【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら   作:ルピーの指輪

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決戦は一月後

「ルール決めの合流地点はここ?」

 

「随分と寂しいところに降ろされましたね……」

 

「ここは普段は使用されていない駅舎でしてね……。まぁぶっちゃけ廃駅です。この会合のために特別につきかげを乗り入れさせました。他に都合いい場所もなかったもので」

 

 わたくしたちと、薊さんの陣営が合流する場所として定められた場所は廃駅のようです。

 人気がないこの場所はより一層寒さが際立つ感じがしました。

 

「さみー、ソアラちゃん。温めてくれ」

 

「――バカなこと言わないでくださいまし。あのう、セントラルの皆さんは?」

 

「あ、降りてきましたね」

 

「……あら?」

 

 抱きついて来ようとする父を躱していると、薊さんがスキ—で滑って降りて来られていました。あんな高いところから……、とてもスキーがお上手なのですね。

 

「いやはや最寄りのヘリポートがここの山頂だったものでね。車を回させるよりこちらの方が早かったんだ」

 

「そろそろ斎藤くんや茜ヶ久保くんたちも到着するようです」

 

「そうかい、では手短に済ませようか。効率的にスタンダップ・ミーティングといこう」

 

 わたくしたちは、十傑の方々と向かい合いました。

 さて、どのようなルールになるのでしょうか……。

 

 

「前政権から寝返った十傑6人が勢揃いか」

「そして、親切にも私たちに十傑の座を渡してくれる方々よ」

 

「あっ……、叡山先輩……、どうもこの前は……」

 

「潰す、潰す、潰す……!」

 

「やっぱり怖いですわ……」

 

 目の前の叡山先輩は殺意の籠もった視線をこちらに飛ばし続けていました。

 だから、勝負事は嫌いなのです。あの戦いは譲れないものでしたから、恨まれても後悔はしていませんが。

 

「なんだ、女々しい男だな。ソアラに完膚なきまでやられた事を根に持っているとは」

「あーっ! 八百長までして、負けた人だ! まだあの人、十傑だったのねー!」

 

「んだとぉ!」

「叡山、事実を言われてキレない」

「うるせぇ!」

 

「ちょっと、二人とも煽らないでくださいまし」

 

 そんな叡山先輩を遠慮なくおディスりになられる緋沙子さんとアリスさん。

 それに激昂する叡山先輩でしたが、紀ノ国先輩まで冷たい視線を送りながらそれに参戦されていました。

 

 

「では紀ノ国、決戦の日時からあらためて」

 

「はい。六次試験(最終試験)が行われるひと月後、礼文島の南端に特別会場を設け、連隊食戟のバトルステージとします。今、進級試験を受けながら北上を続けている一般生徒たちも観戦可能な会場を計画しています」

 

「……まるで、見世物みたいですわね」

「みたいじゃなくて、そうなのだ。見せしめなのかは知らんが反逆者が敗れる姿を披露したいのだろう」

「まぁ、良い趣味をお持ちだこと。さすがは薊おじさま」

「二人とも、敵意丸出しなんだね……」

 

 対戦は一ヶ月後になりました。準備期間としては長くはないですが、短過ぎるという訳でもありません。

 何とか出来る限りのことをしなくては――。

 

「……相分かった、ではその会場にて勝利を収めた側が十傑の席を総取りでよいな」

 

「異議なし。そして対戦人数は特に限定しない事にしましょうか。それが連隊食戟(レジマン・キュイジーヌ)の特徴だし、才波先輩の1対50なんて例もあります。もしそちらに賛同者でもいれば50人でも100人でも連れてきてくれて構いません。ほとんどの反逆者が退学もしくは()()となった今、それは難しいでしょうが」

 

 仙左衛門が勝った陣営が十傑を総取りにされることを確認すると、薊さんはそれを了承して、さらに人数制限を設けないとルールを加えました。

 どうやら、それが連隊食戟の醍醐味みたいですが、確かに仲間になってくれそうな心当たりのある方々は退学が確定している方が多いです。

 父は1対50って、何をされていたのでしょう……。

 

「――ずいぶん機嫌が良いけれど、薊くん、この勝負のBETを忘れていないわよね。幸平さんたちが勝ち、十傑の座につけばあなたを総帥から追い落とせるのよ……。あなたが仙左衛門殿を退任させたようにね。あなたが言うところの “餌” を出す料理店を殲滅するという絵空事も消え去り、セントラルも解体――あなたが進めた “大変革” とやらは完全に白紙よ」

 

「僕らが勝てば反逆者達は皆、退学だ。もう僕の盤石の体制を覆そうとする者は完全にいなくなる。それに才波先輩が僕の兵隊に加わり、忌まわしき定食屋も消滅するおまけ付きです。こんな嬉しい事はなかなかありません」

 

 堂島シェフが薊さんを煽られますが、彼はまったく負けるとは思っていませんので終始上機嫌そうでした。

 やはり、十傑という遠月の頂点を束ねておられるので有利だと確信しているのでしょう。

 

「薊おじさま、お言葉ですが、今の私たちの頭にあるのは仲間を取り返す事だけですわ。これはその為の食戟なのです」

 

「アリスさんの仰るとおりです。皆さんを返していただきます」

 

「分かっているさ」

 

 アリスさんとわたくしの言葉を聞かれた薊さんは生徒手帳を取り出しました。

 

「あれは、生徒手帳?」

 

「いかにも。もう遠月の学生ではなくなった彼らには必要ないものだからね。きちんと回収させてもらった」

 

 司先輩たちもそれぞれ回収した生徒手帳を取り出しました。茜ヶ久保先輩はあのお人形様の中に入れられていたのですね。

 なるほど、それを取り返せと言われているのですか……。承知しました――。

 

 

「……そして停学者だが、幸平創愛、僕が総帥になる前に可哀相な事件に巻き込まれたみたいだね」

 

「事件……? 心当たりがありませんが……」

 

 薊さんは生徒手帳の件を話し終えるとわたくしが何かの事件に巻き込まれた事を口にされました。

 何のことなのか、さっぱりわかりません。

 

「君のような女生徒の部屋の合鍵を勝手に作って部屋に侵入した輩が居たらしいじゃないか。これは明らかに事件だ。それが発覚した今、不問にしていいことじゃあない」

 

「合鍵……? あっ……、美作くん」

「ありましたね。そのようなことが……」

「な、な、なにぃ! ソアラの部屋の合鍵を作って部屋に侵入だとぉ! そのような破廉恥許されん!」

 

 薊さんは秋の選抜の準決勝の前に美作さんが合鍵を作ってわたくしの部屋に入ってきた事について今さら言及されました。

 あれは叡山先輩の指示だったと彼から謝罪も受けてわたくしも特に何も被害を被ってないのですが……。

 

「新戸緋沙子の言うとおりだよ。僕も許せなかった。だから、学園の品位を落とす著しくモラルを逸脱した迷惑行為を行ったとして、生徒手帳にも書いてある罰則規定により、美作昴を停学処分とした」

 

「中村、馬鹿野郎! 停学なんざ甘いだろ!? ウチのソアラちゃんの部屋に侵入しただと!? んなもん、死刑に決まってるだろーが!」

 

「お父様! どっちの味方なんです!? 薊総帥、部屋に入られた事実はありますが、わたくしは何とも思っておりません。停学は不当です」

 

 何と美作さんは停学処分になってしまったようです。

 彼は一色先輩たちと共に声をかけようと思っていた方でしたのに……。何とも理不尽です。

 

「さすがに世間の常識と照らし合わせても、それは厳しいよ。男子生徒の部屋ならまだしも、異性の部屋の合鍵を作って侵入したなんて学園の責任問題だ。君が良くても、よく思わない女生徒もいるだろう? 年頃の娘を持つ身としては看過出来ない」

 

「何か、こればかりは薊殿が正しい気がする」

「むぅ〜、幸平さんの部屋に勝手に入ったと考えると妥当な気がするわね」

「い、意外と厳しいんだね。美作くんが居たほうが絶対に有利なんだけど」

 

 しかし、彼に対しての風当たりは思った以上に強く、それを知らなかった緋沙子さんやアリスさんまでも薊さんに同調されます。

 これは、彼の力を借りるのは難しそうですね……。

 

「とにかく、これは証拠もすべてうちの叡山が調べ上げて提出しているから、決定は覆らない。美作昴は停学だ」

 

 黒幕だった叡山先輩からの根回しもあったみたいで、薊さんは美作さんを停学にしたと断言されました。

 

「あと、そうだそうだ、大事なことを忘れていた……、ふふっ……、どうやら僕は相当浮かれているらしいぞ。えりな……、確認しておくけどこの連隊食戟、君は当然こっちのチームの一員だからね?」

 

「――っ!?」

 

「待ってください。それはえりなさんの意志で決まることですよね? いきなり何を仰っているのですか?」

 

 それに加えて、薊さんはえりなさんがセントラル陣営だと仰ってこられました。

 それだけは納得できません。彼女の意志が完全に無視されているではありませんか。

 

「何を仰っているのですか?はこちらの台詞だ。総帥と十傑評議会はセントラルのトップに立つ存在……。つまり第十席であるえりなは組織図上、セントラルの一員なんだよ? 反逆者達と戦うことは当然と言える」

 

「そ、そんな……」

 

「それにもう家出は終わりだ。えりな、帰っておいで。父の元へ……、これ以上の我儘は許容できない」

 

「えりなさん……」

「ソアラ……、あなたの力を貸して……。すぅ〜〜、はぁ〜〜……」

 

 薊さんの言葉を受けて、えりなさんはわたくしの手を力強く握ります。そして、何度か深呼吸をされて力強い視線を薊さんに送りました。

 

「お父様の仰ることはわかりました……。ならば私は十傑の第十席の任――返上いたします。今から、ただの――ただの“薙切えりな”です!」

 

「ば、バカな……! 十傑の座を捨てるだぁ!?」

 

「だってそうしなければ身も心も皆さんの仲間とは言えませんから!」

 

 えりなさんはわたくしたちと同じ立場になることを選ばれて、十傑の座を返上されました。

 キリッとした凛々しい立ち振る舞いは、彼女と初めて会った日のことを思い出させます。

 

「えりな……、ふふっ……、えりなが僕に自分の意見をぶつけてくるなんてね。いいよ。ではそちらが負けたときだけれど、えりなだけは別の条件を飲んでもらう」

 

「――っ!?」

 

「退学なんて生ぬるい……、セントラルのために一生その力を貸してもらう。父の言いつけはしっかりと守り、二度と逆らうことは許さない………。いいね?」

 

「……はい、構いません」

 

 えりなさんははっきりと薊さんの脅しとも呼べる条件を飲み込みます。

 

 そして、薊さんと十傑の方々は去っていきました。

 決戦は一ヶ月後……、それまでに彼らに勝てるようにならなくては――。

 

「えりなさん、格好良かったですわ。やはりえりなさんは毅然とされた方が似合ってます」

 

「そ、そうかしら? とにかくあなたもレベルアップなさい。この連隊食戟で勝利を収め現十傑を蹴散らせば、この私が十傑、第一席の玉座につく! 真の女王として君臨するための戦い……、この手で制してみせます!」

 

「はい。微力を尽くしますわ」

 

 えりなさんは自分の父親に初めて反抗をされたからなのか、少しだけ興奮されているみたいに見えました。

 もはや、最近の気弱な感じは完全に消えております。

 

「ソアラ、アリス、緋沙子、田所さん……、あなたたちは、例えるなら女王たる私に恭しく仕える従者! 光栄に思いなさい!」

 

「この凛とした生まれながらの女王の気質こそえりな様の真骨頂だ。おまかせ下さい、えりな様、あなたに勝利を捧げてご覧にいれます」

 

「えりなさんが昔の感じに戻って、新戸さんがウキウキしてる……」

 

 緋沙子さんもいつにも増して元気なえりなさんをご覧になってうっとりとされた表情で彼女をご覧になっていました。

 彼女は人一倍えりなさんのことを心配されていましたので、無理もありません。

 

「むぅ〜、何よえりな! 頂点を獲るのは私よ。第一席だって、私が貰うわ! 私に第二席なんて似合わないもの」

 

「力不足は黙ってなさい。それに第二席はソアラに渡します」

 

「えりなさん、しれっとわたくしを巻き込まないでください」

 

 第一席が欲しいと頬を膨らませるアリスさんに対して、えりなさんはわたくしを第二席にすると言い出されます。

 ええーっと、味方同士でややこしい話になるのは嫌なのですが……。

 

「なんだ、ソアラちゃんは二席で満足なのか? えりなちゃんから一席奪い取るくらいでないと、頼りねぇぞ」

 

「ご自分だって二席だったクセに偉そうなこと言わないで頂きたいですの」

 

「うっ……」

 

「才波様がそう仰るなら、すべてが終わったあと、食戟をしましょうか? 私とあなたで第一席を賭けて」

 

「えりなさんと食戟を……? それは何とも楽しそうです!」

 

 父がわたくしに第一席を奪い取るくらいの気構えでいるように声をかけると、えりなさんは第一席を賭けた食戟をしようと提案します。

 そうですね。えりなさんと研磨し合えるように成れれば、どんなに素敵でしょう……。

 

「ふっ……、ソアラちゃんが羨ましいぜ」

 

「えっ……?」

 

「いや、何でもねぇよ……」

 

 そんなわたくしたちを見て、父はボソリと羨ましいと言われました。

 どういうことなのでしょう? 父の方を見ると彼は目を逸らして誤魔化されました。

 

「皆さん、えりなさんに生徒手帳を預けませんか?」

 

「「生徒手帳……?」」

 

「わたくしたちを、ここまで引っ張ってくれたのはえりなさんです。そしてこれからも……、ですから、わたくしはえりなさんに命を預けたいのです。無理にとは申しませんが、こういった意思統一も大事だと思いまして」

 

「ソアラ……、ありがとう。随分と情けない姿を見せたのに、私を頼ってくれて」

 

「こ、このままだと、ソアラさんはえりなさんに……、が、頑張らないと……」

 

 最後にえりなさんにわたくしたちの生徒手帳を預けて、士気を高めて、列車へと戻りました。

 これから一ヶ月で出来る限り腕を上げなくては……。そのために、わたくしは――。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「私まで、誘ってもらえてありがとうございます。才波様……」

 

「えりなさん、そんなに緊張するほどの人ではありませんよ」

 

「ソアラちゃんの言うとおりだ。楽にしてくれや」

 

 たまにはゆっくり話がされたいと、父はわたくしとえりなさんを列車の中にあるバーに誘われました。

 こういう雰囲気のところに来るのは初めてですね……。

 

「あの、才波様、ずっと気になっていたことがあるのですが」

 

「んっ? なんだい? 気になっていることって」

 

 えりなさんはソフトドリンクに口を付けられて、父に質問があると言われます。

 彼女が父に質問されたいことって何でしょう……?

 

「ソアラにほとんど料理の技術を教えていなかったことです。彼女は恐ろしく物覚えが良い子です。短期間にフランス料理も中華料理もモノにしてしまうほど。才波様がその才能に気付かないはずがないと思うのですが……」

 

「えりなさん、わたくしは定食屋で仕事をする程度でしたから、特に他の料理について覚える必要が無かったのですよ。ですから、父もそこまでわたくしに求めなかったのでしょう」

 

「いや、違うんだ。ソアラちゃん。俺は敢えてお前に定食屋の技術しか教えなかった。ソアラちゃんの才能が開花することが怖くてな。正直、遠月に入れることも最初は乗り気じゃなかったんだ」

 

「怖かった……?」

「ソアラの才能が……?」

 

 えりなさんが何故、父がわたくしに定食屋の技術しか教えて居なかったのか尋ねると、彼はわたくしが料理が上手くなることが怖かったと答えられました。

 そんなこと、聞いたことないのですが……。だって、父はいつだって勝負を仕掛けてきたり、料理をすると褒めてくれたりしていたではありませんか……。

 

「ちょっと昔の話をしようか。まっ、オッサンの若いときの話なんてつまんねぇかもしれねぇから聞き流してくれて構わねぇけど。俺がお前らくらいのときだ、ちょうど俺と銀華は――」

 

 それから父は自分たちが十傑に入ったときから始まって、遠月の学生だった頃のお話をされました。

 それは、わたくしが知らない父の顔でもあります。

 最初の方は自慢話にも聞こえました。十傑になり、外部の料理コンクールでも結果を残し続ける日々。父はいわゆる天才料理人と呼ばれるような方だったみたいです。

 

 しかし、この“天才”という二文字が徐々に父を苦しめることになります。

 新しいモノを開拓し続けなくてはならないというプレッシャーに押されながら、道を突き進むことに疲れ始めてきたのです。

 

 二年生になった父は世界若手料理人選手権コンクール『THE BLUE』という凄い大会の出場者に選ばれたそうです。これは、若手の料理人にとって大変名誉なことなのだとか……。

 妬みもあったそうです。彼がその“BLUE”とやらに出ることを良しとしなかった沢津橋さんという方は50人くらいで父を取り囲んで因縁を付けたとかそんなことが……。

 薊さんの言ってました50対1の連隊食戟はその時に彼が行ったみたいです。その時から父は調理場で笑えなくなり、“修羅”という名で呼ばれるようになりました。

 

 そして三年生になって、遠月の第二席になった頃、極星寮はふみ緒さんの仰っていたとおり黄金時代を迎えます。

 堂島銀華さんは第一席、中村薊さんは第三席と極星寮の方々が十傑の上位を独占したからです。

 

 父は相変わらず外の料理コンテストで優勝をいくつも手にされました。

 その頃になると父に食戟を挑む方は居なくなったそうです。堂島シェフや薊さんと憂さ晴らしに勝負をすることはありましたが、彼は段々と虚しさが込み上げて来るようになりました。

 

 そして迎えた“BLUE”当日――父は会場に行けませんでした。

 天才と呼ばれ続け、周囲の期待に応えなくてはというプレッシャーについに彼の精神はズタズタにされて、料理をすることが出来なくなってしまったのです。

 

 父は自分の才能に飲み込まれてしまいました。才があるがゆえに自身をどこまでも高いところまで向かわせようと懸命に突き進んでいるうちにポッキリ心が折れたのです。

 

 仙左衛門さんのアドバイスで父は一度、日本から離れて、料理からも離れました。

 そこから再起されるまで色々とあったみたいです。

 

 そして、そんな経緯があるから薊さんが父の才能に執着されているとのことです。

 堂島シェフと父はだからこそ彼を止めようと動き、父は自らを餌にすることを選んだとのことでした。

 

「――っとまぁ、こんなことが昔にあったんだ。だからさ、本来はお前らの世代には関係ない話だったんだよ。今回の件はな」

 

「お父様と才波様に昔、そんなことが――」

 

「とりあえず、お父様が薊さんにとんでもなく恨みを買うようなことをされたわけではなかったので、安心しましたわ。それだけが不安でしたので」

 

「ソアラちゃん。ちったぁ、パパのこと信頼してよ」

 

「それは無理です」

 

 父が悪いことをされてないと聞いて、わたくしは心底ホッとしました。

 これで何の後ろめたさもなく薊さんと戦えます。

 

「あらら……、まぁ俺にも情けない時期があったってことだよ。理由はどうあれ、皿から逃げちまったんだからなぁ」

 

「そこはまぁ、安心しましたわ」

 

「安心?」

 

「ええ、お父様が人並みの繊細さを持ち合わせておられたことに安心しましたの。これからはそういったナイーブな面も出して頂ければ、周囲に迷惑をかけなくて済むのではと思いました」

 

「おいおい」

 

 傍若無人が服を着て歩いてるみたいな方だと思ってましたので、人並みにプレッシャーを感じて、苦しい思いをされたことがあると聞いて、わたくしは安心しました。

 自分もナイーブになることが多いですから、彼の気持ちはよく分かります。

 

「それに――今はとても楽しそうに料理してますし、少なくともわたくしの父は料理が大好きなことは知ってますから。えりなさんもそう仰ってましたよ」

 

「へっ!? わ、私? は、はい。私も才波様の料理を食べて初めて料理が楽しいって知りました。過去はどうあれ、今のほうがずっと大事だと思いますわ」

 

「そっか。ありがとな、二人とも……。この前の模擬戦でも分かったよ。二人とも料理を楽しんでるってことがな」

 

「お父様……」

 

 父は今、楽しく料理をしていますし、わたくしもその姿を見て料理が楽しいと心の底から思えるようになりました。

 えりなさんも父の料理で楽しさを知ることが出来たと仰ってましたので、彼の挫折も決して無駄ではなかったとわたくしは思います。

 

「ソアラちゃんの才能を完全に開花させてしまったら、俺みてぇになるんじゃねぇかって心配したんだ。記憶力にセンス、器用さ……、小さいときから思ったよ。料理を真剣に教えたら、とんでもねぇ料理人になるって。だけどな、お前は俺と違ってめちゃめちゃ繊細な子だし、争いごとは嫌いだし、優しい子だったから……、どうにも踏み切れなくてな」

 

「お父様、わたくしは料理が上手になりたいですよ。才能のことはよくわかりませんが、今よりも上達しなくては皆さんを救えませんから。だから、教えてください。あなたの持てる技術を全部わたくしに――」

 

 父がわたくしのことを気遣って敢えて最低限の技術しか教えなかったことは伝わりました。

 しかし、今は喉から手が出るほど力が欲しいのです。十傑の方々に対抗し、それを打ち破るほどの力が――。

 父の持っている調理技術を習得できれば、今よりもずっと高いところに行けるはず――だからこそ、わたくしは父に全部教えて欲しいと懇願しました。

 

「いつの間にか、そんな目をするようになったんだな。それで、潰される日が来るかもしれねぇんだぞ。良いのか?」

 

「その時はそのときに考えます。わたくしには皆さんがおりますから、助けてもらえるようにお願いしますわ。えりなさんも居ますし」

 

「もう、最初から他力本願なの? 仕方ない子ね。でも、あなたが潰れそうになったら、私も一緒に支えるわ。必ずね……」

 

「ソアラちゃん、いい友達を持ったな。安心しちまったぜ。よーし、これから一ヶ月の間に俺の全てを叩き込む。そしたら、いつか俺の手に届かねぇところまで行っちまうかもしれねぇけど、それでもお前なら大丈夫だろう」

 

 わたくしにも、父のようにいつか自分に押し潰される日が来るかもしれません。

 でも、自分にはたくさんの味方がいます。頼りになる皆さんが居ますから、そうだとしても何も怖くありません。

 

 父はわたくしの覚悟を受け止められて、彼の技術の全てを教えてくれると約束してくれました。

 連隊食戟――わたくしは絶対に負けません――。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 それからしばらくして、わたくしは連隊食戟に出られそうな仲間を増やそうと連絡を取ったりしておりました。

 

 そして、えりなさんにある提案をすることになります。

 

「女木島さんに会ってくるですって?」

 

「はい。一色先輩や久我先輩は二つ返事で味方になってくれると仰ってくれたのですが、彼だけは断られましたので」

 

「あのね、一色先輩から聞いたら女木島先輩は事情があって北海道のこの近くに来てるらしいの。だから、行ってみようかなって」

 

 元第三席、女木島冬輔先輩――彼は電話口で一言だけ“断る”と答えて電話を切られました。

 いつもなら引き下がるのですが、彼の戦力を諦められるような事態ではありません。

 

「そうね、女木島さんは確かに必要な戦力だわ……。でも、難しいミッションになりそうね。ラーメンマスター 女木島冬輔、またの名を――食戟ぎらいの料理人……」

 

 えりなさん曰く、女木島先輩は食戟というか争いが嫌いな方みたいです。

 ともすると、わたくしも彼に対して共感出来る部分はあるのですが、そんな彼に対して争いごとに巻き込まれて欲しいとお願いするのは確かに困難かもしれません。

 

 という訳で、わたくしと恵さんは女木島先輩の元へと出かけることになりました。

 

「旭川市、ここに女木島先輩がいらっしゃるということですが……」

 

「ソアラさんと二人きりでお出かけするの、久しぶりだね」

 

「ええ、恵さん。今日はとても機嫌がよろしいですね」

 

 恵さんはいつもよりもニコニコされて、腕をギュッと組まれて頭をわたくしの肩に寄せて、ぴったりと密着されながら歩いております。

 今日も寒いですから、こうして歩くと温かいです。

 

「うん。本当はずっとこうして歩いていたいよ……」

 

「恵さん……?」

 

「ご、ごめん。へ、変なことを言っちまったべさ……。えっと、多分ここで合ってるはずだよ。女木島先輩が居るって場所――」

 

 顔を真っ赤にされた恵さんは指をブンブンと振りながら女木島先輩がいらっしゃるという旅館を指差しました。

 

 果たしてわたくしたちは女木島先輩を説得することが出来るのでしょうか……。

 




美作に関しては完全に作者サイドの都合なので、こんな理由で参戦出来なくして申し訳ない。
ラーメンマスターの話というか、次回は田所ちゃんのヒロイン回です。

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