

 

「なんだ、こんなところに迷子か?」

 

「ねぇベルタ、あっちにイケメンの方がいるわ」

 

「そうねっ、イケメンだねシーラ」

 

「……?」

 

 堂島シェフが審査員を紹介すると仰ると、二人の女の子が現れました。二人とも海外の方みたいで、不思議の国のアリスに出てくるような雰囲気の子です……。

 年齢はわたくしたちと同じくらいか、少し下くらいでしょうか?

 

「あとの二人は残念。女の子かー。でも私はイケメンすぎる人苦手だからなー」

 

「シーラはわかってない。ああいうタイプの方がねちっこくて愛してくれたりするんだよ?」

 

「……?」

 

「そうなの? じゃあ私もイケメンの人応援するっ!」

 

「「というわけでがんばってイケメンの人!」」

 

 二人の女の子は葉山さんの方を応援されています。

 彼は女性にモテていましたから、当然かもしれません。

 

「あらあら、試合前に何だか負けた気がしますわね」

「呑気なことを言ってる場合か!」

 

「ちょちょちょい! 堂島パイセン! さっそく公正感ないんですけど!? なんなのあの女子達!」

 

「レオノーラ殿の部下にあたる少女達よ」

 

 久我先輩が堂島シェフに公平さに欠けると抗議されますと、彼女はレオノーラさんの部下だと紹介されました。

 

「ふぇっ……? レオノーラさんって確かアリスさんの……」

 

「そして審査員長は……」

 

「あ……、ナッサンだ」

「ナッサンおはよー!」

 

「遠月の研究部門 “薙切インターナショナル” を立ち上げたお方! 現在組織の運営は奥方であるレオノーラ殿に任せ、外部との契約・折衝に尽力なさっている」

 

「レオノーラさんの旦那様!?」

 

 えっと、つまりアリスさんのお父様でえりなさんの叔父様……。そして仙左衛門さんの実の息子様ということですか。

 

「この3名に審査をお願いするわ!」

 

 薙切インターナショナル創設者・薙切宗衛さん、そして、研究スタッフのベルタさんとシーラさんが審査を担当するみたいです。

 

「ご足労感謝するわ。宗衛殿」

 

「久しいな堂島殿……、健勝だったか」

 

 堂島シェフと宗衛さんは友人のような間柄みたいです。

 お二人は握手をされて挨拶していました。

 

「ちょっとちょっとー? まだ子供じゃんか、こんな子達に審査なんてできんのー?」

 

「私失礼な人きらーいっ!」

「何よ文句あるの? おチビさん」

「誰がチビだごらぁああ!!」

 

「彼女達は大脳生理学の知識と味覚センスを買われ、レオノーラ殿からスカウトされた天才少女だ。皿を見る目は間違いない」

 

 久我先輩は2人にほっぺたを引っ張られています。

 よくわかりませんが、堂島シェフ曰く舌は確かなようです。

 

「けどさぁ! いくら堂島パイセンが推薦した人でも信用できないな。その人、薙切薊に賛同してるかもしんないじゃん」

 

「侮るな久我照紀。審査するからには絶対の公正を誓おう。仮にこの勝負が我が娘アリスの戦うものだとしても。それでも私はフェアに裁定する……。たとえアリスが敗北を喫する事になろうともな!」

 

「まぁ……!」

「……ふうん」

 

 宗衛さんは非常に厳格そうな方で、例えば娘さんであるアリスさんが負けるという結果になったとしても審査は公平にされると断言されます。

 この方なら信頼出来そうな気がしました。

 

「なぜなら。たとえ勝負に敗れようともアリスは世界一可愛いからだ! フフフフフ……。おっとだがしかしレオノーラも世界一可愛い。この2人の愛らしさこそ私の研究人生永遠に解けない唯一の難題だ」

 

「ウチのお父様を思い出してしまいますね……」

「大丈夫なのか? ホントに」

 

 しかし、彼は娘さんであるアリスさんと、奥さんであるレオノーラさんを溺愛されているみたいです。

 良いことだと思いますが、父を思い出して複雑な気持ちになりました。

 

「さて……、葉山アキラ、幸平創愛、新戸緋沙子。見よ、本日のテーマ食材となる熊肉だ」

 

「「――っ!?」」

 

「おおっ! なんという重厚な脂身!」

「赤身はどこまでも深く照り輝いている……!」

「まごう事なき最高の熊肉だ!」

 

「この地域の山々で活動する一級の猟師が仕留めたものだ。血抜き・解体の手際は完璧というほか無い。君たちにはこの肉でぶつかってもらう」

 

 熊肉は完璧な状態でわたくしたちに提供されました。

 問題ありません。これなら、いい料理が出来そうです。

 

「葉山さんお互いにいい試合をしましょう。選抜のときのように」

 

「ちっ、いつもどおり楽しそうにしやがって。だったら知ってもらおうじゃねぇか。今の俺がお前を超えてるってことをな!」

 

 わたくしは葉山さんに手を差し出しましたが、彼はそれに背を向けて準備に移りました。

 

 

「時間ね、それでは調理開始!」

 

 そして、堂島シェフの号令によって、わたくしたちは一斉に調理を開始します。

 

「さぁ……、葉山が手にした部位は……!?」

「ロースだ! ロース肉のようだぞ!」

 

 葉山さんは大きめにカットした熊肉にニンニク・生姜・玉ねぎのピュレなどをまぶします。

 

「なるほど、マリネする事で肉を柔らかくしてゆくつもりだ!」

 

 彼はその間に卵と片栗粉を混ぜた “バッター液” と油を用意されます。やはり彼もそう来ましたか……。

 

「あれはまさか……、揚げ物……?」

 

「アメリカ南部に起源を持つ……。歴史ある名物料理 “フライドチキン”。本日はそれをセントラルに相応しい味へとアレンジしご覧にいれましょう」

 

「フライドチキンの熊肉アレンジ……。“フライドベア” という事か!?」

「聞いた事あるか……? そんな料理……!」

「ない……! 味わった事は勿論、見た事も聞いた事もないぞ!」

「しかし葉山め……。一気に勝負に出たな……」

 

「もし熊の旨味を丸ごと衣の中に凝縮できれば、肉の風味が脳天を直撃する最高級の一品ができるかもしれない。だがその反面! もし臭み抜きに不手際があればその臭い・雑味、全てを衣に閉じ込めてしまう事になる……! つまり旨さか臭さか! 100か0かの大博打! 葉山は防御など全く考えない、超近距離戦を仕掛ける気だ!」

 

「絶対の自信があるとみえる。熊という素材の全てを制御できるという自信が! 残りの二人にまともな勝負すらさせないつもりなのだろう……!」

 

 葉山さんはフライドチキンを熊肉を使ってアレンジされた“フライドベア”なるものを作られるようです。

 彼のことですから、風味や旨味を完全に活かした、良い品を出されるでしょう。

 

「こ、これでは、幸平殿も新戸殿も……」

 

「ぬぅ……? いや待て、幸平殿の……手元にあるものは…!? 揚げ衣と揚げ油じゃないのか…?」

「そ、それに、新戸殿も揚げ油!」

 

「さ、三人が全員揚げ物を選んだというのか!? これは恐ろしいことだぞ!」

 

 しかし、わたくしも緋沙子さんもリスクは承知で、揚げ物に挑みます。

 旨味を凝縮させなくてはこの戦いは乗り越えられないと結論を出したからです。

 

 

 

「出た!」

「葉山オリジナルブレンドのケイジャンスパイス!」

 

 葉山さんは、スパイスを食材に振りかけます。まるで、砂金のように美しく降り注ぐそれは、芸術と言っても良いほどの美しさでした。

 

「ゆ、幸平殿もスパイスを取り出した!? 衣にスパイスを混ぜ合わせているぞ!」

 

 わたくしも自ら調合したスパイスを衣の元になるパン粉に混ぜ合わせました。

 これで、より香りが引き立つ一品になるはずです。

 

「さすがだな。嗅覚の差をセンスで埋め合わせるとは……。このくらいはやってくれなきゃ、張り合いがねぇ。だが――」

 

「「――っ!?」」

 

「なんだろう?  ヒノキ科系……、針葉樹特有のツンとした匂いがしたよベルタ」

 

「そうね、シーラ。多分テルペン類やフェノール類……。大脳皮質を活性化させたりリラックス効果をもたらす成分だわ」

 

「「そして匂いのもとは 間違いなくあのスパイス」」

 

「……やっぱりね。葉山が作ろうとしてる香りの中軸は“ジェニエーヴル”だったか………!」

 

「ジェニエーヴル……、つまり“ねずの実”ですね……」

 

 ジェニエーヴルとは、古代エジプト・ヨーロッパの時代から使われていた歴史を持つ香辛料です。穀物酒をこのジェニエーヴルで香り付けしたものが蒸留酒“ジン”の始まりでして、松脂に似た刺激とふわっとした甘さにスパイシーさも織り混ざった重層的な香気を放つスパイスです。

 

 葉山さんのフライパンからはものすごい香りが放たれました。

 

「熊の出汁をベースに小麦粉・牛乳を加えとろみをつけていく。全体が香ばしく色づいたところで調味し……、香辛料で香りを足せば――フライドベアをさらに彩るグレービーソースの完成だ——!」

 

 ぐつぐつとするフライパンからソースの香りが強烈に漂ってきます。

 すると、ベルタさんとシーラさんの様子が変わりました。

 

「ねぇベルタ……、私……、少しだけ食べてみたいな……」

「……うん。シーラ……、私も……」

 

「味わってみたいのか? 量は余分にあるから別に構わねぇぜ。………ほら」

 

 どうやら、彼のソースの香りに耐えられなくなった彼女らは彼のソースを味わいたくなって堪らなくなったようです。

 そして、葉山さんはスプーンを差し出し、彼女たちはほんの一口彼のソースを舐めました。

 

「「んんっ……!」」

 

「ま、まったく臭みを感じない熊の重厚な野性味とジュニエーウルのビリリとした刺激が舌先から全身へひろがってイクッ……!」

「すごい……! ジビエの雄々しくて暴力的な風味のクセが……、誰もを惹きつける魅惑の香りへと“調教”されている!」

 

「「私たちも簡単に——愛玩動物へと、なりさがっちゃう……♡」」

 

 葉山さんのソースによって、彼女らは既に恍惚とした表情を浮かべられて、足が砕けそうになっておられました。

 

「こ、これでは、ソースだけでかなりの差が……!」

「いーや、幸平ちんのソースも負けてないんじゃないのー?」

 

「「――っ!?」」

 

「ベルタ、気が付いた? あのお姉さんのところからも……」

「うん。シーラ……、芳醇で、それでいて……、甘くて蕩けるような……、そんな香りが……」

 

 ベルタさんとシーラさんは今度はわたくしのソースに興味を示されました。

 可愛らしいお顔を近づけられますと、何だか照れますね……。

 

「よ、よろしければ、召し上がってみますか?」

 

「「ぺろっ……、んんっ……!」」

 

「臭みだけが消えて野生味は強く感じるのに……、その奥から優しい甘さが包み込んでくる」

「暴力的だったジビエの風味が、丁度良い心地良さになって、こ、こんなに優しくされちゃったら……、誰だって――」

 

「「この人の妹になりたくなっちゃう……♡ お姉様ァ……♡」」

 

「か、感受性が豊かな方々ですね……」

 

 うっとりされた表情でわたくしを見つめる彼女らは、どうやらこのソースをお気に召してくれたようですね……。

 

 わたくしのソースは大豆・麦・塩・水のみで仕込んだ“生揚げ醤油”(加熱していない生の醤油のこと)と熊の出汁をベースに、トマト、リンゴ、玉ねぎ、さらに10種類以上の香辛料を加えて大鍋で炊き上げています。さらに、それに“黒砂糖”と“黒酢”を加えて程よい酸味と甘さとコクを引き出しています。

 

「さ、流石は二代目“修羅”とまで呼ばれた幸平殿だ! 相手の土俵でも一歩も引かない」

「しかし、新戸殿はこれではあまりにも厳しいぞ。これでは、セントラルの思惑通りに……」

 

「それでいい。幸平……、仲間なんて要らねぇんだ。こっち側に来い!」

 

「この程度のソースで勝ちを確信できるほどわたくしはポジティブではありませんわ。葉山さんも油断なさらない方がよろしいですよ」

 

「何っ……!」

 

 ソースの出来は自分なりに良い出来だという自信はあります。

 しかし、だからといって葉山さんや緋沙子さんの品を上回れると言えばそれは間違いです。

 ソースと熊肉料理がどれだけ噛み合うのかが一番重要なのですから――。

 

「まぁまぁ、黙って見てようよ。新戸ちんはこのまんまで終わらない。なーんか、やってくれそうな雰囲気だからさ」

 

「よしっ! こ、これならいける!」

 

「新戸殿はまさかあ、あれは!」

 

「「揚げ餃子だーーっ!?」」

 

「えりな様……、私はいつかあなたの元に辿り着きます……。これが私の最高の熊肉料理です……!」

 

 そう、緋沙子さんが考え出した品は揚げ餃子です。彼女は持てる力のすべてを、この品に注がれているみたいです。

 

「うわぁぁっベルタぁ、あの女の人、堅物そうに見えて、意外とテクニシャンかも…!」

 

「そうねシーラ……! からりと過不足なく揚がってて……、必須脂肪酸の輝きで視神経が喜んでるよぉ」

 

「新戸ちん…これが完成品なんだね」

 

「はい。試作品の熊肉ハンバーグをベースに改良を重ねて、揚げ餃子へと変身させました。今の私が創れる、熊肉を最高に美味しく味わわせる皿です!」

 

 雪山から帰ってきたあの日、緋沙子さんは五味子を使った熊肉ハンバーグを作られました。

 そのハンバーグは五味子の文字通り5つの味によって見事に熊肉のクセを包み込み豊かな味に昇華されました。

 そして、さらにそれを発展させたメニューこそ、緋沙子さんの“熊肉の揚げ餃子”です。

 

「では宗衛殿、ベルタ殿、シーラ殿、さっそく実食を!」

 

「うむ」

 

「私 躊躇しちゃうよベルタぁ……」

 

「う、うん……、私もよシーラ」

 

 実食となりましたが、どうやらベルタさんもシーラさんも、緋沙子さんが賭けに失敗なさった場合のときのことを懸念して食べることに抵抗があるみたいです。

 揚げ加減は完璧なのですが……。

 

「――では、お先に頂こう。はむっ……、――っ!? こ、これは……!」

 

 その様子をご覧になられていた宗衛さんが先に緋沙子さんの品を食されます。

 そして、彼はすぐにハッとした表情をされました。

 

「わ、私も食べる!」

「じゃ、じゃあ私も食べる!」

 

「「――はむっ」」

 

「「ふぁあ〜〜〜〜〜〜!」」

 

「「な、何これ!? 美味しいよぉ〜〜〜〜っ!」」

 

「強く甘い肉汁が口の中にあふれて刺激してきて……、脳が震える旨さ!」

 

「酸っぱさ・苦み・甘み・辛さ・塩っけ……、五味子が持つ複数の風味によって。バランスよく熊肉の匂いを旨さへと変えているんだ!」

 

「こんなのコクの往復ビンタだよぉ! でも獣臭さは全然出てない……!」

 

 ベルタさんもシーラさんも五味子によって引き出された熊肉の旨味とコクを絶賛しておられます。

 まさにこの品がこれだけの輝きを放っているのは緋沙子さんの弛まぬ研磨と努力の賜物でしょう。

 

「まったくそのとおり……、美味しさと不味さとの分水嶺ギリギリだ。しかも彼女は我々の想像のはるかに越える危険な博打に挑んでいたぞ」

 

「えっ……? ど、どういう意味ですか? 薙切宗衛殿!」

 

「新戸緋沙子、君は熊の“骨”に近い部位の肉を 恐れることなくふんだんに使用したな?」

 

「…………」

 

 そう、緋沙子さんは大きな賭けに出ました。リスクを背負って最高の品を出すために尽力する――それが彼女がこの勝負に対する覚悟……。

 

「なるほど……、動物の肉というのは骨に近い部分ほど強い獣臭さを放つ! 脊髄・骨髄といった生物の柩要部(バイタル)に近いことが理由だと考えられているの。そしてその傾向は野性味あふれるジビエの場合さらに強まるわ。つまり、新戸さんは熊肉の中で最も匂いを放つ肉をあの餃子に詰め込んだ——臭みの出ない極限を見きわめ……、常人ならば踏みとどまるラインを軽々ととび越えて!」

 

「うそでしょ……!?  一歩まちがえば皮の中が獣臭さで台無しになるのに、なんでそこまで無茶を……」

 

「当たり前だ。私には天賦の才など無い……。そうでもしないと、ソアラにも、葉山にも勝てないのだ……。確かに匂いの少ない肉だけを使えばリスクは減らせるが、匂いの強さは旨さに直結する潜在的なパワーだからな。それなら、捨て身で飛び込むしかない。そこに美味くなる可能性があるなら……。私には折れぬ心しかもう武器はないのだ」

 

 緋沙子さんは強い信念と覚悟を持って、美味を追求しました。

 幾度、挫折しても立ち上がりそれを乗り越えた経験はわたくしやえりなさんにはありません。

 彼女の強さは失敗を恐れずに前に進むことができること。そして、そのために研究と研磨を怠らないことです。

 

「そして、何よりこの餃子に使われている香辛料の数々……、五味子の他にも滋養強壮、リラックス、さらに――」

 

「美容にも効果的だね。ベルタ」

「うん、シーラ。食べるだけで、肌がつやつやになるような……、まさに食べるエステサロン!」

 

「見事な薬膳餃子だ……!」

 

 さらにこの品には緋沙子さんの研究されている薬膳の知識も詰まっており、食べた方の身体や精神を癒やします。

 これも彼女の気遣いが成せる技なのです。

 

「はだけ……、た……!」

 

「“おはだけを継ぎし者”も……、新戸さんの品を認めたようね!」

 

「うおおおお! すごい! すごいぞぉ! 新戸殿! この勝負決まったな!」

 

 宗衛さんも仙左衛門さんと同様に上半身裸になるというリアクションをとるみたいです。

 ということは、彼女の品は高評価なのでしょう。

 

「ふっふっふ……、ワシは信じていたぞよ。よくぞ成長した新戸緋沙子よ! あれ……?」

 

「久我先輩……、まだわかりませんよ。葉山アキラ、幸平創愛……、あの二人は紛れも無く天才です。そう……、私が敬愛する薙切えりな様と同種の……、神に愛された者たち……!」

 

「お待たせしました。最高の熊肉料理でございます」

 

 緋沙子さんたちに見守られる中、次に品を出されたのは葉山さんです。

 わたくしは最後になってしまいましたね……。

 

「うおおおおっ!」

「これが………香りの名手 葉山アキラの創りあげた熊肉料理。“フライドベア”!」

 

「早速実食だ」

 

「う、うん……」

 

「「はむっ……」」

 

「う、うそだぁ……、何これ……!」

 

「口に近づけるだけでスパイシーな香りがジンジン響いて――意識が薄れちゃうよぉっ……!」

 

「くぅうっ……、ダメ……、だよ……、ベルタっ!  気をしっかり!」

 

「えぇ、シーラっ、落ち着いて……、分析しなきゃ! えぇっと――」

 

「うあああっもうダメ……! 理性なんかふっとんじゃうもん~~!」

 

 ベルタさんとシーラさんは葉山さんのフライドベアをひと口咀嚼すると、天にも昇るようなリアクションを取りながら、その美味の虜になってしまわれました。

 これが香りを極められた葉山さんの品――。恐ろしいパワーです。

 

「絶妙……っ! 熊肉の匂いは全て強烈な旨さへと変貌している! 複雑に構築された旨味と風味の重層感……、これは間違いなく――新戸緋沙子の品を凌駕している!」

 

「熊肉はケイジャンスパイスをはじめとした香辛料と塩で風味付けしてから 衣をたっぷりと厚めにつけて揚げた。マリネする際、スパイスグラインダーで潰して香りを立てたジュニエーヴルも使用している。噛めば噛むほど上質で甘さすら感じさせる熊の風味が怒涛の波のように広がっていくはずだ」

 

 宗衛さんがはっきりとフライドベアが緋沙子さんの品を凌駕していると断言し、中華料理研究会の方々は彼の品の完成度に驚嘆していました。

 やはり、葉山さんの嗅覚は恐ろしい力です……。

 

「なんだと!? 新戸殿は……、五味子のもつ複数の風味で熊の匂いを引き立てていたうえに リスクを負ってでも匂いの強い部位を投入したと言うのにそれでも足りないのか!? 葉山のスパイス使い……、そこまで差をつけられてしまうほど高次元なのか!?」

 

「なにも驚くことじゃないぜ? 香りってのは人間の鼻でも数千から一万近くもの種類を識別できると言われてる。俺はこの料理でそれに働きかけただけだ」

 

 葉山さんが勝利を確信された顔をしています。次はわたくしの品ですが……。勝負はもう終わったと思われているのでしょうか……。

 

「悪いな幸平、俺の言ったとおりになっちまって。俺にはお前らを倒してでも、守りたい場所があるんだ。さぁ、本番の始まりだ。お前の品で新戸に引導を渡してやれ」

 

「おあがり下さいまし! これが、わたくしの最高の熊肉料理“熊肉のジビエカツ”ですわ」

 

 葉山さんが何やら言われておりますが、今は自分の品に集中します。わたくしはトンカツならぬクマカツを作りました。

 熊肉の美味さを自分なりに表現したのですが、皆さんは喜んでくれるでしょうか……。

 

「ねぇ、ベルタぁ……、このお姉様、やっぱりタダ者じゃないわぁ」

 

「そうねシーラ……! ひと目見て、最高の揚げ具合ってわかるくらいの輝きに満ちているよぉ」

 

 先程からベルタさんとシーラさんは頬を桃色に染めてわたくしの顔を覗き込んで来られるのですが、何かあったのでしょうか……。

 

「では実食を!」

 

「幸平創愛、紙ナプキンをもらえるか?」

 

「――っ!?」

 

「「な……、ナッサン? まさか……」」

 

 わたくしが、言われたとおりに彼に紙ナプキンを渡すと宗衛さんは、紙ナプキンでカツを掴みます。

 

「おお! 手掴みでかぶりつくおつもりか! お、男らしい!」

 

「無作法か?」

 

「いえいえ、実はかぶりつくのが一番美味しく食べられる方法でしたので、助かりましたわ」

 

「わ、私もそうやって食べる!」

「じゃあ私も!」

 

「「――はむっ」」

 

「「――っ!?」」

 

 宗衛さんに続いてベルタさんとシーラさんも紙ナプキンで“カツ”を掴んで口に運び、ひと口召し上がりました。

 すると、皆さんは目を見開いて不思議そうな表情で“カツ”の断面をご覧になります。

 

「こ、こんなの信じられない!? 何がどうなってるのっ!」

 

「サクッとしたかと思うと、トロリとした食感から強烈な旨味と肉汁が溢れ出て、最後にジューシーな美味しさが受け止めてくれる! 異なる食感の三層構造……!」

 

「衣にスパイスが混ぜ合わされているから、最初に心地よい香りが包み込み、食欲をさらに掻き立てる」

 

「信じられん。熊肉の香りを旨さへと変換し、計算され尽くした食感でその旨さを十二分に引き出している。その食感のマジックでさらに一段階品のレベルを上げているんだ。こ、これは完璧だと思えた葉山アキラの品のさらに半歩先を行っているぞ……!」 

 

「な、何っ!」

 

 どうやらキチンと狙い通りの食感に揚げ上がっていたみたいでしたので、ホッとしました。

 葉山さんのスパイスは必ず100パーセント熊肉の美味しさを引き出すとわたくしは確信していました。

 

 100パーセントを超えるためにわたくしが出した結論は食感の心地良さをフルに活かすことです。咀嚼後の爽快感をプラスすることで、さらに自分の品をパワーアップさせようとしました。

 

「この食感のコアとなっている部位、それは熊のすじ肉だな!?」 

 

「正解ですわ。骨とすじからの出汁をたっぷりと染み込ませたすじ肉でロース肉を挟んで、カツを揚げました。わたくしは、ここが一番上品で旨さが凝縮された部分だと思いますわ」

 

「簡単に言ってくれる。この食感を生み出すには機械以上に緻密な計算が必要。その上、扱いにくいすじ肉を葉山アキラにも劣らない数種類のスパイス調合で見事に獣臭さだけを消して、この美味を生み出しているというのに……」

 

「実家の定食屋でもとんかつは作ってましたので、調理の勘所は経験で掴んでましたの」

 

 揚げ物は定食屋でポピュラーなメニューの内のひとつです。わたくしも幾度となく作っていました。

 その経験があった上で、秋の選抜の準決勝の時に父のモノマネによって作り出した牛カツを自分なりにアレンジして今日は自分の品として再構築させてみたのです。

 

「定食屋……? ひょっとしてお姉様って……、秋の選抜でアリスお姉ちゃんを負かした人ーー!?」

 

「あら、アリスさんのことを知っていますのね」

 

「やっぱり、すごい人だったね。ベルタ」

 

「うん……、調理を開始したら別人のように凛々しくなって、ステキだね。シーラ……」

 

「「な、何かイケナイことに目覚めちゃいそう……♡」」

 

「…………?」

 

 ベルタさんとシーラさんは目を潤ませながら、上目遣いでわたくしの方をご覧になっております。

 

「あ、あのね。ソアラお姉様、私ね、ベルタっていうの……、それでねこの子はシーラだよ……」

 

「ええ、存じておりますわ。さきほど、聞きましたから……」

 

「これ私たちが書いた論文なの……、よかったら、よ、読んでくれませんか……?」

 

「凄いですね。無知なわたくしには、ほとんど理解出来ませんが、お二人が頑張られていることは伝わりますよ」

 

「だ、ダメ……、この人の笑顔……、人をダメにしちゃう……」

「もう分析出来ない〜〜!」

 

 論文に書かれていること難しくて分からないことばかりでしたが、彼女たちが凄いということはよく分ります。

 それを伝えると彼女たちはお互いに抱き合ってしゃがみ込んでしまいました。

 

 

「では、ソースやタレを付けての実食をしよう」

 

 まずは先程と順番を逆にされて、わたくしと葉山さんの品を彼らはソースをかけて召し上がります。

 宗衛さんは“おはじけ”と呼ばれているらしい衣服が四散する恐ろしいリアクションを見せてくれました。

 ソースは失敗していなかったみたいですね……。

 

「やはり、幸平創愛も葉山アキラも完成度の高いソースであった。品をさらに上へと昇華させていたな。最後は新戸緋沙子の餃子のタレか……」

 

「くんくん、このタレ、葉山さんやソアラお姉様と同様、熊の出汁をベースに使ってるみたい」

 

「五味子の日本酒漬けをアクセントとして浮かべてある……、やわらかいニンニクの匂いとこのまろやかさは何だろう?」

 

「じゃあ……、 あ――んっ」

 

「――っ!?」

 

 最後に緋沙子さんの用意されたタレに彼女の作られたタレを付けて、審査員の方々は品を召し上がります。

 審査員の方々は口をつけた瞬間に驚いた表情をされました。

 

「えっ? なに? 餃子の味の表情がガラリと変わったわ……!」

「い、一体どうやってこんな美味しさを……?」

 

「な、何なのこのタレは?」

 

「こ、この風味……、もしかしてこれ……、3人の中でも一番上を行ってるんじゃあ……」

 

 緋沙子さんのタレはわたくしや葉山さんのソース以上に品の美味しさを引き立てているみたいです。

 後で食べさせてもらいましょう……。

 

「……あれ?」

 

「――っ!?」

 

「き、きゃああ―――っ!?」

 

「えぇぇー!? 何これぇ! いつの間にか……」

 

「「はだけちゃってたよう~~~~っ!!」」

 

 ベルタさんと、シーラさんいつのまにか下着姿になっていました。

 な、何が起こっていますの? 理解が追いつきません。

 

「出たようね……」

 

「堂島シェフ! こ、これは……?」

 

「これは先程二人の品で出た“おはじけ”の上位にあたる技なのよ。おはだけするにふさわしい真のハーモニーに満ちた皿を味わったとき。薙切の血に流れる精神力が波動となり空気中に放たれる! そうすることで薙切の家の者以外にも一時的に“おはだけ”を波及させ伝え“授ける”現象――その名も………“おさずけ”!!」

 

「お、おさずけだとぉ!? つまり新戸殿がそれほどの品を出せたという事か! 一体どんな調理をやったのだ!? 新戸殿――!」

 

 よく分かりませんが、とにかく緋沙子さんの品が凄く美味しいということは伝わりました。

 えりなさんやアリスさんも大人になられたら、あのような凄いリアクションを取られるのでしょうか……。若干、心配です……。

 

「美味しさの秘密は“ハチミツ”と“バルサミコ酢”だな?」

 

「そのとおりです。ほのかな甘さがタレに深いコクを、そして酸味が風味をぎゅっと絞ってキレを与えてくれます」

 

「いや、それだけじゃねぇな……? そうか……! そういう事か! 蜂蜜を“キャラメリゼ”している……!」

 

 キャラメリゼとは、糖類を加熱した時におこる酸化現象で焦げ色とともに香ばしさを出す事ができ、フランス料理からお菓子作りまでさまざまな調理に登場する重要なテクニックです。

 

「まず蜂蜜をじっくり加熱キャラメリゼ……、それをバルサミコ酢で溶きのばして、とろみを付けてコチュジャンでアクセントを加える。別のフライパンで炒めておいたニンニク・玉葱のみじんぎりと五味子をくわえ煮詰め、最期に熊のフォンを注ぎ塩で味を整えて、このタレは出来上がる」

 

「すばらしい発想だ……、熊肉を蜂蜜という素材で引き立て、バルサミコ酢とキャラメリゼによって、“引き算”と“強調”を行ったわけだ」

 

「貴様の秋の選抜の決勝戦は見ていたぞ。おかげで私の狭い世界は少しだけ広がった……」

 

「くっ……」

 

 この引き算と強調で風味を引き立てるやり方は、秋の選抜の決勝で葉山さんが使った手です。

 これは彼に秋の選抜で敗北された緋沙子さんなりの意趣返しですね……。

 

「新戸ちんは真面目で努力家の上に……、意外と執念深いねー。負かした相手のリサーチは怠らないってか」

 

「葉山アキラのフライドベア、幸平創愛の熊肉のジビエカツ、双方とも優美すら備えた絶品だった。揚げ物単体では圧倒的な凄みをみせたと言える! だが付けダレの仕上がりでは。新戸緋沙子に軍配を上げてしかるべしである!」

 

「これより判定に入るわ! 薙切宗衛殿、ベルタ殿、シーラ殿、各自2票ずつ投じて頂く。同票だった場合のみ、審査委員長の宗衛殿が投じた2名が勝ち残りとする」

 

 わたくしたち、全員の品の実食が終わり、投票によって勝者が決まります。

 わたくしも緋沙子さんも会心の品を出すことが出来たはずです。

 

 ですから、どうか二人でこの試験を突破させてください……。お願いします――。

 

「結果が出たようね……」

 

「まず、幸平創愛、3票!」

 

「おおっ! 幸平殿が全員から一票ずつ勝ち取った! つまり――」

 

「幸平ちんがイチ抜けってことだね……」

 

 ありがたいことに審査員の方々は皆さんがわたくしに票を投じてくださったみたいです。

 これで、わたくしは試験を突破しました。

 

「ぐっ……、だが、まだ負けてねぇ……」

 

「新戸緋沙子――」

 

 そして、次は緋沙子さんの名前を呼びます。自分の名前が呼ばれた時よりもドキドキします。

 

 緋沙子さんの票数が告げられました――。

 

「2票、葉山アキラ、1票……! よって、幸平創愛、新戸緋沙子、双方が三次試験突破だ!」

 

「――えりな様、私は少しでもあなたに近付けましたでしょうか……」

 

 緋沙子さんはわたくしの手を握りながら、晴れやかな表情をされています。

 わたくしたちは何とか三次試験を突破しました。

 しかし、他の皆さんは大丈夫でしょうか……。それに葉山さんや汐見先生は――。

 

 このあと遠月学園の命運を決める戦いが勃発するのですが、わたくしたちはまだ知る由もありませんでした――。

 




ベルタとシーラが可愛いだけの回。
いやー、いいリアクションしてますよね〜。持って帰りたい!
完全に主人公が秘書子だったなぁ。

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