「はっ……!炭治郎……!」
夢から起きた途端、雪那は周囲の異様な雰囲気を感じ取り、その場から飛び起きた。
顔が涙でぐしゃぐしゃになっていたし、さっきまで見ていた夢の内容に思うところもあるが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
眠る前まで無かった筈の鬼の気配が今ではこの電車の至るところからハッキリと感じ取ることができ、電車の前の方からは何やらいくつかの金属音が聞こえて来る。
どうやら自分が眠っている間にも既に戦闘は始まってしまっていたらしい。
雪那は刀を取り出して、邪魔な衣服を全部鞄に仕舞い込む。
「っ!危ない……!」
突如、列車の壁や椅子から鬼の体の一部の様な肉体が湧き出て、眠っている乗客達に襲い掛かった。
雪那はその全てを攻撃して破壊するが、湧き出る肉塊がそれで治ることはない。
どうや隣の車両でも同様のことが起こっているらしく、呼吸の力で強引に扉を蹴り飛ばして道を作り3輌分の肉塊を引き裂いていく。
まるで列車と鬼が一体化しているような……これでは元凶を狩るどころか、乗客を守るのが精一杯だ。
「煉獄さん……!」
「雪那少女!やはりこちら側に居たか!」
雪那が蹴破った扉の先で、同様に反対側から扉を蹴破ってきた者がいた。
炎柱: 煉獄杏寿郎である。
久しぶりに見る彼は相変わらず派手な髪色をしており、溌剌とした笑顔と、力強く正確なその剣技は以前見た時よりも更に磨きがかかっている。
まるで太陽の様な彼の姿はもう見ているだけで眩しい。
「状況は……?」
「前の三輌を猪頭少年と黄色い少年が!後ろの5輌を俺が!そして竈門少年が先頭車輌にいる鬼と交戦中だ!」
「後ろの4輌やります、前の4輌を……!」
「いや!俺が5輌やろう!雪那少女は3輌の守護と頭を使ってくれ!彼等にも伝えてくる!!」
そう言うと何の迷いも見せることなく彼は前の方の車輌へと走っていった。
彼はとにかく話が早く、行動も早い。
それは命の関わる現場において何よりも大切なことだ。
それだけで救える命の数が変わってくる。
雪那は3輌分の距離を何度も往復しながら生えてくる鬼の身体を引き裂き、乗客達を最後尾のなるべく一か所に集め始めた。
鬼の動きが大して早くなく、耐久も脆いからこそ雪那にもできる芸当だ。
煉獄の様に一振りで纏めて吹き飛ばす様な破壊力は無いが、単純な速度では負けはしない。
知能の無い相手など好きに誘導して殲滅できる。
「煉獄さん……!乗客をなるべく一ヶ所に……!」
「ん?よく分からないが、分かった!君の言う通りにしよう!」
雪那は考える。
仮にこの列車があの鬼の身体の一部だとして、もし炭治郎達が鬼を殺してしまえばこの列車も無事では済まないだろう。
なるべく多くを道連れにしようと大暴れする可能性も十分にある。
列車が横に倒れたり逆さまになったりするだけでも普通の人間は(特に眠っていて受け身も取れない彼等は)怪我をしてしまうのだから、それをなるべく防ぐには人間ではなく車輌ごと守らなくてはならない。
とは言え、あまり詰め込んでも人と人がぶつかり怪我の要因になる。
数輌に分ける必要がある……多くても3輌程度だろうか。守るべき車輌を減らすだけでこちらの負担は減るのだから、余裕も生まれる。
特にこの場には威力に優れた炎の呼吸の頂点たる炎柱がいるのだ。
車輌の横転程度、彼ならどうにでもなる。
「……っ!竈門少年がやってくれたか!」
「煉獄さん……!受け身の準備を……!」
「ん?……うおっ!そういうことか!!」
鬼と一体化した列車に波紋した一瞬の硬直。
それは正しく鬼の身に致命的な何かが起きたという証明。
そして同時に、これから起こり得る嵐の前の一瞬の静寂。
直後、凄まじい悲鳴と共に、列車は肉塊を大量に生み出しながらその身を捻るようにして暴れ始めた。
雪那の予想通りの展開だ。
雪の呼吸 伍ノ型 雪華(せっか)
炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり(せいえんのうねり)
最後尾の2車輌に全ての乗客を集めた2人は、その2輌を前方の車輌から切り離し、なるべく横転させない様に位置を調整して技を放った。
雪の呼吸は威力には優れないが、適切な角度で放てば威力の調整において抜群に機能する。
また、鬼の肉塊がクッションとして役割を果たしていたことも乗客にとっては不幸中の幸いだった。
反動で頭をぶつけたりすることなく、身体が衝撃から守られるのだから。
「ええい!鬱陶しい!」
「煉獄さん……!上から押さえ付けて動きを……!」
「うむ!衝撃は任せる!」
「はい……!」
そうして煉獄は天井を突き破り上空へと舞い上がる。
暴れるのを止めないのなら、暴れられなくなるほどに強力な衝撃を与えるだけだ。
所詮は切り離された死にかけの肉塊、大半を死滅させれば大したことはできなくなる。
炎の呼吸 伍ノ型 炎虎(えんこ)
雪の呼吸 壱ノ型 深雪(みゆき)
煉獄の岩をも粉々にするような凄まじい一撃が列車に向かって放たれた。
雪那はその一撃の最も威力が高くなる中央部に立ち、その衝撃を緩和する。
列車全体に響き渡る程の凄まじい衝撃波は、しかし雪那の緩和によって決して内部の乗客には害を与えず、列車を完全に肉塊にして動きを止めた。
肉塊はもう殆ど動くことができず、徐々に黒く染まり崩れ始め、乗客達をゆっくりと地面へと残していく。
……そうして2人は結局、一度も車輌を横転させることなく守り抜くことができた。
前の方で戦っていた3人も、炭治郎が腹部に怪我をしたものの皆無事らしい。
下弦の鬼も彼等が見事に討伐。
これだけの規模の任務であるにも関わらず、死者0人+下弦の鬼討伐と来れば、完全大勝利と言えるだろう。
柱が居たとは言え、煉獄1人ではここまで上手くはできなかったはずだ。
炭治郎達の働きはとても大きい。
「炭治郎……!」
「雪那さん……」
雪那は一応再度車輌内の全員の様子を確認し、それから鞄を持って怪我をしている炭治郎の元へと向かった。
どうやら煉獄が呼吸での止血の方法を教えていたらしい。上手くできている。
だがそれは確かに緊急時には非常に便利な技だが、あくまで応急処置の応急処置。根本的な解決にはなり得ないので治療は必要だ。
何かに刺された様な傷跡だが、雪那はその理由は聞かずに慣れた手付きで治療を行なっていく。炭治郎もまた、手当てをされるのは慣れたものだ。
「……ありがとう」
「気にしないで、こういう時のためにいる。……他に怪我人は?」
「おう、ここに俺様の子分を刺しやがったクソ野郎がいるぜ」
「ん、わかった」
見たところ、炭治郎を刺したというその男の足はペチャンコで、もう治る見込みは無いようだった。死ぬ事はないかもしれないが、このご時世ではもう内職意外にできることはないだろう。
自業自得だと思う者もいるかもしれないが、外に出られない寂しさを知っている雪那にしてみれば彼のこれからの事を思うと可哀想で仕方ない。
「……ん?雪か。これは雪那少女のものだな?」
「ああ、列車が止まったから追い付いてきたんですね。なんかちょっと寒くなってきました」
「ごめん……直ぐに追い払うから。炭治郎はあまり動かないで、直ぐに救援を……っ!?」
瞬間、雪那と通じた雪の一粒がある異変を察知した。雪那は弾かれたようにして炭治郎に駆け寄り、何かから守るようにして彼の前に立ち塞がる。
「なにを……」
ズドン!!と、まるで隕石でも落ちてきたかのような凄まじい衝撃が周囲に響き渡った。
雪那が察知したのは、上空から超高速でここへと接近している何かの複数の存在。
そして警戒しているのはそのうちの一つ、凄まじい雰囲気を持った1匹の鬼。
「ふっふっふ、大当たりだ」
それは彼女が以前も感じたことのあるものだ。
前に鬼舞辻無惨と接触しかけた際に、逃げる自分達を追ってきていた強力な鬼の雰囲気。
「……上弦の鬼」
「雪女の雪那、ようやく見つけた。お前をあの方の元へと連れて行く」
上弦の参: 猗窩座(あかざ)
下弦の弐: 轆轤(ろくろ)
下弦の肆: 零余子(むかご)
下弦の参: 病葉(わくらば)
普通の隊士が見れば卒倒すること間違いないだろう。
下弦ばかりとは言え、十二鬼月の1/3がこの場に集結していた。