そうして夕方、ついにしのぶが帰ってくる時間となる。
「ただいま〜」
「おっかえり!しのぶちゃん!!」
「しのぶちゃんおかえりー!!」
「うわっ!姉さんに甘露寺さん!?……な、なんで2人してそんなに機嫌良さそうなの?」
「ふっふっふ〜♪」
「今日はしのぶちゃんに見せたいものがあるのです♪」
「え、えぇ……」
正直なところ、しのぶはそこそこ疲れて帰ってきたので今すぐ食事にして汗を流したかったのだが、どうやらこのまま逃げる事は叶わないらしい。
きっと2人が満足しなければ自分はこの玄関から先へは進めないのだろうと観念する。
そんなしのぶを見て蜜璃はしのぶの荷物を代わりに持ち、カナエは持ってきた座布団の上へと彼女を座らせた。特等席である。
カナエと蜜璃は今から見せるであろうしのぶの反応が楽しみで楽しみで仕方がなかった。
「あ!ちょ、ちょっと待って姉さん!外で待たせてる人がいるの忘れてた!」
「?待たせてる人……?」
「うん、出先でたまたま出会して困ってたみたいだから助けてあげたんだけど……やっぱり誤解だったというかなんというか、とりあえず入れてあげてもいい?」
「それは構わないけれど……」
一体だれを連れてきたのだろうか?
首を傾げるカナエと蜜璃。
ついでにギャラリーになってくれる人ならばいいのだが、と頭はそちらへとばかり走っていくが、その疑問はしのぶが玄関の扉を開けた途端に氷解するのだった。
「すまなかった」
「……あ〜、なるほど。やっぱりそういうことだったのね、しのぶ」
「うん、まあ……やっぱりそういうことだったみたい、姉さん」
「?」
訪ねてきた人物を見ても何の話か分からない密璃。しかしカナエはその人物を見るなり、すべての事情を察した。やっぱりそういうことだったらしい。
「なぜこうも誤解ばかりされるのか……」
「それは貴方が口下手だからですね、冨岡さん。もう少し上手いこと喋れないんですか、だから村でも警察に連行されそうになるんですよ」
「え、えぇ?何したらそうなるの、義勇くん」
「……とにかく、俺は変な意味であの少女を貰いたいと言ったわけではない」
「はいはい、分かりましたから。次の水柱の後継者を探してただけなんですよね。ただもう少し言い方ってものがあったと思いますよ」
「それは、すまない……」
水柱:冨岡義勇、あの日とんでもない誤解をされてしまい久しくこの屋敷に踏み入れる勇気の出なかった彼が初手謝罪と共に入ってきた。
話を聞くにしのぶが薬の材料を探しにとある宿場へ立ち寄った所で、義勇が不審者と誤解されて連行されそうになっていたのを見かけてしまったため、色々な感情はさておき、とりあえず助けることにしたという。
その村で1人のマタギの娘を助けた後、食事を取りながら例の一件について問い詰め所、ようやく話の全貌が見えてきたと。
今回の原因にアオイの勘違いもあったため、渋々ではあるものの誤解を解く手伝いをすることをしのぶは約束した。
そうして約束した結果、義勇はなぜか今しのぶの横に座らされ、これから行われるプチファッションショーの審査員をさせられている。
(……なぜこうなった?)
言葉には出さないが、ここへ来てある程度の謝罪を行ったらそのまま自宅へ帰る気満々だったため、彼の頭にはもう困惑しかない。
「丁度男の子の意見も欲しいと思っていたのよ♪さあさあ、義勇くんも素直な感想を頂戴ね♪」
「あ、ああ……」
彼の疑問に対して何の答えにもなっていない言葉が返ってきたが、例え理屈どんなものでも義勇はカナエに逆らうことはできない。
別に彼女が以前は自身より古株の柱だったからとかいう理由ではなく、末っ子として育ってきた宿命なのか、こう如何にもお姉ちゃんお姉ちゃんしてくる女性の言葉には逆らえないのだ。
きっと彼の姉が弟を大切にしてくれる女性だったからというのもあるだろう。
だからと言って姉の様な人が好みのタイプだというわけでも無いのだが、人として好ましく感じてしまうのは仕方がない。
こうして自分に積極的に構ってくる人間も少ないため、どんな無茶な頼みをされても彼女の言葉を無碍にすることはどうしてもできないのだ。
「それじゃあまず最初はカナヲからいきましょうか!カナヲー!おいでー!」
「え、カナヲがどうしたの……?」
企画の趣旨を全く知らされていないしのぶは突然姉がカナヲを呼び出したため、もう何が何だか分からないと言った感じで首を傾げる。
そしてカナエの言葉に呼ばれるようにして廊下の曲がり角の奥から聞こえてくる誰かの足音。
けれどその音は普段のカナヲの足音とは違い、ゆっくりと静かで、どことなく品を感じさせるようなものだった。
本当にそこにいるのはカナヲなのだろうか?
しのぶがそんな疑問を感じながら曲がり角を見つめていると、ゆっくりとそこに1人の"女性"が現れる。彼女は以前あった時とはまるで違う雰囲気を纏いながら此方を振り向き、とても上品な所作で一礼をして2人を迎えるのであった。
「……師範。お疲れ様、です」
「え、え?カナヲ、なの……?ほ、ほんとに?」
「どう?どう?義勇くんもどう思う??」
「……いいんじゃないだろうか」
「そうですよね!そうですよね!私もカナエさんも大満足の出来なんですよ!!」
普段着用の紺の着物にゆったりとした白の羽織……派手過ぎず、けれど決して地味ではなく、主張の激しすぎない花柄模様も含めて正しく静寂の美を体現したというのは店の親父さんの言葉だ。カナヲも普段は横で結んでいる髪を前の方へと下ろし、現代で言うところのルーズサイドテールの形を取っている。
そこに密璃から習得した一つ一つの丁寧な所作も合わさると、まだ14の彼女がまるで一気に5つほど大人になったと錯覚する程の完成度を見せた。これこそがあの場にいたお洒落講師3人がカナヲに見出した愛され美女の形だった。
「これはちょっと、私も認めざるを得ないかもしれないわ……」
「そうでしょうそうでしょう!ほらほらカナヲちゃん!例のあの一言も言ってあげて!」
「例の一言……?」
カナエの言葉に反応して、カナエは今も玄関で座る2人の前へとゆっくりとしゃがみ込む。
一体何が起きるのかと身構える2人に対して、カナヲは羞恥心からか少しだけ頬を赤らめ、何度も何度も練習した自然な微笑みと共にカナエから指示されていた一言を言葉にした。
「……2人とも、今日もたくさん頑張りましたね。おかえりなさい」
「「う"っ」」
「2人とも倒れた!」
「傷は浅いわ!けど重症よ!」
"この言葉を言う時は、2人を小さな子供だと思って言うのがコツよ"というカナエの助言通りに放たれたカナヲのその一言は、2人の急所をピンポイントで直撃した。
まるで鬼の拳の直撃を受けた様な大きな衝撃によって同時に後ろへ倒れ込んだ2人、そしてそんなことにカケラも容赦することなく2人へインタビューに向かうカナエと密璃。
カナヲのアピールタイムはこれで終わりなので、2人に嘘偽りのない感想を頂くこととした。
「……昔、泥だらけになって家に帰った時のことを思い出した。洗濯が大変になるだろうからと怒られることを覚悟していたのだが、そんな俺を蔦子姉さんは笑って出迎えてくれて、『子供は遊ぶのが仕事、今日もたくさん頑張ったわね』と。……蝶屋敷の人間はなぜこうも俺の古傷を撫でてゆくのか。今日は帰っても全く眠れそうにない」
「一瞬でカナヲに好きな人ができて子供ができて幸せな家庭を作って暮らしてる姿まで幻視できたわ……夢じゃなくて現実になって欲しい。
カナヲが旦那様と一緒に蝶屋敷にたくさん子供達を連れてきてね、私や姉さんがその子達に囲まれて困らされながらも、いっぱい笑って成長を喜ぶの。その時のカナヲは心の底から本当に幸せそうに笑っていてね……うぅ、カナヲ、幸せになりなさい」
「想定していた以上に重症で困ったわ」
「まさかここまでの威力になるなんて……流石カナヲちゃんね!」
「………」あたふた
カナヲが思っていたものとは全然ベクトルの違う方向に2人が飛んでいってしまったものだから慌ててしまったが、どうもこれはこれでよかったらしい。
今後同じ服装をして外を出歩いても問題ないかどうかはともかくとして、カナヲのアピールタイムは見事に大成功であった。