胡蝶の雪   作:ねをんゆう

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35.炭治郎の機能回復訓練

蝶屋敷には機能回復訓練というものが存在する。

長期にわたり入院していた隊士達に体力を取り戻させるための訓練であり、しかしその内容はそこまで大したものではない。

看護師達による身体のほぐし、薬湯をかけあう反射訓練、鬼ごっこを行う全身訓練、大きく分けてこの3つである。

 

そして今、その訓練をある3人が丁度この鍛錬場で行なっている。

炭治郎、善逸、伊之助の仲良し3人組のことである。

最初の数日絞られた炭治郎と伊之助、途中参加した善逸……3人ともそこそこ優秀な隊士であったために、普通の看護師達相手ならば数日で勝つことができ始めていた。

 

しかしカナヲには誰一人として勝つことができない。

既にカナヲとの訓練が始まり3日が経つが、3人はたったの一度も勝利を掴めてはいない。

どころか、完全にコテンパンにされている。

徐々に心が折れ始めた2人と、その2人を慰めようとしている炭治郎。

それでもカナヲに勝つ兆しは全く見えない。

 

だがそれもそのはず。

彼等はカナヲが同じ時に隊員になった同期という感覚だが、カナヲの実力は既に柱と変わらない。

髪の毛一本でも触れることができれば上出来だ。

看護師達だって彼等3人にカナヲに勝つことまでは望んでいない。

 

そんな事実を知ることのない3人の心は順調にボロボロにされていくが……それでも炭治郎だけは諦めようとはしていなかった。

 

そしてそんなある日のこと、この機能回復訓練にある変化が起きる。

 

「ということで、今日から雪那も訓練に参加することになります。雪那、この方達が例の3人組です」

 

「……よろしく」

 

「雪那さん!もう大丈夫なんですか!?」

 

「おいおい、また美少女が増えたよ。どうなってんのここ訓練、最高かよ。諦めようとしてたのに心揺らいじゃいそう」

 

「どうせお前もずぶ濡れになるんだ……」

 

「……えっと」

 

「雪那、気にしないでいいわ。ほら、早速始めましょう。まずは雪那から」

 

3人のそれぞれの反応に雪那は困惑するが、この数日で彼等にすっかり慣れたアオイによって軽く受け流される。

3人とも雪那に言いたいことはあるだろうが、それを今ここで発散されては面倒くさいというアオイの好判断だった。

 

「それじゃあカナヲ、お願いね」

 

「わかった」

 

 

「おいおい、あいついきなりあの女が相手かよ」

 

「ええ、病み上がりでそれはキツいんじゃ…」

 

「ふんっ」

 

伊之助と善逸の言葉をアオイは鼻で笑う。

確かに彼等3人からしてみれば何の慣らしも無しでいきなりカナヲとの訓練をさせられるのは可哀想としか思えないだろう。

しかし、雪那が全く表情を変えることなくそれを受け入れている姿を見て、炭治郎だけは彼女の後姿を見ていた。

 

「雪那」

 

「カナヲ、お願い」

 

「……わかった」

 

互いに向き合って座り、多数の薬湯に目を下げる2人。

段々と雰囲気を増し始め、善逸と伊之助が本当にこれから自分達がやっていた薬湯の掛け合いが始まるのかと混乱する。

 

「何を勘違いしているのか知りませんが、雪那の相手を私達ができる筈がないじゃないですか。ここではカナヲかしのぶ様にしかできません」

 

アオイは慣れたように威圧感を放ち合う2人の間に立ち、開始の合図を上げる。

 

「はじめっ!」

 

瞬間、鍛錬場内に風が吹き荒れた。

3人が見たこともない紛れもないカナヲの本気。

その手先は視認することすらできず、無表情ではあるものの、その目の動きは凄まじい。

そして雪那もまた、カナヲの動きに間違いなく付いてきていた。

尋常ではない速度でカナヲの薬湯を押さえ、防御重視で確実にカナヲに攻撃するチャンスを伺っている。

 

……しかし、

 

 

バシャンッ!!

 

「………」

 

「………」

 

雪那の後方にいた炭治郎の顔に薬湯がかかる。

 

勝ったのはカナヲだった。

しかし、カナヲの手から放たれた薬湯を雪那は反射的に避けてしまったのだ。

(しまった)と思った2人と、薬湯をかけられてから微動だにしない炭治郎。そんな炭治郎をかわいそうな奴という顔で見る善逸と伊之助。

しかしアオイはそんなことに全く気にすることなく雪那に感想を述べる。

 

「やはり筋力と反射が衰えてますね。何度か取り逃しがありましたし、攻撃に転じる機会を逃しているようでした。体力は不思議と衰えていませんが、とりあえずほぐしておきますか」

 

「え……」

 

「きよ、すみ、なほ。連行です」

 

「「「はい!」」」

 

「や、やだ……」

 

「カナヲも手伝ってください」

 

「……雪那、ごめん」

 

「あぁぁぁ……」

 

先程までのかっこよさはどこへやら。

雪那はカナヲと3人のよう看護師によって体ほぐしへ連行されていく。

どうやら彼女は体ほぐしが苦手らしい。

あまり表情は変わらないが、全身から嫌だという気を強烈に感じた。

 

「……化け物かよあいつら」

 

「いや、その被り物してる奴に言われたくないだろ。俺もちょっと思ったけど」

 

「す、すごい!俺もできるようになりたい……!」

 

「あ〜あ、炭治郎に火ついちゃったよ」

 

「次は伊之助さんですね。カナヲ、お願いします」

 

「まただ、また負けるんだ……今日もびしょ濡れにされるんだ……ゴメンネ、弱クテゴメンネ……」

 

「あれを見せられた後にやらされるのは地獄だろ……」

 

今日も訓練場には色々なものが折れる音が響き渡っている。

 

 

 

 

 

訓練10日目、伊之助と善逸は既にバックれていた。

今日この鍛錬場で参加しているのは雪那と炭治郎のみ、だが雪那は段々とカナヲに勝つ回数が増え始めていた。

相変わらず体ほぐしの度に力尽きているが、筋力や反射も以前と変わらないくらいになってきている。

 

それなのに、炭治郎には全く進歩がない。

どれだけやってもカナヲに勝てないし、成長している気配もない。

炭治郎は伸び悩んでいた。

諦めることは絶対にしないが、どうすればいいのかが分からない。

 

「「「あ、あの……!」」」

 

しかし、いつの時代もそんな一生懸命な人間には誰もが頑張って欲しいと思うものだ。

3人の看護師きよ、すみ、なほは決して諦めることなく頑張り続ける彼をみて、悩む彼の力になりたいと思った。

 

「全集中の呼吸を、四六時中……?え、そんなことできるの……?」

 

「柱の皆さんやカナヲさん、雪那さんはそうしています!」

 

「頑張ってみてください!」

 

「う、うん……や、やってみるよ」

 

一瞬するだけでも苦しくなる全集中の呼吸、それを寝ている間も含めて常に行い続ける。

炭治郎にとってはそれは新しい知見だったが、同時にそれがどれだけ難しいことかが嫌でも分かってしまう。

試しに数分続けてやってみたが、本当に死にそうになった。

肺から耳まで凄まじく脈動し始め、耳から心臓が出たと錯覚するほどの悍しい感覚に襲われたりもした。

こんなことを一日中行う?

あまりにも現実離れし過ぎた発想に、心が折れかけるかと思った。

 

「それなら瓢箪を吹いてみるのはどうかしら?」

 

「瓢箪、ですか……?」

 

そんな炭治郎の元に次に力になろうと話しかけてきたのは、彼等を手厚く看護してくれた元柱のカナエだった。

カナエも仕事の片手間、彼が奮闘している姿を見ていたのだ。

頑張る男の子はいつの時代も素晴らしい。

そんな彼のために、カナエは3つの瓢箪を用意してくれた。

 

「瓢箪を吹いて……音が鳴ったりするんですか?」

 

「ううん、破裂させるの♪」

 

(破裂……!?)

 

「え、これ!?これをですか!?こんな硬いのを!?」

 

「ええ、カナヲと雪那ちゃんはそうやって身に付けたの。大丈夫よ、炭治郎くんなら直ぐにでもこっちの大きさのものも壊せるようになるわ♪」

 

そういってカナエは普通の瓢箪より一回り大きい、人の胴体と同じくらいの大きさのある瓢箪を炭治郎に手渡す。

普通の瓢箪よりもずっと硬いのに、こんな大きさのものを壊せという。炭治郎の心中は驚愕どころの話ではない。

……ちなみに、その隣にもう一つ人の身長くらいの大きさの瓢箪もあるが。

 

「あ、これ?これは雪那ちゃんが今練習している瓢箪ね。ここまで来るのは流石に直ぐには無理だから、気にしなくて大丈夫よ」

 

「……ち、ちなみにここまで来るのに2人はどれくらい時間が?」

 

「ん〜……カナヲは数ヶ月、雪那ちゃんは一年以上かかったかしら。でも、本当に気にしなくていいのよ?ある程度常中が出来る様になれば、それ以上はオマケみたいなものだもの。伸び代の少ない雪那ちゃんが苦肉の策で頑張っているだけで、炭治郎くんくらい背丈と体力があれば他にすべき事はいくらでもあるわ」

 

「……が、頑張ります」

 

そっちの瓢箪でなくとも今の炭治郎にとっては絶望である。

炭治郎はあの大き過ぎる瓢箪は見なかったことにして、とりあえず小さな瓢箪から試してみることにした。

ちなみにこれすら割れる気がしない。泣きたくなった。


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