【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら   作:ルピーの指輪

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連隊食戟編
連隊食戟(レジマン・ド・キュイジーヌ)――開戦!


「いよいよ今日は連隊食戟本番よ! この一ヶ月、よく厳しい特訓に耐えてくれたわ!」

 

 連隊食戟が行われる当日、堂島シェフはわたくしたちを集めて声をかけてくださいました。

 この日のために色々と特訓を頑張ってきましたし、やれることはやりました。

 皆さんも自信を持って戦いに臨むことが出来るでしょう。

 

「ああーん。新戸さんとせっかく仲良くなれたのにー、寂しいですぅ! 四宮先輩も恵ちゃんと離れるの寂しいですよね!」

「うるせぇな、乾! 一番手のかかる奴を押し付けられて、せーせーするんだよ!」

「またまたぁ、強がっちゃってー。痛っ!」

 

 特訓にはえりなさんを除いた、わたくしたち一人ひとりにマンツーマンで先輩方が指導をしてくれました。

 四宮先生と乾シェフも堂島シェフの呼びかけでやって来てくださったのです。

 四宮先生は恵さん、乾シェフは緋沙子さん、そして堂島シェフはアリスさんにそれぞれ教授しておりました。 

 

 わたくしは父に和洋中から始まって世界のあらゆる料理の技術を時間の許す限り叩き込まれ、身体に覚えさせています。これで、ある程度のテーマには対応出来るはずです。

 

「あなたたち、いつまで遊んでるの? きちんと先輩として、激励しなきゃ」

 

「まっ、俺らはまったく心配してねぇ。セントラルの連中に目にもの見せてやれ!」

 

「「はい!」」

 

 わたくしたちは船に乗り込み礼文島を目指しました。

 確実に厳しい戦いになりますが、わたくしたちなら大丈夫なはずです。

 今日は父が持ってきてくれた“食事処ゆきひら”のシャツを着ています。父曰く、自分の店も賭けているからわたくしに店を背負って欲しいみたいです。

 

「ついにこの日が来ましたね」

 

「しかし、私たちは以前とはまったく違う。特訓の成果をセントラルに見せてやろうではないか」

 

「秘書子ちゃん、凄い自信ね〜。十傑も頂点も仲間も全部手に入れてみせるわ!」

 

「頼れる先輩方にも来てもらえましたし、必ず勝ちましょう」

 

 そう、セントラルと戦うのはわたくしたち5人だけではありません。

 心強い先輩方もいるのです。先輩たちも船に乗られたみたいでした。

 

「やっほー、幸平ちん、新戸ちん。久しぶりー! ちっとは強くなったかな?」

 

「ソアラちゃん、田所ちゃん、極星寮のみんなの為に死力を尽くして頑張ろう!」

 

「あれから、また強くなったみたいだな。雰囲気が違う……」

 

 元遠月十傑の3人の先輩方がわたくしたちの元に来てくれました。

 こうして見ると何とも心強いメンバーでしょうか……。

 

「一色先輩に、久我先輩、それに女木島先輩も……、はわわ! 頼もしすぎるよ! 私なんかが混ざって良いのかな?」

 

「何言ってるの、今や田所さんも立派な戦力なんだから。対等よ」

 

 恵さんは自信を無さそうにされてましたが、えりなさんの言うとおり彼女も負けていません。

 あの四宮先生に野菜料理(レギュム)の真髄を学んだのですから。

 

「とにかく、戦力は集められるだけ集めましたし、わたくしたちも研磨を積みました。あとは力を出しきるだけです!」

 

「ソアラちゃん、ちょっと見ない内に逞しくなったね。頼りにしてるよ」

 

「一色先輩こそ、頼りにしていますわ。今日は特に気合が入っているとお見受けします」

 

「ふふっ……」

 

 一色先輩はいつもと違い、調理着をお召になっておりました。

 これは彼が本気でこの戦いに挑まれるという気構えが現れているのでしょう。

 

「見えてきたわ。あれが礼文島。連隊食戟の舞台よ」

 

 そして、わたくしたちは決戦の地――礼文島に辿り着きました。

 やはり、緊張しますね。どんなに覚悟を固めても……。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「さぁ会場にお集りのみなさ〜ん! ステージの向こうに見える景色にご注目くださ〜〜い♡ 礼文島のお隣にうかぶ利尻島が誇る雄大な利尻富士! この素晴らしい眺めをバックに決戦の司会を務めるのは……、92期のアイドル! 麗ちゃんでぇ〜〜〜っすぅ♡」

 

「「うぉぉぉぉぉ!」」

 

「じゃあ皆? 親愛なる薊政権の勝利を願って〜。十傑メンバーの入場をセントラルコールでお迎えしましょう! 行っくよ〜〜♡ さぁご登場でぇ〜〜〜っす」

 

 川島麗さんの合図で会場に入ってくる司先輩たち、十傑メンバーが会場に入場されます。

 川島さん、随分とイメージが変わりましたね……。

 

「セントラルぅ! はい! セントラル! セセセセントラルぅ!」

 

「薊様ーー!」

「薊総帥ーー!」

「司せんぱーいっ!」

「りんどー先輩こっち向いてー!」

 

 そして割れんばかりの声援が鳴り響き、十傑の方々や薊さんへエールが送られます。

 分かってましたが、わたくしたちは反逆者。これは、完全にアウェイですね……。

 

「んもう! ほとんどあっちサイドの声援ばっかりじゃない」

「あわわ、こんな所で試合するの……?」

「これくらいは覚悟していた。仲間を助けられるなら何ともない!」

「緋沙子さんの仰るとおりです。それにわたくしたちの応援をしてくださる方も来ていらっしゃいますから。何も怖くありません」

「行くわよ。勘の悪い観客にも、どちらが主役なのか教えて差し上げましょう」

 

 このような状況で戦うことは承知の上でしたし、極星寮の皆さんやにくみさんたちも応援に来て下さってます。

 えりなさんは彼女らしく自分の歩む道こそが王道だと言わんばかりの覇気を放っておりました。

 

「さぁて続いて――崇高なるセントラルに歯向かうゲボ同然の身のほど知らず共! 憎っくき反逆者たちを紹介と行くぜー! 叩き潰されて地獄を見やがれ! 入って来いやゴラァーー!」

 

「おぉおおおおお! 一色先輩ぃ!」

 

「久我照紀! それに――」

 

「元・第三席 女木島冬輔ぇ!?」

 

「すげ……! 今生き残ってる学生の中で考えられるMAX頼もしいメンツを揃えてきたじゃねぇかよー!」

 

 続いて川島さんのあんまりな紹介と共にわたくしたち反逆者のメンバーが会場に入ります。

 やはり、元十傑やえりなさんがこちらサイドにいることは観客の皆さんも驚かれてますし、仲間の皆さんは先輩方がメンバーに入っている事を喜んでくれていました。

 

 

「お久しぶりです、薊さん。何とか、これだけの人数を集めることが出来ましたわ」

 

「ふうん、頑張ったじゃないか。派手で良い」

 

「勝負は奇しくも8名VS8名の同数対決となりました! それでは両チームの合議で同時にぶつかる“対戦枠の数”を決めていただきまぁす! 双方ともに8名ですので最大で8人! 8枠まで同時に対戦可能です! さぁ! いかが致しましょう〜!?」

 

「3枠でいかがです?」

 

「よろしい」

 

 えりなさんと薊さんによって、この連隊食戟は3対3で進められることになりました。

 それでは、最初に出る三人を決めなくてはなりませんね……。

 

「では両チーム! 1st BOUTで戦う料理人を3名ずつ選んでくださ〜い!」

 

「……俺らで全員蹴散らすつもりでかかるぞ……、一色……」

 

「ふふ……、やる気満々で頼もしいです。女木島さん」

 

 えりなさんの采配により、一色先輩と女木島先輩が最初の試合に出られます。

 やはり、元十傑のこのお二人には確実に勝利を掴んで欲しいみたいです。

 

 最後の一人は――。

 

「私の相手は……、“二年生狩り”幸平創愛さんあなたね。泣かせてしまったらごめんなさい。あなたの連勝街道もここまでよ」

 

 紀ノ国先輩はメガネをかけなおし、わたくしを見据えます。

 そう、えりなさんが選んだ最後の一人はわたくしです。相手は紀ノ国寧々先輩――第六席で同じ二年生の一色先輩よりも上の席次に君臨されている方です。

 

「紀ノ国先輩、お手柔らかにお願いしますわ」

 

 二年生と多く食戟はしてきましたが、彼女の実力はその誰よりも上でしょう。

 どう考えても、簡単に勝てるような相手ではないですね……。

 

 

「い、一色せんぱぁあーい! ごめんなさぁい! 私ら負けて……、退学になっちゃったぁ~~」

 

「うはぁ、どうしたんすか? 本気の調理着なんか着ちゃって! 正直頼もしくて仕方ないっす!」

「僕たちを助けるために北海道まで来てくれていたんですか?」

「でも……、この勝負で負けたら先輩まで退学に……?」

 

「そんなことは戦わない理由にならないな。かわいい後輩たちのためだからね」

 

 極星寮の皆さんは一色先輩が駆けつけてくれたことに歓喜しております。

 彼が立ち上がらないはずがないと思っておりましたが、こうして後輩のために戦う姿を見るとわたくしも嬉しくなりました。

 

「い、一色せんぱ――」

「まぁ勝てなかった場合のことも考えてあるから安心しておくれ」

 

「へっ……?」

 

「みんなで農場を開こう!」

 

「――っ!?」

 

 さらに一色先輩はわたくしたちが敗れた後のことも考えられているみたいです。

 農場とは如何にも先輩らしいアイデアですね。

 

「もう知り合いのつてで何カ所か場所の候補を見つけててね。オーガニック食品に強い通販サイトでも紹介してもらえることになってる。まずは小規模に事業を興して――」

 

「えぇーー、妙に具体的でなんか複雑……」

 

「田所ちゃんやソアラちゃん、なんてよく働いてくれると思うんだよねぇ」

 

「いや、あの……、それはそうかもしれないですけど」

 

「今は連隊食戟に勝つことだけ考えてほしいっすマジで」

 

 具体的な農場のプランを語られる一色先輩の顔を皆さんは複雑そうな顔でご覧になっていました。

 彼の優しさからの気遣いのはずですが、負ける話は聞きたくなかったみたいですね……。

 

 

「司っさんはやっぱし1st BOUTからは出てこないっぽいね、んじゃ予定通り僕ちんパス1でオッケっす! 最初の見せ場は女木島のおっさんに譲るよ~ん☆」

 

「久我は相変わらずよく喋るなぁ、十傑外されて落ち込んだりはしねぇのか?」

「何言ってるのさ! 深く深く深―く傷ついたもんっ」

 

「……っしかしソアラさん。すげーな、一色さんたちはともかくよぉ。よく女木島さんまで引き入れたなぁ」

「きっと姐さんの強さに感銘を受けたんですよ。そうですよね、ソアラ姐さん!」

 

「いえいえ、ちょっと一緒にお料理させてもらっただけですよ」

 

 女木島先輩がメンバーに入ってくれたことは本当に大きかったです。

 彼のおかげでわたくしの引き出しの量も増えましたし、本当に感謝しております。

 

「はいは~い、そこの退学済みの皆さ~ん? 皆さんには専用の観戦席を設けてま~す♡ なのでその席で勝負を見守ってて下さいねぇ~?」

 

「観戦席……?」

 

「ほら入れや」

 

「あんさんコレ……、見方を変えると、いや変えへんでも、どう見たかて牢屋ですやん……」

 

「ひどい扱いだな……」

 

 何と反逆者扱いされている仲間の皆さんは牢屋のような檻に閉じ込められて観戦させられるみたいです。

 さすがに品が悪い趣向だと思うのですが……。

 

「お前らは薊様のご慈悲で観戦できるんだ忘れんじゃねぇぞ」

 

「とにかくソアラさん! 十傑なんてぶっ倒してくれ!」

「負けないでください!」

 

「はい。絶対に負けませんから。見ていてください……」

 

「――っ!? あれ? ソアラって、あんなこと言うタイプだっけ?」

「何か十傑に相手に勝って当たり前のような顔していたな」

 

 とにかくまずは一勝することです。父から受け継いだ技術とわたくしの経験を繋ぎ、確実に調理技術は上がっています。

 紀ノ国先輩は凄い先輩ですが、必ず勝たなくては――。

 

「さ~~て! 調理を始める前にもうひとつ。各対戦カードの“テーマ食材”を抽選しま~~す! さくっとクジをお引きくださ~い♡」

 

「では、紀ノ国先輩、くじをお引きください」

 

「いえ、そちらが引いて構わないわ。クリーンにフェアな勝負をしたいものね。私そういう部分きっちりする性分だし。叡山みたいに不正をやる輩だと思われたくないの」

 

「まぁ……、ありがとうございます。お気遣い感謝しますわ」

 

 テーマとなる食材を決めるくじを引くことを、紀ノ国先輩はわたくしに譲って下さいました。

 この方はやはり真面目で誇り高い方の様です。セントラルの乱暴なやり方を甘受されていることが不思議なくらいです。

 

「幸平創愛ぁ! さっさと負けちまえー!」

 

「寧々先輩! 反逆者なんかぶっ殺してくださ~い!」

 

「きたない野次はきらい……!」

 

「はぁあ……、あの冷たい視線……」

 

「たまんねぇぜ……!」

 

 紀ノ国先輩はわたくしに飛ばされた野次をひと睨みで黙らせてくださいました。凄い気迫ですね……。

 

 えりなさんから聞いた話だと、得意ジャンルは和食全般みたいです。

 特に――“そば”に関して右に出る者はいないのだとか。

 彼女のご実家は神田のそば屋の名店で、紀ノ国先輩は物心ついた時から日本料理の英才教育を受けているという話を聞きました。

 

 つまり、和食のジャンルに当てはまるお題が出るとこちらはかなり不利になりそうです。

 

「先に言っておきます……。私を和食だけの料理人と思わないことだわ、幸平創愛さん。あなたがどんなテーマを引こうが、どんなジャンルで戦おうが……、あなたの皿を叩き潰す事実は変わらない」

 

 そんなことを考えていましたら、それを見透かされたように紀ノ国先輩はどのようなジャンルでもわたくしを倒すと断言されます。

 そうですよね。先輩の仰るとおりです。

 

「申し訳ありませんが、それはさせません」

 

「何っ!?」

 

「どんなテーマを引いてもわたくしは先輩に負けませんから。その自信を持ってこの勝負に挑んでいます」

 

 例え、和食のジャンルを引こうともわたくしだって負けるつもりはありません。

 相手の土俵だったからなどという言い訳など、この戦いには不必要だからです。

 

「言ってくれるじゃない。叡山や久我を倒した程度で」

 

「ちょいちょい! おさげちゃん! 俺はタイマンで負けたわけじゃねーし!」

 

「では、引かせてもらいますね。――あら、まぁ……」

 

 わたくしはどんなテーマでも勝とうという想いを乗せてくじを引きました。

 くじに書かれていたジャンル――それは――。

 

「ジャンルは“そば”ですわ!」

 

「「…………」」

 

 わたくしがジャンルを声に出して発表すると、一瞬だけ会場全体がシーンと静まり返りました。

 何でも良いとは思いましたけど、こんなことってありますの……? 紀ノ国先輩までも固まっているのですが……。

 

「おぉーーーと、これはぁーー! うははっ、やったぜ! なんとなんと、第3カードのテーマ食材は紀ノ国寧々の得意技! 必殺料理(スペシャリテ)でもある“そば”に決まってしまったぁーー! これは十傑側が勝利へ大幅に近づいたぞー! ざまぁ見やがれ反逆者どもがー! 幸平創愛! お前に夜通し食戟に付き合わされた恨み忘れちゃいねぇぞ!」

 

「あはは! 相変わらずミラクルを起こすなぁ」

「……ふぅん」

 

 川島さんは以前、食戟で十連戦したときのことを恨んでいると言いながら、高らかに笑っておりました。

 一応、謝罪はしたのですが、あのことは恨まれても仕方ありませんね……。

 

「お題は決まりました! それでは最早待った無し! 始めましょう! 舌の上の大合戦! 連隊食戟(レジマン・ド・キュイジーヌ)――開戦です!」

 

 いよいよ、試合が開始されました。制限時間は2時間。

 この間に何を作るのか決めて、品を出さなくてはなりません。

 一緒に試合をする一色先輩や女木島先輩とは協力しても大丈夫です。それにしても、この会場は冷えますね……。

 

「あ、あのう、紀ノ国先輩……、先ほどは――」

 

「な、何よ!? わ、私が悪いんじゃないから……、あなたが変に反論するからこんな――」

 

 紀ノ国先輩はやはり気まずそうな顔をされて、メガネを外して拭いておられました。

 そば屋が実家の彼女が“そば”のお題で勝負する――先ほど仰っていたことが全部崩されてしまったからでしょう。

 

「いえ、確かに先輩の得意ジャンルで戦うことは不運かと思いましたが、わたくしは一番先輩がそばを作るところを見てみたかったので、楽しみです」

 

「――っ!? そのニコニコして余裕そうな顔をするところ……、気に入らないわね!」

 

 料理人としては紀ノ国先輩のそば作りを間近で見たいという気持ちはありました。

 くじで決まったことは覆りませんので、それならば、この状況を楽しみながら頑張りたいと思っています。

 しかし、紀ノ国先輩はそんなわたくしの態度が気に入らないみたいでした。

 

「ふぇっ!? も、申し訳ありません。気に触りましたか?」

 

「べ、別に……、嫌いな奴と似てただけで、あなたが悪いわけじゃないわ……」

 

 わたくしが謝罪すると、彼女は少しだけ頰を紅潮させ、気にするなと言われます。

 そして、紀ノ国先輩はさっそくそばを作るために動き出しました。

 さすがにそばのスペシャリストということで、メニューを決めるスピードはあちらの方が断然早いですね。

 彼女が行っているのは“水回し”――篩ったそば粉に水を加え、手でかき回し全体にゆきわたらせる行程です。木鉢(こね鉢)のなかで蕎麦の一粒一粒と水分とを入念に結びつける事で、麺が千切れずに水々しさを保ち続ける喉ごしのよい蕎麦になるのです。

 

 それにしても、紀ノ国先輩の手際には見惚れてしまいますね……。指先が流れるように動いています。

 

「では、わたくしは……、せっかく女木島先輩もいらっしゃることですし、()()を作りましょう……!」

 

 メニューを決めたわたくしは立ち上がり、女木島先輩の元に向かいました。

 彼にある物を拝借させてもらいたいのです。

 

「女木島先輩、この前見せてくれた、あの調味料ですが……」

 

「んっ? これか? 相変わらず変な発想をする奴だ。“そば”で()()を作るつもりかよ。ほらよ、俺は今回は使わねぇから好きに使いな」

 

「ありがとうございます! 先輩!」

 

 女木島先輩の特製の調味料を借り受けたわたくしは、料理に取り掛かりました。

 これを使えば、あの弱点を乗り越えることが出来そうです。

 

「ふーん……」

 

「……どうかいたしましたか?」

 

「幸平創愛さん……、何をするか知らないけど、小手先のアイデアで勝てると思わないことね。今までは上手くいってたかもしれないけど――でも今回ばかりはそうはいかないわ。"積み上げて来た時間と歴史”だけがそばの美味しさを真に輝かせるの。それはあなたには無いものだわ。“そば”で私に勝てると思わないで」

 

 父から聞きましたが、そばを打ちで一人前の仕事が出来るようになるには“包丁三日、延し三月、木鉢三年”という言葉があるほど、長い年月の修行がいるそうです。

 紀ノ国先輩の言葉はそういった職人の視点から発せられた言葉なのでしょう。

 

「――ご忠告ありがとうございます。小手先のアイデアかもしれないですが、何とか美味しくなるように頑張りますね。さて、そばの打ち方はこの前、お父様に教わって――」

 

「――っ!?」

 

「な、何だぁ! あ、あれは!」

「嘘だろ! あの流れるような動きは――」

「寧々先輩に負けてねぇ、むしろ力強さすら感じる」

 

 わたくしは手打ちでそばを作ります。紀ノ国先輩には及ばなくても、出来るだけ差をつけられないように懸命に――。

 そば作りを覚えておいて良かったです。

 

「あ、あなた、そば作りの経験があったの?」

 

「一週間ほど前に父に教わりましたの……。ですから、さすがに紀ノ国先輩ほどは上手く出来ませんが……」

 

 “包丁三日、延し三月、木鉢三年”という言葉を聞いたあと、父から言われた事は“三時間で覚えろ”です。

 特訓中、父はそんな無茶ぶりをずっと繰り返しておりました。

 父の動きを見て覚えるのに30分、残りの2時間半で自分なりの重心の取り方や動きやすさを追求して何とかモノにすることが出来ました。

 

「あ、当たり前よ! そ、それでも製麺機を使うよりは美味しさを引き出せるまでにはなっている――初心者がこれだけの動き? こういう理不尽な人が居るから――っ! でも、私との差は純然! トリッキーなアイデアでは覆らせないわ!」

 

「は、はい。何とか覆るように頑張ります」

 

 そう、このままでは敗北は必至です。この差をひっくり返すためはわたくし自身の積み上げてきた経験値が物を言います。

 

「そこまで言うなら見せてご覧なさい!」

 

「ええ、あとで紀ノ国先輩のお蕎麦も食べさせてくださいな」

 

「す、好きにしなさい。なんか、この子と話すとペース狂うわね。イライラする……」

 

 紀ノ国先輩はクールそうに見えますが、意外と感情表現が豊かな可愛らしい方に見えました。

 しかし、そばを作る実力は本物――。

 連隊食戟の1st BOUTは佳境を迎えました――。

 




寧々先輩、かなり好きだから何とかソアラと仲良くさせたいなぁ。
ソアラの絶対に負けませんからっていうセリフ――書いてて、パワーに頼った変身をして負けたサイヤ人を思い出してしまった。

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