胡蝶の雪   作:ねをんゆう

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26.那谷蜘蛛山-3

「そうか……もうそれだけの死者が出ているのか。けれど、やはり雪那にお願いしたのは間違いじゃなかった。彼女のおかげで大分事情が掴めてきた、子供達も何人か生きて帰ってこられている」

 

産屋敷邸にて雪那の放った白いカラスと村田が放った黒いカラスが耀哉に対して報告を行なっていた。

耀哉にとっては待ちに待った報告だ。

雪那を投入して直ぐにこれだけの情報が入り、それとほぼ同時に隊士の生存報告まで入ってきたのだ。

耀哉にとってはこれ以上に嬉しいことはない。

 

「十ニ鬼月がいる事が確定した。柱を行かせなくてはならない……義勇、しのぶ、お願いできるかな?」

 

「「御意」」

 

冨岡義勇、胡蝶しのぶ、偶然にも現在集めることができた柱は雪那と関わりの深いこの2人だった。

どちらも(特にしのぶが)久方振りに雪那と会える機会であることに少しの嬉しさを抱きながらも、耀哉の言葉に早速刀を持って立ち上がる。

 

「この一か月、結局雪那から連絡は来ませんでしたし……連絡をよこさなかった事をどう説教してあげましょう?どう思いますか?冨岡さん」

 

「胡蝶、お前もそろそろ妹離れしたほうがいい」

 

「うぐっ……冨岡さんの癖になかなか痛い所を突いてくるじゃないですか。確かに私も最近それを気にしてはいますが……」

 

「隠を連れて行くのだろう、早く準備をしろ。時間が惜しい」

 

「……あれ、これもしかして冨岡さんの方が雪那に会うの楽しみにしてません?」

 

「……遅刻したことを気にしているだけだ、早くしろ」

 

(一方的な)言い争いをして屋敷を後にする2人の柱を見送りながら、耀哉は白カラスが運んできた那谷蜘蛛山の報告とは異なる報告書に目を通す。

そもそも義勇が遅刻したのも、雪那の関連で頼んでいたことがあった故にだ。

あまりそれについて責められると耀哉が困る。

 

「達成任務数32、他任務外活動8、総移動距離350里、直接討伐数18、間接討伐数4、救命活動数83、うち生存者74……夜にしか活動できない雪那がたった1月でこの数字を出すのはどう考えても異常だ。今日までこれに気付くことができなかったのは、完全に私の失態だね」

 

達成した任務数だけではなく、鬼の討伐にもかなりの貢献をしている。

そして何より目を引くのは救命活動を行った回数とその生存率だ。

彼女が救命活動を行った者は9割近くの確率で息を吹き返している。

手がつけられないものには最初から手を出さないからという理由もあるだろうが、それでもこれは現場を知っていれば明らかに異常な数字だ。

何かしら使ってはいけない手札を使っているのは間違いない。

 

(鬼の大量出現に加えて、雪那の使い勝手の良さ、そして雪那自身から休息の要請が全く無かった事から、あまりに多くの要請が彼女に集中してしまっていたらしい。基本的に隊士は怪我をした時に休息を取るから、怪我を全くしない隊士の休息についてはまだまだ管理が甘かった。これは柱の活動にも言えるけれど、改善が必要だね)

 

耀哉は任務の調整についての文を複数のカラスに括り付けて飛ばす。

自分だけでは外に出ることができない彼が今できることは、これくらいしかない。

今回の任務が終わったら一度雪那を蝶屋敷に戻して話し合う必要があるだろう。

そして、同時に管理を杜撰にしてしまっていたことを謝らなければならない。

 

(炭治郎のこともある、これからまた忙しくなりそうだ)

 

柱合会議は直ぐにでも必要になる。

耀哉は早速カラス達を飛ばして各地に散らばる柱達に召集をかけるのだった。

 

 

 

柱の到着が遅れている、それについては雪那も分かっていた。

だからこそ、今自分にできる事を極限までやるしかない。

いま、戦闘は大きく分けて二箇所で行われている。

 

一つは巨大な鬼とあの騒がしかった猪の被り物をした少年、もう一方は恐らく十ニ鬼月と思われる鬼と額に痣を持つあの少年だ。

どちらも劣勢であるが、痣の少年の方には彼が背負っていた鬼も加勢している様に感じる。

 

(優先すべきは……猪の子、かな)

 

どうにも相性が悪いようで、少年は今もなんとか逃げ回っている。

けれど、雪那もまた相性は悪い。

巨大な鬼はその分首回りが太く硬い場合が多いのだ。

雪那は基本的に筒雪でしか首を切る事ができない。

しかし、今は痣の少年の方も限界が近く、時間に余裕が全くない。

 

“獣の呼吸 参ノ型 食い裂き"

 

決死の覚悟で背後から鬼の首目掛けて二本の刀を振り下ろす猪の少年こと伊之助。

 

この鬼によって遠くは吹き飛ばされてしまった炭治郎の言葉通りに最初は時間を稼ぐことにしていたが、自分らしくないと考え直し、もとい考えを捨てて父蜘蛛鬼に切り掛かった。

途中まで優勢だった伊之助だったものの、脱皮という鬼にしては珍しい行動の末に更に大きさを増した父蜘蛛鬼になす術なく……

それでも負けたくないという強い意志の元に振り抜いたのがその一撃だった。

 

バキンッ

 

「折れっ……ごふっ!」

 

しかし、哀れにもその二本の刀が首を裂く事はなく折れてしまう。

無防備を晒したその身体は父蜘蛛の強烈な裏拳を一切の軽減することもできずに受け、そのまま木々に叩きつけられた。

呼吸で受け身を取り損ね、モロにそのダメージを受けてしまった伊之助は今もゆっくりと敵が近付いてくるにも関わらず体を起き上がらせることができない。

 

(……やべぇ、このままじゃ……)

 

いくら鍛えていようとも相手は鬼。

大きく屈強な手で首を閉められ、逃げようにも逃げられなくなる。

きっとこのまま直ぐにでも自分は押し潰されてしまうだろう。

 

『オ"レの家族に"、近づくな"アァァ!!』

 

「俺は死なねぇぇぇぇ!!」

 

"獣の呼吸 壱ノ牙 穿ち抜き"

 

最後の足掻きで折れた刀を敵の首に突き刺す。

しかし、それ以上刃が動く事はない。

ダメージは与えたものの、それは敵の怒りを買うに過ぎない行為だった。

 

「……ッ!?」

 

喉を握られ、死が寸前まで迫ってくる。

頭を過ぎるのは様々な瞬間の映像。

何度も謝る知らない女。

こちらを見る炭治郎と善逸の顔。

藤の花の宿屋で会った老婆の笑み。

それは俗に走馬灯と呼ばれるものだった。

人間が死の直前に見るという過去の出来事……

 

(……死に、たく、ねぇ……)

 

 

 

"雪の呼吸 伍ノ型 雪華(せっか)"

 

 

 

『ッウグ!?』

 

突然、自分の首を閉めていたその巨大な両手が離れていった。

あの巨体が軽々と、正しく自分があの鬼にされたような勢いで吹き飛んでいき、首を解放され咳き込む目の前に先ほどまでずっと探していた女の後ろ姿が映り込む。

伊之助は声が殆ど潰れている状態でありながら、思わず文句を言うのを我慢できずに怒鳴りつける。

 

「デ、デメェ!?今までどごほっヅギ歩いでやがっだ!!」

 

「……遅くなって、ごめん」

 

「んなごど誰も聞いでねぇ!……あ!デメェそいヅに手ェ出すなよ!?そいづは俺の獲もnぐぼっ!!」

 

「……休んでて?」

 

「うるぜぇっ!!」

 

ボロボロのままなんとか立ち上がろうとする伊之助だが、やはり生まれたての小鹿のようなプルプルとした動きであり、戦闘参加は難しそうだ。何度も叫び続けた結果吐血し、視界を回す。

そんな彼を見た雪那は一度ため息をつくと、なんとか立ち上がりかけた伊之助の脚に軽く蹴りを入れ、彼に尻餅をつかせた。

 

「ブッ!……なにじやがんだデメェェェェェ!!」

 

「……怪我してる、無理しない。足手纏い」

 

「んだとゴルァァァ!!」

 

「私に任せて」

 

「ざっげんなゴルァァァ!!デメェだっで無理じでんじゃねぇガァァ!!んなグゾ悪い顔色でイキっでんじゃねぇぞオルァァァ!!」

 

口だけは達者の伊之助を無視して、雪那は目の前の巨体に向き合う。

あれだけの太くて硬い首は完全な奇襲でもない限り雪那では斬り落とすことができない。だが、切り落とすことができなくとも、殺し方ならいくつでもある。

雪那は鞄から一つの瓶を取り出し、自身の刀の上に垂らした。

相手は服を着ていない、幸いにもこれが通りやすい相手だ。

やりようはいくらでもある。

 

「オレの家族二!手ヲ!出スナァァ!!」

 

「……みんな、誰かの家族。殺していい人なんて、1人もいない」

 

 

"雪の呼吸 肆ノ型 細雪(ささめゆき)"

 

 

すれ違い様に高速の連撃を叩き込む完成した肆ノ型。

特殊な歩法により高速で突進し、身体の捻りと刀の振りによって全身に散らすように12もの傷跡をつける、毒殺専用の型。

動脈等の太い血管のある部分を集中的に狙い、身体のあらゆる場所から毒が凄まじい勢いで巡っていく。

例え切れなくとも、傷をつけることさえできれば十分だ。

父親鬼は全身を黒く変色させながら苦悶の声を上げて暴れ始める。

しかし段々と動きは静まっていき、雪那がその有様「意識を奪われてしまっている伊之助に治療を施し、縛り上げ終わった頃には、バタバタと苦しげに動いていた手足も含めて完全に事切れていた。

 

雪那は最後に鬼の生死を確かめて、その場を颯爽と後にする。

 

「………っでウオォイ!!デメェなにじでグれでんだ!離ぜオラァ!ごれほどけ!!」

 

「身体、大切にして……?」

 

「テメェにだげは言われたグねぇんだよオラァ!!ごっぢ来い!デメェもぶん殴って愉快に眠らせてやらァ!」

 

「……ありがとう、またね」

 

「デメェェェェェ!!ゴ解いてからいげやオラァァ!!ごんの不健康女がァァ!!!」

 

伊之助の叫びも虚しく、雪那は再び山の中へと消えていく。

こうして彼女を見送るのも、今日はこれで2度目だ。

どちらの時も追いつけなかったこと、あんな不健康そうな女に助けられたこと、そしてそんな女の方が自分よりも何倍も強いということ。

なにもかもが伊之助にとっては気に入らないことだった。

 

「……弱ェ……グゾが!!弱過ぎるぞ俺ェェェェ!!!」

 

伊之助の声が山中にこだまする。

しかしその声に応える者はどこにもいなかった。

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