胡蝶の雪   作:ねをんゆう

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雪の呼吸 参ノ型 雪の声
周辺の雪と自身の精神を同調させ、付近の情報を雪を通じて読み取ることで広範囲の詳細な索敵を行う。また副作用ではあるが、同調させた雪によって音や匂いの隠蔽や強調が可能になる。
一見すると雪那の雪女としての能力を使っているだけのようにも見えるが、今の雪女にそこまでの力は残っていない。雪との同調を呼吸を使用することで強引に引き上げ、かつての雪女の力を再現しているに過ぎない。それでも原始の力には全く及ばず、脳、精神、体力、その全てを酷使しなければならず、それでも短時間しか維持ができない。一度使えば雪那は戦闘に参加することができなくなるため、非常に便利で強力な技ではあるものの、あまりにも使い勝手が悪い。


11.狂人の執着

「そういえばまだ自己紹介をしていなかったね。俺の名前は童磨(どうま)、あるところで教祖なんてものをやってるんだ。夜明けまでの1時間ほどだけど、君達のことだって救ってみせるよ?俺は」

 

両手に扇子を広げて冷気を纏う上弦の弐:童磨。

目の色が変わった彼の放つ雰囲気は先程までとは比べものにならず、指先まで力を込めていなければ身体が震えだすほどに圧倒的な負感情が襲いかかってくる。

 

「……師範」

 

「カナヲ、貴女には雪那を任せた筈でしょう」

 

「雪那なら、こうしろって、いうから」

 

「……」

 

銅貨で決めたことでもない。

誰かに指示されたわけでもない。

むしろ指示された行動に反している。

けれどそれでも、カナヲは刀を手に持ちしのぶの横に立つ。

それは明らかに自分の意思を持った行動だった。

 

「2人がかりならどうなかなると思ったのかい?若い女の子ならだいたい美味しいからいいけどね、何でも」

 

悍しい冷気が童磨の周囲を渦巻く。

義勇は未だに氷像を突破できていないどころか、刀が折れてしまっていることが影響し、むしろ追い詰められている。

 

だが、1時間だ。

あと1時間、何とか持ち堪えればまだ可能性はある。

 

「カナヲ、奴の冷気を絶対に吸い込まないように。サポートは任せます、目を凝らしなさい」

 

「はい、師範」

 

「それじゃああと1時間、頑張ってね」

 

 

……そう、思っていた。

 

 

 

血鬼術 霧氷・睡蓮菩薩(すいれんぼさつ)

 

 

 

童磨を頭部に乗せるほど巨大な氷の仏像が2人の僅かな期待を粉々に打ち砕いた。

 

 

 

 

 

(このままでは不味い……!)

 

たかが氷の人形だと侮っていたのが間違いだった。

義勇は今、2体の氷像の凄まじい攻撃を掻い潜り、なんとか生存を掴み取っている。

直撃していないにも関わらず凍り付く自身の衣服や付近を見て冷気を吸い込まない様に気をつけてはいるが、刀が折れてしまっている為攻撃をするにはどうしても近づかなければならない。だが一体を倒したところで二体目がいる。二体目を倒しても本体がいて、もしかしたらその前に三体目四体目が居るかもしれない。

無傷で突破するのが好ましいことは分かっているが、この戦闘の最中にも氷人形は段々と自身の技に対応し始めている。短期決戦をしかけても戦闘を長引かせてもこちらが追い詰められ、何かしらの外的要因がなければ打開することができない。義勇もまた、本体と戦うしのぶに加勢するどころの話ではなく、むしろ助力を願う側に立たされていた。

 

「ん〜、思ったよりも粘るねえ」

 

「!?」

 

三体目の氷人形が現れる。

これで完全にこちらが劣勢になった。

いくら彼と言えどももう時間の問題だ。

 

横ではしのぶとカナヲが巨大な仏像に対しているが、その凄まじい攻撃範囲からカナヲの目としのぶの速度で互いをカバーしつつ、なんとか凌いでいる状態だ。だがそれも長くはもたないだろう。拳による攻撃だけならまだしも、吐き出される冷風から完全に逃れることは難しい。機動力が段々と削がれ始め、もう既に限界が見えてきている。

 

(援軍は見込めない、5分ももたない。唯一可能性があるとすれば……)

 

 

 

水の呼吸 拾壱ノ型 凪(なぎ)

 

 

 

「っ!へぇ、水柱は何人か見たことあるけど、それは初めて見たなあ」

 

水の呼吸 拾壱ノ型 凪(なぎ)

義勇の編み出した独自の技であり、抜刀しての自然体から間合いの全てを無に帰す水の呼吸の一つの到達点。

3体の氷人形からの一斉攻撃を全て打ち落とし距離を取ると、即座に今も気を失ったままの雪那を担ぎあげる。しのぶとカナヲはこちらを見ている余裕がない、今が機だ。

 

 

水の呼吸 肆ノ型 打ち潮

 

 

これまで全く通用しなかったこの技に、氷人形達は少しの抵抗も見せることなく直撃を受け、粉々に砕け散っていく。

……いや、抵抗自体はしようとしていた。

攻撃の瞬間に身体が停止したのである。

義勇の予想は当たっていた。

 

「……眠ってる女の子をそんな風に利用するなんて、君の目には涙はないのかい?」

 

「そんなものはとうに捨てた」

 

童磨の言葉に無表情でそう返した義勇は、突然背負っていた雪那をしのぶとカナヲの方へと言葉も無しにぶん投げる。

そんな気でも狂ったかと思うような行動にさしものカナヲでさえも動揺が隠せず、しのぶは必死さも吹き飛んで完全にブチ切れていた。女性を女性とも思わないようなそんな行動にさしもの童磨でさえも苦笑う。

 

「ゆ、ゆきな……!よかった……!」

 

「殺す……あとであいつ絶対殺す……!」

 

空中でとは言え受け止めることに成功したカナヲは思わず心の底からの安堵を見せる。しのぶは横目でそれを見ながら呪詛を唱えていたが、いくら義勇が根からのポンコツだとは言え、何の考えもなしにこんなことをしたわけではない。これこそが今の状況を打開する最善策だと信じて行った行動である。

 

「っ、カナヲ!」

 

「……!」

 

雪那を受け止めることに必死になってしまい、目の前の攻撃から意識を逸らしてしまっていたカナヲ。迫る攻撃から身を守ろうにも雪那を受け止めたせいで体勢を崩してしまい、今からではどうしようもない。

咄嗟に雪那を庇うようにして体を丸めこむが、それだけで防ぎきることができるのならば、これまでこんなに必死になって避け続けてはいないのだ。

 

「カナヲ!!雪那!!」

 

2人の前に迫る冷気の奔流。目の良いカナヲが見ればそれはまるでガラス片の混じった竜巻の様なもので、直撃すらば2人とも肉片になるまでズタズタにされてしまう恐ろしいもののはずだった。

 

「……ま、そうなるよねえ」

 

しかしその人肉ミキサーとも言える様な悍しい息吹は雪那とカナヲに近付くと、突然弾けるように霧散してしまう。そんな不思議な光景を見ても童磨はまるでそれを知っていたかの様にウンウンと表情一つ変えず頷き、次の試練を3人に与える。

 

「それなら、これならどうなるかな?」

 

童磨の言葉に従うように氷の仏像は立ち上がり、今度は思い切りカナヲと雪那に対してその巨大な質量の拳を振るった。これまでとは比べ物にならないほどの速度と威力の攻撃である。きっと直撃すれば身体が粉々に吹き飛ぶ事になるだろう。

……それでもやはり、その拳は彼女達の少し前で何か壁に阻まれるように停止し、仏像もまた動きを止める。まるで何かを確かめるように2人をジッと見つめ、仏像はピクリとも動かない。

 

「カナヲ!」

 

「師範……」

 

カナヲの元に集まるボロボロの義勇としのぶ。

しのぶも一度だけ義勇に鋭い目を向けるが、直ぐに童磨に向き直る。

彼は動かず興味深そうに自分の出した氷の仏像を見つめていた。

まるでこれから何が起きるのか楽しみにしているような、そんな子供のような無垢な表情で。

 

「……なるほど、そこまでになるんだ」

 

まるで生きた人間の様な速さで氷の仏像は立ち上がる。

頭部に乗った自身の主人であろう童磨をまるでゴキブリを相手にしているかのような扱いで振り払い、これまで見たこともないような俊敏さで拳を振りかぶって叩きつける。

 

血鬼術の反乱

 

カナエからそう伝えられた時にはなかなか信じることができなかった光景が、今まさにこうして目の前に広がっている。

 

仏像の息によって童磨の周囲には冷気が吹き荒れ、少しずつ身体が凍りついていく。それでも冷気の合間を縫うように走る彼を仏像は一切容赦することなく両腕を振り下ろし、何度も何度も何度も何度も、完全に対象を叩き潰すまで追い続けていた。

 

「これが、姉さんの言っていた……」

 

「………」

 

きっとあれでは童磨を殺す事はできない。

鬼を殺すには日光か首を切らなければならないからだ、血鬼術では殺せない。

もっと言うなら義勇はあの仏像すら時間稼ぎ以外の何者にも使えないとも思っていた。なぜなら、卓越した血鬼術の使い手が知り尽くした己の血鬼術によって敗北することなど絶対に有り得ないと考えていたからだ。

 

そしてその予想通り、突然山中に響き渡っていた轟音が突如として鳴り止む。続いて金属と金属が擦り合う様な不快な音が聞こえ、瞬間仏像の頭部が大きく吹き飛び、凄まじい地響きと共にしのぶ達の前方へと転がった。

そんな恐ろしいことをした者はそれまでの猛攻がなんともなかったかのようにケロリと笑顔を携えて仏像の頭の上で座っているのだから、上弦の鬼の底知れない恐ろしさをしのぶ達は感じざるを得ない。

 

「どうだったかな?結構珍しい遊びだったから楽しんでもらえたと思うんだけど!」

 

「……っ!」

 

あんな巨大な仏像との戦闘を遊びと言い切る童磨に体を硬らせる。上弦の鬼は強いと聞いていた、百年以上もその顔触れが変わらず、柱でさえも餌食にされる存在であると。だが、それはあくまで知識として知っていただけであり、ここまでの存在だとは義勇でさえも思ってはいなかった。

柱が5人居なければこいつには倒せないとお館様は言っていたが、果たして5人居たとしても勝てるかと言われれば素直に頷くことができない。3人は上弦の鬼という存在の恐ろしさを改めてその身で感じる。

 

「それじゃあ、そろそろ俺は帰るとするよ」

 

「……な」

 

しかし、それだけの衝撃を3人に与えた童磨は仏像の頭部から飛び降りると彼等に背を向けて歩き出した。その背からは既にこれっぽっちも戦意というものを感じられない。彼は本当に全てを放り出してこの場を後にするらしい。

 

「……なんのつもりだ」

 

こちらを見逃してくれるというにもかかわらず、義勇は引き止める様にその意図を尋ねる。あと少しで夜明けだということも理由にあるだろう。倒せる可能性が少しでもある以上、諦めたくはなかった。それに何より、あれだけ固執していた雪那をこうもあっさり諦めることに違和感を覚えたからだ。

 

「なんのつもりって……あはは、やだなあ。もう少しで夜明けだぜ?鬼が逃げ帰るのは当然だろう?」

 

「お前ならその時間でどうとでもなるはずだ」

 

今の攻防ではっきりとしたのは、奴が血鬼術を使わなくともこちらから雪那を奪い取るのは十分に可能だということ。少なくとも上弦の弐という数字は伊達ではない。それになにより童磨が最初にこの場に現れた時、その気配についてはこの場の誰もが気付くことができなかったのだ。それを考えると、奴は確実にまだまだ力を秘めている。

 

「……へぇ」

 

童磨は義勇のその言葉に足を止め、薄く目を開く。

半身で振り返って左手に持った扇子で雪那を指すと、俯きこちらに表情を見せないまま、静かに、けれどはっきりとした口調で語り出した。

 

「そうだなぁ……その子はさ、俺の天敵なんだよね。例えばもし今その子が目覚めれば、俺はきっと君達の相手をしている間に血鬼術を奪われて確実に陽の下に晒されて殺される。そうでなくとも血鬼術を封じられてしまえば、君達のうち何人かは犠牲になるかもしれないけれど夜明けまではもたないだろう。……分かるかな?あの方以外にこの俺を好き勝手出来る存在、それがその子なんだよ」

 

そうしてクツクツと笑い出す童磨。

その笑いは今までのような機械音じみた作りもののそれではない。彼の腹から込み上げる、肉身を帯びた不快な音……

 

「ああ、すごいや。"本当に"ゾクゾクする……!そんな小さくて可愛らしい子が、百年以上も、人を、鬼狩りを、柱達を喰らい続けた俺を食い物にすることができるんだ!あの方から2番目の称号を貰っているこの俺を、数多の鬼の中で3番目に強いこの俺を、簡単に弄ぶことができるんだ!あは、ははははは!すごいや!こんなにも個人に対して興味を感じたのは生まれてこの方はじめてだよ!!」

 

口調は段々と乱れ、エスカレートしていき、それまで見せたこともない様な執着に塗れた悍しい表情で寝ている彼女に歪な笑顔と狂った情欲をぶつけ始める。

童磨から漏れ始めたその吐き気を催す様な黒く濃い悪感情の嵐に思わずカナヲは雪那を抱き締め、しのぶは2人の前に庇うようにして立ち塞がった。戦闘中に度々この感覚を感じてはいたが、秘めていたものはもっと凄まじいものだったらしい。

あの男にこれ以上、1秒たりともこの子を触れさせも見させもしたくない。これは鬼に対する嫌悪感というよりは、童磨という元人間の異常さに対するものだ。

それほどまでに目の前のこの存在が……気持ち悪い。

 

「ああ、あと少しでもこの感情への感動を君達に伝えられないのが辛い、"本当に"辛い。辛くて悲しくて仕方がない。まるで世界に色がついた様なこの感動を君達に伝えてあげられないのがとても悲しいよ!」

 

これならば冷気を打ち当てられた方がまだマシだった。ここに立っているだけで何か得体の知れないものに浸されている気がしてくる。

 

「……だから、また会いに来るね。

その時は絶対に、どんな手を使ってでも、

 

 

 

その子の人生は俺が貰うからね」

 

 

虹色の不思議な模様をしていた彼の瞳がまるで赤い亀裂でも入ったかの様に血走った。眼球が零れ落ちるのではないかと思うほどにその目を見開き、口が引き裂かれるのではないかと思う程に口角を上げる。

息を吸うことすら出来なくなる程に濃密な黒い気配に包まれて、自然と身体が震え出す。

まるでこの世の深淵を見てしまったかのように3人が体を強張らせていれば、いつの間にか童磨の姿は消えており、山の谷間から光が差し込み始めていた。

 

「あれが、上弦の鬼。雪那も厄介なのに目をつけられたわね……」

 

「……生きて帰れるだけマシだろう」

 

「はぁ……ま、冨岡さんは生きて帰れませんけどね。眠ってる雪那を危険な場所に放り込んだこと、忘れてませんからね?」

 

「……すまん」

 

「謝るなら雪那に謝ってください」

 

「すまん」

 

「起きてから言ってください」

 




山中で4人を追いかけていた上弦の参さん「なんかこの雪の中だと羅針が滅茶苦茶嘘つくんだが……」

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