胡蝶の雪   作:ねをんゆう

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47.姉妹の愛

「カ、カ、カ、カ、カナヲちゃんに好きな人〜!?!?」

 

「甘露寺さん」

 

「任せて♪」

 

予め鍛錬場の方に移動して話しを始めた自分の判断を、しのぶは心から褒めたくなった。

"カナヲに好きな人が出来たかもしれない"という事を話すと同時に大声を出して立ち上がるカナエを、蜜璃はしっかり取り押さえる。

予想通り、彼女の興奮は凄まじい。

 

「は、離して蜜璃ちゃん!こうしてはいられないわ!お赤飯を炊かないと!!」

 

「いや、気が早過ぎるわよ姉さん。まだカナヲ自身も自覚できてない段階なのよ?気持ちは分かるけど今は静観すべきよ」

 

「でも!でもね、しのぶちゃん!何かしないと落ち着かないの!この興奮を何かにぶつけないと、頭がおかしくなっちゃいそう!!」

 

「甘露寺さん、姉さんに柔軟訓練を」

 

「は〜い、任せて♪」

 

「え……痛い、痛い痛い痛い!蜜璃ちゃん待って!?人の体はそっちには曲がらないわ!?」

 

「曲げられる様になると便利ですよ♪」

 

「そんな便利さはいらn……痛い痛い痛い痛い!!」

 

甘露寺蜜璃の柔軟訓練、彼女の柔軟は凄まじい。カナエも身体は柔らかい方ではあるが、蜜璃のそれには及ばない。

どころか、カナエは蝶屋敷の維持に集中する様になってからは鍛錬をする機会がかなり減っていた。今の彼女にこの柔軟は非常にきつい。

 

「うぅ、しのぶちゃんも蜜璃ちゃんも酷いわ……」

 

「落ち着いた?姉さん」

 

「もう一歩も動けない……」

 

「よし、甘露寺さんありがとう」

 

「いえいえ〜♪」

 

蜜璃によってあらゆる場所を解されたカナエは鍛錬場の中央に倒れ伏していた。

ピクピクと辛そうにしているので、雪那が足元からゆっくりと按摩をかけていく。

徐々に復活してきているが、もう暴れる元気すら無いようで、素直にしのぶの言葉に答え始める。

 

「姉さんだってカナヲの邪魔をしたくは無いでしょう?だったらあんまり首を突っ込まないの」

 

「うぅ、辛いよぉ……お祝いたくさんしたいのにぃ……」

 

「それならしっかり成就できた時にね。それまではだめ、余計な気を使うのもだめ。姉さんの助言はなんか不安だし……」

 

「せめて、せめてご馳走だけでも作らせて!理由は言わないから!」

 

「……まあ、それくらいなら」

 

「やった!早速買い物行ってくるわね!」

 

「待ちなさい」

 

「きゃんっ!」

 

もうほんとに、一体どこにそんな元気が余っていたのか。

許しが出た途端に起き上がって走り出そうとした姉の首根っこをしのぶは掴む。

丁度カナエの背中に乗って肩をほぐしていた雪那は反射的に彼女にしがみ付いたので、完全に小動物の有様だ。

そんな雪那をしのぶは引っぺがして抱き抱える。

 

「材料はこの前買い出しに行ったばかりなんだから必要ありません、家の中にあるものだけで作るのよ」

 

「えぇ〜!!でもでも!」

 

「今買いに行ったらまた衝動的にたくさん買ってきちゃうでしょ!姉さんの行動は分かるんだからね!」

 

「そんなぁぁ……」

 

カナエの性格を考えると、このまま満漢全席クラスのとんでもない量のご馳走を作り出す可能性だって十分にある。

そこについては釘を刺しておかなければと、しのぶは予め考えていた。

姉の考えることなどお見通しなのだ。

 

「もう、暫く私と雪那は留守にするんだから。その間はカナヲの隣に居るのは姉さんしか居ないのよ?今のままじゃ姉さんがカナヲの芽を潰すことになっちゃうかもしれないわ」

 

「そんなこと!……うぅ、否定できない」

 

「嬉しいのはすっごくよく分かるけど、ちゃんと我慢すること。これを見越して早めに私と姉さんに話をもってきた雪那の方がずっと大人よ?」

 

「雪那ちゃん!いつの間にそんなに大人になったの!?小さな子の成長って早過ぎるわ……!」

 

「雪那はもう立派な大人よね〜?」

 

「ん、大人」

 

「あ、あはは……うん、甘々なしのぶちゃんも可愛いから私は何も言わない!」

 

そもそも雪那としのぶは2つしか離れていなかったり、雪那を大事そうに抱き抱え、雪那もそんなしのぶに甘えている姿はどこからどうみても大人ではなかったりするのだが、蜜璃はツッコミ切れずに脳死することにした。

ちなみにカナエはもうカナヲを抱き抱えることなど出来なくなってしまったので、目の前の2人をとても羨ましそうに見ている。

 

どころか先日、台の上から落ちそうになった時に彼女はカナヲに受け止められ、結果的に抱っこされる形になってしまったので、もうすっかり立場は逆だ。

そんなことから実はカナヲと雪那の2人の成長を誰よりも実感してしまっているのはカナエだったりするのだが、恋愛という心構えはできていなかったらしい。

……まあ、当のカナエが未だに結婚の予定が皆無だという理由もあるだろうが。

 

「もう大丈夫?姉さんもちゃんと大人しくできる?」

 

「うぅ、我慢するわ……段々カナヲが手から離れていくようで寂しいけど、私だってカナヲには幸せになって欲しいもの」

 

「そうね。けど姉さん、考えてみて?もしカナヲの恋が上手く実ったら、カナヲの子供の顔が見られるかもしれないのよ?そう思うと我慢できるような気がしない?」

 

「はっ!……カ、カナヲの……子供!?」

 

それはいつの日にかやったプチファッションショーの際に、おめかししたカナヲを見てしのぶが幻視した理想の未来。

カナヲの連れてきたたくさんの子供達に囲まれて、大変だけれど幸福で、平凡な日々を楽しむ自分達の姿。

 

「私!頑張って我慢するわ!!」

 

「よろしい。……それじゃあ、今日の夕食楽しみにしてるわよ?姉さん♪」

 

「任せなさい!!」

 

これにてカナエの説得は幕を閉じたのだった。

 




「それで、しのぶちゃんはあの本は全部読めたの?」

「うん、追記されたものも含めて全部読み込んだ。軽くまとめたものを姉さんにも渡したでしょ?本当に色々知ることができたわ……色々、ね」

雪那と蜜璃が居なくなった鍛錬場で、姉妹2人は向かい合う。
カナヲと雪那が向かい合っていたこの場所で、それぞれの師が同じ位置に立っている。
雪那としのぶが旅行へ行く前日の夜、元々暗いこの鍛錬場には月の一筋しか入ってこない、

「……もう、覚悟も決まってるって感じかしら?」

「時間ならいくらでもあったもの。考え事なんていくらでもしたわ、覚悟だってした」

「しのぶちゃんが強引にお仕事を片付けて一刻も早くお休みを取ろうとしてたのは、何か理由があるからかしら?」

「うん」

この闇世の中で、相手の顔は分からない。
けれど、妹が生まれた時から側にいた姉の彼女なら視界など無くとも表情は分かる。
その声色から、感情が分かる。
彼女のその複雑な心境くらい、嫌でも。

「……あのね、姉さん。私、雪那のこと、本当に色々と知らなかったのよ。あの子は教えてくれなかったし、私も知ろうとしなかった」

「………」

「だからね、気付いた時にはもう迷ってる時間もなくなってた。そのことにたくさん後悔もしたけど、後悔してる時間も無くて、だから逆に踏ん切りがついたの」

「……これから、どうするの?」

カナエの問いに、しのぶは黙り込む。
既に決めた筈の答えも、実際に言葉にするということは意味が違ってくる。
いくら心で決めていた所で、口に出さなければそれはまだただの考えであり、後からいくらでも変えることができる。
けれど、言葉に出してしまえばそれは力を持ってしまうのだ。
他人に聞かれていなくとも、言葉に出した瞬間に、例えそれが間違っていたとしても形を持ってしまう。一度言葉に出した事を後から覆す事は、それが素直な人間であればあるほど難しい。
……それでも、しのぶは既に覚悟を決めたと発言してしまっている。
それならば、ここで言葉にすることを躊躇うこと自体が間違っている。彼女はもう、自らの手で沈黙の権利と否定の権利、そして拒絶の権利を放棄しているのだ。
彼女はそれを思い返して、言葉にする。

「責任を、取るわ」

「……それは、どういう意味で?」

「全部、全ての意味で。もちろん諦めはしないし、最後まで足掻き続けるわ」

「うん」

「けど、いずれにしても必ず責任だけは取る。あの子が背負っているものも、あの子に背負わせたものも……あの子を、背負うことも」

その目は闇の中でも強く輝いている。
一点の曇りもない、しのぶの目にはもう一つの物しか捉えられていない。

「……それがどれほど難しいことかは分かってる?
貴女は負けられない、貴女は死ぬことができない、貴女は守らなければならない、貴女は見つけなければならない、貴女は間に合わせなければならない。
けれど、貴女じゃ勝てない、貴女じゃ見つけられない、今のままでは間に合わない。
そうでしょう?」

「それでも、やると決めたから。私は鬼への復讐じゃなくて、あの子のためにこの人生を費やすと決めたから。……もう、引き返すつもりはないの」

「……それじゃあ駄目ね、それだけじゃ足りない」

そうしてカナエは、外から1匹のカラスを呼び出し、一通の手紙を結んで解き放つ。
それは速達用のカラスで、カナエは本当に緊急の時にしかそれを使わない筈なのに。

「本当にあの子の事を思うのなら、自尊心も格好も投げ捨てて、しつこく他人に頼りなさい。全てのことを一人で抱え込まず、自分がすべき事であっても他人に任せなさい。それが本当に覚悟をしたということ、貴女はまだ甘えてるわ」

「……姉さん」

「探し物の方は私でも少しくらいは力になれると思うわ、これでも伝手だけならあるもの。
ただ、戦闘についてだけはどうにもならないから、そこは違う人に助けを乞いなさい」

「ありがとう、姉さん」

「お礼をしている暇も無いわよ、煉獄くんからも聞いているでしょう?各地で鬼の活動も活発になってきてる。私の予想が正しいのなら、これからは雪那ちゃんだけを気にしている訳にはいかなくなるわ」

「……うん、分かってる」

「分かってないわ、しのぶ。全然分かってない。貴女はまだ、覚悟を決め切れてない……!」

カナエはこれまで見せたこともない様なキツい言葉をしのぶに浴びせる。
彼女は怒っている。
自身の妹に対して、本気で。

「しのぶ、貴女は本気で雪那ちゃんのために自分の人生を賭けるつもりはあるの?」

「それは当然……」

「だったらどうして今もまだ上弦の弐を倒すことに執着してるの!」

「っ……」

上弦の弐を倒す、それは雪那が鬼殺隊に入る時に産屋敷から頼まれ、承諾したこと。
あの鬼を倒すには雪那が必要不可欠であると、雪那が鬼殺隊に入るきっかけとなった話。

「本当に雪那ちゃんの事を思うのなら!そんなことはさっさと忘れるべきなの!例えお館様を裏切ることになろうとも!雪那ちゃんの今日までの努力を無駄にすることになろうとも!あの子を連れてさっさとこの組織をやめるべきなのよ!」

「それ、は……」

「背負ってるものも、背負わせたものも、全部全部投げ捨てて、ただあの子を背負うことだけを考えるんじゃ駄目なの?」

「………」

「しのぶ、この旅行を通じてもう一度考え直しなさい。そして取捨選択をしなさい。私達には全てを手に取れるほどの才は無いわ。それは貴女が一番よく分かってるはず」

「……うん」

「全てを中途半端にすれば、貴女は必ず後悔する。例えどれかを捨てることになったとしても、何か一つでも必ず完遂しなさい。
鬼を倒す。
あの子を救う。
あの子の側に居る。
そのどれを選ぶのかを、決めてきなさい」

「……行ってきます、姉さん」

「ええ、行ってきなさい。しのぶ」

ありがとうも、こめんなさいも言わない。
これはただの楽しい旅行ではない。
これから先の全てを決める、重要な境目なのだ。

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