胡蝶の雪   作:ねをんゆう

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44.強者

「……流石だ、煉獄杏寿郎。やはりお前は紛れもない強者だ」

 

猗窩座と煉獄の全力の衝突。

地面を抉るような破壊力のそれは凄まじい土埃と衝撃波を周囲に巻き起こした。

 

飛び散る真っ赤な鮮血、粉々になった刀の破片……それはもちろん煉獄の方から来ているものだ。

 

雪那はそれを最も近くで見ていた人物だが、単純な威力ならばやはり煉獄の方が劣っている様に見えた。

それほどに身体能力の強化という血鬼術だけで上弦の鬼と認められている猗窩座の攻撃力は凄まじかったし、煉獄も度重なる戦闘によって疲労していた。

煉獄の残る可能性としては衝突の瞬間の僅かな攻防くらいだが、普通に考えればあの速度での衝突で何かしらの読み合いをすることなど到底不可能だ。

これが例え雪那であっても動体視力や反射が追いつかないだろう。

 

……だが、そんな絶望的な最中でも周囲に降り積もる雪は雪那に確かに伝えていた。

土煙の中で未だに熱く燃え滾る止まることのない、1人の男の心音を。

 

「俺の、勝ちだな!」

 

「ああ……そして、俺の負けだ」

 

土煙が晴れた先にあったのは、右腕が完全に吹き飛んでいるものの、決して膝をつくことなく立っている煉獄の姿だった。

煉獄の日輪刀は刃の部分が完全に吹き飛んでおり、ヒビの入った柄だけがそこに転がっている。

それでも、それでも煉獄は生きている。

 

「な、何が起きたんだ……?」

 

そう呟いたのは雪那の後ろで尻餅をついていた伊之助だった。

下弦の鬼と戦闘していた彼等も多少の怪我はあれど無事だったらしい。

ようやく身体を起き上げられるようになった炭治郎達の周りに集まり、伊之助と同様にこちらを見ていた。

そんな彼等に対し、潰れた腕が徐々に再生し始めている猗窩座は満足そうな顔をして何故か自慢げに答える。

 

「杏寿郎はあの衝突の直前、俺の攻撃に合わせて型を突きに変えた。単純な威力ではなく俺の不意を突く速度に頭を切り替え、自分の右腕を犠牲に確実に俺の攻撃を潰しに来た。……だが驚いたぞ杏寿郎?その驚異的な判断力もそうだが、お前ならば鬼殺隊として自身の命を犠牲にしてでも俺の首を取りに来ると思っていたからな」

 

「俺は絶対に生き残らなければならないからな!その為の努力は今でもしている!そしてこの程度のことならば今や造作もない!」

 

「……だが、それも今日までだ。お前は鬼になる気はないのだろう?その身体ではもう剣は振るえまい。その努力も無駄に終わった」

 

「それは違うぞ!生きている限り無駄なことなど一つもない!かふっ!?」

 

「なに……?」

 

吹き飛ばされた肩口からボドボドと大量の血液が漏れ出ている煉獄。それでも普段と変わらず大声でそう話す煉獄を、雪那は膝カックンをして無理矢理押し倒した。

この出血量で喋ってる暇なんてこれっぽっちも無いのに、何を悠長にしているのだと雪那はお怒りだ。

しかし煉獄は全く反省していないかのように顔を猗窩座に向けて話すことをやめない。

 

「上弦の参: 猗窩座よ!君は人を育てることの喜びを知っているだろうか!」

 

「他者を育てる、喜びだと……?」

 

「ああそうだ!俺はそれをこの雪那少女の師である胡蝶と、ほんの少しの間だがこの俺の継子となってくれた甘露寺から学んだ!弟子を持つことの幸福とその難しさをだ!」

 

「……俺は、自分の強さだけを追い掛けてきた。他者を強くする事になど興味はない」

 

「いいや、猗窩座少年!俺は確信している!君は弟子を持つ事で!いや、守るべきものを持つ事で!今よりずっと強い男になれるということごふぉっ!?」

 

「もう喋らない……!出血止まらないから……!」

 

「た、叩く必要は無かったろうに……」

 

瀕死の状態になりながらも変わらず元気な煉獄を、プンプンと怒りながら治療していく雪那。

治療中は柱だろうがなんだろうが関係ない。

完全に怒ってしまった雪那を見て、煉獄も流石に反省したのか笑いながら大人しくなった。

 

そんな2人の姿を見て、猗窩座の頭のなかには聞いたことが無い筈の人間の、聞いたことが無い筈の言葉が浮かび上がる。

 

 

『お前はやっぱり俺と同じだな。何か守るものが無いと駄目なんだよ。お社を守ってる狛犬みたいなもんだ』

 

 

「っ、だれ、だ……?」

 

煉獄と雪那の上に、知らない大男と少女の姿が重なる。

それは顔までハッキリと見ることはできないが、何故だか見ているだけで大きく空いていた胸の穴が埋まっていくような感覚を得た。

思い出せない、知るはずが無い。

だが、どうしても目を背けられない。

 

「猗窩座少年よ、思い出せ。武術は1人で身につけられるものではない。ましてやそれほどの実力だ、君にとて必ず師が居たはずだ」

 

「俺に……師だと……?」

 

どうでもいい、過去のことなど。

いつもならそう思う筈だし、そう思って当然だった筈なのに、なぜか今はそれが気になって仕方ない。

考えれば当然の話だ、武術などを使っている時点で他者から教えを受けていたのは間違いない。こんなものを自分で編み出せるほど優れた頭を持っていないことは、自分が一番よく分かっている。

 

……そもそも自分はどうして強さを求めていたのだろうか。強くなった先の目標はなんだ?

そんな問いに答えてくれるものは誰もいない。

自分でさえも答えを持っていない。

目を逸らし続けてきた自分の欠陥を今まさに目の前に突き付けられているようで、彼の思考がどんどんかき混ぜられていく。

 

「……っ、夜明けか」

 

「ああ、そのようだ。それで、約束通り見逃してくれるのだろうか?」

 

「当然だ、強者との約束は守る」

 

そうして猗窩座は最後にもう一度雪那の方へと顔を向けた。必死になって煉獄の治療をしている雪那も、彼の視線を感じて見つめ返す。

先ほど重なった少女の影はそこにはもう無いが、それでも心に灯った小さな火だけは残り続けている。

 

「雪女の雪那、これは俺からの忠告だ。あの方は何らかの理由でお前に執着している。それこそ、産屋敷や自身の維持以上の執着だと俺は感じている。気をつけろ」

 

「……どうして、教えてくれるの?」

 

「そうしたくなっただけだ。どうせ俺はこれから戻ればあの方に八裂きにされる、それならば多少自分のしたいことをしても変わらないだろう」

 

「貴方は、それでいいの?」

 

「お前は鬼殺で俺は鬼だ、情けなど要らん。……それに、お前達のせいで考えることが増えた。もう今までのように自分の欲のままには生きられまいし、一度八裂きにされるくらいで丁度いいかもしれん」

 

そうして彼は背後を振り返り、雪那の制止の言葉にすら耳を傾けず、静かに森の影の中へと消えていく。

登り始めた日光に雪那も慌てて鞄の中から日除けを取り出そうとしていると、猗窩座は最後に一言だけ残して完全にその場から消えた。

 

「……強さとはなんなのだろうな、杏寿郎。力があるというだけで強いなどと、どうしてか今の俺には思えなくなってしまった」

 

いくら力を付けようとも、猗窩座は雪那に勝つことができない。

同じように煉獄では決して猗窩座には敵わないが、賭けという勝負事で彼は見事に猗窩座に勝利した。

単純な力があれば勝てる訳ではない……強いものが勝つというならば、自分の持っているそれは強さでは無いのかもしれない。

 

そんな彼の苦悩の詰まった一言。

 

もうこの場から離れてしまった猗窩座に対して、煉獄は呟くようにしてその言葉に返した。

 

「それを考え続けることこそ、強者に求められる義務だろう。猗窩座少年」


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