胡蝶の雪   作:ねをんゆう

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15.女の子の鍛錬-1

「え?しのぶちゃん、お休み取るの?」

 

「ええ、少し遠出して薬(と毒)の材料を探しに行こうと思いまして。そこで甘露寺さんにお願いをしに来たんです」

 

「そんな畏まらなくてもいいのに……それで、お願い事ってなぁに?」

 

「それはですね……」

 

甘露寺密璃、不思議な髪色をしたナイスバディな女性隊士。人というか隊服を作っているある特定の人物は彼女のことを乳柱と呼び讃える。

そんなどうでもいい情報はさておき、彼女は数日前、久しぶりに胡蝶しのぶと会っていた。

 

胡蝶しのぶと甘露寺密璃は仲の良い友人である。

少し硬い所もあるしのぶだが、鬼殺隊の中では数少ない戦闘を行う女性隊士の仲間。そして自分の特異な体質に嫌悪を示すことなく、むしろ興味深いと話しかけてくれたのが彼女だった。

そんな彼女からの頼みと言われれば断るわけにも行くまい。

甘露寺はやる気満々で今日ここ蝶屋敷に立っていた。

 

「ごめんくださ〜い」

 

「はいは〜い、ちょっと待っててくださいね〜」

 

密璃の言葉に反応して中から出てきたのは、しのぶとはまた違ったタイプの美少女。顔は見たことなかったが、あれだけしのぶから自慢の姉について聞かされていたのだ。そして仮にも鬼殺隊として活動しているので間違えるはずもない。

 

「しのぶちゃんにお願いされて来ました!甘露寺密璃です!今日はよろしくお願いします!」

 

「あらあらまあまあ!こんなに可愛い子が来てくれるだなんて!しのぶの姉の胡蝶カナエです。今日はよろしくね、密璃ちゃん♪」

 

「はいっ!よろしくお願いします!」

 

しのぶは目的地までの途中で一度蝶屋敷の方へと振り返り、『なんかやばい2人組を作ってしまったかもしれない』という不安に襲われたが、正にその通りである。

 

「なるほどなるほど、つまり私は2人の鍛錬のお手伝いをすればいいんですね!」

 

「ええ、そうなの。しのぶが居ない間は私も見てあげられなくて……本当に見ているだけでもいいからお願いできるかしら?お菓子もたくさん買ってあるから好きに食べてくれていいわ♪」

 

「わぁい!任せてください!頑張ります!」

 

いつもの縁側、いつもの場所。

密璃へのお願い事というのは雪那とカナヲの2人の鍛錬を見ていること、ただそれだけだった。

しのぶが休暇、そして最近は鬼の数が増え蝶屋敷もフル活動しており、人手が全く足りていない。いつもは屋敷の住人の誰かが2人のことを見ているが、今はその余裕さえも無かった。

 

2人の鍛錬は本当に限度というものを知らない。

なぜならこの2人は放っておくと片方が(主に雪那が)ぶっ倒れるまで延々と頑張り続けるので、偶に止めて休憩させなければならないのだ。

最近は余りにも危険過ぎるとカナヲがワタワタとし始めるようになったが、自分から止めることまではまだ出来ないので、それに気付いて助けてあげる必要がある。というかそうなる前の段階で止めるのがベスト。

最悪の場合はぶっ倒れた雪那に以前の様に口経由でカナヲが活力を分け与え、そのまま2人でノックアウトという事態に陥る。そういった面では2人はとても手のかかる問題児なのだ。

 

……まあ、こういうと難しく聞こえるが、実際に普段鍛錬を行なっている人間からみればそれくらいは直ぐに分かるので、密璃にも十分にこなせる仕事ではある。

縁側に座り足をプラプラとさせながら彼女は鍛錬場の中の2人を静かに見守り始めた。

 

(わぁ、2人とも技の質がすごい……もう殆ど完成されてるんじゃないってくらい。流石はしのぶちゃんと元花柱様のお弟子さんだわぁ)

 

熟練された呼吸の技は実際にそこに存在はしていなくとも、水や炎などが伴った現象としてその目に見えるようになると言われている。

まだまだ未熟な一般隊士が呼吸の技を使ってもただ刀を振っているだけにしか見えないが、柱レベルの剣士が振るう技は正に爆発や突風を伴って見え、威力さえもそれに相応しいものとなっている。

 

そういった視点で見れば、2人の技はよくできている。

カナヲの繰り出す技はその一振り一振りに数多の花弁が美しく舞い、残像を残す様な剣筋はまるで乱れ咲く花群の如く華やかだ。様々な花をモデルにした技の数々はそれぞれがとても特徴的で、特に連撃技が多いためかカナヲの周囲で巨大な花が花開いている様にも見える。

一方で雪那の繰り出す技は全体的にとても静かでそこに派手さは全く無いのだが、素早く柔軟な身のこなしはまるで粉雪が駆け抜ける様で、彼女の使う受け技は小さな体躯と細い刀から繰り出されるにはあまりにも大き過ぎる包容力をこちらに感じさせる。きっとあれを打ち破るには相当な威力の攻撃が必要になるだろう。

 

技の一つ一つがとても綺麗な2人が戦っている姿はそれだけで一つの芸術の様に美しく、粉雪と花弁が交互に舞い落ちる様で見ていてとても楽しい。

逆に選別前なのにこの腕前だと考えると自分に対してちょっとした焦りが湧いてくるが、これが柱に教えを受けている者なのだと密璃は無理矢理納得した。自分とて入隊したばかりなのだ、仕方ない仕方ない。

 

(けど、やっぱり今はカナヲちゃんの方が強そう。体力も体格も剣筋も、多分"常中"が完成しかかってるのね。それでもまだ伸び代はありそうだし。雪那ちゃんは技のキレと完成度がカナヲちゃんよりずっと高いから戦えてるけど、他の部分は大変そう。元々体力が無いのもあるのかしら、"常中"も完成までは時間がかかるかも)

 

きっと剣士としての才能もカナヲの方がずっとある。今は一時的に拮抗出来ていても、いずれはカナヲの方が上回るだろう。

聞いた話だが、彼女はしのぶと共に上弦の鬼と戦ったことがあるらしい。その経験も彼女の実力と伸び代を引き上げた要因の一つに違いない。

 

(きっとカナヲちゃんは順当に柱になれる逸材ね。十二鬼月のしかも上弦の弐を撤退させてるし、実践を積めば直ぐにでも話が来そう。

けど雪那ちゃんは……しのぶちゃんから色々学んでるし補助能力が高いから需要はあると思うけど、柱になれるかは難しいかも。兎にも角にも体力を付けないと)

 

そんなことを考えていると、やはり雪那の方が先にフラつき始めた。

雪那は鬼殺隊士としては体力が致命的に足りない。彼女個人で見ればほんの数年前まで殆ど寝たきりの状態だったのだからこうして動き回れているだけでも立派なものなのだが、この弱点はどうにかして克服する必要があるだろう。その速度と技術を生かすためには、生き残るためには、避けては通れない道だ。

 

「……うん、よし!はーい、2人とも休憩にしましょう!」

 

「「………?」」 

 

「あ、私はしのぶちゃんのお友達の甘露寺密璃って言うの。今日はしのぶちゃんの代わりに2人のことを見てるから、よろしくね♪」

 

「「………」」

 

「………あ、あはは〜」

 

この無口な所も直していかないといけないかもしれない。

 

 

 

 

「今日はありがとうね、密璃ちゃん。しのぶちゃんはまだ帰って来てないけど、もう時間も遅いし大丈夫よ。とても助かっちゃったわ♪」

 

「いえいえ〜♪私もこう、刺激?みたいなの貰えましたし、来て良かったです!」

 

夕方、結局体力を限界近くまで消費して汗を流した後、夕食を食べる暇もなく直ぐに力尽きた2人の少女を見ながらカナエと密璃は談笑をしていた。

話の中心はもちろんそんな2人の弟子のこと。

 

「将来有望な2人ですよね〜、流石はお2人の継子というか」

 

「ふふ、私もしのぶも柱ではないのだけどね。それに、柱が育てるからといって必ずしも優秀に育つわけではないのよ?結局はその子達の熱意と才能次第だもの」

 

「熱意……」

 

「ま、まあ、その点に関してはちょっとだけ過剰かもしれないわね」

 

あはは、と笑うカナエ。

それに対して苦笑いを返すしか無い密璃。

もう少しサボったり弱音を吐いたりしてもいいんじゃないか、それくらい可愛げがあってもいいんじゃないかと思うが、カナヲと雪那がサボっていたり弱音を吐くことなど全く無い。

むしろ師の方が止めなければならないという状況は一般的な師弟関係からしてもそうそう無いだろう。

 

そもそも2人が根本的な部分で色々と破綻している所があるとは言え、年齢的には年頃の女の子だ。修行に明け暮れてばかりではなく、偶にはお洒落に目覚めたりしてくれないだろうかとカナエは思ったりするが、2人ともそれについては完全に無頓着。カナエやしのぶが買ってきたものを何の抵抗もなく着てくれるが、それが2人の好みかどうかも分からない(雪那に関してはしのぶが珍しく買ってきたものを大のお気に入りとしている節はあるが)。

鬼殺隊として生きていくことは、決して女としての人生を捨てるということではないのだ。鬼を殺す術ばかりではなく、男を射殺す術だってたくさん覚えて欲しい。せっかく2人とも素材は良いのだから、これを捨て置くなど世界に対する罪とも言える。

 

「……密璃ちゃん。一つ協力して欲しいことがあるのだけれど」

 

「???」

 

カナエは密璃にある事をお願いしてみるのだった。

 


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