「雪那!カナヲ!!」
「2人ともおかえりなさい!」
「しのぶ……!」
「ただいま、帰りました」
蝶屋敷に帰るとカナエとしのぶだけでは無く、アオイを含めた看護師の者達も出迎えをしてくれた。
7日ぶりにしのぶに会えたことが嬉しくて雪那はそれどころでは無いだろうが、姉や妹の様な存在である2人が命の危険がある場所に行っていたということで、皆涙を流して無事を喜んでくれている。
しのぶは雪那に抱き付かれてフラついているが、カナヲはむしろカナエに抱き付かれて同じ状態に陥っているのだから、この辺りの関係性が見えて来るというもの。その周りをアオイ達が抱き付くものだから、もうてんやわんやだ。
雪那も相当にはしゃいでいるのか、降雪の量もエラいことになっている。
「ゆ、雪那。とりあえず屋敷に入りましょう?ほら、落ち着いて……庭が雪で埋まっちゃいますよ?」
「ん……わかった」
「カナヲも雪那ちゃんも、活躍は色々聞いているわよ〜♪今夜はご馳走ね♪」
「ご馳走……」
「さあアオイちゃん!2人ともお風呂に連れてっちゃって〜♪」
「はい!きよ、すみ、なほ!2人を連れて行くわよ!」
「「「はい!」」」
この1年で新たに加わった3人の新人達も今や立派なアオイの補助係として働いている。
蝶屋敷は今日も賑やかだった。
「雪那、カナヲ……これは私達からのお祝いよ」
浴場で汗と汚れをさっぱり落とした2人を待っていたのは、しのぶとカナエからの入隊祝いだった。
カナヲには白の衣、雪那には白の羽織。
もちろんこれは以前世話になった例の親父さんが用意したものだった。
「どうかしら?2人に似合うと思って、しのぶと一緒に凄く悩んで選んでみたんだけど……気に入ってくれたかしら?」
「すごく、嬉しいです。師範」
「〜っ♪〜っ♪」
「……聞かなくても分かるくらい喜んでるわね、雪那ちゃん。ふふ、そんな頬擦りするとシワになっちゃうわよ」
「ま、まあ選んだ甲斐はあったけれど……そんなに喜ばれるとなんだかこっちが恥ずかしくなるわね」
「わ、私も……すごく、喜んでます……」
「!!も〜う、分かってるわよカナヲ♪
本当に可愛いんだから、私達の妹達ってば♪」
この数年でカナヲも随分と自分の心を見せる様になった。
今でも自分で決められないことは銅貨に頼ってしまう癖はあるが、それでもどうしても自分から伝えたい思いがあると、照れながらでも言葉で伝えられる様になった。
雪那は常日頃から好き好きしてくるタイプだが、カナヲは時々大きな好きでドンと殴ってくるタイプ。
どちらもどちらだがカナヲのデレはなかなかに破壊力がある。
現にカナエだけでなく、しのぶも今の言葉にはキュンとしてしまった。
「……姉さん、そろそろ話に戻らないと」
「……そうね、そうしましょうか」
しかし、こうして鬼殺隊の隊士となったからには、今までの様に笑っているだけにはいかない。
これからは、もう笑っていられるだけの世界では無い。
鬼殺隊に入ったからには、笑顔だけでいられることはない。
しのぶもカナエも、祝うだけの為にこの場を設けたわけではなかった。
「雪那、カナヲ、あなた達はこれから積極的に任務をこなしていくことになります。それも恐らく、本来ならば癸では任されないような難易度の高いものに」
「傾向として、カナヲは今後私の任務に随行しつつ、事後処理部隊:隠の隊員の護衛及び指揮をお願いすることになるでしょう。まあカナヲの実力を考えればまあ当然といいますか……蝶屋敷で指揮をするに十分な知識は会得していますし、今後柱になるに必要な経験も得られますから」
「逆に雪那ちゃんにはあちこちの地域を走り回って、他の隊士達の手助けをして貰うことになると思うの。戦力が足りなさそうな所や、今直ぐに治療が必要な隊員の居る場所。支援が必要な新人隊士の任務同行だったり、鬼が出たのに近くにいる隊員に対処できる力が無い場合……雪那ちゃんなら1人でも多くの隊士を救う事ができるから、求められる場所は多いわ」
「2人が一緒の任務に着くことはあまり無くなると思うけれど……自分に求められた役割をしっかりこなすこと。いいですね?」
「わかりました」
「……わかりました」
既に柱と同程度の実力があり、純粋な実力に加えて優秀な視力があるために今の段階から準柱として扱いやすいカナヲ。
変則的な実力ではあるものの専門的な医療技術を持ち、特に守りという面に関しては柱の攻撃すら通さない程に確かな雪那。
この2人を新入隊士だからと言って弄んでおくような余裕は、鬼の勢力が活発になり始めた今どこにもない。
それに雪那としては出来る限りしのぶの近くに居たいだろうが、彼女が居るだけで多くの命が救われる。
彼女の確かな知識は怪我の絶えない鬼殺隊員だけではなく、鬼に襲われた一般人の命までも救い、たった一人で優秀な鬼殺隊員1人と隠2人分の役割を果たす事が出来るのだ。ある意味ではカナヲよりもその活躍を期待されている立場にある。
雪那も自身に求められている役割を自覚しているため、これについては既に自分の気持ちは固めていた。少し寂しそうな顔をすることはあっても、嫌だということは決してなかった。
「ただし雪那、貴女は鬼から狙われている立場の人間でもあります。この一年で大分雪雲を散らせる事が出来る様になりましたが、万が一と言うこともあるでしょう。そのため、雪那には特別な鴉を付けることに決まりました」
「……白いカラス……?」
「そう、珍しい色をしていたでしょう?あのカラスを見た場合、近くにいる隊員は全員雪那ちゃんの場所に向かう様に決まったの。特に柱への伝達は最も早いものになるわ」
「まあ、今の雪那なら逃げ切る事くらいはできるでしょうけれど……万が一、以前の様に複数の十二鬼月と遭遇する可能性もあるし、逃げ切れないと悟ったら直ぐにカラスを飛ばす様にするのよ」
「はい」
以前、付近に季節外れの雪が降っていたがために居場所を捕捉され、親玉に加えて上弦2体に鬼1体という過剰戦力に襲われた過去のある雪那。あの事件は鬼殺隊の中ではそこそこに有名な話であり、彼女が実際に鬼殺隊に入ってからどうしていくのかは、カナエを中心にお館様や一部の柱を含めて何度も何度も話し合われた。
彼女の可能性や鬼舞辻がわざわざ自ら動いたという事実を考えると多少特別扱いをしなくてはならないという結論になり、こう言った形にまとまった。
ちなみにだが、この会議で彼女だけの特別扱いに渋りを見せた柱達を特に説得したのは何を隠そう水柱:冨岡義勇である。
普段会議中は全く自分の意見を出さない彼が珍しく積極的に意見を出したものだから他の柱達も若干引き気味に肯定してしまい、その流れでカナエが提案した大抵の提案がすんなり受け入れられたという経緯があった。今回の彼の貢献度はなかなかに大きい。
しかし、真っ白な髪に真っ白な羽織に真っ白なカラスと来たら、もはや同じ鬼殺隊から見ても同僚とは分からないレベルだろう。
だが、だからこそ目立つ。
彼女の存在を知る者を増やす事もまた、今回の目的の一つだった。
「ねぇ2人とも、2人ならきっと直ぐにだって柱になれるわ。けどね、その前に色々な体験をして欲しいの。嬉しい事も、悲しい事も、辛い事だってたくさんあると思う。」
「でも、だからこそ分かることもある。強くだってなれる。2人には身体だけじゃなくて、心も強くなって欲しいの」
「頑張ってね、2人とも」
2人は実力は十分にある。
きっと単純な戦闘で負けることはそうそう無いだろう。
だが、人には心があり、感情がある。
それは時として強力な武器にもなるが、致命的な弱さにもなり得るものだ。
精神的に未熟な部分が多い2人には、なるべく早い段階で心の強さを身につけて欲しい。それがカナエとしのぶの願いだった。
刀も隊服も、2人はきっと誰よりも早く届く。
そして、誰よりも早く戦場に向かうことになる。
こうして何にも追われることなく4人で話すことが出来る時間も、もしかしたらこれで最後かもしれなかった。