胡蝶の雪   作:ねをんゆう

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21.山籠り生活

選別が始まって3日が経とうとしていた。

初日に大半の参加者が脱落してしまい、20数名いた者達も今やその半分も残っていない。

しかし一方でこの山の中には既に鬼は1匹たりとも残ってはおらず、唯一いた大物も何処かの誰かが単独で処分したらしい。鬼の存在については雪那が体力の消費を代償にこの山一帯を索敵したため、殲滅できているのはまず間違いないだろう。

……ということはつまり、これから7日目までは自動的にただのピクニックになるというわけで。

 

あれほど気合いを入れて臨んだ最終選別が、いつの間にかただの山合宿になっていた件について。

 

食料も水もとうに確保していた雪那とカナヲは今はもうやることが特に無く、とりあえず暇なので降っている雪で遊ぶことにしてみた。

植物は豊富なので手乗りの兎を作ってみたり、雪だるまを作ってみたり、雪のお城を作ってみたり、完全に山に遊びに来た子供の光景。

きっとこれほど緊張感のない最終選別は過去には無かっただろう。

 

かまくらの中で持ち込んだ鍋と調味料を使って料理をし始める雪那。

この数年でしのぶやカナエに教わり、料理の腕もかなり上達した。カナヲが釣ってきた魚や山菜を使用し、温かいスープを作り始める。

鬼によって大半の動物が殺されてしまっているために基本的には主食が魚になるのは仕方ないが、何より困るのは飽きである。同じ魚でも調理方法を変えるだけでその印象も変わってくる。雪那はそういったことも考えて料理を作っていた。カナヲも久しぶりに飲む温かなスープには何処かほっこりとした様子を見せている。

 

「……なんだ、この良い匂いは」

 

ふと、かまくらの外からそんな声が聞こえてきた。

なんだかんだといっても自分達以外の参加者を見るのは久しぶりである。残りの人数が減ってからは他の参加者をめっきり見なくなってしまっていたため、雪那はつい気になってしまいヒョコッとかまくらから顔を出した。

 

「なっ!お、鬼か!?」

 

「むぅ」

 

「ふごっ!?雪!?」

 

顔に大きな傷跡を持つ人相の悪い少年。

ひと目見れば如何にもチンピラといったそんな少年に、突然鬼扱いをされた。

怒った雪那は手元にあった雪玉を問答無用で顔面に投げ込む。別に玉になるように固めただけなので当てられても痛くもなんとも無いが、当たったと同時に爆散して服の中まで雪が入ってくるので受けた方はたまったものではない。ドチャクソ冷たいのだ。

 

「テ、テ、テ、テメェ!!一体なにをしやがる!!」

 

「むぅ!鬼じゃない!」

 

「アァ!?……ア?テメェ鬼じゃねぇのか?」

 

「ちがう!」

 

自分の容姿が特異であることは知っているが、それを鬼と間違えられてしまえば流石の雪那といえどもプンプンである。雪那だってこうして怒る時はあるのだ。膨れっ面で雪玉を執拗に胸元目掛けて投げ付ける。

 

「つめっ!冷てェ!!ざっけんなテメェ!雪が入ってきてんだろうが!!」

 

「あやまって!」

 

「ハァッ!?」

 

「あやまって!!」

 

少年はその人相の割に意外と押しに弱いらしい。雪那が鬼に間違えられたことに本当に怒っていることを知ると、何だか少しだけ居心地の悪そうな顔をし始める。

如何にも女性に弱そうな雰囲気を彼からは感じた。

 

「……チィッ!!悪かったよ!これでいいかよ!」

 

「ん!」

 

「ちょ、おまっ、今度は何だ!情緒不安定かテメェ!!」

 

「ん!」

 

流石に悪いと思って素直に謝罪をした少年であったが、直後にその少女によってガッシリと腕を掴まれてかまくらの中に引き摺り込まれてしまう。その力は普通の人間のものでは無く、この体躯の差があるにもかかわらず単純な力勝負なら普通に負けてしまいそうな程に強い。

少年はもう目の前の少女が何を考えているのかさっぱり分からなくなってしまった。

 

「おい待て!なにかまくらに引き込んで……ってうわァ!中にもう1人居んのかよ!!」

 

「ん」

 

「しかもお前も"ん"しか言わねぇのかよ!」

 

「ん!」

 

「今度は熱ィッ!?テメェいい加減にしろよ!?さっきからいったい何がしたい……って、汁物……?」

 

「ん」

 

「……飲んでいいのか?」

 

「ん」

 

無理やり引きずり込まれた先で手渡された温かな汁物。この山中サバイバル生活であり付けるとは思いもしなかったまともな温かい食事。

それをこんな先程出会ったばかりの(しかもとんでもない無礼をかましてる)相手から受け取ることになるとは、少年は微塵も思っていなかった。

もしかしたら毒か何かでも入っているのではないかと隣にいる2人の少女達を見るが、彼等はこちらのことなど見向きもせずに普通に美味しそうにそれを啜っている。

本当に善意で分けてくれたらしい。

 

(……うめぇ)

 

仮にも女性の身でこんな如何にもな見た目をしている自分を拠点に引き入れ、しかも飯まで分けてくれる。もし何の打算もなくこんなことをしているのならば、それはもう心配になる以前のレベルの話だ。2人とも容姿が良いだけに無防備にも程があるだろうと。

 

「なぁ、なんでこんなもん分けてくれたんだ?いや、助かるんだけどよ」

 

「………?美味しいから」

 

「は?」

 

「美味しくできたから、色んな人に食べて欲しい」

 

「……ただのお人好しってことか?本気で言ってんのならお前そのうち悪い奴に騙されるぞ」

 

「怪我してる……?見せて」

 

「いや、聞けよ……マジでお人好しなのかよお前、そんな擦り傷放っとけば治るだろ」

 

「いいから」

 

ついさっき会ったばかりなのに、鬼と見間違えるなんて失礼かまして怒らせたばかりなのに、この少女がどうしてこんなにも自分に構ってくるのかが理解できない。こんなにもお人好しな人間を彼は今日まで見たことがなかったからだ。他人に優しくされた経験なんて、それこそ家族以外の思い出がない。

今も彼女は自身の食事を中断して、腕に残った小さな切り傷を自分の体でも無いのに丁寧に治療している。本当に、何か見返りを求めているような雰囲気はどこにも無かった。

 

(……治療も手慣れてる。よくよく見れば2人とも汚れすら殆ど付いてねぇ。こんな試験受けてる時点でただもんじゃねぇのは当然だが、もしかしたら今の異常な山の状態にも関係してるのか?)

 

目の前の白髪の少女と隣の黒髪の少女。

彼女達2人には一切の汚れが付いていない。

反対に少年は全身泥まるけで、これでもまだマシな方だ。自分以外の参加者ならば、もっと状態の酷いものだっているだろう。この状況下で無傷な2人の少女は完全に異常な存在でしかない。

 

「なあ、昨日の夜から鬼を全く見ないんだが、もしかしてお前等何か知ってるか?」

 

「……倒した」

 

「は?」

 

「16体、倒した」

 

「……冗談だろ?」

 

「カナヲは24体」

 

「……それって、鬼の話だよな?そんなに居るのかよ、この山」

 

「ん、もうこの山に鬼はいない」

 

「マジかよ……まだ始まって3日だぞ……」

 

「4日間山籠り」

 

「熊も出ねぇ様な気楽な山になっちまったのか……」

 

そんな言葉をサラッと言うものだから、逆に嘘とは思えず。だが、これでこの山で2日目を境にメッキリ鬼の気配が感じられなくなった理由も説明はつく。

彼女達がこんなにも無防備にも良い匂いを周囲に撒きながら夕暮れも近いのに呑気に料理をしているのも、その余裕があるからに違いない。

 

だとしたら……自分も鬼から生き残るのではなく、自然から生き残るという意識に切り替えなければいけないだろう。ある意味では、食べるものが減ったという意味になるのだから。

 

「ん、帰るの?」

 

「……まあ、帰るって表現もおかしいけどな」

 

「ここに居ても、いいよ?」

 

「いや!お前マジで少しは警戒しろよ!男を気軽に寝床に入れようとすんじゃねぇ!」

 

「……?大丈夫、男に興味ない」

 

「そこは問題じゃねぇよ!!お前が無くても相手は分かんねぇだろうが!!」

 

「……貴方も……?」

 

「誰もそんな事言ってないだろうがァァ!!ああもう、やってられっか!俺はもう行くからな!!」

 

「美味しかった?……また来てね」

 

「〜〜〜っ、美味かったけどもう来ねえよ!」

 

これ以上調子を崩されては堪らないと、少年はその場を走り出す。味の感想を述べるのを忘れなかったのは、きっと乱暴な態度では隠せない彼の心根の優しさ故だろうか。

自分が作ったものを美味しいと言われたため、雪那もニッコリである。

 

……互いに名前を聞くのを忘れていたが、どうせまた4日後に会えることを思い出して雪那はカナヲにお代わりを注ぎ始めた。

 

 

 

「すごく、すごく良い匂いがする……!けど耐えろ、耐えろ炭治郎!これはきっと鬼の罠だ!こんな場所でこんなにも良い匂いをさせる命知らずな人なんて居るはずがない!耐えろ、耐えろ……!鼻がそっちに集中してしまって全然効かないけど耐えるんだ……!!」

 

なお、周囲の参加者を引き寄せる意味もあって出していた料理の匂いが、むしろ被害者を1人生み出してしまっていたことはまた別の話である。

 


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