【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら   作:ルピーの指輪

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いよいよ、本編の最終回です。
ここまで読んでくれてありがとうございます!


いつまでも貴女と――(最終回)

『幸平創愛、私の“専属料理人”になるのだ。認めよう。お前なら“地球上に存在しない最高の皿”を生み出せる!』

 

「おおーっ! 大ニュースだ! WGOの特務執行官が16歳の少女を“専属料理人”にスカウトした!」

 

「つまり、幸平創愛は特務執行官(ブックマスター)に世界一の料理人だと認められたということか?」

 

「当たり前だ! “指定料理人”ではなくて、“専属料理人”だぞ! こんなの前例がない。前代未聞だ!」

 

「料理人としては、三ツ星を得ること以上に名誉なことね」

 

 真凪さんの発言によって周囲の方々がざわめきだしました。

 彼女の“専属料理人”になるということは、やはり大事みたいです。

 

「ソアラ! あんた、凄いじゃない! あれ? どうしたの? 浮かない顔して……」

 

「いえ、そのう。どうやって断れば良いか、言葉が見つからなくて……」

 

「こ、断るーーっ!!」

 

「ら、ランタービさん。声が大きいですって」

 

 わたくしが真凪さんの申し出をどのようにして断ろうかと思案していることをランタービさんに伝えると、彼女が大声を出したので真凪さんにそれが伝わってしまいました。

 

『こ、断るだと? 幸平創愛、若いお前にはまだ理解出来ぬかもしれんが――』

 

「理解はしております。真凪さんの立場や“専属料理人”になるという意味も。ですが、やっぱりわたくしは定食屋の“ゆきひら”を愛していますから。切り捨てられません」

 

『その歳で一端のプロの顔をする。どんな栄誉と天秤にかけようとも自分の店が大事と申すか……』

 

 わたくしはどんなに名誉なことであろうと、“ゆきひら”を捨てるという選択肢はありません。

 定食屋を生涯続けたいと思っているからです。

 

「あと、わたくしの優勝は確実などというようなセリフは聞き捨てなりません。えりなさんに失礼ですわ」

 

『えりなに失礼? 謙遜は止せ。えりなではお前には勝てん。あやつの実力は知っておる』

 

「22勝79敗――」

 

『ん?』

 

「これがわたくしのえりなさんとの試合の戦績です。わたくしはえりなさんに2割程度の確率でしか勝てません。ですから、優勝候補は彼女です」

 

 わたくしとえりなさんは連隊食戟の特訓以来、試合形式で勝負を繰り返してきました。

 彼女に勝てたことはありますが、その勝率は低いです。

 

『なっ――!? 馬鹿なことを……、えりながそれほどの……。まぁよい。決勝戦は私が審査する。そのときに見極めよう』

 

 真凪さんはわたくしの言葉に驚き、自らが決勝戦は審査すると言われました。

 

 

「最後の最後で、叩き潰されちまったな……。よく考えたらロースカツんときも完敗してんだから、力の差に気付けよって話だわ。返すぜ、城一郎と戦ったときに手に入れた包丁」

 

「えっと、そのう。わたくしは要らないです。それ。父の性格上、必要ならご自分で取り返すと思いますし」

 

「へっ?」

 

「取られたものを娘に取り返してもらうなんて、格好悪いとか言っちゃう人ですから」

 

「んー、まぁ確かに言いそうだな。じゃ、幸せになりなよ。いやー、良かったわ。ソアラちゃんが女の子で、男だったら悔しくて吐きそうになるところだったぜ」

 

 朝陽さんが父の包丁を返そうとしましたが、わたくしは断りました。

 彼は本心は悔しくて堪らないのでしょうが、意地で笑顔を作って去っていきます。そういうところは父に似ていると思いました……。

 

 

「おめでとう。幸平さん。この調子で優勝よ」

「見ていたぞ、ソアラ。まったく、どこまで腕を上げたら気が済むのだ貴様は」

 

「アリスさんに、緋沙子さん。先ほども申しましたが、簡単に優勝は出来ませんよ。相手がえりなさんですから」

 

「私はどちらも応援している。もはや勝った負けたが全てではないからな」

「負けちゃダメよ。勢いに乗ってるんだから」

 

 緋沙子さんとアリスさんは応援をすると言ってくださいました。

 緋沙子さんの言われたとおり、優劣を決める戦いではないと私も思います。

 言うならば、お互いにここまで積み上げたものを出し切るための試合です。

 

「ソアラさん、凄いね。やっぱりえりなさんのためにあそこまでの料理を?」

 

「恵さん……。――そうですね。大事な方を想って包丁を振りました」

 

「そっか。えへへ。そういうときは、いつもより強いもんね。ソアラさんは」

 

 今日はとにかく譲れませんでした。だって、わたくしはえりなさんのことを――。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「お疲れ様。っていうほど疲れて無さそうね」

 

「いえいえ、朝陽さんは強敵でしたから。かなり疲れていますよ」

 

「で、ど、どうしたのかしら? ふ、二人きりで話したいことがあるって」

 

 わたくしはえりなさんに話があると伝えて、彼女の部屋に行きました。

 覚悟を決めた表情が見抜かれたのか、彼女も少し緊張しております。

 

「あ、あの。それは、そのう……。わたくしたち、このままで良いのかなって……。そう思いましたの。えりなさんが誰かのお嫁さんになるって意識したときから……」

 

「い、良いじゃない。私はこのままでも全然幸せだし。嫌よ、ソアラが離れるなんて、許せないわ……」

 

 わたくしが彼女に今のままの関係でいられないと伝えると、えりなさんは涙目でわたくしに抱きついて離れたくないと仰られました。

 な、何て美しいお顔なのでしょうか……。上目遣いでわたくしをご覧になる彼女を見て、ドキッとしてしまいます。

 

「そうじゃなくて、えっと。わたくしは離れたいどころかずっと――えりなさんを……、自分だけの人にしたいって言うか……、ですから、いわゆる……、恋人みたいな……、大事な人になって――。――え、えりなさん?」

 

「――私は今すぐあなたのものになりたい。ずっと待ってた。ずっとずっと……」

 

 彼女が誤解をしているので、勇気を振り絞って気持ちを伝えると、えりなさんは力強く抱きしめながら、胸に顔を埋めました。

 

「しかし、何といいましょうか。やはり、そういった関係まで発展すると……、これから困難なことや、後悔するような――んんっ……、んっ……」

 

 女性同士で恋愛するということだけでなく、えりなさんの実家は大きな家ですから、色々と弊害が出てくるのは間違いないと、告げようとすると、彼女はわたくしの頬に触れながら口づけをされます。

 今までになく激しく唇を奪う彼女から、わたくしは大きな覚悟を既に持っていることを察しました。

 

「んっ……、んんっ……、そ、そんなこと、全部乗り越えたら良いじゃない。私はあなたと居られるなら、平気よ。そんなの。だから、今はただ、あなたに染まりたいの。お願い。きて――」

 

 彼女はそのままわたくしと共にベッドに腰掛けて、きれいな瞳を潤ませながら微笑みかけられました。

 

「…………いいんですか? 止まらなくなるかもしれませんが……」

 

「バカ……、そうして欲しいと言っているのよ……、んっ……」

 

「えりなさん……、愛しています……。んあっ……、んんっ……」

 

 わたくしは美しい彼女の誘いに我慢が出来なくなり、えりなさんをベッドに押し倒して、今度はこちらから彼女にキスをしました。

 何度も、何度も彼女のすべてを奪い取ろうとするように――。

 

 

「私も愛してる。んっ……、んんっ……、何だか身体中が敏感になってるみたい――」

 

「で、電気消します? 何だか気恥ずかしくなってきました……」

 

「そ、そうね……、多分私の顔もはしたない感じになっているのだろうし……」

 

「……じゃあ、んんっ……、えりなさん……、急にそんなとこ……」

 

「びっくりしたわ。あなたのここ、すごいことに……。すました顔してるのに……」

 

「そ、それは、その……」

 

「あんっ……、仕返しのつもり……、それなら――」

 

 そして、暗くなった部屋の中でわたくしたちは時間が経つのを忘れて、お互いを求め合いました――。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「両者……、入場!」

 

「完璧に寝不足よ……、あなたのせいで」

「そ、そんな。えりなさんがあんなに激しく……」

 

 昨夜いろいろとヤッてしまったせいで、わたくしもえりなさんも寝不足のまま、BLUE決勝戦の舞台である天守閣に入りました。

 

「わ、私のせいってわけ? あなただって、途中からあんなこと……」

「お、思い出させないでくださいな……、今、この状況なんですから……」 

 

 昨日のことを思い出すと顔から火が出る思いです。

 何でまた、わたくしはあんなにはしたないことを――。

 

「そ、そうね。あ、後で……、また……、したいけど……」

「え、えりなさんって、意外と……、強いんですね……、その……、あれが……」

 

「そ、そんなことないわ! まるで私が――」

 

「いい加減にせい! ここで対戦者同士が喧嘩など言語道断! 両者失格にするぞ!」

 

「「あっ……!」」

 

 えりなさんとわたくしが言い争いのような感じになると、真凪さんに叱られてしまいました。

 そうでしたわ。これから試合でしたね……。

 

「まったく、お前たちがそこまで仲が良いのは知らなかった……」

 

「お、お母様! ち、違うんです! 私はそんな!」

 

「ん? 喧嘩をするほどの仲ではないと思ったことが何かおかしいか?」

 

「へっ? 喧嘩?」

「何を想像したんですか? えりなさん」

「う、うるさいわね!」

 

「本当に失格にするぞ……」

 

「「す、すみません」」

 

 真凪さんの言葉に顔を真っ赤にされて弁解しようとされたえりなさんと言い争いになりそうでしたが、再び怒られてしまい、二人とも黙り込みました。

 

 

「お題は――“地球上に無かった一皿”。心してかかれい! 調理――開始!」

 

 そして、ついに決勝戦が始まります。テーマは予測していました通り、“地球上に無かった一皿”です。

 

 わたくしとえりなさんは間髪を入れずに調理に取り掛かりました。

 

「ここまで来てくれて、ありがとう。やっぱり、あなたが相手だといつも以上に力が入るわ。お母様の高慢な鼻をへし折るには、あなたが絶対に必要だったの」

 

「礼には及ばないですわ。無事に悲願を達成されることを祈ってます。ただ、勝利されるのはえりなさんだとは限りませんが――」

 

「闘争心を剥き出しにしてるわね。そうこなくっちゃ」

 

「本気の本気でぶつからなくては、えりなさんに失礼ですからね。準決勝に続いて面白いテーマです。負けるわけにはいきません」

 

 えりなさんはどうしても真凪さんの前で本気の調理をされたかったので、わたくしを決勝戦の相手にしたかったみたいです。

 

 目の前の彼女の期待に応えるためにも、わたくしは全力を尽くします――。

 

「出た……、ソアラの超人的な包丁捌き――。あの才波朝陽のクロスナイブスにも劣らない技巧の数々……!」

「出会った者の得意技を包丁一本で自分の技にするのは彼女の別格の料理センスがあって成せる最強の異能と言っても過言ではないでしょう」

「で、でも薙切えりなも――」

 

「あなたのその技は見慣れたわよ。私には必要ない。なぜなら、王道の料理には異能(そんなもの)必要ないからッ!」

 

 わたくしが教えてもらった技術を総動員して包丁を振るっていると、えりなさんもその洗練された技術を披露されます。

 それは何とも繊細で、それでいて力強く――。

 

「薙切さんの包丁捌きは教科書通り――のはずなのですが……」

「さすがは薙切の血族ですな。動きにまったく淀みがない。そして、そのスピードは幸平創愛をも凌駕する」

「その上、機械以上の精密な動きと“神の舌”によって自在に味を支配することが出来るのですね。まさにすべての料理人の頂点に君臨する女王にふさわしい力です」

 

 えりなさんは何でも出来ます。料理のハウツーを完璧に恐ろしい精度で……。

 機械よりも精密な上に誰よりも熱量がこもっており、“神の舌”で味を自由自在に操る彼女は料理勝負という土俵では無敵に近い力を持っています。

 

「えりなさん、わたくしは幸せです! こうやってあなたと相見えることが!」

「私も今が楽しくて仕方がない! まだ先に行ける。どこまでもずっとこの幸福を噛み締めてずっと遠くまで!」

 

「な、何じゃ? こ、この高揚感は……、何を見せられておるのだ? あやつら二人が互いに互いの品を高め合って、昇華させている。これは試合だというのに――」

 

 わたくしもえりなさんも互いの行程を見ながら、自分の調理を進めます。

 瞬時に思いついたアレンジを加えながら……。

 

「このままでは勝てません。それなら!」

 

「へぇ、面白い工夫ね。なら、私は――」

 

 相手のメニューの完成形が見えるからこそ、自分のメニューに足らないものを鋭敏に感じ取り、新たな美味の探求心を刺激され、どんどん自分の品の完成度が上がっていきます。

 これは、彼女との試合のときのみ起こる現象でした。

 

「あり得ん。二人とも、相手の調理行程を見た上でアレンジを加えておるじゃと? “神の舌”同士がシンクロして、相手の料理の出来を先読み――? そんなこと出来るはず……」

 

「――っ!?」

 

「な、何!? きゃっ! なんでこんな事に!?」

「ま、まさか、調理風景を見ただけで“おさずけ”を!?」

「三つの“神の舌”が共鳴しているような、そんなことが起きているということなのですか……?」

 

 何と真凪さんはまだ調理中にも関わらず、“おさずけ”を発動されました。

 側で見ておられる執行官(ブックマン)の方々の衣服がはだけてしまいます。

 

「えりなさん……、なぜ自分が料理人になったのか分かるような気がします。――それは今日、最高の一品を作るためです」

 

「甘いわね。今日も、明日も、明後日も――いつまでも、どんなときも私はあなたと包丁を握りたい。だから、今日初めて感謝するわ。“神の舌(この力)”を持って生まれて、あなたと出会えて――」

 

「この二人は本当に試合をしているのでしょうか……」

「まるで、一緒に厨房に立ってサポートし合っているようなそんな錯覚すらします」

「わかることは一秒ごとに2つの品が進化し続けていることだけ――」

 

 わたくしはかつてないほど幸せな気持ちになっていました。

 彼女と研磨を続けていく時間は至福のときです。

 美食への探求には確かに果てはありませんが、えりなさんと一緒ならどこまでも行くことが出来ます。そう、楽しみながら――。

 

「完成しましたわ。わたくしのメニューは“Soufflé pour la reine〜女王のためのスフレオムレツ〜”ですわ」

「私も完成しました。“愛する人に捧げるエッグベネディクト丼”です」

 

 わたくしとえりなさんは同時にメニューを完成させました。

 

「えっ? 逆じゃない? ソアラが優美なフランス料理で、薙切えりなが庶民的な丼物を作ったってこと?」

「なるほど。お互いにリスペクトし合っているということでしょうな」

「相手のことを互いによく知っているからこそ、互いの得意ジャンルも極めているということなのですね」

 

 今日のわたくしはえりなさんのような品を作りたいと思ったので、フランス料理を作りました。

 彼女の好きな卵料理を――。

 

 えりなさんは連隊食戟のときみたいに丼物を作られましたか……。彼女が定食屋のメニューにも理解を示されて、それを作られるようになるなんて、出会ったときは思いもしませんでした――。

 

「随分とお前らしからぬ品を作るのだな。えりな……」

 

「あら、それではいつものようにバケツを用意しますか?」

 

「いや、いい。だが、先に幸平創愛の品を頂こう。お前の品はダメ出しする部分が多いだろうからな」

 

「では、どうぞ。えりなさんの分もありますわ」

 

 真凪さんはえりなさんが定食屋のメニューを作られたことが意外でならないみたいでした。

 彼女の希望でわたくしのメニューを先に実食となります。

 

「ふむ、前回の奇抜な見た目と違って今回はなかなか美しいではないか。どれ……、――っ!? やはり信じられんほどの美味を創り上げおる。準決勝の品は偶然ではなかったということか」

 

「上方はスフレのようなフワッとした食感だが、下方はプリンのようなトロっとした柔らかな食感――中の具材はベーコンやエビが入っており、ベーコンにはデミグラスソース、エビにはビスクソースをそれぞれコーティングさせ、素材の味を最大限に高め卵と調和させておる」

 

 普通のスフレオムレツでは面白くありませんので、わたくしは食感から具材までこだわり続けました。

 卵も肉も魚介も素材の良さをフル活用して、全体が全体を高め合える一皿を目指してこのメニューを作ったのです。

 

「そして、この優しくも力強いコクとまろやかさ、さらに雪が溶けるような舌触りを生み出しているのは“納豆”じゃな? その上で――」

 

「――シンプルにまとめながら、細部にまで技巧の極地を施し、今までにない新たな美味を生み出した。まさに“地球上に無かった一皿”にふさわしい逸品よ。見事なり、幸平創愛――」

 

「きゃっ!? またっ!!」

「あの時と同様に“おさずけ”と“おはじけ”が同時に発動したみたいですね」

 

 真凪さんはわたくしのメニューを褒めて下さり、満足そうな声を出してくれました。

 難しいお題でしたが、やり遂げることが出来て良かったです。

 

「…………ソアラ、今日のあなたの品は今までで一番、()()()()()()()。あなたは()()()()()品を作ってくれたのね……。()()()()()この品は最高の一品になってくれたわ」

 

 えりなさんはわたくしの品を召し上がられて、はっきりと“美味しい”と仰ってくれました。

 その一言を貰うために遠月で研鑽の日々を送っていましたので、感無量です。

 

 それは、どんな勲章よりもわたくしとっては価値がありました――。

 

「えっ? 何この音……。まさかおさずけが……?」

「いや、どうやら違うらしい……」

 

「「うわぁーーーーっ!」」

 

 彼女の言葉の余韻に浸っていると、爆発音と共に天井が粉々になって消え去りました。

 まさか、建物に“おさずけ”と“おはじけ”が――?

 

「て、天守閣が屋根ごと吹き飛んで消え去った――」

「こ、このままだと危険じゃない?」

「一旦、中断しますか……」

 

「えりな、品を出せい!」

 

 天守閣の天井が弾け飛び粉々になって四散されて、夜空が顕になります。

 そんな状況でもお構いなしで、真凪さんはえりなさんに品を出すように伝えられました。

 

「承知しました。これが私のエッグベネディクト丼です」

 

「お前が丼物を出すとは思いもよらなんだ。結果は見えておるが、調理風景からそれなりの味であることはわかっておる。食してやろう」

 

 そして、いよいよえりなさんの品の実食が始まりました。

 

「――っ!? んんんっ……、な、な、なんだこれは!? か、身体が熱くて堪らん。この湧き上がる力は何じゃ? こ、これは普通の米ではない――“キヌア”を使いおったな! キヌアをたっぷり使った米をベースにエッグベネディクト丼を構成しておる」

 

 キヌアとはたんぱく質を豊富に含み、白米、小麦、トウモロコシに比べ、マグネシウム、リン、鉄分などのミネラルやビタミンB群も多く含まれる雑穀です。現在、スーパーフードの一つとして、日本でも注目を浴びている食材の一つです。

 しかし、雑味が多く米と比べて味が悪いのでこのような試合には不向きとしか言えません。

 

 えりなさんは敢えてこの難しい食材で最高の美味を生み出そうとしたのです。

 

「“キヌア”をたっぷり使ったライスに、和の食材である“漬けマグロ”とさらに森のバターと呼ばれる高エネルギー食材の“アボカド”を具材として投入しておる。さらにオランデーズソースは麦味噌ベースで作られ、飾りにはレンコンチップスというここでも和の成分の組み合わせ。アメリカ発祥の洋食にここまで和を取り入れておるのにも関わらず、計算され尽くされた技術により、見事な調和を生み出しているのじゃ」

 

「そのうえ、感じるのは力強い希望の心。食に対する大いなる希望。そして――何よりもお前の優しさを感じる……。えりな、お前はすべてを捨てて逃げ出した……、この母を恨んではおらぬのか……?」

 

 えりなさんが真凪さんの体調を気遣った優しい品を出したことを不思議に感じられたのか、真凪さんは彼女に自分を恨んでいないのか、声を震わせて質問されました。

 

「あなたが居たから、私はこの世に生まれました。この“神の舌”を持って。だから、私は出会えた。大好きな人に。――恨む理由がありません」

 

「このエッグベネディクト丼は驚くべきほどの美味として成り立っておるが、そのうえで最高の補給食としても成り立っておる。食事を満足に取れなくなった()()()()()、お前はこれを作ったのだな――」

 

「えりなさん……」

 

「お母様、私を生んでくださってありがとうございます。えりなは幸せです……」

 

 えりなさんははっきりと自分が今、幸せだということを母親に告げます。

 そんな彼女の笑顔は月明かりに照らされて女神のような幻想的な雰囲気で、わたくしは思わず見惚れてしまいました――。

 

 そして、決勝戦の判定のときが――。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「ソアラちゃん! BLUE優勝おめでとう! 君は極星寮の誇りだよ! 城が倒壊したのを間近で見たときは心配したけど無事でよかった」

 

「まったく、大した子だよ。城一郎の奴を完全に超えちまうとはねぇ」

 

「ええ、なぜわたくしが優勝なのか理解出来ませんが……。わたくしがえりなさんの為に品を作って、えりなさんはお母様である真凪さんのために品を作ったはずですのに――」

 

 極星寮ではわたくしのBLUE優勝の祝賀パーティーが開かれました。

 そう、驚いたことに真凪さんはわたくしの品を優勝作品に選ばれたのです。

 わたくしはまだそのことが信じられません。

 

「私もモニターで見ていて、えりなさんが勝ちそうな雰囲気だと思っていたからびっくりだよ」

 

「お母様の身体まで気遣ったせいよ。あなたのように優しい料理を作ろうと思ったんだけど、あの人からすれば、そんなことは良いから純粋に味を高めろって言いたかったのよ。でも、私は後悔してないわ。だって正解なんてないんだし、私は私のやりたいように作っただけだから」

 

 えりなさん曰く、真凪さんは自分の体調を気遣われたことが気に入らなかったと推測しました。

 彼女はえりなさんに、その気持ちをもっと美食を極めることに向けて欲しかったのかもしれませんが、えりなさんは自分の自由な発想でメニューを作ることが出来て満足しているみたいです。

 

「何とも意地っ張りな方ですね。えりなさんのお母様は」

 

「本当にどうでも良いの。それよりあなたの最高の品を味わえた方がずっと大切だもの」

 

「暑いわね〜。まったく。日本の夏はどうしてこんなに暑いのかしら」

「というか、えりなっちとソアラの周りだけ異様に暑いよね。エアコン効いてないみたい」

 

「アリスさんに吉野さん。からかわないで下さいな」

 

 わたくしとえりなさんがお互いに見つめ合っているとアリスさんたちが声をかけられました。

 

「で、でも、おめでとう。二人のこれからを応援するね」

 

「た、田所さん……。あなたもソアラを……」

 

「う、うん。でも、いいの。えりなさんのことも同じくらい大好きだから。そりゃあ、ちょっぴり寂しいけど……、嬉しい気持ちの方が大きいかな」

 

 わたくしとえりなさんは皆様に真剣に交際をすることを告げています。

 こういうことは隠すと後々良くないと考えたからです。

 恵さんが心から祝福してくれたことがとても嬉しかったです……。

 

「しかし、真凪様はよく許してくれましたね。えりな様とソアラのこと……。薙切家としては由々しき問題かと思いましたが……」

 

「何というか、意外に反対されなかったわよ。むしろ好意的だったわ。お母様はソアラの事を買っているし……」

 

「問題はお祖父様くらいってわけね。仕方ないわね。薙切家は私に任せちゃって、えりなは好きに生きなさいよ」

 

「アリス……、そんなこと……」

 

「半端なことしないでよね! 簡単に挫けたりしたら、許さないんだから!」

 

 薙切家の話になり、アリスさんは全部自分に任せるようにえりなさんに告げられて、彼女の両肩を掴んで激励されていました。

 アリスさん――ありがとうございます……。その気持ちは一生忘れませんわ……。

 

 

 宴会が終わって、わたくしの部屋でえりなさんが1人、寝巻き姿でベッドに腰掛けております。

 

「皆さん、いい人たちですよね。こんなに祝福してくれるなんて思いませんでしたわ」

 

「そうね。実は私は田所さんや、アリスや緋沙子の気持ちも知ってたの。あなたが色々と手を出していることも……」

 

 皆さんに祝福されて良かったと口にすると、えりなさんは恵さんたちがわたくしに好意を向けていたことを知っていたと告白されました。

 

「ううっ……、そんな人を節操がないみたいに仰らないで下さいな。特別な関係になったのはえりなさんだけです」

 

 皆さんに好意を向けてもらえた事は嬉しかったです。

 しかし、わたくしはえりなさんとずっと一緒に居たいと想い――彼女と特別な関係になることを望みました。

 

「知ってる。でもね、万が一浮気したら直ぐにわかるんだからね。“神の舌”で他の子の味を感じ取ったら承知しないから」

 

 それを聞いた、えりなさんは浮気をすれば直ぐにわかるとニコリと笑いかけられます。

 

「は、はい。えりなさんだけを愛します。ずっとこれからも――」

 

「ふふっ……、ちょっとからかっただけよ。信じてるわ、ソアラ……。私も愛してる……」

 

 わたくしがえりなさんを永遠に愛し続けると誓うと彼女は手を握りしめ、ジッと目を真っ直ぐに見つめられました。

 いつ見てもその可憐で美しい表情を間近で見ると息を呑んでしまいます。

 

「じゃあ、今日もまた。一緒に……」

 

「そうね……、明日は寝坊してもいいし……。んっ……」

 

 彼女と出会えた奇跡に感謝しながらわたくしはえりなさんと唇を重ねました。

 ずっとこの気持ちは変わらない――不変なモノだと確信をしながら――。

 

 

 

 もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら〜完〜

 




毎日投稿でなんとか完結まで持ってこられました。
自分はまとめることが苦手なので、ハーメルンの長編ではこれが二作品目の完結作品となります。
番外編なども思い付きしだい投稿していこうと思いますので、まだまだ頑張るつもりではありますが……。区切りにはなりました。
あと、ごめん……、ハーレムには出来なかったよ。性格的に無理なんだよな〜。

ここまで読んで貰えて本当に嬉しいです。
何か一言でも感想など頂ければ、作者は狂喜乱舞します。

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