「2人の継子を見せてもらいたい!」
「えっと……いきなりどうなさったのでしょう、煉獄さん」
しのぶが柱になる前の話、煉獄杏寿郎は突然なんの前触れもなく蝶屋敷を訪ねたことがあった。
"継子を見せて欲しい"という煉獄だが、それは何を隠そう彼も継子を取ることにしたからである。
とはいえ柱となってから始めてとる継子ということで、優秀な継子を育てているという胡蝶姉妹に教えを請うためにこうして訪ねて来たというわけだった。
突然押しかけて来た煉獄に戸惑いながらも、しのぶは煉獄に茶を出して話を聞く。
「ええと、お話は分かりました。ただ、正直なところあまりお役には立てないと思います」
「む?なぜだ!?」
「確かに2人は優秀に育ってくれましたが、それは2人が自ら努力したからです。私と姉が2人の為に出来たことは本当に少ないんですよ。私達が特別師として優れているわけではありません」
胡蝶しのぶのその言葉は、煉獄にとっては謙遜にしか思えなかった。
胡蝶姉妹と言えば鬼殺隊の中では色々な意味で有名な姉妹だ。
姉は鬼と仲良くしたいという特殊な思想を持ちながら元花柱として活躍し、その妹は鬼を殺す毒を発明し次の柱を望まれている上に、少し前に現水柱と弟子と共に上弦の弐を退けたという。
そんな2人の継子もまた既に今の段階で柱に手が届く程に優秀であると聞けば、間違いなくこの姉妹の力であると誰だって思うはずだ。
煉獄だってそう思っていた。
「言葉よりも見せたほうが早いかもしれませんね」
そうして立ち上がったしのぶに煉獄はついていく。
向かう先は蝶屋敷に入る前に見えた異様に暗い鍛錬場だという。
なぜあんなにも光が入るのを防いでいたのかが分からなかったが、何か特殊な訓練でもさせているのだろうかと、煉獄は少しだけウキウキしながら歩いていく。
「2人の邪魔をしたくないので縁側からで申し訳ないのですけど……あの2人が私達の愛弟子です」
「……なんと!」
しかし、煉獄の期待や想像は簡単に裏切られることになってしまった。
そこには事前に聞いていた通り、確かに2人の少女がいた。
呼吸の精度も竹刀の打ち合いも既に一般隊士のそれを完全に凌駕していて、柱に手をかけているというのも本当の話らしい。
ただ……
「胡蝶!あの2人は何をしているんだ!?」
「片方が力尽きるまでひたすら打ち合ってます。ほら、もう両方とも腕が震えているでしょう?いつも通りならあと5分くらいで倒れる感じでしょうか」
「胡蝶は意外と厳しい訓練を課すのだな!」
「いえ、私は何も指示していませんよ?むしろいつもやめなさいと言っているのですが、それでも2人とも限界までやめようとしないんです」
「……?」
「ふふ、だから言ったじゃないですか。私も姉も何も特別なことは出来ていないって。私達があの子達のためにできるのは、せいぜい助言や体調管理くらいなものです」
特別な訓練なんてそこには無く、光を遮っているのは白い少女の体質のためだという。
2人がやっているのは本当にただひたすらに竹刀で打ち合っているだけ。
そして煉獄が最も気になったことと言えば、その例の白い少女のことについてだった。
「胡蝶……あの少女は」
「あ、やっぱり煉獄さんには分かりますか?」
「当たり前だ!……どうしたら才のない少女があれほどの力を付けることができる!」
煉獄は間違いなく恵まれた人間だ。
体格に恵まれ、環境に恵まれ、家族に恵まれた。
剣士としての才能は歴代の中でも屈指のものであり、柱となったばかりの現在でも既に実力は上位に位置している。
その才能を他者のために使うのだと、多くのものに助言をしたし、助太刀をしてきた。
だからこそ、一眼見れば分かる。
才能のある者と無い者の違いが。
恵まれた者と恵まれなかった者の違いが。
煉獄から見れば、いや煉獄でなくともその少女が戦いに向いていないことなど分かる。
体格、体力、体質、肺機能、どうやったって戦闘には不適応だ。
手先の器用さと技術の応用力は非常に高いが、少なくとも鬼殺隊としてやっていくには筋力は必要不可欠。隣に要る胡蝶しのぶでさえも突きという武器がある。
それなのに彼女にはそれすら無く、それでも今あるものを擦り切れる程に無駄なく使い、目の前の才能溢れる少女と渡り合っているのだ。
圧倒的な才能に折れることなく、既に完成してしまった己の体に殆ど見切りをつけ、読み歩法立ち回り等の数多の技術で食らいつく。
煉獄はそんな人間を初めて見た。
そしてそれはある意味、既に完成した自分がこれから目指すべき姿でもあると感じてしまった。
体と技術が完成しても、他の技術を取り入れることでより高みを目指すことができる。
正に今の彼女のように……
「師範、雪那が……」
「しのぶ、終わった……」
「あら、2人とも。お疲れ様でした。やっぱり今日も雪那の方が早く力尽きましたか」
「二回も分けて貰ったのに……」
「雪那も頑張ったから」
「よしよし、2人とも今日も頑張りましたね。浴場の準備は出来てますから、汗を流してくるといいですよ。雪那のことお願いしますね、カナヲ」
「はい、師範」
「うぅ、またカナヲに好き勝手される……」
「任せて」
「そうじゃない、そうじゃないの……」
そうしてカナヲにおぶられた雪那は一度だけ煉獄に顔を向けると、ペコリと頭を下げて風呂場へと連れて行かれた。
そんな2人の様子を見ている胡蝶しのぶは本当に幸せそうに笑っていて、彼女がどれほどこの2人のことを愛しているのか分かるというもの。
「胡蝶、あの2人は何がきっかけで鬼殺隊に入ろうと?仇の類だろうか?」
「……いえ、2人とも決して鬼に身内を奪われたというわけではないんです」
「そうなのか?」
「ええ、カナヲは売られそうになっていた所を私と姉が引き取りました。ただ、あの子は12の時点で読み書きが一切出来なかった。そんなあの子が自分の出来る事を探した時、私達姉妹の歩んでいる道しか見えなかったのかもしれません。意思の希薄だったあの頃のカナヲに選択を迫ったのは、今思えば少しだけ卑怯だったと今では思います」
「………」
「逆に雪那は読み書きはしっかり出来ていたんですよ、医療の方面で十二分に活躍できる才能もありました。……でも、あの子には特別な力があった、姉を襲った鬼を倒すために必要不可欠な能力が。本来なら剣を振る必要のないあの子に剣を持たせたのは、私達なんです。あの子は自ら選んだと言ってくれますけど、あんな話をされて断れる人間はそうそう居ません」
「……仮にあの2人が鬼殺隊になった要因が胡蝶姉妹だとして、どうすれば憎悪無くしてあれほど熱心になれる?毎日あれをしているというならば尋常ではないだろう」
「そんなの……"愛"に決まってるじゃないですか♪」
「は……?」
そんなしのぶの思いもよらない言葉に、煉獄は一瞬だけ呆けてしまった。
弟子達が鬼殺隊を選んだのは自分のせいだと言うものだから少し忠告や助言でもしようかと思った矢先に、満面の笑みで"愛ですよ♪"なんて言われてしまえば煉獄が戸惑うのは当然だ。
けれどしのぶは何の迷いもなく弟子達が頑張るのは愛のおかげだと言い切った。
「あの子達、私と姉さんのことが大好きなんですよ♪私と姉さんの事を心から尊敬してくれて、目指してくれて、慕ってくれる。褒めてあげれば喜んでくれるし、教えてあげると嬉しそうにしてくれる。私達を愛してくれている」
「う、うむ……確かにそのようだが……!」
「あの2人にも目標はありますし、理想もあります。その為に必死に努力しているというのもあります。……けど、やっぱり2人の根底にあるのは愛なんです。私のような憎悪じゃない」
「根底にある感情か……ああ、それはなんとなく分かるな!」
「そうです。だからあの子達にとって鍛錬は苦しいものじゃなくて、楽しいものなんです。苦しい時を乗り越える為の原動力も、憎しみじゃないもっと眩しいなにか。だから毎日の鍛錬を続けられる」
「……なるほど。確かにそれは彼等にとって、いや剣士にとって、最高の環境だな」
「私はあの子達を鬼殺隊に引き込んだのは後悔していますが、あの子達が笑ってくれている今を後悔したりはしていないんですよ。
あの子達が私達に頑張りという形で愛を見せてくれるなら、私達はあの子達に負けないくらいの愛で返します。そうしてきたからこそ、あの子達はあんな努力を自らの意思で続けてくれる」
「くくく……なるほど、これは確かに参考になりそうな気がしないな!胡蝶ほど弟子に慕われるのはなかなかに難しいことだ!」
「ふふ、当然です♪私の大事な大事な愛娘達なんですから♪そう簡単に真似できると思われては困ります♪」
そんな胡蝶しのぶの心からの笑顔を見て、煉獄は羨ましく思った。
弟子からそこまで信頼され、そこまで愛して貰えるというのは、一体どれほど幸福なことなのだろうかと。
ずっと強くなり、守ることを考えてきた。
この才能を他者のために使うのだと、母の言葉を忘れることなく。
けれど、この才能はただ鬼を斬るためだけではなく、次の才能ある人間を育てるまで使い潰すことこそが、自分に真に求められていることなのではないだろうか?
(……だとすれば、この命、簡単に落とすわけにはいくまい)
ずっと心の中にあった。
いずれ自分は他者を守って死ぬことになるだろうという考えが。
煉獄は別にそれでもいいと思っていた。
それこそが自分に求められていることであり、他者を救うためならば自分でも納得できる死に様だと考えていたからだ。
けれど、もしその先にも自分にするべきことがあるとするなら。
(必要なのは生存能力……水柱に相談してみるか)
煉獄杏寿郎もまた変わり始めていた。
自分の憧れる未来の自分になるために。