胡蝶の雪   作:ねをんゆう

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41.執着

「これは……まずいな!」

 

列車と一体化した下弦の壱をなんとか倒し、暴れる車輌を乗りこなして乗客達を無傷で保護し、息をついたのも束の間、5人の前に突如として眼球に数字が刻み込まれた4体の鬼が現れる。

 

上弦の参: 猗窩座(あかざ)

下弦の弐: 轆轤(ろくろ)

下弦の肆: 零余子(むかご)

下弦の参: 病葉(わくらば)

 

ようやく下弦の鬼を一体倒したと思った矢先。

炭治郎は腹部に怪我を、伊之助と善逸は大きく疲労し、雪那と煉獄しかまともに戦うことの出来ない状態での出来事だった。

 

(上弦の参……つまり、上から3番目)

 

仮にこの場に現れたのがその中でも最も強力だと思われる上弦の参だけだったとしても彼等は絶望を感じただろう。

それほどまでにこの上弦の鬼というのは下弦の鬼とは桁違いの存在感を放っており、その瞳に書かれた参という数字の意味は重い。

他の下弦の鬼からも何処か必死な様子が感じ取られ、彼等1人とっても油断することなど出来はしない。逃げることなど到底許してはくれないだろう。

 

「……煉獄さん」

 

「うむ、戦うしかあるまい!どうやら逃走は許してくれないようだからな!」

 

「くくく、別に逃してやっても構わないぞ?」

 

「なに?」

 

「その代わりお前だけは連れて行くがな、雪女の雪那。……ああ、そこの耳飾りの男も殺さないといけなかったか。まあそれは後でもいいか」

 

上弦の参のその言葉に周りの下弦の鬼達はより一層気を荒げる。

どうやら彼等の狙いは完全に雪那へと向けられているようだった。

その凄まじい威圧感に反射的に構えを取った雪那だったが、そんな彼女の前に煉獄が庇う様に立ち塞がる。彼はこの状況においても顔色一つ変えることなく、ただただ鬼達を睨み付けている。

 

「なぜ雪那少女を狙う、この少女を喰らうことが鬼舞辻の目的か?」

 

「ふっ、そこまでは俺も知らん。だがその少女を無傷であの方に差し出せば、下弦は上弦に格上げされ、上弦は何かしら願いを聞き入れて貰える。それだけは確かだ」

 

「……鬼舞辻無惨はそれほどまでに雪那少女に対して執着しているということか」

 

「それは間違いないだろうな。解体寸前だった下弦の鬼が皆殺しにされずに済んだのは、一重にその少女を捕らえるためだ。その少女を自分のものにしたいと言った童磨は生かさず殺さずの八裂きにされている。こいつ等が必死になる理由も分かるだろう」

 

パキパキと拳を鳴らし、上弦の参は独特の構えを取り、煉獄を指で挑発する。

足元には雪の結晶の様な光が浮かび上がり、彼が最初から全力で敵を叩き潰そうとしていることがありありと伺える。

一見冷静そうに見えた彼すらも、他の下弦の鬼と同様で雪那を奪う事に対して執着しているようだった。

そこに戦闘を楽しみたいという趣味と、下弦の鬼達ほど鬼舞辻から追い詰められていないという違いはあるだろうが……

 

一方でその追い詰められている下弦の鬼達は、それぞれの血鬼術を展開させ、煉獄が断った瞬間に飛び掛かるつもりらしい。

了承以外の答えは求めていない、むしろそのまま快く引き渡せ、彼等の目はそう強く語っている。

 

「上弦の参: 猗窩座(あかざ)、願わくばお前がこの状況においても逃げ出すことのない強者である事を望む。名前を聞こうか」

 

「……炎柱:煉獄杏寿郎。ああ、安心するといい!俺は仲間の命を犠牲にして生き残ることなど断じてない!!」

 

「それでこそだ!煉獄杏寿郎!!」

 

 

炎の呼吸 伍ノ型 炎虎(えんこ)

 

 

破壊殺 乱式

 

 

凄まじい轟音、衝撃波、目に映すことすら困難な速度で両者は打つかり合う。

列車の車輌を吹き飛ばすことすら可能な煉獄の全力の一撃、しかしそれすらも上弦の参: 猗窩座は上回り、彼の身体を大きく後方へと吹き飛ばした。

単純な力のぶつかり合いで負けた煉獄を、雪那は咄嗟に後ろから抱き留める。

一撃の威力に優れた炎の呼吸の使い手である煉獄が押されたということには驚いたものの、咄嗟の判断が功を奏した。

 

煉獄も吹き飛ばされたとは言え、威力の大半を相殺出来ていたからか大きな怪我はしていないようだった。

それでも柱の中でも上位の実力者である煉獄がただの一撃でこうなってしまえば笑う事などできやしない。

例え1対1に持ち込んでも勝つことは難しいだろう。

雪那は必死に頭を回して次の手を考える。

 

「余所見してんじゃねぇ!!」

 

「っ!」

 

だが、敵はなにも猗窩座だけではない。

煉獄を抱き留めた雪那に向けて下弦の鬼達は容赦無く遅いかかる。猗窩座もまたこちらに追い討ちをかけるように走ってきている。

煉獄は咄嗟に刃を返そうとするが、3人の下弦の鬼のそれぞれの血鬼術を無傷で防ぐことなど出来はしない。

開始僅か数秒の段階で2人は既に追い詰められていた。

 

血鬼術 爆血

雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃

獣の呼吸 弐ノ牙 切り裂き

 

「ちっ!」

 

「邪魔すんなクソがァァ!」

 

それでも、雪那も煉獄もたった2人で戦っているわけでは無いのだ。

2人を守るようにして背後から待機していた3人が下弦の鬼達の前に躍り出た。

それぞれに鬼達を引き離し、猗窩座と煉獄+雪那の形に持ち込もうと必死になる。

 

「ぐっ」

 

「くっそがァァ!」

 

「む〜!!」

 

しかし、3人とも以前より成長したとは言え、未だ下弦の鬼と1対1で勝てるほどの実力は持っていない。

ここで引き離すことに成功したとしても、疲労した彼等では時間を稼ぐことも難しいだろう。

ヒノカミ神楽を使い怪我まで負った炭治郎では今はどうやっても動けない。

このままではじわりじわりと全員が嬲り殺しにされるのは確実だ。

時間は多くない。

 

「煉獄さん。下弦の鬼を、お願いします」

 

「……それを言うならば逆だろう。雪那少女が彼等を助けに行くべきだ」

 

「時間稼ぎなら、私の方ができる。けど、鬼を倒すことはできない」

 

「……言いたいことは分かる。だが、君にもしものことがあれば俺は胡蝶に顔向けできない!」

 

「それは炭治郎達も同じ。それに、なるべく早く加勢してくれれば……なんとかなる」

 

「待て!雪那少女!!」

 

雪の呼吸 伍ノ型 雪華(せっか)

 

煉獄の返答を聞くことなく、雪那は猗窩座に立ち向かう。

これが最善の策であると信じて。

 

攻撃を一度だけ完全に相殺する突き:伍ノ型 雪華(せっか)。

元は水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き(しずくはもんづき)の派生技である雫波紋突き・曲であるため、速度もかなりのものであり、雪那は一瞬で猗窩座の寸前へと迫った。

 

まさか煉獄ではなく雪那が向かってくるとは思ってもいなかった猗窩座はその想定外に反応が遅れ、完全に攻撃を止められ弾かれてしまう。

一瞬カウンターで拳を叩き込もうとした猗窩座であったが、少しの躊躇いの後そのまま結局何もせず後方へと弾き飛ばされた。

それは無傷で捕えろという鬼舞辻からの命令を思い出したからなのか、それとも他の理由なのか……周囲の降雪はどんどん量を増して行く。

 

「……弱者に興味はない。そこを退け、雪女の雪那」

 

「退かない」

 

「俺にとって強者との戦いはなによりも優先すべき事柄だ。あの一撃で分かった、煉獄杏寿郎は間違いなく強者だ。それを邪魔すると言うならば……例え女子供でも容赦はせんぞ」

 

そう言って猗窩座は再び構え直して雪那を威圧した。

しかし、雪那は周囲に降り始めた雪を通じて感じていた。彼からは憤怒の意思は感じても、先程の煉獄に対するような殺意を殆ど感じないということを。

彼は明らかにこちらを攻撃したいと思っていない、それは間違いなく自分にとって有利に働く。

 

煉獄は既に下弦の鬼と戦うそれぞれの元へと走り出した。

後は自分があらゆる手を尽くして時間を稼ぐだけだ。

 

「……確かに私は、煉獄さんみたいな力は無い。首を取るのは苦手だし、絶対に貴方には勝てない」

 

「ならば何故そこに立つ。敗北が決まっている勝負ほど退屈なものも無い」

 

「大丈夫……確かに私は勝てないけど、負けもしないから」

 

「……随分な自信だ」

 

その言葉は、猗窩座にとっての侮辱の言葉。

彼からしてみれば目の前の少女は何処からどう見ても弱者以外の何者でも無い。煉獄ほどの威圧感もなければ、体格も武の才能も人並み以下。本来ならば自分の前に立つなど許されないほどに弱い存在だ。

そんな彼女にお前は勝てないと言われてしまえば、これはもう馬鹿にされているとしか考えられない。

 

……そう、猗窩座は知らないのだ。

力以外によって成される強さというものを。

 

「あの方は無傷でと言ったが、骨の数本は覚悟してもらおうか」

 

「貴方が私を倒すのが先か、煉獄さんが鬼を倒すのが先か……私は負けない」

 

猗窩座の2度目の突進、しかし煉獄と違い彼に対する雪那は……動かなかった。


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