胡蝶の雪   作:ねをんゆう

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18.女の子の鍛錬-4

「ほらほら2人とも、まだこれで終わりじゃないのよ?起きて起きて」

 

「そうですよ!まだ雪那ちゃんの番が残ってるんですから!」

 

カナヲのアピールタイムが終わったが、これで終わりなはずがない。

むしろ本題はここからなのだから。

 

「やめてよ2人とも……雪那が今のカナヲと同じ髪型したら大病で床を離れられない女性みたいな儚さが出て来て本当に耐えられない……」

 

「よせ胡蝶……」

 

「ちなみにカナヲの髪を結ったのは雪那ちゃんよ。なんでも病気で亡くなったお母さんがこの髪型をしていて、そのお手伝いをよくしていたそうなの」

 

「ねぇぇ!!その話をなんでこのタイミングでするの!?そんな話を聞かされてこれから出てくる雪那を私は一体どういう気持ちで迎えればいいわけ!?雪那の家族の話とか私だって今初めて聞いたんだけど!?」

 

「やめてくれ……そういった話は本当に心にくる……」

 

「義勇くんもいい感じに壊れてきたわね」

 

「あと一歩ですね!」

 

「どういう目的で開かれた企画なのよこれ!」

 

もう既にカナヲによって息も絶え絶えになるまでノックアウトされているにも関わらず、ここからが本番の様なことを言われてしまえば助けてくれと言いたくなるのも仕方がないだろう。

 

義勇に関しては先程のカナヲの一撃で昔の姉の顔がフラッシュバックしたにも関わらず、直後にその姉に雰囲気が似ている雪那のそんな話を聞かされてしまえば、もう陸に上がった魚の様にピチピチとするしかない。

 

……とはいえ、2人とも本心を言うと見たいという気持ち自体は間違いなくある。

カナヲのアピールは正直に言うととても良かった。彼女の良いところが引き出され、完成度もかなり高い。普段ならばしのぶも『またこんな高そうなものを』と怒るところだが、これだけ似合っているとそうも言えず、値段に見合った物を買ってきたのだなとしか思えない。

そして、そんな完成度の高いカナヲを一番初めに持ってきたのだ。

ということはつまり、次の雪那はこのカナヲよりもインパクトのあるものである可能性が非常に高い。クオリティも期待していいだろう。

 

(気になる、見たい……けど見たら死んでしまう気がする。けど見たい……!)

 

「はいは〜い!悩む必要ないわよ、しのぶちゃん!だって見ないなんて選択肢はないんだから!」

 

「義勇くんも最後までちゃんと見ていってね〜♪」

 

「くっ……!」

 

「か、甘露寺さん離して……!」

 

「雪那ちゃ〜ん!出てきていいわよ〜!」

 

「おいで〜♪」

 

「「あああ……」」

 

しのぶと義勇を背後から羽交い締めにし、無理矢理座らせる2人。

これだけ見ると2人の絶望顔もあって最早拷問でも受けさせているのかという光景だが、これはただのファッションショーである。

間違えてはいけない。

 

そうしてカナエの声に応えて再度廊下の曲がり角の先から響いてくる足音。

今度はカナヲの時とは違いむしろ普段よりも早く、急いでいるというよりは何処かキビキビとした感じだろうか。

雪那の普段の足音が"トテトテ"と表現するとすれば、今のこれは"カッカッ"といったまるでハイヒールを履いた出来る女性の様な足音だ(実際に履いているわけではない)。

 

本当にそこにいるのは雪那なのだろうか?

 

カナヲの時と全く同じ感想をしのぶは抱く。

できればもう少し心の準備を、せめてあと3時間ほどは欲しかったところだが、現実は無情。

足音の主は何の容赦もなく2人の前へとその姿を現した。

 

「………」

 

「雪那、なの……?」

 

黒いコートに身を包み、普段とは違うキリッとした目付きをした雪那がそこには立っていた。

 

古今東西を歩き歩いた服屋の親父の最高傑作とも言えるその出来は凄まじく、黒の女性用コートに黒のカチューシャと一見黒だけで責めている様にも見えるが、袖や襟部分に灰色を刺し、銀のアクセサリーを散りばめる事で彼女の白髪との調和を完全に成功させている。

決して彼女の特徴とも言える全体的なスマートさを損ねたり隠すことはせず、可愛らしさの印象を払拭するためにタイツや薄い黒の長手袋などで微細なエロスを表現。

お洒落のためにこれらの物を顔見知りの貿易商を通じてわざわざ欧州の国々から取り寄せたというのだから、親父の熱意は凄まじい。

 

カナヲの今回のテーマが"大人な女性"だとするならば、雪那のテーマは"カッコいい女性"だ。

いつもは長いその髪を後ろで軽くまとめ、表情も改めているため、雰囲気だけでも既に普段の彼女とは全く別のものとなっている。

 

「……おかえり」

 

「え、あ……うん」

 

(まあ中身は雪那ちゃんのままなんだけどね〜……)

 

いくら動きや表情を改めても、染み付いた性格や口調まで変えるのは難しい。

とは言え、変化できる幅自体はカナヲよりも雪那の方が広いということもまた事実。

特に、今日は彼女も本気なのだ。

いつもとは違う彼女はここからである。

 

「……遅かった」

 

「え?そ、そう?日が暮れる前には帰ってこれたと思ったんだけど……」

 

「……義勇もいっしょに?」

 

「う、うん。出先でたまたま一緒になって、色々と誤解もあったから連れてきたんだけど」

 

「………そう」

 

「う、うん」

 

言葉では普段とあまり変わらないようにも見えるが、表情は普段よりもずっと冷たい。いつもあれだけ慕っているしのぶに対して、殆ど無関心のように目線を背ける。

 

もしかしたら、何か怒っているのだろうか?

 

そんな不安がしのぶの胸中に過ぎるが、その内容についてはこれっぽっちも見当がつかない。別に帰ってくる時間は予定通りで遅くなってはいないし、家を出る前までは雪那もついて行きたい多少駄々はこねたが、普段と変わらない雰囲気だった。もしかしたら雪那が自分の私物を見たのか、とも思ったが、別に雪那に見られて困るような私物は持っていない。困り顔でカナエと密璃に助けを求めてみるが、2人はニコニコと笑うばかりでアドバイスの一つもくれはしない。

 

困り果てたしのぶは、とりあえずチラリと雪那の顔を見る。

 

(……それにしても、ほんとに別人みたい)

 

髪型を変えただけで雰囲気が大きく変わるのは先程のカナヲを見ても明らかだったが、雪那に関しては着ているものも洋服で、姿勢も表情も普段のものとは全く違う。

しのぶもタイツというものは初めて見た。

コートと手袋によって上半身はしっかりと覆われているにも関わらず、下半身は足の脹脛(ふくらはぎ)のラインが完全に分かるほどに薄い膜のようなものが張り付いている。

コートの丈のせいもあり膝下辺りからしか見える事はないが、それでも普通の素足よりも艶かしく見えてしまうのは見慣れていないからだろうか。

 

(……露出は少ない筈なのにどうしてこんなに)

 

もっと言わせてもらうならば、手袋にだって目を惹かれてしまう。

恐らくかなり薄い素材で出来ているのであろうが、雪那の小さく可愛らしい手が普段よりも綺麗で細長く見えてしまう。その指先に触れてみたいという欲求は自然と湧いてくる。

特に今は軽く腕を組んで立っている雪那だが、重いイメージのあるコートと軽く薄い手袋やタイツとのギャップがしのぶの好みにドストライクだった。

 

可愛い雪那がカッコよくなっているというギャップ、

普段自分に甘えてくる彼女が今日は何故か冷たいというギャップ、

白が特徴の雪那が黒の洋服に身を包んでいるというギャップ、

厚みの印象の中に薄い生地が混じっているというギャップ、

自分より年下のまだ小さな少女から艶かしさを感じてしまうというギャップ。

ギャップギャップギャップギャップギャップ……

 

見れば見るほど見つけてしまうギャップの嵐。

 

このギャップという概念自体しのぶは知らないし、それが自分のストライクゾーンであることを認識すら出来ていない。普段と少し違うだけの雪那を見ているだけでこんなにも胸が高鳴ってしまう理由が分からないし、そんな自分への疑問は確かに頭には存在している。

だがそれでも、今も稼働している目の前の存在からギャップを探しに行ってしまうという自然な機能によって脳の大半を占有されてしまっているため、その疑問がそれ以上の変化を見せる事は全く無い。

最初はチラリと目を向けただけだったのにも関わらず、今ではもうしのぶは雪那の足の先端を始点に、その全てを目に焼き付ける様にじっくりと見つめてしまっていた。

 

(うわぁ、うわぁ、うわぁ……!!)

 

よく見たら少しだけ化粧をしているところだったり、髪を後ろで結んでいる髪飾りが胡蝶姉妹やカナヲがしているような蝶を模した物だったり、一見髪を弄んでいる様に見えて実はその髪飾りを手で触っているだけだったり……自分がショートしてしまうポイントを勝手に見つけて勝手に自爆していく。

しのぶは知らない、自分が今どんな顔をしているのか。

 

「……しのぶ」

 

「えっ、あっ、な、なに!?」

 

「寂しかった」

 

「え?」

 

突然声をかけられて驚いたしのぶに、雪那は容赦なく詰め寄っていく。しのぶを廊下の壁に押し付け、自分の顔を至近距離まで近付けて、まるで逃げ道を塞ぐかのように自身の右腕を壁に打ち付ける。

普段は見ないような雪那の真剣な顔が目の前にある。

そのキリッとした表情に気圧されてしまい、自分が何を言われているのかも分からない。

 

果たして自分はこれから何をされてしまうのか……ついに雪那に額同士を押し付けられる程に密着されてしまい、背後で女子2人組はキャーキャー騒いでいるし、冨岡義勇は突然起きた目の前の出来事に思考を放棄しているしで、もうしのぶの頭の中はめちゃくちゃだ。

けれどそれでも、視線すらも確実に逃すことのないように雪那はしのぶの瞳をこの距離からでもジッと覗き込み続ける。

 

「ゆ、ゆきな……?あ、あの、」

 

「……私は」

 

「え?」

 

「私は……さびしかった」

 

「あ……」

 

その一言を皮切りに、つい先程までそこにあった見慣れない女性の顔が段々と泣きそうな顔に崩れていき、もう既に懐かしさを感じてしまうような見慣れた小さな少女のものへと変わっていく。

 

「雪那……」

 

「………」

 

「……もう、どれだけ着飾ってもやっぱり雪那は雪那じゃない」

 

「うぅ、しのぶ……」

 

「はいはい、もう好きにしなさいな」

 

膝の上乗って対面で抱き着いてきた雪那を、しのぶはもう何の抵抗もなく受け入れる。呆れの気持ちもあるが、同時にやっと普段の可愛らしい彼女を見れた気がして安心感も湧いてきた。

たった3日家を空けただけなのにと思う気持ちも確かにあるのだが、これだけ作り込んできても結局決壊してしまった目の前の少女が愛おしくて仕方ない。

 

「なあに雪那?その髪飾りも買って貰ったの?」

 

「……わたしも、ほしかった、から」

 

「カナヲが羨ましかったんだ?」

 

「……ん」

 

「可愛いなぁ、もう」

 

珍しく周囲の視線を気にする事なくしのぶが雪那を可愛がっている。そこに羞恥心や遠慮はなく、自分の心を隠す事なくそのままに表に出す事が出来ていた。きっとそこには開き直りもあるだろうが、それ以上に雪那に対する愛情が溢れてしまっている。雪那がしのぶのことを大好きなのは周知の事実だが、しのぶだって雪那のことが大好きなのだ。

……そして普段は周りの目を気にしてそれを抑えている分、割と達の悪いレベルに膨れ上がっていることを、カナエだけは知っている。今回のこの企画はそういった面も考慮してカナエは練っていた。『何処かで一度爆発させておかないと、厄介ママみたいな感じになるのではないか』という不安の元で。

 

 

しのぶは今もくっ付いている雪那を連れて、そのまま風呂場の方へと向かっていった。

後にはそれを見送る4人だけが残っている。

 

 

パァッン!!

 

 

「!?」ビクッ

 

義勇の背後で突然凄まじい破裂音がしたため振り向くと、そこには甘露寺の両手に向けて思いっきりハイタッチを交わす2人の女性の姿があった。カナヲもまた、若干嬉しそうである。

 

「やりましたね、カナエさん!」

 

「ええ、今日は宴会ね」

 

「ふっふっふ、宴会の場所は雪那ちゃんには既に伝えてありますよ……!」

 

「よし!それじゃあ雪那ちゃんとしのぶは残して、私達は一足先に会場へ向かっちゃいましょう!」

 

「お、お〜……?」

 

なにやら彼等は達成感に満ちた顔で騒いでいるが、恐らく自分には関係のない話だろう。

ようやく解放されると一息ついた義勇は静かに玄関の扉に手を掛け……直後、凄まじい力で両肩を捕らえられた。

 

「もちろん、義勇くんも来るわよね〜♪」

 

「そうですよ!せっかく審査員までしてもらったんですから!今日は帰らせませんよ!」

 

「いや……明日も、任務が……」

 

扉の外へと逃げようとするが、まるで蛇に睨まれたカエルのように自分の身体はピクリとも動かない。

そして、そんな義勇の前に、1人の少女がまた雰囲気を変えて現れる。

 

「……一緒におゆはん、食べよう?」

 

「ぐがっ……!!」

 

冨岡義勇、19歳の冬。

女5人男1人という凄まじい男女比かつ、その全てが美少女揃い。

キャッキャウフフと騒ぎ合う姦しい空間の中に男がポツンと1人。

加えて周囲からの痛過ぎる視線を感じながら食べた豪勢な料理はこれっぽっち味が分からなかった。

この辛過ぎる食事はきっと一生忘れることはないだろう。

 

……ちなみに最後のカナヲの一言で思い出したのは、父親に叱られて寒空の下に閉め出されていた時、雪が降るほど寒い夜だったにも関わらず、温かいおにぎりを持ってきてくれて、一緒になって外で夕食をとってくれた姉の姿だった。

 

味が全く分からなかったにも関わらず何故かその時と同じくらいの温かさを感じたような気もしたが、それはきっと気のせいに違いない。

 


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