「炎柱の、煉獄さん……?」
「そう!雪那さんなら何か知ってるんじゃないかと思って!」
「……ん、知ってる。熱くて、眩しくて、苦手」
「ああ、なんとなく分かる気がするかも。前に見た時も凄くいい返事で反対してたし、凄く熱い人だった」
「えぇ……なに?炎でも纏ってんのその人?」
「うん」
「マジで!?焼死体まっしぐらじゃん!?」
汽車のある場所へと向かう4人、道中で繰り返されるのは善逸と炭治郎による雪那への質問責めであった。
最初こそ雪那も戸惑いながら言葉を返していたが、それでも意外と雪那が3人の中で馴染むのにそう大した時間がかかることはなく、今ではこうして軽い冗談を言ったりもしていた。
未だに伊之助だけは彼女に不満げな雰囲気を漂わせてはいるが、雪那が見つめ返すとフンとそっぽを向く。
以前のように何か直接言わないだけマシだろう。
善逸曰く、別に嫌っているわけではないらしく、ただこの数週間どうやっても雪那に勝てなかったことを未だに引きずっているらしい。
どう見ても自分よりも小さく弱そうで不健康な少女が、自分よりも強く、自分よりも働いていることが気に食わない。というか自分の弱さが気に食わない。
彼は蝶屋敷に来てからずっとそう言っていた。
その想いをきっと今も持っているのだろう。
そんなこんなで色々なことを駄弁りながら歩きに歩いた4人は、そこまで多くの時間をかけることもなく目的の汽車の元へと辿り着いた。
人が大勢いる、田舎者にはなかなか厳しい場所である。
「な、なんだあの生き物はァァ!?」
「汽車」
「こいつはアレだぜ……この土地を統べる者」
「汽車」
「この長さ、威圧感、間違いねぇ。今は眠ってるようだが油断するな!」
「いや雪那ちゃんがさっきから汽車だっつってんだろ、聞けよ」
「うるせぇ!落ち着け!」
「いやお前が落ち着け?」
「待て伊之助、この土地の守り神かもしれないだろう。いきなり攻撃するのは良くない」
「炭治郎も話聞いてた?あれが汽車なの、列車なの。乗り物なの、人を運ぶ。分かる?」
初めて見る列車を前に山育ちの田舎者2人に必死に突っ込む2人の苦労屋。
しかしそう言う雪那も山育ちの田舎者であり、こうして列車を見るのは初めてだった。
その話の中でしか聞いたことがなかった巨大な乗り物を非常に興味深げに見つめている。
こうして見上げると確かに何やら威圧感のようなものを感じる気もする。この鉄の塊を両断するのはなかなか難しいだろう。
こんなにも大きく力強いものを人間がつくれる様になったという事実が、山で生きてきた者達にとってはなによりも驚愕すべきことである。
「猪突猛進!」ドゴッ!
「やめろや、恥ずかしい!!」
「こら!貴様等何をしている!」ピピー!
「やべっ!」
「なっ!刀持ってるぞあいつ!?警官だ!警官を呼べ!」
「やばいやばいやばいやばいやばい!!」
しかし雪那がそうして見ていられるのも束の間、伊之助の列車に対する頭突きによって4人は早速その場を逃げざる得ない状況に陥ってしまった。
というか、そもそもどうしても刀を隠そうとしない伊之助が悪い。
雪那の事前の提案で善逸と炭治郎はしっかりと刀を布で巻いたのに、伊之助だけは頑なにそれを拒否したのだ。
田舎でならまだしも、汽車のあるような街中でそんなものを装備しているのは、警官にどうぞ捕まえて下さいと言っているようなものだ。
鬼殺隊は政府公認の組織ではないのだから、刀所持で捕まってしまえばそれはもう面倒なことになる。
こうなる事態だけは避けて欲しいと、雪那とて散々言われていた。それは炭治郎達とて同様であるはず、それなのに……
「善逸、先に行って。私が引き付けるから、後で合流」
「まじ!?……えっと、前の方に乗ってるから!後で合流しよう!助かる!」
「ん、わかった」
しかし、こういう時のために雪那がいる。
伊之助がいる時点でいつかは警官や住民とのイザコザが起きるのは予想できていた。その衝突を抑え、緩和させるというのも雪那に任された補助という役割の一部だ。
雪那の口元は隠されている。
服装も3人と比べれば全く方向性が違う。
遠くから見ればこの3人と話しているとはバレていないだろうし、そもそもこんな見た目をしている女性がこの奇妙な田舎者3人の連れだとは誰も思うまい。
雪那は逃げる3人を追う駅員に対してわざと自分の身体をぶつけ、その場にゆったりと倒れてみる。
もちろん、これっぽっちも痛くはない。
普通の少女のように力弱く、駅員の行く手を阻むようにして座り込んだ。
「あうっ……」
「あっ、えっ!?も、申し訳ありません!急いでおりまして!お、お怪我はありませんか!?」
「ダ、ダイジョウブ、デス。……デスガ、アノ、手ヲ、貸シテ欲シイデス」
「申し訳ありません!申し訳ありません!もちろんお貸ししますとも!……あの、ええと、もしかして他国から来られた方ですか?」
「エエ、ワタシノ日本語、出来テマスカ?」
「それはもう!……あ、あの!もしよろしければ列車の中までご案内いたしますよ!?ご、ご迷惑をおかけしてしまいましたし!」
「フフ、コノ国ノ男性ハ優シイデスネ。デモ、大丈夫デス。直グデスから。……ソレデハ」
外国の言葉なんて全く知らない雪那だが、それっぽい口調で真似てみれば駅員は見事にその容姿によって騙されてしまう。
雪那と話している間に炭治郎達は逃げ切れたらしく、遠くの方で3人が列車に乗り込んだのが見えた。
雪那達にとっては計画通りである。
……しかし、駅員にしてみれば災難もいい所だ。
突然、刀を持った不審者が現れたので追いかけてみれば、明らかに高貴な身分の今の時代では珍しい他国の令嬢(仮)を押し倒してしまったのだ。
彼の頭の中は最早、焦りと恐怖でいっぱいで、先程の刀を持った人間の存在などすっかり消え失せてしまっている。
もしこれが政府の要人相手だったら……そんな風に考えると今でも頭の中が真っ白になる有様だ。
もしこれが原因でクビにでもなったりしたら……そんな令嬢がこんな所を1人で歩いているわけがない、なんて冷静な判断をする余裕も無いほどの冷や汗を彼は抱えていた。
当の雪那は上手くいったと上機嫌で汽車に乗り込んでいくのだから、駅員があまりにも可哀想で仕方ない。
「……炭治郎達を探さないと」
こちらを見つめる駅員を置いて乗り込んだ雪那
は、そのすぐ直後に動き出した列車の中で、早速先に乗り込んでいる筈の炭治郎達を探し始めた。
電車の中にはそこそこの人間が乗っているが、あの3人はそれなりに目立つ。
見つけるだけなら簡単だろう。
また、話によれば炎柱の煉獄もまた同じくこの列車に乗り込んでいる筈なので、彼のことも探さなければならない。
まあ、彼も彼でかなり目立つ人間なので探し出すのにあまり苦労はしなさそうだが。
「……ん、歩いて探そう」
雪那はそう言って歩き出す。
普段ならば人探しや鬼の探知はお手の物な雪那だが、ここは列車の中だ。
雪雲も列車の速さには敵わず、そもそもここに雪は降らない。
つまり、雪那は探索能力を使うことができず、その目を使って彼等を探すしかない。
雪那は今自分が居る最後尾の車両の乗客を一人一人確認していき、それから前の方の車両へと移動して探しに行こうとする。
どうやら煉獄もこの辺りには居ないようだ。
「切符……拝見、致します……」
「え?あ……はい」
車両を移動しようとする雪那に、そんな風に話しかけてくるものがいた。
この列車の車掌の男である。
こちらが心配してしまうほどに憔悴している彼だが、仕事は手慣れている様で扉が閉まると同時に出てきて客の切符を切り始めた。
もしかしたら意外と車掌というのは過酷な仕事なのかもしれない。
雪那はそんな彼を可哀想に思い、素直に自身の切符を彼に手渡す。
「……申し訳ありません」
「え?」
そして車掌が鳴らしたカチンという切符を切る音と共に、雪那はその意識を失わせるのだった。