今日もチラチラと雪が舞い落ちる蝶屋敷。
日の光が反射してキラキラと光る奇妙な空間になっているが、それがまた美しいと最近では評判である。
そんな蝶屋敷の縁側で、屋敷の主人である2人の姉妹がお茶を楽しみながら互いと互いの弟子の近況について話し合っていた。
もちろん、蝶屋敷の気温は周囲より低いため、少しだけ厚着をして。
「それで、カナヲの様子はどう?姉さん」
「ん〜、育て甲斐があるわよ。私が教えたことを直ぐに自分のものにしてしまうし、何より指示されたことは出来る様になるまでしっかり努力できる子だもの。あれはカナヲの長所ね。
雪那ちゃんの方はどうかしら?なんだかんだで雪那ちゃんのことはしのぶに任せっきりになってしまっているけど」
「……う〜ん、なんて言ったらいいか」
「あら、何か困りごと?」
「困りごとというかなんというか……」
彼女達の視線の先には太陽光の侵入を極限まで防いだ鍛錬場で向き合う2人の少女の姿があり、双方竹刀を持って目線を合わせている。
そんな2人のうち、特に真っ白な少女の方をしのぶは何とも言えない目で見つめていた。
花の呼吸 肆ノ型 紅花衣(べにはなごろも)
カナヲが前方に向けて大きく円を描く様に斬りかかる。
呼吸の型を使うことができることは勿論、その精度さえも年齢離れしていることは誰の目にも明らかであった。
普通の隊士ならば恐らくこの洗練された一撃を防ぐのは殆ど不可能だろう。しかし……
雪の呼吸 壱ノ型 深雪 (みゆき)
まるで深く積もった雪の様に柔らかに、しかし確かに雪那はカナヲの一撃を受け止める。その衝撃すらも吸収したかのように、刀と刀が打ち合った音すらここには届かない。
こちらもまたカナヲほどに熟練している訳ではないが、この短期間で恐ろしいほどの成長を見せていた。
「雪の呼吸……他の呼吸を教えなかった、というよりは雪那ちゃんが勝手に編み出してしまったという感じかしら?」
「花の呼吸はちゃんと教えたわ。けどそんなに適性が無くて、試しに近くを通りかかった某水柱さんに水の呼吸のご教授を1時間ほどお願いしてみたの。そうしたら、いつの間にかこんな風に……もともとそんなに体力はなかったのに、呼吸だけは完璧でね。型に関しては私もどこまで出来てるか殆ど知らないけど、完成度は高いと思う」
「あらあら……ちなみにその水柱さんは他に何か言ってなかったのかしら?」
「『……そういうこともある』って」
「まあそういうこともあるわよね〜」
「そんな雑な……」
その時の某水柱の顔を思い出してしのぶはまた大きな溜息を吐く。
普通に水の呼吸を教えていただけなのに、いつの間にか全く別の呼吸に変わっていく。あまりの衝撃に暫く茫然と見つめていたら、僅か1時間の間に、まるでそうあるべきだとでも言うように新たな派生が生まれていた。これには某水柱さんも流石に混乱が隠せず、帰ってきたしのぶに対しての報告を撚りに捻り出した結果がこの一言だった。
しかもそれをあまりに腑抜けた顔で言うものだから、しのぶも反論も追及もすることもできず逃してしまった。
しのぶとしては目を離した隙に自分の愛弟子があの男に染められてしまった様な気もして、この件に関してはあまり好ましく思っていなかったりもするのだが、雪那がそれをきっかけに成長したことは確かなので某水柱さんに対しては不満の表情を見せるだけで許している。
そんなことを思い出しながらもう一度2人の立ち会いに目を向けると、両人とも今もまだ互いに技を繰り出しつつ素早い動きで切って離れてを繰り返していた。
刀と刀が触れ合う瞬間に響くはずの音があまりにも小さいのが違和感を引き起こすが、何よりこれだけ連続して技を繰り出しているというのに2人とも全く止めたり休憩する気配が無いのも気になる。
確かにお互い汗は相当にかいているのだが、技のキレが落ちることは無い。
よくよく見れば雪那の木刀を持っている手が震えている気もするが……
「……ねえ、姉さん。姉さんはカナヲになんて指示だしたの?」
「ん〜?えっと、『せっかくだから雪那ちゃんと少しの間手合わせしてくるといいわよ』って言ったわね。2人はよく一緒に居るし、何も問題は無いかと思って」
「そう、ちなみに私は『いい機会だから暫くカナヲと手合わせしてきなさい』って言ったわ。私もそう思って他には特に何も言わなかったけれど」
「……つまり?」
「うん」
「「終わりの指示出してなかった!」」
「カナヲ!ストップ!ストップよ!」
「雪那、終わり!終わりだから!ほら、こっち来なさい!ぎゅってしてあげるから!」
自身の弟子達がとんでもないレベルの指示待ち人間だということをすっかり忘れていた姉妹は、今なお技を連続で繰り出して相殺しあっている2人を必死になって静止した。
カナヲはともかく、雪那はその小さな背丈でどうしたらカナヲのあれほど凄まじい連撃を防ぐことができたのか。
それこそが雪の呼吸の力なのか、などと考えている暇はない。
2人とも止めた頃にはフラフラで、自分で立つことも難しいほどに疲労していたのだから。
「ああもう……ほんとにおバカなんだから」
「まあまあ、偶にはお茶目をする時もあるわよ。女の子なんですもの」
突然静止をかけられたカナヲは空で竹刀を止めた状態で背後から抱き留めるカナエの胸の中に倒れ込み、雪那はしのぶの『ぎゅってしてあげるから!』という言葉に超速反応を示して竹刀を放り出してフラフラの足取りのまましのぶの元へと飛びつきに行く。
2人が自分の限界を無視して無理をすることが多かったため、カナエもしのぶも弟子の扱いは流石にお手の物だ。
カナヲはストップの合図を出してやれば必ず静止して限界ならばその場で崩れ落ちるし、雪那はしのぶが『ぎゅってしてあげるから』の一言を出せば例えなにをしていても優先してしのぶの元へと走って来る。
まあ後者に関してはカナエは全く知らなかったので、自分の妹が『ぎゅってしてあげるから!』などと口走った瞬間に『あら可愛い』と思ってしまったし、しのぶも『しまった、いつもの癖で……!』と若干頬を染めたりしたのだが、それはオマケの話。
「はぁ……茶目っ気とかいうレベルじゃないでしょ、姉さん。2人にもそろそろ自分で考えて動けるようになってもらわないと」
「それは追い追い身についてくるものよ。こんなに可愛くて優秀な2人なんですもの、今から将来が楽しみじゃない♪」
「ああ、全く。もう引き取ってから3ヶ月も経つんだから、少しは……」
しのぶはグチグチとそうは言うものの、姉の目には彼女が一番雪那を甘やかしているのは明らかで。
いくら口では厳しく言っていても、そんな風に大事そうに抱き抱えて優しい手付きで汗を拭いてあげていれば、彼女がどれだけ自分の弟子を好ましく思っているかはバカでも分かるというもの。
カナエは少しずつではあるがカナヲや雪那と共にしのぶもまた変わりつつあることを好ましく思った。
--おまけ--
「雪那ちゃ〜ん♪おいで〜♪私もぎゅ〜ってしてあげるわよ〜♪」
しのぶに抱き付いた雪那があまりにも可愛かったからか、カナエも真似をして雪那に誘いをかけてみる。
これまで十数年お姉ちゃんとして生きてきたが、強がりで自分よりも面倒見の良い妹が自分に甘えてきてくれることは殆ど無い。カナヲもまた抵抗はしないが、自分から求めてきてくれることは全くない。カナエにとって自身に積極的に甘えてきてくれる年下の少女という存在は、とても羨ましいものだった。
「………」
「えっと、雪那?姉さんが……」
「………」ふいっ
「そ、そんなぁ」
しかし、カナエの希望は儚く打ち砕かれる。
カナエの誘いよりも雪那はしのぶの腕の中を選んだのだ。
これにはしのぶもフォローも注意もすることが出来ず、苦笑いをしながら雪那の背中をポンポンと叩くことしかできない。
……というか、ぶっちゃけ姉の誘いよりも自分を選んでくれたことが嬉しくて怒る気など微塵も無かったりする。
基本的に周囲の人間は言葉のきつい自分よりも雰囲気の軟らかい姉の方を選ぶことが多いので、迷いなく自分を選んでくれたことの嬉しさたるや。それが自分の愛弟子ともなれば尚更である。
「はぁ、やっぱり雪那ちゃんはしのぶが大好きなのね……」
「えっと、雪那は姉さんのことも大好きなのよ?ほら、この前も私が任務で姉さんに預けた時も大人しく膝の上に乗ってたじゃない?」
「分かってるわよ。けど、しのぶの時ほど熱心には甘えてくれないのよ。しのぶだってそんなに嬉しそうな顔しちゃってさ、姉さんはとっても羨ましいです」
「そ、そんな顔してないわよ!……な、ないわよね?」
している。
「カナヲ〜、お姉ちゃんの心の傷を癒して〜。私も可愛い女の子をぎゅ〜ってしたいの〜」
「………」
カナヲが断ることは勿論無くカナエにされるがままに抱きつかれていたが、そんなカナヲから少しだけ嬉しげな雰囲気が出ていたのは、きっと気のせいではないだろう。
雪の呼吸 壱ノ型 深雪
相手の一撃を確実に受け止めることに特化した技術。
衝撃、音、力、すべてを無にし、連撃すらその一撃で停止する。
攻撃した側は一瞬刀がすっぽ抜けたかと錯覚するほどの違和感と脱力感に襲われ、初見の者は致命的な隙を晒すこととなる。
雪の呼吸の最も基礎的な技であり、この技の出来が良いほど他の技の質も変わってくると創始者は思っている。思っているだけ。無口なので特にそういったことは話さないし、そもそも使う人間も創始者しかいないのでこの先広まることもそうそう無いと思われる。