【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら 作:ルピーの指輪
「ソアラ姐さん! 流石です!」
「ソアラさん! あなたならやってくれるって信じてたぜ!」
「てか、なんであの子動かないのかしら?」
「あ、足が震えて……、動けな――」
十傑との戦いは精神的な消耗が激しく、髪の結び目を解いた瞬間に足元がガクガクと震えて、歩くのもおぼつかなくなってしまいました。
「ちょっと、幸平さん。次の審査の邪魔になるから早く動かないと」
「紀ノ国先輩、わかっておりますが……、ちょっと足が――、きゃっ……!」
「えっ――?」
紀ノ国先輩に急かされたわたくしは、この場から離れようと動こうとしたのですが、足が絡まって転けてしまいます。
すると、紀ノ国先輩は咄嗟にわたくしを抱きとめてくれました。
「ご、ごめんなさい。抱きとめてもらって……、助かりました」
「こ、この子、なんかいい匂いがするわね……、じゃなくって、気を付けなさい。どっちが勝者なのかわからないでしょ?」
先輩はわたくしを受け止めたまま、気を付けるように声をかけられます。
先輩からすればわたくしは敵のはずですが、こうして支えてくださる彼女の優しさを感じました。
「わたくしって、いつもドジばかりで……、面目ないです。紀ノ国先輩みたいなしっかりと落ち着きのある大人な雰囲気な人に憧れます」
「そ、そう……? な、なんでドキドキしてるのよ……? 一色の手先みたいな子に……」
「ねねー! 何、あたしのソアラちゃんを抱きしめてんだー!? こいつ、めっちゃ美味そうな匂いするだろ? バターを塗って食べてみてぇよなぁ!?」
紀ノ国先輩に感謝の気持ちを伝えると、竜胆先輩が走ってこられて、わたくしのことを美味しそうと仰られます。
そ、そんな食べ物みたいな匂いしますかね……。
「竜胆先輩? わ、わたくし、食べられちゃうんですの?」
「だ、抱きしめてませんし、食べたいとも思ってません」
「やっぱ、ソアラちゃんはおもしれーなー。あっ! ねねの料理も良かったぜ! 何も言わなくても良いからな」
「別にフォローしてくれなくても良いです」
竜胆先輩は優しく後輩を気遣ってくれているように見えます。
彼女とも敵同士ではあるのですが、どうも憎めない方です。
「紀ノ国先輩とは、またお料理してみたいです。とっても楽しかったですから」
「そう……。あなたはいつもそんな笑顔で調理しているの?」
「ええーっと、そうですね。だって、美味しいものを作るのは楽しいじゃないですか。先輩はそう思わないのですか?」
わたくしはいつだって料理をしているときは楽しいですし、先輩のような凄い料理人と共に厨房に立って品を作り合うとなれば、より楽しく感じます。
紀ノ国先輩は楽しいと思わないのでしょうか……。
「楽しく料理か……、そんなこと私は――」
「――していたよ。僕が尊敬する紀ノ国寧々という料理人はね」
「えっ?」
「ソアラちゃんみたいに、それはもう夢中になって技術を積み重ねていたよ。あの頃の君は――」
そんな会話をしていますと、調理中の一色先輩が紀ノ国先輩は楽しく料理をされており、技術を積んでおられたと彼女に伝えられました。
紀ノ国先輩はハッという表情をされて一色先輩をご覧になっています。
「それはどういう……?」
「ソアラちゃん、足元がまだふらついてるね。紀ノ国くん、悪いけど可愛い僕の後輩に肩を貸してくれないか?」
「べ、別に構わないわ。無駄話してないで、さっさと調理に戻りなさいよ」
一色先輩はわたくしの様子を見ながら紀ノ国先輩に、肩を貸して観戦場所に連れて行くように頼んでくれました。
いつもわたくしたち後輩の事を気遣ってくれる彼には感謝しかありません。
「一色! ソアラちゃんの面倒ならりんどー先輩に頼めよ」
「いやぁ、竜胆先輩がソアラちゃんを食べるとか怖いことを言ってましたので」
「あー、聞こえてたか! 半分冗談だからよぉ! 気にすんな!」
「は、半分は本気なのですね……」
「ほら、さっさとお仲間たちの所に行きなさい。私ともう一度、食戟をしたいとか言ってたけど、この勝負でどっちが勝っても再び相見えるのは無理じゃない?」
紀ノ国先輩はわたくしに肩を貸しながら、自分と再び食戟をするのは無理だと仰られました。
「ふぇっ? そうなんですか? わたくしたちが負けたら退学ですが、こちらが勝てば先輩とは1年以上は一緒じゃないですか」
「あなたたちが勝ったら、セントラルを排除するんでしょ?」
「ええ、薊総帥の計画は白紙にさせるつもりで臨んでますよ。でも、別に先輩方を排除しようとなんて全く考えてませんわ。ですから、こちらが勝ったときは是非、今度は先輩とは友人として競い合いたいです」
「――っ!? 少し長話をしたようね。ほら、本当のお友達にあとは任せるわ」
別に自分たちが退学に追いやられたからと言って先輩方を退学にしたいだなんて思ってませんし、今の二年生の方とはあと一年以上の間、同じ学園で過ごすので競い合い、お互いに高められるような関係になりたいと思っています。
「ソアラさん、大丈夫?」
「め、恵さん……、な、何とか大丈夫です」
「よくやったわね。まぁ、あなたが負けるなんて思わなかったけど」
「えりなさん……」
皆さんは優しくわたくしを迎えてくれて、勝利したことを褒めてくれました。
え、えりなさん……。最近は当たり前のように抱きしめてくれるのですね……。
「貴重な一勝をもぎ取ったな。あとは、一色先輩と、女木島先輩か……」
「大丈夫でしょ。だって相手がなんかやられ役って感じのオーラ出してるし」
「アリス、楽天的過ぎるわよ。白津さんも、女木島さんの相手である鏑木さんも両方とも十傑に足る能力の持ち主。何としてでも勝ってほしいけど……」
そう、新しく十傑になったお二人はあの葉山さんよりも上の席次です。
特に女木島先輩の相手である鏑木さんは紀ノ国先輩よりも上の席次である第五席……。強敵であることは間違いありません――。
そして、次々と品が完成して1st BOUTの決着がつきました――。
「1st BOUT! 反逆者連合の全勝だーー!」
一色先輩と女木島先輩もきっちりと勝利を飾ってくれまして、わたくしたちは3勝し、これで残り人数は8対5となりました。
かなり有利になったとは思うのですが、薊さんは余裕の表情を浮かべています。
「観客の諸君も聞いてくれ! これから1時間の休憩だ。その間、両陣営は控室に入り協議をしてもらう。本日続けて行う2nd BOUTで戦う3名……、どの料理人が出るのかをね!」
薊さんは1時間の休憩だと仰られ、わたくしたちは控室に戻りました。
次に誰を出すか決めなくてはなりませんね。
「次は誰を出すか、だけど……」
「向こうだって少なからずこの結果に動揺しているはずです。次は一席、二席を投入する可能性が高いです」
「だったら、こちらも最大戦力で当たるべきじゃない? 私とえりなが出るのよ」
「そうね。ある程度の戦力は投入しなきゃ意味がないわね。連隊食戟のルールの下では剣道などにある捨て大将の戦術は全く意味がないから」
「いくつか白星を拾えたとしても十傑上位が残っている限り全てひっくり返される可能性がありますからね」
えりなさんはリーダーとして誰を出すのか腕を組んで熟考されています。
わたくしも精神的疲弊して足元がおぼつかなくなりましたが、今は回復しましたのでベストのパフォーマンスは取れると思います。
次も出ろと言われる覚悟はしていました。
「ええ。だから上位勢には勝てるうちに意地でも勝っておかなければならない」
「なんにせよ薙切えりな……、お前が大将だ、最終的にはお前が決断しろ。ただ……、敵が誰で来るにしろ、最大戦力で叩くのは定石。俺ならいつでも出よう」
「それなら、いっそ連戦にはなるけど、さっきの3人にもう一度出てもらうのは手よね。ソアラの体力面は心配ないとして、一色さんは疲れはありますか?」
「多少はね。でも、そうは言ってられないし、もう一戦くらいなら問題ないよ」
えりなさんは全勝して勢いのある1st BOUTと同じメンバーを2nd BOUTにも出陣させようと結論を出します。
連戦ですか……。次は司先輩と相見える可能性もありますね……。負けないようにしなくては――。
「じゃあ、2nd BOUTで戦う3名は、女木島さんと一色さん、そしてソアラ――」
「ええーっ! 幸平ちん、お腹痛いのー? そりゃあ大変だ。ここは先輩に任せて、ゆっくりしてるといいよん♪」
えりなさんがわたくしに声をかけようとされたとき、久我先輩がわたくしの肩を叩いてオーバーなリアクションを取りました。
「く、久我先輩?」
「……頼むよ、幸平ちん。俺、どーしても次の試合に出たいんだよねー。司さんが出るっぽいし……」
「は、はぁ……」
久我先輩はどうしても司先輩と戦いたいと仰られます。
そうでしたね。彼は確か司先輩と――。
「ソアラ、あなた体調が悪いの?」
「え、ええ、まぁ……、そうですね。久我先輩が代わっていただければ助かりますわ」
「……そう。でしたら、久我さん。お願いできますか?」
「まっかせてちょんまげー! 2nd BOUTも全勝頂いちゃうよ〜〜!」
というわけで、2nd BOUTはわたくしではなく、久我先輩が出ることとなりました。
「お前というやつは、気を遣いおって」
「はて、何のことでしょうか? 緋沙子さん」
「久我先輩にわがまま言われたんでしょう? 演技下手だから、ソアラさん」
「バレちゃいましたか。すみません」
しかし、わたくしが久我先輩に出番を譲ったことはバレバレみたいです。
緋沙子さんも恵さんもわたくしの演技が下手くそだと呆れ顔をされていました。
「んどーもどーもどーもぉー! 魅せちゃうよ2nd BOUTも〜〜!」
「女木島先輩に一色先輩は連戦か! これは、怖いぞ」
「さらに久我照紀、十傑側は3年をぶつければ問題なく勝てる相手だな」
2nd BOUTで試合をする三人が会場に現れて、観客席からは様々な意見が投げかけられます。
久我先輩はかなり侮られておりますね……。
「十傑メンバーも出て来た!」
「さぁ誰が出る……! どの三人を出すんだ!?」
セントラル側は司先輩と、竜胆先輩、さらに齋藤先輩の3人が出てこられました。
全員が三年生……。やはり、最大戦力を投入されましたか……。
「さて……、対戦カードを決めなきゃな。あたしと戦いたい奴はいるか——?」
「……おう」
「よっ、久々だなー。女木島。いい勝負にしよーぜ」
竜胆先輩とは女木島先輩が試合をするみたいです。第二席と元第三席の戦い――これは熾烈を極めそうですわ……。
「一色、わかってるんだろーな?」
「はいはい。斉藤先輩、お手合わせお願いできますか?」
「ぬっ、一色彗か……。相手に不足なし。よかろう、手合わせ願う」
そして、久我先輩に釘を刺された一色先輩は斉藤先輩と相対します。
一色先輩なら、三年生が相手でもきっと勝利を掴んでくれるはずです。
「やぁ久我、お望み通り……、かな」
「久我を司瑛士にぶつけてきただと!? 八席と一席なんて、無謀だ!」
そして、久我先輩は希望通り司先輩と戦います。
いつになく真剣な表情をされていますね……。
「しかし、どうして順番を譲ったりしたのだ? ソアラ、貴様なら司先輩にあるいは……」
「それは、久我先輩は司先輩に対して絶対に勝とうという執念がこの中で一番強いからですわ」
「あら、幸平さんって執念なんて言葉使うのね」
「ひゃうんっ……、あ、アリスさん。耳元で話しかけなくても聞こえますよ」
緋沙子さんの質問に答えようとしますと、アリスさんがわたくしの耳元に息を吹きかけながら会話に入ってこられました。
アリスさんの吐息が耳に当たってくすぐったいです。
「だってリアクションが可愛いんだもん」
「アリス嬢、話に割り込まないでくださいます?」
「久我先輩の執念が強いってどういうことなの?」
「えっと、話をして良いのかわかりませんが、久我先輩が1年生の時に、司先輩と食戟をされたことがあったらしいのです。そして――」
久我先輩はそれまで挫折を知らずに自信を持って過ごしていたのですが、すでに第一席だった司先輩に惨敗してしまいます。
彼は落ち込んだらしいのですが、司先輩が唯一、後輩で食戟をされたのが彼だけだと知って自信を取り戻しました。
しかしながら、司先輩は久我先輩の名前すら覚えておりませんでした。ちょうど、司先輩の同級生の方が久我先輩の話を振ったところ、彼は「誰それ?」と答えたらしいのです。
つい、先日の試合のことも覚えてもらえなかった久我先輩はそれが屈辱でしかありませんでした。
そんな話を前に四川料理を彼に教わったときに聞かされたのです。
というのも、模擬店でエリアトップを全日取れば司先輩と再戦出来るという話だったみたいですが、わたくしたちのせいで破談になってしまったらしいのです。彼がその愚痴を仰られたついでに、わたくしはこの話を聞きました。
ですから、この戦いには並々ならぬ気迫で挑んでいます。
久我先輩と司先輩のお題は“緑茶”、一色先輩と斉藤先輩のお題は“まぐろ”、そして女木島先輩と竜胆先輩のお題は“唐辛子”に決まりました。
試合は一色先輩が久我先輩のフォローに回りながら、反逆者側も上手く調理を進めております。
「久我くんが欲しいのはそれだろ? 面白い品が出来そうだね」
「余裕ぶっこいてるとこ、マジで嫌いなんだけどー! 今日だけはサンキュな、一色ぃ!」
「元十傑! 二年生コンビ! 息もピッタリだ!」
一色先輩がタイミングを見計らって久我先輩に調味料を渡してフォローをされます。
あれは燻製醤油ですね……。一色先輩はご自分の調理とともに、サポートまで――。
「一色先輩、やっぱりすごいね。的確にサポートしつつ、自分の調理も手を抜いていない。まるで分身して斉藤先輩と司先輩を二人相手にしているみたい」
「全然違うお題で、タイプの違う料理人を二人相手取っているので、その消耗は普段の食戟の比ではありません。久我さんは一色さんの力を借りて実力差を埋め、さらに一色さんはこのような状況下でも、あの斉藤さんを倒そうと真剣に挑んでいる」
「えりなさんの仰るとおり、この2nd BOUTは連隊食戟ならではの戦いが繰り広げられています」
一色先輩の力により、久我先輩は司先輩に肉薄されております。
そして、一色先輩のまぐろ料理も超攻撃型和食と呼ばれることがよく分かるような斬新な品が出来上がりそうです。
まさか、まぐろのほほ肉と目玉を使ってあのような調理を――。
「こ、これはいけるのでは? 勝てる、相手が誰であろうと勝てるぞ!」
「あーあ、秘書子ちゃん。それはフラグなんだから」
「フラグだとぉ!? どーいう意味だ!?」
「新戸さんには悪いけど、ちょっとだけ嫌な予感がしてきたよ……」
「田所恵までっ……!?」
緋沙子さんが勝てると呟いた瞬間に、アリスさんと恵さんが嫌な予感がすると口にされました。
「緋沙子、あまり強い言葉を使わないほうが良くってよ。弱く見えてしまうこともありますから、と、この前拝見した漫画というものに書いてあったわ」
「えりな様ぁ!? 何を読まれているのですかぁ!?」
そして、えりなさんもそれに同調されます。
わたくしも先ほど「絶対に勝ちますから」と言ったりしましたが、そういうことは言わない方が良いのかもしれませんね……。
2nd BOUT――試合に出られた三人は全員が素晴らしい料理を出されました。
不穏な空気は流れましたが、きっと大丈夫ですよね……。
◇ ◇ ◇
「ごめんな? せっかく幸平さんが集めた仲間なのに……。このとおりの結果だ……」
「つ、司先輩……」
2nd BOUTは久我先輩と女木島先輩が0-3で敗北。一色先輩は1-2で最後まで審査委員長のアンさんは迷ったみたいですが、他のフォローに回ったがために若干集中力が途切れたところがあり、僅差で敗れてしまいました。
斉藤先輩は普通の食戟でベストな彼と戦っていれば負けていたかもしれないと、敗北感を表情に出していたほどです。
「ざっまぁ見やがれー! あれだけの戦力をぶつけといて仲良く犬死にだ! 残念だったなぁーっ!」
「「うぉぉぉぉっ! セントラルぅぅ!」」
「もう、反逆者側は一年しか残ってねぇぞ!」
「こりゃあ、楽勝だなー!」
「それはどうかしら?」
「ええ、先輩方は意地を見せてくださいました……」
川島さんや観客の方々は犬死にだとか、楽勝だとか言われましたが、それは違います。
この戦いにはきっちりと反逆者側にも価値のある戦いになったのです。
「おーっし! この調子で明日の3rd BOUTもあたしが出るかー! 司もそうするだろ? 一気に勝負を……」
「いや……、それはやめとくよ」
「あん?」
「「えっ?」」
「久我との勝負で思った以上に “消耗” してる。一色のサポートも含め……、あそこまでの品を出されるとは想定外だったよ」
「……えっ? 司さん、何を言ってんだ?」
「大勝利なのに……」
勝利ムードの中で司先輩がまず腰を下ろしました。
どうやら、久我先輩はかなり彼を苦しめられたみたいです。
「竜胆もそうだろ? 無理するなよ」
「何だ、司お前ー。情けないこと言ってんじゃ……! ――っ!?」
「り、竜胆先輩! 大丈夫ですか?」
「き、救護室へ! ゆっくりだ!」
「あは、やっぱすごいぜ……、女木島のラーメン。タイマン張るだけでへとへとになっちまったー……」
さらに竜胆先輩も急に倒れられます。女木島先輩との対決でかなり消耗されたようです。
翌日にベストなパフォーマンスをするのが無理だと感じられるほど――。
「俺たちに比べて……、斎藤はタフだね。やっぱり」
「いや……、どちらかと言うと精神的にきている。まるで雲を相手取って斬り合いをしている感覚だった……、なんせ勝ったという感覚がまだないのだからな。超攻撃型和食――一色彗……、恐るべし!」
「えっ……? こ、これって……!?」
「えりなさんが仰っていたのは、このことだったのですね」
一方的にやられるのではなく、敵の体力・集中力を消耗せしめたならば、それは無駄ではありません。
その分だけ、後続メンバーがとどめを刺せる可能性は跳ね上がるのですから。つまり、黒星は白星へひっくり返り得るということです。
えりなさんは、それこそが、この連隊食戟を立ち回る兵法なのだと仰っていました。
「敗けたことは事実! しかしこの敗北は全くの無駄ではありませんわ。むしろ大きな希望を繋いでくれた。その希望を残された我々がしっかりと受け継ぐの! まだ繋がっているのよ……、私たちの “連隊” は!」
えりなさんはこの戦いが大きな希望に繋がったと断言されます。
わたくしもそう思います。先輩方の想いも全部、皿に乗せて――次の勝負では披露しようと思います。
「ああ、幸平? というわけで俺は明日は下がるよ。もし、俺とぶつかりたいと思っているなら、君も明日は引っ込んでた方がその確率は上がるかもね」
「いえ、特に司先輩とぶつかりたいとなど思っていないのですが……」
「じ、自意識過剰だった……、もう死にたい……」
司先輩に拘らずにチームの勝利を優先したいことを伝えようと思ったのですが、彼の言葉を躱したように聞こえたのか、彼は悲しそうな顔をされました。
「こらぁ! ソアラちゃん! おもしれーぞ。もっとやれ! 司はこの前のバチがあたったな!」
「しかし、竜胆先輩や司先輩の相手はソアラやえりな様がされた方がより確実だろう」
「もう、秘書子ちゃんったら。そんな前座みたいなセリフ吐かないでよね。見てるだけで退屈してたのよ。次は絶対に出るんだから」
「次に繋げられるなら。私だって頑張れる!」
ということで、翌日の3rd BOUTは緋沙子さん、アリスさん、そして恵さんが出ることになりました。
特訓を経て、皆さんもとても強くなっていますし、心配はしておりません。特にアリスさんはやる気満々みたいですね……。
◇ ◇ ◇
そして、翌日の朝、わたくしたちはホテルのロビーで息抜きをしていました。
「ええーっとですね、アリスさんの手元のカードは――◇のクイーンですね!」
「すごーい。幸平さん。当たってるわ」
「お嬢、もう10回くらい連続して◇のクイーン引いてませんか……?」
「えりな様と同じ反応をしていらっしゃる」
「わ、私はあんな子供っぽい反応はしていません!」
「うぇっ!? け、決して子供っぽいとかそんなつもりでは……」
わたくしはアリスさんたちにトランプの手品を披露しています。
えりなさんには特にたくさんお見せしたりしているのですが、これはかなり皆さんに好評なのです。
「では、お次はこのカードを空中に――。あら?」
「いいよ。続けて……、見てるから」
わたくしが次の手品を披露しようとすると、茜ヶ久保先輩が興味津々という表情でこちらをご覧になっておりました。
相変わらず、可愛さを重視されていることがひと目で分かるくらいチャーミングな方です……。
「茜ヶ久保先輩! お1人ですか? 他のお2人は……」
「……もう会場に行ったよ。2人とも戦闘開始が待ちきれないとか言ってた。それより手品――」
今日の3rd BOUTには彼女の他に叡山先輩と斉藤先輩が出るとのことです。
お二人とも先に会場入りをされたのですか……。
「司先輩と竜胆先輩も居ないですわね」
「まだ部屋で休んでるやっぱり昨日の2nd BOUTでだいぶ消耗したみたいだから、少しでも回復を早めるためにね。それで、空中にカードが浮く手品だけど――」
「……しかし斎藤先輩は大変ですね。昨日の一色先輩との戦いを経て今日で連戦しなきゃならないのですから」
「綜みゃんはねぇ……、昨日も今朝も
「今日は何だか沢山喋りますね……。茜ヶ久保先輩」
緋沙子さんの仰るとおり、わたくしも今日まで茜ヶ久保先輩とはほとんど会話をしたことがありませんでした。
「出会ってしばらくは人見知りの極致だけど……、時間が経ってしまえば割とお喋り好きな先輩なのさ」
「さすが一色先輩、十傑のことよく知ってる」
「しかし水垢離とは古風な……、よけい体調が悪化しそうだ」
「綜みゃんなら平気なんだよ、タクみゃん」
「……たくみゃん?」
「ももが今つけてあげたあだ名だよ。ももはね、かわいいものが好き。すべての食べ物の中でいちばん可愛いのはスイーツだから……、だからパティシエになったんだ。おんなじように……、誰かの名前を呼ぶときも可愛く呼びたいの。タクみゃん、イサみゃん、にくみゃん。ふふ……、名前の最後が “み” だとすごく良いね、かわいいね。照にゃんみたいに “な行” が入ってるのも “にゃん” って呼べるから、もも好き。君はソアラで最後が “ら行” だね。ソアりゃん……、なんかびみょー」
「す、すみません」
創愛という名前は気に入っているのですが、茜ヶ久保先輩のあだ名システムとはあまり相性が良くないみたいですね。
「でも、手品が出来るのは、かわいいポイント高いよ。器用で良かったね。料理出来なくなってもやっていけそうだし」
「あらあら、手厳しいですわね。それでは、これはお近づきの印に――」
「花束ぁ!? ソアラ、貴様こんな時にそんなものを仕込んでいたのか?」
「いざという時に和ませようと思いまして」
わたくしは手から花束を出す手品を茜ヶ久保先輩の目の前で披露して彼女にそれを手渡しました。花束とはいえども、造花なのですが……。
「なかなかやるじゃん。ソアりゃんと戦うときは、ちょっとだけ手加減してあげる」
「それは、どうも……」
「そうそう……、 めぐみゃんもよろしくね」
「――っ!?」
「恵さん……?」
茜ヶ久保先輩はわたくしに声をかけたあとに、恵さんを一瞥すると、彼女はビクッと怯えたような表情をされました。
かなり緊張されているみたいですね……。
そして、わたくしたちは会場に入りました。
「それじゃあ行くわよ! 私たちの強さをセントラルに教えてあげましょ」
「えりな様、見ていてください! ソアラだけにいい格好はさせません!」
「…………」
「恵さん……、大丈夫ですか? ずっと顔色が優れないみたいですが……」
「う、うん……! 自分で言いだした事だもん。なんとか……、ううん! 絶対に! やりきってみせるよ……! だから、ソアラさん……、見守っていて……」
アリスさんと緋沙子さんが気合を入れる中、恵さんが浮かない顔をされています。
しかし、彼女は頭をブンブンと振って鼓舞されました。
「もちろんですわ。恵さんがいつもどおりの力を出せば……、きっと大丈夫です」
「……えへへ、頑張るね」
わたくしは恵さんをギュッと抱きしめて、応援します。
彼女はニコリと笑って頑張ると仰られました。
「あー、田所さんだけずるい〜。幸平さん、私が勝ったら前みたいに存分に甘やかしてもらいますからね」
「「前みたいに……?」」
「ソアラ、貴様……、まさかアリス嬢とも……」
「目が怖いです。緋沙子さん……」
アリスさんの発言を聞いて、緋沙子さんが怖い顔をされます。
えりなさんと恵さんもジィーっとわたくしをご覧になっておりました。
「とにかく、その話は私が聞くとして。緋沙子、アリス、そして田所さん――がんばってね」
「全身全霊を賭けて頑張ります!」
「もちろんよ。勝利しか見えてないわ!」
「私だって! 何もせずに終われない!」
えりなさんも三人を激励されて、皆さんは3rd BOUTへと出陣されました。
皆さん、頑張ってください――。
「みんなおっはよ〜! 元気? 麗は今日も元気でぇーすぅ! それでは昨日決定した3rd BOUTの対戦カードを改めてご紹介といっくよ〜ん♡」
「第1カード! ご存知、前総帥の孫にして、現総帥である薊様の姪! 薙切一族にして、分子ガストロノミーの申し子! しかし、秋の選抜本戦では一回戦で負けていますから、実力の程には疑いが向けられています! それに相対するは、平成に残った最後の武士道! セントラルに忠誠を誓いし寿司職人! 反逆者をぶっつぶせ! 薙切アリス VS 斎藤綜明!」
「第2カード! 薙切えりなの秘書として、幼いときより彼女を支えてきたという忠義の人! 薬膳料理に定評があり、“神の舌”も全幅の信頼を寄せているが、こちらも秋の選抜では一回戦で敗退しております! それを迎え撃つは金の……、そして美食の亡者! 権力をちらつかせ、手下に従えた料理人は数知れず! 新戸緋沙子 VS 叡山枝津也!」
「第3カードはぁ! 洋菓子・和菓子、何でもござれ! スイーツ作りのスペシャルプロフェッショナル茜ヶ久保もも先輩……に、うはぁっ! こちらも秋の選抜で一回戦で敗退した田所恵をぶつけてきたぁーっ! 元十傑が居なくなった今、風前の灯火となった反逆者チーム! この戦力差は圧倒的だー! 田所恵VS茜ヶ久保もも」
「何と! 全試合がミスマッチ! セントラル最強の十傑の相手をするのは、秋の選抜一回戦負け組です! これは一方的な展開になりそうです!」
川島さんはセントラルが有利だと仰ってますが、三人とも選抜のときとは比べ物にならないくらい上手くなっています。
3rd BOUTは一年生と上級生のまさに死闘となりました――。
秘書子とアリスの活躍をどうしても書きたくて、一色先輩には先に負けてもらいました。
ガチで戦えばおそらく斉藤先輩にも勝てると思うので、色々と無理やりな理由をつけました。
3rd BOUTは原作にはなかった秘書子とアリスの戦いを主に描く予定です。