胡蝶の雪   作:ねをんゆう

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45.2人の男

「雪那以外は全員入院です♪」

 

「「「また入院だぁぁ……」」」

 

「はっはっは!俺は久しぶりだな!」

 

「煉獄さんは一番大変、手術がいるかも」

 

「はっはっは!泣きそう!ごふっ!?」

 

「もう……!大人しくしてて……!」

 

あの一件から1日が経ち、一同は再び蝶屋敷にまで連行されていた。

煉獄の活躍もあり下弦の鬼を一度に4体も倒したという知らせは直ぐに報告され、同時に彼がもう柱として活動できない状態であるということも伝わった。

 

利き腕の消失に加え、肩部を中心とした右半身の変形、及び肋骨破壊による呼吸器系への複数の損傷。

完全に元の状態に戻すにも半年以上はかかるだろうし、そこから十分に動くためにまた一年、利き手を変えるのに更に数年。

刀を振るだけでも長い時間が必要だし、呼吸についても使えたとしても確実に以前ほどの強度にはならないだろう。

……それでも、煉獄はこの事について少しも悲しんでいる様子はなかった。いや、手術については彼でも悲しんでいるし怖がってはいるが。

 

「煉獄さん、これからどうするんですか?」

 

そんな煉獄に炭治郎が尋ねる。

どうやら今回の一件で仲の深まったらしい炭治郎と煉獄は、あの日以来度々仲良さそうに話しているのを見かけるようになった。

元々2人とも他者が引くほどに真っ直ぐ過ぎる人間だ、話してみたら気が合うのは当然だろう。

禰豆子についても煉獄がしっかりと言葉にして認めたようで、それも作用しているようだ。

 

「ふむ、折角の機会だからな!鍛錬場でも開こうと思っている!」

 

「鍛錬場、ですか……?」

 

「ああ!自分を鍛えたいと思う隊士達を受け入れる場所だ!基本的に普通の隊士達は自分を鍛える機会というのがなかなか無いからな!これにて近年言われている隊士の質の低下を解決したい!」

 

「なるほど!それはいいですね!俺も参加したいです!」

 

「そうだろう!竈門少年ならいつでも喜んで受け入れさせてもらう!」

 

煉獄は落ち込んでいる暇はないとばかりの様子でこれからのことを語る。

剣が振れなくなったことはもうとっくの昔に覚悟をしていたようで、彼はもう次のことに目を向けて変わらず走り続けていた。

止まることのないそんな彼だからこそ、炭治郎を含めた多くの者達に慕われているのだろう。

きっと彼なら直ぐにでも新たな自分の役割を確立してしまうに違いない。

 

「まあ今回は煉獄さん以外はどなたも機能回復訓練が必要なほどの重症ではありませんし、退院も直ぐですよ。それに、暫くは私と雪那は留守にするので回復訓練の人手が足りなくなってしまうでしょうし」

 

「む?留守だと?胡蝶と雪那少女はどこかに行くのか?」

 

「ええ、雪那と約束をしていまして。少しの間、旅行にでも行こうかと」

 

「ほう!それはいいな!胡蝶も最近は働き詰めだったろうからな!気分転換も必要だ!」

 

「蝶屋敷の維持は姉とアオイが、隠の指揮はカナヲが代わりをしてくれるそうです。自分が居なくとも問題が無いというのは少し寂しくはありますけど、とても頼もしく育ってくれて嬉しくもありますね♪」

 

そうしてしのぶはまた笑う。

今や彼女の抜けた穴は、アオイとカナヲという2人の少女の頑張りによって埋められるようになっていた。

 

アオイの医療に関する技術と知識は、日々の弛まぬ努力と多くの経験、そしてカナエによる直接の指導のおかげでかなり向上している。

カナヲの隠の指揮についても段々と交流が取れるようになってきたこともあり、元々の才覚もあって1人でも十分な働きをできるようになってきている。

 

……これは最悪の場合の話だが、もししのぶが何らかの理由で命を落としたとしても、蝶屋敷は以前と変わらずに活動できるだろう。

医療はアオイが。

指揮はカナヲが。

研究は雪那が。

3人の弟子達がそれぞれの分野で今しのぶを超えようとしている。

 

しのぶはそれが嬉しくて仕方なかった。

 

「〜っ!羨ましいな!胡蝶よ!俺もその気持ちを早く味わいたいものだ!」

 

「ふふ、煉獄さんには甘露寺さんという優秀なお弟子さんが居るじゃないですか」

 

「それもそうだが!そうだが!……くぅ!羨ましいな、胡蝶!」

 

「はいはい、あまり大声を出すと弟子を迎える日がどんどん遠くなって行きますよ」

 

「よし!寝よう!寝れば治る!」

 

「あの、まだお昼……」

 

「俺も寝ます!おやすみなさい煉獄さん!」

 

「うむ!おやすみだ!竈門少年!!」

 

「炎系の呼吸を使う人はみんなこんななんでしょうか?」

 

「ん、静かになるから……」

 

そうして2人は本当に寝初めてしまうのだから、もう何も言うまい。

昼間に眠って静かにするべき夜に起きるのなら、それはそれで好都合だ。喧しいからと睡眠薬を無理矢理投与する手間が省ける。

 

「……あれ、ってことは次の任務には雪那さんは来ないってこと?」

 

「ええ、そうなりますね。雪那は役に立ちましたか?善逸くん」

 

「いや、役に立つも何も、雪那さんが居ないと普通に俺が心労で死にます。列車を山の神だとか言って頭突きかます奴等ですよ?怪我していようが問答無用で殴りかかるし……」

 

「ま、まあ、流石にそう何度も上弦の鬼に遭遇することもありませんから。今回のような事は例外ですよ、例外」

 

善逸がジト目で睨む先にはすっかり静かになった3人組。いつのまにか伊之助まで眠っている。

この3人組は怪我をしていようがなんだろうが関係なく動くタイプの人間であり、善逸はもう何度もそのことに冷汗をかいたものだ。

その度に上手いこと丸め込んで無理矢理にでも治療を行う雪那の姿は、善逸に対して大きな安心感を与えていた。

もちろん、彼等の言動をフォローするという役割についても同様に。

 

「ほんと治療も戦闘もできる人が1人いるだけで安心感が全然違ったんで、もっと雪那さんみたいな人が増えないですかね。しのぶさん」

 

「う〜ん、それはなかなか難しい問題ですね。医術は知識だけでは成り立ちませんので、十分なモノにするには多くの経験が必要なんです。それと鬼殺隊士としての鍛錬を同時に行うと、大抵の場合どちらも中途半端に終わります」

 

「えっと、雪那さんみたいにどっちも高い精度で出来る人はなかなか居ないってことですか」

 

「そもそも普通ならそんなことしません。怪我人の多い鬼殺隊にとっては医術ができるというだけで貴重な人材ですし。剣術を学ばせる暇があるなら、さっさと医療者として一人前になって貰いたいというのが本音です」

 

「なるほど……」

 

「雪那も元は鬼殺隊士としての鍛錬の合間に学んでいただけですからね。そっちの方が得意だったので偶々どちらも高い精度に纏まっただけで」

 

「ああ……俺も応急処置くらい学んでおこうかなぁ……」

 

「それはいいと思いますよ?絶対に腐ることのない知識ですし、むしろ全ての隊士が学ぶべきだと私は思うくらいです」

 

とは言え、それも一朝一夕で身につくものでは無い。

しかし3人の中でその辺りを身につける事が出来そうな人物が善逸くらいしか居ない故に、彼がこの後アオイによる徹底指導で(精神的に)ボコボコにされたことは言うまでも無い。

 

 

 

 

「……猗窩座、私はお前を通して全てを見ていた。何か言い訳はあるか?」

 

「いえ、ありません」

 

ある屋敷の一室に、その男は潜んでいた。

鬼舞辻無惨……巧妙に姿を隠し生きている彼は、今はこの屋敷の息子に成り代わって生活をしている。

そんな小さな少年に頭を下げて報告を行なっているのは勿論、下弦の鬼を4体も犠牲にして何の成果も得ることなく帰ってきた猗窩座である。

彼の表情には諦めのようなものも浮かんでいた。

 

「お前は余裕があったにも関わらず必要のない賭けを持ちかけたな。お前がその気になれば下弦共が居らずとも殲滅できただろう。なぜそうしなかった?」

 

「………」

 

「加えて、何の許しも無く彼女に私の情報を与えたな。忠告までしていた。一体どういうつもりだ?お前のことは評価していたつもりだったのだがな」

 

「………」

 

「……返事も無し、か。どうやらお前は本当に壊れてしまったらしい」

 

少年の姿をした無惨は立ち上がり、手元に持った本をパタリと閉じる。

大きな溜息を吐くが、意外にも彼の顔に怒りの表情はなかった。呆れはあったが。

 

「猗窩座、私はもうお前達上弦の鬼にすら期待をしていない。産屋敷、青い彼岸花、これが探し出せないのはまあいい。私とてこの数百年見つけ出せていないのだからな、それはいい」

 

「………」

 

「だが、雪女に関してだけは別だ。あれは早急に捕え、鬼殺隊から遠ざけなければならない。……だと言うのに、貴様等の体たらくは何だ?童磨はあれだけ八裂きにしても未だこの私からの横取りを狙い、貴様も今こうして私を裏切ろうとしている。お前達には本当に失望している」

 

鬼舞辻は童磨のことを思い出すと本当に面倒だと思っているのか、心の底から嫌そうな顔をした。

猗窩座も彼の最近の異様な変わりようには驚いていたが、どうやらその変態性はどんどん増しているらしい。

しかしあんなのでも有用性がある故に鬼舞辻も簡単には殺せないのだろう。

 

表の世界で堂々と活動する事ができる童磨の万世極楽教という隠れ蓑を失うことは、童磨自体を失うことよりも遥かに損失が大きい。

無くても問題無いが、あった方が便利。

一度便利に慣れてしまうと離れ難くなるのは鬼舞辻無惨とて同じである。

 

「……さて、猗窩座。別に黙秘していることは構わないが、この質問にだけは答えてもらおう。

貴様はなぜ私を裏切った?なぜ貴様を作った私では無く、血の薄まった雪女に靡いた?答えろ」

 

きっと答えても答えなくても殺されることに変わりはない。

それでも、何となく猗窩座は気になった。

この鬼舞辻無惨という男があの雪女の少女に抱いているその執着の正体を。

 

「……過去のことを、思い出しました」

 

「ほう、続けろ」

 

「あの少女が、恐らく俺が人間だった頃の知り合いに似ていた。それが理由です」

 

「……雪女としての能力は関係していない、ということか」

 

「……?」

 

不思議なことに、それだけを言うと鬼舞辻は猗窩座を処分する気すら少しも見せずに次の本を手に取り出し始めた。

もう猗窩座にはこれっぽっちの興味もないかのように、目線を文章へと向けて読書の姿勢を取る。

 

「同じ質問を童磨にした時、奴はあの雪女に自分が絶対に勝てないという事実をきっかけに感情というものを知ったからだと答えた。つまり同様に私を裏切ったお前達2人だが、その理由に共通点は全く無いということだ」

 

「……これはあの少女の能力ではなく、己自身の決断です」

 

「はっ、それも違うな。……まあいい。

猗窩座、貴様は時期が来るまで謹慎していろ。必要になった時に呼び出して使ってやる」

 

「……処分、なさらないのですか?」

 

「本来ならそうしているところだがな、お前もまた雪女に影響を受けた鬼だ。処分する前に試したいこともいくつかある。せめてあと数人は柱を殺してから死んで欲しいものだがな」

 

鬼舞辻がそう言うと同時に、猗窩座の足元の床が開き、彼は何の抵抗も出来ずに落ちていく。

しかしその瞬間、猗窩座はあの鬼舞辻の左手の小指に裂くような傷跡がついているのを見た。

 

鬼という生物の大本であり、上弦の鬼すらも大きく上回るような再生力を持つ鬼舞辻に、治ることなく残り続けているその不思議な傷跡。

彼がそれを持っていることは上弦の鬼なら誰もが知っていた。

しかし、それが何が原因で付いたものなのかは誰も知ることが無かったし、聞こうとしたものは八裂きにされていた。

 

……だが、今思い返せば鬼舞辻が雪女の話をする時、彼は必ずその傷跡をなぞる様に触っていた覚えがある。

あの傷跡は間違いなく雪女に関連したものなのだろう。

 

しかし、それを知ったところで彼にはもう出来ることはない。

このまま無限の城に幽閉され、もう2度と反逆をすることすらも許されなくなるのだろうから。


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