【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら   作:ルピーの指輪

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ロースカツ定食対決

「やっぱり、信じられないわ。才波様がノワールと関わっているなんて」

 

「一色先輩が尋問されたときもその名前が出ましたので、父かどうかはともかくとして、サイバという男がノワールを焚き付けたと見て間違いないですね」

 

「ソアラちゃん、お父様に連絡は入れたのかい?」

 

 ノワールに食戟のことを教えたとされる男の名前は“サイバ”。

 一色先輩が捕まえたというノワールもその名前を出したと仰ってます。

 

「何度かかけましたが繋がりませんでした。一応、もう一度かけてみますね」

 

 一色先輩に促されて、彼にもう一度電話をかけると、珍しく父は電話に出ました。

 

『おう、ソアラちゃんじゃねーか。パパの声が聞きたくなったのかー? 相変わらずかわいいなー』

 

「切りますよ」

 

『ちょ、そりゃねーぜ。そっちからかけてきたのによぉ。何かあったのか?』

 

「お父様、心当たりがあるのなら教えて欲しいのですが、ノワールなる集団と関わりのある“サイバ”という男のことを知っていますか?」

 

 相変わらず、ふざけている父に話の核心を尋ねました。

 父が犯人でないにしても、彼なら何か知っているという可能性があると思ったからです。

 

『――っ!? 参ったな。ソアラちゃんに知られちまうのは、少しだけ嫌だったんだが……、そいつぁな、俺の息子なんだわ』

 

「はい? 何の冗談ですか?」

 

 彼の答えは斜め上を行ってました。息子ですって? いや、そんな話は生まれてから一度も聞いていませんの――。

 わたくしは頭が真っ白になりそうでしたが、彼に詳細を尋ねようとしました。

 

『それにしても、すげぇタイミングでかけるなぁ。ソアラちゃんは。わりーな。今、取り込んでてよぉ。もう切るわ』

 

「バカなことを言わないでくださいまし! 息子ってどういうことですの? きちんと説明を――」

 

 父は衝撃発言をしただけで、肝心なことは何も告げずに電話を切ってしまわれました。

 説明する気がないならそんなことを言わないで欲しかったです……。

 

「切れちゃったね」

「何というか、幸平さん。気を落とさないでね。ショックかもしれないけど、まだそういうことと決まったわけじゃないし」

 

「紀ノ国先輩、ありがとうございます。大丈夫ですから」

 

 紀ノ国先輩が肩に手を置いて、慰めるようなことを仰ってくれます。

 彼女は後輩であるわたくしたちをいつも気にかけてくれる優しい先輩です。

 

「なにそれー? 結局、敵の元凶って幸平ちんの義理の兄弟ってこと?」

 

「久我先輩! ソアラのことも考えて物を言ってください」

「死ね……」

 

「緋沙子さんも紀ノ国先輩も、本当に気にしなくて大丈夫ですよ。何か理由があるのだと思いますし、そういう所はだらしない父でもきちんとしていると思ってますから」

 

 緋沙子さんと紀ノ国先輩には大丈夫だと伝えました。

 父はルーズなところはありますけど、子供がいるとかそのような所は誠実な人なので、皆さんが心配されているような事はないと思っています。

 

「どちらにせよ、当面はノワールとそのサイバという男には警戒しなくてはならいな。ソアラさんの心情は察するが」

 

「そうね。また何かがわかり次第、連絡するわ。今日は解散ということでよろしくてよ」

 

 ということで、わたくしたちは真相にはほとんど辿り着くことは出来ないまま解散になってしまいました。

 父が息子と呼んでいる男性とはどのような方なのでしょうか……。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「結局、数週間分からないままね。才波様とは連絡がつかないし」

 

「まぁまぁ、ノワールの動きもそんなに激しくないですし、焦らずにどっしりと構えましょう」

 

 あれからかなり日数が経ちましたが、“サイバ”という男性の手がかりは掴めないままでした。

 ノワールも活動はしていましたが抑止は出来ていましたので、そこまで深刻な問題にはなっていません。

 

「当事者のあなたがそれなら良いけど。あら、緋沙子からだわ」

 

『失礼します。えりな様、新しい講師の方が到着したとのことです』

 

「あ、そういえば今日だったわね。いいわよ。お通しして」

 

「そういえば、外部からも講師の方を招き入れているのでしたね」

 

「ええ、信頼にたる人物だけだけどね。お父様の尻拭いも楽じゃないわ」

 

「あはは……」

 

 薊さんの変革の影響で講師不足に陥り、えりなさんは各地から優れた料理人を講師として集めておりました。

 彼女の仕事も大変です。今日来られる鈴木先生という方はかなりお若い先生だと聞きました。

 

 

「ソアラさん、思ったよりも平気なんだね」

 

「えっ? 何がですか?」

 

「城一郎さんのこと。みんな心配しているんだよ」

 

「さすがに実子が居たら、わたくしに話しますよ。しかし、息子と呼ぶからには深い繋がりがあると思います。そして、わたくしに言えなかった秘密も。でも、信じてますから」

 

 恵さんたちは心配してくださってますが、わたくしは基本的には父の道徳的なところは信じています。

 言わないなら言わないなりの事情があるのでしょう。

 

「ソアラさんがそういう人だから城一郎さんも信頼しているんだね。多くは語らなくても」

 

「話さなかったことは、今度きっちりお説教しますけどね。ふふっ……」

 

「怒ってはいるんだね……」

 

 しかし、中途半端に報告して音沙汰ないのは許しません。

 こんなことだから、薊さんも暴走しましたし、堂島シェフも怒っているのです。

 

 そんな会話をしていますと、ある教室から生徒たちの笑い声が聞こえました。

 今は授業中のはずなのですが――。

 

「おや、何だかあちらのクラスが騒がしいですね――」

 

「ぜってー、行けるやつだって! その子はオメーを待ってるぜ! ほら、チータラもっと喰えよ」

 

「えー、鈴木先生って肉食系?」

「じゃあさ、ガールフレンドっているの?」

 

「こ、これは……、一体……?」

 

 授業をしているはずの教室ではお菓子パーティが行われていました。

 あの方が鈴木先生ですか……? お若いと聞いてましたが、大学生くらいの年齢ですね。

 

「遅刻か? おめーら」

 

「きゃっ!」

「ええーっと、私たちは……」

 

「大丈夫、大丈夫! 怒らねぇから。初回授業だし見逃してやる。しかし、俺そんなにビビられるほど怖ぇえかなー? どこにでもいる兄ちゃんだぜ」

 

 鈴木先生はわたくしと恵さんを遅刻してきた生徒だと勘違いされました。

 十傑になってから、通常の授業にあまり出なくなったので、こういう感じで接してもらうのは久しぶりです。

 

「鈴木先生、ストップストップ。その二人はこのクラス受けないから。二人とも十傑だよ」

 

「あっ? そうなの?」

 

「第九席の田所さんと、第一席の幸平さん!」

 

「はぁ!? 第一席!? お、女の子じゃん……!」

 

 鈴木先生のクラスの方がわたくしたちが十傑だということを伝えると、彼はオーバーなリアクションを取って、わたくしが第一席だということに驚きます。

 女で第一席ってそんなにびっくりすることでしょうか……。

 

「あー、それ問題発言だよ! 幸平さん、どんな男子にも食戟で負けたことないんだからね。最近なんて誰も挑戦しないんだから」

 

「あ、ああ、悪ぃなぁ。イメージと違ったから。へぇ……」

 

「そんなに動揺することですかね。わたくしの威厳がもっとあれば……」

 

 もしも、女だとしても銀華さんくらいの威圧感があれば、おそらくこんなに驚かれなかったかもしれません。えりなさんにもよく威厳が足りないと言われますし……。

 

 そんな出来事があって、授業が終わってからわたくしと恵さんは鈴木先生と雑談をすることになりました。

 

「素敵な趣向ですわね。まずはクラスの皆さんと仲良くなりたいだなんて」

 

「いやー、ははっ……、ごめんな。ソアラちゃんが第一席ってことに変なリアクションをしちまってさ。ゴツい男を想像してたのに、すげぇ可愛い女の子が出てきたからよー、びっくりしたんだ」

 

「まぁ、先生ったら。お上手ですわ」

 

 鈴木先生のイメージと違ってびっくりしたと言われ、面と向かってストレートに可愛いとも仰ってくれましたので、わたくしは少しだけ照れてしまいました。

 

「…………本当に、あの人の――?」

 

「鈴木先生、どうかされましたか? ソアラさんの顔に何か?」

 

 そんなわたくしを彼は不思議そうに首を傾げて見ております。

 やはり、第一席っぽくないと思っているのでしょうか……。

 

「いやっ! ごめんごめん! ソアラちゃんにはボーイフレンドとかいないのかなって」

 

「ふぇっ? ぼ、ボーイフレンドですか? あまり男性の方とそういったことには興味がありませんでしたので……」

 

「そっか、そっかー。まぁ、ソアラちゃんくらい可愛いと男も逆に手を出し辛いし、女の子からガツガツ行くってのもなー」

 

「多分、ソアラさんの興味がないって意味合いが……」

 

 いきなりボーイフレンドの話を振られて、わたくしは動揺しました。

 特定の男性とお付き合いしたいと思ったことはないのですが……。

 

「ソアラちゃんも恋しなよ。恋愛ってのは料理人を成長させるんだぜ。優れた料理人になるためにはな、自分のすべてを捧げたいと思えるような――そんな相手に出会うことだ」

 

「良い言葉ですね。わたくしも何となくわかるような気がしますわ」

 

「まっ、俺の師匠の受け売りなんだけどな。しっかし、やっぱりソアラちゃんが遠月学園最強って信じられねぇなー。あのさ、俺のお願いを聞いてくれねぇか?」

 

 鈴木先生の自分のすべてを捧げたいという言葉を聞いたわたくしは何故かえりなさんの顔が頭に浮かびました。わたくしがえりなさんに恋――? いや、そんなことは……。

 

 そして、彼はわたくしにお願いがあると言われます。

 

「お願い――ですか? わたくしの出来ることでしたらなるべくお応えしますけど」

 

「今から俺と“食戟”してくれよ。ソアラちゃん」

 

「ええーっと、先生と食戟ですか? それはさすがにあまり前例がないといいますか。すぐには難しいですわね」

 

「あ、そうなの? じゃ、料理勝負でいいよ。遠月学園最強の料理人に勝つことが目的の1つだし」

 

「わ、わたくしに勝つことが目的? それはどういうことでしょうか?」

 

 彼はわたくしと料理で勝負がしたいと仰られます。

 それは構いませんが、彼の目的とは何なのでしょう。

 

「俺の野望の次の段階に必要なんだ。遠月学園の第一席――つまり料理界の未来を担う最重要人物の一人ってことだ。そうだろう?」

 

「はぁ、そういうものですかね?」

 

「ははっ、ソアラちゃんは謙虚だなぁ。だから、ソアラちゃんは料理界で最高の女ってことだ」

 

「そ、それは何とも照れますね……」

 

 鈴木先生には野望があるみたいで、わたくしのことを料理界の最高の女とか言われて、顔から火が出るほど恥ずかしくなりました。

 どう考えても大袈裟なのですが……。

 

「でも、もう一人居るだろ? 料理界の至宝と呼ばれるような最高の女が! 遠月学園に君臨する薙切家の後継者! えりな総帥、その人! 最高の女を手に入れるのは最高の男じゃなきゃ釣り合わないって思わないか?」

 

「恵さん、どう思います?」

「いや、私もよくわからない」

 

「女の子にはわからないか……。だが、男ってのは最強に憧れるもんなんだよ。俺は薙切えりなを妻として娶る。ソアラちゃん、悪いんだけどさ、その目的の手伝いをしてくれねーか?」

 

「――っ!?」

 

 鈴木先生の目的はえりなさんをお嫁さんにすることでした。

 そのためにわたくしに料理勝負で勝って最強の料理人になりたいみたいです。何と大胆なことを話されるのでしょう。

 

「これからアプローチするんだけどさ。えりな総帥こそ、俺のすべてを捧げるのにふさわしい女――」

 

「まぁ、素敵な情熱ですわね。鈴木先生……。確かに、誰かがえりなさんと結婚されるのでしょうが……」

 

 えりなさんが誰かと結婚――? なぜ、わたくしの心はこんなにザワつくのでしょうか……。

 

「ああ、手を抜いてくれってわけじゃねぇからな。俺のために本気でぶつかってくれや」

 

「――何でしょう。わたくし……、負けたくないって思ってしまってます。ごめんなさい。鈴木先生……、加減は出来ませんの」

 

「――っ!? 雰囲気が変わった……? この威圧感……!? あの人以上じゃねぇか……」

 

「ソアラさん……、やっぱり……、えりなさんのこと……」

 

 わたくしは全力で皿にすべてをぶつけないとならないような気がしました。

 鈴木先生には申し訳ありませんが、遠月学園の第一席としてではなく、幸平創愛としてこの勝負は負けたくありません。

 

「んじゃあ、対決のテーマは冷蔵庫にある食材を使うってことで――。審査員は田所さん、ヨロシク」

 

「えっ? あ、はい……。で、でもソアラさんは私の好きな味を……」

 

「そうですね。恵さんが審査をするとわたくしが有利になってしまいます」

 

 恵さんに審査をさせるとなると、わたくしは彼女の好きなものを作りますから、初対面の鈴木先生は圧倒的に不利です。

 それを告げたのと同時に彼女の声が聞こえました。

 

「ちょっと、ソアラ! 何やってるの? こんなところで……」

 

「いや、そのう。鈴木先生が料理勝負をしたいと仰って」

 

「鈴木講師、ソアラは当学園の第一席です。興味を持っていただくのは嬉しいですが、彼女と勝負して自信を失われると――」

 

「薙切えりな総帥、ちょうど良かった。君に俺とソアラちゃんの勝負の審判をしてくれないか? 田所さんでは公平さに欠けると彼女が言うんだよ」

 

 えりなさんがわたくしと鈴木先生の勝負のことを聞きますと、彼女はそれを反対されようとします。

 しかし、鈴木先生は“神の舌”の持ち主であるえりなさんに審判をお願いされました。

 

「今はそれどころじゃ……」

 

「えりなさん、受けてくださいな。お話は後で聞きますから」

 

「はぁ……、あなたのお願いなら仕方ないわね。いいでしょう。新任の講師の方の力量も知っておきたいし」

 

 わたくしからもえりなさんにお願いすると、彼女はため息をついて鈴木先生との勝負の審判を引き受けてくれると仰られました。

 

「感謝するよ。彼女に勝てば、俺が遠月最強を上回ったと認めてくれ」

 

「良いでしょう。勝てたら、ね」

 

 さらに鈴木先生はわたくしに勝てたら最強だと認めるように彼女に念を押します。

 彼も本気だということですね……。

 

「ソアラさん、何を作るつもりなの?」

 

「ロースカツ定食でも作ってみましょう。わたくしは定食屋ですから、たまには原点に帰っても面白いですし」

 

 わたくしは冷蔵庫の中身を確認して、ロースカツ定食を作ることに決めました。

 でも、どうせロースカツを作るなら――。

 

 わたくしと鈴木先生が調理を開始しました。

 鈴木先生も揚げ物みたいですね……。

 

 そして、先に品を完成させたのは鈴木先生でした。

 

「ソアラちゃんは、まだか。んじゃ、俺が先に出させてもらうぜ。おあがりよ! 異次元の美味のロースカツ定食だ。多分、このあとのソアラちゃんは品を出しにくくなるだろうぜ。田所さんのも作ったから、一緒に食べてくれ」

 

「ソアラさんと同じメニュー? 何だか、言い回しも似てる」

「偶然かしら? それとも美作くんみたいなトレースのようなことを?」

 

 鈴木先生のメニューは何とわたくしと同じロースカツ定食でした。

 えりなさんはトレースと仰っていましたが、彼は第一席が女であることも知らなかったのでそれはないと思います。

 

「トレース? 何のことだ? 単に俺の振るったナイフがソアラちゃんと同じメニューを選んだだけだぜ」

 

「白いソース? 珍しいですね」

「とにかく、いただきましょう」

 

「「――っ!?」」

 

 鈴木先生の白いソースが使われたロースカツ定食を召し上がった、お二人は驚いたような顔をされます。

 おそらく、彼のロースカツが美味しいのでしょう。秘密は白いソースにありそうです。

 

「す、すごい……、軽いのに! 噛み締めてこのソースが口いっぱいに広がるとズシンと圧倒的な旨味が押し寄せてくる」

 

「このソースの名は“ソース・シャンティー”。材料は――」

 

「生クリームを泡立てたホイップに、刻んだらっきょうと、その汁、さらに“エスドラゴン”、“ケイバー”、“ネギ”を細かく刻んで混ぜ合わせ、少量のタバスコと塩胡椒で味を整えてるわね。こうすることで、ロースカツの軽やかな旨さと食感をそのままに演出した上で、まろやかでどっしりとしたコクが生まれるのです」

 

 えりなさん曰く、彼のロースカツはソースによって軽さと重さが同居するような品になっているそうです。

 あのソースは美味しそうですね。

 

「さすがは“神の舌”だ。やはり、君は思っていたとおりの人だった。こうでなくてはな」

 

「さらに、カツには油が冷めた状態で火入れをしてじっくり揚げて、最後は高温で表面をカラリと揚げてますね。良い工夫だと思います」

 

「カツをどう作るかなんて、普通は重い揚げ物だから何とか軽くしようとしか考えられないのに。どうしてそんな発想が――」

 

「決まってるだろ? 作るならそのほうが絶対に面白ぇ!」

 

 彼はこのメニューを面白いから作られたと言われます。

 そうですよね。父からわたくしもどんな品を作るのか考える楽しさを教わりました。

 食べてもらう方に喜んでもらうように料理を創ろうとする気持ちはわたくしも大切にしたいです。

 

「軽さとどっしり感……、この2つを同居させるなんて! すごい……、鈴木先生」

 

「えりな総帥。“神の舌”なら、俺の実力をわかってくれただろ?」

 

「ええ、鈴木講師をお招きして良かったと思ってます。素晴らしい調理技術ですわ」

 

「えりなさんが手放しに褒めてるなんて。これだけの品なら当然だけど」

 

 えりなさんは鈴木先生の実力を文句なしと称賛されました。

 さすがは外部から講師としてお招きされた方ですね……。

 

「んで、えりな総帥はこれを食べても、まだソアラちゃんが勝てると思ってんの? この俺に」

 

「当然ですわ。外から来た人間に簡単に負けて吹き飛ばされてしまうほど、遠月学園、十傑評議会の第一席は軽くないのですよ」

 

 えりなさんは鈴木先生の問いかけにそう答えてますが、ものすごいプレッシャーです。

 これは負けたら確実に怒られますわ……。気合をもっと入れませんと――。

 

「ふーん。というか、ソアラちゃんってまだカツを揚げてねぇのか。あれ? なんで、あの子は巨大な鉄板を用意してんだ?」

 

「まさかソアラさん、パン粉をつけたロース肉を――」

「ええ、ソアラはやる気よ……」

 

 わたくしはメインのロースカツを作るために鉄板を用意して、ラードを丹念に敷きます。

 そして――。

 

「では、今からロースカツを作ります」

 

「「本当に、鉄板で焼いた!?」」

 

「ば、バカな……、あの子が作ってるのは、とんかつだろ? あれじゃ、まるでステーキじゃねぇか。こんなやり方でまともなカツなんか……」

 

 わたくしは鉄板の上でロースカツを完成させました。

 皆さんのお口に合えばよろしいのですが――。

 

「お待たせいたしました。おあがりくださいまし。焼きロースカツ定食ですわ!」

 

「うわぁ! 焼いてたはずなのに、ちゃんとカツになってる!? 黄金色の衣がまるで宝石みたい」

 

「衣をきめ細やかにして、丁寧にラードを敷いて焼けば、こうなるはずよ。もちろんソアラの技量があるからここまで美しくなるのだけど」

 

 鉄板の上でラードと絡めながら焼いてカツに仕上げるのはかなり大変でした。

 しかし、そうすることで得られるものは多かったです。

 

「あれ? ソアラさん、このカツにはソースはないの」

 

「一応、用意はしたのですが、塩で最初は食べて見てくれませんか?」

 

「塩で……? これって、市販の味塩だよね?」

 

 わたくしは最初はこのカツを塩で食べてもらうことを所望しました。

 すると、恵さんはわたくしがお渡しした塩が市販品であることに驚かれます。

 

「そんな余興が意味あるのか? ソースがとんかつの肝だろう?」

 

「いいえ、とんかつの肝は豚肉という素材ですわ。もちろん、ソースも大事ですが……」

 

 鈴木先生はとんかつはソースこそ大事だと仰られましたが、わたくしはあくまでも豚肉をどう活かすか、が大事だと主張しました。

 

 えりなさんと恵さんは塩をふりかけたロースカツを召し上がります。

 

「「――っ!?」」

 

「し、信じられないくらいカツの食感は軽やかなのに――甘いラードの味と一緒に肉のギュッと濃縮された旨味がそのまま口いっぱいに広がる! 豚の肉と脂の本来の美味しさダイレクトにずしりと頭の中まで響いてくるよ! 美味しさが止まらない! でも、味塩だけでどうしてここまでずっしりとした味の重さが!?」

 

「そもそもカツが重たいという概念は動物性の脂を大量の油で揚げているからなの。だから料理人はどうやって軽くしようか考える。でも、ソアラはそもそも焼いてるから――重たいモノという概念そのものから解き放たれたのよ。そうすれば、あとは如何に豚肉本来の素材の旨味を引き出すかに集中できるわ。とんかつは揚げるモノだという既成概念を破壊しなきゃいけないけどね」

 

 そう、えりなさんの言うとおりとんかつが揚げ物であるが故の重さをどうするかと頭を悩ませるなら、いっそのこと揚げることを止めようという結論からこの焼きロースカツを思いつきました。

 こうすることで、豚肉本来の重厚な美味しさを最大限に活かせるようになりました。

 

「この重厚な美味しさは鈴木先生のカツに全然負けてないよ」

 

「そ、そんなバカな! 味塩をかけただけのカツと俺の異次元のロースカツが互角だとぉ!?」

 

「あのう。召し上がってみますか?」

 

 わたくしは驚かれている鈴木先生にわたくしのロースカツを勧めました。

 彼は言われるがままにカツを召し上がります。

 

「――っ!? 素材そのものが生きてたときよりも鮮烈にその活力が感じられるようだ。トンカツを焼いて作るなんて、どうしてそんな発想が?」

 

「え、えっと……、揚げないで素材の美味しさをダイレクトに伝えられたら、面白いかなって思ったからです」

 

「くっ……!?」

 

「なんか、鈴木先生と似てるね」

 

 わたくしも鈴木先生と同じで、皆さんに喜んでもらえるように楽しみながら調理をしていました。

 この焼きロースカツは素材の良さを最大限に伝えようと考えて創り出した品です。

 

「あなた――司先輩から何か教わったわね」

 

「ええ、まぁ。素材に語りかけるコツみたいなことを少々……。それを自分なりのやり方にしてアプローチしてみました」

 

「えりなさん、食べるだけでソアラさんのこと全部お見通しなんだ」

 

 素材の活かし方は先日司先輩に手ほどきを受けて、自分なりにどうすれば良いか考えて実践してみました。

 今回はそれが上手くいって嬉しいです。

 

「では、こちらに特製のタルタルソースを用意しましたので、お好きな量をかけてお召し上がりくださいな」

 

「タルタルソースかぁ。確かに揚げ物にかけると美味しいよね」

「これで終わらせるようなあなたじゃないものね」

 

 さらに、特製のタルタルソースを作っていましたので、それを好きな量をかけられるようにお二人に申しました。

 

「ふわぁ〜〜! 凄いコクとまろやかさ! カツの旨味を包み込んで、美味しさを一層引き立ててる! めかぶの茎を刻んで入れたんだね。シャキッて食感が加わるから、食べごたえが急激に上がったよ」

 

「マヨネーズとはちみつとレモンを24:2:1の割合で入れているわね。はちみつはソースにコクを持たせて、レモンはあっさりとした風味を加えます。この比率が少しでもズレていたら、クドくなったり、あっさりし過ぎたりしていたでしょう。取り立てて珍しい工夫はしなくても、素材の良さを活かしつつ調理をすれば美味になるという良い見本だわ」

 

 えりなさんはひと口召し上がっただけで、タルタルソースの材料の配分まで言い当てられます。

 この焼きロースカツにはとにかく強いコクと包み込むような優しさが同居するようなソースが合うと思いましたので、このような感じにしてみました。

 

「くっ、ソースでさらに旨さを上乗せするとはな……。このソースの差で俺の負けか……」

 

「いいえ、それ以前に鈴木講師は負けています。キャベツを食べ比べてみてください」

 

「キャベツは俺だって持てる技術を総動員してきれいに千切りにしている。味なんて――。な、なんだこれは――!? ソアラちゃんのキャベツのふわっとした食感は……!?」

 

 えりなさんは鈴木先生がソースの差で負けたと仰っているのを聞かれて、わたくしのキャベツと彼のキャベツを食べ比べるように促します。

 

「ソアラはキャベツを切ったあと、4分ほど水に浸していました。そして、水分を程よく吸った後に盛り付けたのです。そのほうが、ふわふわしてシャキッとした食感になりキャベツの美味しさが跳ね上がりますから」

 

「米にしても、味噌汁にしても彼女のほうが丁寧に調理をしていました。定食というからにはキャベツなどの副菜や主食たる米、汁物にも気を回すべきでしたね。これがロースカツ勝負ならば、いい勝負でしたが、ロースカツ()()勝負ならば、ソアラの圧勝と言わざるを得ませんわ。定食屋の娘に定食で勝負を挑んだことがそもそもの間違いということです」

 

 えりなさんが最近、定食屋についてもかなり調べていることは存じておりました。

 彼女は定食というものが何を大事にしているのか知ってくれたことはとても嬉しかったです。

 

「くっ! お、俺が負けるなんて――。はむっ……! だが、この美味さは――! うぉぉぉぉっ!」

 

「す、鈴木先生?」

 

「ソアラさんのロースカツを食べて吹き飛んじゃった。って、ゴミ箱だよ。そこ〜!」

 

「鈴木講師! 大丈夫ですか? だから、私は無謀だと……」

 

「だ、大丈夫、大丈夫……」

 

 鈴木先生はよほどショックだったのか力なく立ち上がり、自らの包丁を大事にしまいました。

 

「あれ? あの包丁は……」

 

 わたくしは彼の包丁が父のものと良く似ていることに気付きます。

 まさか、そんなことがあるはずありませんが……。

 

「完全に侮っていたぜ。第一席、幸平創愛……。それにしても、調理している君は美しかった……」

 

「はぁ……。本当に大丈夫ですか? 頭を打たれたのでは――」

 

「心配ない。俺はもっと強くなる。まさか二人も最高の女がいるなんてな……。しかもあの人の――」

 

 鈴木先生は何やらブツブツと呟きながら、包丁を持って教室から出ていきました。

 彼とは再び相見える――わたくしは何となくそんな予感がしました――。

 




ラスボスを速攻で倒しちまった。
朝陽が弱いんじゃない、経験値を数倍アップとか他人のスキルを自分の固有のスキルに変換するソアラがズルい。
朝陽は城一郎が自分の子供を女の子だと伝えていないので、男だと思い込んでいたという設定にしました。

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