【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら   作:ルピーの指輪

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連隊食戟編ラストです。


連隊食戟(レジマン・ド・キュイジーヌ)――薙切えりな、幸平創愛VS司瑛士、小林竜胆 後編

「こちらが当コースのメインディッシュ、親子丼でございますわ」

 

「「え~っ!!」」

 

「あの見た目で丼!?」

「以前は丼ってだけで低俗B級グルメ扱いしてたあのえりな様が! 自分から丼を!?」

「にくみっちも最初そうだったけどね……」

 

 えりなさんの作ったメインディッシュは親子丼です。

 一見、完璧に火入れされた高級地鶏の肉がきれいに盛り付けられているだけに見えますが……。

 

「フランス料理のコースじゃ、そもそもご飯物の項目はない。和食店でのご飯物も普通はシメの一品として扱われる。それをメインディッシュとして出すとは……、これは……、あらゆる意味で美食の教科書には書いてない選択肢だ!」

 

「まったく……、ここまで正解から外れた料理を我が娘が作ったとは。あまりに嘆かわしい。見ただけで0点とわかる。こんな品食べる気すらしないよ」

 

「まぁ! 料理は舌で判断するものなのに目で見ただけでわかるなんてさすがお父様ですわ」

 

 えりなさんは既に薊さんへの畏怖心は消えており、わざとらしいリアクションで挑発されておりました。

 しかし、食べないという時点で審査員としての義務は放棄しているように見えますね……。

 

「でも、もしもお父様の思想を体現しているそちらの料理人二人。彼らがおいしいと言ったならそうも言っていられないのではなくて?」

 

「おっと! 挑発されてるぜー。どうする司? こりゃ乗るしかねーか?」

 

「うん……、食べてもいいかもな。幸平さんの品も気になってたし」

 

「いいよ。司、小林。食べてみてごらん」

 

 司先輩と竜胆先輩にえりなさんの品を食べてもらえないかと、えりなさんは交渉すると、薊さんは許可を出して、彼らは彼女の品を召し上がることになりました。

 

「あ、もちろんこれはコースなのですから、ソアラの前菜から味わっていただきますわ」

 

「たくさん作りましたから、どうぞ」

 

「「――っ!」」

 

「成程、さすがはソアラちゃん。スペシャリテと呼ぶに相応しいうまさじゃねーか!」

 

「確かに……、前よりずっと進化している……。やはり幸平さんはすごい……」

 

 まずは前菜である、わたくしのメニューを司先輩と竜胆先輩に召し上がって貰いました。

 すると、お二人とも品自体は美味しいと仰られてくださいます。

 

「だけどよ……、やっぱりコースとしてはどうなんだ?」

 

「ああ……、この後じゃどんな品を出そうとコース料理として破綻するって思うよ」

 

 しかし、思ったとおりお二人ともわたくしの品がコース料理の前菜になるかどうかについては懐疑的でした。

 かなり無茶な趣向を凝らしましたので無理もありませんが……。

 

「さっ! この後に食わせようって自信作! 味わわせてもらうぜー、薙切ちゃんよー!」

 

「「――っ!」」

 

 そんなお二人はえりなさんの品を召し上がった瞬間に驚きの表情を浮かべます。

 そして、彼女の創られた品の構成に感嘆されました。

 

「鶏の軽やかな肉に! 脂に! とろとろ卵が絡み舌がとろける! 肉内部は優しくレアに、対して皮目はパリッと! 高級地鶏の上質な身を生かす完璧な火入れだ!」

 

「ソースは塩・胡椒と卵・生クリームをとろりとした触感になるまで湯煎し。ターメリックスパイスの鮮やかな黄色が眩しい濃厚スクランブルエッグソースに仕上がっている!」

 

「そこに浮かぶのは香ばしい特製の煎餅! 炊いた米や刻んだヤリイカをごま油で薄くのばしパリパリに焼き上げたものだ!」

 

「とろとろぱりぱり! 重層的な食感がジューシーな鶏肉とせめぎ合う! 鶏肉とエッグソース、そして米から作る煎餅! この3要素で親子丼ってわけか!」

 

 そう、この品の要素は鶏肉と卵と米です。ですから、親子丼の条件は揃っているのです。

 何とまぁ、こんな斬新な発想をとわたくしもびっくりしました。

 

「そして何より大きい役割を担ってるのはこの胸肉に巻かれたクルートだ!」

 

「クルート……、パンやパイの皮に調味料を合わせて風味付けしたパリパリの生地のことだよね?」

 

「そしてそれを巻いて焼き上げた品も指す。素材の持ち味を損ねず香ばしさや食感、彩りをプラスできる調理法だ」

 

「その通り。この皿、最大の秘密はそこにあるのです。最初のルセットの段階では鶏肉に巻く予定だったクルートにも急遽ある食材を混ぜ合わせました。それはソアラのアイデアなのですが――」

 

 この品の一番のポイントはもちろんですが、わたくしの前菜とえりなさんのメインディッシュを繋げること。

 その(コア)となる食材はわたくしが頭を悩ませていた経験のおかげで思いついたのです。

 

「幸平さんのアイデア?」

「ソアラちゃんが薙切ちゃんにねぇ」

 

「混ぜ合わせたのは、みじん切りにしたゲソとピーナッツバターです」

 

「はぁ?」

 

「私も最初は耳を疑いました。ソアラの舌が変になったのかと……」

 

 このアイデアを提案したときのえりなさんの顔は忘れられません。

 その上、頭がおかしくなったのかと本気で心配されました。

 

「わたくしの父は時々人に不味いものを食べさせる趣味がありまして……。昔、そのゲソピーも食べさせられたのですが、記憶を消そうにも忘れられないくらいの不味さでして……。でも、“神の舌”の模倣をして、えりなさんの試作品を味わったときにハッとしたのです。この味はわたくしたちの品のジョイントに使えるかもしれないって――」

 

 父親である城一郎は学生時代の気晴らしだった不味さへの追求は止めていません。

 わたくしや幼馴染の真由美さんは彼の趣向に付き合わされ続けました。

 汐見先生も本当に可哀想なことをされたと思っています。

 

 ですが、信じられないこととはこのことで、あの鮮烈に記憶されていた不味い味が、二つの品の架け橋になったのです。父との無駄だと思えていた記憶がこんなに役に立つとは思いませんでした。 

 

「驚いたことに、ピーナッツバターのまったりとした風味は鶏肉のコクを深める優秀な隠し味となり、またゲソの適度な塩味と苦味は肉料理の脂・風味を接続するのに極めて効果的。これは二つの“神の舌”がぶつかり合った結果生まれた奇跡なのです。これにより、ソアラの前菜の後で食べることで舌に響く美味が最大値まで高まるはずだと確信できました」

 

 二人で品を出し合って、どうしてもその二つを繋げたいと思い、記憶の底にある味を呼び覚ました結果、わたくしの品は前菜としての役割を果たします。

 このコース料理はわたくしとえりなさんの個性のぶつかり合いから生まれたのでした。

 

「た、確かに、驚いたよ。このとんでもない個性のパテ・ド・カンパーニュが前菜の働きを十分に活かしている。でも、わからない。そもそも親子丼という発想はどこから生まれたんだ?」

 

「私がメインとして親子丼を選んだ理由はたったのシンプルです。ソアラが丼物が好きだからです。それに、彼女が卵黄のソースを使うと言いましたので、卵で合わせようと思いました」

 

「へぇ、見せつけてくれるじゃねぇか。嫉妬しちまうぜ」

 

 そもそも、えりなさんは丼物が好きではありませんでした。なんせ丼物研究会を潰そうとされたくらいです。

 しかし、わたくしが丼物を好きなことを知るようになってから興味を持つようになってくれ、今回のこのメニューをわたくしのために作ってくれたのでした。

 

「私とソアラは全く違う生い立ちでした。だから、食べてきたものも異なりますし、求められて作ってきたメニューも全然違います。この子ったら、いつも安物の食材を使おうとするのですよ。でも、そこには私には無い美味しさを生み出す発想がありました。同じレベルの“神の舌”で二人して品を作り合った結果分かったのは、料理には正解は無いということ。そして自由だということです」

 

「えりなっちすごーい!」

「これが……、えりな様とソアラが組み上げた……」

 

必殺料理(スペシャリテ)必殺料理(スペシャリテ)! 必殺のコース料理なのね!」

 

 ただの定食屋の娘と本物のお嬢様ですから、価値観も違いますし、積み上げてきたことも違います。

 だから、“神の舌”の使い方も違えば発想も異なるのです。

 その個性が相対して料理には無限に広がる道があることを見つけました。つまり絶対などということが絶対に無いということが確信できたのです。

 

「上手くいきましたね。えりなさん」

「私とあなたが組んだのよ。当然じゃない。ふふっ……」

 

 わたくしはえりなさんの手を握り狙い通りの調理が出来たことを嬉しく思うと、彼女はニカッと笑みを見せて上機嫌そうな顔をされました。

 

「ソアラちゃんと接してから、薙切くんは本当に変わったね。でも薊総帥は面白くないだろうなぁ。鳥籠に閉じ込めていたはずの娘が自分の知らないあんな笑顔で料理をするようになったのだから」

 

「ソアラちゃんの前菜はメインを助けるんじゃなく超えさせるためのもの! それを受けてこの品はばっちり前菜を超えてきてる! 一見無茶苦茶なあんなやり方でここまでの連携をしやがるなんて!」

 

「まるでライブだ! 異なる楽器、異なる声が神域と言っても過言じゃないくらいの高いレベルで主張し合ってある瞬間奇跡的に一つにまとまり轟々とスピーカーから放たれる! 味わえばその音圧に――」

 

「「問答無用で巻き込まれ引き込まれる!」」

 

 司先輩と竜胆先輩はわたくしたちのコース料理が成立して美味しいということを認めてくださいました。

 あとは薊さんが食べてくれるかなのですが……。

 

「第一席と第二席をうならせた!」

「これなら薊おじさまも納得するしかないわね」

 

「成程。いろいろ工夫を凝らしたようだ。確かに司と小林が認めた時点でそれなりに美味なのだろう。だが先に言っておくよ。どんな技を凝らそうとも僕はこの品を認めるつもりはない」

 

 それでも、薊さんは頑なに認めようとしてくれませんでした。

 この品がどれだけの逸品だとしても絶対に認めないと意地を張ります。

 そこにはやはり彼の個人的な想いがあるのでしょうが食べてもらえないと審査が成立しません。

 

「君たちの才能は認めよう。しかし、それを使って反発し合ってどうする? そんなことを続けると、無駄な苦痛でいつか二人とも蝕まれてしまうよ。あれは不必要な熱なんだ。確信を持って言える。この皿は真の美食とは程遠い。不純物まみれの芥でしかないのだよ!」

 

「不必要な熱ですか……、私だけでなく、ソアラまで……、お気遣いしていただけるなんて……痛み入ります。ですが……、まだですわ……。この料理はもう一段階変化するのです」

 

 薊さんが料理には熱量は要らないと言われます。それがわたくしたちを蝕むとも……。

 しかし、えりなさんはそれを受け流して最後の仕上げに入りました。

 

「「――っ!?」」

 

「さぁご覧なさい! 私のスペシャリテ、その真の姿を!」

 

「なんだありゃ……」

「ふわふわとした純白のエスプレッソのようなクリームが地鶏肉を包んでいくわ!」

 

「あ、あれは……、ソアラが編入試験で出した……! 魔法のクリーム……!」

 

 そう、あの真っ白でふわふわとした巨大なマシュマロのようなクリームは編入試験のときにわたくしが出したそばにかけていたクリームをえりなさんがアレンジしたものです。

 

 えりなさんはあの日にしてくれた「時間がある時にもっと美味しくする方法を教えてくれる」という約束を守ってくれたのでした。

 

「あのクリームからは甘ったるい香りはしないな、むしろ香ばしいとすら感じる――。そうか、あれの正体は――」

「見た感じは完全にホイップクリームみたいだけど……、こんなのをかけて大丈夫なの?」

 

「クリームのコクが地鶏の旨味を一層主張します! なるほど、このクリームには地鶏卵に納豆を加えて、地鶏の煮汁とともに混ぜ合わせたものですね! これ以上ないアクセントになってます!」

 

「さすがはWGOの一等執行官ですわ。正解です」

 

 このクリームのアレンジの一番大きなポイントは高級地鶏の煮汁がプラスされて、卵と鶏の旨味が同居していることです。

 

「いいだろう。不出来な娘を叱るために一口ぐらいなら……」

 

 そして、ついに薊さんがこの品に口をつけました。

 

「ああ~ん! フワフワとしたクリームが料理の風味と食感と幾重にもゴージャスにしていますわ~!」

 

「パリパリ煎餅には地鶏の旨味がじーんと染み込み、生クリームの入っているスクランブルエッグと交われば、さらに官能的なふわとろ触感に! 神がかったバランスの上に成り立った美味しさなのです!」

 

「司瑛士と小林竜胆によって運ばれてきた美食のエデン!」

「そこに安住していた我々の前に現れたのは――」

 

「悪戯を覚えた」

「神の使い!」

 

「「味の新天地へ私達を連れ去る反逆の天使~〜!」」

 

 審査員のアンさんとデコラさんはこの品を実に美味しそうに召し上がってくださいました。

 出来れば薊さんにも認めて欲しいのですが……。

 

「私はもう心を決めました。料理に自由を与えること。そのためならどんな苦痛も厭わないと。というより、この子が一緒ならどんなに荒れてしまった場所だとしても、私にとっては楽園よりも居心地が良い天国ですが」

 

「まぁ、えりなさんったら」

 

「最近の子ってあんなに大胆なのね。というか、あの二人はそういう――」

「素敵じゃないですか。色んな花が咲いたってよいのです」

 

 えりなさんはわたくしの肩をギュッと抱き寄せながら、どんなに苦しくても一緒に料理が出来れば何処よりも居心地が良いとまで仰ってくれました。

 凛とした表情の彼女に抱き寄せられると、胸がドキドキします。

 

「以上が私の必殺料理(スペシャリテ)、“楽園から飛び立つ真の美食(ル・ブラ・ヴェリタブル)~不良娘風~”ですわ――!』

 

「何が自由だ! 何が決意だ! そのための苦痛は料理人の心を追い詰めやがて駄目にするんだ! かつてあの人もそうだったように!」

 

「あの時、似たようなことを言った先輩はさらに先まで歩き続け荒野に姿を消してしまった……。もうあんな悲劇はたくさんだ!」

 

「真の美食……、作る側も美しく健やかなままでいられる世界。そこでは誰も苦しまない! 誰もが救われる! それこそが僕の大変革!」

 

「豚共や屑料理人など捨て置け! そんな奴等に熱を持って相手していたらいつか料理人は駄目になる! だから認めない! こんな皿は不純物だ! 苦しみと痛みに満ち満ちた不純物なのだ!」

 

「――っ!? こ、この音は……?」

 

 えりなさんの必殺料理(スペシャリテ)の名を聞いた薊さんは激怒しながら、自らの心情を吐露しました。

 そこから伝わるのは、彼の苦悩や悲しみ――料理人が高みを目指して創意工夫を続けていくことへの憐れみです。

 

 それは彼の心の叫びであり、本音なのかもしれませんが――その時、会場に破裂音が鳴り響きました。

 

「何だ!?」

「何の音!?」

「爆発!?」

 

「それで? お父様。味はいかがかしら?」

 

 爆発音と共に司会の川島さんや観戦をされていた十傑の方々の衣服が吹き飛びます。

 これは、薊さんの――?

 

「これって……」

「ああ! 間違いない!」

 

「おさずけ~!?」

「おさずけが!」

「いやんだ~!」

 

 さらに反逆者側の観戦者の方々の衣服も吹き飛びます。

 これはとんでもない状況になってきました。皆さんがドンドン下着姿になっていらっしゃる――。

 

「どんどん伝播していく……、司と竜胆の時よりも大きく!」

 

「馬鹿な! 頭では拒否しても僕の体の方は美味だと感じているというのか! こんなはずはない! 何かの間違いだ! 僕の大変革を打ち砕けば料理人を守ってくれる箱庭も羅針盤もなくたった一人であてもなく荒野を進むことになるのだぞ! えりな!」

 

 薊さんは自らの身体が美味だと認めていることに驚きながらも自分が変革を成さなければ一人で荒野を彷徨うと警笛を鳴らします。

 

「いいえ! 私たちがここまで来れたのはそれぞれが各自の目的地へ進んでいるからだと私は思います! 自分以外にもどこかに進んでいる者がいる……。その事実こそが自分の一歩を踏み出させてくれるのです! たとえ荒野の中にいたとしても!」

 

 しかし、緋沙子さんは皆が歩んでいることを知っていればどんなに苦しくても歩けると言われました。

 わたくしもそう思います。ひとりぼっちだなんて、思ったことはありません。

 

「遠月総帥に意見するのか! 薙切家にへりくだる従者の分際で!」

 

「違う……、私は……、今の私は――えりな様の…友達だ!」

 

「緋沙子……」

 

 緋沙子さんは勇気を持ってえりなさんの友達だと叫びました。

 えりなさんも嬉しそうにされています。

 

「お父様。緋沙子の言う通りです。私とは異なる価値観や考え方で皿と向き合う料理人たち。彼女らと関わることでこの皿は生み出せました。お父様の言う不純物との出会い、それこそが私の料理にとって最高のスパイスでした」

 

「愚かな! 熱を込めてしまうからこそ料理人は迷う! 苦しむ! やがて枯れ落つ! あの人のように! すべての料理人の幸せとは永遠に僕の箱庭で生きることなのだ!」

 

「あのう、せっかく色々と論じているところ申し訳ありませんが、人の幸せを勝手に決めつけないで頂きたいのですが――」

 

「――っ!?」

 

 えりなさんも出会いこそ、自分を良い方向に変えてくれたと仰って、なお薊さんは料理への情熱を持つことを否定します。

 しかし、大前提となっていることがウチの父親が不幸だということでしたので、さすがにそれは否定させてもらいました。

 

「父の過去に何があったのかは、ついこの間まで知らなかったのですが、母と出会って父は幸せだった。わたくしはそれを知っています」

 

「そんなこと!」

 

「いえ、もちろん。薊さんや堂島シェフに何にも連絡を寄越さなかったことについてはキツく叱っておきました。後日、必ず謝罪に行かせます。あの方はああ見えてシャイでしたから、友達に助けを求めることが下手だったのでしょう。でも、今は楽しそうに毎日料理を作っていますよ」

 

 父は格好つけたがりで、変なところで意地っ張りだから助けて欲しいと口に出せなかったのでしょう。

 でも、わたくしの知っている父は楽しそうに料理をされていて、それを教えてくれた人です。

 だから、不幸だと決めつけられたくはありませんでした。

 

「くっ……! おさずけパルスが止められない……! こ、このままだと、パルスエネルギーの逃げ場がなくなる!」

 

「えりなさん? な、何が起ころうとしているのでしょうか……?」

「そ、そんなことわからないわよ!」

「薙切家のことなのにですか!?」

「聞いたことないもの、こんなの!」

 

「ぐああああーっ!」

 

 最後によく分からない謎の力が働いて、薊さんの衣服が粉々になって吹き飛びました。

 世の中には不思議なことがあると言いますが、実際このような怪奇現象を目の当たりにするとあ然とするだけで大したリアクションも取れないのですね……。

 

 

「連隊食戟……、FINAL BOUT……、勝者は――反逆者連合!」

 

「「お粗末様ですわ……!」」

 

「上手く、揃えたわね」

「小声でせーのって、言ってたよ」

 

 ともかく、連隊食戟はわたくしたち反逆者側の勝利ということで締めくくられました。

 薊さんもフラフラと立ち去り、十傑の方々からは皆さんの生徒手帳を返してもらいました。

 

 さらに仙左衛門さんが、何やら大事な取り決めがあると皆に伝えられました。

 

 

 

「では! 当初の取り決めに従い今回連隊食戟に参加した反逆者8名が優先的に十傑の座に就くこととする!」

 

「恵も十傑入り確定じゃ~ん!」

「あ、そっか……、なんだか信じられねぇべさ……、わたすなんかが……」

 

「お嬢、おめでとさんっす。今度貰いに行きますけど」

「今の私に簡単に勝てると思わないことね」

 

「新戸さんも十傑入りだろ? 良かったな」

「あ、ああ。実感がないが……」

「誰が何席になるんだろう? 何より第一席は……」

「それはやはり、えりな様なのでは!」

 

 仙左衛門さんが十傑には連隊食戟に参加した人たちが優先的に入ることが出来ると言われました。

 皆さん、それぞれ思うところがあるようですが、問題は誰が第一席につくかということです。

 緋沙子さんはえりなさんを推してますし、わたくしもそう思います。というか、みんなそうなのでは――。

 

「いえ、第一席にはソアラが入るべきだと私は思います」

 

「ふぇっ? いや、実力的にはえりなさんが適当なのではないですか?」

 

 何と、えりなさんはわたくしが第一席になるべきだと主張されました。

 まさか、そんなことを言われると思っていませんでしたので、わたくしはびっくりしてしまいます。

 

「この連隊食戟で唯一、あなただけが三勝してるのよ。その点で今回の連隊食戟最大の功労者・第一席に相応しいのはあなたよ。これは客観的な事実だもの」

 

「しかし、それは大将であるえりなさんを温存した結果であって」

 

「いいのよ。そんなこと。私はあなたが第一席になった遠月が見たいのだから」

「その目は、絶対に譲る気はありませんね」

「わかってるじゃない。ソアラのそういう所が好きよ」

 

 えりなさんはわたくしが最も連隊食戟での勝利数が多いとして第一席に推しました。

 えりなさんがこういう余裕の笑みを浮かべているときは絶対に主張を曲げたりしませんので、わたくしはそれを飲み込むことにします。

 

「では早速だが十傑の意思で決めてもらう議題が一つ。次の総帥についてである!」

 

「でも総帥ならお祖父様が……」

「一度その座をまんまと奪われたわしが復帰しては世間に対してメンツが立たん。わしはもう引退じゃ。正直重責から解き放たれて晴れ晴れしておるところでのう」

 

「では! 適任は誰か! 十傑、新第一席に問いたい!」

「あ、はい。えりなさんが良いと思います」

 

「……えっ!?」

 

 薊総帥が退いた後の総帥をどうするかと言う話になって、仙左衛門さんに誰が良いと問われましたので、わたくしはえりなさんを推しました。

 彼女はビクッとされてこちらをご覧になります。

 

「総帥は代々薙切家の方がやっていると聞きました。 えりなさんならキチンとされてますから、安心ですし。何よりもえりなさんが総帥となった遠月学園を見てみたいです。これなら、わたくしも安心して第一席を受けられますし」

 

「ちょっと仕返しのつもりなの? だからって私が学園総帥なんて! 例えば宗衛叔父様にやっていただくとか……」

「いや。私も第一席に賛同するよ」

 

 わたくしがえりなさんなら総帥をされても大丈夫だと主張すると、えりなさんはアリスさんの父親である宗衛さんの名前を上げます。

 すると、どこからか彼がやって来られてわたくしの意見に賛成してくれました。

 

「お父様! 来ていらしたの?」

「おおー! 僕の可愛いアリス~! 仕事の都合で遅くなってしまったがやっと来られたよ! ははは~」

 

「やぁ。幸平創愛さん」

「ご無沙汰しております。宗衛さん」

「えっと? えっ……?」

 

 宗衛さんがわたくしたちの前に立たれたので、挨拶をします。

 えりなさんはこの状況が飲み込めないようです。

 

「私も君や父上のように新総帥には今までにない新たなビジョンを持ったえりなちゃんが適任だと思う」

「えりな。お主にこれからの遠月を頼みたい」

 

「ふぇ〜、どんどん外堀が埋まってますわね」

「あなたのせいじゃない!」

 

 宗衛さんと仙左衛門さんはもうえりなさんが新総帥に決まったみたいな感じで話を進めていました。

 えりなさんはわたくしのせいでとんでもない事になったと肩を揺してこられます。

 

「まぁまぁ、わたくしだって第一席とか分不相応なものを背負うのですから、一緒に助け合うと思ってくださいまし。今なら司先輩の心労がわかりますわ」

「むぅ〜、一緒にとか言うのは卑怯よ……。仕方ないわね……」

 

 何よりも同級生のえりなさんが総帥なら気心が知れて意見も言いやすいですし、仕事もしやすいので安心できます。

 一緒に頑張ろうとお願いしますと、彼女は頬を赤く染めて、総帥になることを了承されました。

 

「幸平創愛……、あの編入生が第一席か……」

「けど俺達はどうなるんだ? まさか退学!?」

 

「いえ、誰も退学などするはずないじゃないですか! というか、来年からはもうちょっと退学者を減らせるように頑張りますわ。補習をしてみたりとか、追試を実施するとか。そんな提案が出来たら良いと思ってます。薊さんの仰ることも全部が間違いとは思っていませんでしたので」

 

「それをわしの前で言うか」

「前々総帥は晴れ晴れとされたまま、ごゆるりとなさってくださいな」

「やっぱり根に持っておったのだのう」

 

 観客席の皆さんが退学になるのではと心配されていましたので、わたくしは逆にふるい落としが止む得ないならば、せめて拾い上げるチャンスを幾つか設けるべきだと主張しました。

 

「そうね。ソアラの言うとおり、進級試験前くらいの特訓を課して、本番に臨めばガッツのある人材は生き残れるチャンスが広がるかもしれないわ」

「あのように、色々と皆さんが料理を楽しめるような取り組みを考えるのも大事だと思います」

 

 えりなさんも在校生の方々に色々とチャンスを与えられるような取り組みには賛同してくださって、わたくしたちは学園にどんな授業や行事を盛り込むかという話で盛り上がります。

 

「割とやる気だった。あの二人……」

「まぁ、ソアラさんが上ならそう言うだろう」

「自分以外は捨て石とか絶対に思わないだろうからね。姐さんは」

 

「元学園総帥として任命する! 遠月茶寮料理学園“総帥”・薙切えりな! 十傑評議会“第一席”・幸平創愛!」

 

 ということで、わたくしは遠月学園の十傑、第一席に座ることになりました。

 おそらく、色々と不満がある方もいると思いますので、なるべくそれが解消出来るように頑張りたいです。

 それを考えると不安でいっぱいになりましたので、えりなさんが新総帥で本当に良かったと思いました――。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 それから色々とありましたが、わたくしたちは二年生に進級しました。

 今日もいつものように十傑評議会の書類の整理などの雑務をこなしております。

 

「ふわぁ〜。さすがに徹夜後は眠いです」

 

「だらしないわね。って言いたいけど、また夜通し食戟をしたの? 断れば良いじゃない」

 

「意外と食戟されたい方っているんですね。わたくしは、棚ぼたで第一席を貰っちゃったんで、挑まれると受けないと悪いと思っているのです。それが噂になってしまいまして、次から次へと……。半分はにくみさんと美代子さんが代わりに受けてくれているのですが……」

 

 司先輩に直接勝ったわけではなかったので、わたくしが第一席についた直後は実力不足だと主張される方々が多くいらっしゃいました。

 

 そういった方々との食戟を断らないようにしていますと、いつしかそれが“いつ、何時でも誰の挑戦でも受ける”というような主張をわたくしがしているという噂になってしまい、爆発的に食戟の申し込みが増えてしまったのです。

 

「まぁ、仕事は誰よりもやってくれてるから文句ないけど。あまり忙しなくしていると、私が寂しいわ」

 

「えりなさん……。だ、大丈夫です。昨日の食戟が終わってなぜか挑戦状が全部取り下げられましたから」

 

「あら、そうなの? 誰と食戟をしたのかしら?」

 

「ええーっと、最初にアリスさんで、その次が久我先輩として、紀ノ国先輩に、葉山さんに、黒木場さんと、早朝に卒業して海外に行っていた竜胆先輩と司先輩が一時帰国されていて、お二人とも最後に軽い感じで……」

 

 そもそも昨日は紀ノ国先輩と葉山さんとしか食戟をする予定はありませんでした。

 

 しかし、アリスさんと久我先輩が急に食戟をしたいと言われてきましたので、それを受けて、さらに予定通りのお二人との試合をさせてもらったのです。

 

 その話をどういうふうに聞いたのか分かりませんが、黒木場さんが仲間外れにするなと挑んで来られて、完全に深夜になってしまいました。

 

 そして、後片付けをしていますと、海外から一時的に帰ってこられた竜胆先輩に捕まってしまい、一緒に居た司先輩にも、遠月はOBやOGとの食戟も進んで行う方針になったことを世間話として伝えると、そこから話が発展して飛行機の時間に間に合わせる形で二人とも食戟をすることになったのです。

 

「そして、全勝したんでしょ? そりゃ、しばらくは誰も寄り付かないわよ。皆がドン引きしてるから」

 

「ど、ドン引きですか。そんなはしたないことをわたくしは……。ど、どうしましょう?」

 

 えりなさんが言うには、第二席のアリスさんを始めとして、現十傑を連戦して勝ち続け、その上で元第一席と第二席を下したことが原因で誰も勝負を挑まなくなったのだろうということです。

 

「結構なことじゃない。これで、あなたが第一席だということに異論を唱える人はいなくなるだろうし……。私がソアラを独り占めできるもの」

 

「え、えりなさん。総帥になってから随分とはっちゃけられるようになりましたね。髪型も変えられて……」

 

 えりなさんはわたくしの膝に座って、妖艶に微笑み髪を撫でてこられました。

 彼女は髪型を変えられて、少し大人っぽくなったように見えますが、最近はますます甘えられるようになりました。

 

「たまには良いでしょう。私だって慣れない仕事で疲れているのだもの。癒やしくらい欲しいわ。んんっ……、んっ……」

 

「ちゅっ……、んんんっ……、い、癒やされましたか?」

 

 そして、彼女はわたくしの顎をクイッと上げて、唇を重ねられます。

 一連の動作が手慣れた感じになられていますね……。自分から積極的にすることに最近はハマっているのだとか仰っていました。

 

「まだまだ、足りないわ。――あっ、そうだわ。いいことを考えました」

 

「いいこと……、ですか?」

 

「あなたに、ちょっと温泉街に行ってもらって仕事をして欲しかったんだけど。私も一緒に行くことに決めたわ。そうしたら、二人で温泉宿に一泊出来るし」

 

 えりなさんは指を鳴らして良いことを思いついたと口にされ、ニッコリと微笑んでわたくしに仕事で行かせようとしていた温泉街に自らも同行しようと仰られます。

 それって、もはや仕事ではなくて完全に旅行なのでは――。

 

「総帥自らが出て大丈夫なのでしょうか?」

 

「平気よ、平気。雑務はあなたと緋沙子のおかげでほとんど終わっているし。数日くらい羽を伸ばしても大丈夫。それにあなたとゆっくり二人きりで居たいもの」

 

「確認しますが、お仕事ですよね?」

 

「もちろんよ。公私混同はすれども、仕事はキチンとこなすつもり。だから、サッとそれを終わらせて旅行を楽しみましょう♡」

 

 彼女は大真面目な顔をして公私混同だと開き直られ、はっきりと旅行だと仰られました。

 上機嫌そうにニコニコされているえりなさんはしばらくの間わたくしの膝の上から離れないで、一緒に仕事をしました。

 

 こうして二人で他愛もない話をしたり、何でもないような時を過ごしたりすることは楽しくて仕方ありません。

 

「ずっとこうして居たいわね。それならどんなに幸せなのかしら……」

 

 えりなさんは力強くわたくしを抱きしめて、感情を込めてそう仰られます。

 彼女の体温と幸福感が伝わりわたくしも、この幸せを大切にしたいと思いました――。

 




最終的にソアラの力がカンストしてしまいました。
なので、BLUE編はヌルゲーというか、これまで以上に無双しそうです。
個人的にはここで本編は完結って感じで、BLUE編はEXTRAステージみたいにして、番外編とかも挿入できそうなら挿入して、百合満載でギャグも絡めつつ自由に書こうと思ってます。

BLUE編は完全にえりなルートになりそうなんだよなぁ。

あと、これを機会に匿名投稿を解除しましたので、私の書いていた別の作品もご興味があればぜひご覧になってみてください。
そもそも、ある連載の続きが書けなくなってリハビリで好きなことを、とにかく書いていこうとこの作品を書き始めたのですが、いつの間にかこんなに連載してしまったという……。
BLUE編も頑張りますね!

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