【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら   作:ルピーの指輪

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色々とレシピとか調べて頑張って書きましたけど、途中で諦めてぶん投げました。
ソアラのそばにはツッコミどころが多いと思いますが、許してください!


連隊食戟(レジマン・ド・キュイジーヌ)――幸平創愛VS紀ノ国寧々

「やれやれ、僕はともかく。寮の皆に対してそこまで言われるとは思わなかったな。ようし決めたよ。君の事は本気で叩き潰そうかな――」

 

 一色先輩のお題は“うなぎ”――相手は白津樹利夫先輩という方で新十傑の高等部2年生です。

 一色先輩を煽っており、最終的に極星寮の悪口を言ってしまい、彼を本気にさせたのでした。

 

 初めて会ったときから思ってましたが、彼の腕前はやはりとんでもなく、難しい“うなぎの腹開き”を信じられないスピードと精度で成功させます。

 

 これには仲間の皆さんはもちろん、基本的にわたくしたちに厳しい司会の川島さんも称賛されていました。

 

 さらにえりなさんの口から一色先輩の実家が紀ノ国先輩の実家と懇意にしており、二人が幼いときからの知り合いであることが語られます。

 

 そうだったのですね。ともすると、お二人は――。

 

「――ってことは……、あの2人って幼なじみだったのぉ!?」

 

 吉野さんが大きな声を出して反応しますと、一色先輩は肯定されて、紀ノ国先輩は即座に否定しました。

 

「居候して修行してただけだから、なじんでたわけじゃないから!」

 

「やれやれ……、紀ノ国くんは今日もツンツンだなぁ。どうして僕をそんな目の敵にするんだい?」

 

「………白々しい。分かっているでしょう?」

 

 紀ノ国先輩は淡々とした口調で調理を進めます。彼女と一色先輩との間に何があったのでしょう?

 

「さぁ第3カード! 十傑側、寧々先輩は順調に調理を進めてますぅ! 油を熱しつつ取り出したのは……? 桜エビ!? さらに……、おっと! 衣のようなものがバットに用意されていますー!」

 

 紀ノ国先輩は桜エビのかき揚げを作るみたいですね。

 これは極上のかき揚げそばが出来そうです。やはり食べてみたいですわ……。

 

 さらに彼女は精密機械のように正確に麺を切り出しました。なるほど、ここでも彼女の方が技術的に上ですね……。

 

 

「2nd BOUTでも必ず出て来なさい。そこで私と戦うのよ」

 

「……すいぶん気が早いなぁ。ジュリオくんに負ければ……、僕は2ndに出られないけど?」

 

「もうとぼけなくて結構。わかっているのよ、私だけではなく他の十傑メンバーもみんな! 私があなたより上の席次だったのは、貴方が本気を出していないからだということを!」

 

 どうやら、紀ノ国先輩はかなり一色先輩のことを意識しているみたいで、彼が本気を出していないのでは、と言及しております。

 

 その真偽はわからないですが、一色先輩の力は確かに底知れない部分がありますから、彼女がそう思われても無理はないでしょう。

 

「もう我慢ならない……! 私たち、91期生最強の料理人はどちらなのか――私の腕で示すわ」

 

「ごめんよ。悪いけどそれは無理だ。なぜなら君はその前に、幸平創愛という料理人に負けるから」

 

「なっ……!?」

 

 一色先輩、どうしてそんなことを仰るのですか……? そんなことを仰るから、紀ノ国先輩が凄い顔をされてわたくしを睨んでいるではありませんか……。

 

 わたくしは内心ドキッとしながらも仕上げの行程へと調理を進ませます。女木島先輩に借りたこの調味料の出番です――。

 

「お——っと!? ここで幸平創愛が何か取り出しました! これはラー油にゴマ油、さらに女木島冬輔から受け取った何かを大鍋にぶち込んで加熱したーー! これはラードの塊か〜〜! このメニューはまさか!」

 

「油そば!?」

「油そばって、ラーメン屋とかにあるジャンクフードだろ?」

「何考えてるの? そんなのそばを台無しにするだけじゃ……!?」

 

 そう、わたくしのメニューは“油そば”。昨今、様々なラーメン屋で人気のメニューになっているこの品を日本そばでアレンジしてみようと思っています。

 特製の油をそばに絡ませて出来上がりです――。

 

「これは……! どうやら——幸平VS紀ノ国の対決(カード)が一番最初に審査へ突入する模様です!」

 

 紀ノ国先輩も仕上げの段階に入っています。川島さんの仰るとおり、わたくしたちが最初に品を完成させそうですね。

 この品が審査員の方に美味しく召し上がって貰えれば良いのですが――。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 わたくしと紀ノ国先輩のメニューが完成しようとしたとき、審査員の紹介が行われました。

 審査員の方々は“WGO”という組織の執行官です。

 “WGO”とは――世界の美食店すべてに対し最高三ツ星で味の評価をつけ、年に一度その結果を書籍として発行することを活動のメインに置く組織です。

 1ツ星でも獲得すればその料理人の地位は跳ね上がり、また逆に……、莫大な営業利益を上げていながら星を失ったことで自信喪失し店を畳んだ料理人まで存在するとのことです。

 執行官(ブックマン)とは現場で活動する実務メンバーの異名なのだとか……。

 

 審査員を務められる三名の執行官はそれぞれ、WGO一等執行官のアンさんと、WGO二等執行官のシャルムさん、同じく二等執行官のイストワールさんという名前でした。

 

 先ほどわたくしは、アンさんから“ゆきひら”に星が無いことを憐れまれたりしましたが、彼女たち曰くそれと今日の皿は関係なく審査をすると仰ってくれましたので、審査自体は問題なさそうです。

 

「紀ノ国寧々、幸平創愛……、両者完成しました!」

 

「さぁ、我らが十傑サイド! 寧々先輩の品から披露して頂きましょう! 言葉を失うほど見事なそばの艶……! これが十傑が出す超一流の品です……!」

 

「紀ノ国寧々の九割そば。桜えびのかき揚げを添えて……!」

 

「これよりいよいよ実食です! はたしてその味はどれ程なのか———!?」

 

 紀ノ国先輩のおそばは、それはもう、何とも見事な美しさでした。

 見ているだけで、食欲がかき立てられ啜りたいような衝動に駆られます。視覚だけでこれ程とは――。

 芸術と言っても差し支えないのではないでしょうか……。

 

 

「……うふ、鰹出汁の深く豊かな香り……」

「日本のマナーでは啜って食べるのはOKだったな」

「では私たちもそれに従いますか」

 

「「ずっ……、ずるっ……!」」

 

 その見た目は審査員の方々にも好評で皆さんは上機嫌そうに、そばを啜ります。

 そして目を見開いて紀ノ国先輩のそばを称賛されました。

 

「きゅ、九割そばとは思えぬほどなめらかなのど越し……!」

 

「そしてそばの風味が淡く花開く、なんて繊細な味なのだろう!」

 

「さあ続いてかき揚げだ!」

 

「「ざくっ……!」」

 

 お次は桜エビのかき揚げです。こちらも見るだけで極上のかき揚げだということは分かりますが――。

 

「な……、なんて軽やかなんでしょう! 衣はふわやか……、桜エビはカリカリ……、エビ一尾、一尾の旨みと食感までくっきり際立っています!」

 

「先ほどのそばののど越しと相まって……、すばらしい好対照」

「飲み込んだ後も桜エビのうま味の余韻が味覚に香りに残り続ける」

 

「「――っ!?」」

 

 審査員の方々は夢中でそばとかき揚げを召し上がり、すべてを平らげて不思議そうな表情をされました。

 驚いているようにも見えます……。その理由とも呼べる、審査員の方々の発言にわたくしは耳を疑いました。

 

「あれ? 無い!?」

 

「私のそばをどこかへやったのは誰だ!?」

 

「すべて美味しそうにお召し上がりになっていましたよ?」

 

「え……?」

 

「追加のそばも用意がありますが?」

 

「あ、あぁ……、お願いする」

 

「そ、そうだ……、このそばとかきあげを味わった瞬間、至上の美味しさで満たされて──」

 

「「ハッ――!?」」

 

 何と、審査員の方々は自分たちが食べ終わったことを意識できないくらい、紀ノ国先輩のそばに心を奪われていたのです。

 食べた記憶すら奪うとは、恐ろしいそばですね……。絶対に後で食べさせてもらいましょう。

 

「ま、また無くなってる!?」

「私のも! 私のそばもまた消えた! 一体……、これは……?」

 

「なるほど……、どうやらこの品、桜エビが大きな役目を果たしているようです。教典にこのような記述があります。天もりそばの元祖として知られる名店“室町砂場”は芝エビを主役にしたかき揚げでその名を轟かせた」

 

「ミス紀ノ国は芝エビの強い旨みでなく、桜エビ特有の小さな身に詰まっている上品な甘さを選んだり彼女の打ったそばの繊細な風味と融合させ、結びつけるために! だからこそ一度食べたら食べ終わるまで止まらない! 天上に上るようなそばの喉ごしと“海の妖精”とも称えられる桜エビの風味で食べた者を包み。一瞬で完食してしまったと錯覚させたほどにです!」

 

 アンさんによれば、桜エビの上品な甘さと紀ノ国先輩のそばの繊細な風味が見事に合致されており、一度そのコンビネーションを味わえば止まらなくなるほどの美味を生み出したとのことでした。

 

「しかしそれだけでここまでの味に? まだ何かありそうだけど……」

 

「おそらく……、”油”でしょうか?」

 

「さすが……、良い味覚をお持ちです。“太白ごま油”で揚げています。ふつうのごま油は高温で焙煎されるので強い香りとコクを持ちますが……、対して太白ごま油は”低温”で作られます。ほとんど加熱せず生のままごまを絞って作るので……、ごま特有の香りはなく無色無臭。けれど上品で静かな旨みを持っている。その油を使い 高温短時間で揚げることで、そばや桜エビを邪魔しない軽やかな衣に仕上がるのです」

 

 紀ノ国先輩は太白ごま油を使って揚げることで、この調和を実現させたと仰ってます。

 口で言うのは簡単ですが、これは恐ろしい難しさです。繊細で淡いもの同士を組み合わせるということは、どう味を強調してもいけないということ、そのバランスを実現させる難易度は計り知れません。

 それを可能にしているのは――紀ノ国先輩が積み上げて来た“時間”とそして江戸そばの“伝統”の力なのでしょう。

 

「見事の一言! 和食の底力を思い知らされた。正真正銘の一級品を我々は味わったのだ!」

 

 審査員の方々は終始、彼女のそばを大絶賛されて、彼女の品の審査を終えました。

 やはり、紀ノ国先輩は素晴らしい料理人でしたね……。

 

 

「次はこちらの番です。わたくしの積み上げてきた時間と経験――紀ノ国先輩もご覧になってください!」

 

「これが、あなたのそば? 何なの? これは――」

 

「おあがりくださいまし! これがわたくしの品です!」

 

 わたくしは自分なりのそば料理の答えを審査員の方々に出しました。

 これがわたくしの“油そば”です――。

 

「まぁ、これが油そばというものですか」

「テカテカに光ってるねぇ」

「これは熱そうだ……」

 

「「ずっ……、ずるっ……!」」

 

 油そばはそばの纏っている油によって光沢を帯びており、審査員の方々は熱々の状態のそばを勢いよく口に運びます。

 お口に合えばよろしいのですが……。

 

「さぁー! いかがなのでしょう? どうせ、油でギドギドのジャンクフードなんてそばの風味を台無しにして――」

 

「「――っ!?」」

 

 審査員の方々は一啜りされると、手を震わせながら、そばをじっくりと観察されていました。

 

「な、な、なんだ、これは!?」

「そばの風味が台無しどころか、恐ろしく強い!」

「そして何より……、どうしようもなく、このそばと油の相性が美味を生み出して、体が火照ってしまいます!」

 

「ふぅ……、良かったですわ……」

 

 どうやら、1番の目的である“そばの風味を出す”ことは成功したみたいです。

 それがこの油そばの1番の狙いですから――。

 

「そばの喉越しはツルツルで心地よい!」

「さらにピリッとしたラー油や山椒のアクセントがそば本来の香りをさらに引き立ててる! そして、柚子の皮が全体の味わいをピシッと引き締めている!」

「そば自体の風味が強いのは三番粉を使っているからでしょうか?」

 

「なっ――!? 三番粉を使ったの? そんなのを使ったら、肝心のそばの喉越しや食感が……。――はっ!? だから、油でコーティングしたのね……」

 

 そうです。わたくしの“油そば”の1番の特徴は三番粉を使ったことです。

 紀ノ国先輩はわたくしが油を使った理由が解ったみたいですね……。

 

「さんばん……?」

 

 後ろで審査をご覧になられていたアリスは三番粉というものをご存知ないみたいです。

 そこで、その反応をご覧になっていたアンさんが再び説明をされました。

 

「そば粉には挽いた実の部分の違いによって、一番粉・二番粉・三番粉といった種類があるのです」

 

 そば粉にはいくつか種類があり、特徴が違います。

 

 一番粉はそばの実を挽いたとき最初に粉になる胚乳の中心だけを集めた粉で打ったそばは喉ごしが良く 滑らかで品のある蕎麦になります。

 

 二番粉は更に挽き続け胚乳の周りの胚芽部も粉にしたもので香りと食感のバランス良いです。

 

 最後に、三番粉は二番粉に続いて取れる実の外側に近い部分も挽き込んだ粉で、喉ごしの質は落ちるが風味は非常強いのが特徴です。

 

「ミス紀ノ国が使用したのは一番粉です。ふわりとした甘さがあり 弾力・歯切れよくツルツルとした喉ごしに仕上がる。我々3人を天にも昇るように錯覚させるほど――その味は上質でした」

 

「対してミス幸平が選んだ三番粉は一番粉に比べるとなめらかさに欠け香りも舌触りも脆い……。しかし、 最も外殻に近い部分が粉になったものだけに、そば自体の風味は最も強く出る。ミス幸平は油でコーティングするという工夫で弱点である舌触りや喉越しを三番粉とは思えないほど上質に仕上げました。その上で香り付けと味を再構築させ、ここまでの美味を完成させたのです」

 

 アンさんの仰るとおり、風味を強くした品を出すために三番粉を使用することは最初に思いついたのですが、それによって舌触りが悪くなるという欠点が生じることにわたくしは頭を悩ませました。

 そこで、麺を油をコーティングするという手法を思いつき、熱々の油で風味を引き立てつつ喉越しを良くすることに成功したのです。

 

「しかし、これだけ油を使っているのに、そば自身の美味しさと風味と見事に調和しているのにはさらに秘密がありますね? おそらく、それはラードにあると推測します」

 

「はい。ラーメンの名店などではよく使われている“カメリアラード”を使用しました」

 

 そして、油を纏わせることでそば本来の美味しさが損なわれないように、全体の調和させることに一役買った調味料が女木島先輩が愛用している特製の“カメリアラード”です。

 

「“カメリアラード”――オランダ製の最高級ラードですね。豚の脂肪部分から生成したもので、普通のラードと比べて融点が低く、甘味がありくどくない。さらに保温効果がある。なるほど、それでこの油そばはいつまでも熱を保ち、上品な甘さでそばの旨味を強調していたというわけですか」

 

 “カメリアラード”の低い融点はきれいにムラなく麺全体をコーティングさせ、その上で風味を活かすために不可欠な麺自身の保温を成功させました。

 ラーメンマスターである女木島先輩の講義を聞いておいて良かったです。

 

「ど、どういう発想をすればこんな品が……、三番粉を使うならいわゆる藪系そばや田舎そばのような選択肢が浮かぶのが普通でしょう……!」

 

 紀ノ国先輩は油そばを作るという発想が生まれたことが不思議みたいでした。

 確かにわたくし自身からしてみても突飛な発想だと思っています。

 

「それは、出会い――ですかね。わたくしは型に嵌りがちの料理人ですから、先輩が仰るような小手先のアイデアというのは本来苦手分野なのですが……、遠月学園に来てから色んな方と友人になり、視野を広げられました。このラードの話なんかは女木島先輩から聞いたのですがね。紀ノ国先輩、ご存知ですか? 女木島先輩って割り箸にも拘りがあったりして、面白いお話をたくさん存じてらっしゃるんですよ」

 

「女木島さんが面白い?」

 

「油そばについても沢山お話を聞けましたから、どうしたって影響されますよ。なので、なぜこの発想が出来たのか、の答えは良い友人のおかげです」

 

「出会い……、そして良い友人……?」

 

 この遠月学園での生活はわたくしの視野を大きく広げてくれました。

 父が良い料理人になるには出会うことだと仰っていた意味がよく分かります。

 最初から父に調理技術を存分に仕込まれていましたら、調理の腕は良くなっても発想力は乏しかったかもしれません。

 

「確かに同じ麺料理である以上、そっちの角度から切り込むと新たな発想が生まれるかもしれないな」

 

「ラーメンの文化も日々進歩しているし、日本では特に競争率が高いジャンルだ。多くの職人たちが切磋琢磨している」

 

「江戸そばに対し取り組んで来た時間については……、ミス紀ノ国に敵う学生はいないでしょう。けれどミス幸平は油そばというものから発想を得て全く違う方面からのアプローチを行った。そしてこの品には彼女にしか表現ができないもの――そばという料理の新たな可能性が示されています!」

 

 紀ノ国先輩のそばに捧げてこられた時間はわたくしとは比べ物になりません。

 しかし、わたくしとて定食屋として精進してきた歴史とたくさんの友人たちと切磋琢磨した日々があります。

 

 

「これにて審議は終了……、判定に入ります」

 

「勝者は……、3名の満場一致で決まった」

 

「「――っ!?」」

 

 わたくしと紀ノ国先輩の試合の勝者は満場一致で決まったみたいです。

 どこかに大きな差が出たポイントがあったのでしょうか……。

 

「だが……、わからない、なぜ……、なぜ()()()()()の方がこれ程までにより強くそばの風味を感じられるのだ!?」

 

「えっ? それってどっちの品?」

「で、でも……、そばの扱いに長けているのはどう考えても紀ノ国先輩よね?」

 

 どちらかのそばが強い風味を出しているという、イストワールさんの言葉に周囲がざわついております。

 

「ミス紀ノ国、日本にはこんな言葉があるのです。論より証拠です。そばの追加分はまだありますね? このそばを食べてみて下さい、ミス紀ノ国」

 

「……なぜそんな必要が? どうして幸平創愛さんのそばなど――」

 

「いいえ、食べてほしいのはあなたの出したそばなのです」

 

「――っ!?」

 

「……な、何だというの? 私はいつもどおり最高のそばを——。ずるっ……、えっ……?」

 

 アンさんに紀ノ国先輩は自分のそばを食べるように促されて一啜りしますと、彼女は目を見開いて驚愕の表情を浮かべます。

 

「“いつもと違う”。そうですね? ミス紀ノ国。“いつもの自分のそばに比べて香りが立っていない”……それに引き換え、ミス幸平のそばの方はストレートに風味が伝わってきますよ」

 

「ば、バカな……!?」

 

 紀ノ国先輩は慌ててわたくしのそばと食べ比べてられました。

 そして、腑に落ちないというような顔をされます。

 

「確かに……、私のそばよりも……、風味が……! で、でもどうして……? 私の調理手順に一切不手際なんてなかったのに……!」

 

 どうやら、わたくしのそばの方が風味が強かったみたいなのです。

 

「……わかったわ。室温よ。幸平さんは“温度による影響”に気付いたの!」

 

「「し、室温!?」

 

「ここからは科学の講義になります――」

 

 アリスさんによれば、難しい科学的な話は良く理解できませんでしたが、この会場の低い室温がそばの香りを立ちにくくする条件が揃っていたみたいなのです。

 

「ミス紀ノ国のそばは淡く繊細な風味の混じり合いを味わうものでした。だからこそ室温によって少なからぬ影響を受けてしまった」

 

「しかしミス幸平のそばは違いました。あえて熱を加えた油でコーティングし、さらに香り付けをすることで、風味の立ちづらさをカバーしたのです!」

 

 わたくしの1番の目的がそばの風味を強く引き出すことでしたので、熱い油でコーティングさせたそばを出した狙いは成功したと言っても良いでしょう。

 

「な……、な……、そんなのただの偶然ではないですか! たまたま彼女が三番粉を手に取っただけで……」

 

「いや……、こうなったのは偶然じゃないさ。なぜならソアラちゃんはこうなることを最初から予測していたんだから」

 

「――っ!?」

 

「だよね? ソアラちゃん」

 

 紀ノ国先輩がわたくしが偶然三番粉を使ったと言及されて、一色先輩がその発言を否定されます。

 

「そうですね。もちろん、室温が原因だったとは知らなかったのですが、試合が始まってそば粉を選んでる時に違和感を感じました。今までにそば粉を触った時にくらべて、どうも匂いが淡いような気がしたのです。ですから、風味の強い三番粉を使い、油でコーティングすることを思い付きました。喉越しや口触りをカバーしつつ、風味を強くした品を作るために――。そうすれば、審査員の方々にそばの美味しさをしっかり感じてもらえますから」

 

 アリスさんの仰っていたような理論的なことはわかりませんでした。

 しかし、違和感を感じたわたくしは普通にそばを作ると必ずや風味が損なわれると予測して、何とかそれを補い、尚かつ美味しく食べてもらう方法を考えたのです。

 

「さて……、一方の紀ノ国くんはテーマ食材がそばと決まった時、二番粉・三番粉を使うという選択肢を一瞬でも考えたかな?」

 

「え……?」

 

「君はそうしなかった——紀ノ国流において最高のそばは“一番粉”だと、そう“教えられたから”さ。君はあらゆる技を実直に学んでいく女の子だった……。だけど裏を返せば、物事の本質に目を向ける事なくただ教えられたことを繰り返しているに過ぎない。今から作るそばは楽しんでもらえるか? 風味は食べる人たちにしっかり伝わるか? そこを見ていなかった時点で——すでに君はソアラちゃんに負けていたんだ」

 

 確かに一色先輩の仰るとおり、紀ノ国先輩は不測の事態への対応力が少しだけ足りなかったのかもしれません。

 そばを作る実力の高さと自信がそれを鈍らせていた可能性があります。

 

「くっ……、ゆ、幸平さん。ねぇ教えて……」

 

「先輩?」

 

「どうしてそこまでの事が出来たの……? 私には、わからない……! これは食戟なのよ……? いつも通りの実力を出すだけでも神経を使うはずなのに、そんな真剣勝負の場でそこまで頭が回せるなんて……!」

 

 紀ノ国先輩はわたくしに悲しそうな顔をされながら、この状況下でこの発想が出たことがわからないと質問をされました。

 やはり、この方は真面目で実直な方です。

 

「食戟ですかぁ。そうですよね。勝負ですから神経を使いますよね……。でも、やっぱり一番神経を使うのは――食べていただく方に美味しいと思ってもらえるか……、ですから――。それって、お客様を相手にするときと変わらないのですよ。なので、いつも考えてます。一番美味しく食べてもらう方法を――」

 

 定食屋でも、授業でも、食戟でも、料理人であるならば一番神経を研ぎ澄ませなくてはならないポイントは食べていただく方に美味しく食べてもらうことです。

 それが損なわれそうになるならば、何とか知恵を絞って美味しくしようと努力するのは毎回のことなのです。

 

「いつも考えている……、か。――敵わないわね。料理人としても、職人としても……」

 

「そ、そんなことないですよ!」

 

「えっ?」

 

 紀ノ国先輩はたったの一回のこの勝負でわたくしに敵わないと仰っていましたが、そんなことは絶対にありません。

 

「紀ノ国先輩のそばを打つ行程は見惚れてしまうほど格好良かったですし、負けるかもって何度も思いました! たまたま、今回は室温が低かっただけで、そのう。わたくしは好きですよ。先輩の料理が!」

 

「――っ!?」

 

 真っ直ぐに自分の積み上げてきた力をそばに打ち込む先輩の姿は美しさすら感じました。

 ベストな調理環境ではもちろんわたくしも作るメニューは別だったとは思いますが、負けていたかもしれません。

 

「だから、ええーっとですね。先輩とも友人になれれば嬉しいです。そばの奥深さとか色々と教えて貰いたいですし……」

 

「わ、私と友人に? て、敵なのに、そんなこと――。でも……」

 

 紀ノ国先輩と友達になりたいと、わたくしはつい、いつものクセで手を差し出すと彼女は弱々しく手を少しだけ握り、ハッとした表情をされてその手を引っ込めてしまいました。

 

「――判定です。1st BOUT第3カード……、勝者は反逆者側! 幸平創愛とする!」

 

「御粗末様ですの!」

 

 神経をすり減らし、持てる力を振り絞って調理に挑み、何とかわたくしは一勝を掴み取りました。

 髪の結び目を解くと膝が笑って、ふらふらになってしまっている自分に気付きます。

 あとは、先輩方の戦いですが、お二人ともわたくしが心配するなど失礼なほどお強いですから、大丈夫ですよね――。

 




寧々先輩とは次回もちょっとだけ絡ませたい!
やっぱり、食戟だけだと絡みも薄いからどこかでオリジナルエピソードも挟ませてみたいですな。
それと、連隊食戟編は人数が多いのですが、原作とほぼ同じになりそうな部分は大幅にカットする予定なので、よろしくお願いします。

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