【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら   作:ルピーの指輪

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原作と時系列が前後します。
城一郎の回想とかは後回しにしました。


模擬戦――眠れる女王と涙する姫君

「才波先輩。どうやら何も理解してらっしゃらないようですね。いいですか。仙座衛門殿から総帥の座を奪った時点で計画の9割は達成してるのです。今行ってることはいわば後始末。僕にそんな勝負を受けるメリットはどこを探してもないのですよ」

 

 父は薊さんに団体戦である連隊食戟とやらをしようと持ちかけますが、彼はメリットもないのにそんなことはされないと言われました。

 

「もしこちら側が負けたらこの俺がお前の兵隊になるとしてもか? ソアラじゃ足りねぇとか抜かしていたが、俺でも不足か?」

 

「それはどういう……!?」

 

「俺自身の思想や信念は捨ててお前が望む真の美食とやらの犬になるってことだよ。――もちろん“ゆきひら”は廃業する」

 

「本当ですか……?」

 

「ああ」

 

 何と、父は先ほどわたくしが申したことと同じように負けた場合は薊さんの下につくと言われます。“ゆきひら”を廃業して――。

 

 すると、薊さんの目の色が爛々と輝き出しました。

 

「――いいでしょう!」

 

 そして、無理だと思われていた勝負の土俵に彼は立つと断言されたのです。

 やはり、あのとき感じた彼の父への執着心は並々ならぬモノでした。わたくしが条件を出したときとは反応が違います。

 

「才波先輩! 僕は嬉しいですよ! 今日はいい日だ! 本当にいい日だ!」

 

「薊殿、既に勝ったような話ぶりはやめて頂きたい。私たちは勝ちます! 絶対に! 友人たちは、取り返しますし、ソアラの実家も潰させません!」

 

「緋沙子さん……」

 

 興奮して上機嫌になっておられる薊さんに緋沙子さんは必ず勝つと彼に宣言されます。

 彼女の存在はとても心強いです。

 

「薊おじさま! 悪いですが、あなたの思惑はこの勝負を受けた瞬間に潰れましたわ。私は楽しみにしております。おじさまの目論見が全部泡となり消えてしまって悔しがる顔を拝見することを」

「私も……、怖いけど……、みんなを助けたいです!」

 

「アリスさん、恵さんも……、皆さん……」

 

 アリスさんも恵さんも前に出て共に戦おうと仰ってくれました。

 頼りになる仲間がこんなにいるのですから、勝負が成立すれば希望は大きいです。

 必ず皆さんを取り戻してみせます……。

 

「今から勝負の日が楽しみだ。それでは詳細は後日」

 

 薊さんは満足そうな笑みを浮かべながらヘリコプターに乗り込まれて去っていきました。

 十傑との団体戦ですか……。相手が誰であろうとわたくしは負けるわけにはいきません……。

 

 

「さて、君らには早速特訓に入ってもらう。今のまま現十傑とぶつかったら負けるに決まってるからなぁ」

 

「やっぱり~!」

 

「だから力を貯めて戦いに備える。修行開始だ」

 

 父はわたくしたちでは十傑と戦うには力不足として特訓すると声に出します。

 力不足は認識していますし、特訓することはもちろんなのですが……。

 

 わたくしたちは父と仙左衛門さんと共に列車に向かいました。

 えりなさんはご自分のお父様と対立する展開になってしまい、動揺を隠しきれずに自室で休憩されるみたいです。彼女には仙左衛門さんが付いておられます。

 

 それにしても、まさか父があんな条件を出すなんて――。

 

「まったく、勝手なことばかり仰って、ゆきひらを潰すなんて簡単に言わないでくださいまし」

 

「いや、ソアラちゃんも、人生を賭けるとか――」

 

「それが何か問題ですか? 今はお父様の話をしてるのですが……」

 

「うっ……、何でもねぇ……。相変わらず俺にだけ凄え睨んでくるじゃん」

 

 わたくしは勝手に“ゆきひら”を潰すと仰った父を睨んでいると、彼は頭を掻いて気まずそうな顔をされます。

 相変わらず、困った方です……。

 

「すごい、あのソアラさんが完全に主導権を握ってる」

「もしかして、ソアラの奴……、究極の内弁慶なのか?」

 

 恵さんと緋沙子さんが何やら意外そうな顔をされていますが……、恥ずかしいところを見せてしまったみたいですね……。

 

「仕方ありません。とにかく()()しかありませんわ」

 

「へぇ〜、珍しいな。お前がはっきりと()()なんて口にするなんてよ。争いごとは嫌いだったのにな」

 

「今だって嫌いですよ……。でも、仲間を見捨てるくらいなら、どんな嫌いなことだって耐え抜いてみせます。料理勝負にはいい加減に慣れましたし……」

 

 父が勝負に勝つと口にしたわたくしに驚いていましたが、皆さんが退学を免れることが出来るなら、どんなことだってする覚悟は出来てます。

 

「ふっ……、知らねぇうちにデカくなりやがって」

 

「頭をワシャワシャしないでくださいな……」

 

 わたくしは無遠慮に髪をワシャワシャとしながら、頭を撫でる父に注意をしながら今よりも強くなると心に誓いました。

 

 お父様ったら、人前で子供扱いしてほしくないですわ……。

 

「まぁ、でも悪かったなソアラちゃん。状況を打破するにはこうするしかなかったんだ」

「その件については私も謝らねばならないわ」

 

「堂島シェフ……」

 

 父がこうするしか方法が無かったと謝罪するのと同時に堂島シェフがわたくしたちの前に姿を現しました。

 どうして彼女が謝る必要があるのでしょう……。

 

「実は今日、仙左衛門殿と城一郎くんを手引きしたのは私なの。この日のため秘密裏に計画を練っていたわ。なぜなら城一郎くんが出てくれば薊は勝負に乗るとわかっていたから。そのために君達を利用したと思われても仕方ない。本当に済まなかったと思っているわ……」

 

「詫びの言葉など不要です。それどころか堂島シェフや才波さんの助力がなければ我々は食戟を挑むことすらできなかったのです。むしろ感謝すべきことでしょう」

 

「秘書子ちゃんの言うとおりよ。幸平さんのお父様も堂島シェフもご覧になってください。薊おじさまにひと泡吹かせてあげるんだから!」

 

「私も、頑張ります! 城一郎さんにお世話になりっぱなしなるわけにはいきませんし、何よりみんなを助けたいです!」

 

 緋沙子さんもアリスさんも恵さんも、十傑の方々と本気で戦う覚悟が出来ているみたいです。

 皆様の目には強い意志が宿っていました。

 

「緋沙子さん、アリスさん、恵さん……、みんなで力を合わせればきっと何とかなるはずです。わたくしも精一杯頑張らせて頂きます。ですから、必ず勝ちましょう。みんなで笑えるために」

 

「むぅ〜、幸平さんがリーダーみたいになってるのが気に食わないけど、まぁいいわ。私たちが力を合わせたら敵は居ないって教えて差しあげましょう」

 

「あんっ……、アリスさん……、くすぐったいです」

 

 わたくしが頑張ろうと声を皆さんにかけますと、アリスさんはいつものように後ろから抱きついて頬をくっつけます。

 

「ソアラさん、プレッシャーに負けないようにするからね」

 

「め、恵さん? はい、頑張りましょう!」

 

 恵さんは手を握りしめて、意気込みを口にされました。

 手を握る力がいつもよりも強いですね……。

 

「わ、私だって葉山にも勝ったんだ。十傑が相手だろうと臆するつもりはない。ソアラ、貴様にも存分に特訓に付き合ってもらうぞ」

 

「も、もちろんですわ。緋沙子さん……、あ、のう……、目が怖いのですが……」

 

 緋沙子さんはわたくしに顔を近付けて、力強い視線をわたくしに送ります。

 恵さんやアリスさんを睨んでいるようにも見えるのですが……、気のせいでしょうか……。

 

 

「懐かしいな、銀華(シロハ)。同期で集まって仲良くするってのはよ」

 

「ええ、仲が良いことは結構だけど……、仲が良すぎるような気もするわ……。私が古い人間なの……?」

 

 そんなわたくしたちを父と堂島シェフは懐かしそうにご覧になっていました。

 

「ところで君たちは連隊食戟について知ってるかしら?」

 

「いえ、わたくしは全く存じませんわ。皆さんはご存知でしょう?」

 

「私はあんまり……」

「団体戦ってことくらいしか知らないわね。秘書子ちゃんは?」

 

「基本的なルールなら知っている。城一郎さんがさっき言ってたように集団対集団で行われる食戟だ。両陣営任意の者同士が一対一で勝負。そこで白星を得た者同士がさらに勝負を行っていく――。それを繰り返し最後まで勝ち残った側が勝利となる」

 

 堂島シェフはわたくしたちに対して連隊食戟についてどの程度知っているのか質問をされました。

 わたくしは全くと言っていいほど知りませんし、恵さんやアリスさんも詳しくなさそうでしたので、緋沙子さんが詳細について話してくれます。

 

 これは最後の最後まで勝敗はわからなくなりそうですわね……。極端な話、一人だけになったとしても逆転が可能ですし……。

 

「その通り。しかし、連隊食戟には普通の食戟と明確に違う要素があるわ。それはチームワークが勝敗を左右し得るという点よ」

 

「でも、敵とぶつかる時は1対1なのですよね……?」

 

「連隊食戟では仲間の調理を手伝うことが認められてんだよ」

 

「そのとおりよ。それぞれ自分の料理で敵とぶつかりつつ必要に応じて味方の料理を助けチーム全体の完成度を上げていくの」

 

「ま、チーム全員がシェフでありながら同時にサポートスタッフでもあるっつーことだな」

 

 なるほど、力を合わせてサポートし合いながら品を完成させても良いならば、わたくしたちにも分があるかもしれないですね。

 特に緋沙子さんや恵さんはそういったサポート面の能力が優れておりますし……。

 

「つまり“個”の力では敵わなくとも仲間との連携がうまくいけば十傑にだって勝てる可能性は決してゼロではないわ! そのためには敵をはるかに凌駕するチームワークを獲得しなくてはならないけど……。というわけで明日から2対2による模擬戦を行う!」

 

「まず5人の適性を鑑みてチームを……、最初だから変則的に3対2で模擬戦をやってみましょうか。制限時間でハンデを設けて一品ずつ作るの」

「ほーい。じゃ、くじ引きすっぞ」

 

「ちょっと! 何をそんなに適当に……」

「いいじゃねぇか別に。で、負けた方の罰ゲームは何にするよ?」

「いや、これは勝敗を競うのではなくシミュレーションが目的なんだけど……」

 

 堂島シェフが色々と考えられてチーム分けをして模擬戦をしようと提案すると、父がくじ引きでのチーム分けを提案してそれを台無しにしようとします。

 

「よし! 俺が作った新作ゲテモノ料理を完食するってのでどうだ?」

 

「――いろいろ思い出して来たわ……! あなた、ずっと行方知れずで連絡してきた時も自分の言いたい事だけ言って一方的に電話を切ったでしょ!」

 

「え~? そうだっけ?」

 

「それでも社会人なの? あなたは! 幸平さんから聞いたわよ! 彼女の編入もほとんど説明せずに無理やりだったみたいじゃない。そもそも、昔からあなたは何に対しても、いい加減なのよ。どうしていい歳になってもあなたという人は――」

 

「うっ――。うるせぇな、昔から小さいことをグチグチと……。言いてぇことがあんなら皿で主張したらどうだ?」

 

「望む所よ! あなたの性根を叩き直してやるわ!」

 

 いつも沈着冷静な堂島シェフは目をギラつかせながら感情を剥き出しにして、父の挑発に乗って特訓のついでに勝負をすることになりました。

 確認するまでもなく、父の素行に昔から悩まされていたみたいですね……。やはり、後で改めて謝っておきましょう……。

 

 

「――ということで、今から特訓をすることになりましたの」

 

「い、今からするの?」

 

「ごめんね、えりなさん。でも、私も皆を助けたいから一緒に頑張ろう」

 

「え、ええ……」

 

 別室で休まれていたえりなさんに早速変則的なチーム分けによる模擬戦をすることを伝えました。

 彼女もすぐに特訓が開始されることに対して驚きが隠せないようです。

 

「えりなったら、薊おじさまのことをまだ怖がってるの?」

 

「そ、そんなことないわよ……」

 

「えりな様、無理をなさらないでください。お辛いのでしたら、見学をされた方が……」

「大丈夫ですよ、えりなさん。皆さんもわたくしもあなたの側に付いていますから」

 

「ありがとう、緋沙子もソアラも……。そうね。あなたたちがいるのだもの。何も怖くないわ……!」

 

 わたくしたちがえりなさんに声をかけると彼女は力強く返事をされて立ち上がりました。

 えりなさん、あなたと一緒に戦えるのでしたら、わたくしも何も怖くありません!

 

「うむ。相分かった。この勝負儂が取り持とう! チーム分けはこうである!」

 

 堂島シェフのチームに恵さんと緋沙子さんが……、父のチームにはえりなさんとアリスさんとわたくしが入りました。

 このメンバーで一つの品を完成させる――一体どうなるのでしょうか……。

 

「なお各チームリーダーは銀華と城一郎が務めよ。他の者たちは調理をサポートするのだ」

 

「学生の時の私と思わないことね。城一郎くん。――私があのときもっと強かったら……」

 

「おーおー、威勢のいいこったな。顔は学生のときと殆ど変わってねーけど。ガキみてぇに目をギラつかせやがって」

 

 堂島シェフはかなり気合が入っていますね……。

 父が変な挑発をされたことが原因だと思いますが、他にも何かがありそうです。

 

 

「調理場の提供感謝する車掌殿――。双方に作ってもらう品はアッシェ・パルマンティエ。フランスの代表的な国民食の一つである。銀華のチームの制限時間は50分、城一郎のチームは40分とする!」

 

 アッシェ・パルマンティエ――以前に四宮先生のところで聞いたことがあります。ミートソースにチーズやポムピューレ、つまりマッシュポテトなどをたっぷり重ね合わせてオーブンで焼き上げるメニューです。

 手間のかかる工程がいくつもある料理ですから、4人で40分はギリギリの線です。こちらが人数が多いので時間が短いのは当然ですが……。

 シェフの指示の下、完璧に分担しなければ間に合わないと思われます。

 

「そしてルールだが調理中一言も声を発してはならん! では調理を始めよ!」

 

 最後に仙左衛門さんが付け加えたルールにわたくしたちは全員、目を見開きます。

 えっと、話さないでって……、連携しなくてはならないのにそれは何とも難しいことを仰っておりますね……。

 

 これは、厳しいですね……。しかし、あちらのチームはあのお二人ですから――。

 

「な、なんだ。信じられん。ひと言も発さずに完璧な連携を――」

 

「新戸緋沙子、田所恵……、双方とも相手を気遣うことには長けておるみたいだな」

 

 緋沙子さんと恵さんのお二人とは共に調理をしたことが何度かありますが、敏感に欲しい動作を察してくれます。

 今回も見事に堂島シェフのサポートをされて迅速に調理を行っております。

 連隊食戟でお二人の力は必ず重宝するでしょう。

 

 こちらはというと、やはりというか何というか……。

 

「おい、ソアラちゃん、久しぶりに一緒に調理出来て嬉しいだろ。ほら、もっと全身で喜びを表現しても良いんだぜ」

 

「…………」

 

「劇的な再会から、共闘するんだからさ。こう、何というかさ、すげぇもん作りたいじゃねぇか。その意気込みをだな〜!」

 

「…………」

 

「なぁなぁ、ソアラちゃん。そういやこの前さ。すっげぇ面白いことがあったんだよ」

 

「いい加減にしてくださいまし! ルール聞いてましたか! 一言も口を声を発してはならないのですよ! 大体、さっきからレシピと違うことばかりやってますし! えりなさんとアリスさんにまで迷惑をかけるおつもりですか!」

 

 父がルールを完全に無視してわたくしに延々と話しかけて来ましたので、さすがに頭に来てしまって大きな声を出してしまいます。

 

 わたくしまで声を出してしまったではないですか。

 

「よーやく、話しかけてくれたなー。やっぱソアラちゃんの声は可愛いなー」

 

「もう嫌です。この人……!」

 

「失格にするぞ」

 

「お父様のせいですよ……」

「ちょっと娘と戯れただけじゃんか、ケチ……」

 

 当たり前ですが、仙左衛門さんに怒られてしまいました。

 久しぶりに会ったからなのかやたらと絡んできますね……。

 

「幸平さんって怒鳴るのね……」

「アリス、声を出したらダメなのよ。でも、意外……、あの才波様があんな感じなのも、ソアラの態度も……」

「そう? ウチのお父様もあんな感じだけど……」

 

 わたくしが大きな声を出したことが珍しかったのか、えりなさんとアリスさんがびっくりされてこちらを見ています……。

 

 はぁ……、前途多難ですわ……。

 

「ちょっと、幸平さん。あなたのお父様ってちゃんとした料理人なの?」

「アリス! なんてこと言うの! 才波様は超一流の料理人です! 口を慎みなさい!」

「だって、ハチャメチャな行程で進めるんですもの。ひと言も口を利いてはならないのに」

 

 父がリーダーなのにも関わらず変な行程で調理をしているので、アリスさんが眉をしかめて苦言を言い放ち、えりなさんはそれに対して反論されています。

 父の性格はさておき、調理に関しては無意味なことはされていないはずなので、理由はあるのでしょうが、アリスさんの不信感はもっともです。

 

「わたくしも怒られましたが、えりなさんもアリスさんもそろそろ口を閉じないと――」

 

「お主ら、本当に失格に――」

 

「「うっ……、すみません」」

 

 仙左衛門さんが本気で失格にされそうでしたので、わたくしたちは黙ります。

 おや? 堂島シェフもアレンジを加えた調理をされている――。

 おそらく、これは以心伝心でアレンジにアドリブで対応出来るかを試しているということでしょう……。

 

 父はクレープを焼いていますね……。まったく、いつもいつもわたくしを焚き付けるように勝手なことばかり――。

 

 わたくしは調理を開始しました。ジャガイモをカットして、チーズを用意……、そしてそこにちりめんじゃこを投入します。

 クレープの狙いは巻きこんで焼くこと――ならば、食感と風味にアクセントをつける事によって豊かな味わいになるはずです。

 

「えりなさん……」

 

 えりなさんは戸惑いながらも覚悟を決めた表情になり、ステーキを焼き始めました。

 彼女が自らの殻を破って調理をされたのです。それにしても大胆で型破りなのに……、彼女がそれをすると……、王道にも思えてしまいますね……。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「まぁ、初戦は引き分けってとこか」

「私たちが、意図していたことはできていたしね」

 

 堂島シェフのアレンジに対して、緋沙子さんと恵さんは大豆や味噌を使った和食テイストのアッシェ・パルマンティエを作られ、見事な美味を生み出していました。

 彼女たち二人はお互いの波長が良く合ったらしく、次々に品を再構築させていき昇華させていきました。

 

 父のクレープ戦略から食感と風味を足すアレンジで対抗しようとしたわたくしに、えりなさんがステーキを使うことで、さらに食感をプラスして、こちらも良い品が生まれます。

 

 甲乙付けがたいということで、引き分けということになりました……。

 

「まさか、ソアラが才波様に対してあんなに我を通そうとするとは思わなかった。――でも、自分の父親にあんなに反抗的な感じで……、迷惑にならないと思わないの?」

 

「ふぇっ? 父に迷惑ですかぁ。考えたこともないですね。というより、父くらいにしか我が儘を言えませんよ。それに、わたくしだって父の我が儘を聞いて差し上げてるのですから。言い足りないくらいですわ」

 

 わたくしの父親に対する態度について意外だと口にされるえりなさんですが、逆にわたくしは父くらいにしかああいった態度は取れません。

 なぜかと聞かれても、それが普通としか答えられませんが……。

 

「我が儘が言い足りない? いつも誰にでも優しいあなたが……、そんなことを言うなんて……」

 

「えりな、親子なのだから、それが自然なのだ。お前も我が儘を言うことを覚えなさい」

 

 えりなさんは祖父である仙左衛門さんから我が儘を言うことを覚えるように言われておりました。

 なるほど、えりなさんは父である薊さんに反抗をされたことが一度も無いのですね……。ですから、今のこの状況が怖いと感じているのでしょう……。

 

 彼女が一歩踏み出すためには反骨精神が必要なのかもしれませんね……。

 

 

 最初の特訓が終わって自由時間になり、わたくしは厨房に忘れ物をしたので、それを取りに行きました。電気を付けなくては……。

 

 ――おや、まだ誰か厨房に居ますね……。あの方はアリスさん……?

 

「あら、アリスさん。今日の特訓はもう――」

 

「ぐすっ……、――っ!? 幸平さん……?」

 

 なんと、アリスさんは暗い厨房で一人で涙を流しておりました。

 な、なんだか見てはならないものを見てしまったような……。いや、秋の選抜の時にも彼女の泣き顔は見ましたが……。

 

「す、すみません。メモ帳を忘れておりまして……。あ、あのう。こ、これをよろしければ……」

 

「あ、ありがと……」

 

「…………」

 

 わたくしはアリスさんにいつかのようにハンカチを渡しました。

 彼女はそれを受け取って泣き腫らした目元を拭きます。

 

 しばらくの間、沈黙がこの場を支配しました――。

 

「…………何も聞かないの?」

 

「あ、そうですよね。ええーっと、こういうとき、どう声をかければ良いのか分かりませんので……」

 

 ふとした瞬間にアリスさんが口を開きます。彼女の言うとおり、何があったのか聞くべきでしたね。失念してました……。

 

「むぅ〜、幸平さんは私の友達なんでしょ? こういう時はちゃんと慰めなきゃダメじゃない」

 

「は、はい。申し訳ありません」

 

 アリスさんは頬をいつものように膨らませて、わたくしに慰めるべきだと伝えます。

 確かにすぐに気を遣えなかったわたくしはダメですね。

 

「じゃあ、罰として明日まで幸平さんには私の恋人になってもらいます。そして思う存分、私を慰めて、精一杯甘やかしなさい!」

 

「ふぇっ!? ど、どうしてそうなるのですか?」

 

 アリスさんはわたくしの腕をギュッと胸に押し付けて、明日まで恋人になりなさいと命令されます。

 思った以上に柔らかな彼女の胸の感触に驚きながらも、わたくしはこの状況に首を傾げます。

 甘やかすとは、どうすれば良いのでしょう……?

 

「だって、いつも八つ当たりするリョウくんが居ないし、幸平さんに八つ当たりしたら虐めてるみたいになるじゃない。それに、2回も泣き顔見られちゃったし」

 

「は、はぁ……」

 

「だから、幸平さんは私の恋人になって私を慰めるのよ。ほら、早く頭を撫でなさい」

 

「ど、どうしてこんな状況に……? あ、あの、それで……、なぜ涙を流しておられたのですか?」

 

 わたくしはアリスさんの頭を出来るだけ優しく撫でながら、彼女に泣いていらっしゃった理由を尋ねました。

 アリスさんの髪はとてもサラサラしており、触り心地が良かったです。

 

「う、うん。あのね、さっきのアレよ……。私、何も出来なかったじゃない」

 

「え、ええーっと、先ほどの模擬戦のことですか?」

 

「そう。あなたのお父様がアドリブでクレープを焼いて……、あなたがちりめんじゃことか使い出して、あのえりなまでステーキなんて焼いちゃって、私はただ淡々とあなたたちの手伝いをだましだましやって、終わっただけ……」

 

 アリスさんは先ほどの模擬戦のときにサポートに徹しておられたことを気にされているみたいです。

 えりなさんがいつもの自分の調理では考えられないような即興のアレンジをして見せられたことがショックみたいでした。

 

「そんなことありません。アリスさんのサポートによる土台があったからこそ、あの短時間でわたくしたちのアッシェ・パルマンティエは料理としての輝きを放ったのです」

 

 しかし、アリスさんのサポートは的確で迅速です。

 40分という短い時間でアドリブ全開の品がどうにか纏まったのは彼女のサポートのおかげでした。

 

「幸平さんは優しいわね。でもね、わかってるの。今の私じゃ、薊おじさまに借りを返せない。調理器具が無ければ、私の技量は5人の中で1番下だもの」

 

「アリスさん……」

 

「もう! 幸平さんったら、そこは否定しなさいよ!」

 

 特にアリスさんの技量を低く見ているわけではないのですが、それでは誰より上で誰より下といつ話が出来るわけでもありませんので、わたくしは彼女の謙遜に対して何も言わなかったのです。しかしこの場では、はっきりと否定しておくべきでしたね……。

 

「ご、ごめんなさい。でも、アリスさんには分子ガストロノミーの知識や、それを活かした調理器具の知識もありますから。それに、技量やセンスもずば抜けていますし……」

 

「そうよ。その調子よ。幸平さん! ほら、頭をもう一度撫でなさい。そして、優しく抱きしめて――」

 

「は、はい。こうですかね」

 

 わたくしは今度はアリスさんの顔を胸に埋めるように優しく抱きしめ、頭を撫でました。

 彼女の体温が直に伝わってきて、心臓の鼓動まで感じられます。

 

「…………なんか、ふざけてやってみたけど、結構ドキドキするものね……」

 

「いつもされてるじゃないですか」

 

「だって、えりなの反応が面白いんだもん」

 

「まぁ、そんな理由でそんなことをされていたんですの?」

 

「でも、それは建前なの。秋の選抜であなたと戦ったときから私は――あなたのことを……、好きになっていた――」

 

 アリスさんはわたくしの胸元から顔を上げて上目遣いで好意を伝えられます。

 涙目になっている彼女のお顔はとても美しく瞳に吸い込まれそうになるような錯覚すらしてしまいました。

 

「私もアリスさんのこと好きですよ。奔放で感情が豊かで正直な方ですから、それにとっても可愛らしいですし」

 

「――っ!? い、今のは恋人ごっこのセリフとしては高い点数をあげても良いわ」

 

 わたくしが素直に彼女に自分の好意を伝えると、彼女はその透き通るように白い頬を桃色に染めて、照れながら微笑みます。

 その表情はいつも以上に彼女の可愛らしさを引き立てておりました。

 

「別に恋人のフリをして言ってるわけではないですよ。アリスさんのことが大好きなのは本心ですか――んんっ……、んっ……」

 

 わたくしがもう一度アリスさんに好意を伝えようとしますと、彼女は首に手を回してわたくしの唇を奪います。

 彼女のしっとりとした唇の感触と微かに香る甘酸っぱいような香りを感じながら、しばらくの間、何度か短いキスを繰り返していました。

 

「んんんっ……、んっ……、ちゅっ、ちゅっ……、んっ……」

 

「――あ、アリスさん……、んんんっ……」

 

 そして、お互いに見つめ合い、最後に長めのキスをします。

 アリスさんは目がトロンとしており、ボーッとした表情で焦点が合っていないように見えました。

 

「こ、恋人なんだから、これくらいはいいでしょ? なんか、幸平さんの顔を間近で見てたら、止まらなくなっちゃった」

 

「少しは落ち着かれて、元気になってくださいましたね」

 

「むぅ〜、驚かせようと思ったのに。すました顔をして……」

 

「お、驚いてますよ。でも、アリスさんの好意が伝わって嬉しかったので」

 

 わたくしがあまり動揺されていなかったことがアリスさんには不満だったらしく、再び彼女は頬を膨らませます。

 こういう感情に素直な所が彼女の魅力だと思います。

 

「はぁ、小さなことで悩んでた私が馬鹿みたい。あの、えりなだって自分の殻を破ったんだから、私に出来ないはずがないわ。見てなさい。今度は私もあなたたちに負けないんだから」

 

 アリスさんの目にはいつもの自信が戻っており、これからの意気込みを声に出しました。

 どうやら、立ち直られたようですね……。

 

「それでこそ、アリスさんです! 今から特訓して一緒にもっと腕を磨きましょう!」

 

「そうね……、私は遠月の頂点に立つんだから、こんなところで止まれないわ。――じゃあ、幸平さん。今日は私の恋人なんだから、今度はあなたから、キスしなさい……」

 

「しょ、承知致しました……、んっ……」

 

 アリスさんの言われるがままに、わたくしは彼女にキスをします。

 この日はそのあとも日付が変わるまで彼女を抱きしめたり、頭を撫でたりリクエストに応えながら終わりました――。

 

 そして、日付が変わった今日――セントラルとの連隊食戟のルールを決めます。

 わたくしたちは彼らとの合流地点に集合しました。

 果たして円滑にルールは決まるのでしょうか――。

 

 




アッシェ・パルマンティエのアドリブアレンジとかクソ難しい描写、すみません諦めました。頑張ろうと色々と調べたんですけど、無理でした。
アリスが可愛い回なので、むしろそれがメインなのでご容赦ください。
あー、アリスを死ぬほど甘やかしたい!

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