胡蝶の雪   作:ねをんゆう

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12.悲しいすれ違い

「そうか……予想はしていたけれど、上弦の鬼にはやはり義勇でさえも及ばないんだね」

 

「ええ……ですが、今回は彼の機転のおかげで4人とも無事に帰って来ることができたと聞いております。彼の同伴を許してくださったお館様には頭が上がりません」

 

「いや、同伴を最終的に決めたのは義勇だ。お礼なら彼に直接言ってあげて欲しい」

 

義勇としのぶ、そしてカナヲと雪那が戻りことの次第の報告を行うと、持ち帰ったその情報の重大さに鬼殺隊本部は大いに荒れた。

柱達はこぞって鬼舞辻が現れたという山へと向かい、その後を追って調査の為に隠達もゾロゾロと群れを成して歩いていく。

義勇もそれに続いて行こうとしたが、流石に体力の限界+武器の破損という最悪のコンディションで向かうことは出来ず、蝶屋敷の玄関で倒れているところを発見され回収された。

 

一方で帰って来てからずっと何故か雪那を抱き締めたまま離れようとしないカナヲとしのぶは、体力の消耗自体は激しいものの後遺症の残るような大きな怪我もなく、今は3人で仲良く川の字になって眠っている。雪那も一度は目は覚ましていたものの意識が朦朧としていたので丁度よかったのかもしれない。とにかく、全員が無事に帰ってきたことが何よりも喜ばしいことだった。

 

「だが、鬼舞辻があんな山中で一体何をしていたのかが気になるところだね。上弦の鬼を2人も連れていたとなると、ただそこに居ただけという訳ではないだろうし」

 

「……鬼舞辻が何かを探していた、と?」

 

「奴が探していそうなものはいくつか想像はつくけれど、もしかしたらその中に雪那の存在もあったのかもしれないね。あれは状況の変化を酷く嫌うし、異質な力を持つ雪那という特殊な存在を警戒したとも考えられる。事実、結果的に自分の抱えていた鬼を上弦も含めて3体も放ったのだから。唯一奴の誤算は4人の逃走力と上弦の弐の極めて異常な執着心かな」

 

「ですがもしそうだとすれば、これまで以上に雪那ちゃんは狙われることになるのでは……」

 

「十中八九、そうなるだろうね。今回の件で雪那はその力の有用性を示してしまった、鬼殺隊の中でも最優先で狙われる対象になってしまっただろう。それに鬼舞辻だけじゃなく、上弦の弐からも宣言をされてしまったみたいだからね。あとは彼等を山中で追いかけていたもう1人の上弦の鬼……それからも上手く逃げ切った事で変な感情を持たれていない事を願うばかりだよ」

 

「あまり恐ろしいことばかり仰らないで下さい……あの子を外に出したくなくなってしまいますわ」

 

……とは言え、恐らく今回鬼舞辻と遭遇したのは殆ど偶然だろう。

時期にしては少し早い空に架かる雪雲を見て寄ってきたということはあるだろうが、雪那との接触自体は複数ある目的の1つだったと予想される。逃走中にもこちらの位置を確実に捉えられているわけではなかった。雪那を確実に捕捉出来る手段があるという訳ではないのは、まだ救いである。

 

「カナエ。君はあの2人が最終選別に参加するのは、16の歳になる2年後まで許す気は無いそうだね」

 

「……はい、それはいくらお館様のお言葉があろうとも変える気はございません。鬼殺隊のことを考えれば早くに戦力とさせるべきだとは思いますが、それでも」

 

「いいや、それを責めるつもりは無いんだよ。その意見については私も賛成だからね。……けれど、一つお願いをするとするなら、それまでにどうかあの2人を今よりずっと強くしてあげて欲しいんだ。もし次に今回と同じようなことがあったとしても、無事に帰ってこられるように」

 

鬼殺隊ではない彼等が、任務に同行しただけで鬼舞辻と上弦の鬼に接触し、しかも大きな怪我を置くこともなく生きて帰って来た。

耀哉にはそれがただの偶然だとは思えない。

きっと彼等は数百年続くこの鬼との戦いに大きな変化をもたらしてくれると、そんな気がしてならなかった。

だからこそ、彼等には出来る限りの力をつけていて貰いたい。

求めるならば、2年後までに柱と同程度の実力を。

 

「……自分が戦えないことがもどかしいかい?カナエ」

 

「っ!それ、は……」

 

「君の気持ちは分かる、と言ってもいいのかは分からないけれど。君も思い出して欲しい。君が任務から帰ってきた時に、君の心を満たしてくれたものが一体なんだったのか」

 

耀哉の言葉にかつて自分が鬼狩りをしていた時のことを思い出す。

救いたいものを救うことができず、分かり合えるという思いを踏みにじられ、心身共に傷付いて帰ってきた先で自分を癒してくれたものはなんだったのか。

 

「帰って来られる場所がある、帰りを待ってくれる人がいる……帰って来なければならないという思いがある。ただそれだけのことだけれど、ただそれだけのことが、常に死と隣り合わせの君達にとっては何より大切なことだと、私は思うんだ」

 

「……そう、ですね。ええ、その通りでした」

 

以前は自分が帰ってくる側だった。

そして今は自分が待つ側になった。

そして、待つ側の人間が何の力にもなれないという訳ではないということは、誰よりも自分が知っていた筈だった。

 

隣に立って戦うだけが力になるということではない。

迎えてくれる笑顔を思い浮かべるだけで湧いてくる力というものもあるのだと。

 

「ありがとうございます、お館様」

 

「カナエの助けになれたらのなら良かった。柱を退いてからも頼み事ばかりをしてしまって申し訳ないけれど、彼等のこと、これからもよろしく頼むよ」

 

誰よりも待ち、誰よりも迎え、誰よりも迎えることができなかった耀哉の言葉だからこそ、カナエは自分の考えに自信が持てた。この人が自分の使命のために私情を捨て、それでも目の前で消えていく同士達への愛だけは捨てられない優しい人だと知っているからこそ、心から自分の役割を認めることができた。

 

「ありがとうございます、お館様。必ずや私があの子達の支えとなってみせます」

 

「うん、期待しているよ」

 

彼女が帰ってからその異様なハイテンションに困らされるのはしのぶだということは、また別の話である。

 

 

--

ベッドが一つ置かれた小さな部屋。

本来ならば重症患者のための個室であるが、今日はそれとは別の役割で使われている。

それはその患者を他の患者から引き離すため。

というか、その患者の存在が余計な想像や緊張をさせてしまい、他の患者達が心と体を休めることを阻害してしまうことを防ぐために。

 

「……どうすればあの雪那という少女を譲って貰うことができるだろうか」

 

「は……?」

 

カナエが耀哉の所へ、他3人がダウンしている今、今は自分がこの蝶屋敷を機能させるしかない。

そんな風に気合を入れていたアオイの心意気は今日の1人目の担当患者である水柱:冨岡義勇のその一言によって突然なんの前触れもなく打ち壊されてしまった。

 

「アノ……イッタイ、ナニヲ、イッテ……?」

 

「……?あの少女を(次期水柱の後継者として)欲しいと言った」

 

「?????」

 

現水柱があんな小さな少女を自分のものにしたいと言った(そこまでは言ってない)。これはとんでもないスクープである。いつも何を考えているのかよく分からない水柱さんは、実は歪んだ女性の趣味をお持ちになっていた。こんなことが知られれば鬼殺隊での彼の立場が危うい。

……いや、そんなことは今はどうでもいいだろう。

それよりも自分達がとても可愛く思っている大切な大切な妹のような存在が、目の前のこの男に狙われているという事実(勘違い)がアオイにとっては何より受け入れ難い。きっとこんな話が広まれば間違いなく彼はしのぶによって串刺しにされるだろう。よくても毒を撃ち込まれる。

 

「以前から(後継者として)目をつけていたが、此度の一件で確信した。確かに(今は鬼の首を切れないという)欠点はあるが、それも含めて伸び代だ。今後成長していけば背は大きくなるだろう。……それにあの少女は(口数は少ないが雰囲気や気質は)俺の姉に似ている。あの少女ならばきっと俺が以前から求めていた(柱になるに相応しい)存在になれるに違いない」

 

(こ、この人!ただの姉好きなだけじゃなく、まだ小さな少女を自分の好みの女性に育て上げて喜ぶ光源氏的な変態野郎だったんだ……!!)

 

言葉の足らない義勇と全ての言葉がそっちの意味でしか捉えられなくなったアオイによって、すれ違いと思い込みはどんどん酷いことになっていく。

 

『以前から密かに雪那に目をつけていた義勇が、今回任務に同行して見極めた結果、彼が過去に想いを寄せていたであろう女性(自身の姉)になり得る素質を雪那が持っていることに気付いてしまい、遂にこうして本格的に彼女のことを自身の姉に仕立て上げる為に狙い始めた。』

 

そんな完璧な想像を作り上げてしまったアオイにとって、目の前の水柱は既に可愛い妹を狙う不審な人物以外の何者でもない。いや、それどころかもう義勇は性癖が根底から捻じ曲がったとんでもないクソ野郎だ。先程まではしのぶに告げ口するのだけは控えておいてやろうという少しの慈悲の心はあったが、今はそんな思いは微塵もない。今この場で切り捨てないだけ感謝して欲しいというレベルの話だった。

誤解だが。

 

「だが、今日の様子では胡蝶は簡単には許してくれそうにないだろう。何か心当たりはないだろうか」

 

「ありません!!」

 

「ぶっ」

 

既にアオイの中に義勇に対する尊敬の念など露ほどもない。

彼の問いに対して全力の拒否反応を示し、思わずその手に持った薬湯を思いっきり彼の顔面目掛けてぶちまける。

しかしそのことに謝罪するような精神状態では既になく、アオイは捨て台詞を残して部屋を飛び出していく。

 

「あなたなんかに雪那は絶対に渡しませんから!!あなたのような変態男なんかに!絶対!絶対に渡しませんからァァ!!」

 

 

 

 

「………へん、たい……?」

 

義勇の口の下手さが招いた事態とは言え、女性から突然"変態"と罵られ、湯をぶっかけられる。

義勇の心はあまりにも深く深く傷ついた。

そして、次の日から蝶屋敷の人間達から非常に冷たい目で見られることになり、義勇の心は更に冷たく凍り付いていくのだった。




ぎゆしはどこ……ここ……?

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