シロエと直継とパーティを組んでから少しして、ロロは自分の体をまじまじと確認する。手や足、それから見える範囲を見てみるが、シロエがここはゲームの世界だと説明してくれなければ正直分からない。
「どうかしましたか?」
挙動不審に見えたのか、シロエが心配そうに聞いた。ロロは慌てて首を振る。
「いや、あの、私ってどう見えてるのかなって思って……」
少し照れながら言うロロに、シロエと直継は立ち止まって考えた。どう言おうか悩んでいるようだった。ロロ的には率直に言って欲しいのだが、悩まれると少し不安になる。
「ぶっちゃけ、すげー美人」
開口一番、直継が一言そう言った。おふざけも一切なしに、それだけ。
「これはふざけて言ったらセクハラになるやつだ」
じゃあ最初のぱんつはなんだったのか、とは聞かないでロロは素直にありがとうございますとお礼を言う。
それを見てシロエが、あぁ、となにか分かったように頷いた
「そうか、記憶がないから、自分の見た目が分からないのか」
「はい、そうなんです。現実の自分に似せてキャラメイクをしたみたいなんですけど、そこまで思い出せなくて……」
「えーと、ロロさんは髪が赤毛で、直継も言ってましたけど、その……凄くお綺麗です」
赤毛なんだ……と自分の髪を触った。お団子にまとめているのか、横の後れ毛しか見えない。後れ毛だけだと赤より濃いめの茶色のようにも思う。
2人に綺麗だと褒められ、とても気分がいいロロは軽い足取りで散策を続けた。
「ところで、本当にここは現実ではないんでしょうか……」
辺りを散策しながら、ふとロロがそう呟く。
先程エルダー・テイルの記憶を思い出したとは言えど、肝心な詳細は何も記憶にない。未だにこの状況が信じられないようだった。
しかし、シロエも直継もロロと同じようにまだこの世界の状況をよく分かっていない。2人はロロへの返答を濁した。
「さっき直継にも話したんですけど今の状況って結構まずいんですよ」
シロエが真面目な顔を見せる。
「――〈エルダー・テイル〉の日本サーバーにはだいたい120万くらいのキャラクターが登録されていて、10万人前後のアクティヴ・ユーザーが居るとされています」
「そ、そんなにいるんですか!?」
シロエたちにとっては常識なその数字も、ロロには衝撃だった。
たかがゲーム、されどゲーム。自分のその中のひとりなのだと、少し体が震えた。
「今日は新拡張パックのお披露目と云うことで普段より多くの人がアクセスしています。僕の予想では、日本サーバーではだいたい三万人前後。これはフレンド・リストのうちログインしている割合から云っても、さほど見当外れな数字じゃない」
「三万人……」
「ここまで来たらもう確信して良いと思うけれど……この異世界には、三万人の日本人が取り込まれている。北米サーバや欧州サーバのことはまた判らないですけど」
「それって、サーバーごとに転移?転生?してる人たちがいるってことですか?」
「仮定の話ですけど、僕たちがこうなってる以上有り得るでしょうね」
シロエは怯えるロロを一瞥し、続けた。
「つまりここには三万人の人間が居て――統治機構も法律もないんですよね」
それは、つまり。
記憶がないロロにも、それの重要性は分かった。このままじゃ混乱や無法地帯になるのは時間の問題だ。秩序を守る仕組みがないというのは、それほどまでに大きい。
「そうだ、それとロロさん。フレンドリストを確認できますか?誰かフレンドを見たら思い出せるかもしれない」
「は、はい!」
先程までの話とうってかわり、ロロは自身のフレンドリストを確認する。最初出し方がわからなかったが、シロエに教えてもらいなんとか習得した。
一覧で出されたフレンドリストは、沢山の名前がずらりと出るが、やはり何一つピンと来ない。
もう閉じて諦めようと思った時、後ろの方に〈マリエール〉と見えて動きを止めた。
「マリエール……」
どこか懐かしい響きに、思わず呟く。
その名前に、シロエが顔を上げた。
「マリエールって、三日月同盟の?」
「え、はい……そう書いてありますけど。でもごめんなさい、私何も覚えてなくて。ただ、この名前が凄く懐かしいような気がしたんです」
シロエは何かを考える素振りした時、どこからともなく石が投げられた。
なんだ?と全員が首を傾げると、もう一度石が飛んでくる。
「……あの、あれ」
ロロがシロエの袖を引っ張り上を指さす。
近くの木の上から1人、こちらを見ている男がいた。
口元を隠し、いかにも忍者のような格好の男は、シロエを見ていた。
「アカツキさん!?」
呼ばれた男は、ひらりと木から飛び降りた。
突然のことにロロは思わず一歩下がったが、男はシロエの前まで来ると足を止める。
「知り合いか?」
「うん。何度か一緒にパーティを組んだことがあるんだ」
直継に答えたシロエは、改めてアカツキへ向き直った。
「よかった、アカツキさんも無事だったんですね」
アカツキは頷いた。それから直継とロロを順に見て、少しためらうように視線を戻す。
「何か、僕に用が?」
もう一度、頷く。
口元を隠しているせいで表情が分かりづらいが、何かを言い出しかねているようだった。
ロロはそっとシロエの袖から手を離した。気づかないうちに、ずっと掴んでしまっていたらしい。
「あの、私たち、少し離れていましょうか?」
内緒の話なのかもしれない。
そう思って聞くと、アカツキは首を横に振った。
しばらくの沈黙の後、低く、けれどどこか不自然に力の入った声が聞こえた。
「……外観再決定ポーションを、持っていないか」
「外観再決定ポーション?」
聞き慣れない言葉を繰り返したロロに、シロエが説明する。
「キャラクターの外見を変更できるアイテムです」
「そんなものまであるんですね……」
感心するロロの横で、アカツキは自分の手を見下ろしていた。
「この身体では、動きづらい」
ロロには、とてもそうは見えなかった。
つい先程、木の上から軽々と飛び降りてきたばかりだ。自分ならきっと足を滑らせて、誰かに助けてもらうことになる。
しかしアカツキにとっては、そういう問題ではないらしい。
話を聞くうちに、シロエの表情が変わった。
「もしかして、現実と体格が違うから……?」
「……性別もだ」
直継が目を丸くした。
ロロもつられてアカツキを見る。
長身で、肩幅もあり、声も低い。
けれど、この姿が現実の本人と同じとは限らないのだ。
「あ……」
先程まで、自分の髪の色さえ知らなかった。
ロロは横に垂れた後れ毛に触れる。
この身体が本当の自分にどれほど似ているのか、それすらも分からない。目の前の人は、その違いをはっきりと覚えているのだ。
「持っています。使ってください」
シロエはアイテムを取り出すと、アカツキへ差し出した。
アカツキはすぐには受け取らず、彼の顔を見る。
「いいのか?」
「困っているんでしょう?」
その言葉に、アカツキはようやく手を伸ばした。
◇
物陰へ入ったアカツキを待つ間、ロロはなるべくそちらを見ないようにしていた。
姿を変える。
言葉にすればそれだけだが、実際にはどうなるのだろう。
気にはなる。しかし、だからといって覗いていいわけではない。
「……お待たせした」
声に振り返り、ロロは目を見開いた。
先程の男はいなかった。
代わりに立っていたのは、長い黒髪を結い上げた、小柄な女の子だった。
服装に面影はある。けれど、見上げるほどだった背は、今はロロよりも低い。
「え、あの……アカツキさん?」
「そうだ」
声まで違う。
ロロがまじまじと見つめていると、アカツキは少し居心地悪そうに眉を寄せた。
そこでようやく、自分が失礼なことをしていると気づく。
「す、すみません。凄いなと思って……本当に変わるんですね」
「私も、ここまでとは思わなかった」
アカツキは手を握り、開いた。
足の位置を確かめるように一歩踏み出し、それから小さく息をつく。
その様子に、ロロもほっとした。
「動きやすくなりましたか?」
「ああ。こちらの方が、ずっといい」
先程までより声が自然に聞こえるのは、身体が変わったからだけではない気がした。
アカツキはシロエへ向き直る。
「世話になった。この恩は返す」
「そんな、大したことじゃ……」
「主君と呼ばせてほしい」
「……主君?」
シロエとロロの声が重なった。
隣で直継が吹き出す。
シロエは困ったように眼鏡へ手をやったが、アカツキは至って真面目だった。
少し変わった人なのかもしれない。
しかしロロも、助けてもらってばかりという点では同じである。お礼をしたい気持ちは、よく分かった。
「それで、こちらは?」
アカツキの視線がロロへ移った。
「ロロといいます。よろしくお願いします」
「アカツキだ。よろしく頼む」
頭を下げると、アカツキも小さく頷いた。
「ロロさんとは、ここへ来てから会ったんです。実は、記憶が混乱しているみたいで」
シロエの説明に、アカツキの表情が引き締まる。
ロロは慌てて言葉を添えた。
「少しは思い出したんです。兄に勧められて、私もこのゲームをしていたみたいで。でも、知っている人も、自分のことも、まだよく分からなくて……」
言葉にすると、改めて心細くなった。
自分のことなのに、まるで誰かから聞いた話を説明しているようだった。
「それで今、彼女のフレンドにマリエールさんがいることが分かったところです」
「とりあえず連絡してみようぜ。あっちも何か分かってるかもしれねえし」
直継に促され、シロエが頷く。
「ロロさん。僕から事情を説明してもいいですか?」
「……はい。お願いします」
自分では、きちんと話せる自信がなかった。
ロロが頭を下げると、シロエは少し離れて念話を始めた。
その背中を見つめながら、ロロはもう一度フレンドリストを開く。
〈マリエール〉。
名前を見ても、顔は浮かばない。
どんな話をしたのか、いつ知り合ったのか。何も分からないまま、懐かしさだけが胸に残っている。
向こうは、自分を覚えているのだろうか。
◇
「ロロ!」
シロエに案内されて辿り着くと、名前を呼ばれた。
顔を上げるより先に、誰かが駆け寄ってくる。
次の瞬間には、ロロはぎゅっと抱きしめられていた。
「ほんまにロロや……! 久しぶりやなあ、全然来えへんから心配してたんよ!」
明るい声が、すぐ耳元で聞こえる。
ロロは両手を浮かせたまま、動けなくなった。
知らない人だ。
顔も、声も、思い出せない。
それなのに、自分を抱く腕を振りほどこうとは思わなかった。
「あ、ごめんな。シロ坊から聞いたのに、うち、つい……」
返事がないことに気づいたのか、マリエールが腕を緩めた。
少し身体を離し、ロロの顔を覗き込む。
「うちのこと、分からへん?」
ロロは唇を開いた。
何か言わなければと思うのに、目の前の笑顔を見ると言葉が詰まる。
「……すみません」
ようやく出たのは、それだけだった。
こんなに会えたことを喜んでくれる人を、自分は覚えていない。
申し訳なくて視線を落とすと、背中をぽん、と撫でられた。
「ええよ。ほな、もう一回自己紹介しよか」
顔を上げた先で、マリエールが笑った。
「うちはマリエール。〈三日月同盟〉のギルドマスターや。よろしくな、ロロ」
差し出された手を見る。
ロロはためらいながら、その手を取った。
「ロロ、です。……よろしくお願いします」
マリエールの手は温かかった。
握り返すと、向こうからも少しだけ力がこもる。
思い出せなくても、会いに来てよかった。
ロロは繋いだ手を見下ろして、それからようやく笑った。