私は単行本+本誌派です。
先が楽しみです。
「"雪女"という怪談話を2人は知っているかな?」
「ゆき、おんな……?」
「そう、雪女だ。真冬の寒い時期に彷徨う旅人を家に招き入れ、その命を奪うという有名な怪談話。地方によって多少話の内容は変わるかもしれないけれど、東北から四国まで様々な場所で広まっているお話だから2人も聞いたことくらいはあるんじゃないかな」
「……確かに、幼い頃に似たような話を聞いた覚えがあります。私が聞いたものは雪女が1人の旅人に恋をしてしまうという様なお話でしたが」
"聞いた覚えがある"としのぶは言うが、お館様の前故にそう言うだけで、実はこの中の誰よりも詳しいのは彼女である。彼女の趣味は怪談話……知らないはずがないどころか、そういう話は大好きである。
「ゆきおんな、ゆきむすめ、ゆきおなご、ゆきじょろう、ゆきんば、呼び方はいくつかあるけれど、実はその起源はかなり古い。ある法師が越後国に滞在していた時に目撃したという話があるのだけれどね、それがもし事実だとすれば室町時代末期には既に雪女の話はあったということになる」
「お館様は、その、雪那がその雪女であると言いたいのですか……?」
「可能性はあると思うんだ」
耀哉のその言葉を聞いてまじまじと雪那を見るしのぶ。
けれど彼女は相変わらず不思議そうな顔をして耀哉のことを見ており、否定も反応も示さない。
しかし段々とこの屋敷の周りにも降り始めていた雪の勢いは増し始めており、まるでその想像が事実であるかの如く庭を白く彩っていく。
「平安から室町の時代までは密かに悪鬼の時代と呼ばれていた。百鬼夜行の話が有名な様に、当時は力を持った悪鬼達に対抗するために宗教や陰陽師が最も栄えた時代だ。あの鬼舞辻無惨でさえも大きな行動を起こし始めたのは戦国の時からだからね。事実かどうかはさておき、あの鬼舞辻すら恐れる様な化物達があの時代には居たという話もあるにはあるんだよ」
「……雪女も、その1つだと」
「上弦の鬼の血鬼術を乗っ取るなんてことは鬼舞辻でもできないことだ。けれど、それが冷気であるならば、氷であるならば、雪であるならば……例え対象が鬼の術であろうとも操作できる可能性はあるんじゃないかな。操作できなくとも傷付けることはできないとか。原理は直接見ていないから僕もよく分からないけれどね。それとも、この考え方は少々強引すぎるだろうか?しのぶ」
「………」
しのぶは考える。
個人の感情を一旦仕舞い込んで、お館様が与えてくれた情報をまとめ、自分の意見を作り出す。雪那はただの可愛い少女だと、妖怪なんかでは無いはずだと。そんな期待や想いも今は背中から下ろす。
1.歩いているだけで雪が彼女を追いかけてくる。気温も湿度も関係なく、彼女の周りだけは常に雪が降っている。
2.カナエと雪那が逃げる時、間違いなく冷気は2人を守る様に立ち回っていたという。冷気の変動は彼女の登場とほぼ同時に始まった。
3.雪那はカナエに口移しで何かを与えたという。雪女の伝説の中にも口から旅人の体温や命を奪う描写があり、同様に他人に分け与えることができても不思議ではない。
4.雪那は基本的にかなりの暑がりであり、気温が低い夜でも厚着を嫌がる。
5.雪那は今の話を聞いても全く否定しようとしないし、どころかジッとこちらの反応を気にする様に見つめて来る。
(雪女だろうなぁ、これ……)
考えに考え、頭を捻らせた結果。
辿りつきたくない答えに辿り着いてしまった。
どう考えても雪女だこれ。
元とも普通の人間じゃないとは思っていたけれど、話を聞けば聞くほど納得してしまった。
雪女だこれ。
本当にいたんだ雪女なんて。
抱えた頭を上げてもう一度チラリと雪那の方へ目を向けると、目と目があった瞬間に飛び上がり抱き付かれてしまう。
いや、可愛いけども。
今はそういうことをしている場合じゃない。
とか考えていたら彼女の体温が普通の人間よりも服越しでも分かるくらい低いことを認識してしまい……
(やっぱり雪女じゃん……)
しのぶは雪那の背中を撫でながら遠い目をした。
「……うん、あの様子だと暫くは話せそうになさそうだ。この話の続きはカナエに聞いて貰うとしようか」
「申し訳ありません、お館様」
「いや、気にしていないよ。カナエ」
呆然としている妹に苦笑いをしながら謝るカナエに、優しく笑う耀哉。しかしカナエはよく見たその雰囲気から、これから話すことこそが本題だと知っていた。故に再度背筋を伸ばして耀哉の方に向き直る。
「……カナエ、君が報告してくれた様に上弦の弐の強さは凄まじい。恐らく今の柱が3人がかりで戦っても勝てはしないだろう。隠している力を考慮すれば5人でも分からない。もっと言えば、もし君が持ち帰ってくれた冷気の情報が無い状態でぶつかっていたら、柱が壊滅していた可能性だってあった。生きて帰ってきてくれた君に私は心から感謝したい」
「い、いえ!そんな!……愚かにも敵の言葉に乗せられて油断してしまった私なんかを褒めないでください。私は柱としてあまりに軽率な行動を……」
「そんな君でなければ上弦の弐は表に出てこなかった。これは間違いなく君の手柄だよ、カナエ」
「お館様……」
カナエが心の底では柱としての働きができなくなってしまったことを悔やんでいることを、耀哉は知っていた。肺へのダメージは大きく、少し走っただけでも息を切らしてしまう始末。普通の呼吸は可能でも、もう二度と前に出て戦うことができない。柱1人の損失がどれだけ多くの犠牲者に繋がるかを知っているからこそ、その後悔が尽きることはない。
自分の理想と夢を追い求め過ぎた結果の失態。
カナエもまたこれから闇を抱えて生きていくことになるのだろう。
そして、そんな彼女を救うことができるのが目の前の3人だ。
だからこそ、耀哉は今日ここに4人を呼んだ。
彼等に1つの目標を手渡すために。
「私はね、カナエ。次に上弦の弍と戦う時、絶対に犠牲者を出さずに勝ちたいと思っているんだ」
「犠牲者を、出さずに……?」
「柱が一人欠ければ、その分無惨に当てることができる戦力が減る。アレが上弦の弍ならば、上弦の壱とは恐らくもっと凄まじい何かなのだろう。1人1殺では足りない。無惨を必ず倒す為に、柱の命は1つ足りとも欠けさせてはならない。これはそのための重要な難問となる」
「………」
「上弦の弐を無傷で倒すには雪那の力が必要不可欠だ。しかし、例え血鬼術を封印したとしても奴を倒すには柱レベルの剣士があと2人は必要だろう。……つまりだ、もし雪那がそのレベルに達すことができたのなら、僅か2人の戦力で上弦の弍を打倒することが可能となる」
「それは、あまりにも理想が過ぎるのではないでしょうか……」
「うん、だからこれは私の理想だ。ただ、上弦の弐との戦闘には必ず雪那に参加して貰いたい。そして、その時に最低限自身の身を守れる程度の力は付けておいて貰いたい。ここが無惨を打ち倒す為の大きな分かれ道になると、私はそう思えてならないんだよ」
きっと普段の耀哉ならばこんな小さな子供に鬼殺隊に入って欲しいなどとは言わない。けれど彼がそこまで言うということは、鬼舞辻無惨を殺す為に彼女がそれほど重要な存在になると確信しているからだ。
それが分かっているからこそ、カナエは何も言えない。
心では反対したいが、それを立場が許さない。
覚悟が許さない。
あの日誓った己自身が許さない。
ふと横を見ればしのぶも同じ顔をしていた。
すべきことは分かっているのに、それに心が付いていかない。
手を伸ばす方向が分かっているのに腕が上がらない。
自分以上に苦悩し、後悔するであろう未来をこの小さな子に押し付ける覚悟ができない。
本音言ってしまえば、そうまで言うならお願いではなく命令をして欲しかった。卑怯ではあるけれど、そうだったらここまで悩むことは……
「……おにを、たおせばいいの?」
「「!!」」
それまで一言も自発的に話そうとしなかった雪那が突然その言葉を口にした。
相変わらず表情の変化は乏しいが、彼女は確かに今の話を聞き、理解していたのだ。彼女は無口ではあるが、カナヲと違い自分の意思を持っている。いくら見た目が子供っぽくとも、言葉が拙くとも、自分で考えて言葉を口にすることができる。
そんなことに今更気づいた胡蝶姉妹は慌てふためくが、耀哉は彼女に向き直り肯定の意を返した。
「どうだろう雪那、私達の手伝いをしてはくれないだろうか」
「………」
耀哉の言葉に再度沈黙する雪那。
迷っているというよりは考えている様にも見えた。
彼女がどれくらい考えられているのかは分からないが、一度チラリとしのぶの方へと視線を向けると、ただそれだけなのに彼女の心は決まったらしい。
「わかり、ました」
彼女自身がそう決めて言葉にしてしまった以上、胡蝶姉妹はこれ以上は何も言えなくなってしまった。
カナエ「ねぇしのぶ?雪女ってどんな妖なの?」
しのぶ「ふっふっふ、怪談話なら私に任せて姉さん。雪女は基本的に儚い話が多いのよ。独り者の男、子供のいない老人、そういう人達が冬の静かで寂しさを感じる夜に吹雪が扉を叩く音から、自分の寂しさを埋めてくれる者が来たのではないかと想像したことから始まったと言えるわ」
カナエ「確かに冬の夜は寂しさを感じるものね、私もその時期はしのぶの布団に潜り込んで……」
しのぶ「それは冬だけじゃないでしょうが。……えっと、話を戻すけど、もちろん怪談話らしく子供に恐怖を煽る話もあるわよ。吹雪が障子を叩く音を雪女が障子を撫でていると表現して子を早く眠らす習俗もあるの」
カナエ「よくある話よね。雷の日にはお腹を隠さないとヘソを取られてしまう、みたいな」
しのぶ「それと、雪女の話が幸せに終わることが少ないのは、雪女という女性が根本的にはやはり人間とは違う存在だという認識があるからでしょうね。雪女の正体は、雪の精霊、雪の中で亡くなった女性の霊、雪と共に降りてきた月の姫なんて説もあるわ」
カナエ「雪の中で亡くなった女性というのは想像しやすいけど、月のお姫様なんて解釈もあるのね。……けどこの話、あんまり怪談話には向いていない気もしてきたわ。何気ない日常から来る恐怖という訳でもなく、吹雪の夜には気を付けてね、みたいな感じだし」
しのぶ「まあ、そうね。確かに雪女の話は人に強い恐怖感を与えるのには向いていないけれど、個人的には好きよ。どんなに悲しく儚い結末であったとしても、雪女は常に人間と関わりを持とうとする。恋に落ちたり、子供を作ったりするくらいには強く結びつこうとする。
人を喰らうのに人との子を作って、どんな話でもその子供を何より大切に思って守ろうとしている。そんな矛盾した生き方しか出来ない雪女だからこそ、悲しい結末に至ってしまうんじゃないかと考えると……」
カナエ「それでは今日はこの辺りで」
しのぶ「あ!ここからがいいところなのに!」
カナエ「良い夜を〜」