【本編完結】もしも、幸平創真が可愛い女の子だったら   作:ルピーの指輪

9 / 68
えりなは料理以外は割とポンコツなイメージ。


初日の夜

「い、痛い……、――はっ!? そ、ソアラ……、なぜあなたがここに……」

 

「は、はい。課題で疲れましたので、お風呂にでも入ろうかと……」

 

 えりなさんの体がわたくしに覆いかぶさって密着し、彼女の柔らかな感触がわたくしの体を支配しました。

 すごくドキドキするのですが、えりなさんは平気なのでしょうか?

 

「それは分かってるわよ。でも、ステーキ御膳50食の課題があったでしょ」

 

「ええ。何とか終わらせて……。わたくしはかなり急いだのですが、流石はえりなさんです。もっと早く終わらせていたのですね」

 

 そう、えりなさんも当然あの課題を受けて終わらせて来ています。

 物心付いたときから、食堂で包丁を握っていましたので調理スピードだけは多少自信があったのですが、そのスピードですらわたくしは彼女に負けているみたいです。

 

「あ、当たり前よ。あれくらい……。しかし、私と大差ないスピードで終わらせるとは――水戸郁魅を食戟で打ち負かしたのはまぐれじゃないようね。褒めてあげるわ」

 

「き、恐縮です。あ、あとそろそろ、上から降りて頂けると嬉しいですわ。け、決してえりなさんが重いとかではないのですが――」

 

 前の食戟以来、彼女と会うのは初めてなのですが、えりなさんはわたくしのことを褒めてくれました。

 

 しかし、そう言っている間もえりなさんの胸がわたくしの胸をギュッと押し潰してきており、このままだと変な気分になってしまいそうでしたので、降りてもらうように求めました。

 

「――っ!? わ、わかってます。こ、このことは誰にも内緒にしなさい」

 

 えりなさんは顔を紅潮させて、ようやく自分が一糸纏わぬ状態でわたくしを押し倒していることに気が付いたみたいです。

 そして、バスタオルを巻きながら誰にもこのことを言わないように約束させます。

 

「は、はぁ。しかし、どうしてえりなさんは、あそこに立っていたのですか? 何か忘れ物とかされたのでしょうか?」

 

「そうじゃないの。中に先客が居て……」

 

「まさか、えりなさんより早くに終えた方がいらっしゃるとは――。どんな方でしょう……」

 

 わたくしがえりなさんが立ち尽くしていた理由を尋ねますと、驚いたことに中に先客が居たと言われました。

 そんな、えりなさんよりも更に早く終らせた方とは一体――。

 

「ち、違うの。ちょっと、待ちなさい! あっ――」

 

 えりなさんがわたくしを追いかけて、2人同時に大浴場に入ります。

 すると、中に驚くほどスタイルの良い銀髪の女性がヨガのようなポーズでタイルの上に腰掛けておりました。

 

 す、凄い腹筋――女性とは思えません。そして、こんなにお胸の大きな方は見たことありませんわ……。

 

「あら? もう2人も終わらせて来たの。悪いわね。入浴中の肉体のメンテナンスは日課なのよ」

 

 女性の正体は堂島シェフでした。卒業生の中でも特に凄い先輩だということを丸井さんから聞きましたが――。

 

 身体まで凄いとは知りませんでしたわ――。

 それにしても彼女は遠月学園の69期生だそうですから、わたくしの父と同じくらいの年齢のはずですが……。

 どう見ても20代にしか見えないです……。只者ではない感がビシビシと伝わります。

 

「あ、どうも、お構いなくですわ……」

「ほら、見なさい。あの人が先に入っているから、私は――」

 

 どうやら、えりなさんは堂島シェフがこのような状態で先に大浴場に居たから入り難かったみたいです。

 確かにこの状態の堂島シェフと2人きりになるのは罰ゲームかもしれませんわね……。

 

「私は毎年学生が風呂に来る前に上がるようにしているのだけど。今年は2人もこんなに早々と来るなんて……。1人は総帥の孫娘の薙切えりな……、か。その才能の研磨を怠ってはないようね」

 

 肉体を惜しげもなく魅せつけるようなポーズを取りながら、真顔で堂島シェフはえりなさんに声をかけました。

 怖い人を見たことは何度かありますが、この方はそういった次元すら超越しております。

 

「ご無沙汰しております。堂島先輩……」

 

 流石のえりなさんも堂島シェフを相手には恐縮しているようです。

 いつものような自信満々の表情が曇っておりました。無理もないですが……。

 

「そして、その薙切と同時に終わらせたのが、もう一人いたのね。面白い」

 

「いえいえ、えりなさんの方がわたくしなどよりずっと早くに……」

「ちょっと! それだと私が――」

 

 わたくしがつい、えりなさんが先に課題を終えたことを口走りましたら、彼女はギョッとした表情でツッコミを入れようとされました。

 

「……ん? 2人は同時にここに入ってきたじゃない。それはどういうこと?」

 

「え、ええーっとですね。堂島先輩、それは……」

「わたくしとえりなさんがお友達だからですわ! わたくしが終わるまで待ってもらいましたの」

 

 わたくしはえりなさんが敢えて待っていたことにしようとしました。

 お友達が終わるのを待って一緒にお風呂に行くのは自然ですし……。

 

「友達? へぇ、噂とは随分違うようね。まさか、君に友人がいるとは思わなかったわ」

 

「そ、それは――」

 

 堂島シェフは立ち上がり、えりなさんの顔をジッと見つめると彼女は恥ずかしそうに顔に目を逸らします。

 

「いや、結構、結構。私も良き友に恵まれて、学生の時分には競い合うように研磨を重ねたものよ。総帥も君のことは色々と心配しているみたいだったけど……、取り越し苦労になりそうね」

 

 そして、彼女は微笑んでわたくしとえりなさんの肩を叩き、そんな声をかけました。

 えりなさんのお祖父様が心配をされている? これだけ素晴らしい“神の舌”をお持ちなのに?

 

「祖父が私の心配を?」

 

「あら、口が滑ったみたい。とにかく合宿は始まったばかり、メンテナンスはしっかりなさい。薙切えりなの友人とやら、あなた名前は?」

 

「あ、はい。幸平創愛と申しますわ。堂島先輩……」

 

 わたくしは名前を聞かれたので、その質問に素直に答えると、彼女はハッとした表情をされました。

 

「ゆきひら? どこかで……、いや、若い子同士の時間を邪魔して悪かったわ……」

 

 そして堂島シェフはわたくしの顔を見つめて首を振り、そのまま浴場から出ていきました。

 何だか、色々な意味で大きな方でしたわ……。

 

 

「ふひぃ〜。びっくりしましたわ〜」

 

「びっくりしましたわ、じゃないわよ。心臓に悪すぎる……」

 

「でも、堂島シェフは優しそうな方だったじゃないですか」

 

 わたくしとえりなさんは堂島シェフが見えなくなって同時に肩を撫で下ろします。

 別に怖くは無かったのですが、凄味がある方で緊張しっぱなしだったのです。

 

「相変わらずノー天気ね。そういえば、水戸郁魅の事だけど……、あの子はあなたの派閥に入るとか言って出ていったけど、彼女に何を言ったの?」

 

「何を? いえ、にくみさんには友達になってほしいとしか……」

 

 えりなさんは、にくみさんがわたくしの派閥とか有りもしないモノに入ると言っていたみたいで、それについて言及してきました。 

 

 わたくし自身は友達という認識なのですが、確かに彼女はわたくしを守るというようなことを口にされています。気持ちは嬉しいのですが、無茶はされて欲しくはありません。

 

「ふーん。相手が悪かったから負けても不問にしてあげようとしたのに、とっとと乗り換えるなんて……」

 

「でもでも、えりなさんとわたくしはお友達なんですから、別に構図は変わってないのではないでしょうか?」

 

 えりなさんもにくみさんも、わたくしの友人ですから繋がりは消えてないわけです。

 なので、無駄に争ったりすることはないと思っています。

 

「頭の中がお花畑なのね。学園内の派閥が仲良しこよしの関係だけだと思わないことよ」

 

「あら、わたくしはえりなさんと仲良しこよしでいたいですわ。ほらこうやって……」

 

 わたくしはえりなさんの腋の下をくすぐってみます。

 自分からすれば普通にこうやって戯れたり出来る仲になりたいのですが、彼女はどうなのでしょう?

 

「ちょっと、やめなさい。く、くすぐったいじゃない。くひっ……」

 

「ふふっ、笑ってくれました。やはり、えりなさんは笑顔が1番素敵ですわ」

 

 えりなさんは体をくねらせながら、少しだけ笑ってくれました。ああ、やはり笑顔が愛おしく、素敵です――。

 

「――っ!? わ、笑ってない。というか、今のはズルいわ」

 

「ズルい? 確かにそうですわね。でしたら、今度はわたくしの皿であなたを笑わせて差し上げます」

 

 そうでした。この方を悦ばせるのはあくまでも皿で――。

 わたくしはもう一度えりなさんに自分の作った料理で彼女を満足させると宣言しました。

 彼女の肩を両手で掴み、顔を近づけて……。

 

「…………」

 

「え、えりなさん?」

 

 えりなさんはしばらくの間、無言でわたくしを見つめ返していました。

 心なしか顔がとても赤くなっているような――まさか、のぼせてしまったのでしょうか?

 

「――はっ!? や、やれるものなら、やってご覧なさい! 今のあなたじゃ絶対に無理なんだから」

 

「はい! わかっておりますわ!」

 

「誇らしげにすること? のぼせる前に出るわよ」

 

 彼女は()()わたくしでは無理だと仰る。

 それが()()()わたくしに期待しているように聞こえて、つい誇らしく思ってしまいましたわ。ええ、お約束は必ず果たさせていただきます……。

 

 

「えりな様ー! トランプを借りてきました! ――っ!? き、貴様は幸平創愛! なぜ、そこにいる!?」

 

「いえ、えりなさんとお風呂をご一緒させて貰っていましたのですが」

 

 えりなさんと共にお風呂を上がると、彼女の秘書を勤めているという新戸緋沙子さんが笑顔でこちらに駆け寄ってきました。

 以前にわたくしが「えりなさんのお友達ですよね?」と尋ねると、「友達など畏れ多い」と返事をされた変わった方です。

 

「な、何ィ! 貴様ごときがそんなけしからんことを!」

 

「新戸さん、でしたっけ? トランプでえりなさんと遊ばれるのですか?」

 

「だから、何だというのだ!?」

 

「いえ、わたくしも混ぜてもらおうかなぁっと」

 

 せっかくこうしてえりなさんと自由時間を迎えたのですから、わたくしも少々遊びに混ぜてもらえないかと、懇願してみました。

 

「誰が貴様と――」

「いいわよ。部屋に行きましょう」

 

「えりな様〜! 幸平に甘くないですか〜!?」

 

 すると、えりなさんはすんなり受け入れて下さって、3人で彼女の部屋へと向かいました。

 こういう合宿といえば、トランプですわよね。

 

 

「トランプといえば、わたくし、手品が得意ですの。お客様にも好評で」

 

 部屋に入ってわたくしは自分が手品が得意だということをお2人に伝えました。

 “ゆきひら”の常連の方に披露すると、とても喜んでくれましたので、わたくしも楽しくなって色々と覚えてしまいました。

 

「手品だと!? そんな子供騙しを、えりな様が喜ぶわけないだろ! そうですよね? えりな様!」

 

「そ、そ、そうね。見たいなんて、ちっとも思ってないわ。ええ、少しも。でも、やりたいなら勝手にやればいいじゃない。止めたりはしないわ。そんなにやりたいなら、見てあげてもいいのよ」

 

「幸平創愛! つまらん手品だったら許さんぞ!」

 

「は、はい。頑張りますわ」

 

 えりなさんと、新戸さんのお許しが出ましたのでわたくしは彼女らに手品を披露することとなりました。

 自分で言っておきながらなのですが、楽しませることが出来れば良いのですが……。

 

 

「えりなさんの選んだトランプは、新戸さん、制服の内ポケットを見てください」

 

「ポケットだと? い、いつの間にトランプが!?」

 

「えりなさん、選んだトランプは新戸さんの持っているトランプですか?」

 

「◇のエース。あ、当たってるわ。どうして? 何かインチキしたんじゃないの?」

 

「もちろん手品なので……、インチキしてますわ」

 

 わたくしは最も得意なトランプの瞬間移動のマジックを披露しました。

 えりなさんはコロコロと表情を豊かに変えてくれるので、良いお客様です。

 

「そ、そんなの知ってるわよ! もう一回、もう一回やってみせなさい! 暴いてみせるわ」

 

「ふぇっ? は、はい。承知致しました」

 

 そして、わたくしはえりなさんの前で手品を何度も披露しました。それはもう同じ手品を何回も何回も……。

 新戸さんもその度に自分の胸の内ポケットからトランプを取り出してえりなさんに見せております。

 しかし、えりなさんは一向にタネも仕掛けも見破ってくれません……。

 

 

「はぁ、はぁ……、も、もうそろそろトランプで普通に遊びませんか?」

 

「私に降参しろと言うの?」

 

 わたくしは泣きを入れますが、負けず嫌いのえりなさんはそれを許そうとしてくれません。

 何としてでも種明かしをされたいのだと思っているのでしょう。

 うーん。軽い余興のつもりだったのですが……。

 

「これくらいの手品でしたら、いつでもお見せ出来ますの。新戸さんも退屈そうにされてますし」

 

「そうなの?」

 

「い、いえ、とんでもないです。こら、幸平創愛! 私を言い訳に使うな!」

 

 わたくしは新戸さんに気を遣ったつもりなのですが、彼女はムッとした表情でわたくしに怒り、結局そこから10回以上も同じ手品をえりなさんに見せました。

 その後、合宿が終わったらまた見せることを約束してわたくしは彼女の部屋を出ます。

 

 ふふっ……、えりなさんの意外な一面が見られて楽しかったですわ――。

 

 

「あれ? ソアラさん、遅かったね。1番最初に終わったのに」

 

「ソアラ! 今から、トランプするよー!」

 

「もう、トランプは当分よろしいですわ〜」

 

「んじゃ、UNOにしよっか?」

 

「どっちでもいいけど、なんで僕の部屋なんだよ!?」

 

 自分の部屋に戻って携帯を確認すると吉野さんから、丸井さんのところに集合するようなメールが届いてましたので、わたくしはそこに参りました。

 そして、UNO大会が始まりましたが、吉野さんたちは疲れていたのか直ぐに眠りについてしまわれます。

 

「恵さんはまだ休まれなくても大事ですの?」

 

「うん。ちょっと眠れなくて。疲れてるんだけどね」

 

「珍しいわね。体力バカのソアラと違って恵はすぐにお眠なのに」

 

「榊さん、バカは酷いです〜」

 

 珍しく夜更けまで起きている恵さんにわたくしが声をかけると彼女は眠れないと答えました。

 どこか体調が悪いのでしょうか……?

 

「なんでかな。今日はしっかりとソアラさんのサポートが出来たから……、ほんのちょっとだけ自信が付いて……、それでドキドキしてるの」

 

「恵さん……」

 

「えっと……、えっとな、指示さ出してくれたソアラさんのおかげで私はなんも偉ぐねぇんだけども……」

 

 恵さんは今日の課題を共に頑張った経験が自信に繋がったと言っていました。

 わたくしは、いつも自分が出しゃばってしまうので、つい恵さんにサポートを任せてしまって申し訳なく思っているのですが――。

 

「そんなことありませんわ。今日の課題を乗り切れたのは、恵さんがとても丁寧なレシピの資料を作ってくれていたからです。それに――恵さんが側にいてくれたおかげでわたくしは安心して調理が出来ましたの」

 

「ソアラさん……」

 

「いつもありがとうございます。恵さん」

 

 わたくしは恵さんに感謝しております。穏やかで優しい性格の彼女が側に居てくれると、落ち着きますし、何より仕事が丁寧で正確です。

 なので、わたくしは彼女を抱きしめてそれをそのまま伝えました。

 

「おおー、いつも見せつけてくれるね」

 

「こちらこそ、ありがとう。私、もっとソアラさんと……、みんなと一緒に居たい。もっと上手くなりたい。だから、頑張るね」

 

「はい。恵さんなら、きっと大丈夫ですわ。――わ、わたくしも自分が生き残れるか不安で胃が痛いですが……。恵さんと一緒に極星寮に帰りたいですから、全力で頑張りますわ」

 

「「んっ……」」

 

 わたくしたちは、共に帰ることをお約束して、お互いをジッと見つめ合います。

 そして、わたくしたちはなぜか顔を近づけてお互いの唇を重ねようと――。

 

「ストーップ! ストップだよ。涼子も何ジッと見てるの? すごく危ない雰囲気だったよ」

 

「恵、すごく残念そうな顔してる……」

 

 そんな戯れを目を覚ました吉野さんが必死になって止められました。

 そういえば、榊さんがずっと見てましたわね……。恵さん、また続きはいずれ――。

 

 

 そして、迎えた合宿2日目。今日は四宮シェフの課題です。

 あの方はとても怖い方でしたから、気を付けませんと――。

 そんな中で、わたくしはこの合宿で初めて血の気が引く思いをしました。

 

 なぜなら――。

 

「田所恵……、クビだ……!」

 

 無情にも恵さんが退学の宣告を受けてしまったのです。

 そんなバカな……。だって恵さんとは一緒に帰る約束をしたのに……。

 どうか、神様――嘘だと言ってくださいまし――。

 

 




次回はソアラと四宮先輩の食戟が開始されます。
原作では序盤の1番の盛り上がりポイント。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。