【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら   作:ルピーの指輪

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宿泊研修編
宿泊研修開始


「それでは、水戸さん。明日から、丼物研究会に入るということでよろしくお願いしますの」

  

 わたくしは丼物研究会に約束通り水戸さんが入ってくれることについて確認しました。小西先輩の元から会員の方々は皆さん逃げ出してしまったらしいので、彼女が入るか入らないかは重要です。

 

「ま、まぁ約束だからな。入ってやるよ」

 

 彼女は頬を照れくさそうに指で掻きながら、それを了承します。

 ああ、良かった。約束とはいえ嫌がられると罪悪感が大きいですから。

 

「ありがとうございます。あ、あと、水戸さんにお願いがあるのですが……」

 

「わ、私にお願い? なんだよ、言ってみろ。――まさか、私と付き合えとか? こいつ結構強引だし……。でも、こいつとだったら私……」

 

 わたくしは大切なお願いがあり、口を開こうとすると、水戸さんは両手で顔を隠すような仕草をしてブツブツ何かを話していました。

 ええーっと、話しかけてもよろしいのでしょうか?

 

「あ、あの、水戸さん! 私と!」

 

「や、やっぱ、この流れは……」

 

「お友達になってくださいまし!」

 

「…………はぁ?」

 

 わたくしは意を決して彼女と友達になりたいと声をかけましたが、それを聞いた水戸さんはあからさまにガックリと肩を落としてしまいました。

 そんなにわたくしと友達になることって嫌ですの? 確かに腫れ物扱いされてますが……。

 

「だ、ダメですかぁ?」

 

「……か、かわいい。じゃなかった。ダチっつーか。私はお前の派閥に入る。お前、敵が多そうだしな。露払いは私がしてやるよ」

 

 もう一度、押してみると彼女は首を横にブンブン振って“派閥”とか“露払い”とかよく分からないことを仰ってます。

 

「言ってることが、全くわかりませんわ。お友達でよろしいのでしょうか?」

 

「――っ!? す、好きにしろ! 惚れた弱みにつけ込みやがって!」

 

 わたくしが彼女に顔を近づけて、確認すると彼女は真っ赤に頬を染めてぶっきらぼうにそう答えました。

 怒ってるのか、気を許して下さっているのか判断がしにくいのですが……。

 

「ふぇっ!? な、何かわたくし気に障ることでも? そ、それではよろしくお願いしますの。にくみさん!」

 

「そのあだ名で呼ぶなー!!」

 

「あ、あだ名!? 水戸さんって、にくみってお名前ではなかったのですね? 確かにご両親様も思いきったなぁっと」

 

 わたくしはどうやらずっと勘違いをしていたみたいです。水戸さんの名前は“にくみ”さんではなかった……。

 あだ名でしたら納得です。彼女にピッタリの可愛らしいあだ名ですから。

 

「そこで変だと思えよ……」

 

「でも、可愛らしいあだ名ですね。水戸さん。ふふっ……」

 

「か、かわいい? ま、まぁ、お前が呼びたきゃ好きにしろ。今日から私はお前の下に付くんだからな」

 

「へっ? では改めて、よろしくお願いしますの。にくみさん」

 

 あだ名で呼んでも良いとお許しが出ましたのでわたくしは遠慮なくそうすることにします。

 終始にくみさんは照れたり怒ったり感情が豊かな方だと思いました。

 とにかく、新しいお友達が増えてわたくしは嬉しいです。

 

「あ、ああ。ダメだ……、目をあわせられねぇ」

 

 しかし、どういうわけか彼女はわたくしが顔を近付けると目を逸らします。何故でしょう?

 

「幸平〜〜! お前すげぇよ! よくやってくれたなぁっ!」

 

「ふぇぇっ! 揺らさないでくださいまし! まだ、足腰がぁぁぁぁっ!」

 

 そんな会話をしていると、小西先輩が興奮した様子でわたくしの肩をガクガクと揺らすので、わたくしは倒れそうになってしまいました。

 緊張が解れたあとは、しばらく足下がおぼつかないので、これは勘弁していただきたいです。

 

「てめぇ、()()()()に気安く触ってんじゃねー」

 

「おっと、すまん! んっ? ()()()()?」

 

「おうよ。私はソアラ様の派閥に入ったんだ。安心しろ、私とソアラ様で丼研の力を拡大してやるよ」

 

 すると、にくみさんは凄い剣幕で小西先輩を蹴り倒して彼をわたくしから引き剥がしました。

 いや、待ってくださいまし。ソアラ様とか仰ってませんか? というか、わたくしの派閥?

 

「そ、そうだった。幸平! 次期丼研の首領(ドン)はお前だ! 頼んだぞ!」

 

「えっと、そのう。言い出しづらいのですが、今回のことでわかりましたわ。研究会はとりあえず入れません。ちょっと、新しい生活に慣れるのに精一杯だということに今さら気付きましたの。あと、にくみさん。様付けだけは絶対に止めてくださいまし」

 

 どうやら小西先輩はわたくしが丼物研究会に入ったものだと思っているみたいでしたが、今回の食戟でその余裕が今の自分にはないことがわかりました。

 なので、彼には申し訳ないのですが、丼物研究会への加入は見送る方向にしてもらいます。

 

「えっ? ソアラさん、入らないの?」

 

「うっ、ソアラさんがそう言うのなら……」

 

「…………次期丼研の首領はお前しかいねぇ。頼んだぞ! 肉魅!」

 

「私をその名で呼んでいいのはソアラさんだけだーーっ!!」

 

 こうしてにくみさんが丼物研究会に入り、今回の騒動は丸く収まったのでありました。

 にくみさんが自分が“ソアラ派閥”の一人目とか不穏なことを仰っていましたが……、大丈夫ですよね……。変な話になりませんよね?

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「まぁ! 宿泊研修ですか? この学校にもそのような楽しそうな行事があるのですね」

 

 合宿のしおりなるものを渡されたわたくしは、林間学校のような行事があることを知って期待に胸を躍らせました。

 

「た、楽しい? そ、ソアラさん、そ、それは、ね……」

 

「恵さん、風邪でも引かれましたの? ずっと震えてらして、顔色も優れませんが?」

 

 恵さんが生気を失ったようなお顔で小刻みに震えていらしてたので、わたくしは彼女の顔を覗き込み体調が悪いのかどうかを尋ねます。

 

「あー、恵は今、そっとしてあげて。ソアラに言っていいか分からないけど、この研修はね、無情のふるい落とし研修なのよ」

 

 吉野さん曰く、この研修では毎日課題が言い渡されてダメだった人は問答無用で即退学を言い渡されるみたいです。

 

「僕の代でも毎日何十人もの生徒が退学をさせられた。総帥による玉の選抜が本格化しているんだ」

 

「ま、毎日何十人?」 

 

「何年か前には生徒数が一気に半分になったらしいぞ」

 

「は、半分……」

 

 さらに一色先輩や伊武崎さんから様々な嬉しくない情報を聞かされて、わたくしは頭が痛くなってきました。

 これはまずいのでは? 半分も合宿で退学処分をされる学校なんて聞いたこともございません。

 

「みんな、今までありがとう……」

「も、もうダメですわ。せっかくこの前、退学を回避したばかりですのに……」

 

「あちゃー、ダブルネガティブ発生してるよ」

「幸平さん、この前の食戟のときはあんなに堂々としてたのに……」

 

 わたくしも恵さんとともにヘナヘナになってしまい、暗い未来に絶望しました。

 これは今度こそダメかもしれません。

 

「まぁまぁ、田所ちゃんもソアラちゃんも落ち着くんだ。僕はみんなを信じてるよ。全員が無事に極星寮に帰ってくることを」

 

「絶対に生き残る!」

「必ず生きて帰ってくるぜ!」

「当然だ!」

 

 一色先輩は爽やかに笑いながらわたくしたちの無事を信じていると仰って、青木さんや佐藤さんや丸井さんはそれに続いて気合を入れています。

 

 でも――。

 

「昨日、そのようなセリフを言って皆さんが亡くなられた映画を見ましたわ〜」

 

「「――っ!? やっぱり不安だー!」」

 

「あんたはネガティブを伝染させて、どーすんの!」

 

 わたくしが昨日見た映画のお話をしますと吉野さんに怒られてしまいました。余計なことを申し上げたかもしれません。

 

 と、言うわけで一色先輩とふみ緒さんに寮の事は任せて、わたくしたち1年生組は揃って遠月グループが運営している高級ホテルに向かいました。

 

 このホテル、1泊8万円もするらしいのです。なんと、贅沢な……。

 わたくしは退学をせずにお泊り出来るでしょうか? 既に恵さんと軽く千人くらいは人という字を書いて飲み込んでいますわ――。

 

 合宿の日程は5泊6日で連日グループ分けされて講師の元で課題に取り組みます。

 そして、その講師の定める水準に満たない生徒はそこで退学処分という何とも恐ろしいルールです。

 

 

「課題の審査に関してだがゲスト講師を招いている。多忙のなか今回のために集まってくれた遠月学園の卒業生だ」

 

「卒業生!? ――ってことはつまり卒業までの到達率ひと桁を勝ち抜いた天才たち!?」

 

 なんと、審査は遠月学園の卒業生――つまり、厳しい戦いを勝ち抜いた先輩方が行うらしいのです。

 ああ、緊張して吐きそうです。おまけに隣の方の整髪料の香りまで気になってしまって、より気持ち悪く――。

 

「ん? そこ前から9列目の長い金髪の女、お前なんでそんなに苦しそうな顔をしている? 今にも吐き出しそうじゃないか」

 

「ふぇっ? わ、わたくしですか? わたくしはあの……」

 

 眼鏡をかけた厳しそうな顔付きの男性がわたくしに声をかけました。

 まさか、緊張のあまり吐き気を催していることがバレてしまいましたの? それにしても、この方――怖すぎますわ……。

 

「ああ~、理由は言わんでもいい。その隣、そうお前。退学。帰っていいぜ。整髪料に柑橘系の匂いが混じっている。こいつは料理の香りをかすませるんだよな。しかし、それに気付いたからと言ってそんな顔で訴えなくてもいいだろ?」

 

「いや、わたくしは別にその……」

 

 どうやら眼鏡の男性は、隣の方が料理をする前だというのに香料付きの整髪料を使っていて、それに対してわたくしが無言の訴えを起こしていると捉えられたみたいです。

 そ、そんなぁ。それじゃ、まるでわたくしが告げ口したみたいではないですか。

 

「お前の敏感さは評価しておく。だから、黙ってろ。――おしゃれは必要だ。作る人間がダサいと料理に色気がなくなるからな。でも次からは無香料のヘアリキッドを選ぶといい」

 

「待ってください! 退学!? たったこれだけのことで!」

 

「たったこれだけのことで客を失うこともある。てめぇ俺の店を潰す気か? あの女を見ろ、お前の臭いで吐きそうになってんだぞ!?」

 

 ちょっと待ってくださいまし。わたくしは別にこの方の整髪料のせいで吐きそうになってませんわ。確かに気になりはしましたけど、戻す程ではないです。

 

「あの、わたくしは……。むぐっ……」

「幸平さん、ストップ。彼は四宮シェフだよ! フランスプルスポール勲章を受章した最初の日本人だ! 逆らわない方がいい」

 

 眼鏡の方は四宮シェフというらしく、逆らわない方がいいと、意見を述べようとしたわたくしの口を丸井さんが塞いできました。

 

「それに“エフ”の水原シェフに、鮨店“銀座ひのわ”関守板長もいる! すごい! 毎月のように雑誌に載ってる人ばっかり!」

 

 さらに丸井さんは興奮気味に卒業生の先輩たちの名前を挙げていきます。わたくしが存じ上げないだけで、皆さん有名人みたいですわ。

 

「シロツメクサ〜〜のような純朴さ〜〜。俺は君たちと出会うために生まれてきたのかもしれない。俺のオーベルジュで朝まで語り明かさないか?」

 

「ひゃっ!」

「あ、あの……」

 

 そんなことを思っていると、ハーフっぽい金髪の男性がわたくしと恵さんの手を握って声をかけてきました。

 困りましたわ。これはどのように返せば失礼に当たらないのでしょう?

 

「その両手を放しなさい。梧桐田シェフ」

 

「オーベルジュ“テゾーロ”のドナート梧桐田シェフや日本料理店“霧のや”の乾日向子シェフまで……!」

 

 すると今度は茶髪の温厚そうな女性が梧桐田シェフを制します。

 彼女は日本料理店のシェフだそうです。

 

「ごめんなさい怖い思いをさせました。ところであなた方かわいいですね。ああ~〜、とても食べ応えがありそうです。特に、あなたとは同じ匂いを感じます」

 

「お、同じ匂いですの?」

 

 乾シェフはわたくしと恵さんの顔を愛おしそうに撫でて、わたくしに匂いが同じだと声をかけます。

 くんくん……。わたくし、きれいにしてきたつもりですが……、何か匂いがしますかね?

 

 

「あれは! 卒業試験を首席かつ歴代最高得点で突破し世界中の高級料理店からのオファーを800軒余り蹴って今の立場を選んだ女! “遠月リゾート”総料理長兼取締役会役員! 堂島銀華(シロハ)!」

 

 そして、最後に銀髪のショートボブヘアスタイルの気の強そうな女性が入ってきました。

 女傑というような言葉がこれほど合う方は見たことがないかもしれませんわ。それにとても美しい方……。

 

「感動ものだ! 日本を牽引するスターシェフが目の前にそろい踏みしている!」

 

 丸井さんはずーっと、感動されていました。イキイキされておりますが、これほどの方が審査をするというのはかなり怖いことではないでしょうか?

 

「ようこそ我が“遠月リゾート”へ。今回集まった卒業生たちは全員が自分の城を持つオーナーシェフよ。我々は合宿の6日間君らのことを自分の店の従業員と同様に扱わせてもらうわ。この意味は分かるかしら?」 

 

 堂島シェフは鋭い眼光でわたくしたちを見渡しました。

 従業員と同様……。それって、もしかして――。

 

「私たちが満足する仕事ができないヤツはクビ! 退学ってことよ。講師の裁量で一発退場もありうることは見てのとおり。君らの武運を祈っているわ。それでは各グループ移動開始!」

 

 堂島シェフは容赦なく仕事が出来ない人を退学処分にすると言い放ちます。

 そして、彼女の一言で地獄の合宿が始まりました。

 ああ、もうすでに心臓が口から飛び出しそうです――。でも、気を強く持ちませんと……、本当に退学になってしまいます。

 

 さて、最初の課題はなんでしょうか――。

 




堂島シェフはお風呂シーンがやりたいだけの理由で性別を女性にしてしまいました。キャラのイメージとしてはハガレンのオリヴィエ・ミラ・アームストロング少将みたいな感じです。
でも、これだと城一郎との関係も微妙に変化するかもですねー。

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