「ん……昼前、少し早めに起きちゃいましたね」
しのぶと雪那は日の出前までになんとか目的の街まで辿り着くことができた。
あらかじめ事情を説明しておいた甲斐もあって宿屋にはすんなり入る事ができ、2人は朝食と朝風呂の後に一つの布団に包まって眠りについたのであった。
雪那は今も腕の中でスヤスヤと眠っており、その愛らしい姿にしのぶは思わず笑みを溢す。
「気持ち良さそうに寝てる……私に引っ付く癖は変わらないのね。そんなに服を掴まなくても、私はどこにも行かないのに」
そんなことを言いつつも、しのぶももうすっかり雪那を抱きしめて眠ることが癖になってしまっているので、人のことは言えない。
雪那が居ない1ヶ月は代わりの枕を持ってきて抱いて眠っていたほどだ、カナエとの間でカナヲの取り合いまで発生していたのは秘密の話である。
「……駄目ですね。もともと雪那との時間をめいっぱい楽しむためにこの旅行を企画したのに、少し考えると直ぐに悪い方向に思考がいってしまって。このままだとまたいつか"あの時もっとあの子との時間を大切にしていれば"なんて後悔してしまいそう」
それを今気付けたことはむしろ良かったことと言える。
ようは思考の切り替えだ。
雪那がこうして眠っている時には思う存分に考え込めばいい、けど雪那の前では自分も彼女といっしょに今の状況を思いっきり楽しめばいいのだ。
最後に何の後悔もなく、『ああ、楽しかった』と2人で笑い合えるような、そんな旅にすることが一番大切だ。
「あまり眠れる気はしないけど、もう少しこうさせてね、雪那。私、自分が思っていたよりも弱くて情けない人間だったみたいなの。……ふふ、もしかして一番甘えんぼなのは私なのかも」
ついさっきまで全然眠れる気がしなかったのに、実際にこうして雪那に腕を回して抱き抱えてみると一気に安心感と眠気が襲ってくるのだから、本当に情けないとしのぶは自分を笑いながら眠りについた。
「しのぶ、カラスが来てる」
「え?……姉さんかしら」
日が沈んだころ、ようやく目覚めた2人は顔を洗ったり髪の手入れをしたりなどして、外に出る準備をしていた。
そんな彼らの元にやってきた手紙を運んできた1匹のカラス。
足元に結ばれている紙はしのぶ宛になっている。
「……どうやら、炭治郎くん達が宇髄さんといっしょに吉原へ旅立ったそうです」
「吉原?……カナヲ、泣いてない?」
「あ!ち、違うの!そういう意味の話じゃなくてね!?鬼の調査に宇髄さんの奥様方が調査に出ていたみたいなんだけど、全員から連絡が途絶えたみたいなの。代わりの女性隊員を探してたみたいなんだけど、何故か炭治郎くん達を連れていくことになったそうで」
「女装、するの……?」
「……」
「やっぱりカナヲ、泣いてない……?」
「……じ、自主的じゃないので」
「自主的だったら百年の恋も覚める」
どうにかそうなっていないことを願いたい。
実際はアオイ達を守るのに必死でカナヲがそこに気付かなかったのだが……
2人はそこまでの状況を知らないのでカナヲの現在の内心が分からないが、もし相談したい事があれば手紙をよこすように伝えてあるので、今のところは大丈夫だろう。
そう信じたいし、これが原因で変に拗れることのないように祈りたい。
「でも、吉原にも鬼っているの……?」
「まあ、あまり言いたくはないけれど、色々と闇の深い場所だもの。厄介者を始末するために人間と協力関係を結んでいる鬼が居ても不思議じゃないわね」
「強い鬼は、居ない?」
「普通に考えるとそうだけれど……宇髄さんの奥様方も元はクノイチで、そこらの鬼程度には負ける筈がない。簡単にはいかないかもしれないわね」
「……上弦の鬼が居たりとか」
「もう、炭治郎くんはついこの間、上弦の鬼と戦ったばかりでしょう?そんな直ぐにまた上弦の鬼と遭遇するなんて……彼ならあり得るかも」
「炭治郎は引きが強い」
そうして次に思い返すのは、もう完全に見慣れてしまった炭治郎がベッドの上で横たわる姿。
鬼舞辻に遭遇し、元下弦の陸、下弦の伍、下弦の壱と戦い、上弦の参と遭遇し、彼のここ数ヶ月はまさに波乱万丈である。
普通の隊士から見れば『あいつ呪われてるんじゃねえのか』と言いたくなるような境遇にいるのが竈門炭治郎である。
そんな彼がまた吉原という何か起きそうな場所に行ったとなれば、むしろ何も起きない方がおかしいとも言えるだろう。
「ま、まあ大丈夫でしょう。竈門くんも煉獄さんの指導を受けて強くなりましたし、我妻くんもアオイに応急処置を叩き込まれてましたし」
「伊之助にも大きい瓢箪割らせた」
「……雪那が使ってたあの?」
「あれは流石に無理、私もできないし。でも、いつか誰かがやってくれる」
「あんなの悲鳴嶼さんくらいしか無理でしょうに……」
結局煉獄によって助けられ続けてしまった前回の一件依頼、あの3人も相当に努力していたし、成長もした。
例え上弦の鬼が相手でも簡単にやられてしまうことはないだろう。
しのぶは無理矢理そうこの話に蹴りをつけて次の話題へと移る。
次に書いてあったのは、どうやら輝哉からの伝言らしい。
「……目的地までの途中にある村で、少し変わった病が流行っているみたいね」
「流行病?」
「ええ、人の額から角が突き出る奇怪なものみたいね。ある隊士が鬼と間違えて斬ってしまったことで発覚したそうで、今も少しずつ症状が広がっているってお館様が」
「……人の額から、角」
「特に身体に問題は無いそうで、でも治療法が確立していないとか。折っても斬っても生えてきて、酷い人は骨格や歯、果ては肌の色まで変わる……私もこれは流石に聞いたことも見たこともないわね」
ちょっと想像してみると、まあそれは鬼と間違えて斬ってしまっても仕方ないというか。
考えられるのは骨の変形とかかもしれないが、折っても斬っても生えてくるとなると何かしらが寄生している可能性もあるが……
病というものはそれこそ様々な形のものがあるが、それでも人の容姿をそこまで変えるものというものはなかなかない。少なくともしのぶはそんなものは聞いたこともなかった。
どうやった所で役には立てなさそうなのでその付近を避けて行こう、しのぶがそう提案しようとした矢先……
「……しのぶ、それ本当?」
雪那が興味を示してしまった。
「雪那?もしかして知ってるの?」
「もしかしてというか、ん、妖ならみんな知ってる」
「……妖関連なの?」
「うん、間違いない」
そしてそう言われてしまえば、しのぶもそこへ向かわざるを得なくなってしまう。
確かにその症状によって生じる姿は伝承にある鬼舞辻とは別の鬼の姿にそっくりではあるが、どうやらこの症状は妖の中では常識の話らしい。
その妖すらもう雪那くらいしか居ないというのにどの仲間内での話なのか、というツッコミは今は置いておく。
雪那はそれについてかなり気になっているらしい、それはこうして見ているだけでも分かる。
「……行きたいの?」
「ん、多分もう私か鬼舞辻無惨くらいしか治せないから……」
「え、そんなに大変な話なの?」
「悪化すると暴れ始めて殺さないといけなくなる」
「……はあ、それなら仕方ないか」
「大丈夫、すぐ終わるから。危険なこともないし」
「鬼舞辻無惨の罠って可能性もない?」
「鬼舞辻無惨が原因なら、もう鬼舞辻無惨は死んでるってことになる」
「……本当に危険じゃないのよね?」
「大丈夫、大丈夫」
その微妙に大き過ぎる規模感の話に、なんだかちょっぴり不安になったしのぶであった。