【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら   作:ルピーの指輪

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何度目になるかわかりませんが、料理について考えるの途中で諦めました。
雰囲気だけ読んでください。


連隊食戟(レジマン・ド・キュイジーヌ)――薙切えりな、幸平創愛VS司瑛士、小林竜胆 前編

「明日のコース料理だけど、私がメインであなたが前菜を作ることにして問題ないわよね?」

 

「そうですわね。力量ではえりなさんが上ですから異論はありませんわ。問題は何を作るか、です」

 

「それはすでに思いついているわ。こんな感じにしようと思っているんだけど――」

 

 えりなさんがメインの品を作ることに決まりましたので、彼女が自分の品とそれに合わせた前菜を提案されます。

 なるほど、さすがはあらゆる美食を知り尽くしていらっしゃる。見事なルセットです。

 これならば素晴らしいコース料理になるでしょう。でも――。

 

「どう? あなたの力量ならこれくらいの品は作れると思うし、私のメインも完璧な品になるでしょう。確実に勝てると思うけど」

 

「――えりなさん。本気で仰っていますか? 勝てませんよ。これでは、多分。わたくしがメインを作った方が良いくらいです」

 

 わたくしはえりなさんのルセットで勝てるほど司先輩と竜胆先輩は甘くないと指摘します。

 なんせ、薊さんが審査員なのですから――。

 

「――っ!? な、何ですって!? まさか、あなたがそんな意見を言うとは思わなかったわ……。私の考えたルセットに文句があるの? 非の打ち所があるなら言ってみなさいよ!」

 

「もちろん、非の打ち所は無いです。完璧――ですが、えりなさんを感じることが出来ないのです。司先輩は間違いなく必殺料理(スペシャリテ)を出します。あの日の彼の品を遥かに超えたモノを出すでしょう。実力が拮抗しているとこの差が大きくなることはご存知のはずです」

 

 真の美食というテーマなら、必ず司先輩は必殺料理(スペシャリテ)を出しますし、彼をよく知る竜胆先輩はそれを引き立てることができる最高の前菜を作るはずです。

 司先輩とえりなさんの力は拮抗しているのなら、料理人の顔が見えてくるかどうかは大きな差になるはず。

 このルセットでは、100点を取ることしか出来ないので、勝利は難しいとわたくしは考えました。

 

「うっ……、あなたって基本的に肯定してくれるのに、そういう所はズバッと言うのね……。お祖父様も認めてくれないの。私が何を作っても、必殺料理(スペシャリテ)だって……」

 

「でしたら、今から完成させたら良いじゃないですか」

 

「えっ?」

 

 えりなさんが今までどんな品を作っても仙左衛門に必殺料理(スペシャリテ)だと認められなかった理由は何となく分かります。

 彼女はあまりにも味覚が優れ過ぎているので、その他の感性や今までの人生の経験――そういったものを使わなくても完璧な品を作ることが出来るのです。

 ですから、今までの彼女の品はすべて必殺料理と呼ぶには至らないという結果になってしまったのでした。

 

 しかし、えりなさんにだってここまで歩んできた軌跡があります。それをわたくしは知っております。だから――。

 

「えりなさんなら出来ますよ。だって、怖がられていたお父様にもはっきりと言えたじゃないですか。不良娘だって……、くすっ……」

 

「真剣な顔をした後に思い出し笑いしないでちょうだい! 作ってみせるわよ。あなたも、緋沙子もアリスだって、自分だけの品を創り出したんだから。私に出来ないはずがない!」

 

「その意気ですわ。えりなさんがどんな料理人になりたいのかとか、誰に食べてもらいたいのか。未来を想像しながら皿を創るのですよ。そうすれば、必ず――」

 

 わたくしはえりなさんに未来を見つめながら自分をもっと前に出して、その熱量を皿に込めてみてはとアドバイスしました。

 

「未来か……、私の未来は……、ソアラと一緒に――。やだっ、今、料理と全然関係ないこと考えてしまってた」

 

「え、えりなさん? お顔が真っ赤になっていますが、何を考えていたのです?」

 

「う、うるさいわね。あなたのせいで考えがまとまらないじゃない」

 

 えりなさんはわたくしの話を聞いて、なぜか顔を赤く染めてブツブツと何かをつぶやいております。

 そして、わたくしのせいで考えが纏まらないと怒り出しました。

 

「そ、そんなぁ。理不尽ですわ。そうですね、別に料理と関係ないことでも良いんですよ。強い想いはその人物を映し出しますから。そういう想いも皿に込めるのです」

 

「そ、そっか。私は今まで料理のことしか考えてなかった。どんな人になりたいとか、どうやって生きたいとか……。薙切の家に生まれて、その義務を果たすことしか考えてなかったんだわ」

 

「えりなさんの人生なんですから。自由に決めて良いんです。別に料理人が嫌でしたら、学校の先生になっても、弁護士になっても、宇宙飛行士になっても、お嫁さんになって主婦になっても誰もえりなさんを咎める権利なんて無いんですから……」

 

「お、お嫁さん……? どこかの国に同性婚って……、いや何考えてるの……?」

 

「あのう……、えりなさん?」

 

「だから、あなたのせいでまとまらないの!」

 

 わたくしがえりなさんの人生についてまで話を発展させますと、彼女はまたもや頬を桃色に染めて、モジモジされました。

 それもわたくしが原因みたいです。

 

「ふぇっ!? また、わたくしのせいですの?」

 

「そ、そうです。ソアラが愛らしいのが悪いんです」

 

「は、はぁ……」

 

「だって、私は今、どうしたいかって……! ソアラとずっと一緒に居たいとしか考えられないもの! 好きな人と共に生きたいとしか……!」

 

 えりなさんはわたくしと一緒に居たいという未来しか考えられないと大声を出しました。

 何というか、そんなにストレートに言われますと照れますね……。

 しかし、そう想っていただけてとても嬉しいです。

 

「では、えりなさん。わたくしのために一品創ってくれませんか?」

 

「あなたのために……?」

 

「ええ。わたくしもえりなさんと共に歩きたいです。その気持ちを皿に込めます。わたくしは前菜でも自分なりの必殺料理(スペシャリテ)を出しますから。えりなさんはそれを超える品でわたくしの想いに応えて下さいまし」

 

「ソアラの想いに――? そ、そうね。それがあなたの私に対する挑戦なら受けて立つわ」

 

「はい! 明日は一緒に勝って帰りましょう」

 

 わたくしとえりなさんは互いのために皿を創ろうと誓い合いました。

 本来なら前菜料理に必殺料理(スペシャリテ)は不向きかもしれませんが、彼女の想いを受け止めるなら、わたくしも相応の力をもって調理したいと思います。

 

「ねぇ、ソアラ……、誰も周りにいないことだし……。久しぶりに……、その……、欲しくなっちゃったの……」

 

「えっと、それは……」

 

 そして、試作品を作ろうとする前にえりなさんは人差し指で自分の指をペロリと舐めながら、甘えたような口調でわたくしの目をご覧になりました。

 

「もう、最後まで言わせないで……。来て……、お願い……! んっ……、んんっ……」

 

「んんんっ……、ちゅっ……、えりなさん……、大好きです……、んっ……」

 

 彼女に求められるがままに、首筋に手を回して何度となく唇を重ね合います。

 粘膜同士が絡み合い、そして一つになるような感覚は一瞬だけですが、互いのすべてを体内に取り込んだようなそんな錯覚に陥りました。

 この方を自由にしたい――わたくしは彼女の舌の感触を受け止めながらそう願っておりました――。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「連隊食戟FINAL BOUT、すでに観客と審査員は準備万全! どんな白熱した戦いが行われるのでしょうか? 本当に楽しみですね! さぁ、ご覧ください! 十傑評議会サイド、司瑛士と小林竜胆が登場しました!」

 

 川島さんの元気の良い声と共にまずは司先輩共に竜胆先輩が会場に入りました。

 昨日もアリスさんや緋沙子さんと激戦を繰り広げていましたが――。

 

「大丈夫か司? 疲れ完全にはとれてねーだろ?」

「いや。不思議と状態は悪くないよ。逆に神経が冴えてる感じだ。むしろ絶好調かも」

 

 見た感じでは疲れは見えないですね……。

 本気の彼らと勝負することになりそうです。

 

「続けて! 反逆者サイド、薙切えりなと幸平創愛が登場です!」

 

「おはようございます。司先輩、竜胆先輩! 調子良さそうですね」

 

「おう、悪いな〜。ソアラちゃんには恨みはねぇけどさ。退学になってもらうぜ。りんどー先輩の下に来るつもりはねーんだろ?」

 

「竜胆先輩は好きですし、尊敬もしていますが、諦めてくださいな。先輩方に勝ってみんなと帰るしかないと覚悟しています」

 

 竜胆先輩はいつものようにわたくしを抱きしめながら、頭を力強く撫でました。

 彼女からは、葛藤とか怯えとかそんな感情が見え隠れしていますが、それも全部飲み込んでこの試合に臨んでいるのでしょう。

 

「あの日は俺が君を侮ったせいで引き分けたけど、今日は絶対の正解というものを見てもらうよ。俺は必殺料理(スペシャリテ)を出す。君はメインを作るのかい?」

 

「いえ、メインはわたくしではなく――」

 

「司さん、今日のメインは私です。申し訳ありませんが、先輩方のメニューはすべて私の品の前菜に成り下がってしまうでしょう」

 

 予想通りメインを作られるという司先輩をえりなさんは挑発するように声をかけられます。

 この自信に満ち溢れた表情こそ、えりなさんが絶好調である証拠です。

 

「薙切は従姉妹同士で似てるなぁ。昨日も同じことを言われたよ」

 

「むっ……! アリスと一緒にしないでくださいますか?」

 

「ああ、ごめんな。でも、薊総帥が言ってたよ。今の薙切じゃ到底俺には及ばないって」

 

「お父様が何と言おうとも――」

「えりなさん、そろそろ準備しませんと」

 

「司、あたしらも準備だ」

「そうだな。忘れ物があったら大変だ……、うわぁ……、心配になってきた」

 

 煽られることに慣れてなく、怒りっぽいえりなさんの背中を押しながらわたくしは準備に入ります。

 竜胆先輩もそれを見て、司先輩の襟を掴んで引きずって行きました。

 

 

「FINAL BOUT開戦です! 対決方法は2皿だけのコース料理! 各チームは前菜とメインを連続してサーブします。そしてこの試合に勝利したチームこそが十傑の席を総取り! もしも反逆者サイドが勝てば進級試験での退学者達を救うことも可能です!」

 

「はぁ……、これに勝ったらまた十傑の仕事に追われるんだな~。一色とか女木島とか頼りになったのに」

 

「おいこら、しゃきっとしろ司!」

「いや。でも頑張るよ。この対決を最後にセントラルを揺るがす者はいなくなる。退学になる連中には悪いけど仕方ない。これも料理を極めるためだ」

 

「十傑チーム、調理を開始しました!」

 

 司先輩と竜胆先輩は早くも調理を開始されました。

 司先輩……、あんなに大きなグレーターをまるでフェンシングをしているみたいに素早く使われていますね。迫力があります。

 

「あと頼むね。竜胆」

「おう!」

 

「そうか……、この勝負も味方のサポートは可能」

「見事なコンビネーションね」

 

 さらに竜胆先輩のサポートを得て、彼の調理スピードは飛躍的に上昇しておりました。

 

「だけど、うちのチームだってコンビネーションは――」

 

「またアレンジ加えてる! こっちも合わせなきゃいけないのよ」

「え、えりなさんだって、ルセットと違うじゃないですか。だから、こっちの方がいいのではと」

「なんで、同じ舌で味見をしてるのにこんなにチグハグになるの?」

「同じ人間なんて一人もいませんよ。そんな哲学を論じてる暇があるなら手を動かしてくださいな」

「厨房だと、あなたって気が強いわよね」

「えりなさんに遠慮する気はありませんよ。好きな人だからこそ意見はきちんと出しますわ」

「ば、バカ……。仕方ない子なんだから――」

 

「なんか、イチャつきながら、すげぇ調理してる」

「この土壇場でお互いがお互いのアレンジに合わせて品を作るって、んなことできるのか?」

 

 わたくしとえりなさんはチームを組むと結構意見がぶつかり合います。

 そもそも、育ってきた環境も調理してきた料理も全然違いますので、そこから生まれてくる発想も全く異なるのです。

 

「二つの“神の舌”が喧嘩しているのだ。えりな様とソアラはタイプが全く違う料理人だからな。絶対的な味覚だと思われた“神の舌”だが、それを操る人間の個性によってはじき出される答えはまるで違う」

 

「つまり、薊おじさまの主張に対するアンチテーゼを今、私たちは目の当たりにしてるのよ」

 

「こうなったときのソアラさんとえりなさんは凄いから。きっと大丈夫だよ」

 

 しかし、お互いに意見をぶつけ合うということは悪いことではありません。

 自分たちがお互いに思いもしなかった発想が生まれて皿に新しい力が宿るからです。

 

「反逆者チームはチームワークはあるみたいですが、アレンジを重ね続けて調理には手間取っているみたいです! ここからどんなコース料理が生まれるのか! 対する十傑チームは互いをサポートし合い既に調理は終盤の模様です!」

 

「こっちはそろそろ完成だぜ。司はどうだ?」

「うん。絶妙のタイミングだ。丁度前菜を食べ終わる頃にこっちもできあがるよ」

 

「よっしゃ! じゃあサーブさせてもらうぜ! 名付けて“きのこのミルフィーユ~デュクセルを挟んで~”だぜ!」

 

「ふふ……、まず見た目だけでも素晴らしい。では早速実食といこうか」

 

 竜胆先輩が一番最初に品を完成させて、審査員の元に料理を運ばれました。

 彼女の品は主役食材のしいたけをコンフィ(油に浸し、低温でゆっくり煮ることを)した塩味・旨味を、過不足ない酸味のおかげでしっかりと引き立っています。

 味の決め手となる酸味の正体は、蟻が分泌する“蟻酸”です。

 

 繊細で奥深い甘みを引き出す蟻酸を使いこなす竜胆先輩のスキルは、完全にプロを凌駕していました。

 薊さんは彼女の皿を前菜として満点だと仰られました。

 

「よし……、“白き鎧の皿~ソース・シュヴルイユ~”。シュヴルイユ、すなわち鹿肉が主役のメニューさ」

 

「ふぇ〜。鹿肉ですかぁ」

 

 さらに司先輩がメインとしてのメニューを完成させて審査員の前に品を出します。塩釜を叩き割って出てきたのは芸術的に美しく輝いている鹿の赤身肉でした。

 

「俺は幸平さんがメインで来ると思ったから。メイン同士で決着をつけたかったんだけどな。あの日ほど手加減したことを悔やんだ日はない」

 

「ふふっ、さすがは司先輩です。とても美味しそうな品ですね」

 

「食べてみるかい? あのときの鹿肉と比べてみたらいいよ」

 

「では、お言葉に甘えて――。――っ!? こ、こ、これは凄いです……、舌というか、脳まで突き刺さる美味しさ――。確かにあのときの鹿料理よりも断然こちらの方が美味しいです」

 

 すべての器官が揺さぶられるような美味しさの司先輩の必殺料理(スペシャリテ)

 しかも、薊さんによれば、蟻酸をアクセントにし、鹿肉との相性が良いきのこをメインとした前菜によって、より高められてるとのことです。

 

「………竜胆の前菜が導いた先は、単なるコースのフィナーレではなかった……。美食の楽園(エデン)。全ての料理人があらゆる苦しみから解放された、我々が望む平穏なる美しき世界――!」

 

 さらには薙切家伝統の“おさずけ”が出たことで、竜胆先輩と司先輩のコース料理が本物であることが証明されます。

 まさか、食べていらっしゃらない、にくみさんと青木さんと佐藤さんの衣服が吹き飛ばされるなんて……。

 

「このメニューを打ち破るのは尋常ではありませんね」

「あら、怯んでいるのかしら?」

「かもしれないです。でも、今からえりなさんともっと美味しいモノを作れると思うと楽しいですわ」

「相変わらずそこで笑うのね。でも、私もあなたと同じ所で料理するのは何よりも楽しい。こうやってお互いを感じ合えることが、幸せだから――」

 

「幸平が動いたぞ! あれは中華鍋!? フランス料理を作ってるんじゃなかったのか!?」

 

 えりなさんが現在(いま)を楽しいと仰ってくださって、わたくしの腕に力が入ります。

 昨日のえりなさんのルセットにアレンジを大量に散りばめたこの品でわたくしは最高の前菜を作ってみせようと、鍋を力強く振りました。

 

「あの動き……、今までの彼女にはなかった力強さとスケールの大きさを感じる……」

 

「こ、これは城一郎先輩の動き――? いや、若干違うが、そのルーツが彼だということは間違いない」

 

「お題がフリーになったから、自由に動ける。ソアラは学んでいるのだ。城一郎さんから、彼の持っている技術のすべてを」

 

「あれほどの技術を習得してやがっただと? たったの一ヶ月で……」

 

「幸平さんと物覚えの良さで張り合うのは無理よ。あんな理不尽見せつけられたから、私は戦い方を変えたの」

 

「しかし、どんな品が出来るんだ!? 想像がつかない!」

 

 フランス料理に中華のエッセンスを加えることも、父からの指導が無くては出来なかったことです。

 四宮先生や久我先輩や女木島先輩にも色々と教わり、自分の力を積み重ねていきました。

 だから、この一皿にはわたくしの今までの出会いの歴史が詰め込んであります――。

 

「お待たせいたしました! おあがりくださいまし! これがわたくしの前菜、“パテ・ド・カンパーニュ”です!」

 

「これが“パテ・ド・カンパーニュ”? 随分と奇抜だね」

 

「内側のパテを包んでいるのは薄切り豚バラ肉をチャーシュー状にしたもの? だから、中華鍋を使っていたのね。“パテ・ド・カンパーニュ”はフランス料理なのに」

 

「とにかく食べてみるのです」

 

「「――っ!?」」

 

 わたくしは中華の技法で作った焼豚でパテを包み込み、フランス料理の定番の前菜である“パテ・ド・カンパーニュ”を作りました。

 審査員の方々はナイフで端を切りひと口召し上がります。

 

「ひと口食べて口いっぱいに広がるのは、様々なスパイスの風味! このパテはカレー仕立てになっています! チャーシューで閉じ込められていたのは、パテだけでなく芳醇な香りだったのですね」

 

「このチャーシュー薄切りなのに弾力と濃密な味わいがある! コクがあるのにバラ肉の油っぽさが全くないわ! 香ばしさと絶妙な食感で最大に旨味が引き出されて、それだけで意識が持っていかれそうになっちゃう〜〜!」

 

「驚くべきは、このチャーシューの漬け汁――にんにくや香味野菜に加えて、醤油、みりんや日本酒がバランスよく調合されているだけでなく、アレンジとして蜂蜜、すりおろし玉ねぎ、オレンジ果汁を絶妙な配分で調整し、パテ・ド・カンパーニュに合う味になっていることです。この複雑な味の計算式を成立させるとは――やはり、幸平創愛の舌にも神が宿っているのですね」

 

「最高のチャーシューにするために、久我先輩と女木島先輩にアドバイスを貰いまして、自分なりのアレンジを加えてみました」

 

 スパイスの風味と複雑な味付けをすべて計算して、調和させることは嗅覚と味覚を集中力を最大に高めてフルで感覚器を活用しなくてはならないので骨が折れました。

 そんな無茶が必要な品でしたが、えりなさんにも所々でサポートしてもらって何とか完成に至ります。

 

「外側だけではありません! その奥にあるパテ生地! これが何より絶品! 濃厚でありながら繊細……、そして複雑に絡み合ったスパイスの芳醇な香りが、外側のジューシーなチャーシューと合わさりがつんとした火花が口の中に炸裂します!」

 

「白レバーを主体にベーコンと豚ロース、ブランデーに各種スパイスを加えて、南瓜の種、それにいんげん、人参、しめじ等も刻み混ぜてありますがその野菜一つ一つへの仕事が素晴らしい!」

 

「コンフィ、グリエ、ブレゼ、そしてスュエ!別々の最適な火入れがなされ繊細な甘みをじんわり引き出し皿の総合力を底上げしているのです!」

 

 さらに四宮先生に仕込まれて、父の指導によって練度を上昇させた野菜料理(レギュム)の技法もこの調理ではかなり役に立ちました。

 

「な、何!? 今一気に風味が変わった!? ただでさえ美味だった肉の壁の間からまるで間欠泉が噴き出したよう!」

 

「何かがしみだしている! このスパイシーさとジューシーさが包み込まれるような優しい旨味が――」

 

「その正体は卵黄を濃縮して白ワインと白コショウに溶かしバターとみじん切りした玉ねぎで味を整え、ゼラチンで固めた特製の卵黄ソースです。それをサーブの直前に料理用極太注射器で肉にたっぷりと注入しましたの。中心まで食べ進めると溢れ初めて、味変が起きるようにさせてもらいましたわ」

 

「すごい……、先程よりもっともっと夢中にさせられてる感覚のなのです! 咀嚼するごとに張り巡らされた工夫に次々とぶつかる! たった一皿にすべて詰め込まれているなんて! とてつもない満足感です!」

 

 最後の工夫は学園祭のときの時限式カレー麻婆麺の時のように、食べ進めてた後で味を変えるという発想です。

 ちょうどナイフがパテの中心を切り裂いた時に卵黄ソースが吹き出すように工夫して仕込んでみました。

 

「でも、なぜわざわざ卵黄を? 確かにとても美味だけど、味を変えるなら他にも……」

 

「敢えて理由をいうならば、えりなさんが好きだからです。この組み合わせが――。彼女は卵料理が好きなのですよ。個人的に……」

 

「意外でした。好きな食べ物とかあるのですね。美食の象徴のようなお人だと聞いてましたのに」

 

「ですが、人間です。好き嫌いくらいありますよ。だから、彼女の好みの味付けにしたかったのです」

 

 卵黄ソースを選んだ理由は味を変えてより美味を堪能してもらう以外に無いのですが、個人的な理由としてえりなさんが卵料理が特に好きだということを知ったからです。

 これは、特訓を繰り返して彼女と幾度となくお互いの品を出し合わなかったら気付けなかったでしょう。

 

「――っ!?」

 

「服が!」

「どうして私まで!?」

 

「おおー! 出たぞおさずけ!」

「つまり薙切薊も認めたということか!」 

 

 気付くと薊さんの“おさずけ”によりデコラさんとクラージュさんの衣服がはだけていました。

 クラージュさんは召し上がっていないにも関わらず下着姿になっており、恥ずかしそうに顔を赤らめておりました。

 以前にベルタさんとシーラさんの時にも思いましたが、やはりはた迷惑な力だと思ってしまいます。

 

「ふぅ……、城一郎先輩のセンスに、えりなの“神の舌”……。一体君はどれだけ美食の神に愛されているんだい? ここまで複雑な要素を創造し、組み立てる。幸平創愛、君は大した料理人だと認めよう。司の品にも劣らない必殺料理(スペシャリテ)と呼べる逸品だ。しかし――」

 

「しかし、それは単品での話ですよね? 司先輩の品は竜胆先輩の前菜によって、数段上の美味まで昇華されているはずですわ」

 

 薊さんはわたくしのパテ・ド・カンパーニュを司先輩と同等の品だと褒めてくださいましたが、それはコース料理ではなかった場合です。

 なんせ、司先輩の品は竜胆先輩の品の力も引き継いでブーストがかかっているのですから。

 

「分かっているのなら、疑問しかないな。なぜ、才能に任せて前菜にも関わらずメイン級の品を出した? だから、君には正しい教育が必要だと僕はアドバイスしたんだ。必ずや、その才能を持て余すと思ったから。君が“神の舌”まで使ってそんな品を出せば、えりながメインでどんな品を出そうとも、コース料理の破綻は見えている。0点だよ。この品はコース料理の前菜において――。君はその才能のせいで仲間を殺したんだ」

 

「果たしてそれはどうでしょう? 薊さんはえりなさんを過小評価されています。この品はえりなさんのメインと釣り合わせるために、わたくしが全霊を込めて作ったものです。そうでもしないと、とても彼女のメインの品を引き立たせることが出来ませんでしたので」

 

 薊さんはメインディッシュのような満足感のあるわたくしの前菜はどんなメインを持ってきても活かすどころか殺してしまう失敗作だと断じましたが、そうではありません。

 

 むしろえりなさんの出す必殺料理(スペシャリテ)に繋げるための鍵となる役割を果たすにはこれくらいのインパクトが必要だったのです。

 

「君は何を言っているんだ? これに釣り合うメインなど――」

 

「ありますわ。ですからわたくしはこの品の名前を“楽園から飛び立つ鍵となる美食(ル・クリ・デ・ラビーナ)”と名付けました」

 

 この品はえりなさんが自由な未来へと飛び立てるようになるために作りました。

 あとは、彼女が最高のメインを作るだけです。

 

「ソアラ! 無駄話は終わったかしら? 仕上げに入るから手伝いなさい!」

 

「承知いたしました。何なりと申し付けてくださいな!」

 

 えりなさんはわたくしの品の審査が終わったとみると自分のサポートに徹するように指示を出されました。

 あとひと頑張りするとしましょう――。

 

「「――っ!?」」

 

「何だ!? あの鬼気迫る勢いは!? 薙切えりながあのように轟々とした激流のような調理を――」

「その勢いに飲まれることなくソアラさんは次の動きを読んで正確にサポートをしている」

「殺気にも近い気迫と緊迫感なのに! えりなっちもソアラも楽しそうに笑っているんだけど……」

「何が起きているんだい!? この短時間に二人じゃ到底積みきれないような行程が電光石火の如くのスピードで完成されていく……!」

 

「神と神の共演を見ているのか……。神域まで踏み入れた料理人同士が同調(シンクロ)すると、美食の楽園のさらに向こう側まで翔んで行ってしまいそうだ――」

 

 二人で品を調理すればするほど、どんどん品は進化していきます。

 それはいつしか、わたくしたちの二人の想像を遥かに超えたものを創造するに至ったのです。

 このコース料理は言わばわたくしとえりなさんの子供も同然の品なのかもしれません。

 お互いがお互いを感じ合い交わり、そして新しい(いのち)を育む。

 どうしようもない、幸福感がわたくしたちを支配していました――。

 

「――召し上がれ。こちらが当コースのメインディッシュ――」

 

 えりなさんは自分の持てる全てを出しきって必殺料理(スペシャリテ)をついに完成させました――。

 




やはり、えりなのヒロイン力がトップになるのは仕方ないかもしれないです。
今回は色々と妄想するえりな様可愛いって回にしてみました。
次回は連隊食戟編の最終回です。
ここまで書くことが取り敢えずの目標でした。毎日更新で何とか達成出来そうなので嬉しいです。
そんなことを言っときながら、肝心のえりなの品はほとんど原作通りです。ストーリーを変えて、若干アレンジはしてますが……。
マジで何も思いつかなくてすみません。

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