胡蝶の雪   作:ねをんゆう

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しのぶさんもお姉さんが帰ってきたので性格はまだ変わってません


2.妹蝶を追う小雪

side胡蝶しのぶ

 

姉さんが上弦の鬼に襲われて数日……

十数日にも渡る検査と治療を終えた姉さんは、再度自分の現状を見つめ直した末に花柱から降りることを決断してしまった。

いくら手足の不調は少なくとも肺に残った傷が致命的で、鬼滅隊員として何よりも重要な呼吸がほとんど使えなくなってしまったのだ。肺の機能は一般的な女性程度の働きしかすることができず、少し走っただけで息切れをし始めてしまう。もちろん全集中の呼吸・常中など論外であり、身体の機能や身体能力もかなり落ちてしまった。

普通の生活程度は問題なくとも、これでは誰かを守るどころか自分の身を守ることすら困難であり、柱として相応しく在れないと姉は笑ってそう言った。

 

私はそれを悲しく思ったが、反面姉はその事実を想定していた以上にすんなりと受け入れているのか、いつもの笑顔を絶やすことなく、それどころかいつもより晴々とした顔で今日も蝶屋敷の仕事に勤しんでいる。

 

「……姉さんが満足そうなら、いいのかな」

 

今日も庭でカナヲと共に楽しそうに洗濯物を干している姉の姿を見ていれば、柱で無くなったことも悪いことでは無い様な気もしてくる。

カナヲの感情はよく分からないが、ああして一緒になっているところを見ると、きっと彼女も姉とこうして戯れる時間が増えたのは喜ばしいことだったのではないだろうか。

 

何せ、姉は忙しい人物だったのだ。

これまでは姉の代わりに自分がカナヲの世話をしていたが、こんな仏頂面の女に物を教わるよりも姉の様な優しい人間に教えを得た方が誰であっても嬉しいに決まっている。私だってそう思う。

 

それに、姉がカナヲの世話をしてくれるのならば自分も自分に費やせる時間が増えるということ。

次に姉を襲った鬼と会った時、必ず勝つことができるよう、自身も研磨をしていく必要がある。

あの姉が手も足も出せず死の寸前まで追い詰められたのだ、鬼の首すら満足に斬ることの出来ない自分が持て余しておける時間などこれっぽっちもない。

姉の体に傷をつけた責任を、その身をもって償って貰うために。

 

それに姉という戦力が無くなった以上、鬼滅隊の為にも新たな力を手に入れなければならなくなるだろう。

やるべきことは多い。

 

 

 

だから……

 

 

 

「新しい子の面倒を見ている暇なんて無いんだけどなぁ」

 

さて、どうしてこうなってしまったのか。

姉が襲われた日、疲労困憊となった姉が自身の日輪刀を捨ててまでその胸に抱いて帰ってきたもの。

それがこの真っ白な女の子だった。

 

来た当初のカナヲ程ではないにしろ口数が少なく、けれどどうしてか連れてきた姉ではなく自分の後ばかりをついてくる。

何をしたいのかと聞いてみても首を傾げるばかりで、彼女に関する質問をしてみてもやはり首を傾げることしかしない。

けれどこちらから例えば部屋の使い方などを話してみれば相槌をしながら聞き入るものだから、取り敢えずしのぶは自分の仕事をこなしながら少女に蝶屋敷について教えていた。

 

この雪那(ゆきな)と名乗る小さな少女は、カナヲ以上に不思議な存在だった。

まず彼女は鬼のように太陽の光を嫌うが、それに関しては彼女の体質故に仕方がない。彼女の場合はそれによって失明や火傷の危険があるのだから、保護者として注意すべきなのは当然だ。

次に、彼女がこの屋敷に来てからどういう訳か頻繁に雪が降るようになった。降り積もる様なものではなく、本当にチラチラとという形でではあるが、以前はこんな現象など無かったのだから間違いなく原因は彼女にある。

 

そして、最後に姉から聞いたこの子との出会いについて。

 

突如として上弦の鬼が自身の血鬼術に襲われ始め、彼女に接吻をされた途端に停止していた姉の全身が回復したという。

それこそ血鬼術の類なのではないかと疑いもしたが、上弦の鬼の血鬼術を操るなど、最早元凶の鬼舞辻無惨でさえも出来るかどうか分からない所業だ。

生まれも育ちも不明、能力も目的も何も分からない。

如何にも怪しいそんな彼女だが、自身の姉を救った張本人だというのだから話は別だ。

多少時間を取られることになろうとも、少しくらいは彼女のために時間を割くべきだろう。彼女を疑うなどもってのほか。

もしあの戦いで姉が命を落としていれば、私はそのまま壊れてしまっていたに違いないのだから。

 

「雪那、何か食べたいものはある?」

 

「………?」

 

「いや、そこで首を傾げられても困るのだけど」

 

「……みかん」

 

「それだけ考えて出た答えが蜜柑なのね……まあ返答がないよりはマシか。ほら、こっち来なさい。確かいくつか残ってた筈だから」

 

そう話した私の言葉に素直に従ってトテトテと付いてくる姿は素直に愛らしい。

食堂の一角に対面となって座り、蜜柑の皮を剥いて手渡してやると「いいの?」と言わんばかりにソレと私の目を交互に見るものだから、ニコリと笑って彼女の手に握らせる。

すると微かにではあるが首を傾げながら微笑みを返し、「ありがと」と言うのだから可愛げがあるというもの。

カナヲは無反応だったので新鮮味もある。

 

しのぶとて女である。姉の様に可愛いは正義とまでは言わないが、可愛いものは嫌いじゃない。むしろこうして素直に甘えてきてくれるのならば、こちらも素直に可愛がりたくなるものだ。

 

「………」

 

「……なんでそんなに私の顔をジッと見つめて食べるの」

 

その小さな手で蜜柑を口に運び、しのぶの顔をジッと見ながらゆっくりと咀嚼を進めていく。どうしてそんなに自分の顔を見て来るのかは分からないが、不快な視線では無い。

 

「ぅ……?」

 

「しかも食べるの遅いし……わ、頬やわらかい……」

 

ただ何となく気恥ずかしさを感じるので照れ隠しに彼女の頰を突いてみれば、そのあまりの柔らかさに驚愕した。これならばいつまでもフニフニと触っていられるほどに気持ちの良い感触を伝えてくる。

 

「んぅ」

 

「っ」

 

けれどそれよりも、触れた指先に少女が嫌がるどころか、むしろ顔を擦り付けてきたことについてのダメージが甚大で、思わずしのぶはその場で動きを止めてしまった。

 

(ひ、人懐っこいにも程がない?何でこの子こんなに私に懐いてるの?)

 

今では頬を擦り付けるだけでは飽き足らず、手に持っていた蜜柑を机に置き、しのぶの手を掴んで彼女の手のひらを存分に楽しんでいる雪那。カナヲと同じであまり表情がよく分からないイメージがあったが、こんな風に目を閉じて心地良さに浸っている姿を見れば印象もまた変わって来る。

この子は口数が少ないだけで、自分の意思自体は普通に持っているのではないのだろうか。それに何故か自分に懐いていて、仕事の説明や部屋の紹介のような面白味のない話でも素直に聞いてくれる積極性もある。

ハッキリとは分からないがこちらの説明を理解している様な雰囲気もあるし、もしかすればしっかりと何かを教えれば彼女はそれなりに優秀な働き者になるのではなるかもしれない。

しのぶは"どうしたの?大丈夫?"といった感じで首を傾けて自分の方を見ている雪那に目線を合わせ、一つ試してみることにした。

 

「ねえ、私の仕事を手伝ってみる気はない?」

 

「……?」

 

流れではあったが、雪那がしのぶの弟子の1人となったのはこの時からであった。

 




胡蝶しのぶ
胡蝶カナエの妹であり、同じく鬼殺隊に所属している。
呼吸法自体は会得しているが、その体格故に鬼の首をまともに斬ることが出来ず、必然的に後方支援に回される事が多い。しかし戦闘のセンス自体はあるため、何かしらの有効打があれば化ける可能性があると一部の者は期待してある。
柱にまで上り詰めた姉の影に隠れているため感じているコンプレックスは強いが、医療に関する知識や何かを他人に教える技術はズバ抜けており、彼女を体格でバカにするものも居るが、感謝や尊敬の念を抱いている者も多い。
何故か姉の拾ってきた少女に懐かれている。

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